「向日葵になったら第二話」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

向日葵になったら第二話」(2008/08/23 (土) 13:26:43) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

514 :向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/05/25(金) 00:59:51 ID:JCvlFL/5 昨日の続き、投下します。  さつき姉は携帯電話を折りたたんでポケットにしまうと、僕に向けて手の平をさしだした。 「鍵」 「鍵?」 「鍵は鍵よ。惣一の部屋の扉を開けるための鍵。  今日からしばらく惣一の部屋に泊まることにしたから、荷物を入れておきたいの。  荷物と言ってもバッグひとつだけどね。あ、あともう一つあったわ。  ねえ、部屋の中にキッチンと冷蔵庫はある?」  僕はある、と言ってから頷いた。  さつき姉はコンクリートの廊下の床に置かれている大き目の黒のバッグを右手に持ち、 大きく膨らんだビニール製の買い物袋を左手で持ち上げた。  ビニール袋の中には緑色の野菜と、肉の切り身が入れられているパックが入っていた。 「今からさつきお姉ちゃんが料理を作ってあげる。もうお昼時だから。  肉と野菜の炒めものを作れるぐらいのものは揃っているでしょ?」 「うん」 「じゃあ、早く扉を開けて。あ、あとこれ」  と言うと、さつき姉は僕に向けて真っ黒の旅行バッグを差し出した。 「いろいろ入っているから重かったのよ、それ。  惣一は知らないかもしれないけど、女の子が旅行するときに持っていく荷物は  結構な量になるのよ」  僕はさつき姉からバッグを受け取った。  確かに、僕がひとりきりでぶらぶらと旅行するときに抱える荷物より、さつき姉が 持ってきたバッグは重かった。  しかし、僕が近所のスーパーで3日分の食料をまとめ買いした帰り道で持つ ビニール袋に比べれば軽いものではあった。  左手にさつき姉のバッグを持ち、右手でポケットの中を探って部屋の鍵を取り出して、 201号室のドアを開ける。  毎日嗅いでいる僕の部屋の匂いが、いつものごとく部屋の中に滞っていた。  僕がまず靴を脱いで部屋の中へ入ると、さつき姉が後に続いた。  さつき姉は買い物袋を入り口近くに設置してあるキッチンの上に置くと、深呼吸した。 「ああ、ここ、惣一の部屋の匂いがする。  鼻をつく匂いがなくて、甘い匂いもなくて。すっごく好きだな、この匂い」  僕は、口の代わりに鼻から息を吐き出した。  さつき姉の喋り方が、昔とまるで変わっていなかったことに安堵した。  僕のせいでさつき姉の心が傷ついて、変貌してしまっているのではないかと思っていたからだ。 515 :向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/05/25(金) 01:01:35 ID:JCvlFL/5  さつき姉は僕の手から黒いバッグを受け取ると、台所の床に置いた。  キッチンには蛇口と流し口と、まな板と包丁と、蛍光灯と冷蔵庫とコンロが置いてある。  さつき姉はいずれも使えるものばかりであることを確認すると、調理を開始した。  まな板と包丁と手をまず洗い、続いてキャベツを水で流し始めた。  僕がさつき姉の行動を観察していると、さつき姉に声をかけられた。 「惣一は座ってなさい。20分もしないうちに出来上がるから」  僕は言われるがまま、キッチンとの居間を仕切るガラスの引き戸をしめてから、 居間に置いてあるテーブルの前に座った。  さつき姉がキッチンで料理する音を聞いていると、急に居間の掃除をしたくなった。  僕は普段から掃除を定期的にしていたし、文庫本を読んだ後は本棚にきちんと収めていた から部屋が散らかったりしていないのだけど、自然と掃除を始めてしまった。  本棚の本を揃えて、机の上のペンとノートを片付けて、コンビニで買ったエロ本を隠した。  畳の上に散らばるホコリや髪の毛をあらかた捨て終わったころ、さつき姉が引き戸を開けて 片手に料理の乗った大皿、片手に皿2枚と箸2膳を持って居間に入ってきた。  両手に持っていたものをテーブルの上に置くと、さつき姉は居間に座り込んだ。  僕も少し遅れて、さつき姉とテーブルを挟むかたちで座った。  さつき姉は僕の前に皿と箸を置くと、同時に自分の前にも同じものを置いた。 「惣一、さつきお姉ちゃん特製の野菜炒めをどうぞ召し上がれ。  特製スパイスを使ったから、大学の食堂の料理よりはおいしいはずよ」 「特製スパイス?」  と、僕は聞き返した。 「そう。香りとコクが段違いに増すのよ」  大皿の上に盛られた野菜と肉の炒めものを、箸を使い手元の皿に移す。  鼻を近づけると、確かに香ばしい匂いがした。  昼飯時で空腹状態の僕にとって、野菜炒めのこしょうと油の匂いは刺激的だった。  いただきますと言った後は、無言のまま箸を動かし、小食のさつき姉と一緒に野菜炒めを 完食した。 516 :向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/05/25(金) 01:04:54 ID:JCvlFL/5  箸と皿をテーブルの上に置き、満たされた胃を自由にしようとして手を後ろにつく。  少し食べ過ぎたかもしれないが、後悔はしていない。  1人暮らしを始めてから今まで、これだけ美味しい料理を食べたのは初めてのことだった。  自分で料理をしてみようとしたこともあるけど、時間が無いとつい簡単なものですませようと して、結局は自宅で料理をしようともしなかった。  僕は手をついたまま座っていた。さつき姉が冷蔵庫から麦茶をとりだして、 僕の前にコップを置いて麦茶を注いでくれた。  僕は麦茶をすぐに飲まなかった。  まだ、胃が脈を打ったままの状態で何も受け付けてくれない。  テーブルの向こうに座るさつき姉を、ぼんやりと観察する。  さつき姉は肘をテーブルについたまま僕の顔を見ている。  僕は内心、いつさつき姉の癇癪が起こるのかと戦々恐々としていた。  さつき姉に何も言わず、引越しの前日にした約束を守らず、僕は今居るアパートの部屋に 引っ越してきた。  昔からさつき姉は僕が何も言わずにどこかへ行ってしまうと、眉間にしわを寄せて怒った。  けれども僕の目の前にいるさつき姉は眉間にしわを寄せるどころか、目尻と口の端を 緩ませて笑っているようであった。  僕が沈黙のまま胃を休ませていると、さつき姉の唇が動いた。 「惣一が今何を考えているか、当ててみましょうか。  ずばり、私が怒っているのではないかと思ってびくびくしつつ、なんと言って話を  切り出せばいいのか、と考えている。当たりでしょ」  少しは当たっている。僕は無言で首肯した。 「私が怒っているか、怒っていないか。どちらかと言えば怒っている、が正解ね。  久しぶりに惣一とデートできると思って待ち合わせ当日は5時に起きて、  化粧と服がばっちり決まるまで衣装合わせをして、待ち合わせ1時間前に  待ち合わせ場所に到着して、惣一が来るのを待つ。  はにかんだ表情で待ち合わせ場所にくるはずの惣一が引っ越してしまったことを  知ったのは、夜8時になっても帰ってこなかった私を心配した両親からの電話でだった。  10時間も立ちっぱなしだったから、足はパンパンよ」  僕はなんとなく正座をしてしまいそうになったけど、体をまっすぐに起こす程度にとどめた。 「でね、私思ったのよ。このことは絶対に惣一に罪を償ってもらおう、って」 517 :名無しさん@ピンキー [sage] :2007/05/25(金) 01:07:08 ID:LmAIOnL5 支援 518 :向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/05/25(金) 01:11:36 ID:JCvlFL/5  さつき姉はそう言ってから、黙り込んでしまった。  対して、僕の額からは汗が噴き出し始めた。  窓から舞い込んできた熱気とは別のもの――荒縄で締め付けられて縄が食い込んでいるが 拘束を解けない状況の焦りの心境――が原因だった。  さつき姉は空になった自分のコップを持って立ち上がった。 「そんなバツの悪そうな顔しなくてもいいわよ。  今すぐに罪を償ってもらおうってわけじゃないんだから」 「じゃあ、いつかはするってこと?」 「ええ、もちろんよ。とびっきりのタイミングで、ジョーカーの代わりに使っちゃうから。  悪いだなんて、私は思わないからね。躊躇無く、堂々とカードを使う。  私を騙したんだから、それぐらいのペナルティはあって当然よね、惣一?」  僕は、口を開けなかった。  さつき姉は、僕が約束を守らなかったことを咎めている。  心の中でさつき姉の言葉を反芻して、僕は自分のやったことについて自分自身を何度も殴った。  殴られ続ける僕のありさまをさつき姉が目にしたら、すぐに許してしまうだろう、というくらいに。  さつき姉は引き戸を閉めると、キッチンで洗い物を始めた。  僕はテーブルに両手を投げ出して、同じように体を乗せた。  開け放たれた窓の向こうからは、せみの声が特によく聞こえてきた。  時々アパートの前の路地を通る車の排気音が聞こえて、同じ道を歩く人たちの話し声が 聞きたくもないのによく聞こえた。  彼、もしくは彼女らの話で「暑い」という単語はよく登場していた。  話す相手が入れ替わるたびに口にしているようにさえ思えた。  僕の体は暑さのせいで熱くもなっていたが、あきらかに一部分だけが異常に熱くなっていた。  具体的には股間に血液が集まり、勃起した肉棒がとても熱くなっていた。  恋人は大学に通っているうちにはできなかったから、性欲を処理するためにマスターベーションは 定期的に行っていた。  加えて、僕はあまり(自分の判断では)性欲が強い人間ではない。  だというのに、今の僕は腰を振って女性の体を貫きたいという単純で強力な欲望に背中を つつかれている。  引き戸の向こうで洗い物をするさつき姉に肉欲をぶつけないよう、腹筋を固める。  今さつき姉がやってきたら、何かの拍子に崩れてしまうかもしれない。  昼食で大量に皿を使っていればよかった、という種類の後悔をしたのはこれが初めてだ。  汗と一緒に性欲が流れ出していってくれればたちまち肉棒は静まってくれるだろうが、 現実では時が経つごとに性欲を強くしていった。  股間が膨らんだ状態では外出できず、またさつき姉が同じ部屋にいる以上マスターベーションを することもできず、僕は惨めな状態のまま夜を迎えることになった。 投下終了。ちょっと話のきり方がおかしかったかな?もうちょっと長くした方がいい?
514 :向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/05/25(金) 00:59:51 ID:JCvlFL/5  さつき姉は携帯電話を折りたたんでポケットにしまうと、僕に向けて手の平をさしだした。 「鍵」 「鍵?」 「鍵は鍵よ。惣一の部屋の扉を開けるための鍵。  今日からしばらく惣一の部屋に泊まることにしたから、荷物を入れておきたいの。  荷物と言ってもバッグひとつだけどね。あ、あともう一つあったわ。  ねえ、部屋の中にキッチンと冷蔵庫はある?」  僕はある、と言ってから頷いた。  さつき姉はコンクリートの廊下の床に置かれている大き目の黒のバッグを右手に持ち、 大きく膨らんだビニール製の買い物袋を左手で持ち上げた。  ビニール袋の中には緑色の野菜と、肉の切り身が入れられているパックが入っていた。 「今からさつきお姉ちゃんが料理を作ってあげる。もうお昼時だから。  肉と野菜の炒めものを作れるぐらいのものは揃っているでしょ?」 「うん」 「じゃあ、早く扉を開けて。あ、あとこれ」  と言うと、さつき姉は僕に向けて真っ黒の旅行バッグを差し出した。 「いろいろ入っているから重かったのよ、それ。  惣一は知らないかもしれないけど、女の子が旅行するときに持っていく荷物は  結構な量になるのよ」  僕はさつき姉からバッグを受け取った。  確かに、僕がひとりきりでぶらぶらと旅行するときに抱える荷物より、さつき姉が 持ってきたバッグは重かった。  しかし、僕が近所のスーパーで3日分の食料をまとめ買いした帰り道で持つ ビニール袋に比べれば軽いものではあった。  左手にさつき姉のバッグを持ち、右手でポケットの中を探って部屋の鍵を取り出して、 201号室のドアを開ける。  毎日嗅いでいる僕の部屋の匂いが、いつものごとく部屋の中に滞っていた。  僕がまず靴を脱いで部屋の中へ入ると、さつき姉が後に続いた。  さつき姉は買い物袋を入り口近くに設置してあるキッチンの上に置くと、深呼吸した。 「ああ、ここ、惣一の部屋の匂いがする。  鼻をつく匂いがなくて、甘い匂いもなくて。すっごく好きだな、この匂い」  僕は、口の代わりに鼻から息を吐き出した。  さつき姉の喋り方が、昔とまるで変わっていなかったことに安堵した。  僕のせいでさつき姉の心が傷ついて、変貌してしまっているのではないかと思っていたからだ。 515 :向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/05/25(金) 01:01:35 ID:JCvlFL/5  さつき姉は僕の手から黒いバッグを受け取ると、台所の床に置いた。  キッチンには蛇口と流し口と、まな板と包丁と、蛍光灯と冷蔵庫とコンロが置いてある。  さつき姉はいずれも使えるものばかりであることを確認すると、調理を開始した。  まな板と包丁と手をまず洗い、続いてキャベツを水で流し始めた。  僕がさつき姉の行動を観察していると、さつき姉に声をかけられた。 「惣一は座ってなさい。20分もしないうちに出来上がるから」  僕は言われるがまま、キッチンとの居間を仕切るガラスの引き戸をしめてから、 居間に置いてあるテーブルの前に座った。  さつき姉がキッチンで料理する音を聞いていると、急に居間の掃除をしたくなった。  僕は普段から掃除を定期的にしていたし、文庫本を読んだ後は本棚にきちんと収めていた から部屋が散らかったりしていないのだけど、自然と掃除を始めてしまった。  本棚の本を揃えて、机の上のペンとノートを片付けて、コンビニで買ったエロ本を隠した。  畳の上に散らばるホコリや髪の毛をあらかた捨て終わったころ、さつき姉が引き戸を開けて 片手に料理の乗った大皿、片手に皿2枚と箸2膳を持って居間に入ってきた。  両手に持っていたものをテーブルの上に置くと、さつき姉は居間に座り込んだ。  僕も少し遅れて、さつき姉とテーブルを挟むかたちで座った。  さつき姉は僕の前に皿と箸を置くと、同時に自分の前にも同じものを置いた。 「惣一、さつきお姉ちゃん特製の野菜炒めをどうぞ召し上がれ。  特製スパイスを使ったから、大学の食堂の料理よりはおいしいはずよ」 「特製スパイス?」  と、僕は聞き返した。 「そう。香りとコクが段違いに増すのよ」  大皿の上に盛られた野菜と肉の炒めものを、箸を使い手元の皿に移す。  鼻を近づけると、確かに香ばしい匂いがした。  昼飯時で空腹状態の僕にとって、野菜炒めのこしょうと油の匂いは刺激的だった。  いただきますと言った後は、無言のまま箸を動かし、小食のさつき姉と一緒に野菜炒めを 完食した。 516 :向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/05/25(金) 01:04:54 ID:JCvlFL/5  箸と皿をテーブルの上に置き、満たされた胃を自由にしようとして手を後ろにつく。  少し食べ過ぎたかもしれないが、後悔はしていない。  1人暮らしを始めてから今まで、これだけ美味しい料理を食べたのは初めてのことだった。  自分で料理をしてみようとしたこともあるけど、時間が無いとつい簡単なものですませようと して、結局は自宅で料理をしようともしなかった。  僕は手をついたまま座っていた。さつき姉が冷蔵庫から麦茶をとりだして、 僕の前にコップを置いて麦茶を注いでくれた。  僕は麦茶をすぐに飲まなかった。  まだ、胃が脈を打ったままの状態で何も受け付けてくれない。  テーブルの向こうに座るさつき姉を、ぼんやりと観察する。  さつき姉は肘をテーブルについたまま僕の顔を見ている。  僕は内心、いつさつき姉の癇癪が起こるのかと戦々恐々としていた。  さつき姉に何も言わず、引越しの前日にした約束を守らず、僕は今居るアパートの部屋に 引っ越してきた。  昔からさつき姉は僕が何も言わずにどこかへ行ってしまうと、眉間にしわを寄せて怒った。  けれども僕の目の前にいるさつき姉は眉間にしわを寄せるどころか、目尻と口の端を 緩ませて笑っているようであった。  僕が沈黙のまま胃を休ませていると、さつき姉の唇が動いた。 「惣一が今何を考えているか、当ててみましょうか。  ずばり、私が怒っているのではないかと思ってびくびくしつつ、なんと言って話を  切り出せばいいのか、と考えている。当たりでしょ」  少しは当たっている。僕は無言で首肯した。 「私が怒っているか、怒っていないか。どちらかと言えば怒っている、が正解ね。  久しぶりに惣一とデートできると思って待ち合わせ当日は5時に起きて、  化粧と服がばっちり決まるまで衣装合わせをして、待ち合わせ1時間前に  待ち合わせ場所に到着して、惣一が来るのを待つ。  はにかんだ表情で待ち合わせ場所にくるはずの惣一が引っ越してしまったことを  知ったのは、夜8時になっても帰ってこなかった私を心配した両親からの電話でだった。  10時間も立ちっぱなしだったから、足はパンパンよ」  僕はなんとなく正座をしてしまいそうになったけど、体をまっすぐに起こす程度にとどめた。 「でね、私思ったのよ。このことは絶対に惣一に罪を償ってもらおう、って」 518 :向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] :2007/05/25(金) 01:11:36 ID:JCvlFL/5  さつき姉はそう言ってから、黙り込んでしまった。  対して、僕の額からは汗が噴き出し始めた。  窓から舞い込んできた熱気とは別のもの――荒縄で締め付けられて縄が食い込んでいるが 拘束を解けない状況の焦りの心境――が原因だった。  さつき姉は空になった自分のコップを持って立ち上がった。 「そんなバツの悪そうな顔しなくてもいいわよ。  今すぐに罪を償ってもらおうってわけじゃないんだから」 「じゃあ、いつかはするってこと?」 「ええ、もちろんよ。とびっきりのタイミングで、ジョーカーの代わりに使っちゃうから。  悪いだなんて、私は思わないからね。躊躇無く、堂々とカードを使う。  私を騙したんだから、それぐらいのペナルティはあって当然よね、惣一?」  僕は、口を開けなかった。  さつき姉は、僕が約束を守らなかったことを咎めている。  心の中でさつき姉の言葉を反芻して、僕は自分のやったことについて自分自身を何度も殴った。  殴られ続ける僕のありさまをさつき姉が目にしたら、すぐに許してしまうだろう、というくらいに。  さつき姉は引き戸を閉めると、キッチンで洗い物を始めた。  僕はテーブルに両手を投げ出して、同じように体を乗せた。  開け放たれた窓の向こうからは、せみの声が特によく聞こえてきた。  時々アパートの前の路地を通る車の排気音が聞こえて、同じ道を歩く人たちの話し声が 聞きたくもないのによく聞こえた。  彼、もしくは彼女らの話で「暑い」という単語はよく登場していた。  話す相手が入れ替わるたびに口にしているようにさえ思えた。  僕の体は暑さのせいで熱くもなっていたが、あきらかに一部分だけが異常に熱くなっていた。  具体的には股間に血液が集まり、勃起した肉棒がとても熱くなっていた。  恋人は大学に通っているうちにはできなかったから、性欲を処理するためにマスターベーションは 定期的に行っていた。  加えて、僕はあまり(自分の判断では)性欲が強い人間ではない。  だというのに、今の僕は腰を振って女性の体を貫きたいという単純で強力な欲望に背中を つつかれている。  引き戸の向こうで洗い物をするさつき姉に肉欲をぶつけないよう、腹筋を固める。  今さつき姉がやってきたら、何かの拍子に崩れてしまうかもしれない。  昼食で大量に皿を使っていればよかった、という種類の後悔をしたのはこれが初めてだ。  汗と一緒に性欲が流れ出していってくれればたちまち肉棒は静まってくれるだろうが、 現実では時が経つごとに性欲を強くしていった。  股間が膨らんだ状態では外出できず、またさつき姉が同じ部屋にいる以上マスターベーションを することもできず、僕は惨めな状態のまま夜を迎えることになった。

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: