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105 :すりこみ [sage] :2007/06/03(日) 14:12:58 ID:SM4FyFt7 手の中でそれはゆっくりと潰れていく。 ぐちゅり…ぐちゅり… 奇妙な音を立てながらそれはもがいていた。 手の中から逃げたいのだと。 死にたくないのだと。 まだ死にたくないのだと訴えるように。 しかし運命は変わらない。 ぎゅっ… 指先に力を更に込める。 ぷち…ぷちゅ…ぷち…ぷちゅ………。 行き場を失った体液が内側から溢れ出す。 それはまだもがいていた。 助けて欲しいと懇願するかのように。 何故死ななければならないのだと嘆くように。 やがて、それの時間はゆっくりと止まっていく。 ゆっくりと…ゆっくりと… まるで電池の切れかけた時計のように。 やがて完全にそれが動きを止めた時、手のひらは 汚らしい害虫の体液で汚れていた。 「どうして…どうして……嘘…だろ?…」 潰れた害虫をゴミ捨て場に向けて指先で弾き飛ばすと、夏海は背後から聞こえる兄、春樹の声に振り返った。 「あ、お兄ちゃん…どうしたの?こんな時間に…ゴミなら出しておいてくれたら私が出したのに……あ、もしかしてお腹が空いたの?じゃぁ手を洗ってすぐにお夜食作るね?」 自分の汚れた手を見られるのが恥ずかしいのか夏海は両手を慌てて後ろに隠し、いつもと変わらぬ笑顔で兄に微笑みかけた。 「…なんで…なんでなんだよ……ぅ…うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」 「え?お兄ちゃん…どうしちゃったの?気分悪いの?」 今にも吐き出しそうな表情で叫びながら春樹はその場に膝から崩れ落ちた。 夏海は自分の身体を一瞥した。 服も顔も手も指も足も靴も汚れていた。 そんな汚れた手や服で兄の身体に触れるのは躊躇われたのか、目の前にしゃがみ込み心配そうに兄の顔を覗き込んだ。 季節は初春。夜風はまだ冬の名残を残し、時折吹く風が体温を奪う。 106 :すりこみ [sage] :2007/06/03(日) 14:13:48 ID:SM4FyFt7 「こんなところでじっとしていたら風邪引いちゃうよ?ね、家の中に入ろ?」 夏海の言葉にようやく我に返り、視線を上げゴミ捨て場を見据えると春樹は狂ったようにゴミ捨て場へと走り出した。 「お…お兄ちゃん?」 「くそっ…くそっ…くそッ…くそぉぉぉぉ!!」 春樹は全身をゴミで汚しながら狂ったようにゴミを掘り起こす。 穢れた害虫が這い回り飛び回る中、そんなものなど眼中に無いかのように一心不乱にゴミを掘り起こしていた。 そして、ようやく動きを止めると、呆然とそのゴミを手に取り見つめる。 「うわぁぁぁぁぁ!!!!!!!うぅあああぁぁぁああああ!!!!畜生…畜生!!」 ゴミを抱きしめ呪いの言葉を狂ったように吐き続ける兄に駆け寄り、後ろから必死に抱きしめる夏海。 「やめてよ!お兄ちゃん。汚れちゃうよ…服…汚れちゃうよ?…こんな汚いところに居ちゃ駄目だよ…お兄ちゃん…ね?お兄ちゃん…お風呂は入ろ?私…背中流してあげるから」 「夏海…お前…お前…っ…!!!」 …ぷち…ぷち… 春樹の口元から赤い血が頬を伝う。 ぽたり…とかすかな水音が聞こえる。 ぽたり…ぽたり… 「お兄ちゃん…血が…」 夏海はまるでそうするのが当たり前だと言うかのように、舌先でそれを舐める。 丁寧に…丁寧に… 一滴たりとも溢さないように丁寧に血を舐め取っていく。 ぴちゃ…ぺちゃ… まるで猫がミルクを舐めるように。 舌先は気がつけば唇の傷痕をなぞっていた。 夏海は恍惚とした表情でそこから溢れる血を舐め続ける やがて名残惜しそうにその舌先がゆっくりと唇から離れる。 二人の間にかかる架け橋… 春樹は両目を見開きそんな夏海を見つめ続けた。 そこにはいつもと変わらない優しい笑みがあった。 本当に兄の身を案じてくれている、いつもの優しい笑みがあった。 その足元に横たわる人形…どす黒い色に染められた人形。 もう、動くことの無い壊れた人形が…壊れた瞳で春樹を見つめていた。

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