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156 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/07/08(日) 01:49:28 ID:7Iqx920E ■いない君といる誰か資格 『・ハンプティとダンプティ  たまごは決して大きくなりませんでした。  周りの木々が大きくなっていく中で、卵だけはずっとそのままでした。  なぜってその卵は、生まれてしまったことをずっと後悔していて  塀の上から飛び降りることもできずに、ずっとそこに座っていたのでした。  その卵には、目も鼻も口もついていたけれど、  笑うことも泣くことも怒ることもありませんでした。  ちょっとだけ皹がはいった顔で、ただそこに座っているだけでした。  卵の顔には、白い文字でこう書かれていました。  ハンプティ・ダンプティ。  四千人の兵隊でも元には戻せない卵は、  けれど臆病すぎて、塀から飛び降りることを拒んでいました。  そんな彼を見て、アリスは言いました。  ――臆病者。  そうかもしれないね、とハンプティ・ダンプティは答えました。  私は臆病者だ。きっと臆病者だろうし、ずっと臆病者だ。  そんな彼を見て、赤頭巾は聞きました。  ――逃げないの?  逃げてきたのさ、とハンプティ・ダンプティは答えました。  私はずっと遠くから逃げてきて、逃げた果てに此処にいる。  そんな彼を見て、ピーターパンは笑いました。  ――此処は君の場所じゃないよ!  そうなのだろうね、とハンプティ・ダンプティは頷きました。  ここは子供たちの楽園で、老いた私のいる場所じゃないんだ。  そんな彼を見て、シンデレラが問いかけます。  ――なら、如何して貴方は此処に?  その問いに。  ハンプティ・ダンプティは、そのひび割れた顔を、かすかに動かしました。  笑っているような、泣いているような、はっきりとしない、  今にも割れてしまいそうな、そんな表情で、ハンプティ・ダンプティは答えます。  ――卵の中身は、まだ新鮮だろうからね。  そのとおりでした。  その言葉のとおりでした。  ハンプティ・ダンプティは壁の上から飛び降りました。  長い時間をかけて、高い壁から飛び降りました。  幸せそうに飛び降りて、幸せそうに地面に粒かって、幸せそうに砕けました。  四千人の兵隊でも、もとの場所には戻せません。  王さまの力でも、もとの姿には戻せません。  けれど。  けれども。  割れた卵からは――彼の言葉のとおりに、新鮮な中身が飛び出ました。  中身は二つでした。中には、二人がいました。  アリスはこういいました。  ――この子の名前はハンプティ。  すかさずピーターパンがこう答えます。  ――じゃあ、この子はダンプティだ。  そうして。  ハンプティ・ダンプティは堕ちて砕けて。  ハンプティとダンプティの双子が、そのお茶会に加わったのでした。』 157 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/07/08(日) 01:51:33 ID:7Iqx920E  絵本を読み終えて。  僕は、そっと本の頁を閉じた。裏表紙には割れて砕けた巨大な卵と、中から生まれてきた二人の子 供が手をつないでいる絵がかいてあった。一番下には、筆記体で作者名が綴られている。  ――ハンプティ・ダンプティ。  それ以外には、何も書かれていない。出版社も、値段も、書かれていない。 そもそも絵本は本屋で売っているような立派なものじゃなくて、いかにも手作 りといった雰囲気が作りからもにじみ出ていた。よく見ると――そもそも文字 や絵は、印刷したものじゃなかった。  直接書かれたものだった。  この世に、一冊しかない、本。  その本を机の上において、僕はもう一度、部屋の中を見渡す。扉の向こうには荒れ果てた如月更紗 の家。荒れ果てた家の中で、この部屋だけが守られているかのように荒れていない。窓にはレースの カーテンがかかっていて、二段ベッドは天井からつるされたヴェールのようなもので覆い隠されてい る。大きめのクローゼットが部屋の両端で存在を主張し、床には赤いカーペットがしかれていた。広 い部屋は少女趣味な小物で満ちていて――正に、女の子の部屋だった。  死体が転がってもいないし、血痕が残ってもいない。  如月更紗の、部屋なのだろう。  この家にあるのは部屋だけで、それ以外には生活感はなかった。人の住める家じゃない。ただの荒 れ屋だ。それこそ、四千人の兵隊がいたとしても、この家を下に戻すことはできないだろう。  死んでいる。  死に果てた、場所だ。  もう一度、  もう一度、僕はぐるりと、部屋の中を見回す。  死体が転がってもいないし、血痕が残ってもいない。  如月更紗は、此処にはいない。  下の冷凍庫には、彼女の母親の、生首が入っていた。  思う。  僕はようやく、そのことに思い至る。 「……あいつの――父親は?」 158 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/07/08(日) 01:52:26 ID:7Iqx920E  窓の外ではいつのまにか陽が堕ちてきていて、降り込む陽光は紅くなっていた。紅い光が、赤い部 屋を紅く染めていく。  探している時間はない。  あいつの父親『だったもの』を、探す時間はないし、探す意味はない。そもそも、生きているとは 思わなかったし、此処に『ある』とも思わなかった。  多分、  この絵本が、想像通りの代物ならば。  如月更紗の父親は―― 「…………」  それ以上、考えることを僕はしなかった。  今は、考える時間じゃない。  動く時だ。  僕は一度机の上に置きなおした本を、持ってきた鞄の中に放り込む。代わりに、鞄の中に入っていた 魔術短剣を取り出しやすい位置に直す。ここから先はもう、常に臨戦態勢であったほうがいい。  如月更紗は言っていた。狂気倶楽部は、日常からかけ離れた場所で動くのだと。  夜は、その筆頭だ。ここから先、何時何が出てきてもおかしくはない。  覚悟を、決めなくてはならない。  僕は鞄を持ち、最後にもう一度だけ部屋を見渡して、  外へと、出た。  振り返ることなく、外へ。如月更紗の部屋を抜け出して、如月更紗の家を抜け出して、振り返ることなく、 夕暮れに染まる道をまっすぐに向かう。  彼女の待つ、学校へと。  すべてを――終わらせるために。  そして、夜が来る。

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