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239 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/07/11(水) 20:44:51 ID:giYDbz6s  ……どうしてだろう?  どうしてだろうと、僕は考える。おかしい。冷静に考えてみればわかるはずじゃないか。 そんなことをする理由は、ひとつだってないはずだ。  なかった、はずだ。  ……どうしてだろう?  僕は自問する。そして、自答を求める。頭の中に浮かんだのは、非論理的としか言いようの ない思考だった。姉さんを愛していた。姉さんは死んでしまった。姉さんは殺された。姉さん の死の真相を知り、姉さんの仇を討つ。  姉さんのために。  そのためだけに――生きているつもりだった。狂気倶楽部とかかわったのだって、姉さんの 死に関する真実を知るため、それだけだった。  それだけだったはずなのに。 「…………」  目を閉じる。頭に浮かぶのは、死んでしまった姉さんでも、死んでしまった神無志乃でもな い。  如月更紗の、顔だった。  如月更紗。奇妙なクラスメイト。狂気倶楽部の一員。マッド・ハンター。男装の麗人。大鋏 を振り回す狂人。帽子屋。皮肉が好きでキスが下手で。諧謔的なことばっかりを口にする露出 狂で。  ……ろくでもないぞ?  よく考えてみれば、よくよく思い出してみれば、ろくでもない人間だ。まっとうだなんて言 い難い。言うまでもなく真っ当じゃない。常識から外れている。変人で、変態で。狂人かどう かは、わからないけれど、道を踏み外しえいるのは確かだ。  よく考えてみろ、僕。  そんな女と――姉さんと、どっちが大切なんだ?  姉さんの死の真実を確かめることと。  如月更紗の真実を、確かめることと。 「……考えるまでも、なかったのかもな」  僕は目を閉じたままに独りつぶやく。まぶたの裏に浮かぶのは、あの日のあの景色だ。如月 更紗と共にすごした、ごくごく短い――けれど、決して忘れることのできない日々だ。  屋上でキスをして。  保健室で語り合って。  一緒にチェスをして。  短い時間だったけれど。  短い時間だからこそ。  あの時、中途半端な位置に立っている、向こう側に立っているくせにこちら側の意識を持つ と僕を称して、そんな僕の側が居心地がよいと如月更紗が言ったように。  僕は。  初めて、姉さん以外の人の。  隣にいて――楽しいと、そう思ったんだ。    あの地下室で、僕は明瞭と、そう思った。  その感情を何と呼ぶのか、僕は知らない。  その感情を何と呼ぶのか、僕は判らない。  けど。  選ぶべき道は――決まっていた。 「…………」  僕はゆっくりと、ゆっくりと瞼を開く。暗く昏い視界が戻ってくる。闇に慣れていた瞳には 、夜のグラウンドが、ぼんやりと見えた。  そこに。  そこに、姉さんが立っていた。 240 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/07/11(水) 20:45:36 ID:giYDbz6s 「――――」  グラウンドの端、校舎の側。レンガ造りの地面の上に、姉さんは立っていた。校舎の壁に寄 り添うようにして。制服に身を包んで。  笑うことなく、じっと僕を見つめていた。  ……ああ。  悟る。姉さんは、あそこで死んだのだと。理屈ではなく、わかった。姉さんは、あそこに落 ちたのだと。  その場所に立って、姉さんは、歩み寄ることなく、僕を見ていた。  僕も姉さんを見返して――けれど、歩み寄らない。  わずかな距離。  夜闇の中でも姿の見える、わずかな距離。  それでも。  その距離は、決定的なまでに、遠かった。 「……姉さん」  声が届くと信じて、僕は死んでしまった姉さんに語りかける。   僕にしか見えない姉さんは、笑うことなく、言葉を返すことなく、ただ静かに耳を傾けてく れた。  語るべき言葉は、なかった。  だから、僕は言う。 「僕は……行くよ」  姉さん。  里村春香姉さん。  僕を必要としてくれた人。 『自分を愛する誰か』を必要とした、弱くて脆い、僕の姉さん。  死んでしまった、姉さん。  きっと……満たされたのだろうと、そう思った。  僕以外の誰かの手によって。 『彼』の手によって。  姉さんは愛されて、愛されたから死んだのだと、そう思った。  だから、僕は言う。  かつて愛していた姉さんへ、僕は、言う。  別れの言葉だった。 「さよなら――姉さん」  そうして、姉さんは。  僕の言葉を聞いて――笑った。  にやにや笑いでも、  アルカイック・スマイルでもなく。  どこかさびしげで……どこか安心したような、  別れの、笑みだった。  その笑みを最後に、姉さんの姿は闇に溶けるようにして消えた。後には何も残らない。グラ ウンドに立つのは僕だけで、夜の闇の中、僕はただ独りで立ち尽くす。側には誰もいない。誰 の姿も見えない。いつでも側にいて、達観した笑みを見せていた姉さんは、最後に人間的な笑 みを見せて消えてしまった。  もう会うことは、ないのだろう。  もう、姉さんの姿を見ることは――ないのだろう。 「…………」  どこか、寂しくて。  どこか、悲しくて。  わけもなく泣き出したくなって……けれど僕の瞳からは、涙はこぼれてこなかった。胸に開 いた小さな穴が、かけてしまった心が、ただ姉さんの残滓を残すだけだった。  欠落。  それでいい。  それで……いいんだ。 「…………行くかな」  僕は踵を返し、歩き出す。振り返らずに。振り返ることなく、歩き出す。夜のグラウンドか ら、夜の校舎の中へと。  屋上を目指して、僕は歩みだした。

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