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799 :藁を叩く少女 [sage] :2007/09/14(金) 12:23:03 ID:xDCdn1cN 美佳は幼馴染の直樹が大好きだった。家が隣同士の二人は、小さい頃から毎日のように一緒に駆け回っていた。 二人は何をするにも一緒だった。春には二人でお花見をして、夏には一緒に市民プールへ出かけて、秋には手を繋いで紅葉狩りをして、冬には力を合わせて雪だるまを作った。 このまま死ぬまで、ずっと二人は一緒にいるものだと美佳は思っていた。同じ学校に通い、同じ仕事に就き、結婚して同じ家に住むことは、当たり前のことなのだと考えていた。 そして、当然のように直樹もそう考えているのだろうと美佳は思っていた。 800 :藁を叩く少女 [sage] :2007/09/14(金) 12:25:36 ID:xDCdn1cN 小学校に上がってからしばらく経って、とある休日いつものように直樹と遊ぼうと美佳は彼の家を訪れた。しかし、玄関で彼の名を呼び続ける美佳の前に現れたのは大好きな直樹ではなく、彼の不在を弁明する小母さんだった。 このようなことは美佳にとってはじめての経験だった。彼が自分との約束を蔑ろにして、他の子供たちのところへ出かけたことは今までに一度も無かった。 直樹が生涯を通した伴侶である自分との約束ではなく、小学校に入ってから出来た精々二三ヶ月程度の付き合いしかない『ともだち』を優先させた事実は、美佳には許しがたいことだった。 当然のように美佳は激怒し、自分に対して過失を犯した直樹と、直樹の『ともだち』だという彼女にとってやくざな連中に制裁を加えるべく付近の公園を探しまわった。 しかし、美佳が数時間かけて三箇所ほどの公園を探しても、直樹たちは見つからなかった。 美佳は走りまわってへとへとに疲れてしまい、先ほどのあれだけ沸き立っていたはずの怒りは萎えてしまった。 美佳はだんだんと悲しくなり、鼻がつんとして、涙で視界が歪んでいった。直樹が居ない寂しさに耐えられなくなった美佳はぐすぐすと鼻をすすりながら、あてもなくあたりを彷徨い続けた。 日も暮れ始めたころ、美佳は古びた神社の前に立っていた。神社の床下には美佳が直樹といっしょに作った二人の秘密基地があった。 彼女は寂しさを紛らわすために、少しでも二人の絆を感じようとここにやって来たのだった。 秘密基地に近づくにつれ、美佳の耳になにやら楽しそうな笑い声が聞えてきた。今の自分の泣き顔を直樹以外の誰にも見せたくなかった美佳は、敷地に植えられている大きな御神木の裏に身を隠した。 笑い声はどうやら三人のようで、二人の少女の声に混じって少年の声が聞えた。 美佳の隠れている御神木は出口の石段に近い場所にあるため、これから敷地を出るのだろう三人から聞えてくる声はだんだんと大きくなっていった。 三人の声がはっきりと聞き取れるほど近づいたとき、美佳は愕然とした。 そういうのも、そのうちの一人の声は今の今まで美佳が必死になって探していた直樹の声だったからだ。 801 :藁を叩く少女 [sage] :2007/09/14(金) 12:28:35 ID:xDCdn1cN 入学祝いに作ってもらった一人部屋の寝台に丸まって、美佳はすすり泣いていた。 自分は直樹に裏切られたのだ。約束を破られたのだ。二人だけの秘密だったあの場所を、他人に暴かれたのだ。 美佳の脳裏には、あの三人が発した楽しげな笑い声がこびりついて離れなかった。 耳穴に指を突っ込んでも、忌々しい音は聞こえてきた。布団に頭を埋めても、音は余計に大きくなって美佳の心を痛めつけた。 何も見ずとも、聴かずとも、触らずとも、どうやっても三人の嘲笑を消すことは出来なかった。 せいぜい自らの呻き声でそれを少しなりとも誤魔化すだけだった。 『ともだち』に秘密をばらした直樹が恨めしかった。かといって美佳には直樹を怨むことなど到底不可能だった。 美佳にとって直樹とは自分の半身であり最愛の伴侶であって、彼を否定することは彼女の存在意義を否定することに等しいのだ。 そうなると美佳の憎悪の矛先は当然のように『ともだち』である二人の少女へと向かうはずなのだが、幼い少女には悲しみを憎しみに転化するほどの機知はまだ備わっていなかった。 結局のところ今の美佳に出来たことは、こうして一人でみじめにすすり泣くことだけだった。 802 :藁を叩く少女 [sage] :2007/09/14(金) 12:31:43 ID:xDCdn1cN 夏になった。夏休み中、美佳と直樹が遊ぶ機会は以前と比べてかなり減ってしまっていた。 直樹は美佳をほったらかして、例の少女二人と毎日のように遊び歩いていた。 美佳は毎日、秘密基地に一人で佇んでいた。あの少女たちが持ち込んだのだろう玩具を手に取って、一人遊びを続けていた。 時折、すすり泣きの音が神社の床下に響いた。 一昨日久しぶりに会った直樹は真っ黒に日焼けしていた。今みたいに秘密基地にいる以外は部屋に閉じこもっている美佳の肌は、真っ白なままだった。 美佳はピンクの手提げ袋から、一冊の冊子をとりだした。犬の絵の表紙には可愛らしい書体で『たのしいなつやすみ』と描かれていて、裏表紙にはマジックペンで『なおき』の文字が書かれていた。 この冊子は一昨日会ったときに美佳が直樹に押し付けられたもので、ぱらぱらと捲るとページの空欄は全て小奇麗な丸文字で埋められているようだった。 美佳は父親の書斎から持ち出してきたライターを手にして、捲った表紙の角に火をつけた。 冊子が置かれている地面は少し湿っていたが、炎は数秒で表紙全体に広がり、冊子は勢い良く燃え続けた。 直樹の肌とお揃いで真っ黒になった冊子に、美佳は靴の踵を何度も何度もたたきつけた。そして、かろうじて形をとどめていた直樹の冊子はばらばらの灰になった。 神社では蝉の鳴き声に混じって、少女のしゃくり上げる声が響いた。 学習机の上には、『みか』と名前が書かれた夏休みの宿題が置かれていた。美佳は『みか』の文字を手で擦った。手が湿っていたからか、水性マジックペンで書かれた文字は灰色に霞み、何回も擦るうちにとうとう消え去ってしまった。 薄く灰色に滲んだ名前欄に、美佳は『なおき』と書き入れた。ペンを持ったままの手で、美佳はいつもしているように濡れた目元を拭った。拭った手がべたべたになった。 新学期が始まった日に、宿題を失くしてしまった美佳は先生に叱られた。 803 :藁を叩く少女 [sage] :2007/09/14(金) 12:33:20 ID:xDCdn1cN 秋になった。美佳と直樹の家族は連れ立って紅葉狩りへ出かけた。 登山の最中、美佳は久しぶりに直樹と手を繋いで、鮮やかに色付いた景色の中を一緒に走り回った。 木の根に躓いて転んでしまい、美佳はわんわんと泣き出してしまったが、直樹は泣いている彼女のために団栗を沢山拾ってきてくれた。 美佳は大好きな直樹に、ひさしぶりに心からの笑顔を見せた。 ピクニックを終えて家に帰っると、二人は採ってきた団栗を使い、どんぐり独楽を作って遊んだ。 直樹の作った独楽のほうが、不器用な美佳の作ったそれより良く回った。直樹は自分の作った独楽と美佳の独楽を交換しようと提案して、美佳も喜んでそれを受け入れた。 美佳の宝物がまた一つ増えた。 次の日、隣にある直樹の家から響いてきた音は、ごちゃごちゃとしたテレビゲームの電子音と、時折それに挟まれる少女たちの歓声だった。 美佳は学習机に昨日拾った団栗を全部広げて独楽を作り続けていた。雑念を払うように、団栗に錐で穴を開け、爪楊枝を刺す作業を延々と続けた。 完成した独楽は、直樹に貰ったもの以外全部金槌で叩き壊した。 804 :藁を叩く少女 [sage] :2007/09/14(金) 12:37:26 ID:xDCdn1cN 冬になった。校庭では直樹たちが雪合戦をしていた。美佳はそれを廊下の窓から眺め続けていた。 入学してから今日まで、ついに美佳は一人の友達も作ることが出来なかった。 美佳が望んだなら、友達の一人や二人簡単に作れただろう。この年頃の子供というのは何よりも遊び相手に飢えているから、誰だろうと差別なく自分たちの輪の中に受け入れることが出来るのだ。 しかし、美佳は直樹以外の友人をつくることを拒否した。 周りの同年代の子供らが無遠慮に口にする『ともだち』という単語は、美佳が最も憎んでいて、耳にするだけで不愉快になるようなものだったからだ。 たった数ヶ月の付き合いで心を許すなんてことは、言語道断であると少女は考えていた。ただの遊び相手に抱く薄っぺらな友情も彼女は御免被りたかった。 何よりもまず上辺だけの付き合いをしようにも美佳には少女らしい潔癖な誠実さがあり、そういった軽薄な振る舞い自体、彼女にとって到底許せるものではなかったのだ。 美佳の態度があまりにも頑なだったので、この頃にはもう自分から彼女に話しかけようとする子供は直樹以外に誰も居なくなり、彼女はクラスという集団の中で浮いた存在となってしまっていた。 しかし、美佳は集団生活の中にいるうちは孤独だったが、一度学校から離れれば直樹という最愛の人間がいた。 美佳が今のように一人で遠くから直樹を見つめている間だけは、学校生活で感じる寂しさと劣等感を一時的にせよ慰めることが出来た。 直樹が敵軍の大将をやっつけたことで校庭から歓声が上がった。 得意そうにしている直樹の様子を眺めて、美佳は心底嬉しそうに微笑んだ。 805 :藁を叩く少女 [sage] :2007/09/14(金) 12:38:57 ID:xDCdn1cN 二度目の春が訪れた。二年生になっても相変わらず美佳は孤独だったが、直樹との距離は一時期に比べて以前のものと近くなっていた。 四月の初めには、親たちに内緒で家を抜け出し、美佳と直樹の二人きりで夜桜を見にいった。 直樹が露店で買ってくれたたこ焼きは涙が出るほど美味しくて、いつまでもこの味を忘れないでいようと美佳は誓った。 翌日、美佳は家族に連れられてお花見に行った公園で、直樹が二人の少女たちと一緒にお好み焼きをつついている姿を目撃した。

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