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267 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/10/05(金) 02:10:03 ID:Fe03hxK+ 夕方の茜色の光が物悲しく感じられる。 晩秋の日光は照っている時間も短く、光の強さも随分弱い。 冬の到来を告げているかのようにどこか陰鬱である。 動かない足の代わりに車輪を繰って、庭の池沿いにぐるりと回って、家の庭に100年近く生えているという大銀杏の前に来る。 ひゅう、ひゅう、と乾いた音を立てた風が時折吹いて、枝を叩く。 そのたびに、はらり、はらり、としわだらけの葉を散らしていく。 丁度、こんな陽気の日に私は病院を退院した。 指を折って、それから過ぎた年月を数える。 そうか、もう、あれから8年も経ったのか―。 私が、そして彼が殺されたはずのあの日―。 幸運にも、出入りしているお手伝いさんがやってきた。 そして、開け放たれた地下室の扉を不審に思い、中に入ってみたら私が倒れているのを発見したという。 その段階で私は、死亡していたわけではなく、仮死状態にあったという。 お手伝いさんは病院へ通報し、すぐさま応急処置が取られたので、私は一命を取りとめた。 ただ、心臓が止まっていた時間が少し長かったのが理由か、後頭部や頭を殴られた事が原因か、 良くはわからないが両足を自分で動かすことができなくなってしまった。 だから、それ以来、私はこうして移動するにも車椅子に頼らざるを得なかったのだ。 私が目を覚ました日、最も気になったのは自分の体がどうとか理沙や智子がどうなったか、ということではなく、弘行さんがどうなったか、というただ一点だった。 私は看護婦さんに何度となく、弘行さんの状況を尋ねてみたが、なかなか教えてくれなかった。 すぐに彼が生きていることはわかったが、私と同じ病院に搬送されたのにも関わらず、彼の居場所を掴むことができなかった。 入院してから、数週間をただ弘行さんの事ばかりを考えながら、けれども無為に過ごし続けたが、全快した父がある日、私の元に見舞いに来た。 その時に私は父から様々な話を聞き、話し合った。 268 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/10/05(金) 02:11:43 ID:Fe03hxK+ 村越智子という子は私の母と結婚する前に、付き合っていた女性とできた子供であること。 その智子が母の優衣と松本理沙を殺害し、警官に逮捕されそうになった際に、理沙から奪った薬で二名を殺害したこと。 そして、その智子の母親は私の母である優衣に殺されたこと。 それを理由として、理沙の私に対する憎悪を利用して、今回の復讐劇を成功させたこと。 母の私への虐待とその事とをずっと悔やみ続けていた、ということ。 最後に、父がもうそう長くないこととこれからの事について―。 父は私と弘行さんの仲を認め、これからの事について、いろいろと私に忠告をした。 それは今思い出せば、さながら、遺言のような感じであった。 一つ一つ話を聞いていくうちに父が私に憎悪や負の感情など決して抱いていない事がわかった。 いつだったか、弘行さんが私に父のとの関係についていろいろと話をされたことがあった。 内心、詳細を弘行さんが知らないのだから、という気持ちもあり素直に取ることができなかったが、この時にようやく父と和解できたような気がする。 そして、父はその年の末に急死してしまった。 一通り、話しておくべきことを私に話した後、父は弘行さんの居場所をこっそりと教えてくれた。 すぐに、私は車椅子を動かして、弘行さんの元へと向かった。 彼はその時異常なまでに消沈し、さながら魂の抜け殻のようであった。 表情は無表情でもはやその変え方すら忘れ去ってしまったかのような感じであった。 そう、私の弘行さんに会う前とあまりにもそっくりな状況だった。 彼は私の姿を確認すると、一瞬だけ頬を緩ませてくれたが、すぐに車椅子の存在に気がつき、再び申し訳なさそうな表情に戻ってしまった。 それから、何度となく私は彼の元を訪れた。 けれども、なかなか前の彼のように戻ってくれなかった。 それから二ヶ月程度で私たちは退院し、何事も無かったかのように、学生生活を送ることになった。 いじめは惨劇の壮絶さを車椅子に乗った私と性格が変わってしまったように見えた弘行さんとを目の当たりにしてすぐさま消えうせてしまった。 私は彼を家まで迎えに行き、私の作ったお弁当を一緒に食べ、とりとめもない話をする。 それはいたって普通の、今までどおりの生活に戻ったはずだった。 私は積極的にあれやこれやと弘行さんの気が晴れるように努力したが、彼の陰影は消えることが無かった。 そして、ついにある日、自殺未遂を起こした。 幸いにも実際に決行する前に私が発見し、思いとどまらせることができた。 その時の彼はあのまさに私が自殺をしようとした際にあまりにもそっくりであったのに驚きを隠せなかった。 おそらく、優しすぎる彼のことであろう、理沙を死なせてしまい、守ろうとした私まで半身不随になってしまったのに、 自分が五体満足に生き残ってしまった事に罪悪感を感じているのかもしれない。 けれど、そんなことは露ほども気づかないふりを私はした。 その後の必死の説得と時間の経過によって、弘行さんは学年が替わるころには立ち直ってくれた。 269 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/10/05(金) 02:12:31 ID:Fe03hxK+ 私と彼は数年で年齢的に結婚が認められる年になり、すぐに結婚した。 私にとって、ようやく訪れた本当の意味での幸せだった。 それから大学へ進学し、私は車椅子ゆえに苦労を強いられたが、ずっと彼に助けられ続けた。 そして、弘行さんは卒業後、今は専務が社長となっている父の会社に入社し、我武者羅に働いている。 彼は車椅子の私を見ると時にどこか悲しそうな申し訳なさそうな表情をしたが、そんな時は彼を強く抱きしめてあげる。 あなたは悪くないのだと。 私の傍にいるという約束をこれほどまでにきちんと守ってくれているではないか、と。 私は彼とずっと一緒に居て、幸せを享受する為ならば、自分の両足の犠牲、程度厭わない。 そのためならば、私は何だってしただろう。 ずっと、写真の中の彼だけを支えにしていた昔から考えれば、その程度のものを代償にして、得ることができた事は、ありがたく感じるくらいだ。 会社に入社してから何度か、弘行さんは自分が生き残ってしまったことは間違いだと漏らしたことがある。 学生時代とかわらずに愉快にも冗談を言って私を楽しませてくれる彼の豹変を私は心配した。 おそらく、他の社員から何か言われたのかもしれない。 私の目の前にそんな事をするものが居れば、容赦なく矢を射掛けるくらいはしただろう。 それはさておき、数年前に心配した彼の本心をその発言から窺い知る事ができた。 弘行さんはいまだ、あのことを悔いているのだろう。 しかし、彼の言うように生き残ったことが罪だとすれば、私だって生き残った人間なのだ。 私とて罪であろう。 特別に悔恨の念など抱くことは無いが、優しいが上にも優しい弘行さんの見方によれば、私は理沙を殺したとも考える事ができる。そう、考えるならば、私とて同罪である。寧ろ、私のほうが罪は重いかもしれない。 だから、弘行さんはそんな事を心配することは無いのだ。 傍に居て幸せをくれるあなたを私は守ってあげるから―。 そして、もしそれすらも辛いならば、もう何も考えることは無い。 私と堕ちて行けばよいのだ。 堕ちたままでいいのだ。彼が苦しむ姿を見るくらいなら、堕ちたままでよい。 それによって、私は弘行さんと結ばれることができたのだから。 270 :和菓子と洋菓子 [sage] :2007/10/05(金) 02:13:29 ID:Fe03hxK+ あの真紅の装丁の本の結末は、ヒロインが失明し、想い人と結ばれる事なく悲劇的に終わるのだ。 しかし、想い人である、王子はヒロインの失明を聞いて、自分を責め、最終的には自殺をする。 ヒロインもそれに従って、自殺をするのだ。 けれども、私は足の自由と罪悪感という代償と引き換えに、想い人の弘行さんと結ばれたのだ。 きっと、王子とヒロインが結ばれたとすれば話の結末も違ったものだろう。 私もお話の中のヒロインも自殺という思い切った方法を取ることができるのだ。 その力を精一杯使って、幸せを享受することだってできる。 門が開く音が聞こえた。 今日は私の誕生日なので、弘行さんは早く帰ってくるといっていた。 門のほうへと車椅子を動かしていく。 手にケーキを持ち、スーツに身を包み、優しい表情をこちらに向けてくれる、世界でたった一人愛する人がそこにはいた。 「ふふ、お帰りなさい、弘行さん。」 「ただいま、時雨。」

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