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294 :天秤 [sage] :2007/10/07(日) 00:37:48 ID:AreITkIC 真っ暗な闇の中、僕は一人道路を歩く。車も通らず、街頭も着いていない道路をただ歩く。 兄の名を、呼びながら。母の名を、呼びながら。 義母の名を、呼びながら。義姉の名を、呼びながら。 父の名を、呼びながら。あの子の名を、呼びながら。 彼女の名を、呼びながら。 ―――ああ、いつもの夢だ。もう見飽きるほど見た夢。遠い過去と少し先の未来の夢。 うっすらと、少しずつ世界がひらけてくる。現実の暗闇の中、よく知った天井が見えてくる。 視線を左に動かせば、よく知ったクローゼットが見える。 視線を右に動かせば……そこに彼女がいる。 穏やかな吐息と、甘い匂いを感じながら僕は彼女のきれいな髪に指を通す。 整った顔立ち、スレンダーだけど均等の取れたプロポーション、絹のようなやわらかい髪。 本当に、彼女は美しい。 僕とはまるで違う、生き物…… 彼女―――三島葵に僕―――風間真樹が出会ってからどのくらいの時が過ぎただろうか。 正確な時間はわからない。 ただ、担当者として彼女の書く小説に携わり始めた時、彼女の小説を読んだときからきっと僕は彼女に惹かれていた。 彼女が書く小説は不思議な魅力で満ち溢れていた。文体も話も平凡なものであるはずなのになぜか惹かれてしまう。 読者はその魅力の正体がわからず余計に小説にのめりこむ。正体不明の麻薬のような魔性の魅力が彼女の小説にはあった。 そしてその魅力は彼女自身のものでもあった。 彼女は不思議な女性だった。明るく、社交的に見えて、実はとても内向的で。冷たいようにみえるけど、実はとても涙もろくて。 彼女の不思議な二面性からあの魔の魅力を持つ小説が生み出されているのだろうか。いや違う。 これは本当の彼女を隠すためのカモフラージュなんじゃないか。 僕は彼女が知りたくなり、どんどん彼女の魔の魅力に取り付かれていった。 彼女と話をし、彼女の手助けをし、とにかく彼女と関わりあった。 今にして思えば彼女もまた僕に似たような理由で惹かれてたのかもしれない。 仕事での相棒だった僕達は次第にプライベートでも関わり合う様になった。 そんな日々が続いたあるとき、彼女の作品を読んでいた僕は気づいた。 彼女の魅力の正体がわかってしまった。 彼女の作品には愛や情がない。あったとしてもそれは一方通行の想い。決して敵わない想い。 物語は絶対にハッピーエンドにならない。けどそれでいて登場人物達が機械的になることもない。 それは彼女の技術と才能のなせるものなのかもしれないけれど、でもとても悲しいことだと思った。 彼女は愛されたことがないのだ。だから思いは常に一方通行。 愛に飢えた人。悲しい人。 そのときようやく気づいた。だから僕は彼女に惹かれたのだ。 僕もそうだから。孤独だから。 愛されることの意味がわからないから。 295 :天秤 [sage] :2007/10/07(日) 00:38:31 ID:AreITkIC ―――似たもの同士の二人は似たような想いで自然と繋がった。 それが傷の舐めあいでしかなくてもそれが僕らにとって正しいことだった。 彼女の髪からゆっくりと手を離しベッドを降りる。彼女が起きないよう、なるべく音を立てないように。 寝室を出るとそのまま台所に向かい、冷蔵庫から昼食の材料を取り出す。 コンロに火をつけいつものように調理を始める。もう何百回と繰り返してきた行為。 でもそれでも僕が彼女にしてあげられる数少ないことだから、決して手は抜かない。 このマンションは台所から寝室までずいぶんと離れているので思い切って音をたたてもだいじょうぶ。 調理が終わったらいつものように食器に盛り付け、いつものようにラップにつつみ冷蔵庫にいれておく。 書置きをテーブルに残し、その後洗面所に向かう。 相変わらず不健康そうな自分の顔とにらめっこをつづけながら外にでるための準備をすませていく。 偽りの自分を演じるための仮装を施していく。 すべての準備が終わってから彼女の様子を見るために再び寝室に赴く。これもいつものことだ。 安らかに吐息をたてる彼女にむかってきっと聞こえないであろう一言を言って部屋を出る。 玄関に向かい開けたくないドアを開け、重い足をひきずって外に出る。 後ろを振り返り、ドアノブに鍵を差し込む。鍵をまわす。 ゆっくりと、ドアから離れる。ここにまた帰ってこれるように祈りながら。 これが僕の日常。これからも続いていくであろう、僕の幸せ。 彼女の仕事を手伝い、彼女の世話をさせてもらう。それだけで生きているって感じる。 僕が彼女の役にたってるって感じる…… 296 :天秤 [sage] :2007/10/07(日) 00:39:19 ID:AreITkIC 彼女の過去になにがあったのか、くわしい話は聞いていない。 でもポツリ、ポツリと時々話をしてくれることがある。 父に暴力を受けていたこと、母が見てみぬふりを続けていたこと。 親友と思っていた人に裏切られたこと、恋人に酷い目に合わされたこと。 僕の人生とほとんど同じ。大事にしていた人に裏切られて、見捨てられる。 本当に似たもの同士。似たような人生を送ってきてる。 だからふたりで支えあって、生きている。傷を舐めあうようにして逢瀬を重ねる。 ……でも本当は僕にはわかってるんだ。似ているのはそこだけ。そこから先はまるでちがうもの。 彼女はすべてを持っている。外見的な美貌も、富も、才能も、未来も。人望も。 きっと本人は分かっていないと思うけれど彼女はすごく周りに愛されている。 人に傷つけられた分、他人に優しくできている。周りの人を愛そうとしてる。 彼女は自分が愛されたいからそうしてるっていうけれど、きっと彼女の性格がそうさせてるんだと思う。 だって同じような境遇の僕にはできてない。イメージが沸いてしまから。裏切られるイメージが。 だから怖くてできない。同じような体験をしている彼女に対してはできているのかもしれないけれど、 人間がみんな僕らみたいな人であるわけがない。多少は経験していてもそれは規模が全然ちがう。 でも彼女はそんなこと気にしてない。どんな人にも優しくできてる。慈しみを持てる人なんだ。 彼女は光輝く人。僕じゃ決して届かない人。 いつか彼女はそのことに気づくだろう。いやもう気づいているのかもしれない。 そのときこそ、彼女と僕の別れのとき。彼女が「向こう側の人」になるとき。 そのときがきたら僕はきっと泣くだろう。懇願するかもしれない。でもきっと、とめられない。 仕方のないことだから。それがあるべき姿だから。彼女にふさわしい男が他に必ずいるから。 僕はただそのときを待つだけ。怯えながら、恐怖しながら、でもどこかで喜びながら。 彼女は光輝く人。幸せになるべき人。僕の愛する人。 だからせめて踏み台になる。僕を捨てることで彼女が前に進めるように。 それが僕の「愛する」ってこと。 297 :天秤 [sage] :2007/10/07(日) 00:40:09 ID:AreITkIC 真っ暗な闇の中、私は「彼」と手をつないで道路を歩く。 車も通らず、街頭も着いていない道路をただ歩く。 でも少しも怖くない。「彼」が隣にいるから。どこまでも歩ける。少しもつらくない。 歩き続ける。どこまでも歩き続ける。 気がつくと、いつのまにか左手にたしかにあった暖かい感触がなくなっている。 私は当たりを見回し必死に「彼」を探す。 すると急に光が見えてそこに「彼」が立っている。 私は大声で「彼」を呼ぶのだけれど、「彼」は私に全く気づかず、そのまま光の先へ進んでしまう。 私は大急ぎで「彼」を追うのだけれど、決して追いつけない。 「彼」はそのまま私に気づかず光の先にいる「私でない誰か」の元へ行ってしまう…… 「くあっ……はぁ……はぁ」 またあの夢だ。見たくもない最低の夢。何度も何度も見る嫌な夢。 「彼」が真樹がいなくなる夢。私のそばを離れ、他の女のところにいってしまう夢。 そんなことあるわけないのに。真樹はあいつらとは違うのに・・・ 瞼を開けるとそこはよく見知った部屋。 真樹の匂いのする、私にとってこの世でただひとつ、安心のできる場所。 今は暗くてなにもほとんどなにも見えない部屋だけれど、左隣にたしかに気配を感じる。 「真樹……」 身体を起こし、私の隣で死んだように眠る真樹の顔をゆっくりと覗き込む。 真樹はいつもこうだ。まるで本当に死んでいるんじゃないかってくらい無表情で眠る。 一応いつものように耳を済ませて真樹の呼吸音を探る。 「スゥー……スゥー……」 「はぁ……よかった」 安心した私はそっと真樹の頬に触れる。これもいつものこと。 どんな夢を見ているんだろう・・私の夢だといいな。 顔の輪郭をなぞりながら、徐々に指を下へ下へとおろしてゆく。 夢……そう、あの悪夢をみるのも…… 「いつものこと……なんだよね。」 298 :天秤 [sage] :2007/10/07(日) 00:40:55 ID:AreITkIC 真樹は私にとってこの世で唯一自分と同じ傷みと想いを感じあうことのできる男性だ。 同じように人に裏切られ、同じように愛する人に捨てられた。 真樹は人に捨てられる苦しみを知っている。人に裏切られる怒りと悲しみを知っている。 だから真樹が私を捨てるはずない。私のそばからいなくなるわけがない。 私達は「愛し合っている」んだから。それだけじゃない。 他のカップルとは違って「理解しあって」もいる。 深い深いところで繋がっている。絶対に離れることなんてない。 それはわかっている。だからあんな夢、ただの夢だ。 でも……でももし真樹が他の女を選んだら?私じゃない他の誰かのところに走ったら? もし私に飽きたら?私のことがいらなくなったら? 「やだ……そんなの絶対やだ……」 両手の指は首にまでかかっている。その指に少しずつ、少しずつ、力をこめていく。 誰かに取られるくらいなら……他の誰かと歩く真樹を見るくらいなら…… どんどん力が強くなる。ここで真樹をこの手で……そうれば真樹は永遠に私の…… 「うっ……ぐっぐぐぐぐ」 真樹の苦しい声が聞こえてくる。はっ、として慌てて手を真樹の首から離す。これもいつものこと。 あの夢を見て、真樹の首を絞めて、我にかえる。成長しない私。 「ごめんね……真樹。もうしないから許して……」 これもいつものこと。どうせまたあの夢をみたらやってしまう。最低な私。 真樹を失うのが怖い。他のものなんていらないから神様、真樹だけは奪わないで。 もう失いたくない、裏切られたくない…… 濡れてきてしまった目尻をぬぐい、横になり、真樹の手を握る。これだけで安心する。 高ぶった心と身体が、ゆっくりと落ち着いていく。 再び意識が暗い闇の底に沈んでいく――― 次は真樹と笑って歩いている夢がみたいな…… 299 :名無しさん@ピンキー [sage] :2007/10/07(日) 00:41:52 ID:AreITkIC ―――自然に、ゆっくりと瞼がひらいていく。どんな夢をみたのか、全然覚えていない。 見知った部屋、見知った匂い。でも左隣りの気配がない。 「真樹!」 掛け布団を思いっきり投げ出し、真樹の姿を探す。 「真樹どこ!真樹!真樹ぃぃ!」 胸の鼓動がどんどん早くなってるのがわかる。まさか・・・まさか! 寝室からリビングに出、台所を見渡す。 いつも二人で食事をしているテーブルの上に紙がおいてあるのが見えた。 急いでテーブルに向かいむざぼるように読みこむ。 そこにある真樹のにおいを感じられるようにじっくりとゆっくりと。 「食事は冷蔵庫の中にあるから暖めて食べてください。」 たった一行だけれどそれだけで心が安らいでくる。と同時に頭も冴えてくる。 そうだ、真樹は今日は出勤だったんだ。 ふっと気が抜けて思わずへたりこんでしまった。 昨日そう言ってたばかりじゃないか。なにをしてるんだ私は。 ボサボサのままの髪をかきあげながら、冷蔵庫から真樹がつくってくれた食事を取り出す。 オムライスだ。朝から食べるものじゃないが、時計の針はもう午後2時を回っている。 真樹は私がこの時間におきること、わかってたのかな。 お昼過ぎのくだらない内容のテレビをみながらオムライスをほおばる。 真樹の料理はおいしいけれど、真樹がいないとなんだか味がうすいきがする。 きっと気のせいじゃない。真樹がいないとおいしくない・・・ 真樹と会うまで一人で食事をとることなんてまるで苦じゃなかったのに。 でも今は真樹がいないとダメだ。苦しい。心も身体も、苦しい・・・ つまらない食事を終え、食器を洗うと、私はそのまま書斎へ向かう。 私の仕事場。ここは唯一この部屋で真樹の匂いがあまりしない場所だ。 この部屋は私が仕事場として購入したマンションだけれど、いつのまにか真樹と二人でここに入り浸りになった。。 私はあまりこの部屋には私物を置かず、真樹の好きなようにインテリアを任せることにしていた。 そうすればずっと真樹の匂いで包まれていられるから…… だけど、この書斎には真樹が気を利かせたのか、まるで物が置かれていない。 単純なデザインの机と、本のびっしり入った本棚。それだけ。 でも、ここには私の宝物が隠れている。真樹にも見せていない大切な宝物。 本棚を開け、一番下の棚の左から2番目の本から小さな銀色の鍵を抜き取る。 この本は全然読んでいないけれど、確か宇宙工学かなにかの本だった気がする。 鍵を使い、本棚の裏ににかかったロックをはずし、宝物達を取り出す。 真樹を隠し撮った写真のアルバム。 真樹を隠し取ったビデオ。 真樹の着た服や真樹の使った食器はここで暮らすようになってから大量に手に入るからいいけれど、 こういうものはさすがに自分で作らなきゃいけない。 一緒に暮らしてるんだから辞めようと何度も思ったけれど、やっぱりなかなか辞められる趣味じゃない。 彼のいないときはこうして彼のビデオと写真で自分を慰める。 真樹がこんな私を知ったら、どう思うかな。 300 :天秤 [sage] :2007/10/07(日) 00:42:33 ID:AreITkIC 真樹と最初に出会ったとき、つまり真樹が私の担当になったとき、正直嫌で仕方なかった。 男が好きじゃなかったのもあるけど私の前の担当と違って若くてあまり役に立ちそうになかったからだ。 いつものようにニコニコ笑って周りに仲のいいところアピールするだけでいいやくらいにしか、考えてなかった。 でも真樹は、そんな私の心情を知ってか知らずか、いやに私に絡んできた。 一生懸命私の世話を焼こうとするし、私のためにいろんなところを駈けずりまわってくれたりした。 私にやたら話しかけてくる真樹に不審と不快の気持ちを抱かなかったといえば嘘になるが、でもなぜか拒否する気になれなかった。 他人が自分の生活に入ってくるのを嫌がる私だったはずなのに、なぜか真樹の侵入は許せたのだ。 真樹と過ごす日々。だんだんそれは仕事だけじゃなくて、日常的な生活にも及んでいく。 真樹が私の部屋に来たり、私が真樹の部屋に行ったり。 真樹が少しずつ、私の人生に染み渡っていく。 私はいつのまにか真樹に惹かれるようになっていた。いやもしかしたら最初からそうだったのかもしれない。 真樹は私の人生になくてはならないものになっていた。 ある日、真樹は昔話をしてくれた。あまり触れようとしなかった自分の人生の歩み。 その話を聞いたとき、なぜ真樹に私が惹かれたのか、その理由がようやくわかった。 真樹は私と同じだったのだ…… ゆっくり、ゆっくり真樹は語る。自分の過去を。 兄の死、そこからくる母との別離、再婚した父との確執。 新しい家族だったはずの義姉と義母からのひどい仕打ち。 ようやくできた理解者に裏切られる絶望。 愛した人たちに捨てられ続ける悲しみ…… そこにはもうひとりの私がいた。愛されることの意味のわからない人間。 似たもの同士の私達。だから私は受け入れられたんだ。 私達は惹かれあった。お互いの傷をうめるように、舐めあうように。 互いの考えていることがよくわかる。互いの求めているものがよくわかる。 私達は恋人同士で、理解者でもあった。 私達は支えあい、生きる。人生を、手をつなぎながら歩く。 ……でも私はどこかでわかっている。信じたくないけど理解してる。 いつか真樹は私を置いて一人で行ってしまう。私の手を離してしまう…… そんなの……我慢できない!そんなこと絶対させない……! 私達は一緒に幸せになる。幸せになるべき人間なんだから! ずっと、ずっと一緒にいるべき。 私を理解できるのは真樹だけ。真樹を理解できるのも私だけ。 真樹は私に愛を教えてくれた。だから今度は私が真樹に愛を教えてあげる。 愛しい真樹。私を本当にわかってくれる唯一の人。 絶対に離さない。それが私の「愛する」ってこと。

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