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377 :羊と悪魔 [sage] :2007/10/10(水) 01:19:12 ID:NYiV8XTy 「玲……ッ」  何故、玲は殺されたのか。何故、玲が殺されなければいけないのか。  何一つわからないまま、私はただあきらの隣でうつむいて、涙を流し続けていた。  不敵な笑みを浮かべる。分厚い美術史の本を読む。いつも私や理子やのぞみの心配ばかりしている。そんな玲が、死んだ。  人が死ぬということを今まで知らなかった。テレビの向こうで人が死んでも何も思わない何も感じない。死は、現実じゃなかった。  首にパレットナイフを突き立てられた玲は、驚いた顔のままで、永遠に停止していた。  あれが、死。死という現実をいきなり押し付けられた私は、今まで夢を見ていたのだろうか。  ただ、泣いていた。玲の顔が目の前にある気がして、それが怖かった。泣いていれば、現実から逃げられる気がした。  現実逃避している。そんなのはわかってる。でも、泣きたかった。 「玲……」 「やめて」  突然の否定に顔を上げると、あきらが私を睨んでいた。 「あんなゴミの名前を言うのはやめて」  あきらの眼は鋭く、風船のような私の心を今すぐにでも割ってしまいそう。 「『あれ』はきみこちゃんを穢そうとしたんだよ。あんなゴミは、消えたほうがよかったんだよ」  なんであきらがそんなことを言うのか、私にはわからない。 「きみこちゃんは私の『親友』なんだから。私の『親友』を穢す奴は消えてしまえばいい」 「あ、あきら……」 「あんなゴミはきみこちゃんの『親友』なんかじゃない。あんな淫乱女、死んでよかったんだよ」  なんで────! 「なんでそんなこと言うのよっ!」 「だって私は、きみこちゃんの『親友』だから」  薄く、笑う。  背筋が、いや全身の神経一本一本が冷えていく。  赤い前髪から僅かに覗かせたあきらの眼は、ひどく暗かった。 「なに、言って」 「ときどき不安になるんだ、きみこちゃんが私のこと忘れちゃうんじゃないかって」 「あ、あんた……!」 「私のこと忘れて、きみこちゃんを穢そうとする連中と楽しそうに話しているんじゃないかって、すごく不安だった」  あきらのことは、ただの同性愛者だと思っていた。  それか、みんなの中心にいる私を羨望の的にしているだけだと思っていた。 「ねぇ、きみこちゃん」  違う。あきらは何もかもが根本から違う。 「私はきみこちゃんの親友だから、きみこちゃんを穢そうとする奴はみんな消してあげる。あの眼鏡をかけた他人みたいに。  私はきみこちゃんの親友だから、きみこちゃんのものは勝手に持っていくよ。きみこちゃんがそうしたように。  私はきみこちゃんの親友だから、ずっとそばにいてあげるね。どんなときも。  きみこちゃん、愛してるよ。きみこちゃんだけは絶対に嫌いにならないから。  だからきみこちゃんは、あんな奴と一緒にいちゃだめなの」  私はようやくそこで、一つの事実に気がついた。 「あんたが玲を殺したの?」 「うん」  あきらは、ぞっとするほどに可愛らしい笑顔で、そう言った。  その笑顔に、全身の神経が凍りついた瞬間。私はベンチに、押し倒された。 378 :羊と悪魔 [sage] :2007/10/10(水) 01:19:48 ID:NYiV8XTy  きみこちゃんは私のもの。  いつから私はこんな妄想にとりつかれることになったのでしょうか。  最初は違っていた気がするのです。最初は、きみこちゃんのことを、許していたような気がするのです。  ──最初とは、いつのことだったのでしょうか。  私は愛されないこどもでした。  赤い髪をもって産まれたとき、父も母も驚き、私が本当に自分たちの遺伝子を受け継いでいるのか疑心暗鬼になったそうです。  本当の娘ではないのかもしれない子供に、愛せるわけがありません。今の私は父と母の想いがよくわかります。  私の小さな愛無き世界で、私は愛というものが理解できませんでした。  絵本を読めば、登場人物はみんな優しい眼をしています。他の誰かが他の誰かに向ける眼と同じです。  私に向けられる眼は、絵本の登場人物が悪魔を見るときの眼でした。 「悪魔め、おまえは生きていてはいけないんだ」  そんなことを言われてる気がして。  悪魔であることが怖かったのです。きっと私は、優しい眼を向けられることを望んでいたのです。叶わなかったけれど。  だから赤い髪を隠しても、他人たちの眼は変わりません。  髪を染めればよかったのでしょうか。でも赤毛のアンは黒く染めようとして緑色の髪になってしまったといいます。結局、何も変わりません。  きみこちゃんの眼も、悪魔を見るような眼でした。  それでも、きみこちゃんは、今まで私が言われたことがなかった言葉を、言ってくれたのです。 『じゃあ、私とあきらは親友ね!』  きみこちゃんは何気なく言ったのでしょう。もう忘れているかもしれません。  けれどその言葉は、私にとっては、神様の言葉よりも神聖で、大切な言葉でした。  きみこちゃん。私を親友だと言ってくれたきみこちゃん。  私にはきみこちゃんしかいません。きみこちゃんが見えない場所に立たされたら、私は生きてる意味を失います。  私みたいな悪魔に、親友と言ってくれたきみこちゃん。  だけど、それでも私は悪魔なのです。  悪魔だから、こんなことを考えるのです。  きみこちゃんは、私のもの。  神様、神様、私を地獄に堕としてください。私のような悪魔は、二度と出てこれない地獄に落としてください。  私は人に迷惑をかけることしかできない悪魔です。  きみこちゃんの半分開いた瞼からこぼれた涙を見つめていて、私は自分が何をしてしまったのか思い出しました。  引き千切られたきみこちゃんの制服。きみこちゃんの腿に流れる、赤い血。  ごめんなさい、きみこちゃん。  私は、酷い悪魔です。

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