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第一話『コントラクター・再会』」(2008/10/13 (月) 19:47:10) の最新版変更点

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809 :ワイヤード 第一話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/10(金) 20:08:53 ID:r9yyjKLi 第一話『コントラクター・再会』 ある意味では予知夢というものだろうか。 鷹野 千歳(たかの ちとせ)は、何の超能力も持たない普通の高校生だったが、この夜、確実に彼の夢は過去と現在を、そして未来を繋いでいた。 「ねぇちーちゃん、ちーちゃんのゆめはなに?」 「おれのゆめか……まだ、ないなぁ。そういういっちゃんはどうなのさ」 「え~。おしえてほしい?」 「いや、いいたくないならいい」 「ま、まってよぅ! いうからおいてかないで!」 「べつにおいていこうとしてるわけじゃない。いっちゃんがもったいぶるから、きかないほうがいいかとおもった」 「ぅ……ううん……。いいたくないわけじゃないよ。でも、ちーちゃんのこたえがこわかったの」 「おれがか? おれにかんけいすることなのか?」 「うん……。あたしね、あたしのゆめはね――」 ――ちーちゃんの……に。ちーちゃんと一生……に。 それは、過去の記憶。幼い日々の記憶。夢になってよみがえっても、起きたらもう、消えているだろう。 そして、夢の情景は不定形になり、また別の過去を映し出した。 810 :ワイヤード 第一話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/10(金) 20:09:33 ID:r9yyjKLi 「うぐっ……ひっく……ちーちゃん……ちーちゃん……やだよあたし……」 「なくなよ、いっちゃん」 「だっでぇ……ちーちゃんとの……やぐそく……まもれな……」 「なにいってんだよ、いっちゃんらしくないぞ。ひっこしくらいなんだよ。そんなもんでやくそくはきえない」 「でも……ぐすっ……でも……りょうってところにいれられて……きびしくて……それに……とおすぎて……ちーちゃんにあえないよぅ……」 「とうきょうからきょうとにいくくらいでおおげさだよ。いつでもあえるよ、おなじせかいにいるんだから。おなじにほんだから、なおさらだ」 「ほんと……? また、あえるかな……」 「ああ、またあえる。やくそくってのはことばじゃない。こころがうみだすんだ。おれたちがわすれなければ、みらいのおれたちがきっと……」 「きっと……あえるんだよね……」 「ああ、しんじろよ。おれをしんじろ、おれはおまえをしんじる。だから……」 「あたしも、あたしをしんじるちーちゃんをしんじるよ!」 「お、おい! いきなりだきつくな!」 「やだね~、ちーちゃんはぜったいはなさないってちかうよ! こうやってあたしがつかまえる! はなれても、きっとこころがつながる! だから!」 「だから……?」 「だから……そのときは、やくそくまもってね」 「……ああ。……やっと、えがおになったな。いっちゃんはそれがいいよ」 「うん……いままでありがとう、ちーちゃん……それと、さきにいっとくね。みらいのちーちゃんに……よろしくね」 そうして約束を交わした二人は別離した。十年以上たった今もまだ再会は一度も無い。 もはや、幼稚園の頃の記憶など千歳には遠い遠い、外国の事のように思われた。 時折、夢魔のように床に顔を出し、約束を歌う。それだけの虚構と化した。 それが、今まで。 そして、これからは……。 811 :ワイヤード 第一話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/10(金) 20:10:15 ID:r9yyjKLi また、よろしくね。 ああ、よろしく。 ……お兄ちゃん。 ……お兄ちゃん? 目が覚めた。 「お兄ちゃん、ねぇ起きてよお兄ちゃん!」 「百歌(ももか)……なんで」 「なんでって、もう朝だよ。学校だよ?」 「ああ……そりゃあ、そうだな。すまん、すぐ起きる」 妹に起こされるなんて情けない兄だ。千歳は起きて早くも自己嫌悪した。まあ、そうはいっても朝弱いのはどうしようもない。諦めよう。 そう思って掛け布団を押しのけ、上体を起こした。 「お……お兄ちゃん……」 百歌が顔を赤くして後ずさる。顔を手で覆い隠しているが、指の間からある一点をバッチリ凝視している。 千歳も視線を追って見た。 「……」 そこには、『男の生理現象』が猛々しくそびえ立っていた。 「も……百歌。これはな……」 「お兄ちゃん……」 「なんだよ」 「『いっちゃん』って、誰?」 「いきなり何を……」 「いいから答えて!」 百歌は今までに無い剣幕で千歳を睨みつけ、怒鳴った。 兄である千歳も知らない。こんなことは初めてだった。 「いや、まてよ。なんのことやらさっぱり」 「そう……お兄ちゃん寝言で『いっちゃん』って言ってたんだよ。覚えてないの?」 「寝言……?」 千歳には、寝言の自覚は勿論、夢の内容の記憶すらない。答えようがない。 が、妹の激しい追求は続いた。 「いっちゃんって、誰?」 「だから、わからないって……がっ!?」 激痛が走る。 「百歌……! やめっ……」 千歳が兄の股間を掴み、凄まじい力で圧迫していた。 812 :ワイヤード 第一話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/10(金) 20:10:51 ID:r9yyjKLi 「じゃあなんでこんなにおっきくしてるの……? いっちゃんって人のこと考えてたんじゃないの……?」 「う……が……」 「ねぇ、べつにその女が誰だっていいけど、隠し事はいやだよ、お兄ちゃん! お兄ちゃん! 私たち兄妹だもん、嘘ついたらだめでしょ、お兄ちゃん!!」 「やめっ……ろぉ!!」 痛みが限界に近くなったところで、やっと身体が動いた。百歌の軽い身体は簡単に吹っ飛ぶ。 「はぁ……はぁ……百歌、お前一体……」 「ごめんね、お兄ちゃん……いたかった?」 急に普段通りの大人しい態度に戻った百歌は、優しい手つきでさっきまで握りつぶすつもりだっただろう股間のモノを、優しく撫でた。 千歳の身体が若干震えた。 「(妹にさわられてこんな……やばい)」 できるだけ乱暴にしないように気を付けながら、百歌の手を掴み、やめさせた。 これ以上触られたらいけない、そんな予感がした。 「お兄ちゃん、いいの……? いたくない?」 「いや、いたいけど」 「手はだめ……? じゃあ舌で、舌で舐めたら痛くなくなるかな……」 「いや、それはもっとだめだ。ってか、痛かっただけで傷なんてないんだからそんな心配しなくていい」 「うん……ごめんね……」 「ああ、わかったら、さっさと下に行っててくれ。着替えるから」 「うん。あさご飯用意するね」 百歌が出て行ったのを見送ったあと、千歳は服を抜いた。 股間のフレンドも確認する。傷付いてはいなかったが、締め上げられて赤くなっていた。 「いてぇ……こんな状態でなんかにぶつけたら……いや、考えないほうがいいな」 それにしても……。千歳は考える。 それにしても、妹のあんなに起こった姿は珍しい。いや、始めてかも知れない。温厚で従順で優しいあの百歌が。 寝言で女の名前をいっただけで。 「いやまて。女なのか、そもそも『いっちゃん』って……」 なんだか、こころあたりがあるような、ないような。そんな微妙な状態。 「ま、いいか」 百歌ももう元通りなんだし、夢は夢ででたらめってこともある。そう千歳は見切りをつけ、制服に着替えた。 813 :名無しさん@ピンキー [sage] :2008/10/10(金) 20:12:11 ID:8+AIP0lS >>790 GJ 814 :ワイヤード 第一話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/10(金) 20:12:43 ID:r9yyjKLi 「お兄ちゃん、はいお弁当」 「ああ。ありがとな」 「お兄ちゃん、さっきは……」 「もういいって。怒ってないし、もういたくなくなった」 「うん、ごめんね……男のひとが朝ああなるって、しってたのに……ちょっと混乱しちゃって」 弁当を受け取り、妹とともに家をでた。まだ七時過ぎ。学校の近さとそぐわない早さだ。 「今日も、ナギちゃんの所にいくの?」 「ああ、お前は?」 「……今日は、いいや」 そういうと、百歌は自分の中学の方向に走っていった。 千歳は方向を変える。高校へではない。幼なじみの、ナギの家にである。 「あら、千歳くん。今日はちょっと遅かったのね」 ナギの母、頼(より)さんが出迎えてくれた。あいも変わらずの爽やか美人である。 「今日はちょっと……妹と一悶着ありまして」 「あら大変。百歌ちゃんとケンカしちゃったの? いつも仲が良いのに」 「いえ、もう大丈夫なんで」 「そう……なら、いいのだけど」 「で、今日はナギ、起きてます?」 「いつもどおりよ」 「ああ、いつもどおりですか」 「頼むわね」 「おまかせください」 二回のナギの部屋に向かう。 「おい起きろー」 どんどんと扉を叩く。まれに。ごくまれに起きているときは、開くはずだ。そんなに都合の良いことは一年に一回くらいだが。 もちろん、今日も反応は無かった。 無言で蹴破る。 「……」 いつもどおり、見慣れた地獄絵図。 815 :ワイヤード 第一話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/10(金) 20:13:18 ID:r9yyjKLi 「今日はどこだ? 本棚か? それとも天井裏か?」 物の山。パソコン、本、ガラクタ、倒れたタンス、ベッドのようなものの残骸、各種ゴミ。それらが部屋の中で自由奔放に山積みされていた。 この中のどこかにナギは埋まっている。いつものパターンだ。 「今日は……そうだな、ここだ!」 本の山におもむろに手を突っ込む。 「捉えた!」 そして、引いた。 ゴミの海から全裸の女が釣れた。 「よう、ナギ。おはよーさん」 全裸の女こと、ナギ半分目を開け、うつろなまま答えた。 「誰だ……」 「千歳だっての」 「ああ……そんなやつもいたな。なんのようだ……」 ナギの朝のボケかたは半端ではない。わりと朝に弱いほうである千歳ですら比較対象にもならない。 「学校だろうが。ってか、服きろよ」 「……全裸じゃないと寝れんのだ。察しろ……」 そんなことまで察することができるほど千歳は大人ではなかった。いや、ナギとの付き合いはもう何年にもなるのだが、それでもだ。 というより、ガラクタの中で全裸睡眠する女を起こす風景を普通だと認識しろと言っているのだろうか。できるわけがない。 「おい千歳……服をよこせ。タンスの中にパンツがあるだろう」 ぐったりと床に倒れながらナギが千歳に命令した。依然全裸。もはや色気のカケラすらない全裸。 しかし慣れっこだ。千歳は素直にナギの言うとおりにパンツをゴミ山のなかのタンスから引きずり出し、ナギに渡した。 「穿かせろ」 「はいはい……」 「(しかしこれ……まるみえなんだよなぁ……毎回見すぎて、興奮すらしねぇ)」 ナギはもはや、妹である百歌よりもディープに妹っぽい。それほどに世話をした覚えがある。 そのまま手際よく制服を着せた。ブラは必要なかった。ナギの胸の大きさ的に考えて全く必要がないし、それに……。 「(傷、まだ治ってねえんだな)」 背中の傷を締め付けて痛いだろう。 816 :ワイヤード 第一話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/10(金) 20:13:49 ID:r9yyjKLi 「どうした、千歳。なにを考えている」 「俺、ボーっとしてたか?」 「ああ、ひどいマヌケ面だった」 傷のことを考えると、しかたがないのかもしれない。この傷は……。 「おい、千歳。お前まさかまだ……」 「い、いや、大丈夫だ。大丈夫」 「そうか? 私にはそうは見えんがな」 「大丈夫だっての。さっさと朝飯食え。下で頼さんが待ってんぞ」 「母さんが……ああ、そうか。まだ生きてるんだな」 「おいおい……母親を勝手に殺すな」 「……何を言っているんだお前。昨日生きていたやつが、今日まで生きているという保証があるのか? 現在と過去と未来の世界が、同じだと思っているのか? 自分の手の中にあると思っているのか?」 「いや、そういうわけじゃないけど……信じろよ。大切なもんだろ。家族なんだから」 「それもそうか……。なら、母の存在くらいは信じるとしよう」 「俺はどうなんだ?」 「お前もだよ、千歳」 ナギはやっとはっきり目が覚めたようで、千歳の顔を見上げ、イジワルそうな笑みを浮かべた。 「いってらっしゃい。千歳くん、今日もナギをよろしく頼むわね」 「はい、確かに」 頼さんが笑顔で送り出してくれた。俺も釣られて笑顔になる。 「……さっさと行くぞ、千歳」 「お、おいおいいきなりっ」 すると、ナギが急に千歳をにらみつけ、肩を掴んで歩き始めた。 「……ふふっ、仲が良いのね」 頼さんは、そんな二人を見て微笑む。――娘と同じ、意地の悪い笑みで。 817 :ワイヤード 第一話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/10(金) 20:14:22 ID:r9yyjKLi 「よー! 千歳にナギちゃん!」 「彦馬(ひこま)か。今日は遅刻しないんだな」 教室に入ると、珍しく早く登校していた彦馬が二人を出迎えた。 「いや、今日は張り切っちゃってさあ」 「張り切るって、何をだ」 「いや、それがさ……って、ナギちゃんは聞かないの?」 ナギは彦馬を華麗にスルーし、自分の席に座ってだらりとしていた。 「興味ない」 「そ、そっか……まあ話半分に聞いてよ。そこからでいいから」 「BGM程度にはな……」 ナギは手入れのされていないぼさぼさの真っ赤な長髪をくしゃくしゃと掻いた。ゴミ山の埃がぱらぱらと落ちる。不潔だ。 「で、なんなんだよお前の張り切りの原因ってのは」 「それがさ……このクラスに転校生が来るんだ」 「へぇ。こんな時期に珍しいな。……で、それがどうしたんだ? っていうか、なんで知ってんだよ」 「僕、転校の手続きをしに来たその人を案内したんだよ。そのとき事情とかいろいろ聞いちまって」 「ふーん」 「でさ! その転校生って、すげー美少女なんだよ! まさに天使! 案内した俺に女神のように微笑んでくれたんだぜぇ~! どうよ、うらやましいか!?」 「いや、見たこと無いし、どんなもんかわかんないから」 「さめてんなぁ……三次元の女に絶望して二次元に走った僕が言うんだから間違いない、あれは2,5次元の存在!」 興奮した彦馬はいろいろとその転校生の魅力を語りだす。うざったいので、千歳は右から左へ受け流した。 「田村ゆかりですら2,5次元だろうが……」 ナギは、あまりテンションの上がらない様子で彦馬にツッコミを入れた。 あんまゆかりんをバカにしないほうがいい。と、作者は怒りを覚えた。 「おーし、お前ら席につけやー」 柄の悪い女性教師が入ってきて、皆を席につかせた。 「おでましだな」 ナギは口ではああいっていても、なんだか興味を持ったようだ。小声で千歳に語りかけてきた。 彦馬はというと、目を輝かせて椅子の上で正座していた。 「今日は転校生を紹介する……君、入って」 女性教師の呼び声に、扉を開ける人影。それを目の当たりにして。 全員が、息を呑んだ。 818 :ワイヤード 第一話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/10(金) 20:15:18 ID:r9yyjKLi 言葉を失う。 「転校生の西又 囲炉裏(にしまた イロリ)さんだ、お前ら仲良くしろよー」 「よろしくお願いします。西又イロリです」 教卓の隣に立った転校生。その姿は、女神と語るのももはや仕方が無い。おそらく熱心な宗教家でさえ、女神と認めるかもしれない。 艶のある黒髪ロングヘア。制服の上からでも分かるバランスの良いスタイル。目が大きくくりくりと丸い瞳は、黒曜石のように黒光りしている。 安い電灯で照らされた教室のなか、唯一ひだまりの中にいるように輝いていた。おそらく、その背中に翼の幻覚を見たものもいただろう。 西又イロリは、第一印象だけで教室全員の心を奪った。いや、二人を除き。 「(あんな感じのフィギュア持ってたな……どこになおしたっけか)」 ナギは、真面目に見てもいなかったし、他人の容姿にも、そもそも自分の容姿にも無関心だった。 目に見えるものなんて大体まやかしだったと知っているからだ。 そして、二人目は千歳。 「いっ……ちゃん……」 小声で呟く。すると―― 「うん、久しぶり」 ――声は出していない。ただ、目が合った。イロリがこちらをむいた。 それだけで、分かってしまった。 「えっと、みなさん、簡単に自己紹介をさせてもらいますと……」 イロリは少し恥ずかしそうに、しかし幸福そうに頬を赤く染め、顔を上げて宣言した。 「私、西又イロリは、このクラスの鷹野千歳のお嫁さんです!」 ――ちーちゃんのお嫁さんに。ちーちゃんと一生幸せに。
809 :ワイヤード 第一話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/10(金) 20:08:53 ID:r9yyjKLi 第一話『コントラクター・再会』 ある意味では予知夢というものだろうか。 鷹野 千歳(たかの ちとせ)は、何の超能力も持たない普通の高校生だったが、この夜、確実に彼の夢は過去と現在を、そして未来を繋いでいた。 「ねぇちーちゃん、ちーちゃんのゆめはなに?」 「おれのゆめか……まだ、ないなぁ。そういういっちゃんはどうなのさ」 「え~。おしえてほしい?」 「いや、いいたくないならいい」 「ま、まってよぅ! いうからおいてかないで!」 「べつにおいていこうとしてるわけじゃない。いっちゃんがもったいぶるから、きかないほうがいいかとおもった」 「ぅ……ううん……。いいたくないわけじゃないよ。でも、ちーちゃんのこたえがこわかったの」 「おれがか? おれにかんけいすることなのか?」 「うん……。あたしね、あたしのゆめはね――」 ――ちーちゃんの……に。ちーちゃんと一生……に。 それは、過去の記憶。幼い日々の記憶。夢になってよみがえっても、起きたらもう、消えているだろう。 そして、夢の情景は不定形になり、また別の過去を映し出した。 810 :ワイヤード 第一話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/10(金) 20:09:33 ID:r9yyjKLi 「うぐっ……ひっく……ちーちゃん……ちーちゃん……やだよあたし……」 「なくなよ、いっちゃん」 「だっでぇ……ちーちゃんとの……やぐそく……まもれな……」 「なにいってんだよ、いっちゃんらしくないぞ。ひっこしくらいなんだよ。そんなもんでやくそくはきえない」 「でも……ぐすっ……でも……りょうってところにいれられて……きびしくて……それに……とおすぎて……ちーちゃんにあえないよぅ……」 「とうきょうからきょうとにいくくらいでおおげさだよ。いつでもあえるよ、おなじせかいにいるんだから。おなじにほんだから、なおさらだ」 「ほんと……? また、あえるかな……」 「ああ、またあえる。やくそくってのはことばじゃない。こころがうみだすんだ。おれたちがわすれなければ、みらいのおれたちがきっと……」 「きっと……あえるんだよね……」 「ああ、しんじろよ。おれをしんじろ、おれはおまえをしんじる。だから……」 「あたしも、あたしをしんじるちーちゃんをしんじるよ!」 「お、おい! いきなりだきつくな!」 「やだね~、ちーちゃんはぜったいはなさないってちかうよ! こうやってあたしがつかまえる! はなれても、きっとこころがつながる! だから!」 「だから……?」 「だから……そのときは、やくそくまもってね」 「……ああ。……やっと、えがおになったな。いっちゃんはそれがいいよ」 「うん……いままでありがとう、ちーちゃん……それと、さきにいっとくね。みらいのちーちゃんに……よろしくね」 そうして約束を交わした二人は別離した。十年以上たった今もまだ再会は一度も無い。 もはや、幼稚園の頃の記憶など千歳には遠い遠い、外国の事のように思われた。 時折、夢魔のように床に顔を出し、約束を歌う。それだけの虚構と化した。 それが、今まで。 そして、これからは……。 811 :ワイヤード 第一話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/10(金) 20:10:15 ID:r9yyjKLi また、よろしくね。 ああ、よろしく。 ……お兄ちゃん。 ……お兄ちゃん? 目が覚めた。 「お兄ちゃん、ねぇ起きてよお兄ちゃん!」 「百歌(ももか)……なんで」 「なんでって、もう朝だよ。学校だよ?」 「ああ……そりゃあ、そうだな。すまん、すぐ起きる」 妹に起こされるなんて情けない兄だ。千歳は起きて早くも自己嫌悪した。まあ、そうはいっても朝弱いのはどうしようもない。諦めよう。 そう思って掛け布団を押しのけ、上体を起こした。 「お……お兄ちゃん……」 百歌が顔を赤くして後ずさる。顔を手で覆い隠しているが、指の間からある一点をバッチリ凝視している。 千歳も視線を追って見た。 「……」 そこには、『男の生理現象』が猛々しくそびえ立っていた。 「も……百歌。これはな……」 「お兄ちゃん……」 「なんだよ」 「『いっちゃん』って、誰?」 「いきなり何を……」 「いいから答えて!」 百歌は今までに無い剣幕で千歳を睨みつけ、怒鳴った。 兄である千歳も知らない。こんなことは初めてだった。 「いや、まてよ。なんのことやらさっぱり」 「そう……お兄ちゃん寝言で『いっちゃん』って言ってたんだよ。覚えてないの?」 「寝言……?」 千歳には、寝言の自覚は勿論、夢の内容の記憶すらない。答えようがない。 が、妹の激しい追求は続いた。 「いっちゃんって、誰?」 「だから、わからないって……がっ!?」 激痛が走る。 「百歌……! やめっ……」 千歳が兄の股間を掴み、凄まじい力で圧迫していた。 812 :ワイヤード 第一話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/10(金) 20:10:51 ID:r9yyjKLi 「じゃあなんでこんなにおっきくしてるの……? いっちゃんって人のこと考えてたんじゃないの……?」 「う……が……」 「ねぇ、べつにその女が誰だっていいけど、隠し事はいやだよ、お兄ちゃん! お兄ちゃん! 私たち兄妹だもん、嘘ついたらだめでしょ、お兄ちゃん!!」 「やめっ……ろぉ!!」 痛みが限界に近くなったところで、やっと身体が動いた。百歌の軽い身体は簡単に吹っ飛ぶ。 「はぁ……はぁ……百歌、お前一体……」 「ごめんね、お兄ちゃん……いたかった?」 急に普段通りの大人しい態度に戻った百歌は、優しい手つきでさっきまで握りつぶすつもりだっただろう股間のモノを、優しく撫でた。 千歳の身体が若干震えた。 「(妹にさわられてこんな……やばい)」 できるだけ乱暴にしないように気を付けながら、百歌の手を掴み、やめさせた。 これ以上触られたらいけない、そんな予感がした。 「お兄ちゃん、いいの……? いたくない?」 「いや、いたいけど」 「手はだめ……? じゃあ舌で、舌で舐めたら痛くなくなるかな……」 「いや、それはもっとだめだ。ってか、痛かっただけで傷なんてないんだからそんな心配しなくていい」 「うん……ごめんね……」 「ああ、わかったら、さっさと下に行っててくれ。着替えるから」 「うん。あさご飯用意するね」 百歌が出て行ったのを見送ったあと、千歳は服を抜いた。 股間のフレンドも確認する。傷付いてはいなかったが、締め上げられて赤くなっていた。 「いてぇ……こんな状態でなんかにぶつけたら……いや、考えないほうがいいな」 それにしても……。千歳は考える。 それにしても、妹のあんなに起こった姿は珍しい。いや、始めてかも知れない。温厚で従順で優しいあの百歌が。 寝言で女の名前をいっただけで。 「いやまて。女なのか、そもそも『いっちゃん』って……」 なんだか、こころあたりがあるような、ないような。そんな微妙な状態。 「ま、いいか」 百歌ももう元通りなんだし、夢は夢ででたらめってこともある。そう千歳は見切りをつけ、制服に着替えた。 814 :ワイヤード 第一話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/10(金) 20:12:43 ID:r9yyjKLi 「お兄ちゃん、はいお弁当」 「ああ。ありがとな」 「お兄ちゃん、さっきは……」 「もういいって。怒ってないし、もういたくなくなった」 「うん、ごめんね……男のひとが朝ああなるって、しってたのに……ちょっと混乱しちゃって」 弁当を受け取り、妹とともに家をでた。まだ七時過ぎ。学校の近さとそぐわない早さだ。 「今日も、ナギちゃんの所にいくの?」 「ああ、お前は?」 「……今日は、いいや」 そういうと、百歌は自分の中学の方向に走っていった。 千歳は方向を変える。高校へではない。幼なじみの、ナギの家にである。 「あら、千歳くん。今日はちょっと遅かったのね」 ナギの母、頼(より)さんが出迎えてくれた。あいも変わらずの爽やか美人である。 「今日はちょっと……妹と一悶着ありまして」 「あら大変。百歌ちゃんとケンカしちゃったの? いつも仲が良いのに」 「いえ、もう大丈夫なんで」 「そう……なら、いいのだけど」 「で、今日はナギ、起きてます?」 「いつもどおりよ」 「ああ、いつもどおりですか」 「頼むわね」 「おまかせください」 二回のナギの部屋に向かう。 「おい起きろー」 どんどんと扉を叩く。まれに。ごくまれに起きているときは、開くはずだ。そんなに都合の良いことは一年に一回くらいだが。 もちろん、今日も反応は無かった。 無言で蹴破る。 「……」 いつもどおり、見慣れた地獄絵図。 815 :ワイヤード 第一話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/10(金) 20:13:18 ID:r9yyjKLi 「今日はどこだ? 本棚か? それとも天井裏か?」 物の山。パソコン、本、ガラクタ、倒れたタンス、ベッドのようなものの残骸、各種ゴミ。それらが部屋の中で自由奔放に山積みされていた。 この中のどこかにナギは埋まっている。いつものパターンだ。 「今日は……そうだな、ここだ!」 本の山におもむろに手を突っ込む。 「捉えた!」 そして、引いた。 ゴミの海から全裸の女が釣れた。 「よう、ナギ。おはよーさん」 全裸の女こと、ナギ半分目を開け、うつろなまま答えた。 「誰だ……」 「千歳だっての」 「ああ……そんなやつもいたな。なんのようだ……」 ナギの朝のボケかたは半端ではない。わりと朝に弱いほうである千歳ですら比較対象にもならない。 「学校だろうが。ってか、服きろよ」 「……全裸じゃないと寝れんのだ。察しろ……」 そんなことまで察することができるほど千歳は大人ではなかった。いや、ナギとの付き合いはもう何年にもなるのだが、それでもだ。 というより、ガラクタの中で全裸睡眠する女を起こす風景を普通だと認識しろと言っているのだろうか。できるわけがない。 「おい千歳……服をよこせ。タンスの中にパンツがあるだろう」 ぐったりと床に倒れながらナギが千歳に命令した。依然全裸。もはや色気のカケラすらない全裸。 しかし慣れっこだ。千歳は素直にナギの言うとおりにパンツをゴミ山のなかのタンスから引きずり出し、ナギに渡した。 「穿かせろ」 「はいはい……」 「(しかしこれ……まるみえなんだよなぁ……毎回見すぎて、興奮すらしねぇ)」 ナギはもはや、妹である百歌よりもディープに妹っぽい。それほどに世話をした覚えがある。 そのまま手際よく制服を着せた。ブラは必要なかった。ナギの胸の大きさ的に考えて全く必要がないし、それに……。 「(傷、まだ治ってねえんだな)」 背中の傷を締め付けて痛いだろう。 816 :ワイヤード 第一話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/10(金) 20:13:49 ID:r9yyjKLi 「どうした、千歳。なにを考えている」 「俺、ボーっとしてたか?」 「ああ、ひどいマヌケ面だった」 傷のことを考えると、しかたがないのかもしれない。この傷は……。 「おい、千歳。お前まさかまだ……」 「い、いや、大丈夫だ。大丈夫」 「そうか? 私にはそうは見えんがな」 「大丈夫だっての。さっさと朝飯食え。下で頼さんが待ってんぞ」 「母さんが……ああ、そうか。まだ生きてるんだな」 「おいおい……母親を勝手に殺すな」 「……何を言っているんだお前。昨日生きていたやつが、今日まで生きているという保証があるのか? 現在と過去と未来の世界が、同じだと思っているのか? 自分の手の中にあると思っているのか?」 「いや、そういうわけじゃないけど……信じろよ。大切なもんだろ。家族なんだから」 「それもそうか……。なら、母の存在くらいは信じるとしよう」 「俺はどうなんだ?」 「お前もだよ、千歳」 ナギはやっとはっきり目が覚めたようで、千歳の顔を見上げ、イジワルそうな笑みを浮かべた。 「いってらっしゃい。千歳くん、今日もナギをよろしく頼むわね」 「はい、確かに」 頼さんが笑顔で送り出してくれた。俺も釣られて笑顔になる。 「……さっさと行くぞ、千歳」 「お、おいおいいきなりっ」 すると、ナギが急に千歳をにらみつけ、肩を掴んで歩き始めた。 「……ふふっ、仲が良いのね」 頼さんは、そんな二人を見て微笑む。――娘と同じ、意地の悪い笑みで。 817 :ワイヤード 第一話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/10(金) 20:14:22 ID:r9yyjKLi 「よー! 千歳にナギちゃん!」 「彦馬(ひこま)か。今日は遅刻しないんだな」 教室に入ると、珍しく早く登校していた彦馬が二人を出迎えた。 「いや、今日は張り切っちゃってさあ」 「張り切るって、何をだ」 「いや、それがさ……って、ナギちゃんは聞かないの?」 ナギは彦馬を華麗にスルーし、自分の席に座ってだらりとしていた。 「興味ない」 「そ、そっか……まあ話半分に聞いてよ。そこからでいいから」 「BGM程度にはな……」 ナギは手入れのされていないぼさぼさの真っ赤な長髪をくしゃくしゃと掻いた。ゴミ山の埃がぱらぱらと落ちる。不潔だ。 「で、なんなんだよお前の張り切りの原因ってのは」 「それがさ……このクラスに転校生が来るんだ」 「へぇ。こんな時期に珍しいな。……で、それがどうしたんだ? っていうか、なんで知ってんだよ」 「僕、転校の手続きをしに来たその人を案内したんだよ。そのとき事情とかいろいろ聞いちまって」 「ふーん」 「でさ! その転校生って、すげー美少女なんだよ! まさに天使! 案内した俺に女神のように微笑んでくれたんだぜぇ~! どうよ、うらやましいか!?」 「いや、見たこと無いし、どんなもんかわかんないから」 「さめてんなぁ……三次元の女に絶望して二次元に走った僕が言うんだから間違いない、あれは2,5次元の存在!」 興奮した彦馬はいろいろとその転校生の魅力を語りだす。うざったいので、千歳は右から左へ受け流した。 「田村ゆかりですら2,5次元だろうが……」 ナギは、あまりテンションの上がらない様子で彦馬にツッコミを入れた。 あんまゆかりんをバカにしないほうがいい。と、作者は怒りを覚えた。 「おーし、お前ら席につけやー」 柄の悪い女性教師が入ってきて、皆を席につかせた。 「おでましだな」 ナギは口ではああいっていても、なんだか興味を持ったようだ。小声で千歳に語りかけてきた。 彦馬はというと、目を輝かせて椅子の上で正座していた。 「今日は転校生を紹介する……君、入って」 女性教師の呼び声に、扉を開ける人影。それを目の当たりにして。 全員が、息を呑んだ。 818 :ワイヤード 第一話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/10(金) 20:15:18 ID:r9yyjKLi 言葉を失う。 「転校生の西又 囲炉裏(にしまた イロリ)さんだ、お前ら仲良くしろよー」 「よろしくお願いします。西又イロリです」 教卓の隣に立った転校生。その姿は、女神と語るのももはや仕方が無い。おそらく熱心な宗教家でさえ、女神と認めるかもしれない。 艶のある黒髪ロングヘア。制服の上からでも分かるバランスの良いスタイル。目が大きくくりくりと丸い瞳は、黒曜石のように黒光りしている。 安い電灯で照らされた教室のなか、唯一ひだまりの中にいるように輝いていた。おそらく、その背中に翼の幻覚を見たものもいただろう。 西又イロリは、第一印象だけで教室全員の心を奪った。いや、二人を除き。 「(あんな感じのフィギュア持ってたな……どこになおしたっけか)」 ナギは、真面目に見てもいなかったし、他人の容姿にも、そもそも自分の容姿にも無関心だった。 目に見えるものなんて大体まやかしだったと知っているからだ。 そして、二人目は千歳。 「いっ……ちゃん……」 小声で呟く。すると―― 「うん、久しぶり」 ――声は出していない。ただ、目が合った。イロリがこちらをむいた。 それだけで、分かってしまった。 「えっと、みなさん、簡単に自己紹介をさせてもらいますと……」 イロリは少し恥ずかしそうに、しかし幸福そうに頬を赤く染め、顔を上げて宣言した。 「私、西又イロリは、このクラスの鷹野千歳のお嫁さんです!」 ――ちーちゃんのお嫁さんに。ちーちゃんと一生幸せに。

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