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第十二話『きみの散歩道・憫笑』」(2008/10/27 (月) 10:23:19) の最新版変更点

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330 :ワイヤード 十二話 前  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/25(土) 19:41:44 ID:BCBiq9CW 第十二話『きみの散歩道・憫笑』 ひたすら歩く千歳の後ろを、イロリがてくてくとついていく。今の千歳の気分はドラクエの勇者だ。 いや、カモの親か。 どちらにせよ、後ろにいる奴が可愛くてほほえましくて仕方が無い。 「なつかしいね」 イロリが口を開いた。 「ああ、昔はお前と結構遊んだな。ここでさ」 商店街。 ある程度の活気と、ある程度の落ち着きがある街並み。 現代的ではない。ノスタルジックな光景。 昔のままだった。 「走り回って、八百屋さんに怒られたっけ」 「ジャッキーチェンの真似とかしてな。思えばあの頃は馬鹿ばっかしてたな」 「ジャッキーかっこいいし面白いしね。たぶん、男の人の中ではちーちゃんの次くらいに好き」 「なんだよ、それ」 イロリは話すと本当に面白いやつだった。これも、たぶん昔からだろう。 なぜ、忘れてしまったのだろうか。千歳は少し自分の思慮の浅さを恥じた。 いろいろあったからだろう。イロリのいない間に、いろんなことが変わった。同じじゃない。 ずっと変わらないものなんて無い。この商店街ですら、少しずつ変わっている。 しかし、イロリは変わらなかった。 「(やっぱ、俺は駄目だな)」 「どうしたの? 考え込んじゃって」 「いや、ちょっとな」 331 :ワイヤード 十二話 前  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/25(土) 19:42:15 ID:BCBiq9CW 「もぅ、教えてくれたっていいじゃない。イジワルー」 「いや、あんまりいいことじゃないしな」 「え、それって、私でえっちな想像してたとか……? ならばウェルカム! レッドスネークカモン! カモンナカモンナマイハウス!」 「意味わからねぇー」 大体、イロリは時代錯誤だ。なぜ東京コミックショーのネタを知っているのだと小一時間問い詰めたい。 が、あえてやめておいた。 「……ねぇ、ちーちゃん」 「ん?」 「私ね、本当に好きだったんだ」 「好き……?」 「ちーちゃんのこと」 どきん。 イロリの悪戯っぽい笑みが、千歳の胸を打った。 心臓が跳ねる。 「ここで、一緒に遊んでたときも、ずっとちーちゃんを見てた。手を繋いだとき、いつもドキドキしてたよ」 しみじみと、身体にこの街の空気を染み込ませるように、ゆっくりと、一歩一歩。 かみしめるように。ふみしめるように進みながら、イロリは夢見がちな――星みたいに綺麗な瞳で空を見ていた。 真っ黒で、宇宙みたいなのに。そんな深みの中にあるはずのない光が輝いていた。 それは、たぶん未来という名の希望。希望という名の光。 「これからは、また、一緒なんだ」 千歳の手を、優しく握る。 千歳がさっき掴んで走っていたときとは全然違う。 「ほんと、面白いやつだな。お前」 千歳もつられて微笑んだ。 ――なんで、こんなに魅力的なんだ。 昔は気付かなかった。イロリの、宝石箱のようにたくさんの輝きを秘めた瞳。 今なら、わかる。 たぶん、そう遠くない未来。 もっと近くに。 332 :ワイヤード 十二話 前  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/25(土) 19:42:45 ID:BCBiq9CW 「そうだ。ちーちゃん」 「ん、どうした?」 イロリは千歳の惚けを全くスルーして、話題を転換した。 昔から、不安定というか、ころころと変化の激しい奴だった。 変化の激しい点が変わってないなんて。すこし面白い。 「この商店街、ヤクザ屋さんが仕切ってたよね。今はどうしてるの?」 「ああ、そういやそうだったな。『今日からヤのつく自営業』の方々がいたな」 「怖かったねー。でも、迷子になったとき助けてもらった覚えがあるかな。意外と優しいひとだったのかもね」 「……あいつらなら、俺が……。っ!? なんか、騒がしくないか?」 あまり騒がしくないこの商店街で、怒鳴り声。珍しい。 「ヤクザ屋さんかな?」 「わからん」 「私、見てくる!」 「お、おいっ……!」 静止も聞かずにさっさと走り去ってしまった。 「ったく……こういうところも変わってないのかよ」 目を離すと、すぐいなくなった。目を離さないでも、すぐいなくなった。 まるで成長していない。 だが、それがイロリの魅力的なところなのだろう。千歳はうすうす感づいていた。 333 :ワイヤード 十二話 前  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/25(土) 19:43:25 ID:BCBiq9CW 「おうおう、アンタがウチらの縄張りになんのようじゃ」 「場合によっちゃ、ただじゃかえさんど」 イロリが見ると、大柄な男が二人、犬を連れた女性に詰め寄っていた。 「あら、何度も言ったじゃありませんか? 愛犬のスティーブの散歩中ですの。わたくし、ゴリラを飼う趣味はございませんので、そろそろついてくるのをおやめくださいな」 「てめぇ! 舐めとんちゃうぞ!」 女性は全く動じないで、逆に男達を挑発していた。 「この街はワシら『九音寺組』のモンじゃ! アンタら『御神グループ』にゃあ、渡すわけにはいかんのじゃい!」 『九音時組』。これはイロリもなんとなく知っていた。 さっき話していた、この街を仕切っているヤクザ。 それと、『御神グループ』。これもうっすらと記憶にある。 関東で最近急激に肥大化し始めた『財閥』。多くの企業を傘下に持ち、その力は政界にまで及ぶという。 少し前までは旧華族の末裔、ただの名家だったのだが、ある少女の登場でこの変化がもたらされたといわれている。 その名は―― 「――『御神 枢(みかみ カナメ)』! アンタの好きなようにはさせんのじゃ!」 男が懐からナイフを取り出す。 女――御神カナメは、袖で口元をかくしながら、くっくっと笑った。 その動作の一つ一つにただならぬ威圧が含まれており、男達を警戒させる。 「あらあなた、お若いのに。人を殺す『覚悟』をお持ちなのね」 「『覚悟』じゃとぉ……ワシら極道じゃ! てめぇら成り金に舐められるわけにはいかんのじゃ!」 「そう――じゃあ、お刺しなさい」 「……!?」 平然と、言い放った。 なんの恐怖も感じていないようだった。 男達は呆然と立ち尽くす。イロリも状況が理解できず、止まったままだった。 「(なんで、あのカナメって娘は……)」 男二人の前に、ただ立っているだけで。 ――制圧している。 334 :ワイヤード 十二話 前  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/25(土) 19:43:57 ID:BCBiq9CW 「どうなさったのかしら。『覚悟』があるのでしょう? 相手を傷つける覚悟があるなら、当然あるのですよねぇ……。『殺されてもかまわないという覚悟』。ならば、試すのが一番早いでしょう?」 「う……ぁ」 「おちつくんじゃ! 『いんてり』の口車にのんな!」 もう一人の男が、ナイフを持った男を諭す。 が、もう遅い。ナイフの男は既に走り始めていた。 「おどりゃー!! もうヤケじゃ!!!」 「(しまった……!)」 イロリの距離からは止められない。状況判断が追いついていない。 このままでは、あの女性は―― 「――俺が!」 「ぇ――?」 イロリの隣を、疾風のように駆けるもの。 「(ちーちゃん!?)」 千歳はそのまま異様な素早さ――縮地法によってカナメと男の間に割り込んだ。 「ふっ!」 呼気を入れながら、千歳は男のナイフに向かって真正面から拳を放つ。 衝撃。 次の瞬間には、男とナイフが数メートルほど吹っ飛んで倒れていた。 「……ったく」 千歳が拳を放ったほうの手をぷらぷらと振る。 普通ならナイフが刺さっていたであろうそこだが、全く怪我もなかった。 「な……なんじゃこらぁ! 御神グループのもんかい!」 もう一人の男が千歳に向かって怒鳴る。 「いや、違うけど……って、聞いてないか」 仲間を倒されて冷静さを失った男は、拳を振り上げて千歳に飛び掛かった。 335 :ワイヤード 十二話 前  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/25(土) 19:44:27 ID:BCBiq9CW 千歳はやれやれと首を振り、すっと身体を逸らす。最小限の動きで男の拳をいなし、すれ違った。 「がっ……!」 男がうめき、倒れる。 「(そんな……ちーちゃんの攻撃、見えなかった……)」 千歳の動きに。すれ違っただけで相手を倒していたように見えたそのスピードに、イロリは驚愕した。 イロリの知っていた頃の千歳は、決してこんな強者じゃなかった。 「ちーちゃん、大丈夫!?」 しかし今はそんな変化に戸惑うよりも、千歳が無事か心配だった。見た目では傷が無いように見えても、ナイフと正面衝突したのだ。 どこかきられているかもしれない。 「いや、大丈夫だ。……それより、あんたは、大丈夫か?」 千歳は駆け寄ってきたイロリを軽く制し、御神カナメに向き直った。 「はい、ご心配には及びません。この通り、おかげ様でどこにも怪我はございません故」 カナメは穏やかに笑い、千歳の手をとった。 「あなたに助けていただいたことは、決して忘れはしないでしょう。必ずお礼をいたします」 「ん、ああ。べつにいいんだけど」 「そういうわけにはいかないのです。わたくしのプライドが許しませんの。わたくしの名は、御神カナメと申します。どうぞカナメと及びください。……あなた様のお名前を、わたくしにお教えくださいますか?」 「カナメさん、ね。俺は、鷹野千歳。けど、俺に対する気遣いはいいから、今日は気をつけて家に帰ったほうがいい。あいつらには俺が言っておくから」 「千歳さま、ですね。……この恩は、御神の名にかけて、必ず」 カナメはすっと顔を近づける。千歳の頬に、柔らかい唇が軽く触れた。 336 :ワイヤード 十二話 前  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/25(土) 19:45:30 ID:BCBiq9CW 「これは、わたくしの約束の証しでございますわ。次にお会いする時は、この続きを……」 ぽっと顔を赤らめ、カナメは犬を連れてそそくさと立ち去った。 「……」 千歳は、その勢いに呆然と立ち尽くすだけだった。 ――ふと、背後から強力な怨念を感じる。 「……ちーちゃーん?」 イロリだった。 じとっとした目で千歳をにらみつける。 「なんであんな初対面の女の子にデレデレしてるの……? 私にもあんな顔してなかったのに」 「いや、別にそんなことは……!」 「してるよー! もう、私もちゅーするんだから!」 「ちょ、まっ、あっー!!!」 イロリはがばっと大胆に千歳に飛びつき、頬に吸い付いた。まるでヒルのように強烈に吸い上げる。 「痛い痛い!」 やっとふりほどく。 するとイロリがニヤニヤして千歳の頬を見ていた。 「マーキング成功だね~」 そこには、真っ赤なキスマークができていた。 337 :ワイヤード 十二話 前  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/25(土) 19:46:00 ID:BCBiq9CW 「ふぅ……やだわ。わたくし、なぜあんなに大胆なことを。殿方に……」 カナメははぁはぁと疲れた様子で遠くの公園のベンチに座っていた。愛犬スティーブの散歩コースだった。 「千歳様……。素敵なかた……」 バッグから、さっき隙を見て拾ってきた、ヤクザのナイフを取り出す。 ひしゃげてもう使い物にならないだろう。 「素手でこのナイフをこんなに……。お強いんですのね……」 思い出すと、また顔が赤くなる。 「鷹野、千歳様……。弱きを助け、強きをくじく。あのお方こそ、わたくしの『運命の人』ですのね」 ぱちんと、指を鳴らす。 数秒で黒服の男がどこからともなくあらわれ、カナメにひれ伏した。 「高崎。あのお方の情報を、できるだけ詳細まであつめてくださる?」 「三日ほどかかりますが」 「頼みましたわ。……できることなら、すぐがいいのですが、我が侭は今は無しにします」 「承知」 そして次の一瞬で高崎と呼ばれる黒服の姿が消失した。 まるで忍者のような身のこなしだった。 「スティーブ、あなたもそう思うでしょう? 千歳様と、わたくしの間の、赤い糸。見えるでしょう?」 スティーブのくびすじを撫でる。気持ちよさげにふんと息を吐いた。 「千歳様……わたくしの唇の代金は、高いのですよ……?」 空に向かって、誰にも伝わらない声を飛ばしていた。 周囲の人物は、そんな怪しい少女に声をかけないように避けた。 338 :ワイヤード 十二話 前  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/25(土) 19:46:31 ID:BCBiq9CW 「(なんだあいつ、休日だというのに騒がしいな……)」 金髪の少女も、その一人だった。 「(いや、なんだ、この違和感は……あの女、微弱だが……ワイヤード反応がある?)」 ほんの少し。おそらく、今生まれたばかり。 しかし、確実に息づいている。 この近くにコントラクターがいる証拠だ。 「(つかまえたぞコントラクター。もう少しだ。……まずは、あの女に聞き込みを)」 犬を連れた少女、カナメに目を再び向ける。 と、そのベンチには既にその姿は無かった。 「しまった……。ついはしゃいで、目を離してしまった」 若干の自己嫌悪。そして行動。 「だが、近いということは分かったんだ。この脚で、今から探せば……!」 金髪の少女が、ばっと走り出……せなかった。 どてっと倒れ、地面をのたうちまわった。 「くそっ、急に走り出したら腹が……! 腹が減って……」 「ねぇお母さん、あの人ー」 「見ちゃ駄目よ!」 親子が公園から走り去る。 「くそっ、この街の住人は飢えたものに食べ物を恵むという心遣いもないのか……! なんたる……!」 ぐぎゅううう。腹からマヌケな音が漏れた。 「だめだ……怒ったら腹が減る……。もう、だめ……。不覚」 ばたりと倒れ、意識を失った。 339 :ワイヤード 十二話 前  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/25(土) 19:47:02 ID:BCBiq9CW 「ちーちゃん、どうするの? ヤクザ屋さん、放って行くの……?」 「いや、そろそろ来るはずなんだが」 「え、誰が……?」 「おーい!」 イロリが言ったと同時に、遠くから男の声。 見ると、スキンヘッドのいかにも悪そうな男が手を振って走ってきていた。 「千歳さん! 今日はウチの馬鹿どもがご迷惑を!」 男は千歳の前まで来ると、即座に頭を下げ、謝罪した。 「いや、いいよ。それより、なんであんたらは御神グプールに突っかかったんだ? それが気になる」 男は倒れている二人の部下をたたき起こしながら答える。 「へい、実は、オレ達『九音寺組』の組長『九音寺 轟三郎(くおんじ ごうさぶろう)』親分が、重いご病気でして、その隙を狙って奴らがこの地域の支配権を狙って圧力を……」 「……なるほどな」 「あの御神の小娘、オレ達を挑発してるんすよ……親分さえ、親分さえいれば、舐められることもないのに」 「けどな。今回は軽率すぎだぞ。力で負けてんだから、お前らこそ冷静になれ。挑発にいちいちかかってんじゃねえ」 「へい、こいつらにはよく言い聞かせます」 「ああ。……危なかったぞ。あのカナメさんって人は、結構抜け目ない。見えないところに銃を持った男を数人配置していた。たぶん、俺が入っていかなかったらその二人は射殺されていたな」 「……すまねぇと思います。千歳さんは俺らの組の人間を何人ももう助けてくださって。……千歳さんがいたら百人力なんですが」 「いや、俺は……。百歌が怒るから、そういう職業は……」 「ははっ! 冗談でさぁ! ですが、ウチの『久遠(くおん)姐さん』は千歳さんのこと諦めてないみたいですぜ! また会いに来てやってください!」 「久遠が……。まあ、ヒマがあれば、そのうち」 「へい! では、オレらはここらで失礼します!」 スキンヘッドの男は二人の部下を引きずりながら、にこやかに去っていった。すさまじい腕力である。 今日からヤのつく自由業とは思えないさわやかさと優しさだった。 340 :ワイヤード 十二話 前  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/25(土) 19:47:46 ID:BCBiq9CW 「……いっちゃったね」 「ああ」 「私、私が居ない間のちーちゃんの経歴がすごく気になってきたよ……まさかヤクザ屋さんに敬われる立場だなんて」 「いや、あいつらの組長の娘を助けたことがあるだけだから」 「それって、さっき言ってた久遠っていう人?」 「ああ」 「……さっきの人の口ぶりからすると、その久遠っていう人もちーちゃんのこと好きみたいじゃん」 口を尖らせて問い詰めるイロリ。 ちょっと可愛いなと思いつつも、千歳はがんばってごまかそうと努力する。 「いや、そういうのじゃないって。……会ってみればわかる。っていうか、たぶんそう遠くない日に会うことになるから。久遠とは、さ」 「……ちーちゃん、モテすぎだよぅ。ライバルが多い」 イロリはぶつくさと文句を言いながら、先に進んだ。 「まあ、いいや。今日はどこかに連れて行ってくれるんでしょ? 早く行こうよ!」 「ああ。行くか」
330 :ワイヤード 十二話 前  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/25(土) 19:41:44 ID:BCBiq9CW 第十二話『きみの散歩道・憫笑』 ひたすら歩く千歳の後ろを、イロリがてくてくとついていく。今の千歳の気分はドラクエの勇者だ。 いや、カモの親か。 どちらにせよ、後ろにいる奴が可愛くてほほえましくて仕方が無い。 「なつかしいね」 イロリが口を開いた。 「ああ、昔はお前と結構遊んだな。ここでさ」 商店街。 ある程度の活気と、ある程度の落ち着きがある街並み。 現代的ではない。ノスタルジックな光景。 昔のままだった。 「走り回って、八百屋さんに怒られたっけ」 「ジャッキーチェンの真似とかしてな。思えばあの頃は馬鹿ばっかしてたな」 「ジャッキーかっこいいし面白いしね。たぶん、男の人の中ではちーちゃんの次くらいに好き」 「なんだよ、それ」 イロリは話すと本当に面白いやつだった。これも、たぶん昔からだろう。 なぜ、忘れてしまったのだろうか。千歳は少し自分の思慮の浅さを恥じた。 いろいろあったからだろう。イロリのいない間に、いろんなことが変わった。同じじゃない。 ずっと変わらないものなんて無い。この商店街ですら、少しずつ変わっている。 しかし、イロリは変わらなかった。 「(やっぱ、俺は駄目だな)」 「どうしたの? 考え込んじゃって」 「いや、ちょっとな」 331 :ワイヤード 十二話 前  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/25(土) 19:42:15 ID:BCBiq9CW 「もぅ、教えてくれたっていいじゃない。イジワルー」 「いや、あんまりいいことじゃないしな」 「え、それって、私でえっちな想像してたとか……? ならばウェルカム! レッドスネークカモン! カモンナカモンナマイハウス!」 「意味わからねぇー」 大体、イロリは時代錯誤だ。なぜ東京コミックショーのネタを知っているのだと小一時間問い詰めたい。 が、あえてやめておいた。 「……ねぇ、ちーちゃん」 「ん?」 「私ね、本当に好きだったんだ」 「好き……?」 「ちーちゃんのこと」 どきん。 イロリの悪戯っぽい笑みが、千歳の胸を打った。 心臓が跳ねる。 「ここで、一緒に遊んでたときも、ずっとちーちゃんを見てた。手を繋いだとき、いつもドキドキしてたよ」 しみじみと、身体にこの街の空気を染み込ませるように、ゆっくりと、一歩一歩。 かみしめるように。ふみしめるように進みながら、イロリは夢見がちな――星みたいに綺麗な瞳で空を見ていた。 真っ黒で、宇宙みたいなのに。そんな深みの中にあるはずのない光が輝いていた。 それは、たぶん未来という名の希望。希望という名の光。 「これからは、また、一緒なんだ」 千歳の手を、優しく握る。 千歳がさっき掴んで走っていたときとは全然違う。 「ほんと、面白いやつだな。お前」 千歳もつられて微笑んだ。 ――なんで、こんなに魅力的なんだ。 昔は気付かなかった。イロリの、宝石箱のようにたくさんの輝きを秘めた瞳。 今なら、わかる。 たぶん、そう遠くない未来。 もっと近くに。 332 :ワイヤード 十二話 前  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/25(土) 19:42:45 ID:BCBiq9CW 「そうだ。ちーちゃん」 「ん、どうした?」 イロリは千歳の惚けを全くスルーして、話題を転換した。 昔から、不安定というか、ころころと変化の激しい奴だった。 変化の激しい点が変わってないなんて。すこし面白い。 「この商店街、ヤクザ屋さんが仕切ってたよね。今はどうしてるの?」 「ああ、そういやそうだったな。『今日からヤのつく自営業』の方々がいたな」 「怖かったねー。でも、迷子になったとき助けてもらった覚えがあるかな。意外と優しいひとだったのかもね」 「……あいつらなら、俺が……。っ!? なんか、騒がしくないか?」 あまり騒がしくないこの商店街で、怒鳴り声。珍しい。 「ヤクザ屋さんかな?」 「わからん」 「私、見てくる!」 「お、おいっ……!」 静止も聞かずにさっさと走り去ってしまった。 「ったく……こういうところも変わってないのかよ」 目を離すと、すぐいなくなった。目を離さないでも、すぐいなくなった。 まるで成長していない。 だが、それがイロリの魅力的なところなのだろう。千歳はうすうす感づいていた。 333 :ワイヤード 十二話 前  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/25(土) 19:43:25 ID:BCBiq9CW 「おうおう、アンタがウチらの縄張りになんのようじゃ」 「場合によっちゃ、ただじゃかえさんど」 イロリが見ると、大柄な男が二人、犬を連れた女性に詰め寄っていた。 「あら、何度も言ったじゃありませんか? 愛犬のスティーブの散歩中ですの。わたくし、ゴリラを飼う趣味はございませんので、そろそろついてくるのをおやめくださいな」 「てめぇ! 舐めとんちゃうぞ!」 女性は全く動じないで、逆に男達を挑発していた。 「この街はワシら『九音寺組』のモンじゃ! アンタら『御神グループ』にゃあ、渡すわけにはいかんのじゃい!」 『九音時組』。これはイロリもなんとなく知っていた。 さっき話していた、この街を仕切っているヤクザ。 それと、『御神グループ』。これもうっすらと記憶にある。 関東で最近急激に肥大化し始めた『財閥』。多くの企業を傘下に持ち、その力は政界にまで及ぶという。 少し前までは旧華族の末裔、ただの名家だったのだが、ある少女の登場でこの変化がもたらされたといわれている。 その名は―― 「――『御神 枢(みかみ カナメ)』! アンタの好きなようにはさせんのじゃ!」 男が懐からナイフを取り出す。 女――御神カナメは、袖で口元をかくしながら、くっくっと笑った。 その動作の一つ一つにただならぬ威圧が含まれており、男達を警戒させる。 「あらあなた、お若いのに。人を殺す『覚悟』をお持ちなのね」 「『覚悟』じゃとぉ……ワシら極道じゃ! てめぇら成り金に舐められるわけにはいかんのじゃ!」 「そう――じゃあ、お刺しなさい」 「……!?」 平然と、言い放った。 なんの恐怖も感じていないようだった。 男達は呆然と立ち尽くす。イロリも状況が理解できず、止まったままだった。 「(なんで、あのカナメって娘は……)」 男二人の前に、ただ立っているだけで。 ――制圧している。 334 :ワイヤード 十二話 前  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/25(土) 19:43:57 ID:BCBiq9CW 「どうなさったのかしら。『覚悟』があるのでしょう? 相手を傷つける覚悟があるなら、当然あるのですよねぇ……。『殺されてもかまわないという覚悟』。ならば、試すのが一番早いでしょう?」 「う……ぁ」 「おちつくんじゃ! 『いんてり』の口車にのんな!」 もう一人の男が、ナイフを持った男を諭す。 が、もう遅い。ナイフの男は既に走り始めていた。 「おどりゃー!! もうヤケじゃ!!!」 「(しまった……!)」 イロリの距離からは止められない。状況判断が追いついていない。 このままでは、あの女性は―― 「――俺が!」 「ぇ――?」 イロリの隣を、疾風のように駆けるもの。 「(ちーちゃん!?)」 千歳はそのまま異様な素早さ――縮地法によってカナメと男の間に割り込んだ。 「ふっ!」 呼気を入れながら、千歳は男のナイフに向かって真正面から拳を放つ。 衝撃。 次の瞬間には、男とナイフが数メートルほど吹っ飛んで倒れていた。 「……ったく」 千歳が拳を放ったほうの手をぷらぷらと振る。 普通ならナイフが刺さっていたであろうそこだが、全く怪我もなかった。 「な……なんじゃこらぁ! 御神グループのもんかい!」 もう一人の男が千歳に向かって怒鳴る。 「いや、違うけど……って、聞いてないか」 仲間を倒されて冷静さを失った男は、拳を振り上げて千歳に飛び掛かった。 335 :ワイヤード 十二話 前  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/25(土) 19:44:27 ID:BCBiq9CW 千歳はやれやれと首を振り、すっと身体を逸らす。最小限の動きで男の拳をいなし、すれ違った。 「がっ……!」 男がうめき、倒れる。 「(そんな……ちーちゃんの攻撃、見えなかった……)」 千歳の動きに。すれ違っただけで相手を倒していたように見えたそのスピードに、イロリは驚愕した。 イロリの知っていた頃の千歳は、決してこんな強者じゃなかった。 「ちーちゃん、大丈夫!?」 しかし今はそんな変化に戸惑うよりも、千歳が無事か心配だった。見た目では傷が無いように見えても、ナイフと正面衝突したのだ。 どこかきられているかもしれない。 「いや、大丈夫だ。……それより、あんたは、大丈夫か?」 千歳は駆け寄ってきたイロリを軽く制し、御神カナメに向き直った。 「はい、ご心配には及びません。この通り、おかげ様でどこにも怪我はございません故」 カナメは穏やかに笑い、千歳の手をとった。 「あなたに助けていただいたことは、決して忘れはしないでしょう。必ずお礼をいたします」 「ん、ああ。べつにいいんだけど」 「そういうわけにはいかないのです。わたくしのプライドが許しませんの。わたくしの名は、御神カナメと申します。どうぞカナメと及びください。……あなた様のお名前を、わたくしにお教えくださいますか?」 「カナメさん、ね。俺は、鷹野千歳。けど、俺に対する気遣いはいいから、今日は気をつけて家に帰ったほうがいい。あいつらには俺が言っておくから」 「千歳さま、ですね。……この恩は、御神の名にかけて、必ず」 カナメはすっと顔を近づける。千歳の頬に、柔らかい唇が軽く触れた。 336 :ワイヤード 十二話 前  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/25(土) 19:45:30 ID:BCBiq9CW 「これは、わたくしの約束の証しでございますわ。次にお会いする時は、この続きを……」 ぽっと顔を赤らめ、カナメは犬を連れてそそくさと立ち去った。 「……」 千歳は、その勢いに呆然と立ち尽くすだけだった。 ――ふと、背後から強力な怨念を感じる。 「……ちーちゃーん?」 イロリだった。 じとっとした目で千歳をにらみつける。 「なんであんな初対面の女の子にデレデレしてるの……? 私にもあんな顔してなかったのに」 「いや、別にそんなことは……!」 「してるよー! もう、私もちゅーするんだから!」 「ちょ、まっ、あっー!!!」 イロリはがばっと大胆に千歳に飛びつき、頬に吸い付いた。まるでヒルのように強烈に吸い上げる。 「痛い痛い!」 やっとふりほどく。 するとイロリがニヤニヤして千歳の頬を見ていた。 「マーキング成功だね~」 そこには、真っ赤なキスマークができていた。 337 :ワイヤード 十二話 前  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/25(土) 19:46:00 ID:BCBiq9CW 「ふぅ……やだわ。わたくし、なぜあんなに大胆なことを。殿方に……」 カナメははぁはぁと疲れた様子で遠くの公園のベンチに座っていた。愛犬スティーブの散歩コースだった。 「千歳様……。素敵なかた……」 バッグから、さっき隙を見て拾ってきた、ヤクザのナイフを取り出す。 ひしゃげてもう使い物にならないだろう。 「素手でこのナイフをこんなに……。お強いんですのね……」 思い出すと、また顔が赤くなる。 「鷹野、千歳様……。弱きを助け、強きをくじく。あのお方こそ、わたくしの『運命の人』ですのね」 ぱちんと、指を鳴らす。 数秒で黒服の男がどこからともなくあらわれ、カナメにひれ伏した。 「高崎。あのお方の情報を、できるだけ詳細まであつめてくださる?」 「三日ほどかかりますが」 「頼みましたわ。……できることなら、すぐがいいのですが、我が侭は今は無しにします」 「承知」 そして次の一瞬で高崎と呼ばれる黒服の姿が消失した。 まるで忍者のような身のこなしだった。 「スティーブ、あなたもそう思うでしょう? 千歳様と、わたくしの間の、赤い糸。見えるでしょう?」 スティーブのくびすじを撫でる。気持ちよさげにふんと息を吐いた。 「千歳様……わたくしの唇の代金は、高いのですよ……?」 空に向かって、誰にも伝わらない声を飛ばしていた。 周囲の人物は、そんな怪しい少女に声をかけないように避けた。 338 :ワイヤード 十二話 前  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/25(土) 19:46:31 ID:BCBiq9CW 「(なんだあいつ、休日だというのに騒がしいな……)」 金髪の少女も、その一人だった。 「(いや、なんだ、この違和感は……あの女、微弱だが……ワイヤード反応がある?)」 ほんの少し。おそらく、今生まれたばかり。 しかし、確実に息づいている。 この近くにコントラクターがいる証拠だ。 「(つかまえたぞコントラクター。もう少しだ。……まずは、あの女に聞き込みを)」 犬を連れた少女、カナメに目を再び向ける。 と、そのベンチには既にその姿は無かった。 「しまった……。ついはしゃいで、目を離してしまった」 若干の自己嫌悪。そして行動。 「だが、近いということは分かったんだ。この脚で、今から探せば……!」 金髪の少女が、ばっと走り出……せなかった。 どてっと倒れ、地面をのたうちまわった。 「くそっ、急に走り出したら腹が……! 腹が減って……」 「ねぇお母さん、あの人ー」 「見ちゃ駄目よ!」 親子が公園から走り去る。 「くそっ、この街の住人は飢えたものに食べ物を恵むという心遣いもないのか……! なんたる……!」 ぐぎゅううう。腹からマヌケな音が漏れた。 「だめだ……怒ったら腹が減る……。もう、だめ……。不覚」 ばたりと倒れ、意識を失った。 339 :ワイヤード 十二話 前  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/25(土) 19:47:02 ID:BCBiq9CW 「ちーちゃん、どうするの? ヤクザ屋さん、放って行くの……?」 「いや、そろそろ来るはずなんだが」 「え、誰が……?」 「おーい!」 イロリが言ったと同時に、遠くから男の声。 見ると、スキンヘッドのいかにも悪そうな男が手を振って走ってきていた。 「千歳さん! 今日はウチの馬鹿どもがご迷惑を!」 男は千歳の前まで来ると、即座に頭を下げ、謝罪した。 「いや、いいよ。それより、なんであんたらは御神グプールに突っかかったんだ? それが気になる」 男は倒れている二人の部下をたたき起こしながら答える。 「へい、実は、オレ達『九音寺組』の組長『九音寺 轟三郎(くおんじ ごうさぶろう)』親分が、重いご病気でして、その隙を狙って奴らがこの地域の支配権を狙って圧力を……」 「……なるほどな」 「あの御神の小娘、オレ達を挑発してるんすよ……親分さえ、親分さえいれば、舐められることもないのに」 「けどな。今回は軽率すぎだぞ。力で負けてんだから、お前らこそ冷静になれ。挑発にいちいちかかってんじゃねえ」 「へい、こいつらにはよく言い聞かせます」 「ああ。……危なかったぞ。あのカナメさんって人は、結構抜け目ない。見えないところに銃を持った男を数人配置していた。たぶん、俺が入っていかなかったらその二人は射殺されていたな」 「……すまねぇと思います。千歳さんは俺らの組の人間を何人ももう助けてくださって。……千歳さんがいたら百人力なんですが」 「いや、俺は……。百歌が怒るから、そういう職業は……」 「ははっ! 冗談でさぁ! ですが、ウチの『久遠(くおん)姐さん』は千歳さんのこと諦めてないみたいですぜ! また会いに来てやってください!」 「久遠が……。まあ、ヒマがあれば、そのうち」 「へい! では、オレらはここらで失礼します!」 スキンヘッドの男は二人の部下を引きずりながら、にこやかに去っていった。すさまじい腕力である。 今日からヤのつく自由業とは思えないさわやかさと優しさだった。 340 :ワイヤード 十二話 前  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/25(土) 19:47:46 ID:BCBiq9CW 「……いっちゃったね」 「ああ」 「私、私が居ない間のちーちゃんの経歴がすごく気になってきたよ……まさかヤクザ屋さんに敬われる立場だなんて」 「いや、あいつらの組長の娘を助けたことがあるだけだから」 「それって、さっき言ってた久遠っていう人?」 「ああ」 「……さっきの人の口ぶりからすると、その久遠っていう人もちーちゃんのこと好きみたいじゃん」 口を尖らせて問い詰めるイロリ。 ちょっと可愛いなと思いつつも、千歳はがんばってごまかそうと努力する。 「いや、そういうのじゃないって。……会ってみればわかる。っていうか、たぶんそう遠くない日に会うことになるから。久遠とは、さ」 「……ちーちゃん、モテすぎだよぅ。ライバルが多い」 イロリはぶつくさと文句を言いながら、先に進んだ。 「まあ、いいや。今日はどこかに連れて行ってくれるんでしょ? 早く行こうよ!」 「ああ。行くか」 376 :ワイヤード 第十二話 後 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/27(月) 00:09:37 ID:aOh43Lz2 「おーす」 「千歳!? 遅いじゃんかよ!」 扉を開けると、即座に駆け寄ってくる、胴着をきた少女。 「すまんすまん。ちょっと面倒があって」 「メールも返さないし……」 「ボックス一杯のメールだともはや逆に返しづらくなるだろ」 「……心配したんだぞ……。罰として今日はいつもよりも稽古を延長するからな」 「マジすか? ……まあお詫びに、懐かしい顔を見せてやるよ。イロリー! そろそろ入っていいぞ!」 「イロリ? ……まさか」 遅れて入ってくるイロリ。胴着の少女と目が合う。 「……いっ……ちゃん……?」 胴着の少女はその名前をしっかりと記憶していた。 対して、イロリはすぐには思い出せなかった。が、その声がなんとなく記憶に残っており、最終的には答えにたどり着く。 「もしかして、りっちゃん?」 「そうだよ! なつかしい、帰ってきたんだね!」 りっちゃんと呼ばれた胴着の少女は、すばやくイロリにかけより、抱きついた。 イロリよりも大きいかもしれないその胸が押し付けられ、若干戸惑う。 「そっか。ちーちゃんが私に会わせたい人って、りっちゃんだったんだ……」 『蒼天院 理科子(そうてんいん リカコ)』。幼稚園の時の友達だった。 少し遠くにすんでいたため校区が違い、学校が同じになったことはないが、千歳とは同じ道場で修業する間柄であり、縁は深い。 そのため、幼稚園時代にいつも千歳にくっついていたイロリも何度も会っていた。 この古武術流派『蒼天院流』の後継ぎであり、蒼天院流の一派『蒼天院炎雷拳』の師範代でもある。 「って、再会の喜びに浸る前に、千歳! 門下生待たせてるんだから、早く『清水拳』教えてよ! ほら胴着!」 指をさした先に、丁寧に折り畳まれた胴着と黒帯が置いてあった。 イロリが視線を移すと、道場の奥に門下生達が座っている。 イロリたちよりも小さな少年少女がおもであり、大人は全くいない。今は思い思い遊んでいる。 377 :ワイヤード 第十二話 後 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/27(月) 00:10:08 ID:aOh43Lz2 「わかったよ、ったく……」 「文句言わない。『清水拳』はあたしの『炎雷拳』よりも人気なんだ。真面目に教えないとぶん殴るからな!」 「物騒な奴」 面倒くさがりながらも千歳は胴着を拾い上げ、奥の部屋に着替えに入った。 「さて、いっちゃん。あたしらは昔話にでも花を咲かせようか。せっかく再会したんだしね」 「うん。ちーちゃんのお稽古も見てみたいしね」 「……」 「どうしたの?」 「いや、いっちゃん、相変わらず千歳のこと好きなんだなって思って」 「……わかる?」 顔を赤くしてもじもじと照れ始めるイロリ。 それを見て、理科子はイロリが記憶の中にある人物と全く相違点がないことを悟った。 そして、くすっと苦笑いを漏らした。 378 :ワイヤード 第十二話 後 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/27(月) 00:10:39 ID:aOh43Lz2 「そっかぁ……。道場とかそういうのはあんまり良く覚えてなかったけど、ちーちゃんはここでずっと修行してたんだっけ」 「幼稚園の頃は、あんまり真面目にやってなかったからな。……いつからかな、千歳が強くなったのは」 「私がいた時は、ちーちゃんはあんまり腕っ節のあるタイプじゃなかったからね……」 道場の隅に座りながら、イロリと理科子は互いの記憶を確かめ合っていた。 大抵はイロリがいなかった間の千歳についての質問になっている。 「確かに、昔はそうだった。たぶん、いっちゃんがどこかにいってしまってからかな。千歳が真面目に修行し始めたのは」 「私が……?」 「正確にはわかんないけど、千歳にとってはひとつの変化のきっかけだったんだと思う。……そして、千歳が今みたいに異常に強くなって、『蒼天院清水拳』の師範代になったのは……たぶん『ナギ』って娘と出会ってから」 「え……」 ――ナギ……ちゃん? ナギとの出会いの話は聞いていた。確かに、あの時ナギを護るために不良少年達を一人で倒したと聞いている。あの時はすでにイロリがいなくなってしばらくしていたから、修行の成果は出ていただろう。 しかし、顔に傷がついていたと言っていた。つまり、今の強さじゃない。もう少し弱かった時期だ。 今は――。イロリは千歳が少年達に稽古をつける姿を見る。 今は、もう別次元の存在。恐らく何人の屈強な男がかかってきても傷ひとつつくことのないであろう、別格の拳士。 379 :ワイヤード 第十二話 後 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/27(月) 00:11:09 ID:aOh43Lz2 少年達の攻撃を受けている千歳だが、全く危なげな様子はない。 この変化は――ナギがもたらしたというのだろうか。 「さて、いっちゃんも道場にきたんだから、稽古体験していきなよ」 ぱんぱんと腰についたほこりを払い、理科子がたちあがった。 「え……?」 「最近門下生が少なくてさ。ちょっとした、デモンストレーション。いっちゃんも、蒼天院流の強さを見たら、入門したくなるよ」 「もしかして、ちーちゃんと戦うところを見せてくれるの……?」 「うん。そのつもり。あたしと互角に戦える人はあんまりいないからね、千歳が来た時は、門下生に清水拳を教えるのとあたしと組み手するのがメインイベントになってるんだ」 「……その勝負、ちょっとまって」 「へ……?」 380 :ワイヤード 第十二話 後 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/27(月) 00:11:40 ID:aOh43Lz2 「あのなぁ、イロリ」 「ん、どうしたのちーちゃん?」 「無茶だと思うぞ、いきなり理科子と組み手なんて」 イロリは胴着を着てふんふんと息を荒く、士気をあげていた。 「無茶でもいいよ。……私、ちーちゃんに追いつくために、蒼天院流を知らないといけないと思ったから」 「だから戦ってみるのが一番早いってか?」 「うん!」 「……ったく。怪我すんな」 そう言って、千歳はイロリを送り出し、好奇の目で見物している門下生達の隣に座った。 「ねぇ、ちとせおにーちゃん!」 門下生の中でも特に千歳に懐いている少女『ここあ』が千歳に目を輝かせながら話かけてきた。 「ん、なんだ?」 「あのイロリっていう綺麗なおねーちゃん、ちとせおにーちゃんの彼女さん?」 「ばっ……! ちげーよ。アイツは俺と理科子の昔の親友だ。最近この街に帰ってきたんだ」 「ふーん。そうなんだー。でも、イロリおねーちゃん、ちとせおにーちゃんのこと好きみたいだよー」 ここあはニコニコと無邪気な顔をしながらも、真実を敏感に感じ取っていた。 「リカコおねーちゃんのライバルだねー」 「ライバルって、理科子は別に俺が好きなわけじゃねーだろ。ここあ、お前少女漫画読みすぎじゃねーの?」 「えー、本当だってばー。乙女の勘ってやつだよー」 ここあはぶーぶーと口をとんがらせて文句をぶつくさとぶつけた。 「馬鹿言ってないで、組み手の見物でもしてろ。ほら、始まるぞ」 イロリと理科子が互いにお辞儀をして、構えた。 理科子は『蒼天院流炎雷拳』の構え。拳を片方前に突き出し、もう片方を後ろに深くためる。攻撃型の構え。 対して、イロリは適当な構え。格闘技に関しては素人であろうことは傍から見ても分かった。 381 :ワイヤード 第十二話 後 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/27(月) 00:12:10 ID:aOh43Lz2 「うわー、イロリおねえちゃん本当に素人だねー。あれじゃリカコおねえちゃんには三秒持たないよ」 ここあは素直な感想を口にする。 その推論は恐らく正しい。イロリが技術に見合った強さの人間ならば、だ。 しかし、イロリは違う。 「ここあ、本当にお前はそう思うか?」 「え……うん。確実だと思うけど」 「じゃあ、お前の未熟を悔やむんだな」 「え……?」 ここあが見ると、イロリの姿が消えていた。 「嘘、縮地法……? なんで……?」 「ここあ、よく見てろ。世の中精神だけで『上』に上り詰める人間がいるってことをな」 ――長く生きてれば生きてるほど、そういう『絶対に勝てない奴』の存在に気付く。人生はそういうもんだ。 「縮地法か……。あたしと戦うとか言った時はあいかわらず無茶ばっかりすると思ったけど、存外ただの無謀でもないみたいだね!」 理科子は嬉しそうにいいながら、消失したはずのイロリを『目で追っていた』。 「でも――見えてる!」 「!?」 『何も無い空間』を理科子が蹴り飛ばした。すると、イロリが突如出現してその蹴りにあたり、吹っ飛んだ。 「いったぁ~。りっちゃん、手加減ないなぁ……」 イロリは吹っ飛んだ状態から受け身を取り、一瞬で体勢を立て直す。 「でも、今のはほんの小手調べ! 次は当てるから!」 イロリはまったくダメージがないとでも言うように再び構えた。 「へぇ、あたしの蹴りを受けてそんなにピンピンしてるんだ」 「うん。大体予測できてたから」 「なるほど。こりゃ、本気で行かないといけないかもね」 382 :ワイヤード 第十二話 後 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/27(月) 00:12:40 ID:aOh43Lz2 理科子が先に動いた。縮地法による一瞬の移動からの拳打。 それを寸前で受け止めるイロリ。そこに理科子の膝蹴りが叩き込まれる。 「(――死角!?)」 すんでのところで身体を後ろに逸らして寸前で頭への直撃を避ける。 「やるね!」 理科子はそのまま振り上げた脚を振り下ろした。 「っ!」 ――予測しやすい攻撃! 完全に見切っていたイロリは、その場で両足を振り上げて、理科子の脚を絡み取り、そのまま回転して理科子を浮かせた。 「らいだーきっく!」 イロリはさらに両手を床につけ、逆さに立ったまま浮いた理科子の脚をさらい、体勢を崩してそのままカポエラのようにからだを回転させながらガードの開いた胴体を蹴り飛ばした。 「うぐっ!」 予想外に強力なその蹴りに、理科子が数メートル吹っ飛び、受け身も取れずに床に叩きつけられた。 イロリはさらにジャンプして理科子に追いすがり、追撃を試みる。 「はーとふる……」 「(……まずい!)」 「ぱーんち!!」 ごっ! 鈍い音とともに、道場全体が揺れた。決して立て付けの悪い建物ではない。 イロリのパンチの威力が並外れていた。 「……くっ」 「(……受け止めた!?)」 理科子はギリギリのところでイロリの拳を掴み、直撃を避けていた。 しかし衝撃はしっかりと伝わっており、下側で受け止めた理科子の背中は道場の床にめり込んでいる。 383 :ワイヤード 第十二話 後 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/27(月) 00:13:11 ID:aOh43Lz2 「まだっ!」 理科子はイロリの腕を掴んで固定したまま、両足でイロリの腹を蹴った。 イロリは後ずさりし、理科子はその隙に立ち上がる。再び、構えたままのにらみ合いとなった。 「……すごい」 ここあは目の前の光景が全く信じられなかった。 いくら修業して、技術をつけても指一本触れられない理科子に、ぽっとでの素人がダメージを与え、なおかつ互角。 「これが、イロリの力ってやつだな」 「もしかして、リカコおねぇちゃん負けちゃうの……?」 「いや、それもないだろ。まあ所詮精神だけじゃどうにもならん壁もある。理科子はそういうやつだ。そろそろ本気だすだろ」 その千歳の言葉通りに、理科子の構えが『変わった』。 「(なに、これ……りっちゃん、さっきとは全然違う)」 見た目上は、さっきと全く同じ、攻撃型の構え。しかし、その本質は全く違う。 その圧倒的な『武力』が、イロリにもはっきり感じられた。これこそが、本物の『蒼天院流』。 さっきまでのは、所詮は素人と戦う程度の型しか使っていなかったということだ。 殆ど相手と同じ状況で戦っていた。 しかし、これからは違う。 オーラとも呼ぶべき、圧倒的な『闘気』が理科子を包んでいた。 「――っ!?」 イロリがその威圧感に気を取られている隙に、理科子は全く見えない速度で間合いまで踏み込んで来ていた。 「すごい! リカコおねえちゃんの縮地法が速く……!」 「いや、ありゃ縮地法じゃねえぞ、ここあ」 「え……?」 「ただ、一歩歩いただけだ」 384 :ワイヤード 第十二話 後 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/27(月) 00:13:41 ID:aOh43Lz2 理科子の猛攻は続いていた。 さっきまでとは違う、圧倒的なスピードとパワー。 『炎のように激しく、雷のように鋭く』。そんなコンセプトの『炎雷拳』の真髄。 ガトリング砲のような猛烈な打撃の嵐。 イロリは完全に防戦に回っていた。 「くっ……!」 「結構身持ちが硬いね、いっちゃん! しかし……!」 理科子の闘気が膨れ上がる。 「蒼天院流『虎王牙煉牙拳(こおうがれんがけん)』!」 牙のようにくらいつき、ガードを無理矢理こじ開ける。 イロリが無防備になった。 「とどめっ! 蒼天院炎雷拳奥義! 天翔……!!」 「やべぇ!」 千歳がすかさず走り出した。 「神雷……!」 「(……死!?)」 理科子の拳が迫る。イロリはスローモーションのようにそれを見ていた。 見ている事しかできなかった。その拳のあまりのスピードとパワーに、身体はついていかない。 ただ、反応することで限界だった。 その拳から発せられている闘気は、今まで感じていた理科子の身体の中の力全てを凝縮したものだろう。 これがクリーンヒットすれば、人体など次の瞬間には肉片だ。 悲しいことに,引き伸ばされた時間のなかでイロリはそこまでわかってしまった。 「(ちーちゃん、私、まけちゃった……。ごめん……)」 そして、目を閉じた―― 「イロリ!」 道場が再び揺れた。 385 :ワイヤード 第十二話 後 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/10/27(月) 00:14:12 ID:aOh43Lz2 その大きすぎる衝撃に、その場にいた誰もがたじろぐ。 「……千歳、どうして」 「理科子、お前なぁ……」 理科子の拳を、寸前で割り込んだ千歳が受け止めていた。手のひらから血が流れている。 ナイフの時とは違う。無傷で済むような攻撃じゃなかった。 「また勝負に熱くなっちまっただろ。イロリを殺すとこだったぞ……」 「え……そんな。そうだったのか……イロリ、ごめん」 理科子は悲しげに下を向く。 「いや、それはいいけど」 ――実際死ななかったし。 「それより、ちーちゃん!」 「ん、なん……っておい!」 イロリがいきなり千歳に抱きついた。 「愛する私を助けるために……! ちーちゃんは宇宙一カッコイイよ!」 「馬鹿、大げさだ! ってか、離れろ!」 無理矢理引き剥がし、一息つく。 「とにかく、だ。理科子、お前が誰に対しても本気出す癖はよーく分かった。だからな、俺が相手してやるよ」 「千歳……」 「言っておくが、イロリを殺そうとした『オシオキ』だからな、本気でやらせてもらう」 「そんな~」 千歳の強さをよく知っている理科子は、本気でいやそうに文句を言った。 千歳は聞く耳を持たない。 「とにかく、イロリ」 「なに? ちーちゃん」 「よく見てろ。俺の闘いを。たぶん、お前なら分かるはずだ」 「ちーちゃん……?」 「未来を掴みたいんだろ。なら、こんなとこで理科子に負けてるんじゃ話にならないからな」 「……うん!」

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