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99 :ぽけもん 黒  緊張と告白 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/11/19(水) 17:51:55 ID:RYekf+Jw  柔らかい布団で寝たはずなのに、妙に体が痛い。  それが僕の起床時に抱いた最初の感想である。  左右から挟まれていたから、寝返りが取れなかったのだろう。  体を起こすと、香草さんも同様に体を起こした。僕のせいで起こしちゃったのか、それともまた起きていて僕が起きるのを待っていたのか。後者だったら理由が聞きたくもあるけど、僕の思い上がりだったら嫌だから聞くに聞けない。 「おはよう」  目をこすっていると、香草さんから笑顔で言われた。こういうのも、中々悪い気はしない。 「おはよう、香草さん」  僕がそう返すと、香草さんの笑みは一層明るくなった。  ポポはまだ寝ているみたいだ。そりゃ、ポポは香草さんの甘い香りを嗅いでいるんだから、香草さんと同様に起きれないのは無理もない。 確か草ポケモンの出す甘い香りには精神安定作用があるんだったっけ。その精神安定作用が香草さん自身にも作用してくれるとありがたいんだけど。  それとも、すでに作用しているのかな。そういえば昨日今日と、以前より態度は柔和だし。でもそう考えても進化前の態度の変化の説明がつかないしなあ。ダメだ、わかんないや。  こんな物思いに耽っている間も、やたら香草さんの視線を感じる。どうして彼女は行動せずに僕のことをじっと見てくるのだろうか。  僕の寝起きの顔はそんなに間抜けなのかな。  そんなことを考えながら、僕はポケギアで今がやはり早朝だということを確認すると、ポポをまたいでベッドを降りた。 「どこ行くの?」 「風呂に行こうと思って。洗濯もしたいし」 「私も行く」  そう言われて思わずドキリとしてしまった。風呂は別に混浴じゃないし、彼女は単に自分も行こうと思っていただけなのかもしれないのに。  でも、可愛い女の子にこんな言われ方したら、つい反応してしまうのが、悲しい男の性って奴だ。  二人で廊下を歩く。香草さんは僕の半歩後ろをついてくる。  無言がやけに気まずい。といっても、僕が勝手に意識してしまっているだけなんだろうけど。前はこんなことなかったのになあ。  ……というか、香草さんのほうからうるさいほど話しかけてきたから無言になることがなかっただけのような。  僕が何か話さなければと迷っているうちに浴場についてしまった。「じゃあここで」と言って香草さんと別れ、男湯のほうに進む。  洗濯物を備え付けの洗濯機に叩き込み、稼動させるとさっさと風呂に向かった。  まだ早いというのに、風呂には数人の男がいた。いや、逆にこの時間を有効活用しようとすると、必然的に風呂という選択肢を選ぶことになるのか。 そりゃ寝ることはどこでも出来るけど、風呂に入るのはどこでもってわけにはいかないからな。出発前にひとっ風呂、というわけか。 100 :ぽけもん 黒  緊張と告白 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/11/19(水) 17:52:45 ID:RYekf+Jw  体を流すと、湯船に浸かった。はあ、気持ちいい。体の凝りがほぐされていく。  風呂に浸かっている間、風呂にいた男達と世間話や近況報告などをした。ここにいた人は全員もう全国の旅に出発している組だった。 やっぱり時間を効率的に使おうという意識のある人たちは歩みが速いのか。噂や話を考慮すると、僕たちは割りと先頭のほうにいるらしいし。  僕は石英高原に一番乗りすることに興味はないから――早く着くことが選考基準になる職もあるから、人によっては殿堂入りよりも早く着くことに気合を入れているらしい。 通称最速組と呼ばれている。ちなみに僕のような殿堂入りを目指しているのは殿堂組と呼ばれる――、とりあえずそこまでせかせかする必要はなさそうだ。  僕はしばらくぼんやりと風呂を堪能した後、浴場の前まで出て行くと、香草さんが立っていた。 「ど、どうしたの?」  僕はおずおずと香草さんに問う。 「勝手にゴールドがどこかに行かないように、見張ってたのよ」 「見張ってたって……」 「だって、あの赤毛コンビに絡まれたときだって、あなたが勝手にどこかにいったのが原因みたいなもんじゃない。あのときはたまたま不審に思った私が後をつけていたからよかったものの……まったく、ゴールドは私がいないとダメなんだから」  誇るように胸を張って香草さんは言った。  不審に思ったって、僕はそんなに信用がないのかなあ。  赤毛コンビ。それはおそらくシルバーとランのことだろう。その言葉を言った香草さんには何の悪意もなかっただろう。でも、その言葉は僕の心に重くのしかかる。 「……どうしたの?」 「え、何が?」  香草さんに尋ねられて、慌てて僕は取り繕う。 「何が? じゃないわよ。今、すごい顔してたわよ。……もしかして、私といるのが嫌……とか」  香草さんは伏せ目がちにそう尋ねてくる。  顔に出てたのか。ダメだなあ、どうしてもアイツが絡むと、つい取り乱してしまう。  僕は香草さんの態度にドキリとし、慌てて否定する。 「ち、違うよ!」 「そ、そうよね! ゴールドが私と一緒にいたくないとか、そんなわけないわよね! ……だとしたら、さっきの表情は何よ」  香草さんは相変わらず伏せ目がちだが、視線をせわしなく左右に走らせている。少し挙動不審のような感じだ。僕の反応から、この話題が聞きにくいものだということを感じ取って、尋ねるのを躊躇しているのだろう。  確かに僕はあまりこのことを聞かれたくない。かといって何も言わないわけにもいかない。僕は言葉を選びながら、なんとか返答を取り繕う。 「……香草さんも分かってると思うけど、僕とアイツには……なんというか……因縁、みたいなものがあるんだよ」 「因縁? 何よそれ」 「う……ん、あまり人には言いたくないというかなんというか……」  やっぱり追求してくるなあ。どうしよう、困ったな。 「ゴールドの分際で私に隠し事する気?」 「分際って……」  香草さんに詰め寄られたじろいでいると、遠くからポポが僕を呼ぶ声が聞こえてきた。しかもどうやら涙声だ。 「ポポ?」  僕は声のしたほうに向き直って香草さんから目をそらしながら、大声でポポを呼んだ。ナイスタイミングだ、ポポ!  通路まで移動して覗き込むと、遠くから涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたポポがものすごい勢いで突っ込んできた。あれはまさしく電光石火。 101 :ぽけもん 黒  緊張と告白 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/11/19(水) 17:53:43 ID:RYekf+Jw 「ゴールドー!」  あまりの剣幕に、僕は思わず半歩下がって壁の影に隠れる。結果、ポポはそのままの勢いで、したたかに壁に全身を打ち付けられた。 「……」 「……」 「……」  なんだろうこの空気は。  全員無言で静止している。  そんなとんでもないシュールな空気は、ポポの泣き声で打ち破られた。 「びどいでずごーるど……なんでよげるでずが……」  ポポの発する文字すべてに濁点がついているようだ。そりゃああの速度でコンクリートの壁に全身強打したらそんな風にもなるよね。 「よしよし、痛かったねー。ごめんねー」  僕はポポを覆うように抱くと、なぜか小さな子供をあやすかのように慰めた。ポポは小さな子供、というほどではない年だろうけど、何故かこの行動が一番適切に思われたからだ。  その後、通りがかる人の奇異の視線と香草さんの視線に晒されながらも、ポポが泣き止むまであやし続けた。  あれだけ強く衝突したのに、ポポに目立った外傷がなかったのが驚きだ。やっぱり華奢に見えても、人間とは根本的に強度が違うんだろうなあ。 「どうしてあんなに慌てて走ってきたのさ」  ポポがとりあえず落ち着いたので、僕は当然の質問をする。すると泣き止んでいたポポの瞳に再び見る見る間に涙が溢れてくる。 「そうです! 起きたらゴールドがいなかったから、ポポをおいていっちゃったんじゃないかと思ったんですぅー」  涙声でそういうと、また僕に抱きついてわんわん泣き出した。  そういうことか。でも、確かにポポに何も告げずにおいていったのは悪いと思うけど、さすがにこれは過剰反応なんじゃないのかなあ。 「ごめんね。今度からはそんなことのないようにするよ」  寝てるときにいちいち起こすのは気が引けそうだなあ。でもとりあえずこう言っとかないと収まりそうにないし。 「そういえば、ポポも風呂入ってきたら?」  と、ここまでいって気がついた。ポポは今きている黒のワンピース以外の服を持っていないじゃないか。……まあ乾くまでの間、ポポには裸でいてもらえばいいか。部屋にいればいいことだし、どのみち羽毛で覆われているので問題はないはずだし。 「香草さん、面倒みてもらえないかな。また行かせて申し訳ないんだけど、ポポ一人だとやっぱり不安だし」  僕がそう頼むと、香草さんは露骨に嫌そうな顔をしていた。しかし、何かに気づいたような顔をしたかと思うと、ポポを僕から引っぺがし、そのまま女湯のほうに引っ張ってった。  ポポが、ゴールドから離れたくないですー、と言ってもがこうが聞く耳無しだ。 「じゃ、じゃあ僕、部屋に戻ってるから」  脱衣所から聞こえてくる彼女達のキャットファイトを聞いていても仕方ない……というかいろんな意味でアレなので、僕は一人洗濯物を持って部屋に戻った。 102 :ぽけもん 黒  緊張と告白 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/11/19(水) 17:54:48 ID:RYekf+Jw  荷物の確認と点検をしていると、二人が戻ってきた。ポポは胸から下を覆うようにタオルを巻いている。こんな格好をしたらむしろ目立つんじゃないだろうか。 「それが、ちょっとね……」  香草さんはなにやら言いにくそうにしている。普通に全裸はまずいから、と言えばいいようなものなのに、どうしたんだろう。 「もう部屋に戻ったから脱いでもいいですね?」  ポポはそういうと、香草さんが止めるより早くタオルを解き放った。  見える。  ……見える?  僕がポポと初めてあった時、ポポの胸部や胴部は羽毛で覆われていて素肌は見えなかった。  ところがどうだろう、今は進化の影響か、というか僕は何かあるとすべて進化の影響にしている気がするが、まあなんというか羽毛が以前より格段に薄いというか、 濡れていることもあいまって羽毛の絶対量が減ったのに嵩も減っていて、つまりそのまあ放送できない部分が普通に見えてしまっているというか、 僕の記憶ではパンツは二枚買ったはずなのになんではいてないのというか、パンツはいてない状態というか、パンツはいてない状態というか! ぱんつはいてない状態というか!!  でもそもそもこのくらいの年ならかろうじてセーフなのかというか、そもそも僕ポポの年知らないじゃんというか、香草さんの蔦がポポのその放送禁止の部分を覆い隠すとともに僕の目を潰さんと伸びてくるというか、 蔦はやっぱり万能だな、と思いつつも蔦が来ることは分かっていたので蔦を回避できたが、追撃で足を払われ、倒されることで視界をフェードアウトさせられ、僕が地面に頭をぶつけ、 視界が安定するころにはすでにポポの胴部にはタオルが再び巻かれていた。  何が起きたんだ。  脳がパニック状態で、いまいち事態を正確に飲み込めない。  しかし先ほど僕の目に映し出された景色は……。 「忘れなさい!!」  香草さんが僕の頭めがけて放った蔦の一撃を、首を右にずらすことで何とか回避する。  これはきっと僕の頭部に強い衝撃を与えることで直前の記憶を飛ばそうとしているんだろう。ええい、僕がつい最近に頭部に強い衝撃を(香草さんに)加えられたのを忘れたか! そんなしょっちゅう頭打ち付けてたら頭おかしくなっちゃうよ! 「止めるです!」  僕の身の危険を理解したのだろう、ポポが両翼を広げて僕の前に立った。  タオルは巻きなおされたとはいえ、もともと丈が短いので、床に横になった僕のアングルからだときわどい! も、もう少しで見え……見……じゃない! 何を考えているんだ僕は!  香草さんも瞬時にそれを理解らしい。一瞬般若のような恐ろしい表情をしたが、すぐに真剣な表情に変わり、ポポに話しかける。 「バカ! お風呂での打ち合わせ忘れたの!? 大体、私はアンタが何かしなきゃゴールドに危害を加えるつもりはないわよ!」  打ち合わせ? なんだそれは。  しかし当然のことだろうけどポポには何か伝わったらしい、ポポは「そうでした!」というと僕の前からどいた。  きっと香草さんは今にも僕を蔦で縛り付けて僕の頭をぶつけながら床と天井を往復させたいのだろうけど、状況的にそれは厳しいと妥協してくれたらしい。僕が恐る恐る起き上がっても、彼女の蔦は飛んでこなかった。 彼女はといえば、ポポにパンツをはかせている。そうか、もともと換えの下着を風呂まで持ってきていなかったのか。それならばパンツはいていなかったのも納得だ。うん、実に自然なことだ。興奮で若干思考がおかしくなってる気がするけど、それはきっと気のせいだ。 103 :ぽけもん 黒  緊張と告白 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/11/19(水) 17:56:00 ID:RYekf+Jw  僕がベッドに腰掛けると、向かい合うように香草さんとポポは並んで反対側のベッドに腰掛けた。胸部の問題もあるので、パンツをはいてもポポのタオルは巻かれたままである。 いや、考えようによってはベッドに腰掛けているためパンツ見放題という普段から考えればボーナスステージのような状況なんだけど、ポポのパンツは香草さんの蔦によって見事に隠されていて、 糸の一本も見えやしない。というか香草さんの蔦って何本まで出るんだ? 「それで、打ち合わせって何なのさ」  僕は先ほど香草さんがポポに言ったことを尋ねる。どうせ碌なことじゃないんだろうけどさ……。  香草さんはいかにも「失敗した!」というような表情をしたが、すぐに気を取り直したのか、僕の目を見ると、半身を前に乗り出した。 「あの赤髪のアホ二人についてよ」  ああ、そのことか。まだ諦めてなかったのか。というか、アイツがただのアホだったら、話はこんなにややこしいことにならず、もっと簡単に解決していただろうに。 「香草さん、さっきも言ったけどさ、僕はそのことをあんまり人に話したくないんだよ」 「人って何よ、私たちはパートナーでしょ? いわば家族みたいなものじゃない! なら隠し事は無しよ!」  うわ、痛いところついてくるなあ。確かに、長い旅をともにし、旅を制覇することのできた人間にとってはパートナーは一生ものの付き合いになることも少なくない。 そういう意味じゃ家族という言葉も、まだ旅に出ていくらも経っていないことを無視すれば、あながち大げさでもない。 「か、家族でも秘密の一つや二つあるしさ……」  僕はそう言いながら、リュックに手を伸ばした。なぜあのプライドの高い香草さんがすんなりとポポを風呂に連れて行って、しかもそこで「打ち合わせ」なんてものをしてきたのか検討がついてしまったからだ。多 分香草さんも、話し合いで何とかなるなんて本気で思っているわけじゃない。いざとなったらポポと二人で僕を取り押さえるつもりなんだろう。ポポの速度はこと取り押さえなんて場面においては恐ろしい。 ただ、やはり実力行使は最後の手段にしたかったのだろう。 「ゴールド、なんでリュックを掴んでるのよ」  香草さんは当然僕の動きに気づいて、半ば咎めるように言ってくる。 「い……いや、手が落ち着かなくてさ」  対する僕はこんな言い訳を取り繕うのが精一杯だ。 「じゃ、じゃあ、手、つないであげるから、リュックは放しなさいよ」  香草さんはわずかに頬を赤らめ、右斜め下あたりを睨みながら手を差し出してくる。  リュックを放させるために手をつなぐ、という発想が普段ならば可愛らしく思えるのだろうけど、今の僕にそんな余裕はない。 「で、でも手は二つあるし……」 「ポポもつなぐですー!」  ポポはそう言って元気よく両翼を挙げた。  まずいぞ。もうすでに戦いは始まっているのか。リュックから手を離し、かつ両手を封じられてしまったら僕に勝機はない。……勝機は最初からないけどさ。  しばらくジリジリと互いを見る。今余計な動きをするわけにはいかない。おそらく香草さんもそう思っていることだろう。となると、ポポが行動不確定分子だな。  が、僕の恐れを知ってか知らずかポポは動かなかった。いや、ポポが動き出す前に、痺れを切らした香草さんが先に動いた、というべきか。 104 :ぽけもん 黒  緊張と告白 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/11/19(水) 17:56:34 ID:RYekf+Jw  袖口から僕を拘束しようと数本の蔦が飛び出してくる。  僕は半身を右に振ることでかろうじてそれを回避する。そしてそのまま立ち上がり、出入り口へと加速を開始する。  しかしそのようなことを考えない香草さんではない。蔦が数本、ドアの前を回り込むようにして僕に伸びてくる。ドアから出ようと思えばこの蔦を回避することは不可能だ。  香草さんの蔦の強度は以前コッソリ確かめてある。十得ナイフ程度では到底切断は不可能だ。しっかりとしたサバイバルナイフならば切断も可能だが、一本を切断するほどの時間があれば彼女は僕の両手両足絡めとることができるだろう。  僕はリュックの中に手を突っ込み、煙幕弾を掴んで取り出した。しかし、僕はそれをすぐさま使おうとはしなかった。 「香草さん、落ち着いてよ!」  僕は煙幕弾を二人に見えるようにしながら、香草さんと向き合った。  僕に届く寸でのところで、香草さんの蔦は静止する。 「……なに、それ」  そう言う香草さんの声はぞっとするほど低く、暗い。もし僕が香草さんという人間をまったく知らなかったら、寒気さえしていそうだ。 「煙幕弾。要するに目くらましだよ」 「……それで?」 「話し合いってのはもっと平和的にすべきだよ。香草さん、僕は逃げるってことに関しては、同い年くらいの普通の人間の誰にも負けないっていう自信があるんだ。 ただテレポートを使えるってだけの人間よりも、ね。さすがにテレポートが使えて、僕並みに準備をしている人には適わないと思うけどさ」 「だから、なんだっていうの?」 「だからさ、香草さんが強硬手段に及ぶなら、僕はここから逃げて交番に逃げ込んだっていいんだ。でも、そんな大事にはしたくないんだよ」 「この状況で? ドアの前にある私の蔦が見えないの? 逃げ場は無いわよ」  香草さんは半ばバカにするように言った。 「見えてるよ。ただ、この程度で逃げ場が無いなんて、お笑いだよ。せめて、窓も抑えてから言うべきだ」  対して、僕も挑発的な口調で答える。 「あら、窓までは随分距離があるわよ」  香草さんはそう言いつつも、窓の前まで蔦を伸ばす。 「これで、逃げ場はないわよ」 「いや、まだまだだよ。もしそこを塞がれたら逃げられなくなるんだったら、最初から教えたりはしないよ」 「……ハッタリだわ」 「試してみる? でも、二人とも損をすることにしかならないと思うんだ。僕はやっぱり、殿堂入りしたいしさ」 「そもそも、二対一なのよ?」 「二対一なんてことは問題にならないよ。特にこんな狭い部屋じゃね。混乱したりしたら、ポポのスピードなんかは逆に仇になると思うけど?」  僕のその言葉を最後に、そのまま暫し膠着状態になった。香草さんは僕の実力を測りかねているのだろうし、ポポはさっきも展開についていけてないみたいだから、どうしたらいいのか分からないんだろう。 冷静になって考えれば、そもそも彼女らにとってすればこんな小さなことでこんな大きなリスクを払うこと自体、馬鹿げてる。 105 :ぽけもん 黒  緊張と告白 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/11/19(水) 17:57:12 ID:RYekf+Jw  長い沈黙の後、香草さんはゆっくりと蔓を元に戻した。  僕は安心して息を吐く。 「分かってくれて嬉しいよ」 「でも、隠し事はやっぱりダメよ」  香草さんは僕を咎めるように言う。う、確かにそれを言われると弱いんだけれども……。 「うーん……香草さんにだって、僕に知られたくないことの一つや二つくらいあるだろ?」 「ポポは無いですー!」 「はいはい、分かったよ」  そりゃ、ポポは無くても不思議もないけど、香草さんはそうはいかないだろう。 「わ、私だって、ないわよ!」  香草さんはポポに先を越されたせいか、慌ててそう言った。その様子を見て、僕の心にわずかに悪戯心が芽生える。 「ホントに? じゃあとりあえず胸のカップ数教えてよ」 「へ、変態!」  香草さんは僕の思ったとおり、顔を真っ赤にしていい反応をしてくれた。 「カップ数ってなんですか?」  ポポの質問を無視し、僕は一応自分の発言を取り繕う。 「しょうがないじゃないか、答えにくい質問じゃないとダメなんだから」  香草さんはしばらく、自分の身をもじもじとよじっていたが、意を決したかのように、ポツリと呟いた。 「え……」 「え?」  僕は意地の悪い笑みを浮かべながら、香草さんに聞き返した。 「……………………Fよ」 「いや、さすがにそれはない」 「……」 「……」 「Fってなんですか?」 「う、うるさいわね! アンタに胸のことなんか分からないでしょ! 女の子の胸見たことあんの!?」 「さっきポポの胸なら」 「忘れなさいって言ったでしょ!」 「また見たいですか?」 「アンタは黙ってなさい!」 「だって香草さんがちゃんと答えないからだろ!」 「そもそも女の子に面と向かって胸のサイズとか聞いてんじゃないわよ! このド変態!」 「じゃあ僕の過去だって聞かないくれよ!」 「だって、私はあなたの過去を聞いてるんだから、私の過去について聞くべきよ!」  ……一理ある。 「じゃ、じゃあ……恋愛経験、つまり好きな人は誰かとか……」  ……こんな陳腐な質問しか思いつかない自分の貧しい想像力な嫌になる。 「ポポはゴールドが好きですー!」 「はいはい、分かったよ」 「ホントに好きなんです!」 「はいはい、後五年もしたら意味が分かると思うから」  あれ? ポケモンの知能の発達は年齢じゃなくて経験とか進化に依存するんだっけ。 「……わた、私は……」 「私は?」  僕は再び意地の悪い笑みを浮かべながら、香草さんに聞き返した。 「わ………………いないわよ」 「何今の間」 「う、うるさいわね! 特に意味は無いわよ!」  はあ、と僕は一つため息を吐いて続ける。 「大体さ、僕が嘘をつかない保証なんてどこにも無いじゃないか」 「ポポはゴールドを信じてるですー!」 「はいはい、分かったよ」 「私だって、ゴールドを信じてるわよ!」  香草さんは、そんな人の言うどんなことでも鵜呑みに出来るほど純真でも馬鹿でもないと思うんだけどなあ。 「じゃあ言うよ。二人とはただの初対面。会ったこともありませんでした」 106 :ぽけもん 黒  緊張と告白 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/11/19(水) 17:58:25 ID:RYekf+Jw 「どうして嘘吐くのよ!」  案の定、彼女は語気も荒く怒鳴ってくる。 「ホントのことだよ。信じてるんじゃなかったの? それに、自分は嘘を吐いておいて、人には本当のことを言ってもらおうだなんて、都合よすぎだよ」  僕も、いくら隠したいとはいえ、よくもいけしゃあしゃあとこんなことを言えたものだ。  香草さんはその言葉を受けて、苦虫を噛み潰したような顔をして僕を睨んでくる。彼女の袖口にはユラユラと蔦が飛び出しかけてきていた。  僕は右手に握られた煙幕弾を握りなおすとともに、左手でベルトに着けられた『怪しい光曳光弾』に手をかける。こんな天井の低い部屋で使ったら、天井に若干の焦げが残るだろうけど、部屋の損傷など、僕の命の損失に比べたら安いもんだ。 「……Aよ」  僕の緊張を知ってか知らずか、香草さんは唐突にそう呟いた。 「え?」 「胸のサイズよ! あなたが言えって言ったんでしょ!」  時間差があったから反応が遅れた。 「え、ああ、Aね」  目で見た映像的にも、多分真実だよね。 「い、いいい言っとくけど、Aって言っても限りなくBに近いAなんだからね! そこを誤解しないでよね!!」 「ご、ごめん」  なぜだから知らないけど、香草さんの剣幕に押されて謝ってしまった。 「じゃあ、アンタもホントのこと言いなさいよ」 「へ?」  呆気にとられていたせいで、一瞬彼女が何を言っているか理解できなかった。 「へ? じゃないわよ! こんなこと聞いといて、ただで済むと思ってたの!?」 「え……いや、半ば香草さんが勝手に言ったというか……」 「いうか?」  香草さんの袖口には、袖を切り裂かんばかりの大量の蔦が殺到していた。ああ、こんなに香草さんが化け物染みて見えたのは初めてです。もうこうなってしまえば、僕はまともに旅を続けるためには全自動平伏装置と化す他になかった。 「はい、言います……」 「もう嘘は吐かないでよね」 「はい……」  というわけで、僕は洗いざらいすべてを話してしまった。嘘を吐こうと思えば吐けたかもしれなかったけど、この状況で嘘を吐けるほど、僕は大胆でも命知らずでもなかった。もっと有体に言えば、僕は臆病なのだ。 「それで、どうしてそんなに話したくなかったの?」  僕の話を聞き終わった香草さんは、まずそう尋ねてきた。ちなみにポポは僕の話の途中で二度寝タイムへと突入していた。 「どうしてって……だってさ、僕がちゃんとアイツの正体に気づいていれば、ランのお父さんも死ななくて済んだし、ランだってさらわれて、こんなことにならずに済んだはずだったんだ」 「考えすぎよ」  香草さんは優しいような、毅然としたような口調でそう言った。 「ごめん、慰めないで欲しい」  僕はたとえ誰が許しても、ランを救い出してシルバーにしかるべき処置を与えるまで、いや、それが叶っても自分を許すつもりはない。失われたものは帰ってこない。慰められると自分の無能さを責められるようで、余計惨めになる。 「……ごめんなさい」 「いや、僕のほうこそ」  また気まずい空気になってしまった。 107 :ぽけもん 黒  緊張と告白 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/11/19(水) 17:59:01 ID:RYekf+Jw 「そういえば朝食まだだったよね。そろそろいい時間だろうから食べに行こうか」  なんとかこの空気を打破しないと。  僕はそう思ってなんとか話題を取り繕う。 「そ、そうね」  香草さんも素直にその流れに乗ってくれた。 「ほら、ポポ、起きて」  ポポを揺すって起こす。 「……んあ…………ね、寝てないですよ! 起きてたです!」  起きたポポは両翼をバタバタとバタつかせながら慌てて自分が起きていたことをアピールする。なんだか微笑ましい。でも左の翼が香草さんにバシバシ当たってるからやめたほうがいいと思うな。 「はいはい、分かったよ。朝ご飯、食べに行こう」  そう言うと僕はポポの手を引いて起こした。香草さんはさっきのポポの行動のせいだと思うが、少しむっとした表情をしている。  洗濯と乾燥の済んだ服を取りに行き、ポポに着せると、そのままポポの手を引いて食堂へ行った。久々にちゃんとした食事にありつくことができたような気がする。 ポポの食事は相変わらず香草さんに手伝ってもらった。つくづく、蔦というものは万能だな、と再確認させられた。

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