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201 名前:「生き地獄じゃどいつもイカレてやがる」 ◆duFEwmuQ16 [sage] 投稿日:2007/05/04(金) 03:23:50 ID:OHkXmc5V
怒っているとも、笑っているともつかぬその表情──その類まれなる美貌はこの世の者ならぬ気配を感じさせた。
馥郁とした清純な色香は腐臭となって雪香の身体にまとわりつき、孤独によってもたらされた心の苦痛が燃えてたった。
中年の酔っ払いが雪香の姿を一目見るなり、横に顔をそらす。アルコールで麻痺した脳が酔っ払いに危険を発したのだ。
(寂しいよ……寂しいよ……朧、どこにいるの……)
幽鬼の如きおぼつかぬ足取りで雪香は朧を探した。人通りがまばらな路上、アスファルトにこびりついたチューインガムが眼に映った。
表面が靴底で踏まれ、汚れてはいるが吐き捨てられてそれほど時間は経っていないようだ。
雪香は焦点のあっていない瞳でガムを静かに見やる。屈みこんでガムに顔を近づける。靴の痕を見た。見覚えがあった。
匂いを嗅いだ。親指と人差し指で挟み、真っ赤な舌先でガムを舐めた。鮮明ともいえる朧と交わしたキスの情景が浮かび上がった。
雪香の前頭葉が朧の噛んだガムだと告げた。脳裏に横切る朧との思い出──絶対に朧を……幸福を取り戻したかった。
(そう遠くへはいってない……絶対に見つけ出してあげる……雪香と一緒に早くお家に帰ろうね、朧……)
身体が重い。溶けた鉛を流し込まれたように身体が重かった。何度も胸を撫でた。不安と焦りが広がる。
背筋に浮かぶ汗がべとついた。警告するかのように心臓が早鐘を打つ。胸騒ぎがした。
激しい衝動持て余しながら、朧の唾液の味を思い浮かべると雪香はガムを口の中に放り込んでゴクリと嚥下した。
*  *  *  *  *  *
喫茶店で巴に買ってもらったガムをクチャクチャ噛みながら路上の空き缶をつま先で蹴飛ばした。
コーンと音を立てて車道の方向に吹っ飛ぶ。
巴は黙り込んだまま、朧の手を握った。頬が紅潮している。身体を密着させながら巴は朧をそっと盗み見た。
相変わらずガムを噛んでは吐き出し、また新しいガムを噛み始めている。その表情からは何も読み取れない。
完全なポーカーフェイスだ。それでも嫌がっている素振りではない。
羞恥と自意識をかなぐり捨てて巴は朧に対して積極的にアプローチを試しみた。
巴はコートを少しだけ割り開いて朧の下腹部──柔らかいペニスを軽く握る。朧の体温を感じ、巴は熱く昂ぶった。
「こうされると……男の人ってよろこぶんですよね」
雑誌の受け売りを見よう見まねでやってみる。それでも朧のペニスは反応を見せなかった。だらけたままだ。巴に狼狽が生じた。
「気持ちよく……ありませんか?」
「よくわからない。気持ちいいっていうよりもくすぐったい」
あたし、いったい何をしてるんだろう……気まずくなった巴はコートから手を引いた。
こみ上げる自己嫌悪──巴は顔色が沈む。そんな巴を朧が覗き見る。

202 名前:「生き地獄じゃどいつもイカレてやがる」 ◆duFEwmuQ16 [sage] 投稿日:2007/05/04(金) 03:24:58 ID:OHkXmc5V
表面では無表情だったが朧は内心では面白がっていた。巴のころころ変わる表情が見ていて退屈しないからだ。
少なくても悪い人間ではないのだろう。朧が巴の額をベロリと舐めあげた。
「きゃっ」
突然額を舐められ、驚いた巴は声をあげた。朧の唾液にまみれた額がテカテカと光る。
「しょっぱい」
「い、いきなり何をするんですかっ」
「最初にちょっかいをかけてきたのはそっちだ」
巴は唾液をハンカチでぬぐった。犬か猫そのものだ。それともこれがこの少年──朧の愛情表現なのだろうか。
(もしそうならすごく嬉しいけど……)
千駄ヶ谷を横切り、ふたりはいつのまにか東郷神社の近くまで来ていた。空は暁闇に包まれてほの明るい。
軽い疲労を覚え、巴は足を止めた。朧に向かって振り返り、巴が東郷神社を指差す。
「私達が初めて出会った場所ですね」
「それがどうかしたか」
朧がそっけない返事をする。巴は苦笑を浮かべた。急に朧がソワソワしはじめ、首を後ろに回して眼を細めた。
朧の肩に手を置き、巴が耳元で何かを呟きかけたその刹那──激しい怒号が鼓膜を貫いた。
「雪香の朧からその薄汚い手を離してよッ、この泥棒猫ッッ!」
声のしたほうへ反射的に巴は振り返った。凄まじい形相でこちらを睨む少女の姿に一瞬、恟然となった。
少女の右手には刺身包丁が握られていた。元の造作が美しいだけに烈火の如く怒り狂う様は凶貌すら通り越し、醜い。
「雪香」
朧が少女に声を放った。雪香と呼ばれた少女は朧に向かって穏和な笑みを浮かべた。そして巴に視線を戻すとまた憤怒の表情に戻る。
朧と少女が知り合い──よりも親しい関係である事は巴にも容易にわかった。
「待っててね。いまそこの泥棒猫片付けちゃうから」
刺身包丁を逆手に持ちかえ、雪香が刃を水平に構えた。
ヤクザ同士がドスで喧嘩をする場合、相手を傷つけるだけならば刃を縦に命を奪う場合は刃を横にしてしまうのだ。
刃物を縦にして相手を刺せば肋骨が阻み、刃を通さない。斬りつける時も急所が少ないので殺すのは難しい。
逆に寝かせた刃は肋骨の間を通れば心臓を、首筋を狙えば動脈を切り裂く。
腹部を狙って体重をかけて突き刺すのも有効だが、人間は物体と違って避けるのでよほど手馴れていない限り突くのは至難の業だ。
雪香の憎悪と殺意が迸った。猛然と巴に向かって飛び掛る。素早い動きだった。刃が巴の首筋を襲った。



203 名前:ラック ◆duFEwmuQ16 [sage] 投稿日:2007/05/04(金) 03:26:14 ID:OHkXmc5V
投稿完了。

204 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/04(金) 04:42:20 ID:nyhBTBMA
巴ー!!
つうか雪香ぶっ飛びすぎw

205 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/04(金) 11:59:04 ID:EofhHIwj
雪香の偏執っぷりがテラオソロシスw

206 名前:伊南屋 ◆WsILX6i4pM [sage] 投稿日:2007/05/04(金) 17:50:41 ID:sQJ5dqqD
線画を二つばかし

http://p.pita.st/?a7ntp3wo
http://p.pita.st/?azrkpueo
両方縦にしてご覧下さい

207 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/04(金) 18:29:34 ID:CD3F0ZuH
>>206
乙!そしてPC許可にして下さいorz

208 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/04(金) 18:33:53 ID:mEPKyJh7
なんでこんな糞なアップローダー使うの?

209 名前:伊南屋 ◆WsILX6i4pM [sage] 投稿日:2007/05/04(金) 18:49:47 ID:sQJ5dqqD
ゴメン設定し忘れてた。
アップローダーについては以前使ってたいめピタが一度、何故か閲覧できないという不具合があってから使用をやめてました。
んでもってアップローダーはどれが良いかとか分かんないからとりあえず@ピタを使ってたわけです。
だもんでなんか良いアップローダーあったら教えてくれると助かります。

210 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/04(金) 19:07:20 ID:tyRF4UCn
とりあえず久しぶりに更紗に会えて嬉しい!
伊南屋氏GJ!
うpろだは今のままでも気にならないけどなあ

211 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/04(金) 19:13:47 ID:CD3F0ZuH
>>209
設定どうもです。そしてGJ!!原作と同じくらい伊南屋氏のお茶会絵好きだ!
見れるようにしてくれるなら、ろだはどこでもOKですよ。

212 名前:ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日:2007/05/05(土) 00:26:23 ID:wHKFQGU5
投下します。ひどいことされる南です。
--------

都内の国道に沿って続く大通りを囲うようにして存在する店舗たちの
すき間を通り抜け、小さな路地を進んだ先。
そこにはいわゆるメイド喫茶と呼称される喫茶店があった。

喫茶店の中には4つのテーブルとカウンター席があり、カウンターの内側では
男性ウェイターがグラスを磨いていた。
その男性ウェイターの苗字は南と言う。
アルバイトの店員からは南さん、恋人である女性店員からは南君、と彼は呼ばれていた。
大学を卒業後、彼はこの喫茶店に就職しウェイターの制服に身を包んでいる。

彼の仕事は主に軽食の調理、レジでの清算、その他の雑務全般であり、
接客業務などは行わない。メイド喫茶でウェイターが接客をするのはおかしいから、
というのがというのがその理由である。
店内には彼以外の男性従業員の姿はない。男店長が事務所の椅子に座っているものの、
足首と椅子が手錠で繋がれている状態では出歩こうにも不可能であるため、
結果的に喫茶店の男性従業員は南しか姿をあらわしていない。

カウンターで業務をこなす南の横には、メイド服を着た女性が付き添っている。
南と彼女はこの喫茶店で出会い、告白も喫茶店の中で行われた。
彼らの仲の良さは、副店長の女性に「お二人の結婚式はこのお店で行いましょうね」と
言わしめるほどのものであり、営業時間中も二人は付き添ったままの状態である。
二人の姿は店内にいるメイド服を着用したアルバイト店員の目にも映っており、
彼女達の心に焦りと羨望の情を抱かせている。

南の顔は、殴られたあとのように少しばかり腫れていた。
恋人と喧嘩したわけでも、女性店員の着替えをうっかり覗いてしまって殴られたわけでもない。
仮に後者であれば顔を腫らすどころか、病院の白い天井を拝み続ける退屈な日々を
送ることになるかもしれないが、まあそれは置いておくとしよう。

南が顔を腫らしている理由はこの数日に起こった出来事にある。
その出来事が分類されるべきジャンルは暴力的なものになる。
いや、ここでは「あえて」、という単語を付け加えるべきか。

男性が南に果たし状を叩き付けたときの光景は、時と場所をわきまえれば美しいものに見えなくもなかったからだ。


213 名前:ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日:2007/05/05(土) 00:27:21 ID:wHKFQGU5

午後5時、喫茶店のドアをカランカラン、と鳴らして入ってくる男がいた。
その男の特徴を表現するならば巨漢、というものがふさわしい。
南よりも頭二つ分高い身長に、肩の筋肉の盛り上がりで異常に広く見える肩幅をして、
セカンドバッグかと思わせるほどの大きさの靴を履いている男だった。

男は挨拶をしてくる店員に会釈をするとカウンターに向けて歩き出し、カウンターの向こうで
グラスを磨いたまま顔を上げない南を見下ろせる位置で立ち止まった。
男は何も言わない。南も次に磨くべきグラスを手にとっただけで口を開かない。

男がやってきた理由、それは南と戦うためである。
別の言い方をするならば、喧嘩をしにきたのである。

南と巨漢の男は知り合いである。南が大学に籍を置くと同時に身を寄せていた
格闘技研究会で、巨漢の男は南の後輩をしていた。
その格闘技研究会では主に格闘技に関する情報を集めることを目的としていたが、
南と後輩の男は自らの身で技の実践を行っていた。
技の威力・精度を高めるための鍛錬方法や、対人戦闘において留意するべき事項を
記録することを当初の目的としていたが、次第に目的が変わっていった。

2人はどちらが強いのか、それを証明するために組み手を行うようになった。
技の練度を重視する南と、力が全てと豪語する後輩。
意見の異なる2人がぶつかり合うのは当然のことだったのかもしれない。

学生時代の2人の戦いは、全てが南の勝利という形で決着がついた。
ただ力押しでぶつかってくる後輩が、優れた格闘センスを持っているだけではなく
相手の心理・弱点をつく作戦までとってくる南に勝利することは不可能だったのだ。
だがその結末は後輩にとって面白いものではなかった。
勝ち逃げというかたちで卒業した南を追って、後輩の男はこの喫茶店にやってきた。

南と戦い、勝利すること。後輩の男にとって、それが一番重要なものだった。


214 名前:ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日:2007/05/05(土) 00:28:42 ID:wHKFQGU5

「おに……こほん、ご主人様、ご注文はお決まりですか?」
立ち尽くす巨漢の男に声をかけたのは、メイド服を着て長い髪をポニーテールにした背の低い店員だった。
彼女がいかにも声をかけにくそうな男に声をかけることができたのは、彼女が巨漢の男の妹だからだ。

巨漢の男の名前は、剛と言う。
妹はたくましい兄のことを、『兄』としてではなく『男』として慕っていた。
いじめられたときや困っているときにいつも助けてくれた兄の存在は、
彼女にとって何よりも大きな心の支えになった。
兄と一緒にいるだけで彼女の心は安心感に包まれた。
彼女は次第に兄から離れることを嫌がるようになり、兄のとなりにいていいのは自分だけだ、
と考えるようになっていった。

兄に他の女が寄り付かないようにするため、彼女はさまざまは行動をとってきた。
自分の友人や兄の友人に、自分達が義理の兄妹であると言いふらしたり、
そのうえ2人の間に既成事実が発生している、ということまで捏造して言いふらした。
そんな妹に対して剛は困った妹だ、という程度の認識しか持っていなかった。
結果、2人は仲のいい兄妹として先日まで過ごしてきた。

しかし、妹はその現状に満足していなかった。
兄をいかにして自分のものにするか、という懸案事項は常に妹を悩ましていた。
剛は野生的な勘に優れているので、妹が不審な行動をとったらすぐに気づく。
睡眠薬や痺れ薬などの劇薬を食事に混入したときにはそれを口にしようとはしなかった。
力づくでものにしようと考えたこともあるが、兄に敵うほどの人間はそうそういない。

ある日、実の兄を無力化するための方法を考えながら、ぼんやりと路地を歩いていた彼女に声をかける老人が居た。
不思議なことにその老人は彼女の浅ましい欲望を全て看破した。
驚く彼女に向かって老人は、「君のお兄さんに○○というメイド喫茶に南君がいる、と教えなさい。
そして、君もその喫茶店で働きなさい。そうすれば、君のお兄さんは永遠に君のものになる」と告げた。
胡散臭い台詞ではあったが、その老人の言葉はなぜか信用に足るように思えた。
彼女は老人の言うとおりに行動し、喫茶店のアルバイトを始めた。 
彼女の言葉を聞いた剛は、翌日には喫茶店にやってきて、南に勝負を挑むようになった。

それが今から8日前のことになる。
現時点で南と剛が再会し、拳を交えた回数は既に8回。妹がこの喫茶店でメイド服を着た回数も8回。
そして今日、彼・彼女ら3人を巻き込んだ事態は9回目を迎えようとしている。


215 名前:ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日:2007/05/05(土) 00:30:24 ID:wHKFQGU5

剛は手元に視線を落とす南のうなじを見下ろしながら、こう言った。
「ウェイターさん。いつもの、お願いします」
その言葉に込められた意味は店内にいる全員が知っている。
つまるところ、今から喧嘩をしましょう、という意味である。

その言葉に一番の反応を示したのは南の横にいる女性店員だった。
彼女は一度剛の顔を睨みつけ、次に南の苦い表情を見つめると手で顔を覆った。
また恋人が傷ついてしまうと思い、涙を流しているのだ。
南の顔に張り付いている痣は昨日喧嘩したときについたものだ。
ちなみに、おとといまで南の顔には傷一つついていなかった。
では、なぜ昨日南は不覚をとってしまったのか?

その原因は自分の恋人の女性にあると南は考えている。
彼を責めないでほしい。自分の油断を恋人のせいにするのは彼にとって本意ではない。
しかし、勤務中かまってもらえないからという理由で、8日前から前例に無いペースで
精力を搾り取られている南の体力はガタ落ちしており、それが昨日の不覚を招いた。
昨日はかろうじて勝利を収めた南だったが、昨晩は泣き続ける恋人をあやすために
夜通し起きていたため、現在の彼のコンディションは赤一色に染まっている。

だが、南の体に宿る闘争本能は燃え尽きてはいなかった。
南の体の奥底から力が沸き始め、全身の血流を活発化させる。
彼はグラスを食器棚に納めて手を拭うと、肩を震わせる恋人の肩に手をやった。
「南君……」
「大丈夫。今日は怪我なんかしないからさ」
南は恋人の髪を撫でた。
言葉と仕草で彼女を励ますのが、南にできる精一杯のことであった。


喫茶店の前の路地で、2人の男が向かい合って立っている。
中肉中背の男は腕を垂らして構えを見せていない。
もう1人の筋骨隆々とした男は豪腕を見せ付けるように腕を組んでいる。

「眠そうですね、先輩。今日のところは日を改めましょうか?」
「慣れない敬語なんて使うな。いつもどおり喋れ」
「まあ、そう言わずに。僕の敬語を聞くことができるのは、これが最後なんですから」

南は目を閉じると、かぶりを振りながらため息を吐き出した。
「残念だが、お前が俺を敬わなくていいようになるには10年早い。
せめて言葉遣いだけでも馴れ馴れしくするのを許している俺に甘えろよ」
「それじゃあ、目いっぱい先輩の胸を借りるとしましょうか。
下手すれば借りたまま失くしちゃうかもしれないから、気をつけてくださいね」
剛は喜色満面の笑みをつくった。

その顔を見て南も笑おうとしたが、笑えなかった。
彼の心には、余裕など微塵もありはしなかったからだ。


216 名前:ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日:2007/05/05(土) 00:32:11 ID:wHKFQGU5

2人が戦いを始める合図は存在しない。
どちらからともなく襲い掛かり、殴り、蹴り、叩き伏せるだけである。
この日、最初に仕掛けたのは剛であった。

咆哮をあげながら全力で駆け出す巨体は、南の前に立ちはだかると、拳を振りかぶった。
人間のものとは思えないほど巨大な拳が向かう先は南の顔面。
その場に立ち尽くしたまま動かないウェイターは、殴られ吹き飛ばされる――
かと思われたが、悲鳴をあげて後退したのは殴りかかった剛であった。
見ると、南はその場から一歩踏み出した状態で右手を突き出している。
剛の打ち下ろしの一撃に合わせたカウンターである。

「ちっ……やっぱ無理か」
「そんなワンパターンじゃ、結果は変わらないぞ」
「さて? ……そいつはどうかな!」

剛は体をひねると、大振りの右回し蹴りを放った。
それは標的の首から上を吹き飛ばすためのものだったが、即座にしゃがんだ南には当たらない。
南は地を這う右足払いを放つと、体勢を崩した巨体の顔面を全力で蹴り上げる。
続けて放たれる足刀をみぞおちに受けて、巨体が地に伏せた。

冷徹な声が、せき込む巨体の男に投げかけられる。
「どうした? もう終わりか」
「っへへ……まだまだ!」
立ち上がると、剛は力任せの攻撃を繰り出す。
そのことごとくに、南はカウンターを合わせていく。振り回される拳を払い、かわし、急所をつく。
一瞬の溜めの後に放たれる前蹴りに対しては、体を入れ替えて前進し飛び膝蹴りを顎に穿つ。
長い間戦ってきた剛の攻撃を見切ることは、南にとってたやすいものだった。
決して油断できる攻撃ではない。直撃を受けたら骨の数本は折れてしまいそうなものばかりなのだ。
剛が立ち続ける限りその攻撃が止むことはない。
決着をつける方法はただひとつ。巨体が地面に沈み動かなくなるまで打ち続けること。
それすらもたやすいものであったはずだ――南のコンディションが万全ならば。

剛の放った右ストレート。その軌道もスピードも南の目には写っていた。
だが、ただでさえ神経をすり減らすカウンターは南の体力まで削っていた。
ストレートに合わせたフックが剛の顔面に当たる。だが、当たっただけで振りぬくまでにいたらない。

南の体力に限界が近づいていた。彼のスタミナに問題があるわけではない。
連日繰り返された恋人との情事によって、彼のスタミナはエンプティラインの目前にまで減っていたのだ。


217 名前:ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日:2007/05/05(土) 00:35:03 ID:wHKFQGU5

(あと一撃で決めないと、やられる)
と南は感じていた。
自分が全力の一撃を放てるのは、あと一回が限度。ならば、渾身の一撃で剛を倒すしかない。
剛が左手を真横に振りかぶる。次の攻撃はフックだ、と南は見切った。
巨体のわずかなひねりを感じ取った南は、ためらうことなく右の拳を全力で突き出した。

ぐきり、という音が空気と右手の骨を通って脳に届いた。
確かな手ごたえ。これでまた、自分の勝利だと確信した。
目の前にいる剛の巨体が段々と沈んでいく。だが、そのときにおかしなものが見えた。
剛の口の端が吊り上って、顔が愉悦を形作っていたのだ。

(なぜ、笑っている――?)
その疑問を浮かべた次の瞬間、南は内臓に衝撃を受けた。
呼吸が止まり胃が締め付けられ、喉の奥から生暖かいものが飛び出した。
たまらず顔を伏せた南の目に飛び込んできたのは、太い腕だった。
剛の太い腕の先端についた拳が、自分の腹筋に突き刺さっている。
(そうか――)
あえて自分の最後の一撃を受け、至近距離での一撃を放つ。
それこそが剛の作戦だったのだ。


脱力して地に伏せた南を見ながら、剛は震える膝を押さえつけていた。
ここで立ち続けていれば、夢に見ていた勝利を掴むことができる。
倒れたら、きっと起き上がることはできない。この勝利はおあずけになってしまう。
だが彼の膝は勝利より、休息を一番に求めていた。
剛の膝が折れる。そして地面に張り付いたように動かなくなった。

動け、と強く念じても剛の腰から下が動くことはなかった。
しばらく間を置いてから、彼の背中が地面に着いた。
次第に、意識が遠くなっていく。
必死で目を閉じることに抗う剛の目に、カチューシャを髪に差した妹の顔が映った。

妹は泣いていた。ぼろぼろと涙を流して、自分を見下ろしている。
一粒の雫が落ちてきた。剛の目に向かって、まっすぐに落ちてくる。
その様子は、剛の目からはスローモーションに見えている。
目前に雫が迫ってきたところで、剛は目を閉じ――そのまま、彼は眠りに落ちた。

2人の戦いは、この日初めて相打ちという形で決着が着いた。

------
連投規制にひっかかりそうなので、とりあえずここまで。今日中に続きを投下します。

218 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/05(土) 01:22:53 ID:xYb6BMEQ
ジャイアンGJ

219 名前:伊南屋 ◆WsILX6i4pM [sage] 投稿日:2007/05/05(土) 02:03:18 ID:9Xb35AVL
GJなのですよ?

ついでにこちら
http://p.pita.st/?q7j21cwi
http://p.pita.st/?brwtpzak
http://p.pita.st/?xtm6dxuv

まあ、男が描きたかったのです。それだけ。


220 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/05(土) 02:06:21 ID:MArrtHeG
>>217
wktkして待ってまつ
てか南ってそんなに強かったのかw

221 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/05(土) 02:09:46 ID:MArrtHeG
>>219
三枚目(・∀・)イイ!!

222 名前:ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日:2007/05/05(土) 04:31:24 ID:wHKFQGU5
・ ・ ・ ・ ・ ・

2人の戦いから3日が経った。
今、南は朝霧の立ち込める寺にて1人で座禅を組んでいる。
剛との再戦に備えて精神集中をしているのだ。

あの対戦のあとで南は2日間の有給休暇をとった。
それは体の傷を癒すためというよりは、恋人と一時的に離れることが目的だった。
剛との戦いで相打ちに終わった理由は、スタミナの不足である。
その問題を解決するためには恋人との情事を控えることが一番だと南は考えていた。

だが、後ろ髪を引かれる思いをしたのも事実だった。
恋人に2日間会えないということを告げたとき、彼女は世界の終わりが来たときに浮かべそうな表情をした。
立ち去ろうとしたときは、腰にしがみつかれて制止された。
それでも南は彼女を振り払った。一緒にいると、どうしても彼女を抱きたくなってしまうことを自覚していたからだ。
だからこうやって離れた土地にある寺にやってきたのだ。

今日は剛との再戦当日。久しぶりに喫茶店へ出勤することになる。
同時に喫茶店にいるであろう恋人にも再会できる。そう思うと南の心は躍った。
この2日間、南は恋人のことばかり考えていた。
すぐにでも帰って彼女を抱きたいと思っていたが、剛の笑い顔がその思いを止めた。
戦うたびに自分に倒されていた後輩。その彼の顔が勝利を確信した表情を浮かべたときの悔しさ。
それを思い出すたびに彼は自分を強く律した。

手元にある携帯電話が振動し、6時を告げた。
今から向かえば8時には喫茶店に到着する。
寺の住職に挨拶をしてから、南は愛用のバイクに跨った。
向かう先は、決戦場――自身と恋人が勤めるメイド喫茶。

周囲に立ち込める朝霧を乱さぬつもりでスロットルを回し、南は寺を後にした。


223 名前:ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日:2007/05/05(土) 04:32:25 ID:wHKFQGU5
・ ・ ・

喫茶店に到着したのは、まもなく8時になろうかという頃合だった。
店の壁に張り付かせるようにバイクを停めてヘルメットを脱ぐ。
そのとき、ヘルメットを被っているときには聞こえなかった音が耳に届いた。
音がする方向は、店内。そこから騒がしい音がする。

ドン、ドン、という太鼓を打ちつけるような音と、
「が、ぁっ、そんな、なんでぇ! があっ!」
という男の叫び声が特によく聞こえた。時折、女の声がそれに混ざる。

「あんたの……せいで、…なみくんが、いなく……なったの、よ」
聞き覚えのある声だった――というより、忘れられない声だった。
南の最愛の恋人の声である。
しかし、普段南が聞いているような声とは違った。
暗くて、耳にこびりつくような恨めしげな音階をしていたのだ。

さらに耳をこらすと、別の女の声もした。
「や、やめて…………おにいちゃんを、ゆるして……」
その声は最近入ってきたアルバイトの女の子の声に似ていた。
そう、たしか――剛の妹の女の子だ。

何かを打ち付けるような音と、男の悲鳴と、自分の恋人の声と、剛の妹の声。
それだけ整理しても、店内で何が起こっているのか分からない。
南は店内を望める窓から中の様子を伺って、次の瞬間目を疑った。

自分の恋人と、剛が戦っていた。
いや、一方的に剛が押されている状況は戦っているというより、リンチのように見えた。
剛が力なく拳を振り上げると、その瞬間に恋人の握る箒が動いて拳を突く。
メイド服のスカートが広がると同時に箒が回転すると、次の瞬間には剛は顎を打ち抜かれて巨体を揺らす。
その一方的な光景を涙目で見つめる少女は、剛の妹で間違いなかった。

剛が膝をついた。首はうなだれて、白いTシャツには血がこびりついている。
メイド服に返り血を付けた女が巨体の男のすぐ目の前まで近づいた。
右手には赤く染まった箒が握られている。その箒が彼女の頭上に持ち上がる。
左手で剛の顎を持ち上げると、箒の先端が剛の眼窩を貫ける位置に構えられた。

そこまで目にしたで南の足はようやく動いた。
勢いよくドアを開け放ち、店内に踏み込む。血の匂いが鼻をついた。
恋人の後姿を確認した南は、彼女を止めようとした――が、何をしたらいいのか思いつかなかった。

奇妙な感覚だった。
勢いよく迫るトラックを止める方法を探しているときのような圧迫感と無力感を覚えた。
その威圧感が最愛の恋人の体から放たれているものだと南が気づいたのは、振り向いた彼女の目に
狂気が宿っているのを察した瞬間だった。


224 名前:ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日:2007/05/05(土) 04:33:42 ID:wHKFQGU5

血に濡れたメイドは、恋人の姿を目にした瞬間に巨体の男から興味を反らした。
離れた位置にいるもう1人のメイドがそれを見て、必死な様子で巨体の男を奥に引っ張っていく。
小柄なメイドと血に濡れた後輩の姿が店の奥に消えた時点で、南は変わり果てた恋人に声をかけた。

「ひ、久しぶりだな」
「……ねえ、みなみくん。どこ、いってたの」
まったくと言っていいほど唇を動かしていない様子であったが、聞き逃すことなどできそうもない声だった。
「ああ、えっとだな……その……」
「……なんで、どもるの、みなみくん。
どうして、どうして、ねえ、ねえ、なんで、なんで」
首が左右に揺れると同時に、血に揺れたカチューシャのフリルも揺れる。ゆらゆらと。
「あ…………ち、違う」
「なにがちがうの。わたし、なにかまちがったこといったかな。
みなみくんがいなくなったのに、しんぱいしちゃだめかな」

血に濡れた箒は離さぬまま、にじりよってくるメイド服の女。
その女が自分の恋人だと南は理解していたが、足は彼女から遠ざかろうと後ろにさがる。
「なんでにげるの。わたしが、こわい、の」
「違う! 俺はお前のこと、その……好き、だ……」
「じゃあ、はやくおそうじしよう。ふたりでいつもみたいに。
わたしがゆかをはくから、みなみくんがガラスをみがいてね。
そのつぎは、ひとりがふたつずつテーブルをふこうね。
トイレそうじはそれぞれべつべつだよ。
さいごはカウンターのおそうじしよう、ね」
そこまで言い終わると、彼女は目を閉じて天井を見上げた。

「うれしいな、みなみくんに、好きだっていってもらえた。
ずっと、ずっと、ずっとききたかったのに、ふつかもきいてなかったんだもん。
でも、がまんしたかい、あったかも。いま、す、ご、く……ふふふ、うれし……
あはははは、うふふふふ、きゃはははは、くひひひひひ」
顔を天井に向けたまま、返り血を浴びたメイドは笑い出した。
その様子は、欲しかった玩具をようやく与えられた子供のように無邪気であった。

しかし、彼女から放たれる狂気が消えたわけではなかった。
狂気に気圧され、南は後ろにさがり続けていた。が、その背中がドアに着いたところで下がれなくなった。
来客を報せるためのベルが、カランカランと心地よい音を立てた。

「あれ……みなみくん、にげてるの。
そんなにとおくにいっちゃだめだよ。へんなむしがくっついちゃうよ。
みなみくん、かっこいいから、へんなおんながよってきちゃうよ」
「いや……逃げてるわけじゃなくて……」
「だめだよ。もう、わたしといっしょじゃなきゃ、そとにだしてあげない。
ずっと、ね。ずーーーーっと、わたしといっしょにいるの」

南は確かに見た。恋人の目の奥に宿る狂気と、闇がさらに濃くなっていく様を。

「まずは、おそうじ、しなきゃ、ね。みなみくんのからだを」


225 名前:ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日:2007/05/05(土) 04:35:55 ID:wHKFQGU5

白いエプロンに赤い斑点をつくったメイドが南の元へと近づいていく。
彼女はにこにこと笑っていた。狂気を宿した目を大きく開きながら。
ほっそりとした手が南の肩へと近づいていく。
その手には返り血がついているというのに、変わらぬ美しさを保っていた。
あまりに場違いな美しさだった。だから、南は無意識のうちにその手を払った。
そして、呆然とする彼女と勝手に動いた自分の手を見比べながら南は狼狽した。

「ごめん! その、つい……」
「……やっぱり、そうか。みなみくん、わたしからはなれちゃったからよごれちゃったんだね。
わたしにまかせて。みなみくんの、こころとからだ、ぜんぶきれいにしてあげる。
なかも、そとも、めんどうみてあげるよ。……だから、ちょっとだけよこになって」

南は警戒心を解いていなかった自分を褒めた。
もし油断していたら、恋人の箒に足を払われて倒れ付していたからだ。
振り回される赤い箒を避けるため、南は距離をとった。
距離をとっても彼女の放つプレッシャーが緩むことはなかった。
彼女の放つ威圧感は、店内全体を覆っていた。
そのせいでどこにでも彼女が存在しているような錯覚を南は覚えた。
「はやく、きれいにしなきゃ、よごれちゃうよ、みなみくん」
彼女の放つ一言一言がこだまのように聴覚を混乱させる。

南は眩暈を覚え、一瞬目を閉じた。次に目を開いたときには、恋人の笑顔が目前にあった。
頭を伏せる。すぐに彼の頭上を箒が通り過ぎた。
サイドステップでその場を離れ体勢を立て直そうとするが、目にも止まらない速さで
振るわれる箒はそれすらも許さない。
女の持つ箒は南の居た地点を確実に突いて来る。
鼻先をかすめる一閃は、一撃で気絶に至らしめてしまう速度で振るわれていた。
南がテーブルを盾にして構えた。ただの箒であればテーブルを破壊することなどできないはずだ。
――と考えていた南の予想は別の意味で裏切られた。
テーブル越しに一度衝撃が伝わった次の瞬間には、南の体はテーブルごと後方に飛んでいた。

壁まで飛ばされ、背中を強く打った。
顔を上げると、メイドが箒を振り上げて駆け寄ってくるのが見えた。
振り下ろされる箒の速度を見切り、カウンターのタイミングを掴む。
そらした頭をかすめて箒が振るわれる。再度攻撃が来る前に箒を掴んだ。
「あっは、はははは」
しかし、振り下ろされていた箒は南の体ごと彼女の頭上に持ち上げられた。

自分の目に見えている光景の不自然さを理解する前に南の体は放り投げられ、床に叩きつけられていた。
南の頭の中はこの理不尽な状況を理解するためにフル回転していた。
恋人の突然の変貌と、手も足も出させない圧倒的な彼女の戦闘能力。
いかにして事態をひっくり返すか、それを考えても何も浮かばない。
濁流に歯向かう力は、攻撃を受け続けた南には残されていなかった。


226 名前:ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日:2007/05/05(土) 04:38:25 ID:wHKFQGU5

「お、そ、う、じ、しま、しょ」
床に伏せる南に対して、恋人の振るったバケツの中身がぶちまけられた。
透明な液体だった。顔を伝うその液体の粘度は水道水のものではなかった。
唇を舐める。すると苦味が味覚を刺激した。
「おい、これって、台所の洗剤じゃないか!」
「そうだよ。いまからおそうじするんだから、せんざいはひつようでしょう」

メイドは南の体をうつぶせにすると、両手と両足に手錠をかけた。
もう一度ひっくり返して仰向けにすると、手に持った箒をシャツの胸元からジーンズの裾まで挿入した。
南が何かを言おうとしたが、その寸前に彼の恋人の手によって箒が動いた。
箒の両端を掴み、一気に服を引き裂いたのだ。
彼女の腕力によってベルトの金具までが破壊されて、南は見るも無残な姿に変貌した。

「じゃあ、こんどはあわで、あらってあげるからね」
そう言うと、彼女は今度は自分の体にバケツの中身を被った。
そして身動きの取れない南の半裸の体にのしかかり、細かく動き始めた。
両手の五指をそれぞれ絡みあわせて、体を上下に動かす。
「わたしは、いまスポンジだよ。
よごれちゃったみなみくんは、こうやってあらってあげないと、いけないから」

実際にその通り、彼女の動きは南の全身をくまなく洗うためのものだった。
頬にほおずりし、腕・足を絡ませて、胴体をこすりつける。
仰向けの状態で全ての箇所を洗い終えると、今度はうつぶせにする。
背中に両手が当てられるのを南は感じ取った。
その手は肩の上から背中を通過し、臀部まで動く。
足の指は、さすがに彼女にも難しかったようだった。
だが、次に彼女がとった行動は南の予想を上回るものだった。

スカートに溜まった泡と洗剤を口に含み、南の足の指を咥え込んだのだ。
咥えるだけでなく、さらに舌までも絡めてきた。
指の一本一本を舐め回し、爪と指の間を舌先で刺激してくる。

その動きが終わった頃には、南の体で洗われていない部分などなかった。
ただ、一つを除いては。


227 名前:ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日:2007/05/05(土) 04:41:00 ID:wHKFQGU5

「それじゃあ、つぎはここだよ」
そう言った彼女の手は、さらけ出されている南の陰茎を掴んで上下になまめかしく動いているところだった。
先ほどまでの動きで彼女の体の柔らかさを感じていた南は、男性自身をしっかりと硬くさせていた。
その状態に加えられる恋人の絶妙な愛撫は、たちまちのうちに南の射精欲を高めていく。

「ああん……みなみくんの、にがくって、おいしいよお……
まいにち……ほしかったのに……んむ、ひどいよ、みなみくん……」
肉棒のすぐ近くで口を開く恋人の声が南の頭に伝わってくる。
それだけの刺激でも射精してしまいそうになるほど、南は高ぶっていた。
「もうっ……やばい……」
と、南が漏らした瞬間、恋人の愛撫が止まった。
絶妙なタイミングでの寸止めだった。
それは、付き合ってから先日まで培ってきた彼女の経験が成すものだった。
もう一度何かの刺激を加えられたら、射精してしまいそうな位置に熱いものがある。

物欲しそうにしている南の表情を見て取った恋人のメイドは、嬉しそうに笑った。
それを見て南は続きをしてもらえるのかと思ったが、彼女が手に持っている物を見て驚愕の表情を浮かべた。
「お前、それって……」
「さいごはあ、そうじきでーす。
しんぱい、ないよ。ちゃんと、すいこみぐちは、そうじしたし。
くちのおおきさも、みなみくんのと、おなじぐらいだから」
掃除機のスイッチが入れられた。
ヴィーン、という規則的な音が律儀にも店内の空気を振動させる。
「ばっ、馬鹿! お前、やめろ!」
「やー、だー、よー」

南の肉棒を包み込むかたちで掃除機のホースが入れられた。
先に恋人が言ったとおり、ホースは勃起した南の肉棒と若干の誤差を残して適応していた。
若干の誤差、それは南の陰茎と亀頭の大きさがホースの直径より少し大きかったということ。
そのため、ホースが上下に動かされるたびに南の肉棒は擦れた。
「が、あ、あ、ぁぁぁ……」
いきなりこのようなことをされたらたちまちのうちに肉棒は縮んでいくだろうが、
寸止めされた南の射精欲はまだ健在だった。
掃除機相手に射精してたまるものか、というせめてもの抵抗が南の全てだった、が。

「んふふー、……えいっ」
恋人が南の陰嚢を刺激してきた。
その刺激は陰茎とは別方向からのものであり、巧みな手つきによって南の自制心を崩していく。
「うっあ! 頼む、抜い、って、くれ!」
「だーーめ。おそうじはしっかりとしなきゃ、ね」

掃除機の出力が『強』になった。騒音がますます大きくなり、肉棒を強く吸引される。
その間も陰嚢の刺激が止むことはない。
執拗な双方向からの刺激が続くうちに、南の中にあるスイッチが強制的に入れられ、射精を迎えた。
射精自体は興奮からではなく、痛みの拍子に起こったものかもしれないが、南にとってはどうでもよかった。

掃除機に射精してしまったという事実が、南の何かを破壊した。
――その何かは、人としての尊厳であったかもしれない。


228 名前:ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日:2007/05/05(土) 04:44:10 ID:wHKFQGU5
・ ・ ・ ・ ・ ・

それから数日が経ったある日。
都内某所にある大学の構内でこんな会話が交わされていた。

「知ってる? 格闘技研究会の、あのおっきいひと――名前忘れちゃったけど、退学したんだって」
「あ、そうだったんだ。最近見ないなって思ってたけど」
「でも、何で退学しちゃったのかな?」

「これは噂なんだけどね。大学に退学届けを出したあと、箒、箒、箒って呟きながら帰っていったらしいよ」
「なにそれ? 箒のお化けでも見たのかな?」
「意外と小心者だったのかもね。人は見かけによらないってやっぱりほんとだね」

「そういえばさ、その人の妹さんも一緒に退学したらしいけど、これ本当?」
「あー、知ってる知ってる。サークルの男どもが騒いでたよ。
うちの大学のミス・コンテスト優勝者が退学するなんて! って言いながら」
「もしかして、お兄さんについてってやめちゃってたりなんかして。
あー、いいなー。私も頼れるお兄さんが欲しかった。聞いてよ、うちの貧弱兄貴ってばさ――――」


・ ・ ・

ところかわり、都内某所に存在する喫茶店にて。

「野菜ジュース、1つオーダー入ったぞー」
「うふふふふ……。かしこまりました、南君」

ヴィィィーーン

「ひいっ?!」

ガチャン!

「うわっ! どうしたんですか南さん。あーあ、グラス割れちゃったじゃないですか」
「あ……ごめん。つい、音に反応しちゃって……」
「音? なにか変な音でもしましたか?」
「いやいや! なんでもないよ。忘れてほしいな、なんて……あは、あははははは……」


喫茶店の床に血の跡がこびりついた日から、南はこんな調子である。
ミキサーの音に反応してしまうほどに彼の心を穿ったものとは何なのか。
事実を知るのは、当事者である南と彼の恋人と、店内を監視していた店長と副店長の四人だけである。
それ以外の誰にもそのことを知られたくないと、南は思っている。
同時に、自分の記憶からも消えてしまって欲しいと、強く思っている。



------
投下、終了です。

229 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/05(土) 05:38:09 ID:UqzVKsbw
よくやった。
うちに来て掃除機をファックしていいぞ!!

230 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/05(土) 09:36:10 ID:MArrtHeG
>>228
これはいい予想外の展開
思わず朝からニヤニヤしてしまいましたよGJ!

231 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/05(土) 10:05:01 ID:kov8OT2K
これはヤバイw

GJ!

232 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/05(土) 19:45:04 ID:B/m2+KjG
GJ!!

自分の振った話題が、ここまで膨らむとは予想出来なかった。


233 名前:ヤンデレ喫茶とは一切関係ありません[sage] 投稿日:2007/05/05(土) 20:35:47 ID:B/m2+KjG
昼下がりの喫茶店。
緩やかに時間が過ぎていくこの場所で、空気の読めない、剣呑な空気を放つテーブルがひとつ。

「奏介くんを返して。」
少女は来店してから一時間、同じ言葉を繰り返している。
「嫌、彼は私のモノだもの。
誰にも渡さないわ。」
答える言葉もこの一時間で変わることは無い。

円が一周してもとの場所に戻るように、それは変わることはない。

しかし、その円をひとつ繰り返す度に、少しずつ空気が張り詰めてくる。

この均衡はしばらく保たれるだろう。
ここに至るまでのいきさつをひとつ。


続かない

234 名前:伊南屋 ◆WsILX6i4pM [sage] 投稿日:2007/05/05(土) 21:52:20 ID:9Xb35AVL
百合絵注意
http://p.pita.st/?gmpqaafl
http://p.pita.st/?8tp4at3q

前に描いた絵でグレーテルの名前をグリムに間違えてたorz

235 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/05(土) 22:20:28 ID:OlCU5ecX
>>233遠慮せず続けるがよろし
>>234エロktkrGJ!

236 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/05(土) 23:12:00 ID:2ES4G9Lk
>>234
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁGJ!

237 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/05(土) 23:40:44 ID:prXP1p17
>>228
妹ちゃんは、お兄ちゃんを奥に引きずってった後、これ幸いとそのまま監禁?
そこの描写があるととってもうれしいです

238 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/05(土) 23:51:23 ID:s5Km7snz
前スレでフライパン少女(彩 味香)のピンキー作ったものですが、
ようやく包丁の食玩手に入りました。
(買っても当たらないのでアキバのホビーショップで中身見て購入…orz)

あんな彼女でもまた見たいという奇特なかたが居たら続編(包丁編)書きますが…

239 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/05/05(土) 23:56:07 ID:ZwzDwLr8
「・・・て、・・・きて、」
うん?なんだろうか?
「・・・起きて、・・・ねえ、起きて・・・」
全く誰だというのだろう、人の眠りを妨害するとはいい度胸だ、もう十五分ばかし寝てやろうか。
「・・・ちゃん、お兄ちゃん、起きてよ、」
お兄ちゃん?妹の理沙だろうか?いや第一、理沙は昨日の夜に自分の部屋に帰らせたのだから、
ここにいるわけがない。
「お兄ちゃん、遅刻しちゃうよ?もうすぐ八時半だよ?」
うん、八時半?ということは、急いで枕元の目覚まし時計を確認する。

こいつ、定時に鳴らなかったな!確かにセットしたはずなのだが・・・・、って、をいをい。
いきなり、OFFになっている上、セットしてある時刻が九時三十分とは、
いったいどんなことが起こったんですかね?

そんな事を考えている暇も惜しいので、てきぱきと着替えを始めつつ、理沙が持ってきてくれたトーストを食べる。
遅刻にトーストは王道ですなぁ、しかし、いかんせん喉に詰まらせることがあるのが難点だ。
実際問題としては、急いでいればどんなものを食べても同じなのだが。
割と順序良く着替え、授業の準備をすることができたので、要らぬ心配をしているのだが、
時計を見ると、出席を取り始める九時一分二十秒(当社調査)まで十分を既に切っている。

そんな状況でも、ニコニコしながら理沙は私が出発するのを待っている。
理沙は僕と一つ違いなので、同じ学校に通学しているから、遅刻するか、しないかの瀬戸際に立たされているのは
僕と同じはず。というより、何でそんなにニコニコしていられるんだ、君は?

240 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/05/05(土) 23:56:44 ID:ZwzDwLr8
咀嚼するというより、丸呑みにしたという形で、なんとか朝食を食べ終えた僕は自転車にまたがる。
理沙もちょうど同じタイミングで後ろの荷台に乗ったようだ。
普通に考えれば、二人乗りはまずいことだろうが、状況が状況だ。致し方ない。
いや、それ以前に、理沙は自分の自転車はどうしたのか?って、まあいいか。

なけなしの体力を使って、閑静な住宅地を疾風のように走りぬけ、駅前の雑踏も間隙を縫うようにして突破し、再び住宅地を韋駄天のように駆け抜ける。途中で罵声を浴びたような気がしたが、馬耳東風。
理沙が振り落とされないように僕にしがみついて、さりげなくどこが密着していようとも、どこ吹く風。
さあ、急げ急げ急げ!
校舎に取り付けられた時計の針は既に八時五十八分を指している。
校門を通過した後、仕上げに大きな孤を描いてカーブし、自転車を置き場に停める。

妹の理沙はこんな切羽詰まった状況にもかかわらず、西へ東への自転車曲芸を楽しんでいたようだ。
「じゃ、理沙また後で。こっちはかなりまずいから急ぐからね。」
「また後でね、お兄ちゃん。」
彼女は教室が一階にあるからか、歩いてすらいるようだ。それに引き換え、こっちは四階だ。時計は九時三十秒前。
南無三だが、乾坤一擲、余力を残すことなく、心臓破りの階段を駆け上がった。

ガラガラという扉を開く音。
そこに先生はいなかった、などということも無く、担任の田並先生が堂々とおわっしゃった。
クラスメイトの視線がこちらと田並先生とに向けられる。
僕が教室に入ってきたのを確認すると、時計を見て、
「おい、松本、九時一分三十八秒だぞ。一分半オーバーだ。残念ながら、遅刻だな!」
クラス内は賭けに敗れてがっかりするもの、ニヤニヤしているもの、ああだこうだと雑談しているもの、様々だ。が、例によって燃料がある以上ざわざわと騒がしくなってきた。
しかしすぐに
「シャーラップ!」
という、田並先生の十八番で潮が引いていくように静かになった。

241 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/05/05(土) 23:57:23 ID:ZwzDwLr8
田並先生の授業は数学なので自分は得意なので、さっさと定位置に着き、テキストとノートを出した。
さっきみたいにクラスががやがやと落ち着かないときも、隣に座っている北方さんは、
我関せず、とでもいう感じだ。
彼女から必要に感じない話題で誰かに話しかけるということもそうそう無く、それゆえ相手からも敬遠されるのは仕方ないが、ああまで感情を表に出さず、年齢不相応に自分を確立している彼女に驚きを禁じえない。

彼女について考えることは今まで無かったのだが、思ったよりも身近なところに
驚きというものは存在しているものだと感心してしまう。
おお、いかんいかん。授業が上の空になってしまったではないか。

「この問題は今の解法の応用で簡単に解ける。というわけで、松本、おまえ解け。汚名返上だ!」
な、なんだってー!
予習復習をせずに授業に望むこと幾星霜。肝心の授業を聞いてもいないのに、それを解けるわけもない。
「はい、分かりません。」
クラスが僕の即答にどっと沸く。
「とか何とか言って、解けるはずだろ?早く解いたどうだね?」
冗談だと思ったらしく、先生も半ば冗談めかして返してくる。
いかん。手も足も出ない。

すると、唐突に隣に座っていた北方さんが、ツカツカと黒板の前に歩み出て行って、サラサラと問題を解き始めた。
腰まであろうかという瀬戸黒のつややかな髪が、細長く華奢な四肢が、抜けるような肌の白さが、
自然と僕の目を引いた。
って、何なんでしょうかね、今日の僕は実にだらしない。
北方さんはごくごく当たり前のことのように、そう流れる水が如く、無駄が無い解き方をして、
チョークを置くとまた静かに自分の席に戻っていった。
おお、クールだな。


242 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/05/05(土) 23:58:00 ID:ZwzDwLr8
あまりにも突然に、思いもよらぬ人が思いもよらぬ行動をしたので、皆、呆気に取られて静まり返っている。
先生が気をとりなおして、「正解です。」と、いかにもとってつけたように言うが、全員無視。
おお、助かったな。危機一髪で棚から落ちた皿を全て割らずにすんだ、そんな感じだな。
なんて、人事のように納得していると、こちらに視線をあわせてきた北方さんがクスリと笑っていた。
なんだか、別の意味で怖かったぞ。借りができた、とかそんな事を考えているような、そんな感じ。

それから空中分解しまくって、訳が分からなくなった数学の授業が終わり、午前の日課、四時間は
読んでいるラノベの内容を反芻したり、アニメ版の内容と比較するという激務に費やすとあっという間に終わった。
そうすると、昼休みだ。うちの学校は掃除がないという殊勝な環境なので、
四十分間まるまる遊んでいるなり、食事をするなりすることができるのだ。
そういえば、理沙は遅刻しなかったのだろうか?まあ、何とかなっているだろうが。

帰ったら何をするものか、などと寝そべりながら考えていると、
隣の北方さんが机の上板をトントンと軽く叩いた。
「松本君、お昼、暇かしら?」
「まあ、見ての通り手持ち無沙汰ですが。」
いやはや、彼女としては普通に話しているのだろうが、なんだか気迫に押されているぞ、俺。
「・・・そう、それなら私とお昼食べない?もちろん、無理強いはしないわ。」
言葉は遠慮している内容であるが、能面とでもいうべき無表情が有無を言わせない気迫を醸し出している。
「ではご相伴させてもらいましょう。」
あれ、何で敬語?声は裏返らなかったが。

四限目が終わってからも教室でのろのろとしていたせいで、学食へ向かう人の波に乗り遅れたので、
席は十中八九取れないということが想像できたので、屋上で風に吹かれながら昼食を食べることにした。
とは言ったものの、食費すらゲームやラノベに使い込んで、エンゲル係数が大暴走している僕は断食することにした。
学食で何も買わずに屋上に上っていったので、北方さんはこちらを少し怪訝そうな顔で見ていたが、気にしない。

243 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/05/05(土) 23:58:38 ID:ZwzDwLr8
屋上は本来、開放禁止になっているのだが、鍵がかけられていないので拘束力はないに等しい。
屋上の扉を開くと、柔らかな風を頬に感じた。
こんなに心地よいにもかかわらず、今日は先客はいないようでした。
いやはや、眺めの良い屋上でこうやって風に吹かれながら、というのもなかなか風流なものだ。
用意周到な北方さんはビニールシートを鞄から取り出し、手際よく広げそこに慎ましやかに座り、
僕にも座るように促してきた。
屋上から何を考えるでもなく、新緑を眺めていると、僕の目の前で北方さんはサンドイッチとサラダを広げだした。

クスクスと笑いながら、
「食べるものがないなら、これを一緒に食べましょう。」
と言って、割り箸を渡してきた。
月の半ば位から、昼食に食べるものが無いのが当たり前なこちらとしては、何よりありがたいものだ。
そして何よりもサンドイッチは僕の大好物なんですよ、これが。
「おお、ありがたやありがたや。」
「ふふ、金欠なのは分かるけど、ほどほどにしないと体調を崩すわよ。」
さっき機嫌を損ねたかと気になったけれども、そうでないようで少し安心した。

サンドイッチに舌鼓を打つ。
このサンドイッチの味付けはなかなか大したもので、買った出来合いのものとは一味違った。
実際、北方さんは学食でこのサンドイッチを買ったわけではないから、彼女の家の誰かが作ったのだろう。
「このサンドイッチ、誰が作ったの?北方さん?」
「ええ、それは私が作ったわ。味に自信はないのだけれど、どうだったかしら?」
「とてもおいしくできたと思うよ。」
すると、昨日彼女の家で見たような自然で嬉しそうな表情をしていた。


244 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/05/05(土) 23:59:16 ID:ZwzDwLr8
そんな感じで楽しく雑談しながら昼食を取っていたのだが、数分後―。
「あれ、お兄ちゃんこんなところでどうしたの?」
「理沙、理沙こそ屋上に何か用でも?」
「うん、食堂が人で一杯だったから、屋上で食べようと思って。」
「なるほど、この時期の屋上は風が心地よいから、いい選択だな。」
「そうだね。お兄ちゃんこそどうしたの?私はお兄ちゃんと一緒に食べられるからうれしいんだけどね。」
「え、まあ・・・」
さすがに、飯の代金を使ってしまい何も食べられなくて、彼女に恵んでもらっている、とは言えないだろう。

ふと、横を見ると北方さんの表情は先程までのにこやかなそれとは、一変しており、いつものポーカーフェイスだった。
しかし、それにはわずかながら険があるように感じられた。
僕は何故、表情が激変したのか理解できずにいる。
理沙のほうも心なしか、表情を曇らせている。北方さんを意識しているのだろうか。
面識が無いはずの二人だから、まあ意識するのは当たり前なのだろうが、
そういった意識する、とは違ったより不穏な空気であるともとれなくはない。
まあ考えすぎか。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんと一緒に居る人は何?」
理沙の声から温かみが感じられない。僕が誰か他の女の子といることを快く思っていないのだろう。
僕がどうしたものかと対応に困っていると、北方さんは理沙に向き直り、淡々と自己紹介を理沙にし始めた。

北方さんが自己紹介を終わらせると、理沙はふてくされたような声で口を開いた。
「ふーん、なるほど、北方先輩はお兄ちゃんのクラスメイトなんだ。
でも、普通のクラスメイトなら、それだけの理由で相手が異性なのに一緒に食事をするかな?」
「別にいいじゃないかしら?松本君、今日は昼食の準備してきてなかったみたいだし、私、小食だから彼に分けてあげてた、ただそれだけだわ。」
それとも迷惑だったかしら?と静かにこちらに切れ長な目を向ける。
「え、あ、まあ、そりゃ助かったよ。」
「どういたしまして。」
するとすぐに表情を崩し、ニコリと微笑みかけてきた。
が、それが気に障ったらしく、横でそれを見ていた理沙は舌打ちをはばからずにした。

245 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/05/06(日) 00:00:28 ID:ZwzDwLr8
「お兄ちゃん。お金がないなら私に言ってよね。」
半ばふてくされた感じでそう言い出した。
「もし、そうしてくれれば、お兄ちゃんの分の昼食も作ってあげるからね。」
「私はね、お兄ちゃんのためなら努力は惜しまないよ。」
今度はどんなことを言い出すか、と身構えていたので、かえって拍子抜けしてしまった。
「あ、ああどうもありがとう。」
「お兄ちゃん、私、少し感情的になりすぎてたみたい。ごめんなさい。
北方先輩もお兄ちゃんに良かれと思ってしてくれたはずなのに、それを無にするようなことをしてごめんなさい。
私のことを許してくれる、北方先輩?」
北方さんは無言のまま、険のある目で理沙をみていたが、
その理沙はすぐに昼食を取らずに階段を降りていってしまった。

今日の昼食は成功だった、一部を除けばの話ではあるが。
というのも、私が作ってきたサンドイッチとサラダをあんなにもおいしそうに彼が食べてくれたから。
昨日の事であまり和食が好きではないのか、と思ったので私自身作ったことがないものだけれども、
サンドイッチを作ってみた。本来、私は薄味が好みなのだけれど、
彼の口に合うように少し調味料の量を多めにしてみた。
私は松本君はよほどおなかが空いていたのか、サンドイッチを受け取るとすぐに食べだした。
そんな彼の子供らしい所も私は好きだ。そんな無邪気な仕草や表情全てが私を和ませる。
反応が気になった私は松本君に気づかれないようにチラチラと視線を向けていたのだが、
彼は静かに黙々と食べ続けていた。
もしかしたら、慣れないことをして帰って不味いものを作ってしまったかもしれないという疑問がよぎった。
もしそうだとすれば、私は愚かなミスを二回も連続で繰り返すことになる。

『とてもおいしくできたと思うよ。』

その一言を聞けたときはそれが夢か何かのように感じられた。でも、それが夢であろうはずも無く、
現実のものとして半永久的に続くかのように喜びを噛み締めていた。


246 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/05/06(日) 00:01:16 ID:V1BKRB24
彼はこの時期になると趣味にお金を使いすぎて食事に手が回らなくなる。
それは既に調査済みだったので、当然彼に昼食を食べさせないで、空腹に飢えさせるなんてするはずがない。
これからもあなただけの為にお弁当を作ってあげたい。
私以外の食事は彼にとっても私にとっても信用できないものだから。
そうよね、松本君?
だから、普通の出来合いの食事ならまだしも、あんな子の作る汚染しかなさないゴミなんかを
摂らせるわけにはいかない。
いずれ彼の食生活についても探りを入れなければならないだろう。

それにしてもあの子、理沙と名乗った害毒。
私が松本君と楽しく食事しているにもかかわらず、無礼にもいきなり割り込んできて、
空気を乱すだけ乱していって、さっさと去っていく。
しかも狡猾にも形だけ謝って自分が折れてあげた、みたいな形にしてしまった。

悪いことをしたものはそれなりの罰を受けるのが当たり前なのに、それすらも臆面も無く逃れようとする。
なんという子だろう。さすがは厚顔無恥なパラサイトだ、というところかしら。
害毒がどうして普通に生活していけるのか、と奇怪に感じるが、これがいわゆる憎まれっ子世にはばかる、だろうか。

昨日の彼の痛々しいまでの話を聞いて、私が予想したレベルをはるかに上回るものであった。
あんな子が近くにいれば、松本君の苦痛は尋常じゃないだろう。
昨日も夜寝るときですら、松本君がどんな思いで針のむしろにいるだろうか、と気が気ではなかった。
それにしても、かわいそうなのは松本君。
でも、大丈夫。私の傍にいるときは、私はあなたにとってのオアシスになるのだから。
乾いた心を潤し、病や穢れを取り払う禊(みそぎ)のためのオアシスの水―。
彼が今まで私のオアシスだった、だから私も彼にとってのオアシスとなる、なんとすばらしいのだろう。
もっと彼に接近し病状を把握することが火急となる。


247 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/05/06(日) 00:02:01 ID:ZwzDwLr8
「松本君?」
「北方さん、本当にうちの妹が失礼しました。もしかして、機嫌を悪くした?」
「大丈夫よ。さして気にしていないから。」
自分が悪いわけでもないのに、愚かな害毒のために謝って、それどころか、
こんな私の心配までしてくれるなんて、本当に松本君は優しい人、それだけで私は目頭が熱くなってきた。
しかし、このタイミングで泣いてしまっては松本君の優しさを無にしてしまうので、本題に入った。
「連続で悪いけれども、今日も放課後に私の家に来てくれないかしら?」
「あ、はい。」
「承諾してくれてうれしいわ。今日は茶菓子は洋菓子にしておくわね。」
「わざわざどうも。」
せっかく松本君に私の家に来ていただくのだから、喜んでもらいたい。
下調べが十分ではなかったから、害毒の友人に聞き込ませて、午前中に調べをつけておいた。
あの害毒を伝って流れてきた情報を使って、彼をもてなすことは非常に不本意な事だけれども仕方ない。
松本君にとって、が一番なのであって、私がどう感じるか、はそれと比べられるものではないのだから。



248 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/06(日) 00:04:03 ID:V1BKRB24
黄金週間に仕事があってなかなか投下できませんでしたが、第三話です。
文章を書くのって難しいですね。
読んでいただければ幸いです。

249 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/06(日) 00:30:34 ID:s43fBmBF
>>248
GJ!

250 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/06(日) 01:35:16 ID:/UWQrl+n
>>238
安心しろ。このスレをのぞいている奴らは全員が変り種ばかりだ。気にせず投下したまえ。

>>248
クールな同級生といっしょに食べるサンドイッチはきっとおいしいんだろうな。
俺なんかこの連休中ずっとラーメンばかりだってのに……松本君がうらやましいぜ!

251 名前:名無しさん@ピンキー[] 投稿日:2007/05/06(日) 01:48:05 ID:7Ksu412+
ヤンデレって精神が病ってるのだけ?
前、四肢がないおにゃのこの面倒みる(OR 遊ぶ)てアンソロが
あったと聞いて気になたのですが。

四肢なし、かつお嬢様OR女王様タイプにグリングりんひかれるんですが
いかが。

252 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/06(日) 02:22:33 ID:oQSwmyE2
>>251もしかして修羅場スレのSS「うじひめっ!」では?
暇と興味があるなら、修羅場スレのまとめサイトから探してみるのも一興。

253 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/06(日) 03:16:11 ID:7Ksu412+
ありがとごぜえますだ252の方。
なんかよさげですね。いやマジでありがとうございます。

ついでなんであといくつか気になたネタ思いついたネタ書いてみまふ。

ちょこちょこ見たのが、未来な舞台設定で人間を美食として食べちゃおうぜ
そのための牧場作ろうぜなお話。藤子Fフジオの短編とか、
家畜人ヤプーとか、今日本屋行ったらそんな本があって、
確かに興味深い設定だなあとおもたり。
本心から「どうぞお食べください(ハアト)」なこと言ってたら
ある意味ヤンかも。萌えるかは知らんけんど。
食っても食っても再生するんならコメディーで、
その場限りの消耗品として食われて終わるんならディープな話になるか。
考えてみたら食卓にはたくさんたくさん死体が並んでるんだにゃあ・・・。

254 名前: ◆WBRXcNtpf. [sage] 投稿日:2007/05/06(日) 03:32:42 ID:srHqALGf
>>250
安心しろ。
俺なんて前半ポカリと水だけ
現在入院して点滴だけだぜ。体重4k落ちたしな。

255 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/06(日) 03:36:15 ID:7Ksu412+
あと、壊れた部分と正常な部分がまだら模様に混在してるのが
かなり怖い。

すごいまともで明るい、美人な人の服脱がせたら常軌を逸した傷が
あるとかね。
「ちょっと驚かせちゃった?ごめんねー、ストレスでエスカレート
しちゃってさあ。
やっぱ無理がたまっちゃうんだわー、どうしても。」

「今は便利だよー、おくすり一発でハッピーで愉快になれるんだ。
医学っていいもんだね。」

「あんなに一生懸命アプローチしてきたんだからさあ、逃げたりなんか、
しないよね?
やっぱりあたしだって寂しいからさあ、あなたはあたしに
付き合ってくれるよね?」
そんなこと言って両手で頬を挟んできてにっこり笑われた日には
あばばばばなんですがどうっすか?

256 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/06(日) 04:02:55 ID:JvMYnfQp
>>255
そして家に帰ったら出迎えた妹に感づかれて、翌日目覚めたらベッドに拘束されたうえなんか朦朧として動けないわけだ。

「すぐわかった。
あたし以外の血のにおいがした。雌豚の、腐った悪血のにおい」

「薬? それがどうしたの? そんなのあたしも持ってるんだから。
いつもいつも、自分を抑えきれなくなったり、
思ってることを言えなくてつらかったり悲しかったりしちゃったり、
兄貴にちょっかい出してきた他の女の子を殺したいほど憎くなったり、
そういうときに使うの」

「でもこういう使い方もあるんだね。
もっとはやくこうすればよかった……なんで今までためらってたんだろ?
うっ、うひひ、はははっ、あははははははははははははははははははは」

257 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/06(日) 04:03:18 ID:7Ksu412+
逆に、
タバコやらアルコールやら薬物ガンガンに摂取して、
ご飯たべないから骨に脂肪貼っつけたみたいになって、
でも目と髪だけはしっかりしてるのとか。
トロンとした表情の奥で鋭くこっちを見ている。
頬杖をつきつつ、気だるそうにコーヒーを混ぜながらも
こっちの顔から視線を外さない。

「あんたが何であたしにちょっかいだすのかが、
よく分かんないんだよねえ・・・。
トリガラな体が趣味とか?ビョーキなのが好みとか?」

「いや、いーけどさ・・・。あたし、飽きんの速えぜ?
鬱陶しくなったら容赦なく切るし。
あー、でもそっか、何回か食ってみるだけ、ってのなら
お互いちょうどいいかもね。」

「いやあ、別に否定はしないよ。蓼食う虫も好き好き、だっけか」
「虫って言うな」
「虫だよ。蓼食べんのは虫だ。」

みたいなの。

258 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/06(日) 04:33:17 ID:7Ksu412+
>>256
個人的にはそこで彼女がヘルプにやってきた→取り押さえて
「この子さあ、いらなくない?」

「甘やかすから勘違いするんだよー。いけないよ、変に希望もたせたら。」

「いい?あれ(主人公)はあたしの。あんた(妹)はどうあがいたって
手に入れられないの。絶対に。絶対に。何しても、無駄、なの。」
「---ちがうもんっ兄貴はずっと前からあたしのだもんっ
これからもずっと」
ガッッ、と摑んだ頭をフローリングの床にたたきつけて耳をつまんだ。
「あってもなくても一緒みたいだね、これ。とっちゃおっか。
それとも頭の方に問題があるのかな?あっははあ、大変だあ。
頭も顔も体もなにもかも不細工なんじゃあ、いいことなんて
ひとっつもないねー。
死んどいたら?」

→KOされた妹を置いといてとりあえず外へ

みたいなのが。
そうか、妹ですか。その発想は自分になかたですわ。
興がのってきたんでちょと続けてみます。
ぶつぎりな上完結もへったくれもなさそなルール違反とは
存じておりますが、ちょっとやらせて。

259 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/06(日) 05:02:19 ID:7Ksu412+
>>258の続き。
彼女はごっつ腕力あるということで。

「あれだね、なんか。」
「なにがですか」
「他人に暴力ふるうのは、案外楽しいね。」
そっちですか。
「あとね、タメ口でいいよ。」「ああ、・・・はい。」
「タメ口がいいな。」「ああ、ええと、じゃあ、分かr・・・・・・った。」
「ありがと。」
電灯の薄明かりのなか、川沿いをゆっくり歩いた。
月も出ていて、そんななかを恋人と並んで歩くというのは
割とロマンチックだった。
同時に、自分の家族に血を見させた人と並んで歩いているので
かなり怖かった。
「悪かったね。その、妹さんに、怪我させて。」
「・・・まあ、そうでs---だね。」
危ねえ、敬語つかいそになった。
「もう、しな・・・・・するなよ?」
「うーん・・・」
ふ、と歩みを止めた。
「・・・何だよ。」
「それなんだけどさあ・・・。
あの子、次あんたとあったら、かなり馬鹿なことすると思うんだ。
「あいつとあたしと、どっちとるの!」みたいなこと喚いて。」
「そう・・・かな。」
「まず間違いなくね。」

260 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/06(日) 05:17:53 ID:7Ksu412+
「だから、あたしが先に聞いとくわ。
---------どっち取るの?」
今気づいた。僕の後ろって川だ。
・・・付き合いだした初日からこれですか。
「・・・妹には悪いけど、まあ、・・・」
「・・・そっか。」
あれ。なんで笑うなりなんなりしないんだ?
「・・・やっぱり、妹には悪い、って思うんだね・・・。」
「・・・・・・・・・」
一転して、にかっ、と笑った。
「まあ義理堅いのは好きだ。よしとしよう。」

「で、さ。さっきも言った通り、あたしは目覚めちゃったわけで。
それには相手がいるわけで。」
「・・・・・・えーっと・・・・・・」
にっこりと、笑われた。
なんか、選択権はないらしい。

261 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/06(日) 14:02:21 ID:LpBIOaw7
>>254ちょwwwひょっとして飲みすぎか?w
>>260そーいえばヤンデレをヤンキーのデレと誤解される事が多々あるが
それに近いものを感じるな
ただこの設定はちゃんとしたSSに出来れば立派なヤンデレとして萌えられるような希ガス

262 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/06(日) 23:30:15 ID:JvMYnfQp
>>260
続きを書いてみる

「じゃ、あの子にきっちり引導渡さないとね。あたしが」
「……今からか?」
「今以外無いでしょ……だいいち、あんた家帰るのにどうすんの」
そういえば忘れてたけど、たしかにこのまま帰ったらまた監禁されるだろう。
というか忘れてたのは眼前にある死の気配のせいなんだが。
「ふん、さ、行くわよ」
彼女はそう言って、上機嫌に腕を振り上げ歩き出した。
ところで、彼女がさっき妙にぎらつく何かをポケットに隠したのが見えたんだ。あらためて、背後の川の流れが意識された。失血しながら水底に沈むのは、きっと寒かろう。
鼻歌でも歌っていそうな背中について歩く途中で、救急車とすれ違った。けたたましいサイレンと、鮮やかな赤い光が、本当にうれしそうな彼女の横顔を演出する。
俺を運んでくれ。

263 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/06(日) 23:48:26 ID:JvMYnfQp
家にたどり着いたら、開けっ放しの玄関と、その前にできていた人だかりが俺達を出迎えた。
人だかりのほとんどは見も知らぬ野次馬だったが、何人かは知っている顔があった。
そのうちの一人である近所のおばさんが、俺を見つけるや駆け寄ってきて、
何事か説明しようとしたけれど、すっかり動転してしまっていて要領を得ない。
応対をしている間に、腹の中から焦りが浮かび上がってきた。
家には妹しかいなかったはずだ。
開けっ放しの玄関、妹はここにいない。
すれちがった救急車。
ついさっき、家を出たときの妹はどんな様子だった?

「なんかたいへんねえ」
まったくどうでもよさそうな彼女の声が、遠くから響く。
焦りがいらつきにかわる……

いらだちのままに、振り向いて怒鳴りつけようとしたところで、誰かに肩をつかまれた。
反射的に振り払う――と、次の瞬間にはなぜか地面に引き倒されていた。
なんだこれ、柔道か?
ただでさえ薬の影響がまだ残っていて、体は思うように動かないのだけど、
いよいよ本格的に動かせない。動くのは首だけだ。
頭上からじっとりとした声が降ってくる。
「お兄さんだね。ちょっと署まで来てもらえないかな。
君に訊きたいことがあってね」

264 名前:263[sage] 投稿日:2007/05/07(月) 00:21:22 ID:2ypMhyqd
ここまで

265 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/07(月) 03:35:23 ID:fPsBJ6lz
ヤンデレをつい最近まで
「ヤンキー女がショタっ子相手にデレデレする」
と勘違いしてた


266 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/07(月) 04:26:41 ID:B2q6YLb/
ショタの意味が分からん

267 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/07(月) 14:13:03 ID:C0lzdI6j
なんで微妙に細かいんだよw

268 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/07(月) 15:42:23 ID:fPsBJ6lz
>>266
えっ? ほら、ヤンキー女がショタ相手に
「可愛い顔してるのに、必死に勃起させて、馬鹿みたい///」
とか萌えるじゃん

269 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/07(月) 16:18:42 ID:UOCLHOoX
気持ちは痛いほどよく分かるがそれはおかしい

270 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/07(月) 16:37:03 ID:SOE7mY/J
>>268
ヤンキー女ほどの高攻撃力ならスペック高めの男子に
絡ませたほうが面白い。

271 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/07(月) 17:12:19 ID:Ym4gvKpd
保管庫更新が来たァ! 管理人様、超乙!

272 名前:上書き ◆kNPkZ2h.ro [sage] 投稿日:2007/05/08(火) 00:16:08 ID:l1rWfINJ
久しぶりです。「上書き」投下します。若干長いです。

273 名前:上書き ◆kNPkZ2h.ro [sage] 投稿日:2007/05/08(火) 00:17:09 ID:l1rWfINJ
「眼鏡……?」
困惑した俺の口から漏れたのは、何とも間の抜けた言葉だった。
目の前で自分の眼鏡を情け容赦なく踏みつけてみせた島村を前に、俺は驚きを隠すこと
ができなかった。島村の足元に目をやると、踏み潰された眼鏡は最早原型を留めておらず
様々な部分が拉げた状態で地面に横たわっていた。
その無残な最期を尻目に、俺は再び島村に目をやる。艶かしく濡れた瞳が俺のことだけ
を真っ直ぐ見つめてくる。決して大きくない眼を無理矢理開かせている様を見ていると、
まるでその眼球の中に自分が束縛されているような錯覚に陥りそうになる。きっとそんな
ことを考えてしまうのは、女子トイレから出てきたことを脅迫文句にして結構な仕打ちを
受けてきたという肉体の本能的察知と、島村が俺のことを好きだという事実――そして、
島村がたった今発した言葉が原因なんだと思う。
俺は今とてつもなく不吉な想像をしている。俺が島村に”想いを捨てろ”という要求を
突きつけた後から、島村の様子は若干おかしくなっていた。行き所を失った視線を泳がせ
ながら、大切な玩具を取り上げられた子供のような絶望感漂う表情で、主人に捨てられた
子犬を思わせる震えた声で俺に必死に縋りつこうとしていた。
そして俺が完全な拒絶を示した後の突然の奇行と言動――それらが示す答えは一つだ。

――島村は俺のことを諦めていない。

もし、島村が俺の”好意を持つなら友達としても付き合わない”という言葉の対象を、
『島村由紀』という人物一人だという風に考え、そこから脱却すれば俺からの愛を受ける
資格を得られると勘違いしてしまっているとしたら俺は最悪のミスを犯したことになる。
こんな常識では考えられないことを可能性として思いつくことができるのは、俺自身が
島村に翻弄されて狂っていった加奈と触れ合ったからだ。島村が加奈を『上書き』以外で
初めて狂気へと至らしめたからだ。つまり単純に物事をより受け入れやすくなったのだ。
奇しくも俺はそのことによって加奈との愛を再確認し見直す機会を得られた。だから、
島村の想いを拒絶したのだ。加奈が一番だということを教えてくれた島村に感謝し、これ
以上傷付けない為の最良の道を選んだはずだ。
しかし、結果的に島村は今虚ろな目で気持ち悪いくらいの笑顔を浮かべている。これは
完全に俺の誤算だった。俺は、島村の想いのほどを軽視していた。俺の加奈への愛がどれ
ほど大きいのか伝えれば諦めてくれると思っていた。普通他の人のことを絶対的に好きで
いる人間を好きでいられる人間なんていないと高を括っていた。
島村はこの恋愛が『略奪愛』だと言っていたじゃないか。それは、たとえどんなに意中
の人間が他の者を好いていようとも奪ってみせるという絶対揺らぐことのない決意の表れ
ではないか。そこまでわかっていたなら、島村がどんな手を使おうとも俺を手に入れよう
とするなんてことは容易に想像できたはずだ。その手段が、”意中の相手が好きな相手に
なる”という単純且つ純真なものであったとしてもだ。
「用事が増えましたので今日は帰りますね、誠人くん」
固定した視線をそのまま、島村はそう言い残すと俺たちに近付いてくる。
「帰るって、これから授業が……」
「取るに足らないことです」
俺の言葉を遮り、島村は俺の横を通り過ぎると同時に視線を前に向けた。島村の足音が
俺の耳に鎖の金属音のように不気味に響き渡る中、俺は必死に何か言葉を紡ごうとした。
ここで何か言わなくては取り返しのつかないことになるという根拠のない想像が、脳裏を
過ぎったのだ。
だが、俺は言葉を発することはおろか、振り向くことすらできなかった。冷汗が体中を
濡らし、足が地面に貼りついたように動いてくれない。最早自分の意志の範疇を超えた、
本能レベルの危険察知に俺はただ怖気づいていた。振り向いた時、島村は一体どんな表情
をしているのか、知るのが怖かった。
俺が振り向くことは加奈を裏切ることに繋がるんだと自己正当化の論理を組み立ててる
最中、後ろから声が聞こえた。
「これから少しだけいなくなりますが、どうか寂しがらないで下さいね?」
言い聞かせるような柔らかい声が耳に入る。その声を聞いて、俺ははっきりと震えた。
島村の言葉の真意はわからなかったが、何か起こることは明白で、その”何か”に俺は
かつてない恐怖を感じていた。こんな時になっても何も言えない臆病な自分を心中で罵り
つつ足音が完全に消えるのを確認する。
――そして体育館裏に再び静寂が訪れた。

274 名前:上書き ◆kNPkZ2h.ro [sage] 投稿日:2007/05/08(火) 00:18:33 ID:l1rWfINJ
島村が立ち去ったことがはっきりわかった後でも俺は指先一つ動かせなかった。体が俺
の意志を無視して膠着を守っている。きっと金縛りとはこんな感覚のことだろうと思う。
自分の安全が表面上は約束されているはずなのに、”見えない何か”によってその自由が
理不尽に奪われている状態。それは非常に居心地が悪い。すぐ近くに見えるはずの景色に
いつまで経っても届かない時のような歯痒い気分と、可能なはずのことができない孤独に
似た恐怖が俺の背筋を擽った。
「誠人くん……?」
加奈の心配そうな声で俺はようやく我に帰る。結構長い時間立ち尽くしていたようだ。
さっきまで自分がいかに情けない表情で不安に息を荒げていたのか考えるとかなり恥ず
かしくなったのだ、俺は慌てて加奈へと目線を向け笑顔を取繕う。どんなことよりもまず
最優先にしなければならないのは、”加奈が笑顔でいる”ということだ。俺はこんな不安
な表情を加奈にさせたいと思うほど加虐的な趣味は持ち合わせていない。
大体俺は島村を傷付けてまで加奈との幸せを選んだのというに、加奈までが暗雲を垂れ
込ましているのでは今までの決意が全て無意味なものになってしまう。島村の動向は気に
なるが、今すべきことは決まっている。
「大丈夫だ」
俺は加奈の小さな肩を抱き寄せながら言う。それは加奈へだけではなく、自分自身にも
言い聞かせる為の言葉だ。
島村はこれから十中八九何か仕掛けてくる。絶対だと思っていいだろう。それは確実に
俺と加奈にとってプラスなことではないことは明白。もしかしたら今までよりはっきりと
した形で俺たちの関係を壊しに掛かってくるかもしれない。そうなったら、歯止めをした
加奈には何もできない。俺がしなければならない。
そこでようやく俺はもう一つミスをしてしまったことに気付いた。
さっき島村がまだ俺のことを諦めないというニュアンスを含ませた発言をした時、俺は
どうしてその時点で島村を強く拒絶しなかったのだろうか? 島村が俺たちの関係を壊す
と宣言したも同じだと理解しておきながら、何故はっきりと「お前との関係は終わり」と
言うことができなかったのだろうか? 答えはわかりきっている。
単純に、押しが弱かっただけのことだ。
正直なところ俺は誰も傷付けたくなかった。それは相手を思い遣っているからだという
のが半分と、俺が罪悪感から逃げたいからという自分本位な勝手な欲望が半分だ。何とか
後者の感情を振り払ってまで俺は島村に胸中を告げたつもりでいたが、振り払ってなんか
いなかった。そんな風に思っていたのは俺の自己満足でしかなかった。
結局俺は半端な想いが相手を傷付けることを知っておきながら自分の精神の保守を優先
してしまったのではないだろうか?
「大丈夫だから……」
俺は下降気味になっていた思考に軌道修正を図る。こんな後の祭り的なこと考えること
には寸分の意味もない。過去の失敗は取り返すことができない。俺がどういった心持ちで
島村への対応をしたのか今ではもうわからないが、そんなことは関係ない。
重要なのは、島村にまだ期待を持たせてしまっているという結果だ。
島村がまだ俺のことを諦めていない、しかももしかしたら島村自身がやってはいけない
選択をしようとしているという事態は防がなければならない。島村が何をしたとしても、
俺が島村を異性として好きになることはありえない。だから、島村がいかなる努力をした
としてもその先に待ち受ける未来は『失恋』しかありえない。そのことよって傷付く程度
をこれ以上肥大化させない為に俺はこの道を選んだ。それは正しい選択だ。
そして、俺の独り善がりで曲げていいものじゃない。
「チャイム、鳴ったな……。行こうか、加奈」
始業を告げる鐘の音が校内に響き渡る。加奈にそう告げると、加奈は笑ってくれた。
俺も、偽りの笑顔で場を丸く収めつつ、体育館裏を後にする。大丈夫と何度も何度も、
言い聞かせながら。



その後、島村はしばらく学校に姿を現さなかった。
前の席にいつもいたはずの奴がいないのは妙に違和感あることで、俺は全く授業に集中
できなかった。日常とは違う光景に気持ち悪い新鮮感を覚えたというのもあるが、やはり
その一番の原因は俺がまだ島村との関係を決別していないところにあると思う。勘違いを
続けている島村が俺の見えないところで何をしているのか、不安にならないはずがない。
俺は早く決着をつける為に島村が学校に来てくれることを願い続けた。

そしてあの日から二週間後、島村由紀はやってきた。

275 名前:上書き ◆kNPkZ2h.ro [sage] 投稿日:2007/05/08(火) 00:19:56 ID:l1rWfINJ
「すみません、遅れました」
”そいつ”は前触れもなしに突然やって来た。日本史の授業中に俺が睡眠魔法にやられ
かけ意識を手放そうとしていた時、控え目な声を発しつつ勢いよく教室のドアを開けた。
ドアの開く音にその声はかき消され気味だったが、俺には一体誰が入ってきたのか一発
でわかった。やっと会えると思い、俺は意気揚々と視線を声のした方向に向けた。
その瞬間、絶句したのは俺だけではなかった。
会話で騒がしく最早授業と言えるような空気ではなかった教室内が一瞬で静まった。俺
を含めた誰もが”そいつ”にそれぞれの思惑を乗せた視線を送っている。それは俺たちに
催眠術をかけていた日本史教師も例外ではなく、今にも壊れそうなボロい眼鏡をしきりに
動かしながら、”そいつ”のことを凝視している。
「失礼ですが、君はどこの生徒ですか?」
教師は言葉の通り失礼極まりないことを”そいつ”に尋ねた。だが、誰も教師のことを
咎めることはしないし、することもできないだろう。だって、それは教室内の生徒全員が
抱いている疑問だと思うから。
”そいつ”は別段驚いた素振りを見せることもなく、視聴者に無料スマイルをばら撒く
アイドルのように不敵な笑みを浮かべながら答えた。
「一年B組18番、島村由紀です」
その言葉に誰もが驚いた。静寂を保っていたはずの教室は瞬間騒然となる。こっそりと
話そうという配慮もなくお構いなしに近くにいる騒ぎ合っている、俺を除いて。
当然だと思う。これは俺の想像だが、クラスメートが持っていた『島村由紀』に対する
イメージは、”眼鏡を掛けた沈黙キャラ”くらいのものだ。近くにいて愉快に思うことは
ないし、不快に思うこともない。どこのクラスにでも一人はいる、おまけ的存在。
それが今自ら『島村由紀』だと名乗った目の前の女はどうだ。
特徴的な大きな眼鏡は跡形もなく消え、若干ミステリアスな雰囲気を醸し出していたと
思う長い前髪も適度な長さに切り揃えられている。顔もちゃんと化粧が施されている。
そして何より俺が恐怖を感じたのは――腰まで垂れ下がっている黒い長髪と、明らかに
小さくなった胸だ。
二週間前に俺が見た島村の髪は肩に掛かるか否か程度の短髪だった。それがこの短期間
でこんなに長くなるなんて絶対にあり得ない。それに胸だってそうだ。別に意識して島村
の胸を見ていた訳ではないが、その変化は簡単に察知できる。人並、というかそれ以上は
あったと思われた胸が貧乳と言ってしまっていいほどの大きさになっている。ギャグでも
冗談でもなく、本当にそうなっている。島村が今までブラジャーにパットでも入れていた
ならそれを抜いただけと解釈していいのだが、突然取る理由もないし、それについ前まで
化粧を全くしていなかったような女が見栄を張って胸を大きく見せたいと思うともとても
考えられない。髪の方は付け毛なんだろうけど、胸は一体どういうことだ?
俺が思考の旅に彷徨っている最中、島村は悠々と自分の席――俺の席の前まで向かって
くる。歩いている時に周りのクラスメートが次々と島村に声を掛けているのが聞こえる。
その主な内容は「可愛い」や「綺麗」のような褒め称える言葉ばかり。男女問わず変化
を遂げた隠れていた美女に熱い視線を送っている。確かに島村は一般的視点から見れば、
かなり可愛くなったのだろう。俺も思っているから。
だが、皆外面的な変化ばかりに囚われて重要なことを一つ見落としている。そのことに
気付いているのは多分俺だけだろう。だって、”どちら”とも関連を持っているのはどこ
を探しても俺以外いないからだ。
「またよろしくお願いしますね、誠人くん」
いつの間にか着席していた島村が俺の方に振り向きながら笑顔を携えて言った。それは
俺からすれば悪魔の微笑にしか見えなかった。

何故なら――『島村』の容姿は、限りなく『加奈』に酷似していたから。

授業中、教師の説明を無視した生徒のほとんどが島村に質問攻めを浴びせていている中
で、俺は一人で考え事をしていた。
俺は何を間違えたのか、俺は何をするべきだったのか、俺はこれから何をするべきなの
か……。目の前で揺れる長い黒髪に動揺しつつも必死に考えた。
そして導き出した結論は、”わからないことが多過ぎる”、だった。
島村の胸中も何もかもがわからない。ならば今すべきことは一つだ。
俺は授業終了と同時に他の生徒に先駆け、島村に声を掛けた。
「”あそこ”に来てくれ……」
島村は一瞬光った視線を向けた後、黙って頷いた。

276 名前:上書き ◆kNPkZ2h.ro [sage] 投稿日:2007/05/08(火) 00:20:59 ID:l1rWfINJ
俺が向かった場所は説明する必要もないだろうが、あの体育館裏だ。
別に意識して向かった訳ではない。ただ、島村関連となると体が勝手にその方角目指し
突き進んでしまうようになっているだけだ。芸がないとかワンパターンだとか言われても
文句の『も』の字も出ないし、出そうとも思わない。それはほぼ形式化してしまったこと
なんだろう。それに、やはり全ての原点から反省したいから。
「誠人くんも随分ここがお好きなようで。それで、私に用ですか?」
それがあるから呼び出した、という当たり前の言葉を飲み込んで、俺は授業中に思考に
靄をかけた疑問を片付けることから始めることにした。
「惚けるな。その髪は何だ? 二週間前に見た時より”かなり”伸びているようだが」
「あぁ、これのことですか」
島村は興味なさ気に上目で自身の綺麗に揃えられた前髪を流し見した後、少々不器用な
動きでその長い黒髪を掴むと、ゆっくりと掴んだ手を下ろした。それと同時に非現実的な
様相を呈していた長髪が外れ、そこからマトリョーシカ人形のように更に髪が覗く。それ
は若干伸びていたものの、正真正銘俺が二週間前までに見ていた島村の地毛に相違ない。
「ただの付け毛です。ですが、髪はすぐに伸びますから安心して下さい。私の計算ですと
この地毛が付毛と同じ長さになるのに二ヶ月程度でしょうかね。それまで一日千秋の心持
で待っていて下さい。期待すればするほど、それが叶った時の喜びは大きいですからね」
島村が慣れないウィンクを投げかけてくる。そんな嬉しそうに微笑みを見て俺は罪悪感
に苛まれる。だって、俺はそれを投げ返すことができないから。
「俺にはわからない。何でお前はそんなことをする?」
俺が心に引っ掛かっていた――というより引っ掛かっているということにしておきたい
疑問を尋ねると、一瞬狐に抓まれたような呆け顔をした後、さきほどから張り付いている
ように変わらない笑顔を取り戻しながら一歩近付いてきた。
「それは本気で言っているんですか? 誠人くんから好かれる為に決まっているじゃない
ですか。その手段として、好きな人が好む容姿になるというのは当然のことです」
「俺が好む容姿だと? 俺がいつ長髪が好きだなんて言った? そんな覚えはないぞ……」
俺はほぼ反射的にその質問をした。そしてその後激しい後悔に襲われた。俺はこの後に
くる返答の内容を予想できている。その答えを聞きたくない。聞いてもし当たっていたら
俺はその瞬間戦慄するだろうから。触らぬ神に祟りなしってやつだ。
しかし、一方で俺は勢いに任せて言ってしまえてホッとしている一面もある。いずれに
しても俺は”そのこと”について問わなければならなかったからだ。どんなに俺が自分の
都合で言いたくないとしてもそうしなければ島村の心理を読み取ることは不可能だから。
待つこと数秒、島村は更にもう一歩近付きながら今日一番の笑みを浮かべた。

「うふふ。……だって、”加奈さんは”とても髪が長いじゃないですか」

その言葉に俺が凍りついたのは言うまでもない。
俺が何か言おうとする暇も与えず、島村は次の言葉を紡ぐ。
「後ですね、先程から随分と私の『胸』を気にされているようなので言っておきますが」
俺が島村の胸ばっかり目で追ってしまっていたという更衣室を間違えて女子の着替えを
覗いてしまった小学校時代以上に恥ずかしい事実を突きつけられ、俺は赤面してしまう。
俯きつつ視線だけで島村の顔を覗くと、その頬はほんのり赤みが差していた。胸を見ら
れていたということを恥ずかしがっているのか、中々可愛らしいなと思えるほど俺が余裕
じゃないのは明白だが、それでもその羞恥に震えた姿は男心を僅かに擽った。
普段からそうしていれば、今すぐにでも学園ミスコンでグランプリを取れるぞと言って
やろうかと一瞬迷った刹那――突然島村が制服のリボンに手を掛け、一瞬で外した。
「し、島村ッ!?」
「”私から”目を逸らさないで下さいね、誠人くん」
慌てて視線を再び遠くに向けようとしたが、それを予期していたかのようなタイミング
で島村に制されてしまう。その言葉には言われた俺にしかわからないであろう意味以上の
”重み”があって、俺は目線を島村から外すことができなくなった。
そんな俺をよそに、島村は上半身の制服を手際よく脱いでいく。友達と興味本位で一度
だけ見たAVで女優が確かそんな手つきで服を脱いでいたなんて不埒なことを思ってしまう
のは、もう俺が情緒不安定の域に達しているという証なのだろう。


277 名前:上書き ◆kNPkZ2h.ro [sage] 投稿日:2007/05/08(火) 00:21:58 ID:l1rWfINJ
制服が脱ぎ捨てられると、そこには見るからに小さい水色のブラジャーが露わになって
いた。別に下着なんかには欠片も興味がないが、バレているとわかっているのに尚下着を
凝視するというのは非常に気恥ずかしいものがある。本当に目を逸らしたかった。
見たくないけど本心では見たくてでもバレているから恥ずかしいけど見ないとならない
なんてややこしい葛藤に苦しむ俺をよそに、島村はとうとうブラジャーにも手を掛ける。
そして――
「見て下さい」
ブラジャーも外れ、『雪』のように真っ白な島村の胸が俺の視界に飛び込んだ。
それを見て色々と脱線を繰り返していた思考は完全に軌道修正を余儀なくされた。体中
が熱に絆され汗を垂れ流しているのに対し頭だけが凍結しそうなほど冷静になっていく。
それは頭ではわかっていても心では受け入れたくないという心の表れなのだろう。

何故俺がそんな精神状態にあるのか、それは――島村の白磁の二つの胸に痛々しい傷跡
が刻まれているからだ。

濁ったところなど見当たらない純白の肌を汚すように、生々しい傷跡は刻まれていた。
陸上競技場のフィールド上に野球ユニフォームで素振りをしている人間がいるような、
例えるならそんな違和感を瞬時に感じる。
俺が確認する限り傷は三つある。
二つは右胸と左胸にそれぞれ一つずつ付いているものだ。その傷は目立ちこそするが、
『比較的』小さいし綺麗に縫合もされている。故にそれを見たとしても「大変だったな」
と何かあったことを案じてやるくらいのことはするであろう、その程度の傷である。
問題なのは右胸にあるもう一つの傷である。俺はこの傷を見て放心状態になりかけたと
言っても過言ではないくらいのショックを受けた。だってその傷は、島村の右胸を左右に
分けるかの如く上から下に長く引かれていたからだ。その有様は思わず目を覆いたくなる
ほどの悲惨さである。既に黒ずんでいるそれは、痛々しく腫れ上がっていて、俺が思うに
その傷は多分一生消えないのではいだろうか。それほどその傷は、島村が俺の前から姿を
消した二週間の間にしていた『痕跡』をわざわざと見せ付けてきた。
「やはりこんな”醜いもの”がある胸じゃ興奮してくれませんか……」
俺が島村の胸に見とれていると、不意打ちのように島村の声が聞こえてきたので、半ば
現実逃避の意も含ませつつ胸から視線を外し顔を上げる。見ると島村が赤面しつつ一直線
に何かを見つめている。俺も島村の視線を辿り、その方向にあるのが俺の股間だとわかる
と一歩下がる。それ自体に全く意味はなかったが、今の俺には気持ち悪い恥じらいの声を
発しながら自らの股間を手で隠すような余裕はなかったので、せめてもの抵抗である。
そして、同時に”赤面する島村”と”島村の発言”を受けて俺は一つの事実を知る。
――俺、さっきまで島村の胸を舐め回すように見ていたな……。
別に下心はなかったが、花の女子高生にそんな陵辱をしてしまったことに罪悪感を覚え
つつ、俺は視線を空にやりながらジェスチャーで島村に服を着ることを促す。一瞬躊躇い
のような溜息が聞こえてきたが、それは聞き流すことにした。
「もう結構ですよ、お騒がせしました」
和気藹々とした声を聞いて、俺は視線を島村へと戻す。さっきのことを思い出すと見る
のは悪い気もしたが、今はそれよりも重大なことがある。聞かなくてはならない。
「……さっきの『傷』は、一体どういうことだ……?」
「さっき言おうとしたのは、それに関連することについてなんですがね」
俺の質問を待ってましたと言わんばかりに島村は速攻で言葉を返してきた。口元が僅か
にピクピク痙攣しているところを見ると、言いたくてうずうずしているようだ。好都合だ
と俺は思い島村の言葉に耳を傾ける。
「私って一般女子並には胸があったようなんです。だから脂肪吸引してもらったんです。
だからしばらく音信不通だったという訳です。”もう大丈夫だ”と言うのに看護婦さんが
しきりに”まだ駄目”って言ってくるので。二週間近く病室で誠人くんの写真を見続ける
生活は……それはそれで楽しかったんですが、やはり本物が一番ですね。まぁということ
で、誠人くん好みの小さい胸になれた訳ですよ」
『俺好み』というのは”加奈の胸が小さいから”という事実が導き出した結論だろう。
色々と引っ掛かることがあったがそれは全て些細なことだ。島村の二つの小さな傷が、
何かの手術の跡だというのは大体予想できていたから驚きはしない。
問題は、もう一つの大きな傷の方だ。

278 名前:上書き ◆kNPkZ2h.ro [sage] 投稿日:2007/05/08(火) 00:23:00 ID:l1rWfINJ
「じゃあ……右胸にあった、あのどデカイ傷は一体どう説明するつもりなんだ?」
俺は理由もなく慎重に訊いた。
あんな傷見せられて、見過ごせるほど俺は無神経じゃない。もしあれも手術の跡なんだ
というならその医者は間違いなくヤブ医者だから、一緒にそいつのいる病院まで行って、
慰謝料でも請求しに行こうということで済む。島村には悪いが、俺は一番それが平和的な
展開だと思っているし、それを望んでもいる。
沈黙を守る俺を一瞥した後、ニヤリと笑って島村は言った。

「これは、”自分で”付けたものです」

何の躊躇もなく、不思議そうにもせず、当たり前のようにはっきりと言ってのけた。
「こんなこと告白しちゃうと馬鹿扱いされちゃうかもしれませんがね、私”あの時”は気
がどうかしていたようで……。胸の脂肪落とす為に、間違えて胸を斬ればいいとか思って
しまったんですよ。血しか出てくるはずないのに、何を考えてたんでしょうかね。母親に
発見されて慌てて病院に運ばれて助かったから良かったものの、あのままでは私は今頃、
ここにはいなかったでしょうね。まぁ別に胸を刺しても痛くはなかったんですがね……」
俺の名前を口ずさみながら刃物で胸を抉り笑っている島村の姿が脳裏に過ぎった。
笑顔でそう語る目の前の女の子は、馬鹿なんかじゃなく『狂人』という言葉の相応しい
人間だった。何でそんな怖いことを平気で笑いながら語れるのかわからない。聞いている
俺の方が怖くなってくる。その証拠に、気を緩ませたら崩れるほど足は震えている。
俺は、目の前の島村由紀を恐れている。
俺に好かれる為に自らの胸を引き裂こうとまでする、そんな盲目的に俺だけを見ている
少女にはっきりと怯えを感じている。逃げ出したい。惨めに地を這い蹲っても、踏まれて
も、靴の裏を舐めろと言われても構わないから、今すぐに逃げ出したい。島村の全身から
発せられる『圧迫感』から開放されたいが為に、一秒でも早くこの場を去りたい。
今にも傾きそうな体を何とか支えながら、俺は生唾を飲み込む。
「……お前……島村……」
意味もなくその名前を口にする。
俺が”初めて”会話した時の島村は必死に頭を下げてくる健気な女の子だったな。いや
”健気なのは”今でも変わらないな。俺に好かれる為に自らを傷付けるのだからな。
思考の海原の中で溺れてしまいたいと思う俺に、島村は決定的な言葉を突きつけた。

「もう少しで、もう少しで誠人くんが好きな”加奈さんのように”なれますよ……」

その時、俺は知った。
島村は、”加奈のように”なれば俺から好かれると思っている。それは言い換えれば、
”加奈の容姿を手に入れれば”ということだ。
つまり――島村は俺が”加奈の容姿”を好き、だと思っている。
言い聞かせているだけかもしれないが今はそんなことどうでもいい。ということは島村
は、とんでもない勘違いをしていることになる。
俺は加奈が好きだ。『容姿』も含めて。だが、それは”加奈が”好きだという前提の上
に成り立つ事象である。例えれば、加奈と全く同じ容姿の人間がもう一人いたとしても、
俺は加奈を選ぶ。つまり、俺が好きなのは『加奈』であり、”加奈の容姿”ではない。
だからどんなに島村が加奈の格好を真似しようともそれは俺にとって偽りでしかない。
そんなこと伝えていた気でいたが、俺が決着をつけようと島村に言った言葉は何だ?

――「俺には、”加奈しかいないんだ”」

俺自身信じられないがこの言葉を島村が、”加奈しかいない、つまり加奈しか俺好みの
容姿をした人間がいない、ということは加奈と同じ容姿になれば自分も俺が好きになって
くれる可能性を得ることはできる”、と解釈していないという可能性は否定できない。
現に島村は俺を手に入れるという些細な理由の為に自傷行為をするまでに狂っている。
二週間前にも思い知ったことだが、俺は島村が『略奪』するとまで言ったその意識程度
を完璧に侮っていた。もっと『島村由紀』という人物を知るべきだったんだ。島村の精神
の保身を考えるなら、まず始めに俺の言葉によって島村がどう考えどう行動するのかを、
理解していなければならなかったんだ……。
そんなこと言っても手遅れで、今島村は”俺のせい”で不気味な笑みを浮かべている。
もう島村を傷付けないでフるなんて不可能な状況になっている。俺の言葉によっては、
島村は必要のない分まで傷付かなければならない。
その全ての責任は俺にある。言い逃れなんてできない。だから――

279 名前:上書き ◆kNPkZ2h.ro [sage] 投稿日:2007/05/08(火) 00:24:04 ID:l1rWfINJ
「島村……辛くないか?」
島村の両肩を掴みながら目線を彼女へと固定する。島村は「はい?」と気の抜けた感じ
の声を発しながら、意味がわかりませんよと言いた気な瞳で俺のことを見上げてくる。
「”こんなこと”してて、虚しくなってこないか?」
「虚しい? 何がでしょう? 私は自分が着実に誠人くん好みの女へと近付いていること
に至高の幸福を感じていますがね。少々言っている意味が……」
うんうん唸っている島村をよそに、俺は何も考えずに喋ることを決意した。
余計なことを考えずに、心に思ったことを素直に口にすることにした。他人任せだが、
もう島村自身に俺の誠意を示してわかってもらうしかないと思う。色々策略を巡らした上
で言葉を選んだとしても今の島村にそれが届くとは到底思えない。それに、大体一番安全
な道ばかり選ぶような説得は不謹慎だ。島村を傷付けたくないと思うなら、本心を言って
俺の想いをぶつけるべきなのではないか? たとえそれで島村が傷付くとしてもその責任
は俺にあるんだから、全て俺が背に負ってやる。
「こんなこと言うのは無茶苦茶失礼だとはわかってるけど、俺は島村には化粧なんかして
欲しくないな。してない方が間違いなく”お前らしい”。流行なんかには流されませんよ
的なオーラが漂って神聖な感じがする。うん。眼鏡だってそうだ。あの明らかに昭和だろ
と思わせるちょっと古そうなのが逆に魅力的っていうか? 何て言ったらいいのか俺には
わかんないけど、とにかく俺は前のお前の方が」
「でも”前の私”は『加奈さん』より劣っているんですよね?」
やっと見出した道を島村は一言で封鎖した。
そして再確認させられる。島村の目的はあくまでも”俺から好かれること”。フられた
時に後味悪くならないようにする為の配慮なんかじゃない。だとしたら、最早俺にできる
ことは何もない。島村と付き合うのは無理だし、かといって今の島村を止める自信も体中
どこを探ってもどこにも見当たらない。
――全てが手遅れだったんだ。
一度のミスが命取りだった。そして問題なのはそれがどんなミスだとか、どこでそれを
してしまっただとかそんな些細なことじゃない。”ミスをしたこと”自体が絶対にやって
はならないことだったんだ。その証拠に、結果的に俺は今までの努力が全て無駄だったと
悟り、ただ立ち尽くすことしかできない。
万策尽きたとはこのことだな。もう笑うしかない。狂えるなら俺も狂ってしまいたい。
そうすれば、理性とか理屈だとか抜きにした本能のみで動けたんだろうか? そしたら、
俺は今頃見上げることしかできない壁を越えることができたんだろうか……?
思考を止めてしまいたいと本気で俺が思った時、
「誠人くん、何故私があなたを好きなのか……知ってますか? 正直に答えて下さい」
突然島村がそんなことを言い出してきた。
俺は質問の意味を理解するのに数秒要した後疲れきった脳細胞に鞭を打ち考えてみる。
それは時々思っていたがすぐに忘れてしまう程度の疑問だった。何故俺みたいなそこら
中に転がっているような男を何の接点もなしに好きになったのか? 接点といえば怪我を
させられたくらいだ。あ、後女子トイレのことを忘れていたな。あれは永遠に封印したい
記憶だ。それはいいとしてやはり島村が俺に特別恋愛感情を抱くような事件はなかった。
当然俺は一目惚れされるほどのイケメンじゃないし、その可能性もゼロだ。
……再び数秒考えた後、俺は首を横に振った。”正直に”と念を押されているし、仮に
嘘をついたとしてもそんなものはすぐにバレしまう。そうしたら俺の”不誠実な”行いで
島村を傷付けてしまうことになる。まさか島村だって、自分が好きな相手が大嘘つき野郎
だなんて思いたくもないだろう。
そう思われてでもいいから嫌われた方が良かったのかななんて考えていると、島村の方
から大袈裟な風な嘆息が聞こえる。
顔を上げてみると、島村は若干表情に悲哀の念を含ませつつ、厭らしいほどの笑みは何
があっても崩さないと言わんばかりに守っている。
「”覚えていませんか”。残念です……。まぁ”そういうところ”も好きですがね……」
そう言った後、島村はゆっくりとした足取りで地面を踏みしめながら、俺の方へと歩き
出してきた。俺は既に戦意喪失しており、その不穏な気配を察知しつつも足を動かすこと
はしなかった。というよりできないし、しようとも思わなかった。一歩下がっても島村は
二歩近付いてくるだろうし、二歩下がれば四歩近付いてくるだろう。要は無駄。

280 名前:上書き ◆kNPkZ2h.ro [sage] 投稿日:2007/05/08(火) 00:25:07 ID:l1rWfINJ
距離はやがて胸が触れそうなほどにまで縮まる。互いの呼吸も感じ取れるほどの近さ。
また「好きだ」とでも耳元に囁いてくるのかと考えていたのも束の間――激しい破裂音
に似た音を静寂が支配する体育館裏に響かせつつ、島村はいきなり俺の頬を叩いた。
「うっ」
間抜けな声を発しつつ俺はその中々の強さに体を傾かせかけてしまった。ヒリヒリ痛む
右頬を押さえていると、今度は左頬をもぶたれた。しかもほぼ本気でだ。
俺もマゾじゃないし、男の沽券に関わるので一応無言で平手打ちを繰り出す島村を睨み
つける。その俺の全力の覇気を乗せた視線をいとも簡単に交わすと、今度は腹を渾身の力
で殴られた――ってちょっと待て。
「ぐふっ、かはっ……!」
女の力だから致命傷にはならないものの、普段から怠惰な生活をしていていたもんで、
腹筋なんて全然鍛えていなかった。だから、俺は島村のボディーブローをほぼ直撃の力で
受け止めてしまった。
その痛みに情けないとは思いつつ地面に座り込んでしまう。肺から思い切り空気を絞り
出されてしまい呼吸が儘ならない。目を地面に向けながら手をつき、過呼吸を繰り返して
いると島村が今度は耳元に囁きかけてきた。
「痛いですか? その痛みが記憶として残るんですからしっかり痛感して下さい。いずれ
は加奈さんと”対等の立場”に立つことになるんですから、その時になって私と加奈さん
のどちらかを選ぶ時に有利にことは進めなければなりません。誠人くんが”あのこと”を
覚えていらっしゃらないのは残念でしたが、それは元々誠人くん好みじゃない時の記憶。
そんなものはいりませんよね? 私は理解しました。過去に縋り続けていては、何も奪う
ことはできません。過去は『上書き』して、新たな記憶を刷り込まなくてはなりません。
そうですよね?」
俺がボヤけた思考で理解できたのは、島村が俺に振るっているこの理不尽な暴力の目的
が、『島村由紀』という存在を刷り込ませる為だということだけだった。つまり、島村は
いつかは加奈と全く同じ容姿になるつもりでいて、その時になれば自分は加奈と同じ土俵
に立っていると勘違いしている。そして同じ条件のものが揃った時に選ばれる為にはより
強い印象がある方が勝つ、その為に最も手っ取り早い方法が『苦痛』――そんな風な子供
じみた解釈をしたという訳だ。
島村の言う『過去』というのが何かまではわからないが、俺はもうどうでも良くなって
いた。最早俺は抵抗を示すことのない島村の愛用サンドバック状態と化している。
再び叩かれたり殴られたりを繰り返しながら、もうこの意識を手放そうとしていた。何
ももう考えたくない。俺は頑張った方だと思う。相次ぐトラブルを、要所要所でなんとか
乗り越えここまできた。だが、最後の最後で”俺は非常になり切れなかった”。
島村を傷付けようが何をしようが諦めさせるという覚悟が俺にはなかった。だから今、
俺はこうして半笑いしている島村に嬉しそうに玩具にされている。これは俺が受けるべき
『罰』だ。目先のことばかり考えていたことへの『贖罪』だ。

後何発殴られれば俺は許されるのかななんてことを考えながら俺が遠い夢世界へと旅を
しようとした刹那――
「あ」
一言俺はそう漏らした後、自分の目の前にいる人間を見据えて、一瞬にして現実世界へ
と引き戻された。
「何……コレ?」
加奈がいた。
同時に見られた。加奈に見られた。島村に殴られているところを加奈に見られた。
今まで保健室で島村との恥ずかしい行いやキスされかけたところを見られたりはした。
でも、これは”初めて”だった。


『上書き』すべき対象を刻まれ続けている俺の姿を加奈に見られたのは。



281 名前:上書き ◆kNPkZ2h.ro [sage] 投稿日:2007/05/08(火) 00:26:31 ID:l1rWfINJ
投下終了です。駆け足で区切りまで持っていきました。
後二話で完結予定です。

282 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/08(火) 01:19:56 ID:SSyddKOe
>>281
加奈が可愛く見えてきて、島村さんが気持ち悪く見えてきます、
なんか凄いです。

続きを身悶えして待ってます。

283 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/08(火) 01:28:07 ID:CpR5nn3h
>>281
あと二話ですか!がんばって完結させてくれ!

284 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/08(火) 02:04:07 ID:F32i4tlD
おお、久々の上書き。楽しんで読ませてもらいました。
完結まであと少しですか。読みたいような、名残惜しいような。
何はともあれ、最後まで頑張ってください。

285 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/08(火) 09:15:12 ID:3pLi9+Ft
>>281
上書きキタワァ.*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(n‘∀‘)η゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*!!!!!☆
次回久々に加奈タンの上書き発動するのか?
島村さんと誠人の過去も含めてwktkが止まらないw

でも島村さん派の俺は今の狂いっぷりを素晴らしいと思う半面
前のメガネの島村さんでいて欲しかったとも思う複雑な気持ちだ(´・ω・`)

286 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/08(火) 18:30:18 ID:Ay/Zn+KB
なんという上書き・・・
誠人は一体どうなってしまうのか・・・

287 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/08(火) 20:48:28 ID:T4GIDryi
最近加奈の上書きがないから久々に楽しみにしてる人がいるかもしれないが、
ここはむしろ島村が反面教師になる方向でもあり。

なんか島村のキャラが初期の加奈にどんどん近づいてきてるもん。
上書きって言ってるし。このままだとお互いが交代で殴り続けて誠人が死にかねん。

288 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/09(水) 01:07:14 ID:Khfl/l1n
それもまた一興

289 名前:名無しさん@ピンキー[] 投稿日:2007/05/09(水) 15:39:31 ID:7zeAbveM
ちょwww完結がバットエンドかよ

290 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/09(水) 15:59:45 ID:7DgrjfWC
まさにどうあがいても絶望

291 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/09(水) 20:17:10 ID:FI5DFS2+
ドロー!モンスターカード!
ドロー!モンスターカード!
ドロー!モンスターカード!
ドロ(ry

292 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/09(水) 20:27:32 ID:8eSFpCDp
もうやめて!

293 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/09(水) 20:50:14 ID:En41oRGD
ドロー!ヤンデレカード!
ドロー!ヤンデレカード!
ドロー!ヤンデレカード!
ドロー!ヤンデレカード!
ドロー!ヤンデレカード!

294 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/09(水) 21:43:59 ID:sSQKS6v2
もうやめて!○○君はわたしのものなのに!

295 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/09(水) 22:03:46 ID:y7zGlrsg
>>294
あら? まだ分からないのかしら?
まあいいわ……そこで見ていなさい、思い知らせてあげる。
七氏君が誰のものかっていうことをね♪

あはははははははははははははははは

296 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/10(木) 01:38:55 ID:bS5mvGfz
ずっと私の七氏って奴だな

297 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/10(木) 02:10:51 ID:xWUmz0EU
つまりこういうことか。
_,. -‐ 、. /  ̄`~`''‐ 、
_,. -ニ二γ⌒`/     `'          γ⌒丶`二ニ丶、
え, '´ ̄γ⌒/                 人_ ,人、    K
/   (/                     γ⌒`、^ヽ、_  ヽ、_
,!   , '                     乂__,.ィ    kー=='''゙
l   /  l  !                 |   !     キ
.   k ,/ ,' │ l                     l  ! |     )
k/ /./ | │     l          、   | | |  ,l    ,ノ
.   l/ / /l ! :l  |  |  |           \   !|l | /| /  ,/ !
/ / ./ ! | l  l  |  | ヽ. ヽ\ \ ヽ. ヽ. |│ ,.l /  ,/.l !
`'k‐'、| l ヽ. ヽ.ヽ.  !   l\\`‐、ヽ、\ヽ.| レ', l  ノ ,! !          ∧∧∧∧∧∧∧∧∧
.    ヽ `‐、| 、ト、、_\:、 ヽ. l  トーz,、-‐ラ'ヂヽ!|!/_,ノソノ } |│         <ずっと私の七氏君!>
ゝ、(, \ヽl\ `ー'`、\ヽ ∨ー`‐←'  ||!-、-、 /!|│           ∨∨∨∨∨∨∨∨∨
ヽ  ヽト. ´ ̄ジヽN` -ゝ        |!  リ /| | |、          
! 〃/ ヽ     〃/〃 _iー< | | | |           
|\.   \    ,ュ__、_      |    ̄`~` ''''‐'-
|   `'' ー-ヽ、   ヽ,..::: 〉    ,.|          |
.(ノ   |      :::::`‐、 `- '   / .|     , -.、    |
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_,,. 、-‐''|        :::::::::`> -─ー|   `'ー'    ゞ'´
ヽ`''ー-       :::::::::: |;;;;;;;;;;;;;;;;;;;|         /

298 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/10(木) 02:36:47 ID:1+rzUyJP
全くお前らは馬鹿だな(いい意味で)

299 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/10(木) 03:06:39 ID:BGPbChTd
>>297
これは萌え…


ねーわ

300 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/10(木) 08:17:08 ID:SQxViygR
>>297
マジで吹いたw

だけどそれはない

301 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/10(木) 20:46:58 ID:ime6LTpy
そだ  |------、`⌒ー--、
れが  |ハ{{ }} )))ヽ、l l ハ
が   |、{ ハリノノノノノノ)、 l l
い   |ヽヽー、彡彡ノノノ}  に
い   |ヾヾヾヾヾヽ彡彡}  や
!!    /:.:.:.ヾヾヾヾヽ彡彡} l っ
\__/{ l ii | l|} ハ、ヾ} ミ彡ト
彡シ ,ェ、、、ヾ{{ヽ} l|l ィェ=リ、シ} |l
lミ{ ゙イシモ'テ、ミヽ}シィ=ラ'ァ、 }ミ}} l
ヾミ    ̄~'ィ''': |゙:ー. ̄   lノ/l | |
ヾヾ   "  : : !、  `  lイノ l| |
>l゙、    ー、,'ソ     /.|}、 l| |
:.lヽ ヽ   ー_ ‐-‐ァ'  /::ノl ト、
:.:.:.:\ヽ     二"  /::// /:.:.l:.:.
:.:.:.:.:.::ヽ:\     /::://:.:,':.:..:l:.:.
;.;.;.;.;;.:.:.:.\`ー-- '" //:.:.:;l:.:.:.:l:.:


302 名前:慎 ◆tXhMrjO4ms [sage] 投稿日:2007/05/10(木) 21:03:43 ID:zGJa7IMm
お久しぶりです。慎太郎の受難続き投下します↓

---------------------------------------------------------------
さて今俺が向かってる駅前の周辺はこの市では、繁華街の中に入る場所だ。
実際のところは、再開発によってできた駅ビルぐらいしかないのだが、近くに港があり、
その港におおきなショッピングモールができたせいもあり、この前絵里と行った中心街を越える買い物スポットになろうとしてる。
また交通の要所でもある。この市を走るバスの98パーセント以上はこの駅前を通ってるとも思う。
そのため夜になっても人の流れが衰えることはない。
仕事を終え、ニュータウンへ帰りを急ぐ人々、出張から帰ってきた人、このあたりで買い物を楽しんだ人・・・さまざまな人がいる。
また、大きな歩道橋があり、広場になっている。
その広場ではストリートミュージシャンたちが夕方から歌い始める。
そしてそれを聞く人、待ち合わせをする人・・・鳩に餌をやる人…さまざまな人々がその広場にいる。
奈津子がいるとしたらそこだろう。そこじゃなかったら・・・長い時間探すことを覚悟しなければ。
待て。そもそも奈津子は駅前で今も待っているのだろうか?
何も考えずに飛び出して来てしまって、奈津子が駅前にいるという確認も取らずバスに乗り込んでしまった。
何故電話をしなかったかって?急に決めたからだ。俺はこんなときだけ決断が速い。
もっと速く決断しておけば・・・自分の優柔不断さを今更恨む。
俺は小さいころから、優柔不断といわれてきた。
そのくせ突然とっぴもない行動、決断をする。
つまり俺は慎重さと大胆さを併せ持つ。
こういうと聞こえはいいかもしれないが、はっきり言ってしまえば、行動に一貫性がない、ということ。
今回のことだって、自分が今頃決断しなければ、絵里を傷つけることはなかっただろう・・・。
この性格、どうにかして直そう直そう、とは思っていた。
だが生来のものはなかなか直らないようで。でも今回のことで今までで一番反省した。
だけど、いまさら後悔してももう遅い。俺は行くべき道を決めたんだ。
今からまた道を変えるのか?
そんなふざけたことはできるはずもない。
もう選択するものはない。俺が歩んでる道は一本になった。
街を過ぎた。駅まではあと県庁と市役所を越えるだけ。
もう少し、もう少し・・・
少しして、一個手前のバス停についたとき、俺はひどい渋滞になってることに気付いた。
この辺は、地方屈指の交通量を誇る。渋滞も珍しくないが、何だってこんなときに…
俺はバスを降り、ここから歩くことに決めた。
このバス停から駅までの区間はなぜか長い。結構な距離がある。
急ぐ気持ちからか、足取りが自然と速くなる。
ふと思ったのだがこの間を利用し、奈津子に電話をかけなければいけないのではないか?
携帯をとり、奈津子の携帯に電話をかける。
ワンコール、ツーコールで奈津子は出た。

303 名前:慎 ◆tXhMrjO4ms [sage] 投稿日:2007/05/10(木) 21:04:30 ID:zGJa7IMm
「もしもし」
「もしもし、奈津子か!?」
「あ、慎ちゃん♪どしたの?」
「今どこだ!?」
「え?」
「今どこにいるんだ!?」
「え・・・駅だけど。」
「駅のどこ!?」
「上の広場だよ・・・ねぇ慎ちゃん今どこにいるの?どこから電話かけてるの?」
「えーと、そろそろ駅に着くぐらい」
「え、慎ちゃん来たの?本当に?」
「えーと、とりあえずすぐにそこに行くから、ちょっと待ってろ!」
「えっ・・・うん・・・わかった、待ってる。じゃあ・・・」
ガチャ。
駅の歩道橋まで来た。
階段を登り、歩道を進む。
広場が見え、奈津子はすぐに見つかった。
周りに制服着ている女の子は奈津子だけだったから否応無しに目立つ。
何かあったらどうするんだ、と心のなかでぼやきながら、走って行く。
奈津子は少ししてから気付いたようで、すごい笑顔で手を振ってきた。
「慎ちゃ~ん♪」
あのばか、大声出しやがって。恥ずかしいじゃねぇか。周りの視線が俺に一瞬注がれる。
「何やってんだお前!」
奈津子のもとへつくなり怒鳴ってしまった。奈津子は驚いて少しびくっとして答えた。
「えっと・・・慎ちゃん待ってたの」
「何かあったらどうするんだ!事件とか事故とか・・・」
「でも・・・でも・・・」
「たくっ・・・」
「うぅ・・・でも来てくれたんだね・・・嬉しい・・・」
「あぁ・・・待ってるって行ってたからさぁ・・・絵里のとこから心配になって・・・」
「え・・・?」
「そう、飛び出してきたんだわ。」
「ねぇ・・・慎ちゃん・・・」
「なんだ?」
「・・・絵里さんには何も言わずに来たの?」
「あっ、ああ・・・ちょっといろいろあってさ・・・言えずに・・・」
「馬鹿!」
ぱんっ!!

304 名前:慎 ◆tXhMrjO4ms [sage] 投稿日:2007/05/10(木) 21:05:33 ID:zGJa7IMm
痛い!
急のことに混乱する。
頬に痛みが走る。奈津子に平手打ちを食らったようだ。
「いきなり何すんだ!」
「なんで、なんで・・・」
奈津子は怒っているようだ。俺は何をとがめられてるのかわからないまま呆然と立ち尽くすしかなかった。奈津子は何を怒ってるのか?おれにはさっぱりわからない。
「なんで絵里さんに何も言ってこなかったの!?」
「そりゃ・・・急いでたからさぁ・・・」
「一言言えば済むことでしょう!?」
「・・・だいたいなんでこんなことでお前が怒るんだ!?絵里のことだろう?」
「当たり前じゃない!そんなことも分からないの!?」
「わからねぇよ!」
「馬鹿!絵里さん、何がなんだか分からないままほおりぱなっしじゃない!」
「それがどうした!」
「なんで分からないのよ!そんなことしたら絵里さん悲しむでしょう!?」
・・・へっ!?
「絵里さん…今泣いてるだろうなぁ…いきなろだもんね…」
おいおいこんなときに人の心配かよ。しかも自分の恋敵であろう人物の。
・・・ふぅ、どこまでも聖人君子なんだ…
「たくっ」
むぎゅ。
奈津子を抱きしめる。
「すまん」
「へっ・・・?」
突然のことに奈津子は目を丸くしている。
「謝る。だけどよ、俺どうしてもお前のことが心配で心配で…だからさ…」
「だからって、ちゃんと言わないのは駄目じゃない。慎ちゃんいっつもそうだよね。」
「えっ、いつもって?」
「だって急じゃない、いつも。今日だって、当日に断った、と思ったら来たりして。」
「でも来ると思ってたんだろ?だからここにいたんだろ?」
「えへへ・・・まぁね」
「じゃあもう一つ急なことやってもいいか?」
「え・・・なに?」
奈津子の目は、その疑問の言葉とは裏腹に輝いてた。ちきしょう、俺が言いたい事分かってやがる。
悔しいが、言うしかない。
俺は一呼吸おいて、はっきりと言った。
「奈津子・・・好きだ、俺の彼女になってくれないか?」

305 名前:慎 ◆tXhMrjO4ms [sage] 投稿日:2007/05/10(木) 21:06:17 ID:zGJa7IMm
この言葉を聞いた瞬間、奈津子は待ってましたとばかりの笑顔になった。
「きゃ~嬉しい♪慎ちゃんから聞けるだなんて♪でもずるいよ♪」
「何が?」
「私が先に言おうって思ってたのに・・・」
「あはは、まぁいいじゃん。もう恋人同士みたいに思ってただろ」
「でも不安で・・・ちゃんと言わなきゃって・・・ほかの人に取られちゃうかもって・・・」
この言葉は意外だ。普段はトンでも言動で驚かせてくれる奈津子から、不安だったと。
要は電波なことを言ってるんじゃなくて、不安だったからこそのあの言動…
かわいいなぁ。なんていってる場合じゃないか。
「いいじゃないか。これで正式に、恋人同士になれたんだし」
「そうだよね・・・ねぇ慎ちゃん・・・」
「なんだ?」
「その…苦しいよ・・・」
しまった!気付かないうちにぎゅ~っと抱きしめってしまってた!
しかも公衆の面前で!あぁ周りの視線がいたい・・・なんか苦笑も聞こえる…
ぱっと離ししばし沈黙。奈津子も恥ずかしかったようだ。
うつむいている。おれもかなり恥ずかしい。
「ねぇ・・・」
奈津子が沈黙を破るように言う。
「何?」
「本当に私でいいの?」
「奈津子じゃないと駄目なんだ。じゃなかったらここにはいないよ」
「慎ちゃん・・・じゃあさ一つだけ約束して。
絶対に急に何かをしようってときは私にちゃんと言って。心配するから・・・」
さっきの話か・・・
「うん分かった約束するよ」
「絶対だよ?私、今日みたいなことしたら絶対に許さないから。そのときは・・・」
「そのときは?」
「青酸カリね♪」
殺す気か!でも今となってはこの言葉もいい。
自然と笑ってしまう。俺が笑えば奈津子も笑う。いつの間にか2人で笑っていた。
しばらく笑っていると、笑っていた奈津子の目が突如見開かれた。
「慎ちゃん危ない!!」
と、同時に俺の世界がひっくり返った。奈津子に押されて転んでしまったようだ。
何とか起き上がった俺に飛び込んできたのは・・・
包丁で刺されて血が出てきている奈津子と―



笑顔のまま包丁で奈津子の腹を刺している絵里の姿だった。

306 名前:慎 ◆tXhMrjO4ms [sage] 投稿日:2007/05/10(木) 21:06:51 ID:zGJa7IMm
絵里が包丁から手を離すと、奈津子は崩れるように倒れた。
「あ~あ、避けられちゃったかぁ…ちょっと残念。でも結果オーライ♪慎ちゃんにつく悪い悪魔が払えたんだから♪あはははははは…」
・・・絵里が何か言ってる。笑い声で。でも奈津子が、奈津子が・・・
「おい、奈津子、大丈夫か!?」
奈津子は苦しそうな表情を一瞬見せたが、俺を見るとすぐに笑顔に戻り、
「慎ちゃん・・・大丈夫?よかった…大丈夫…みたい…」
俺の身の安全を心配した。
というか、奈津子のやつ、こんな状態になっても俺を心配するとは…
いまはお前のほうがはるかに危ないだろうが。
馬鹿としか言いようがない…本当に馬鹿だ。
「よくねぇよ!お前のほうが今は心配だよ!大丈夫かよ!おい!」
俺は混乱していた。
奈津子が刺された。誰に?絵里にだ。
血まみれになり倒れている奈津子。
手に包丁を持ち、狂気に満ちた笑顔を見せている絵里。
いったい何が起こってるのか、この状況で理解できる人はいる人はいるのだろうか?
おれはそういう人のほうが希少なほうだと思うが。
とにかく俺は何をしていいかわからなかった。
「そっとしてあげて」
そんな時、俺は後ろからいきなり声をかけられた。
「傷も深くないし、危ないところではないみたい。119はしてもらってるから…。それにそんなにぶんぶん揺らしたら、傷口が開くかもしれないし…」
「あの、えーっとあなたは…」
「看護師。駅の中に病院あるでしょう?そこの。まったく、あなたたち、なにをやってるの…」
すいません。しかし、なんと幸運な。看護師さんに出会うなんて。
人生の運を全部使い果たしたようだ。
「すいません、ありがとうございます」
「今はお礼より…」
その通りすがりの看護師さんの目線が一瞬奈津子から離れ、
そして…絵里のもとへ行った。
「あの子、どうにかできる?」
そこには普段明るく笑ってる絵里の姿はなかった。
笑ってはいる。しかし、その顔はどこか歪んでいる。
その手には血に濡れていない2本目の包丁が握られている。
その姿は圧倒的で狂気じみたオーラを放っていて、他の人をまったく寄せ付けない。
周りの通行人の誰もが俺のほうをチラチラと見る。「お前がなんとしろ」と。
俺がまいた種だ。どうにかしなきゃならない。奈津子のためにも、絵里のためにも。

307 名前:慎 ◆tXhMrjO4ms [sage] 投稿日:2007/05/10(木) 21:07:41 ID:zGJa7IMm
だがちょっと待ってほしい。
俺は自体がこうなる原因になるような何か悪いことをしたか?天に誓っても何も悪いことはしていないと言いたい。
…いやもうそんなことはいえないか。
俺は裏切ったんだ、絵里の気持ち、奈津子の気持ち…いろいろなことを。
それでも、奈津子は信頼してくれた。でも普通はそうじゃない。
怒り、憎しみ、絶望…あまりの聖人君子過ぎる奈津子になれてしまい、甘えてたのかもしれない。
いずれにせよ、こんな風になってしまったのは、優柔不断な俺のせいだ。
蒔いた種から成長したものはどんなものであれ自分でどうにかしなきゃならない。
もう逃げ道はない。俺は腹をくくった。
「よう、絵里、よくここがわかったな」
「当たり前よ。あんたのいる場所なんか、すぐにわかるんだから」
「そうか、まぁまずはその右手に握ってる物騒なもん、どうにかしてくれないか?」
「嫌」
「絵里!」
「じゃあ慎君あたしのとこへ帰ろ♪一緒にお勉強の続きしましょ♪」
…今までの俺なら、躊躇なくこう答えただろう。
yes。でも、もう決断した。迷わない。
「断る。俺は、帰る気はない。少なくとも絵里のところにはな。」
空気が死んだ。周りからは敵意のまなざしが向けられる。
それもそうだ。こんな物騒なものを持ってる人間、しかもどうかなってるような人間の頼みを、
何の躊躇もなく断ったのだから。
下手して暴れられて、自分に被害が来てはたまったものではないだろう。
でも、ここでyesといって何の解決になるだろう?
バッドENDまっしぐらな気がしないでもない。
でも…ここで終わらせなきゃいけない。この話のすべてを。
そのさきにどんなENDが待っていたってな。
「ふふふ。いいもん、あんたがその気じゃなくても」
「ほう、それはそれは。で、どういいんだ?」
一瞬にやりと絵里が笑った。
その刹那、包丁を向けて俺に向かって絵里が突っ込んできた。
すかさず身を翻してかわしたはいいが、そのスピードに驚いた。こんなに運動神経よかったか?
このスピード…油断してたら、俺も奈津子のように血まみれになっていただろう。
そんな血まみれの奈津子のほうは、引き続き応急処置を受けているようだ。
詳しいことはわからない。長い時間目を離すと、絵里が襲い掛かってきたときわからないから。
そうなったら一巻の終わりだ。包丁で体に穴が開くのは正直勘弁だ。
なんと言う恐怖感。これじゃ確かに誰も手が出せないし、出したくないもないだろう。
「そんな避けなくてもいいじゃない、運命からは逃げられないのよ。」

308 名前:慎 ◆tXhMrjO4ms [sage] 投稿日:2007/05/10(木) 21:08:19 ID:zGJa7IMm
…運命だって?
「そう運命。あたしたち二人はどんなことがあろうとも結局結ばれる運命にあるのよ!」
な、なんだ…いやいやいや。何だこの電波は…
奈津子みたいだな。何の脈絡もなくこんなこというなんて。どうしたんだ?
こんなこと聞いたら、奈津子がヒートアップするからやめてくれ。怪我人なんだし。
「障害を乗り越えて深まる2人の愛…あぁ最高♪」
気が付くとサイレンが近くで止まって救急隊員が歩道橋を登って来た。
これで奈津子はおそらく大丈夫だろう。そう信じたい。
さて、絵里…今の絵里は言うなれば完全に壊れてる状態だ。
自分と俺以外のことはまったく見えていない。俺を連れ帰ること、その一点のみに思考が回ってる。
「ねぇ、そろそろ終わりにして帰ろう?ねぇ…ねえ…帰ろう…」
「…断ると言ったろ?」
「もう、そんなことばっかり言うなら…」
絵里がすばやく寄ってきて、左腕で俺の右腕をつかんできた。
「お仕置きが必要ね!」
すかさず俺は握られた右手をひじを曲げすばやくあげた。
この方法でつかまれてた腕をはずしてすばやく距離を離す。
相手は刃物を持っている、とりあえず間合いをはずそう…なんて思考が働いたのではない。
本能だ。本能がすばやく離れろと訴えかけてきた。
「じゃあ…これなら」
こんどは左腕をつかんできた。これではさっきのはずし方が使えない。
「うふふ…さぁ帰りましょ♪それとも、お仕置きされたい?」
お仕置きなんてお断りだ、とばかりに体が勝手に動く。
左腕をくっとあげる。
できたスペースに右手を入れる。つかむのは手首。
そのままひねるように、持ち上げる。
「きゃっ!?」
そのままの勢いで絵里を倒す。
うつ伏せに倒れたら、腕を背中に回す。どこぞで習った護身術だ。
何とか絵里を捕まえることに成功した。いや内心ひやひやだったがな。
なんせ右手には包丁、それで動きとめられたんだ。刺されててもおかしくなかった。
そう、別の未来は、奈津子と同じように血まみれで倒れている未来。
奈津子のように致命傷にならなかったという保証もない。
いずれにせよ、いまはほっとしてもいい。じたばた絵里は暴れているが、抜けられるはずがない。
それほどこの、護身術の効果は絶大だ。教わったときも一度も抜けられなかった。
しばらく暴れた後、絵里は、救急車にほんのわずか遅れてきた警察に、連れて行かれた。
わめきながら暴れながら…そして最後にこんな一言を残して、パトカーに乗せられた。
「絶対に迎えに行くから!助けに行くから!」

309 名前:慎 ◆tXhMrjO4ms [sage] 投稿日:2007/05/10(木) 21:09:36 ID:zGJa7IMm
さて、絵里が連れられたその後のことだが、
まずは奈津子だ。
救急車に乗せられ、大学の付属病院に連れられた。
そこで、処置を受けたが、幸いというか、そこまで大きな怪我ではなかった。
いやもちろん全治に月単位の時間はかかるが、そう重体だとか、そういうことにはならずにすんだ。
病院に行くまでの駅前では、周りの通行人から、俺がとっさにした護身術への喝采と、この若さで殺し合いに発展するまでこじれてしまったことへの恐怖などが混じった視線が送られた。
当然テレビは大騒ぎ。
こんなネタ、めったにないからな。
でも俺らの生い立ちなんか追われるのは勘弁だし、何より今日の過程をしゃべられるのは、
忍びない。…いろんないみでな。
どう考えても今日のことは俺の責任である。
どうしようもないへたれな行動をとってしまったことで、奈津子は不安になり、絵里は壊れた。
この責任は、俺の背中にのしかかることだろう、重い十字架として…
テレビの取材は全部断った。高校側も取材はほぼシャットアウト状態のようだ。
さすがだと思う。まぁなんにせよ死人が出なかったことは、よかった。
でてたら、これ以上の騒ぎになっていたさ。
取材シャットアウトなんてできないほどにな。
親からは大目玉食らった。
当然さ、世間を大きく騒がせていろんな人に迷惑かけてしまった。いやいや何より人一人死なせるところだった。
しばらく小遣い無しですんだのは、幸いか…いやめちゃくちゃ痛いけど。
学校からは謹慎処分食らった。
担任は、死人がでなかったことに安心しながら、このような事態を招くことになってしまったことにはきっちりと反省を促してきた。まぁ要は頭を冷やせと言うことか
まぁここで授業に出てもしばらくクラスでもこの話題で持ちきりになっちまうだろうし。
授業どころではなくなるだろう。そういうわけでしばらく家でおとなしくしとけとさ。
部活の先生からも怒られるだろうな。同じパートの人間、しかもこれから3年が抜ける時期に、1年生が2人も抜けるんだ。しかも何ヶ月か。
あぁ部活の仲間たちに合わせる顔がねぇ…
何はともあれとりあえずはしばらくはおとなしくしするしかない。
学校側の申し付けどおり頭冷やさなきゃな…やれやれ。


こうして俺はしばらく謹慎生活を送ることになった。
そして2週間目。さすがになにもない生活にも飽きてきた。そこで、奈津子のもとへお見舞いに行くことにした奈津子のところへのお見舞いはこの日まで禁止されてた。
親からは、行ったら家に入れない。学校からは期間延ばすぞって脅されちゃどうしようもない。
でも、俺がずっと要求し続けたおかげか、今日やっとお見舞いに行くことが許可された。

310 名前:慎 ◆tXhMrjO4ms [sage] 投稿日:2007/05/10(木) 21:10:36 ID:zGJa7IMm
病室のドアを開ける。
今日は誰もお見舞いに来てないようだ。
「よう」
「あ、慎ちゃん、やっほー」
奈津子は笑顔で俺を迎えてくれた。
「元気そうだな」
「うん、おかげさまで。もう痛みもだいぶなくなってきたよ。激しい動きは駄目だけど…」
「…悪かったな」
「何が?」
「いや、その、こんなことになっちまって…」
沈黙が流れる…
重苦しく、永遠のように感じられる沈黙。しばらくたった後、
「なんで?謝らなくていいんだよ」
奈津子が沈黙を破った。
「私が…その…いなかったら絵里さん、壊れなかっただろうし」
「いやそれは…」
「絵里さん不安だったんだろうなぁ…」
「へ?」
「いままでライバルなんかいなくて、慎ちゃんもきっちり絵里さんのほう向いてくれてて。でも高校が変わった。そしてその高校でライバルが現れて…だんだんそっちのほうに慎ちゃんが向いてきて」
「俺を奈津子のほうに向かせたのはほかならぬ奈津子だろ?」
「ふふふ、そうだけどさ…でもね慎ちゃん私だって不安だったんだよ?あの時好きだ、って言ってくれるまでは。だからねなんとなくわかる気がするの」
俺は何も言葉が返せなかった。ため息しか出ない。
「ねぇ慎ちゃん…多分ねすごい責任感じてると思うの、今回のことで…まぁ普通の人ならそうだよね。でもねやってしまったことはさ、もう戻らないんだよ。覆水盆に帰らずっていうじゃない」
「でもさ…」
「だからさ…これから責任取ればいいじゃない♪」
「どうやって?」
ふふふと笑う奈津子。
さり気なくカーテンを閉め始める。ちなみにここは個室だ。
そしてカーテンをしめ終わると一気に抱きついてきて俺はあっけなく引き倒された。
「私を幸せにして♪」
うげ、いきなり、チャックに手をかけ始めやがった!
「やめろ、お前怪我人だろ!自重しろ!」
「えへへ、関係ない♪自重ってなに?おいしいの?」
「関係あるだろ!あと自重は食いもんじゃねぇ!ちょっと待て!うわやめい!」
「えへへへへへへへへへへへへへへへ♪逃がさないぞぉ♪」


311 名前:慎 ◆tXhMrjO4ms [sage] 投稿日:2007/05/10(木) 21:13:31 ID:zGJa7IMm
…その後どうなったかって?
やめさせたさ、さすがに、本番まで行くのは。さっき激しい運動はだめって言ったくせに…
その代わり、つたなかったが口でやってもらった。看護士さん来るかどうかかなりひやひやした。
終わった後は消臭剤まで買ってきて証拠隠滅。
こんなことばれたら、謹慎処分延びるどころじゃないだろうし。
お預け、そうお・あ・ず・けだ。
残念ではあったがな。
退院した後はしばらく注目は浴びたが、時間がたてば、注目も減ってきて、それなりに普通に生活はできるようになった。
絵里は医療少年院に入れられることになった。精神に異常が見られるとのこと。
でてきたときどうなるかはわからない。この絵里のことは俺にに背負わされた十字架になるだろう。
忘れることはできない…消して消えることのない十字架…でもどうすることもできない。
もだしかしく情けない感じだ。絵里にはもう会うこともないだろう。この奇妙な関係は完全に終わった。
その後、俺と奈津子は首都圏にある大学にそれぞれ進学した。
別に近くということをを狙ってはない。本当だ。
同棲はすんでのところで阻止した。付き合ってみてわかったのだが、奈津子は大食いだった。
何故太らないのかと失礼ながら尋ねたこともある。答え?右ストレート一発。以上。
とにもかくにもそんな大食いと生活してりゃ生活費がいくらあっても足りない。
だったらな、就職するまでは我慢しようぜ、ということにしたわけさ。
かなり渋られたが。何度別れると言われたことか。われながらよく粘った。
まぁ同じ首都圏というだけで、同棲したら二人とも通学で大変なことになるがな。
そうそう、奈津子は最近ネットはじめたらしく、見つけてきたことをたびたび報告してくる。
休日は大抵どちらかの家に行くので、そのときに話してくれる。
今日も俺のうちに来て、その話ってわけさ。
「ねぇねぇ~慎ちゃんこれ見て」
奈津子が自分のノートパソを開く。
「ヤンデレ?」
「そう、そのヤンデレっていうジャンルの小説の保管庫」
「で、これがどうしたのか?」
「でねこのヤンデレってので一つ話を思いついたの。」
「へぇ~」
「あのN市長選での銃撃事件。その事件の裏で、事件が起こるの。きっかけは…子供のころのなんでもない約束。それがきっかけで、後々大変なことになるの。面白そうじゃない?」
「うん、興味はあるね」
とは言いつつ軽い生返事。ちょっと長くなりそうな気がして聞く気が…
「聞いてくれるよね?」
顔は笑ってはいるが、声が笑っていない。聞かなきゃ何されるかわかんねぇ…
「はいはいわかりましたよお嬢様」
「でね、でね…」
まぁこれも一つの責任さ。俺が背負わされたな。え、奈津子の話?それはまた別の機会で。
俺の話はここまでだ。
さぁ気合いいれて奈津子の話を聞くぞ!今日は寝れるかなぁ…明日授業だよ…
あいつは全休らしいが。やれやれ…

でもそんなこといやいやながらと言っても、俺は今幸せだ。今はそれで十分すぎるのさ。


「責任・幸せ」

to be continued
でも、とりあえず、おしまい。
------------------------------------------------

投下終了します。

312 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/10(木) 21:49:50 ID:lzukLvNJ
>>311
久しぶり&完結乙です
奈津子でこんなほのぼのENDになるとは個人的には予想外だ(´・∀・`)
残りのルートもwktkして待ってます

313 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/10(木) 22:14:55 ID:LVA1tyw9
一番の危険人物だった奈津子が凄くいい人になってるーっ!?
そんで哀れ絵里がぶっ壊れて悲惨なエンドにw という事は別ルートだと・・・?

GJです。続き楽しみにしています。

314 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/05/11(金) 01:56:00 ID:Nqnf7ECO

あの後、僕は北方さんの家に行くと、例の庭に面した客間に通され、茜色に照らされている庭先の木々を眺めたり、彼女の作った僕の好物でもあるプリンを食べながら、取りとめもない話をしていた。
しかし、理沙と一悶着あった後だから、話しているうちに妹の理沙の話になっていった。
当然のことながら、彼女にとって見れば世間話などどうでも良いことであって、理沙に関してのほうが耳寄りな情報であろう。
彼女が僕に聞いてきたことはこれといって特別なことはなく、彼女の性格や趣味、休日は何をしているか、
等といった当たり障りのないことであった。

僕はこの日帰りが遅くなることを放課後に理沙に告げてから、北方邸に向かったので、三十分ほどかけて自宅まで歩いて帰ることになった。
家に着くと旅行から帰ってきた母が理沙といろいろ話していたようだったが、
僕が帰ってきたのを見るといろいろと旅行中の武勇伝を聞きもしないことを話し出した。
第一なんだって、旅行から帰ってくるなり、途中の何々を値切って買っただの、なんだのと、バーゲンセールで買いたいものをすべて買ったような顔をしておられますか、この母者は?

理沙は僕の帰りが遅いと非常に心配するのだが、同性ということもあって母がいるときは例外だ。
だから、今日は平然とラノベとネット三昧できるわけですよ、これが。
こういう甘い汁を全国の一人っ子は日夜吸っているかと思うと、少子化反対などと思ってしまう。
父は出張のときは一週間位、行ったきり帰ってこないことがよくあるが、今回もそれ例にたがうことないだろう。

それから一週間、特に代わり映えのない日々をすごしていった。
ただ、変わったこととしては、今まで接触のなかった北方さんの家を何度か訪れた事、それともう一つ、理沙が僕の分の昼食を毎朝、作ってくれることくらいだろう。


315 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/05/11(金) 01:56:56 ID:Nqnf7ECO
金曜日の帰りのHR―。
僕の通う学校は私立にしては珍しく、週休二日制で随分ゆとりがある。
そんなわけで金曜のHRというのは各々が開放感に満ち溢れ、週末の予定に思いを馳せる。
映画館に映画を見に行くことになっていたので、僕もそういった生徒の例に漏らさず、こみ上げてくる喜びに浸っていた。
まあ、そんな感じでみんな気が抜けているから、必然的に月曜日の忘れ物や遅刻、更なるツワモノならば休んだりするものが増えてしまうのだが、その程度は許容範囲の必要悪ですな。

「じゃ、これで金曜もおしまい。週末はお前ら生徒の顔を見ないので先生も骨休めになります。」
おお、田並先生、実に思い切った発言を何気なくしているぞ。
満面の笑みを浮かべながらそういったので、先生も週末は何か楽しい予定でもあるのだろう。
「号令な。」
「起立、礼。」
「ありがとうございました。」

それでは今日もひとっ走りすることにしましょうか。僕の席は窓際にあるので教室の出入り口からは最も離れているのだが、そこで縮地法でも使ったのか、とでも思わせるように迅速に、狭小な隙間をするりするりとうなぎのようにすり抜け教室から出る。これで第一関門を突破。
広がる廊下は未だに人で埋め尽くされていないので、他の教室も含めて、生徒が部屋から出てくる前に矢のように走り抜ける。
それから、一階の昇降口まで直通になっている最後の砦である、階段を二段抜かしで降りていく。この方法はリスクも大きく、頭から転がり落ちて、天性の運動能力のなさ故に、かつて骨にひびが入ったことがあったが、毎日の積み重ねで慣れきっている僕はそんな真似はしない。


316 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/05/11(金) 01:58:01 ID:Nqnf7ECO
そうして、三学年共通で使用する昇降口に到着したら、右端の二年理系クラスの方へ向かう。
が、その刹那、強い衝撃を全身で感じた。
と同時に聞こえたのは、よく聞きなれた声、目に入ったのはブロンドの短い髪・・・。
「いたたた・・・、誰ですか?危ないですよ。」
僕が正面衝突したのは図ったように妹の理沙だった。
理沙は年不相応に小柄なので、家でも時々ぶつかってしまうことがある。
「あー、お兄ちゃん。今日は用事あるの?ないなら一緒に帰ろうよ。」
ぶつかった箇所を軽くさすってから、そう言った。
ニコニコと屈託のない笑みを向けてくる。やはり、理沙も週末だから少しばかり浮かれているのだろうか。
「そうだな。じゃ、たまにはそうしようか。」

昇降口に程近い、二年F組というプラカードが掲げられている駐輪場から自転車を出し、校門の前で理沙を待つ。
一年の駐輪場は昇降口から遠いので少しばかり時間がかかるので、
廊下や教室で抜かしていった連中が、少しばかり脇の校門を出て行くのが見えた。

317 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/05/11(金) 01:59:06 ID:Nqnf7ECO
「あら、誰を待っているのかしら?てっきりいつも通り全速力で帰ったと思ったのだけれど。」
他のクラスメイトにはないような清冽な声。少しばかり慣れたとはいえ、
不意にこの声で後ろから声をかけられるとうろたえかねない。
そう、それは北方時雨さんの声だった。

「驚かせたみたいね、ごめんなさい。でも、あんなに急いでまで誰を待っているのか、不思議に思うでしょ?」
訂正する、うろたえかねない、ではなく狼狽している、だ。
「え、あ、ははは、そうだね。」
そんな狼狽しているが故の、気のない返事をするとおもむろに僕と三歩の位置にまで近づいてきた。
い、いかん。図書館の片づけをさせられた時の怖さを超越している。
当然こうなってしまうと、わが軍は極端に不利なのに戦線離脱できません・・・。
しかも、この構図だと僕が北方さんに叱責を受けているようにしか見えない。
「そんなに、おびえてどうしたのかしら?私が怖いのかしら?」
サンドイッチを屋上で食べたときも、彼女の家にたびたび訪れたときも、こんなに怖さを感じたことはなかった。
今日の授業中も普段となんら変わったことがなかったというのに、いったいどうしたことだろう。
「い、いや、そ、そんなことはない、よ。」
「・・・そう。まあいいわ。今からまたうちに来てくれないかしら?」
「え、まあ今日は・・・」

今日は理沙と帰って週末の計画を立てるから不可能、と断ろうとした時に、
「あれ、北方先輩、お兄ちゃんに用ですか?」
という、理沙の不機嫌そうな声が自転車を転がす音と一緒に聞こえてきた。
おお理沙、ナイス・タイミング!
ちょっと例は悪いが、ハブに睨まれているところへマングースがやってきた、みたいだ。いや、例が悪すぎか・・・。

318 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/05/11(金) 02:00:01 ID:Nqnf7ECO
不機嫌そうな声を歯牙にもかけずに、北方さんは短く答えた。
「ええ、少しばかり。」
「そんなにお兄ちゃんに近づかないでいただけます?お兄ちゃんを苛めているように見えますよ。」
理沙は理沙で、おざなりに答えた北方さんに対し真っ向から、機嫌を逆なでするような発言で報いた。
北方さんに理沙の話をしているときにも思ったが、何故こんなに険悪になるのか僕には理解できない。

「くすくす、本当にあなたは松本君が好きなのね。でも、依存しすぎるのはどうかしら?」
その発言で完全に理沙は切れた、そう確信した。
「私たち、もう帰らせていただくので。」
「あら、さっきも言ったでしょう?松本君に用事があると。」
「先輩は随分と勝手なんですね。先輩が用事があってもお兄ちゃんは先輩に用事がないかもしれませんよ?」
怒気を含んだ声で躍起になって言い返した。空気がぴんと張り詰めていて、
かなりいただけない状況なのは重々承知だが、何をしたら良いのか分からない。
何かしても、結局どちらかにとっては良い状況に、もう片方にはそうでなくするのは目に見えているからだ。
「松本君、あなたは約束、きちんと守る人よね?」
こちらに向けられた北方さんの声は清冽さをたたえていた。
が、それと同時にほのかな柔らかさがにじみ出ているように感じた。
おそらく、北方さんは僕が彼女の思うように答えてくれる、と期待して、
いや、寧ろ確信に近いようなものを持っているから生じる柔らかさなのだろう。


319 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/05/11(金) 02:00:45 ID:Nqnf7ECO
僕はなぜか、その彼女の期待ないし確信を裏切ることができなかった。
「理沙、ごめん。今日は北方さんに英語を教わることになっていて、用事が入っていたのを忘れてた。本当に悪いけど、先に帰っていてくれないか。」
ゆっくりと一語一語をかみ締めるように言った。
「お兄ちゃん・・・・そんな・・・・分かりました。」
思いもよらぬ僕の回答が理沙を苦しめるのは分かる。・・・本当に悪いことをしているのは分かる。僕の一言で我慢して潔く身を引いたために、それがより、僕に罪悪感を感じさせる。
「・・・お兄ちゃん、でも何かあるといけないから、なるべく・・・・なるべく早く帰ってきてね・・・。」
そう最後に一言だけ言うと、理沙は転がしていた自転車に乗り、車輪を走らせた。

理沙が行ってしまうと北方さんが口を開いた。
「・・・ごめんなさい。悪いことをしたのは、私にだって分かる。でも、意地を張ってしまって・・・。」
「・・・まあ、いいよ。理沙には後でフォローしておくから。それよりも用事って何?」
「この前、私の家に来たときに忘れ物があったので、それを取りに来てもらおうと思って。」
ああ、そういえば前回、家についてから何かないと思ったが、彼女の家で忘れ物をしていたのか・・・。



320 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/05/11(金) 02:01:42 ID:Nqnf7ECO
松本理沙は悲しみと悔しさにさいなまれながら、自転車を走らせていた。

何でこうなってしまったのだろう。
私は久しぶりにお兄ちゃんと一緒に帰りたかっただけなのに―。
最近の学校生活についてやこの前読んだ本について、とか取りとめもない内容を話していたかっただけなのに―。
そうする事をお兄ちゃんも選択してくれましたよね。
いきなり、ぶつかってきてとても痛かったけど、
そのぶつかったのがお兄ちゃんだったから、私ね、うれしかったんだよ。
一緒に帰る段取りができたのに、それを横から入ってきて、いきなり根拠のない『用事』を持ち出してきて・・・。
それを排除して、一方的に迫っているのを排して、帰ろうとすることは間違っていないのに―。
これほどまでにお兄ちゃんのことが大好きなのに―。
何故、どうして、お兄ちゃんは失礼な先輩との約束を重んじたの?

お兄ちゃんはずっと私だけのお兄ちゃんだった。私が小さいときからずっと。
だから、こんなことになるとは露ほども思っていなかった。
いつだったか、雌猫の存在について考えていたけれども、そんなことは絶対にないなどと、勝手に心のどこかで錯覚したまま置き去られていた。
だから、北方先輩の存在を知ったときも、当然癪な感じはしたが、数あるクラスメイトの一人でお兄ちゃんの周りにいあるお兄ちゃん引き立て役、程度の認識で済ませていた。

でも、私は大きな勘違いをしていた。
彼女がうわべだけは清潔だが実際は汚らわしい雌猫である、という事実を誤解していたのだ。
雌猫は私をうまく出し抜いてお兄ちゃんを自分の玩具にでもしようと思っているに違いない。
でも、そんな奇襲が通用するわけがないよ。だって、お兄ちゃんが私を捨てるなんてことはありえないから。
お兄ちゃんは私の胸の中で眠ることはあっても、わざわざ猫の家に入るはずがない。
さっき、私はお兄ちゃんに何かあるといけないから、と言ったけれども、問題の温床になるのは雌猫さんなんだよ?
今、お兄ちゃんは悪い悪い雌猫さんにだまされているだけだよね?
当然、お兄ちゃんの本意からの行動じゃないはずだよね。
心優しく良識的な、お兄ちゃんだもの、きっと相手を傷つけないために気を遣っているだけのはず。
もし、もう既に毒気にあてられているなら、解毒剤を作って、猫さんを駆除する薬をすぐに作ってあげるからね。
そうすれば、いつもの優しい、私だけを見続けてくれる、『お兄ちゃん』になってくれるよね?

321 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/05/11(金) 02:02:18 ID:Nqnf7ECO
これまでにも既に何回か訪れた北方さんの家だが、視界を完全に遮る高い壁、重厚で威圧感あふれる威風堂々とした母屋、落ち着いた佇まいの中に季節を感じさせる整った純和風の庭。
この物々しさには一般庶民の自分には馴染めるものであろうはずがなく、ただただ圧倒されるばかりであった。
「松本君。来ないのかしら?」
いやはや、圧倒されるを通り越して呆然としているようにでもとられましたかね?

今日はいつもの客間には通されずに北方さん自身の部屋に通された。玄関の靴箱にいくつか大人用の靴があったから、おそらく彼女の両親の仕事の関係なんだろう。まあ、僕には関係のないことだが・・・。

北方さんの部屋は和室で几帳面に片付けられており、本棚には所狭しと活字の本が埋め尽くされており、どれもラノベと漫画で長年熟成されてきた脳の思考回路ではオーバーヒートしてしまいそうな内容の本だった。
その部屋からは、よくある女の子女の子したそれではなく、非常に瀟洒な印象を受けた。
部屋の状態が頭の中身、だと物の本で読んだが見事にそんな感じだ。


322 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/05/11(金) 02:02:58 ID:Nqnf7ECO
テーブルの近くには腰掛が二つしつらえてあり、そこに腰掛けるよう北方さんが勧めてきた。
「はい、この前の忘れ物よ。クスクス、悪いけれどもそのラノベ、読ませていただいたわ。」
例によって、唐突に忘れ物の話が振られたのですぐに何のことを言っているのか分からなかった。
忘れ物は読みかけのラノベだったのだが、内容としてはかなり脱力系の内容だったはずだ。
いかん、僕のキャラが頭の軽いやつ、ということになってしまうではないか!

「え、そんな本、北方さんには物足りないのでは?」
「いいえ、いろいろなジャンルの本を読むことは良いことだわ。」
この程度ならわざわざ北方さんの家で帰さなくてもいいのでは、という至極当たり前な疑問が今頃になって浮かんできた。別にこの程度なら、学校で帰してくれても良かったのに。
そんな事を考えていると、北方さんはお茶請けを用意するといって、部屋を出て行ってしまった。

もう一度、部屋の中を見回してみた。本棚には名前しか知らない哲学者の本、心理学、歴史やら政治やらの本が収納されていた。
次に目がいった飾り棚には掛け軸が掲げられ、茶道具がおいてあった。庭に面した窓の近くに机があり、その周辺に学校の教科書や参考書があった。
この部屋に入って、部屋の主が女の子という以前に学生から逸脱しているような気がするのはおそらく僕だけではないだろう。
机の端のほうに置かれていた写真立てに彼女が家族と写った写真があったが、こういうところを見るとやはり彼女も普通の女の子らしい一面もあるのだな、などと思い片頬を緩ませる。
それから、机の上に置かれていた真紅のハードカバーの本に目がいった。
本の題名は”Albtraum”となっていて、英語とは違う感じなので意味が分からなかったが、その豪華な装丁から普通の本でないことは分かる。


323 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/05/11(金) 02:03:49 ID:Nqnf7ECO
何とはなしにページを送っていると、北方さんが部屋に戻ってきた。
その本を僕が読んでいるのに気がついて話しかけてきた。
「その本に興味を持ったのかしら?」
「まあ、少し。でも、僕に理解できるわけがない。」
「その本の題名はアルプトラウム―。ドイツ語で『悪夢』って意味よ。」
「アルプト・・・?」
本の内容を分かりやすくかいつまんで僕に話してくれた。何でも、
ドイツのグリム童話の一つである、髪長姫とかいう話のアンソロジー的内容で、グリム童話といえば、白雪姫に出てくる王子のネクロフィリアのようにアンダーグラウンドについても深い内容だといわれるが、この本もそういった方面に目を向けた小説だった。

そんな本の話やら、彼女の趣味の話やらをしているといつものように日が暮れてしまっていた。
そろそろ帰ろうかと変える頃合を見計らっていると、誰かが部屋の扉をノックしてきた。
北方さんがどうぞ、と言うとやや白髪が混じってごま塩頭になっている男が入ってきた。
写真に写っていた人にそっくりだったので、おそらく彼は彼女の父親だろう。
「どうも、君の名前は・・・松本君、だったかな?」
「ああ、はい。松本弘行です。お邪魔してます。」

324 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/05/11(金) 02:04:52 ID:Nqnf7ECO
そういうと、僕は彼に連れられて自身の書斎に入っていった。
基本的に部屋の内装は時雨さんのものと同じようだ。
お茶を僕に勧めると、彼は取りとめもない世間話を始めたが、暫くすると彼女の話になった。
おそらく、これが本題であろう。
「いつも学校で、娘がお世話になっているそうだね。」
「そうでもないですよ。僕なんかは逆に迷惑をかけているかもしれないです。」
そういうと彼は、ははは、と静かに笑った。
「時雨は君も知ってのとおり、人付き合いが苦手でね、今まで同性の友人ですら連れてこなかったものだった。」
「でも、君が良くしてくれるようで、最近、娘が家でも明るくなってきたようで、本当に君には感謝している。」
同性の友人すら家に呼んだことがない、そう確かに彼は言った。それはやはり尋常ではない。
いったい何があって、彼女は人付き合いが苦手になってしまったのだろうか。
「本当にこれからも娘と仲良くしてやってくれ。あの子の話し相手は君だけなのだ。情けないことだが、私は時雨に嫌われているようでね。あの子には母もいないし、話し相手が必要なのだよ。」
うなるような声でゆっくりとそう述べた。

しかし、母もいないし、というところは驚きであった。
そんな話を彼女から一度も聞いていないし、こちらから聞いてもいないのだから、
知らなくても当然といえば当然だが。ふと机の上の写真が反芻される。
あの写真には確かに母親らしき人物は写されておらず、父親とも微妙な間を置いて写真に写っていた。
もし、それが昔からの彼女の家族の状態だというのなら、これほど悲しいことはない。


325 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/05/11(金) 02:05:44 ID:Nqnf7ECO
「母がいない、とは?」
「ああ、娘から聞いていないのか。時雨の母、まあ私の妻だが、妻は恥ずかしい話なのだが、私が家庭をないがしろにしたせいで精神をわずらっていてね。長らく、精神病院に入院していたが、二年前に他界したよ。
さらに妻は、実の娘でありながら時雨のことをひどく嫌っていた。
時折ひどい折檻を時雨は受けていたのだが、私自身知っていながら、どうすることもできずに、放っておいた。
それで時雨に嫌われているのだから、当然の報いなのだが・・・。」


それから、彼はにぎやかに夕食を三人で取りたいと提案したので、せっかくなのでご相伴させてもらった。
北方さんは父と一緒に食事をすることに難色を示していたが、僕も一緒であることを知って承諾した。
食事は非常に良いものであったのだろうが、あまり美味しく感じられなかったのはさっきの話が原因だろう。
北方さんにこんな辛く、悲しい過去があったとは知らなかった。
僕などは家族内にこれといった問題もなく、これがごくごく普通の家族だと思っていたが、実際はそうではないのだ。
彼女のような不運な例も世の中には山ほどある。
自分がいかに非力とはいえ、自分から僕にアプローチして立ち直ろうとしている、時雨さんの助けになりたいと思った。




326 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/11(金) 02:07:46 ID:Nqnf7ECO
第四話ここまでです。


327 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/11(金) 10:26:47 ID:DioKE6CB
このラノベ兄貴! 妹と帰ってやれよ!
俺にもし妹がいたら毎日一緒に帰ってそれからあれやこれy(ry

328 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/11(金) 13:20:07 ID:9B/kDN8/
>>311
ヤンデレ対決になるかと思ったら奈津子が普通にいい子でハッピーエンドでよかったよかった
でも本音では……残念だ!もっと修羅場を!
と思ってしまう俺はもう駄目かも分からんね(´・ω・`)
続きも待ってますw

>>326
時雨さん大幅リードか?
ここからキモウトがどんな風に病んで反撃するかにwktk!

329 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/11(金) 18:01:24 ID:6Pae6zRB
>>314
とてつもないGJ!!
最高です!

つかぬ事をお尋ねしますが、前に何らかのヤンデレ作品を執筆したことはありませんか?

330 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/11(金) 20:36:45 ID:wB3f3cOT
それでもキモウトなら、キモウトならきっとなんとかしてくれる!(AA略

331 名前:伊南屋 ◆WsILX6i4pM [sage] 投稿日:2007/05/12(土) 00:32:36 ID:DFTgfRRy
携帯の機種変に伴い送信サイズが強化され、更にデカい絵をはれるようになったんだがさて、ちゃんと表示されるだろうか。
http://p.pita.st/?xsumijtz

332 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/12(土) 00:38:24 ID:ZJPt79ce
おお、GJです!
取り合えずPCでは見れますな。デカイけど。

333 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/12(土) 09:15:01 ID:KsNNBbDE
>>331
GJJJJJ!
アリス可愛いよアリス

334 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/12(土) 10:08:23 ID:pNAx/EdK
>>311
乙~。今まで一番の危険要素だった奈津子が急に聖人君子になったのには違和感があるけど、
精神的に余裕ができたからでしょうか?話をまとめるにはいい結果なんでしょうね。
その分選ばれなかったらどうなるか気になりますが。

335 名前:伊南屋 ◆WsILX6i4pM [sage] 投稿日:2007/05/12(土) 22:19:20 ID:DFTgfRRy
またデカい
http://p.pita.st/?srhii7at

336 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/13(日) 09:01:13 ID:oKLPW8iQ
>>335毎度GJ!
更紗可愛いよ更紗

337 名前:名無しさん@ピンキー[age] 投稿日:2007/05/13(日) 20:09:46 ID:5hRdrVG0
保管庫更新乙!

338 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/13(日) 20:43:48 ID:WG3NrSy+
おおマジだ。
保管庫更新お疲れ様です。

339 名前:伊南屋 ◆WsILX6i4pM [sage] 投稿日:2007/05/13(日) 23:34:33 ID:5hRdrVG0
一日一枚お茶会絵強化期間
須藤冬華
http://p.pita.st/?dkiab7rs
描いてから義手の事を思い出したが既に手遅れ。
そして冬華の両眼を描くのが初めてだと気付いた。

340 名前:51 ◆dD8jXK7lpE [sage] 投稿日:2007/05/13(日) 23:54:28 ID:6xMqvPde
間空きまくりやがりました。
とりあえず投稿します

341 名前:51 ◆dD8jXK7lpE [sage] 投稿日:2007/05/13(日) 23:56:02 ID:6xMqvPde
鬼葬譚 第二章 『篭女の社』

ごばんめのおはなし
==============================
「…う…ん…?」

あたしは、ゆっくりと目を覚ます。
どうやら、あたしは社の縁側ですっかり寝入ってしまっていたようだ。
耳に届く、ヒグラシの鳴き声。
気が付けば、あたりはもうすっかり夕暮れになっていた。

…何があったんだっけ。

寝ぼけた頭で、それまでのことを思い出そうとする。
たしか…やってきた儀介に思わず激昂して、父のことを思い出して
大泣きして、そんなあたしを儀介が優しく抱きしめて、そして―――

儀介が、あたしに結ばれて欲しいと。

「!!!!」

そこまで思い出して、あたしは自分が儀介に膝枕をされている
事に気がついた。
…そうだ、結局泣き止む事が出来なかったあたしは、儀介に誘われる
ままこの縁側で横になりそのまま泣きつかれて眠ってしまったのだ。

「…あ、あ、あたしっ!」

あたしは慌てて体を起こし、服の袖で乾いた涙の後をごしごしと拭い去る。
今更ながら、泣き顔を見られた気恥ずかしさと、儀介の告白の言葉に、
顔がかぁと熱くなっていくのをあたしは感じた。

342 名前:51 ◆dD8jXK7lpE [sage] 投稿日:2007/05/13(日) 23:57:16 ID:6xMqvPde
「ぎ、儀介…?」

あたしは、恐る恐る儀介の顔を覗き込む。
一体、儀介にあたしはどんな顔をすればいいんだろう。
いや、その前に儀介のあの言葉にあたしはなんと答えればいいんだろう。
あたしの頭の中をぐるぐるぐるぐるといくつもの考えが浮かんでは消えて行く。
だが。

「…ぐぅ」

…当の儀介は、縁側の柱に背を預けて気持ちよさそうに眠っていた。

「こいつは…」

…ああ、そうだった。こいつはこういう奴だ。
いつだってあたしを振り回して、迷惑をかけて、そのくせ悪びれない。
あたしは、がっくりと肩を落として、大きくため息をついた。

「…ふ…ふふっ…ふふふふふふ…」

わたしの口から苦笑にも似た笑い声が漏れる。
思い返せば…ずいぶんと久しぶりに笑った気がする。
あたしは、顔を伏せて眠る儀介の姿をちらりと見た。

「あーあ…人に迷惑かけるだけかけるくせに、なんで嫌いになれないんだろ」

こいつは、いつだってそうだ。
迷惑をかけるくせに、どうしてもこいつを嫌いになる事が出来ない。
無防備な寝姿に、あたしはくすりと小さく笑う。

343 名前:51 ◆dD8jXK7lpE [sage] 投稿日:2007/05/13(日) 23:58:09 ID:6xMqvPde
「きっと、信じられるから…なのかな。
あんたは…絶対、間違った事はしないって、裏切ったりしないって…
信じられるから…」

ヒグラシの鳴き声。
暑い夏の日差しも沈み、少しずつ心地よい夜風が吹き始めている。
境内に居るのは、あたしと、儀介の二人きり。
…あたしは今、一人じゃない。
それが、こんなにもあたしの不安を和らげてくれる。

「だから、ね。あんたと一緒なら、きっと…うんきっと。
辛い事も、悲しい事も乗り越えられると思う。
あんたとなら…一緒になってもいいかな…なんて」

当人が聞いていないとなるとずいぶんと大胆な言葉が言えるものだ。
そんな自分に苦笑しながら、 あたしは儀介を起こすために
手を肩にかけようと手をのばした。

―――その瞬間。

「ん、ありがとな。しっかり聞かせてもらった」

儀介が、にやっと笑いながら顔を上げる。

「…へ?」

この時のあたしは、物凄く間抜けな顔をしていたに違いない。


344 名前:51 ◆dD8jXK7lpE [sage] 投稿日:2007/05/13(日) 23:58:54 ID:6xMqvPde
「あ、あ、あ、あんた起きて―――?!!」
「いやーその…なんだ。語り始めちゃってなんか声かけづらくってさあ」

ああ、つまり今までのあたしの恥ずかしい話は全部聞かれて
いたというか、あんなどう考えても求婚の承諾にしか聞こえない
言葉を聴かれてしまったというか、ていうか何でこいつはこんな
罠のような真似事をしてくれたのか、ええ、つまり―――その、なんだ。

「あー…紗代? おーい?」

儀介の声。
真っ白になったあたしの頭の中。
次の瞬間、あたしの体は本能の命ずるがままに―――

「うわぁぁぁぁぁぁっ!!!」

儀介の顔面に向かって盛大に拳を叩き込んでいた。


345 名前:51 ◆dD8jXK7lpE [sage] 投稿日:2007/05/13(日) 23:59:33 ID:6xMqvPde
==============================

「ゴメンナサイ、いや、マジで反省してます」

顔面がある種特殊な形状に変形した儀介が、あたしに平伏する。
無論、やったのはあたしだ。
あたしは、ぜいぜい荒い息をしなんがら儀介の顔を鬼の形相で睨みつけていた。

「いや、確かにお前を騙すような真似事をしたのは悪かった、反省してる」
「まったくよ! 騙されて恥をかいたこっちはいい迷惑なんだから!」

あたしは両手を胸の前で組むと、儀介から視線を晒すように明後日の方を向く。
そんなあたしに儀介ははぁと小さくため息をつくと、ちらりとこちらを見上げた。

「でも、逆に言えばさっきのは…本気だったんだろ?」
「うっ…!」

…それを言われると実につらい。
確かに、あの時の言葉は私の本心だ。それは間違いはない。

「そ、それはそうなんだ…けど…」
「けど、なにさ?」

顔は見ていないが、儀介がにやりと勝ち誇ったような笑みを浮かべて
いるのが判る。

346 名前:51 ◆dD8jXK7lpE [sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00:00:05 ID:6xMqvPde
「ええと…それは、その…つまり…」
「つまり?」

…困った、一瞬にして攻守が逆転してしまった。
なんと返したものだろうか、思いつかない。
考える、考える、考える、けれど、答えは出ない。
…いや、答えはある。それは既に得ている。
でも、それを認めてしまうことが、口に出してしまうのは、あたしは。

「…聞かせてくれないか。今度は、確かに」

躊躇するあたしの耳に届く儀介の優しい声。
その声に、あたしは思わず儀介の顔を見た。
…そこには、いつもの軽薄な笑顔はない。
あの日、あたしを呼び出したとき――いや、それ以上に
真摯な思いをあたしは感じた。
その顔を見たとたん、あたしの胸中の思いを閉ざしていた
戸惑いや躊躇はまるで氷が溶けるかのように消え去っていく。
代わりに浮かび上がってくるのは、深い深い思慕。儀介を愛しいと
思う、切ない想い。

そうだ。

答えを得ているのなら、それを知っているのなら。
それに素直になればいい、その答えを、ただぶつければいい。
単純な――あまりにも単純な事じゃないか。

347 名前:51 ◆dD8jXK7lpE [sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00:01:08 ID:NkYkZKe6
気付いてしまえば、何も悩む事などない。
あたしは、小さく微笑むと儀介の顔を見つめ返す。

「わかった…うん、言うよ」

あたしは床に膝を着き、頭を深々と儀介に向かって下げる。

「儀介…様。此度の縁談、謹んでお受けいたします。
ふつつかな娘ではございますが、どうぞ末永くよろしくお願いします」

…なんだか、畏まった物言いがこそばゆい。

「…く、くはは、あははははは…!」

笑い声。顔を上げれば、儀介が腹を抱えて笑っている。
そんな姿に、おもわずあたしの頭にかぁと血が上ってきた。

「わ、笑うなぁッ! あ、あたしもなんか変な感じだなーとか思ってるんだから!」
「い、いやでも、似合わない…その物言いは…似合わなすぎる…」
「う、うるさいうるさいうるさいー!」

…やっぱり言うんじゃなかった。
あたしは、むっとしたまま儀介に背を向ける。
そんな背を向けたあたしに後ろから手が回され、優しく抱きしめられた。


348 名前:51 ◆dD8jXK7lpE [sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00:02:41 ID:NkYkZKe6
「…ありがと、なんつーか、その、嬉しい」

耳元で囁かれる、優しい言葉。
これがこいつの常套手段だとわかってる。
…わかってはいるのだが。それでも、その言葉にあたしの心がきゅうと
締め付けられるような心地よさを感じてしまう。

「あんたの…そういうところ。あたし、嫌いよ…」

囁くように呟く、あたし。

「じゃあ…そういうところも含めてさ、好きに…なってもらいたいな…俺としては」

重なり合う、影。
その光景を見ていたのは、空に浮かぶ新円の満月、ただそれだけで。

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…申し訳ない、遅れた上に今回はここまで…
デレ長すぎ。


349 名前:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00:10:05 ID:Phq6Y94j
>>339、>>348
お2人とも、GJです。
では、続けて投下します。
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第十一話~前世の否定~
・ ・ ・

目隠しをされたうえベッドに長時間縛り付けられていると、無性に不安な気分にさせられる。

もしかしたら目隠しを隔てた向こう側には刃物を持った殺人鬼がいて、俺をどうやって殺そうか
考えているのかもしれない。
身じろぎをしただけで殺されるかと思うと、うかつには首を動かすこともできない。
それとも、どこか人目につかない場所にベッドごと閉じ込められているのかもしれない。
もし誰も来なかったら、この惨めな状態のまま死んでしまうだろう。

不意に、ベッドの下や天井を這うムカデやゴキブリの姿を想像してしまった。
無数の足を持った黒い虫たちがベッドの足を登って、または天井から落下して俺の体にやってくる。
奴らはうじゃうじゃと体中のあらゆる穴へと入り込んでいくが、手足の自由を奪われている俺は
成す術もなく害虫たちに蹂躙し尽くされてしまい、やがてショック死を迎えるだろう。

もちろん全部が俺の想像だが、何十分、何時間も横になっていれば無駄なことを考えてしまう。
暇だったら歌でも歌って気分をごまかそうかと思ったが、近くに誰かいたら恥ずかしいし
他人から同情を買ってようやく褒められるくらいの歌唱力しか持っていない俺は沈黙していた。
無駄な想像や馬鹿な行動以外にも、頭を使って考えるべきことはある。
俺をこんな状態にした張本人、菊川かなこさんについて。

彼女は俺のことを以前から、というよりもかなり昔から関係があったかのように言う。
それもただの知り合いや友達では無く、まるで恋人だったかのように。
俺が誰にも話していないようなこと(俺の体の弱点や、口でアレをされるのは好きじゃないという性癖とか)
を彼女は当たり前のように、確信に満ちた声音で口にした。
そのせいで、過去にかなこさんと付き合っていたのではないかと自分を疑ってしまった。

しかし、最初の記憶にある幼稚園の送迎バスに揺られているところから、頭脳と身体にアンバランスな
パラメータ振り分けがされていった10数年の回想を何度繰り返しても思い当たるフシが無い。
俺の記憶が渡り鳥に乗って日本を飛び出してアジアのどこかへ向かっていったのかもしれないが、
そんなものを抱えて越冬しようなどとはニワトリの脳でも考えまい。
つまり、俺がかなこさんと会ったのは、図書館で顔を合わせたときが初めてで間違いない。

ここまで考えて、俺の脳の回転は停滞した。
最後に辿り着くのは、俺はかなこさんと顔見知り程度の仲でしかない、という現状認識。
その程度の仲だというのに彼女は俺を部屋に連れ込んで犯したうえ、このベッドに縛り付けた。
何度考えてもそこで止まり、その先にあるはずの動機を掴み取れない。

まったくわけがわからない。
俺の偏った審美眼が10点満点をつけて賞賛するいかにもなお嬢様な雰囲気を纏った女性が、
知り合って間もなくどこの馬の骨ともしれない――自分でも言うのも変だが――男を監禁する、
という喜ぶべきなのか嘆くべきなのか迷うこのシチュエーション。
かなこさんが俺を監禁した理由は、彼女は俺を好きだからだ、ということで納得できる。
しかし、何故惚れられたのか、それがわからないのだ。


350 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00:10:54 ID:1Y4fZ/4D
貯めが長い分いずれ来る病みとのギャップが楽しみDAO(´・∀・`)