351 名前:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00:12:28 ID:Phq6Y94j
ガチャリ、と音がして誰かが部屋に入ってくる気配がした。
足音はしなかった。聞こえてきたのは、トン トン トン、という空気を伝わる軽い音だった。
その音が自分の方に近づいてきて、みぞおちの辺りにもどかしい不安を感じとったところで音は止まった。
続いて左側にベッドが軽く傾くと、陶器のカップにスプーンを入れたときの音がした。
チィン、とも、チン、とも表せる小さな音。

その音の正体が物騒なものでないことを祈っていると、視覚を覆っていた目隠しの布が外されて
閉じたまぶたの向こうに光の気配を感じられた。
数秒かけて目を光に慣れさせてから開くと、なんとなく予想していた通りにかなこさんが目の前にいた。
ベッドの左縁に腰掛けて俺の顔を緩やかな笑みで見つめている。
「おはようございます、雄志様。よい夢をご覧になれましたか?」
おはようございます、と言ったということは今は朝か。
でもパーティの翌日の朝なのか、それとも何日も経ってしまっているのかはわからないな。

「なぜ、不安な表情をしておられるのですか? 何一つ心配などしなくてもよろしいのに」
かなこさんの嬉しそうな顔が俺の視界を寡占すると同時に、一度唇が触れ合った。
俺がここにいることを、その行動で確かめるように。
くちづけの後で彼女は頬に薄紅を浮かび上がらせて、感嘆したようなため息をついた。
「ああ……本当に、雄志様がわたくしの傍に来てくださっている……。
そして、もう引き離されることがないなんて。なんという幸せものなんでしょう、わたくしは」
そう言いながら彼女は俺の体を跨いで上に乗り、ベッドに縛り付けられた俺の体を抱いた。
真上に乗られているのに、布団か何かであるかのように重さを感じない。
ちなみに俺は全裸の状態で、白いシーツを体の上にかぶされている。
彼女の手が俺の背中から胸までを余すところなく撫で回し、かろうじて胴体を隠していたシーツを捲りとった。
俺を見下ろす彼女の口からは透明な液体が垂れていて、荒い息が一定間隔で吐き出されていた。

「辛抱、たまりませんわ。……雄志様、お食事の前にもう一度体を重ねましょう」
食事とはなんのことだ、と思って左に視線を向けると、ベッド脇に置いてあるテーブルの上にトレイが
置かれていて、その上にはサンドイッチらしきものとコーヒーカップが1つ乗っていた。
かなこさんは俺のために朝食を持ってきてくれたのだろうが、どうやらその目的すら忘れてしまっている
ようで、身に着けている上着に手をかけて脱ごうとしていた。
その先に何が行われるのか予測できていた俺は、
「待ってください!」
と、何も考えずに声を出した。

だが、きょとんとする彼女を制止してから、二の句を継げなくなった。
なんと言えば、彼女の興味をそらすことができるんだ――?

「わたくしを、拒むのですか?」
言葉を探しているうちにかなこさんの表情が険しくなってきた。
緩やかな変化ではあったが、彼女の目は数秒前と比較すると明らかに違う色に変わっていた。
とろけるように潤んだ瞳から、俺を射抜くような冷たい瞳へと。
まずい。何か言わないと――


352 名前:名無しさん@ピンキー[yuuki3090] 投稿日:2007/05/14(月) 00:12:32 ID:rQHIT2/K
>>348
GJです。
ここからどうヤンでいくのか考えただけでも震えが止まりません。

353 名前:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00:13:44 ID:Phq6Y94j
「えっと……あの、なんで俺はベッドに縛られているんですか?」
間抜けな質問だとは思う。だが咄嗟に出せる質問はこれしかなかった。
「決まっているではありませんか。雄志様を一生お世話するために、ですわ」
「へ……」
「そして、二度とわたくしのもとから離れさせないため、でもあります」

また、口にした。俺は知らないのに、かなこさんは知っている俺の過去の断片。
二度、と彼女は言った。それはつまり一度目があったということだ。
そうだった。俺が彼女に聞いておかなければいけないことは、過去のことについてだった。

「これから俺がする質問に、真剣に答えてもらっていいですか」
「ええ、もちろんですわ」
即座に返答された。その躊躇いの無い返答から鑑みて、彼女が嘘を吐かないと確信した。

「俺と初めて会ったのは、どこでしたか?」
図書館で初めて出会った、と俺なら答える。しかしかなこさんは、
「その頃のわたくしはとても幼かったからはっきりとは覚えておりませんが、城内だったことは覚えていますわ」
まったくの予想外の返答をしてきた。
いや、予想外の返答をしてくること自体は予想していたのだが。
城内?それとも場内?今の発音からすると城内、だったように思うが……。
それに、幼かったころだって?いったい何歳ごろのことを言っているんだ。

「……俺との付き合いは、どれぐらいになりますか?」
「初めてお会いしたときから数えれば、今日で34年10ヶ月と3日になりますわ。
雄志様は覚えておられないのですか? わたくしは3つの頃からずっと数えてきたというのに」
34年!?それに3つの頃から?
だとしたら、かなこさんは37歳になるが……どう考えてもそれはないだろう。
何より俺はまだ24だ。37になるまで13年ばかり足りない。

「城内にいた頃に13年、この時代で21年を過ごしました。
しかし、この時代では1ヶ月もお会いしていないので正確には13年、となるかもしれませんが」
……何か、おかしい。
かなこさんの返答がおかしいというのもあるが、俺と彼女の間に何か大きなものが隔たっていて、
それが俺の理解を妨げているような気がする。

城内にいた頃と、この時代でのかなこさん。
この時代以前に存在していた、もう1人の俺。
――そういや、結構昔に読んだ本に似たような設定があったな。
前世で引き裂かれたカップルが再会して、結ばれるとかいうご都合主義のストーリーだった。
そういえば、かなこさんが図書館で探し求めていた本に登場する殺された姫と護衛役は、その本の
主人公とヒロインに繋げようとすれば繋げることができる。
まさか、そんなはずが。いや、もしかしたら……。

こんな頭を疑われるようなことは聞きたくない。聞きたくないが――聞かなければ話が進まない。
「もしかして前世で俺がかなこさんと知り合っていたとか、無いですよね?」
俺は、今の言葉を聞いたかなこさんが俺をかわいそうな人を見る目で見ていることを期待した、が。


354 名前:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00:14:54 ID:Phq6Y94j
「やはり、覚えていらっしゃったのですね……」
彼女は目に涙を一杯に溜めて、震える両手を組み合わせて胸の前に持ってきていた。
「その通りです。わたくしと雄志様は、前世で将来を誓い合っておりました。
雄志様はわたくしの護衛であると同時に、恋人でもあったのです」
唖然とした俺の顔を見つめながら、かなこさんは涙を流しはじめた。

彼女の流す涙はとめどなく流れだしていて、止まる気配を見せないところから嘘泣きだということは
考えられないが、それはつまり彼女の言葉が嘘ではないことの証明でもあった。
かなこさんの嗚咽はその頻度を増していて、今にも泣き声へと変わろうとしていた。

両腕が動けば彼女の涙を拭ったりしたのかもしれないが、あいにく今の会話のやりとりで明らかにされた
前世云々の設定を理解することに必死で、そうはできなかっただろう。
それほど頭が混乱していた。同時に呆れてもいた。
かなこさんと初めて会った日に連れて行かされた料亭で聞かされた前世を信じるかどうか会話を、
まさか本気でされるとは思わなかった。
ましてや俺にあの本の武士役を俺に当てはめられるなど、予想外の極みだ。
それだけの理由で監禁されていたのか、俺は。

かなこさんは俺がその護衛役の武士だったころの記憶を思い出した、とでも思っているのだろうが、
俺の頭の中は曇り空が広がっていてその中をカラスが飛び回っているところだった。
三点リーダしか浮かばない。なんだ、これは。
何故俺の知らない間に俺に関する奇天烈な設定がかなこさんの頭の中で展開しているんだ?
目の前で涙を流す女性には悪いが、前世の記憶など何も呼び起こされない。
これがご都合主義な本ならばここで俺の頭に電流でも流れて、お姫様との関係を育んでいって、
障害に遭いながらもハッピーエンドへと邁進していくのだろう。
かなこさんの脳内ではすでにその光景が広がっているに違いない。

「雄志様は、これからずっと……わたくしと一緒にいて……愛してくださるのですね。
本当に思い出して……くださるなんて。わたくしの想いが、伝わるなんて……」
かなこさんは俺がそう思っていることに気づくことなく、涙を流している。
まずいぞ。初めて会った日からどこか彼女は変わっていると思っていたが、さすがにここまで
いくともはや危険すら感じる。
どうする。逃げようにも四肢をベッドに固定されていては逃亡不可能だ。
だが、このままでは俺は前世で恋人同士だったからという理由でかなこさんと結婚でもさせられかねない。

かなこさんと結婚する――もしそうなったら俺の人生がいい方向に進むことは保証されるだろう。
政治的な影響力まで持っているらしい菊川家だ。そこの長女と結婚すれば、親類同士のいざこざは
あっても裕福な暮らしを送れるのは間違いない。
今のように六畳一間のアパートに住むフリーターから、一気に資産持ちへとランクアップだ。
その結婚に両親は反対などしないだろう。
基本的に俺を放任している人たちだから、俺が誰と結婚しても反対などしないだろうし、その相手が
大金持ちであったらむしろ結婚を推すに決まっている。
かなこさんを受け入れてしまってもいいんじゃないのか?
誰も反対などしないだろうし――香織と華はどうするかわからないが、あの2人も俺が自分の意思で
かなこさんを選んだと知れば何も言わないだろう。

どうする。かなこさんを受け入れるのか、それとも否定するのか。


355 名前:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00:15:41 ID:Phq6Y94j
………………。
俺は――やっぱり嫌、というよりは無理だな。
前世で恋人だったという理由で恋人になり結婚するなど、俺は御免だ。
なにより、俺の前世が武士だったりすることなどありえない。かなこさんの勘違いだ。
仮にかなこさんの言うとおりだったとしても、俺は結婚などしたくない。
そう思うのは前世の記憶が無いからかもしれない。
だが事実無根である以上、彼女を受け入れることなどできない。

そう結論付けたところでかなこさんを見ると、彼女の口から漏れていた嗚咽は止まっていた。
そして俺の顔へ目を瞑って接近してこようとするが、
「待ってください」
と、俺は本日二度目の制止の声を上げた。今度は否定の意思を込めて。
「……俺は、あなたが想っている人物じゃないです」
目前にあるかなこさんの顔から、喜びの色が減り始めた。

「勘違いですよ。俺が前世でかなこさんと恋人だったなんて、ありえません」
「ぇ……冗談でございましょう?
雄志様のお姿も、性格もすべてあの頃のままで……」
「それが勘違いなんですよ。
きっと他人の空似です。だって、俺には前世の記憶なんて無いんですから」
諭すような口調で言ったつもりだった。
しかし、かなこさんは俺の言葉を信じていないようで、小さくかぶりを振っていた。
「勘違いしているのは、雄志様のほうですわ。
間違いなく、雄志様はわたくしと前世で恋人だったのです。
その事実は、絶対に覆ることなどありえません。
あ……わかりましたわ。わたくしをからかっているのでしょう?」
「いえ、ですから」
「焦らすのはおやめください。もう、わたくしは我慢などできませんわ」

目の前にあるかなこさんの顔が再び近づいてきたので――俺は、無言で彼女の唇をよけるように顔をそらした。
「いまさら恥ずかしがらずとも。昨夜は一晩中まぐわった仲ではありませんか」
彼女には、俺の行動の真意など伝わっていないようだった。
彼女を傷つけまいと今まで言うことを躊躇っていたが、このままでは同じことの繰り返しだ。
――もう、終わりにしよう。


356 名前:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00:16:26 ID:Phq6Y94j
「こんなの、やめてください。
前も言ったでしょう。俺は運命とか前世とか、そんなことは信じていません。全部嘘っぱちです。
そんなもの、人の幻想で――」
「雄志様っ!!!」
言葉を途中で遮られると同時に、彼女が俺の首に手をかけた。
喉を強く圧迫され、呼吸を、血の流れを強制的に止められた。
悪寒が脳に、体に走る。

両手の動きを封じられた俺には彼女を止める術などなく、その苦痛を受け入れることしかできない。
かなこさんの瞳には俺の顔どころか一切の光も映していなかった。輝きの無い瞳。
その不穏な眼差しから読み取れるものなどなかったが、それが彼女の行動の目的を際立たせていた。
――かなこさんは、俺を殺そうとしている。

呼吸ができない。たった今も締め続けられている喉は空気を通さない。
かろうじて動く口でやめてくれ、と言ったつもりだったが声など出るはずもない。
かなこさんの目は淡々と、まっすぐに俺を見つめたままだ。
彼女の手の力が緩められなければ、間違いなく俺は死ぬ。

「以前、お食事をご一緒したときにわたくしは伝えたはずです。
運命から目をそらし逃れようとしたものは、その運命に押し潰される、と。
雄志様は、わたくしからは逃れられないのですよ」

鼻と目から血が噴き出しそうだ。息を吸いたい。頼む、呼吸をさせてくれ。

「これで雄志様は永遠に、わたくしのものですわ――――」

目の前が霞む。体が冷たくなってきた。もう、だめか――


357 名前:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00:17:57 ID:Phq6Y94j
と思った瞬間、いきなり首が開放されて、呼吸が自由になった。
息を大量に吸い込むと、体中の感覚が復活した。
それと同時に、目の前にあったはずのかなこさんの顔がなくなっていたことに気づいた。
いや、顔だけではなく、体の上に乗っていたはずのかなこさんの体までがどこかへいっていた。

息を吸えるありがたさを実感しながら乱れた呼吸を鎮めていると、左に誰かの気配を感じた。
おそるおそるその人物を確かめる。
そして、驚いた。思わず、ゲッ、と言ってしまうところだった。
なぜ、こいつがここにいるのだろうか。
この場に誰が来ても納得などできなかっただろうが、だからといってこいつがここにいることへの
疑念がなくなるわけではない。

昨晩までパーティ用のドレスを着ていたはずだが、今は藍色と白で構成されたエプロンドレスを着ている。
心配に思えるほどに細い腰のラインがよくわかる。
普段は眼鏡をかけているが、今はかけていない。もしかしたらあの縁無し眼鏡は伊達だったのかもしれない。
リボンでまとめられていた髪の毛は、今は結構長めの三つ編みになっていた。三つ編みも悪くないな。
普段は化粧をしていないそいつの唇が赤くなっているのを見て、こいつの格好がいつもと違うのは
変装しているからか、ということに気づいた。

家政婦に変装したその女は、ゆっくりと振り返くとまず俺の両手足の縄を解いてくれた。
久しぶりに自由になった体を起こす。その女に声をかけようとしたら、いきなり服を投げつけられた。
顔を背けたその女の頬は、普段より朱がさしていた。

「早く服を着てください、おにいさん。この部屋から逃げますよ」
俺のことを「おにいさん」との呼称で呼ぶ人間は現時点で1人しかいない。
従妹であり、幼馴染である、この女――現大園華だけである。


358 名前:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00:19:41 ID:Phq6Y94j
華に背を向けて下着、シャツ、スーツの順に身に着ける。ネクタイは外しておこう。
服を着ていると安心感が生まれて落ち着くものだ、と初めて気づいた。
命の危機にさらされると今まで当たり前にやっていたことの何もかもが貴重なものに思えてくる。
この感覚は大事にしたいが、もう二度と首を絞められたくはない。

「よし、もう着替え終わったから、こっち向いていいぞ」
そう言って振り向くと、すでに華の顔が俺に向けられていた。
「なぜ、顔が赤くなっているんだ」
「なんでもないです。別に着替えを見ていたりとかはしていませんから、安心してください」
……そういった蛇足はむしろ相手の疑念を強くさせるだけだと思うのだが。

「ところで、なんでお前がここにいるんだ。もうパーティは終わっているんだろ」
「十本松先輩に忠告されたんですよ。かなこさんがおにいさんを監禁しようとしている、って。
この屋敷の中にある十本松先輩の部屋に泊まって、変装してここに来たってわけです。
まさかこの人がそこまで強引な手をとってくるとは思わなかったんですけど」
そう言って後ろを向いた華の視線の先には、倒れ伏したかなこさんがいた。
おそらく俺が解放された瞬間からあの状態なんだろうが、ぐったりとしたまま動かない。
「おい、大丈夫なのか?」
「気絶しているだけですよ。私はただ放り投げただけですから」
「放り投げたって、お前……」
「首に手を回して空中に投げました。首から着地しないかぎり死んだりはしませんよ」

成人女性を放り投げたのか、こいつは?
小さい頃から俺の後ろをついて回っていた幼馴染は、いつのまに武闘派へと成長をとげたんだ。
「私としては、あのまま一生目を覚まさないでほしいんですけどね」
「それはまずいだろ、さすがに……」
「まずいって、何がどう、まずいんですか」
「そりゃ、お前……?」
なんだ、この違和感と、居心地を悪くするプレッシャーは?
「死んでもいいじゃありませんか。あんな女は」

……これか。華の体から放たれる不穏な気配と突き放すような声がその正体だ。
「おにいさんを監禁したんですよ、あの女は。
昨晩何があったかなんて、私にだってわかりますよ。だからあえて聞きはしませんけどね。
ですけど、私はそのことを許すつもりなんてありませんよ」
「華、お前、何を言って――」
「当たり前のことを言っているだけですよ。
自分の好きな男性を寝取られて、心中穏やかでいられますか? 少なくとも私にそんなことはできません。
憎しみしか覚えませんよ、あの女に対しては。
女性に甘いおにいさんを部屋につれこんで、無理矢理行為に持ち込んで、そして奪い取ろうとする。
そんな卑怯な手をとる女を許せるわけないでしょう!!!」

腰がくだけそうだ。俺を見る華の目が、怖い。
こんな風に考えたことなんか一度もないのに、俺は――心の底から華に恐怖していた。


359 名前:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00:21:33 ID:Phq6Y94j
「さっき、あの場に1分でも遅れて到着していたら、おにいさんは死んでいました。
私はおにいさんを守るって誓っていたのに……もう少しでその誓いを破るところでした」
ベッドの右側にいる俺のもとへ、ベッドを迂回して華が近づいてきた。
普段から華は無表情をベースに俺と会話をする。このときも無表情のままだった。
だが、今ばかりは感情を読み取らせないその表情から、抑え切れていない怒りが噴出していた。
「でも、もう大丈夫ですよ。二度と他の邪魔者につけいる隙は与えませんから。
だから、早くこの部屋から出てあの女から離れましょう、おにいさん」
華の言葉を聞いて、悪寒と一緒に俺がさっき殺されかけたことを思い出した。
かなこさんが起き上がる前にこの部屋から出ないと、また彼女に襲い掛かられるかもしれない。
そうなる前にこの部屋から脱出しなければ。

華が右手を俺の前に差し出した。俺がその手を握ろうとしたとき、唐突に空気を切り裂く音が聞こえてきた。
反射的に手を引っ込めると、一瞬前まで手を伸ばしていた空間を何かが通り過ぎて、間を空けてくぐもった音がした。
その音がした方を見る。右側の壁にかけてある油絵が、縦にまっすぐ伸びた線を入れられて台無しになっていた。
油絵の下では、床の上に落ちた銀製のトレイがぐわんぐわん、と音を立てながら動き続けていた。

トレイが飛んできた方向を見ると、斜め下へ向けてだらりと右手を伸ばしたかなこさんがベッドの向こうにいた。
彼女の足元にはサンドイッチやカップが散らばっていて、こぼれたコーヒーが絨毯にしみをつくっていた。

「――逃がしませぬぞ、雄志様。いざとなれば、四肢を切り落としてでもこの部屋からは出しませぬ」
その言葉が冗談じゃないということは、さっき俺を殺そうとした事実が証明している。
どんな方法で切断するかはわからない。だが、彼女はやると言ったら本当に実行してしまうだろう。

「そんなことを、私が許すと思っているんですか」
そう言った華の瞳はかなこさんの姿を捉えて、視線で焼き殺そうとしているようにも見えた。
俺にその視線が向けられていたら、一言も声を発することなどできないが、
「この、泥棒猫が。わたくしから雄志様を奪おうとするなど……身の程をわきまえろ!」
対峙するかなこさんの気は、一歩も引こうとしていない。
空気が重くなっていくのを感じられる。息を吸うことすら躊躇いそうになる。


360 名前:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00:24:45 ID:Phq6Y94j
「――おにいさん、先に部屋を出てください」
華は俺に背を向けて、かなこさんの方へと歩き出した。
「待て! お前、一体何をする気だ!」
「あの女を、終わらせます。二度とおにいさんに近づけないようにしますから」
終わらせる?まさか、殺す気か!?
殺す、なんて簡単に使う言葉ではないけど、この場の空気では殺人がたやすく行われてしまいそうだ。
いけない。人殺しなんて誰もしてはいけないけど、華がそれをするなんて絶対に駄目だ!

「お前も一緒に逃げよう! そうすればそんなことしなくてもいい!」
華の肩に手を置いて歩みを止める。しかし、すぐにその手をはらわれた。
「止めないでください。あの女に、これ以上おにいさんの周りでうろちょろされたくないんです」
「だから、待てって言って――」
もう一度手を伸ばしたとき、かなこさんの叫び声がした。
「雄志様にっ! 触れるなぁぁ!!」
呪詛の言葉を吐きながら駆け出す女性の顔は、般若のように目が開いていて、白い歯が牙のようにむき出しになっていた。

「おにいさん、離れて!」
華に強く突き飛ばされて、しりもちをついた。
見上げたときの華は握り拳をつくって、腰を落としていた。
この体勢から起き上がっても、もう2人を止めることはできない。
――間に合わない!
目を瞑って下を向き、2人がぶつかる音が聞こえてくるのを覚悟して待った。


しかし、聞こえてきたのは人がぶつかる音でもなく、
また2人のうちどちらかの声でもなく――鼓膜を破られそうな爆発音だった。

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話の切り方が微妙かもしれませんが、11話はこれで終了です。


361 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00:28:53 ID:D3qnn5tJ
リアルタイムGJ!
しかしかなこ派の俺にとってはちと悲しい展開になりそうだなぁ・・

362 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00:30:37 ID:hhicvyk/
一番槍ならず……。

>「――逃がしませぬぞ、雄志様。いざとなれば、四肢を切り落としてでもこの部屋からは出しませぬ」

これを言っている時のかなこさんの表情を想像して悶え死にそうになった。とにかくGJ!

363 名前:名無しさん@ピンキー[yuuki3090] 投稿日:2007/05/14(月) 00:47:41 ID:rQHIT2/K
>>360
GJです。続きがメチャクチャ気になります。

追伸
さっきは割り込んでしまいすいませんでした。

364 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00:48:02 ID:QcmVYqU1
初めてリアルタイムGJ!
まだ来てない香織の活躍が楽しみだ。

365 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/14(月) 01:08:32 ID:760VHSHH
こ れ は い い 具 合 に や ん で ま す な 。
神GJ!神GJ!

366 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/14(月) 01:10:13 ID:dMoXMz6W
投下ラッシュGJ!!
>>348 このデレの後にどう病んでいくのか楽しみ
>>360 自分もかなこ派だから展開がちょっと怖い…
続き期待してる!

>>363 ここはsage進行だからメ欄はsageで

367 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/14(月) 01:18:13 ID:cEH9gtNW
てか、悉く俺の巡回先に現れてはスレを上げていく
『yuuki3090』をNGワードに登録したんだけれど、目欄に有るから消えてくれない……。

何がしたいんだろう?
自己主張?

368 名前:‎[自重しろ] 投稿日:2007/05/14(月) 02:02:14 ID:Zal5WawL
ツール → 設定 → あぼーん → NGAddr → 『yuuki3090』追加


369 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/14(月) 03:33:03 ID:2Kx/Iwid
そういや今週の遊戯王
速攻魔法、狂惚女魂(バーサーカーソウル)か・・・

370 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/14(月) 06:44:10 ID:Hwjk+Ytc
各々方グッジョブ!

ところでイラストのCG彩色版をまた見たいのは俺だけ?

371 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/14(月) 07:07:52 ID:b4WLrMmY
しかし、現世にいる主人公本人ではなく前世の侍にデレてる罠w

372 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/14(月) 21:25:37 ID:9io3RlwA
言葉車キター

これで今週も生き抜いて行ける

373 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/15(火) 11:26:27 ID:+V/fhWCo
ヤンデレの小説を書こうが一気に過疎化している件について


374 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/15(火) 13:00:04 ID:+3Hd2uD9
>>373
嵐の前の静けさ

375 名前:無形 ◆UHh3YBA8aM [sage] 投稿日:2007/05/15(火) 17:54:50 ID:HLEzbkKD
ひっそりこっそり、続きを投下します

376 名前:ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] 投稿日:2007/05/15(火) 17:56:56 ID:HLEzbkKD
朝。
僕はペタペタと米を盛り付ける。
帰る前に綾緒がタイマーをかけていった炊飯器。
晩御飯と一緒につくり仕込んだ、弁当のおかず。
あんなことがあって、昨日は良く眠れなかった。
だからこんな朝早くから、綾緒の作った弁当を完成させている。
「にいさまのお食事は綾緒が何とか致します。ですからくれぐれも、織倉さまとやらには
関わらないようにして下さいませ」
微笑んで念押しをされた。
流石に詰め込むだけなら僕でも出来る。
配置の才はないが、作り終わり充分冷ました弁当を自室の鞄にしまう。
続いて朝ごはんに取り掛かる。
実はそれも綾緒が用意していった。
普段口にすることの無いような、高級な食材たち。
原型はすでに出来ているので、温めるだけで食べられる。
そうして電子レンジとテーブルの往復をしていると、こんな時間なのに呼び鈴がなった。
「珍しいな、何だろう?」
ピンポン。
歩く間もなく、2回目の呼び鈴。
ピンポン。
歩いて間もなく、3度目の呼び鈴。
ピンポン。
ピンポン。
ピンポン。
ピンポン。
大して距離のないはずの廊下を往く間、耳障りな呼び出し音が響き続ける。
ピンポン。
まるで「早く出ろ」と云わんばかりに。
ピンポン。
余程に急な用事なのだろうか?
ピンポン。
しつこく鳴り響く。
ピンポン。
いい加減煩いな。一体なんだろう?
首をひねりながら扉を開ける。
「え?」
僕は呆けた声をあげた。
「おはよう、日ノ本くん」
響いてきたのは、流麗なソプラノ。
そこには、朝は逢うことの無い織倉由良が立っていた。
学校の制服を着込み、手には鞄と、ビニル袋。
そして、いつもどおりの優美な笑顔。
「ど、どうして、先輩が?」
突然のことに、思わず尋ねる。
彼女とは家の方角がまるで違う。通学路が重なる知り合いは一ツ橋くらいしかいないはずだ。
「朝ごはんまだでしょう?つくりに来たの」
そう答えてビニル袋を持ち上げる。スーパーマーケットのロゴがプリントされたそれのなかには、
種種の食材が見え隠れしている。
「え、あ、でも」
僕がくちごもっていると、その間に先輩は靴を脱いで廊下を歩いて行く。
「あ、ちょっと、先輩・・・・!」
僕は慌てて後を追う。
「あら?これは?」
キッチンに入った先輩は、つくりかけ、否、並べかけの朝食を見て振り返る。
「日ノ本くん、朝はいつも食べてないんじゃなかったけ?起きるのもつくるのも苦手だって」
「えと、それは綾緒・・・・イトコが」
「そう」
喋り途中だと云うのに、先輩は僕を遮ってテーブルのお皿を掴む。
ドサッ、ドサッ、と音が響く。

377 名前:ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] 投稿日:2007/05/15(火) 17:59:39 ID:HLEzbkKD
それが皿の食材を廃棄している音だと気づくのに、暫く掛かった。
「せ、先輩、なにを・・・・・!」
「だめよ、こんなの食べちゃ」
振り返る。
先輩は笑顔。
けれどそれはいつもの気品と慈愛に満ちた笑顔ではなかった。
「新鮮なものを食べなきゃね。“これ”、昨日の残りか何かでしょう?そんなものを日ノ本くんの
口に入れるわけには行かないわ」
「でも」
「なぁに?」
先輩は目の前へ。
そして、僕の肩を掴んだ。
「痛っ」
「そう云えば日ノ本くん。どうして昨日は急に電話を切ったのかなあ?私、話してる途中だったよね」
「あ、その・・・・それは、すみませんでした」
「すみませんは良いの。私は“何で”って、聞いてるのよ?ねえ?私が悪かったの?貴方が悪かった
の?それとも――」
グッと、僕を掴む手に力が入る。
「一緒にいたって云う、イトコの女のせい?」
「い、痛い、先輩、痛いです」
「痛い?こうすると痛い?でもね、今はそんな話ししてる訳じゃないでしょう?私はどうして
“許可無く”電話を切ったのかって聞いてるの。わかるかしら?」
「昨日はその、ちょっと慌ててて・・・・すみませんでした」
痛みをこらえながら謝ると、先輩はとりあえず手を離した。
「昨日は私の晩御飯を食べに来なかったんだもの。朝ごはんは食べてくれるわよね?」
「・・・・・」
綾緒の用意してくれていた食材はすでにゴミ箱に叩き込まれていた。他には何もない。
「返事は?まさか食べないなんて云わないわよね?」
「あ、い・・・・頂きます・・・・」
「そう」
先輩は漸く笑顔をつくる。
「それでいいのよ。日ノ本くんは私の作ったご飯をたべ続けなきゃ。待っててね。腕によりをかけて
つくるから」
掛かっていたエプロンをつけ、腕をまくる。
「一緒にお弁当も作ってあげるから、楽しみにしててね」
「あ、それは」
「なぁに?」
「いえ、・・・・何でもありません」
綾緒がすでに用意している。
その言葉を飲み込んだ。
先輩はニコニコと笑いながら調理を開始する。
一方の僕は気が重い。
顔を上げると飾られている不気味な面と目が合った。
「そんな目で見るなよ」
呟いて目をそらす。
『深井(ふかい)』。
従妹がそう呼んでいた“面”は、恨みがましく僕を見つめていた。

空が蒼い。
屋上でははしゃぎながら昼食を摂る学生達の姿。
皆あんなに楽しそうなのに。
他方の僕は吐息する。
傷んだベンチに座る僕のひざの上には、二つの弁当箱。
云わずと知れた先輩と綾緒がつくったそれだ。
僕はあんまりものを食べるほうではないので、二つも平らげることはできない。
さりとて残すわけにも行かず、片方だけ食べるという選択肢も許されないだろう。
「どうするかなぁ」
空を仰ぐ。
すると、

378 名前:ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] 投稿日:2007/05/15(火) 18:01:21 ID:HLEzbkKD
「辛気臭い顔ですね」
ちいさいのに良く通る澄んだ声がした。
幽かな軋みを伴なって、すぐ横のベンチが撓む。
「ああ、お前か」
僕は視線を横――やや下に落とす。
そこには、無表情でとても小さい少女が座っていた。
一ツ橋朝歌。
小学校のときからあまり見た目の変わっていない古い知己。
弁当箱の入っているであろう小さな巾着と、三冊の文庫本がそばに置かれている。
「珍しいな、部室に居ないなんて」
僕は云う。一ツ橋は学校に居る間は殆ど部室に篭りっきりだ。
「たまには、むしぼししようと思いまして」
「本のか?」
「私のです」
文庫本に目を遣った僕を遮るように云う。
この娘はいつも淡々と喋る。のみならず、顔を話し相手に向けないので、独り言を云い合っている
よう感じられる時がある。今もそうだ。顔は勿論、視線も向けない。
「先輩のほうこそどうしたんですか」
前を向いたまま口を開く。
「いつもなら部室で部長といちゃついているでしょうに」
「別にいちゃついてなんてないさ」
「そうでしょうか」
「そう見えるのか?」
「ちんちんかもかもです」
「・・・・・・・」
絶句する。色々突っ込みたいが無視することにした。
「ここに来る前、部室に寄りました」
一ツ橋のちっちゃい手が文庫本を撫でる。これを取りに行った、ということだろう。
「部長、今日は先輩と一緒のお弁当だと浮かれていましたが」
「・・・・・・・」
「また辛気臭い顔になりましたね」
フェンスの一部を指差す。
「あそこ、実は金網が腐ってまして、体当たりすればダイブ出来るはずですよ」
抜本的な解決策を提示する後輩。有難くて涙が出る。
「気に入りませんか」
「当たり前だ」
「そうですか」
巾着を開けて弁当箱を取り出す一ツ橋。
彼女の弁当箱は縦に長い。段々になっていて、保温性に優れている水筒のようなデザイン。
「食べないんですか?」
「食べるよ」
2つの弁当箱を見る。
豪華な御重と、普通の弁当箱。
綾緒と、織倉先輩のそれだ。量も気も、重い。
「本物の漆塗りですね。今まで先輩が持ってる姿を見たことがありませんでした。
誰にもらったんですか?」
「・・・・・」
「二人の女性からお弁当をもらって困っている。先輩の変な顔の原因は、そんなところでは?」
「ぐっ・・・」
「当たりですか」
「だったらなんだ」
「賞品を下さい」
弁当箱を指差す一ツ橋。
「食べ切れなくて困っているのでしょう?なら、食べきれる分だけ取り分けてください。残りは
私が引き受けますから」
「え?いや、でも」
後輩を見る。
こんなにちっちゃい身体に、この量が詰め込めるとは思えない。
「問題ありません」

379 名前:ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] 投稿日:2007/05/15(火) 18:03:10 ID:HLEzbkKD
一ツ橋は僕の考えを見越したように口を開く。
「食べられるのか?・・・かなり多いぞ?コレ」
「多多、益益良し」
表情を変えずに少女は頷く。
――で、十数分後。
「・・・・・凄いな、お前」
視界には空になった3つの弁当箱。
無表情な後輩は特に苦しそうな様子も無く、すぐ横で本を読みふけっている。
6対4・・・いや、7対3くらいの割合で大量の食材は二人の腹に消えたわけだが、勿論僕が
『小』である。各おかずを一品ずつ食べて、それで終わりだ。弁当一個でも食べ切れなかったかも
しれない。なんにせよ残さずに済んだのは僥倖だった。
「助かったよ、一ツ橋。で、おなか、大丈夫か?」
「問題ありません。それよりも先輩」
「うん?」
「恩に感じているというのなら、交換と云う訳ではありませんが、事情をお聞きしても
宜しいですか?」
一ツ橋は本を読みながら独り言のように呟く。聞く気があるのか無いのか、今一つ判然としない。
「別に構わないが、なんでそんなこと聞きたいんだ?」
「好きなんです」
「え?」
「他人の人生を傍観するのが」
「あ、ああ・・・そういうことか」
びっくりした。
一瞬告白でもしてきたのかと思った。我ながら恥ずかしい奴・・・。
「本を読むのと同じです。他人の人生はそれがどんなものであれ観測する価値があります。
特に先輩のように大きく乱れそうな人は、最高級の娯楽です」
「娯楽・・・・」
「どうぞ先輩の口から茶番を紡いで下さい。拝聴させていただきますので」
「僕の人生は茶番か?」
「演じる人間と観覧する人間の差です。お気になさらず」
「それ、フォローのつもりか?」
僕は肩をすくめる。
一ツ橋が気にした様子は無い。仕方ないので斯く斯く然然と昨日今日の情景を告げた。
語っている間、後輩は相槌ひとつもうたない。唯、黙々と本を読んでいるだけであった。
全部を聞き終えると漸く、
「そうですか」
とだけ呟いた。
「それだけ?」
「はい」
無関心に頁をめくる。
イラストも写真も扉絵も無い無骨な文庫本。
表紙には、ただ英文でタイトルが一行。
「・・・・それ、なに読んでるんだ?」
「burlesque」
一ツ橋は抑揚なく呟いた。

ホームルームが終わる。
クラスメイト達が思い思い、予定予定に向けて歩いて往く中、僕はのたのたと帰り支度に務める。
「今日はどうしようかなぁ」
部室に往くべきか、道草でも食うか、さもなければ真っ直ぐ帰るか。
唯、なんとなく先輩には逢い辛い。
先輩は優しいから、多分今日も晩御飯に誘ってくれるだろう。
けれど、それは出来ない。
綾緒に念押しをされている。
今朝の――
今朝の一件ですら、従妹に知れたら、説教されることになるだろう。
いや、もしかしたらそれ以上のことがあるかもしれない。僕は身震いする。
懊悩し、逡巡していると廊下からざわめきが聞こえてきた。
それは次第に数を増やし、距離を詰めてきているようだった。

380 名前:ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] 投稿日:2007/05/15(火) 18:05:07 ID:HLEzbkKD
なんとなしに振り返る。
それで、ざわめきの理由を知った。
「織倉先輩・・・」
数多くのギャラリーに囲まれた学園最高の美少女がそこにいた。
先輩は微笑みながら僕の前へやって来る。
「迎えに来たのよ、日ノ本くん」
「む、迎、え?」
「ええ、そう。迎え。今日も部室に来てくれるんでしょう?一緒に往こうと思って」
織倉由良は笑みを浮かべたまま腕を取る。ギャラリーたちが「おぉ」と沸いたが、僕は困惑する。
「あの、先輩」
「なぁに?」
「その、今日はどうするか、まだ決めてないんですけど」
「そう。じゃあ今決まったわね。いきましょう?」
有無を云わさず腕を引っ張る。
廊下。
そして階段へと。
「ねえ、日ノ本くん」
引っ張りながら問う。前に進んでいるのでこちらを見てはいない。
「今日、お昼はどうしてたの?」
「え?」
「来なかったでしょう?部室に。どこにいたのかなぁ?」
一緒に一緒のお弁当を食べようと思っていたのに。
先輩はそう呟いた。
なんだろう。
どうも今朝から先輩の様子がおかしい。
妙に強引と云うか、焦っているみたいだ。
「えと、それは・・・・」
なんと云えばいいだろう?
弁当の処理に困っていた?綾緒に一線引くよう云われたから?
上手く言葉が見つからない。
「まあ良いわ。部室に着いたらたっぷり話を聞かせてもらうから」
握る腕に力を込める。
その直後――
「日ノ本先輩」
ちいさいのによく通る声がした。
僕も先輩も声の主に顔を向ける。
「一ツ橋」
「朝歌ちゃん」
ハードカバーの重そうな本を小脇に抱えた後輩がそこに立っていた。
一ツ橋は感情の篭っていない会釈をして、僕らを――繋がった腕を見る。
「ちんちんかもかもですね」
ぽつりと云う。果たして先輩には聞こえただろうか。聞こえていないほうが良い気がする。
「朝歌ちゃん、こんなところで声をかけてくるなんてどうしたの?」
「先輩に用がありまして」
先輩――僕のことだ。一ツ橋は織倉由良を部長と呼ぶ。
「・・・・」
織倉先輩の腕に、また力が篭った。
「朝歌ちゃん、日ノ本くんに何のよう?“今”、“ここで”、“私にも”聞かせてくれる?」
「それは無理です」
「・・・・どうしてかしら?私には聞かせられない?」
「用があるのは私ではありませんから」
淡々と云う。先輩には殆ど視線を合わせず、用事の対象――僕に無機質な瞳を向ける。
「どういうことだ、一ツ橋?」
「来客です。先輩の連枝と主張している人が外に」
「兄弟?日ノ本くんって、一人っ子よね?」
「ええ、そうですが・・・・」
答えながら距離をとろうとする。が、先輩はそれを許さなかった。がっちりと腕を掴みなおされた。
「朝歌ちゃん、聞いての通りだけど?」
「真偽は関係ありません。そう語っている人が外にいて、先輩を“待っている”と」

381 名前:ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] 投稿日:2007/05/15(火) 18:07:18 ID:HLEzbkKD
「“待つ”?呼んでいる、じゃなくて?」
織倉由良は首を傾げる。
「はい。“待つ”、です。兄の君(せのきみ)を呼びたてするような無礼はできない。そう云って
ましたけど」
「・・・・それって」
僕は顔をあげる。
「なあ一ツ橋、その娘、着物姿じゃなかったか?」
「いいえ。学生服でした。光陰館学院の」
「綾緒だ・・・」
他に光陰館に知り合いはいない。更に連枝を名乗るものとなると、一人だけだ。
「日ノ本くん」
すぐ横から、冷たい声がする。
「“それ”って、昨日、夕食の邪魔をしたイトコの女?」
「え?・・・邪魔?」
「なんでもない。ねえ、どうなの?イトコの女?」
「多分、そうだと思いますけど・・・」
「ふぅん、そう・・・」
織倉由良はつまらなさそうに呟いた。

「御初御目にかかります。日ノ本創(はじめ)が連枝。楢柴綾緒と申します。以後お見知り置きの程
宜しく御願い申し上げます」
市松人形は深々と腰を折った。
ここは学校の裏門。それほど人通りの無い――けれど僕にとっては通学路にあたる場所。
下校する生徒の幾人かが、この絶世の美少女を遠巻きに見つめている。
かくいう僕も一瞬見入る。家に来る綾緒は、いつも決まって和装だからだ。
超名門私立校・光陰館学院は、その制服のデザインでも有名だ。
優美にして可憐。軽くなく、さりとて野暮ったくも無いその意匠は評価が高い。
スカートは当然長い。光陰館では靴下は白か黒のハイソックスか、ストッキングと決まっており、
目の前の従妹の細くて長い足は黒のストッキングで包まれている。綾緒の洋装は滅多に見れないので、
なんだか新鮮だ。ちなみにうちの制服は何の可愛げも無いブレザーである。
そのブレザーに身を包んでいる女生徒二人は、それぞれ意味の異なる沈黙をする。
一人は傍観。もう一人は睥睨を。
「・・・綾緒、どうしてここに?」
“待って”いた従妹に質する。綾緒はいつも通りの穏やかな微笑で僕を見つめた。
「昨日(さくじつ)の言葉通りです。炊事一切を任されましたので、推参致しました」
その言葉に先輩が震える。僕は気づかない振りをする。
「家じゃなくてこっちに来たのか」
「はい。にいさまの学び舎を見ておくのも悪くないかと思いまして」
綾緒は笑う。すると、先輩が前へ出た。
「貴女・・・楢柴さん、だっけ?」
「はい。楢柴綾緒に御座います。織倉さま、でしたね。いつも兄がお世話になっております」
完璧な所作でお辞儀をする。先輩はどこか冷たい瞳だ。
「そう。私が日ノ本くんのお世話をしているの。今、貴女炊事がどうとか云ったけど、それは必要
ないの。彼の食事は全部私が作るんだから」
「まぁ・・・」
綾緒は上品に驚き、僕を見る。
「にいさま、織倉さまには、まだ告げていないのですか?」
「あ、いや・・・」
「左様で御座いますか」
一瞬。
従妹の瞳が細くなり、すぐにまた笑みを作る。
「織倉さま」
「なにかしら?」
「以前まで創さまの食(け)のお世話をして頂いたことには心より御礼申し上げます。ですが、以後は
その必要はありません。創さまのお世話は、妹であるわたくしが取り仕切りますので」
「なに云ってるの。日ノ本くんの食事は全部私が作るの。貴女の出る幕は無いわ」
「お心遣いは嬉しいのですが、赤の他人の織倉さまに縋るような真似は出来ません。身内事は身内が
負うべきである、と心得ておりますので」

382 名前:ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] 投稿日:2007/05/15(火) 18:09:06 ID:HLEzbkKD
「身内とか、そんなの関係ないでしょう?これは私と日ノ本くんの話なのよ?」
「左様で御座いますね。わたくしも創さまが御心に従う所存です。もしも織倉さまの言が創さまの
希望であれば、差し出がましい口はきくつもりありません」
綾緒が一礼すると、先輩は僕に振り返った。
「ねえ、日ノ本くん、毎日私のお料理を食べたいでしょう?」
鬼気迫る――どこか威圧めいた様相。他方の従妹は穏やかに微笑んでいる。
なのにだめだ。――綾緒のほうが“怖い”。
「先輩、やっぱりこれ以上は迷惑かけられないよ」
「なっ・・・・」
「礼節を知り、遠慮を知る。それでこそ殿方。それでこそ楢柴の血縁です」
先輩は絶句し、綾緒は頷く。まるでそれが予定調和だったかのように。
「待ってよ、日ノ本くん。私は別にめいわ、」
「織倉さま」
先輩の言葉を綾緒が遮った。
「織倉さまの恩情の深さはよくわかりました。ですが、創さまの気持ちも汲んであげてください。
織倉さまの厚意などいらぬ、と云うその御心を」
「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ」
先輩が綾緒に手を伸ばす。その瞬間――
「え」
ふわり。
織倉由良は天に浮遊し、一回転して着地する。
元通りの立ち居地。
コンクリートの上。
「御無礼。つい“叩きつける”ところでした。わたくしは創さま以外のかたに触れられると
手がでてしまうもので」
くつくつと笑う。穏やかなのに、まるで嘲笑。
「にいさま」
従妹が僕を見る。
「あ、ああ。先輩、すみません。今日は、その、帰ります」
呆然とする先輩に頭を下げる。
「一ツ橋、先輩のこと、頼む」
黙って傍観していた後輩に云う。一ツ橋は無表情に頷いた。
「にいさま、鞄をお持ち致します」
荷物を取り、半歩後ろに立つ従妹。
僕はもう一回頭を下げて、逃げるようにその場を離れた。
先輩と綾緒。
この二人は合わせるべきではなかったのではないか、と考えながら。

383 名前:無形 ◆UHh3YBA8aM [sage] 投稿日:2007/05/15(火) 18:11:16 ID:HLEzbkKD
投下、ここまでです。
まだ『ヤン』でおりませんがご容赦下さい

384 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/15(火) 19:05:14 ID:pOLYYkFL
ヤンの気配が漂ってきますな
これは続きが楽しみです

385 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/15(火) 19:22:24 ID:uszXS//j
後輩がかなり気になります…

386 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/15(火) 19:29:35 ID:zVDQoadv
>>383
GJJJJ!!
>顔を上げると飾られている不気味な面と目が合った。
ここで監視カメラが隠されてると深読みしてしまった俺マジどうかしてる。
それにしても、朝歌からなんとなく泥棒猫の匂いが・・・

387 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/15(火) 19:36:31 ID:krSIx0Ga
>>383
こっそりひっそりGJ



で済むわけない、ほトトギすキタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!!
焦って必死な先輩が可愛い&カワイソス
そして主人公のヘタレっぷりがナサケナスw
でももう病んでると思ってたけどまだこれからなのか(0゚・∀・)wktk

388 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/15(火) 20:37:03 ID:O1pVBFU5
>>383
導火線を放置する鈍感へたれ主人公にどきどきっす。

389 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/15(火) 21:23:24 ID:Efi2GD+e
こ、これでヤンでねーのー!?(゜Д゜; GJ!!

390 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/15(火) 22:17:21 ID:svjqIyH6
イイヨイイヨー!GJ!!
ところでさっきサムスピ零の動画見てたんだがナコルルの絶命奥義が
いい感じでヤンデレっぽくて俺bokki


391 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/15(火) 22:22:24 ID:svjqIyH6
http://www.youtube.com/watch?v=lP684sXPXDU&eurl=http%3A%2F%2Ftopicscollector%2Eblog55%2Efc2%2Ecom%2Fblog%2Dentry%2D1978%2Ehtml
ちなみにこれね

392 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/15(火) 22:29:34 ID:mpQ6LJbX
返り血を顔面に浴びるナコルルたん……悪くない。むしろイイ

393 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/15(火) 22:38:18 ID:2tvhu6pb
ホトドギスキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!
やっべぇよコレでヤンでないなら二人とも最終的には何処まで行くんだよ!
そして何気に後輩があの部長に対して一歩も引かない所に隠しスペックを感じるw

394 名前:名無しさん@ピンキー[] 投稿日:2007/05/16(水) 00:34:56 ID:WoFmhmsB
次あたりで爆発しそうなヤンにwktkです!神GJ!!

395 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/16(水) 00:54:34 ID:sGhvCEXz
後輩地味にスゲェw GJです!

396 名前:置き逃げ[sage] 投稿日:2007/05/16(水) 02:40:04 ID:hcICivob
「妖を愛した子」


暁の赤 

薔薇の紅  

少女の胸を貫く銀

全てを混ぜて

海の青に流していく

少女は憎しみも

憂いも

悲しみすら浮かべてなかった

ただ

最後に微笑みながら

彼女は愛してる永遠にと言った

多分彼女をやっと私だけのものにできた喜びだろう

頬に冷たい露がながれてるのは


397 名前:置き逃げ[sage] 投稿日:2007/05/16(水) 02:40:54 ID:hcICivob
「人間を愛した妖」


見えるのは彼女の笑った顔

音は何も聞こえず

ただ澄んだ海とお日様が見えた

不快な胸の違和感

彼女の手には黒い筒のようなもの

後悔はない

悲しみもない

もう一緒にはいられないから

最後に彼女に私を奪ってもらえて

嬉しいからだろう

この頬を流れる不思議な熱い雫が流れてるのは


398 名前:置き逃げ[sage] 投稿日:2007/05/16(水) 02:42:09 ID:hcICivob
彼女がいるのはいつもそばにいたあの子の家、りっぱなお屋敷に薔薇の匂いが仄かに香る
ちょっと古ぼけたお屋敷。
もう何年も彼女のお屋敷で彼女と一緒にいる。
彼女はもう動かないからだになってしまったけどすっとそばに居るって約束したから、
私が動かなくなるまで彼女を抱えて一生を過ごす

彼女も私もまだあの時の姿でここにいる。
誰にも邪魔されないこの空間で
あなたと二人で
ずっと
永遠に

彼女が聞いたら笑ってたかな
それとも悲しんだかな
もう分からないけど
私は今でも彼女を愛してる




可愛い寝顔に接吻をして、私も眠りにつく彼女と会うために
[END]

399 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/16(水) 02:51:01 ID:/efg0sfr
予想
部長→噛ませ犬。転落死
後輩→真のボス

400 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/16(水) 10:16:49 ID:sGhvCEXz
悪いとは言わんが、予想なんぞやめとけ。
俺らが幾ら考えてもそういうのはネタ狭めにしかならない

401 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/16(水) 12:46:21 ID:XREc24mI
そういう時は
「予想」ではなく「希望」とか「期待」と書けば
……あまり変わらんか。でもこれなら職人さんも書きにくいって事はないような希ガス。

402 名前:名無しさん@ピンキー[] 投稿日:2007/05/16(水) 13:28:10 ID:WumWaub4
いや、書きにくいだろ……
というか、希望とか期待だと
作者に自分の考えを押し付けてるわけで、
よけい性質が悪い

403 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/16(水) 14:21:31 ID:LyMQbtCS
一書き手の意見としては
どんな形であれ出された予想、意見は良い意味で裏切りたくなる。

404 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/16(水) 14:38:29 ID:ieDOLy3w
オンドゥルルラギッタンディスカー!?

405 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/16(水) 19:17:51 ID:1xPlibKL
我等名無しは職人さんの励みになるよう
努力するであります(・∀・)ゞビシィ!

406 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/16(水) 21:22:12 ID:mhVyjahV
>>399
ホトトギスともう一つ有名な句があるだろ。

『織田がつき

羽柴がこねし

天下餅

座して食らうは

徳川家康』

407 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/16(水) 22:24:38 ID:vTH+2oGv
>>406
つまり織田が羽柴を突き刺し、羽柴が織田の首をひねて両者ノックダウンのあと、
徳川が主人公を掻っ攫うでFA?

408 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/16(水) 23:17:28 ID:mhVyjahV
無茶苦茶深読みすると、


「織」田⇔「織」倉

羽「柴」⇔楢「柴」

天下⇔日ノ本

座して食らう⇔傍観者?

409 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/16(水) 23:19:59 ID:/0GYxAgA
徳川が一ツ橋か

410 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/16(水) 23:28:24 ID:gj/1UeoL
徳川には一橋と言う分家があってだな(ry

411 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/16(水) 23:34:52 ID:/0GYxAgA
それぐらいは分かるかなと思うよ

412 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/17(木) 00:19:16 ID:kNtxKg7Z
>>407
織田は人間の頭蓋骨を器にして酒を飲むような人だったしそんなもんじゃ済まないようなw

413 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/17(木) 03:23:29 ID:M/O+T7Ja
むむ、話題についていけない俺ガイル。
つまりこう考えればいいわけか。
戦国武将全員女性化、とか。
信長だしヤンでないはずがねー、とか。
秀吉だし報われねーだろうとか、可愛い顔して良いとこどりかよ家康ぅ、とか。
で、題名はドキッ!女だらけの戦国史、愛姫†無(ry


正直スマンかった。空気読めないコで。

414 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/17(木) 07:37:11 ID:bG6YP8Ga
それならばメジャーどころの明智は外せないだろう。
きっと昔ほど構ってくれなくなった信長をを……

415 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/17(木) 09:36:54 ID:WCvibJdX
……で、あるか

416 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/17(木) 10:10:01 ID:AlVL4NCf
実は本能寺の変は泥棒猫の蘭丸を始末して信長を監禁するのが真の目的
ところが信長は蘭丸との死を選択
絶望した光秀は自暴自棄になり秀吉への勝ち目のない戦に向かったのだった


こんな妄想をした俺はもうダメかもわからんね

417 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/17(木) 10:26:35 ID:EUjb/p4L
>>416
自覚があるなら大丈夫だ。
まだ間に合う。

はやく妄想の内容を具体的にここに書いて相談するんだ!

418 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/17(木) 10:28:02 ID:dqbns04T
戦国テニスでいいじゃない

419 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/17(木) 10:31:12 ID:t4LbtF7U
信長→蘭丸
秀吉→信長
家康→?
明智→信長
蘭丸→信長


なにこの四角関係w

SS作れそうだしw

420 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/17(木) 13:25:27 ID:pSj5PKIE
ア----ッ




な展開にしかならない・








ウホッ

421 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/17(木) 14:25:16 ID:AlVL4NCf
女人化すればいいじゃないか

光秀→クールな委員長タイプ。
ただしそれは外面だけで内心では情念を溜め込んでおり
あるキッカケで爆発すると手がつけられなくなる

秀吉→依存っ子タイプ
相手に尽くすのが生き甲斐
てゆーか何か命令されていないと不安になるため
自分が必要とされるような揉め事が起きるよう常に画策している

蘭丸→キモウトw


これは完全にダメかもわからんね

422 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/17(木) 16:12:01 ID:SDlGfvhX
終わりではない
始まりなのだよ

423 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/17(木) 16:47:02 ID:7QgyJbXl
信長にはお市という某ゲームで剣玉振り回してるある意味イッちゃった妹がいてだな

424 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/17(木) 17:02:10 ID:XNRJPn3L
史実でさえ旦那裏切って兄貴にしかわからない伝言送るしな

425 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/17(木) 18:55:42 ID:W/52R5T/
ここ見るたびに思うよ


妄想って楽しいな。誰にも迷惑かけねーし

426 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/17(木) 21:33:53 ID:aR1fCMb8
そこで前田慶次の登場ですよ

427 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/17(木) 22:02:03 ID:gBk8IY7/
どこでヤンが出るんだ?

428 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/17(木) 23:07:00 ID:xXgj+qJD
>>427
/        ,  iii ゙!,ヽ,  ,ヽ, ゝ、.. ;;;, ゙ヽ,
i゙       ,  ,! , ili l i., l;, i, l;;;;,`ミ゙ヾ';;;, ゙i i
!i゙ ;'   ,i  ,! ,/!,i,iハト, i, !! |i', ゙i; i;;;';';,,_ミ:: ;;, リ
lv',ィ' ,;;;i 〃;/ リ.リl| !l゙:,ト,゙:、li;'、 i:.゙i;..;;;;;;;,ヾ ;;:〈
,ィ,ィ/ ,,;;:;;イ,/シノン' ノ ゙l! ゙'いミ`ミゝミゝ、゙';;;;;;;;;;;;;'v;;;i
'" / ,;;-''シr--=、∠,,__゙、 ゙ゝ,;≧-─ミーi;;;;;;;;;;;;;;;;;;l
i゙i゙  ;;ヘ | ーt‐:ァミ:`、` ' '<"t::ラー- |;;;ハ;;;;;;;;;;i゙
゙;゙、 ( ハ,!  `""´'  ゙:   `' ` ´   ノ;リ ,i;;;;;;ノ
゙:,゙:、.ヽ,ミト:       ,  :.      ケノ./;;ャ'′
`:、`ー;      ,'.  :::,     '゙フー';;l゙
ノ,;;;;゙ト     `ー-‐'゙     /};;;;;;;l、
,ィ'ス、;;;|`、   -‐ - ─-   /,.};;;;;;;;;;「
_」 ゝ、;;;l ;゙:、   '''''''   ,ィ゙ 'ク;;;:;:;;;;」
_//   `:'、 ゙; ゙' 、      ,ィ'゙ ;'ク:::::::::::;`;、_
'"/  l    r‐`i゙:,  `ー---‐''゙  「..:::::::::;ィ^!;;;;;;;;;;;;
゙!   |:::::P"⌒`ヽr~''⌒`く! ::::::::i゚_ノ,;;;;;;;;;;;;
|   ,l:::::::|   / バ    ,l :::::;:;:;:;;;;;;;;;;;;;;;;;;
゙: /:::::::::゙i    ヽノ    l ::;:;:;:;:;;;;;;;;;;;;;;;;;;;


429 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/17(木) 23:39:02 ID:isWZdANn
銀英伝だとやっぱりラインハルトがヤンデレか?

430 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/18(金) 00:26:56 ID:/y35bQ8S
むしろフレデリカだよ。
ヤン(に)デレであり少女のときの一目惚れをその類希なるストーキング能力で成就させたヤン(病)デレ。

一目惚れから14歳の少女が軍人を志しその事務能力とコネをフル活用してヤンの副官の座をゲットし、
7歳も年上のヤンと結婚した上にヤンが謀殺されそうになると反乱を起こして助けている。

間違いなく彼女こそヤンデレ!

431 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/18(金) 13:58:30 ID:aPfSpHhB
前田慶次は直江へのラブラブっぷりがヤンだら面白そう

432 名前:名無しさん@ピンキー[] 投稿日:2007/05/18(金) 19:47:56 ID:CfGWN/LE
保管庫が見れないよ。

433 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/18(金) 20:03:32 ID:HPWwql/V
>>430
おまえのせいでフレデリカを見る目が変わった。ありがとう

434 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/18(金) 20:12:48 ID:5k7Yr7X4
そういえば
ヤンが側にいてくれさえすれば
全宇宙が原子に還元しても構わない
とか言ってたな
アニメの声は榊原女史だし……

ちょっと読み直してくる(/^^)/

435 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/19(土) 07:00:46 ID:ro9+w9uH
>>421
あれか、秀吉は「暖めておきました」って
人肌にぬくもった靴やら下着やらを懐から
取り出すんだな。無論、妙な湿り気つきで



436 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/19(土) 15:39:41 ID:s1dY0daX
>>435
そ れ だ !

437 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/19(土) 15:44:42 ID:FlD9gq+C
戦国ものはリアルな顔が思い浮かぶからキッツいなぁ。

438 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/19(土) 17:05:10 ID:eKNE42cd
じゃあ平安ものなんてどうだ?




ここは平安学園。
この平和な学舎では毎夜屋上から叫び声が聞こえるという怪奇現象が起こっていた。
隣接する男子寮に住む近衛(このえ)君は騒音のため眠れず成績も下がって困っていた。

「…というわけなんだ」
「近衛君も大変ねぇ、よしっ!私がなんとかしてあげる!」
「ありがとう水原(みずはら)さん!」

その夜、学校の屋上にて

「犯人はあなただったのね、夜鳥(よるとり)さん!」
「ハァ、ハァ、こ、近衛君…好きぃ…こ、近衛君っっっ!!ぁぁああああっっっ!」
「近衛君を思って毎夜屋上で自慰に耽るなんて…成敗っっっ!!」




勢いで書いた。反省なんてしてやるもんか。
近衛君→近衛天皇 水原さん→源頼政 夜鳥さん→鵺(ぬえ)

439 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/19(土) 19:01:11 ID:OlIwhBt+
ちょっと噴いたw
ちなみに鵺というのはトラツグミのあだ名としても
使われるから夜鳥の下の名前はつぐみとか・・・

440 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/20(日) 00:37:08 ID:dHsEQHd/
北条政子は普通にヤンデレなんだからそれでいいじゃないか。

441 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/20(日) 01:10:04 ID:SjPLFf8e
北条政子のwikiを見てきたんだが、彼女の嫉妬は物凄いな。
更に娘の大姫もヤンデレの素質がある。
6歳のときに婚約した木曽義高(11歳)とラブラブだったが、義高が殺されてから精神を病んで廃人に。
頼朝の甥である公家と縁談を進められるも拒みつづけて20歳で病死。

442 名前:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日:2007/05/20(日) 12:18:26 ID:Fj6FOqqI
流れを切って申し訳ないです。12話、投下します。
-----

第十二話~華の告白・二度目~

爆発は室内で起こったようではなかったが、部屋に近い場所で起こっていた。
なぜそうわかったのかというと、音波が心臓を余分に収縮させるほどのものだったからだ。

目を開けて立ち上がり周囲の状況を確認する。
部屋の中は薄い煙が立ち込めていて、部屋の入り口のドアの片方がかろうじて立っていて、
片方はどこかに消えていた。
まさか、ドアのすぐ向こうで爆発が起こったのか?だとしたら、華とかなこさんは?

「華! かなこさん!」
床に座ったまま大声でよびかける。すると、
「……おにい、さん……?」
俺を呼ぶ、華のか細い声が聞こえた。
華は右の壁に背中を預けるようにして床に座っていた。

駆け寄って肩に手をやる。完全に開ききっていない目に見つめられた。
「だいじょうぶ、ですか……? おにいさんは」
「俺は平気だ。そんなことより自分の心配をしろ。どっか怪我してるとか、痛いとかないか?」
見たところ華の体から血が流れている様子は無い。
華は手を握り、足を曲げ、身じろぎして、その後でさっきよりは大きい声を出した。
「平気です。いきなり大きな音がしたから、びっくりしてしりもちをついただけですし。
おにいさんは……本当に大丈夫そうですね。よかった」

そう言ったときの華の安堵した笑顔を見ているとなんとなく恥ずかしくなった。
ごまかすように立ち上がり、再び周囲の状況を確認する。
さきほど目にしたように、部屋の入り口のドアは半分だけが健在で、もう半分のドアであったものは
大きさがばらばらの木片に成り果てていた。
部屋の床上に満ちた煙はドアの向こうから流れ込んでいるようだった。
ドアの向こうにある窓はことごとくガラスを割られていた。
朝の日差しが煙を通過し、床をぼんやりと照らしている。
部屋の中は煙と散らばったドアの欠片のせいで、荒れ果てているようにも見えた。

壁のどこかに時計が掛かっていないか探しているうちに、ここが昨晩かなこさんに連れられて入った
部屋だと言うことに今さらながら気づいた。
俺が住んでいるアパートの居間と台所と風呂場と便所の面積を足しても、この部屋の広さには敵うまい
というほどの広さだったが、装飾するようなものはほとんどなかった。
壁に沿って置いてある本棚とそこに収まる本、客が席についていないレストランのテーブルのように
物が乗っていない簡素な机、壁の中に埋め込まれているクローゼットのドア、何を基準にしているのか
わからない間隔で壁に貼りついている額に収められた絵画たち。
爆発のせいでどこかにいってしまったのか、もとからこの部屋に無いのか、時計らしきものは見つからなかった。

時計が無いことを確認してから、室内にいた人間が1人足りないことに気づいた。
「そうだ、かなこさんは!」
今度は絨毯の上に意識を向けて目を凝らす。
すると、ベッドを隔てた向こう側、俺から見ればちょうどベッドに隠れるような格好で床に倒れるかなこさんを見つけた。
彼女は俺に背中を向けたまま動かず、また動く兆候すら見て取れなかった。
爆発が起きたのはドアの向こう側。そして、かなこさんは俺たち2人よりもドアの近くにいた。
ということは、まさか――!

443 名前:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日:2007/05/20(日) 12:19:44 ID:Fj6FOqqI
「かなこさん!」
倒れるかなこさんに近づこうとしたら、後ろから両肩を掴まれた。
「だめですよ、おにいさん」
華の声をすぐ近くで聞いて、首だけを動かして後ろを振り向く。
即、華の強い眼差しと目が合った。

「離せ! もし怪我でもしてたら――」
「もしそうだったら、なおのこと好都合です。手間が省けました」
そう言うと、俺から目を反らして倒れたままのかなこさんに目をやった。
「逃げるのなら今しかないです。何で爆発が起こったのかはわかりませんけど、犯人に感謝です。
目覚めてから自分の屋敷で爆発テロがあったと知って、そのうえ自分の好きな男性が目の前から
消えてしまったことを理解したとき、あの女はどんな顔をするんでしょうね?
いっそのこと、発狂してしまえばいいのに。……あ、すでに発狂してましたか」
華が顔を伏せながら肩を震わせて、くっくっ、といった声を漏らした。

「……おい、いくら怒ってるからって、その言い草はないだろ。
さっきから終わらせるだのなんだの、本気で言ってるのか?」
「さて? 私が本気かどうか、その目で確認してみたらどうですか」
そう言ってから華が正面にやってきた。俺の顔より少し低い位置にある顔にまっすぐ見つめられた。
「どうです? 何かわかりますか、おにいさん」
予想を裏切り、華の言葉が本気かどうか、俺を確信させるものは見つからなかった。
わかったことと言えば、その目が実に嬉しそうに弾んでいるということだけ。
華の口の端は緩やかな斜を描き、奥深くまで黒い瞳は、光を映していた。

じっと見つめたまま何も言えなくなった俺の顔から離れて、華が言葉を紡いだ。
「そこまで心配しなくても、どうせあの人は無事ですよ。
爆発の衝撃で死んでしまっているのなら私がこうして立っていることは無いはずだし、
木片が当たったとしてもせいぜいかすり傷ぐらいです。
だってそうでしょう、部屋の中に置いてあるものは絨毯以外、何も荒れてませんよ」
そう言われてから気づいた。華の言うとおり、不思議なことに木片は室内に置いてあるものに命中せず
ただ床の上に落ちているだけだった。
――でも、何かおかしい。

「変だな。仮にかなこさんに危害を加えようとして爆弾かなにか仕掛けたのなら、もっと威力を強くしているはずだ」
「さあ? テロリストの考えていることなんてわかりませんし、わかろうとも思いませんから
犯人が何を考えてこんなことをしたか、見当もつきませんね。
ありうるとしたら、中にいる人間を足止めするつもりだったとか――」
瞬間。
意識を無理矢理振り向かせるようにして、二度目の爆発音がした。


444 名前:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日:2007/05/20(日) 12:20:44 ID:Fj6FOqqI
今度は一回目の爆発音より遠くから聞こえてきた。
爆発の規模は――俺の感覚がおかしくなっているのでなければ――今回の方が大きいようだった。
ぐらぐらと俺と華の体が揺れて同時に床が動いた。入り口のドアは少し遅れたタイミングで音を立てずに
揺れた。数秒間それが続いた後は、何も起こらなかった。
何か起こったとすれば、爆発があった場所。
そこにあったモノは問答無用で粉々にされてしまっているかもしれない。スッ―、と一瞬だけ寒気が走った。

「今のは――」
「間違いなく、この部屋の近くで起こった爆発より大きかったですね。
きっと、誰かの殺害か建物の破壊を目的にしたものでしょう。
早く逃げますよ。既に事件に巻き込まれてますけど、ここにいたらもっとやっかいなことに巻き込まれます。
もしかしたら、建物まるごと倒壊するかもしれません」
「ああ。……って、なんでお前はそんなに冷静なんだよ」
俺は浮き足立っている状態だってのに。
「ふふふ……どうして、でしょうね。私が犯人だからかもしれませんよ?」
「アホかお前は」
しかし、華の言葉に奇妙な説得力があるのはなぜだろう。
こいつが犯人である可能性はここにいる時点で消えているわけだが、なんとなく不安になる。

俺たちの会話が止まった瞬間、
「……さま…………し、様……雄志様……」
あやうく聞き逃してしまいそうな声が聞こえた。
声の主がかなこさんだとわかり、彼女が無事であることに安堵して、次に彼女に襲い掛かられた
ことを思い出した。
「雄志様……離れ、ないで……。もう、1人は……耐え、られ、ませ……ぬ……」
再び聞こえてきた声は、俺を殺そうとしたことなど、微塵も感じさせない声音だった。
かなこさんは床に倒れてうわごとのように弱弱しく俺を呼び続けている。
今のかなこさんは、消えてしまいそうに儚い、ただの女性だった。

「駄目ですよ、おにいさん」
かなこさんの声につられて歩き出そうとしていた俺を、華が抑揚のない声で制止した。
「あの人に近づいたら、またおにいさんはとらえられて監禁されます。
そしてきっと、さっきみたいに何かの拍子に首を絞められます。
そうなったら今度は二度と目を覚まさないかもしれません。
私は、おにいさんをそんな目に会わせないためにいるんです。
だから、私はおにいさんを、意地でもあの人に近づけさせません。」
華の声には冷たいものが含まれていなかった。
訴えかけるように、懇願するように、強くてはっきりとした口調だった。

「お願いですから、このままこの部屋から立ち去りましょう。
あの人はおにいさんが助けなくても、誰かが助けてくれます。
でも、おにいさんに協力してくれるのはこの屋敷の中に誰もいません。
私だけしかいないんです。私だけが、おにいさんを助けられるんです」


445 名前:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日:2007/05/20(日) 12:22:30 ID:Fj6FOqqI
たしかに華の言うとおりだ。
この屋敷にいる知り合いは、かなこさんと華だけ。
もしかしたら十本松もどこかにいるのかもしれないが、あいつは居ても居なくても大差無い。
すぐ近くで爆発が起こっているんだ。ここにいたら、今度こそ吹き飛ばされるかもしれない。
早く逃げないと――って、おい。ちょっと待て、俺。

「ここにかなこさんをほったらかしにしたら危ないだろ。
だいいち、こんな状況じゃいつ助けが来るかわからないんだぞ」
「私は、その人なんかどうだっていいって言ってるじゃないですか」
「悪いけど、俺はどうでもよくないんだよ」

俺は慈悲深い人間じゃない。自分を殺そうとした人間を見捨てたい気分にもなる。
だが、彼女が豹変したのはきっと、俺の言葉が原因なんだ。
俺が下手なことを言わなければ、もしくは言葉を慎重に選んでいればあんなことはされなかったはずだ。
おそらく、俺はかなこさんの心を傷つけてしまったんだ。ならばあれは因果応報ってやつだ。

「華。お前は他人から告白されて、迷惑か?」
「おにいさん以外の人から告白されても嬉しくはないですけど、迷惑ではないですね」
「その人を見捨てようと思うか?」
「積極的に見捨てようとは、思いませんね」
「俺だって同じだよ。かなこさんは俺のことを好きだって言ってた」
「……それがどうかしましたか?」
「俺はかなこさんのことを迷惑だとは思っていない、だから見捨てたりもできない、ってことだよ」
きっぱりと、華の顔に投げかけるようにそう言った。

華はしばらく首を傾げていたが、眉間のしわを消すと首をまっすぐに戻した。
閉ざされていた口が小さく動いて、ぽつりと言葉を漏らした。
「好きです……おにいさん」
「……へ」
華の顔は、近くで見ればわかる程度に紅くなっていた。
「好きです。大好きです。ずっと昔から、おにいさんを初めて見たときから好きでした。
私が覚えている最初の記憶は、おにいさんが小さい私からお菓子を奪ってその後で
はしゃぎ過ぎてつまずいて窓ガラスに頭から突っ込んだときの光景ですけど、その時には既に惚れてました」
なぜそんなことをいまだに覚えているのか、と最初思った。
が、すぐに突然始まった華の告白の不自然さと、唐突さに対しての疑問が大きくなった。

「もっと好きになったのは、小学校に入学した日でした。
私は着慣れない小学校の制服に身を包んで、その日から同級生になる人たちと会いました。
おにいさんに比べてなんて子供っぽいんだろう、っていうのが感想でした。
年が離れているから当たり前なんですけどね。それでも惚れ直すきっかけにはなりましたよ」
「待て、そこで止まれ」
「完璧に心を射止められたのは、おにいさんがいじめられていた私を助けてくれたときです。
いじめとは言っても、私はちっとも堪えてなんかいなかったんですけど……やっぱり、嬉しかったです。
おにいさんも私のことが好きなんだ、ってことがわかったから」
「――喋るのをやめろ、華!」


446 名前:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日:2007/05/20(日) 12:24:24 ID:Fj6FOqqI
喉から声をしぼりだして華のしゃべりを止める。
華は不機嫌そうに眉をしかめている。
「なんで止めるんですか? 私の告白は聞きたくありませんか?」
「違う、そうじゃなくて……なんで改めて告白なんかはじめたんだ」

華は、2回まばたきをしてからこう言った。
「おにいさんはあの人から告白されて嬉しかったんでしょう?」
3秒ばかり溜めを置いて、首肯する。
「告白されたのが嬉しかったから、あの人をかばうんでしょう?」
今度は何秒かけて考えても頷けなかった。
「おにいさんがあの女をそこまでかばう理由なんか、それだけしか思い当たりません。
告白されて嬉しいんなら、私がずっとしてあげますよ。
さっきの続きから、一緒に登校していたときのこと、何年間もずっと会えなくて寂しかった日々のこと、
先日再会してから昨日までのこと、おにいさんに関する記憶を全部語ることができます」
「あのな、俺は告白されたのが嬉しかったからかなこさんをかばっているわけじゃない。人道的な観点で――」
「嘘、ですね」
華は目を瞑って、左右に首を振った。

「おにいさんは告白されたらほいほいついて行っちゃうような人だって、私は知っているんですよ。
昔っからそうでした。たいして美人じゃなくても、性格が悪そうな人とでもおにいさんは付き合ってました。
私がそれを見て、どう思っていたか理解できますか? 思い出すだけで歯軋りしてしまいます。
ずっと昔から一緒に居て、誰よりも早く一緒にいたのに、他の女にとられる。
私が従妹だからおにいさんは敬遠するだろう、って遠慮していた隙をつかれて」
華の拳は、握り固められていた。時々、ふるふると動く。

「昔は、おにいさんと毎日会えたから怒りをなんとか抑えられたんですよ。
学校がある日には一緒に手を繋いで帰ったし、学校が休みの日には一緒に遊べた。
怒りと癒しのバランスがとれていたからなんとかなってました。――ましたけど!」
華はその場で、右足を床に叩き付けた。
絨毯とパンプスがぶつかりあう音は、大きくはなかった。
もう一度、今度は左足で床を勢いよく踏みこんだ。
床は、冴えない音しかたてなかった。

「おにいさんが高校を卒業して、就職して遠くに行ってから、私がどうなったか知ってますか?
それはもう、自分でもひどい日々を送っていたと思いますよ。よく自殺しなかったもんです。
朝家を出て、おにいさんの家に行こうとしてもおにいさんはもういない。
胸がからっぽになったまま学校に行って、からっぽな人たちと一緒に過ごす。
下校するときだってもちろん1人。隣にいるのは錯覚が生み出したおにいさんの気配。
夜眠れなくて、おにいさんを想って自慰をして、もっと寂しくなって泣きながら眠りにつく。
毎日、家を出ておにいさんと一緒に暮らしたい、って思ってました」
言い終わったところで、右手首を華の両手で包み込まれた。
触れるときも、握るときも、ゆるい力しか伝わってこなかった。


447 名前:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日:2007/05/20(日) 12:26:54 ID:Fj6FOqqI
「志望高校を決めるときはそのチャンスでした。
おじさんにおにいさんの住所を聞いて、近くにある高校を探しだしました。
もうすぐ一緒に暮らせる! って思ってたまらずおにいさんに電話をかけました。
そのときのこと、覚えてますか?」
問いかけられて、答えをひねり出せずにいたら、
「返ってきた応えは『そんなことで電話してくるな』ですよ。『そんなことで電話してくるな』」
飼い主に捨てられた犬が出すように切なく、弱弱しい声でそう言った。

「私、馬鹿みたいでした。なんでしょうね、その程度の存在なんだって思い知らされましたよ。
電話をかけることだって久しぶりだったんですよ。忙しいんだろうって自重してましたから。
雄志、おにいさんですか? 『華か。何の用だ』 実はいいニュースがあるんですよ。 『何だ』
私、おにいさんと一緒に住むことにしました。 『はあ?』
志望する高校、おにいさんの自宅の近くにしたんです。 『……』
これからは、おにいさんと一緒に暮らせますよ。 『そんなことで電話してくるな』 ガチャン。
こんな感じでした」
華が中学3年生になった頃、というと就職して2年目のことだ。
当時は与えられた仕事をこなすことで精一杯だった。
もしかしたら、ストレスが溜まっていてまともに電話の応対をしていなかったかもしれない。

「おにいさんは私のことより今の生活の方が大事なんだろうって、思いました。
結局、志望高校は実家の近く、おにいさんが通っていた高校にしました。
予想したとおり、中学時代となんら変わらない退屈で救いの無い日常が始まりました。
高校生活のことは何も思い出せません。学校に行って、授業を受けて、家に帰るだけの日々。
体が軽くって、風が吹いただけでどこかに飛んでいきそうな、薄っぺらな毎日。
それでも成績は良かったから第1志望の大学には通りましたけど」
「そこが、かなこさんと十本松の通う大学だったのか」
「大学の近くにおにいさんが住んでいるって知ったのが、だいたい2ヵ月前です。
両親を説得して、引越しの準備を進めて――」
「そして、俺の隣に引っ越してきた」

華は右手を広げて、俺の顔の前に掲げた。
「5年ですよ。5年かけてようやく願いが叶ったんです。5年といったら私とおにいさんの年齢差です。
何でそんなに時間がかかっちゃったんですかね? 
いえ、答えなくてもいいです。自分でもわかってますから。
おにいさんに自分の気持ちを告白しなかったのが悪かったんですよ。
告白していればもっと早く、いえ、そもそも私から離れなかったはずです」
華の右手に、左手をつかまれた。
今、俺の両手はそれぞれ華の手に握られている。
顔を上げた華と、目が合った。

「これだけ長く告白したんだから、もうしてもいいですよね」
何をだ、と聞く前に華の顔が素早く近づいてきて、
「ん…………ふぅぅ……」
唇を重ねられて、次いで息を吹き込まれた。
キスされていたのはほんの数秒のことだっただろう。
それだけでも、華の好意がどういった種類のものか理解するには、充分すぎるほどの時間だった。


448 名前:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日:2007/05/20(日) 12:29:49 ID:Fj6FOqqI
顔が離れても、華は目をそらさなかった。
俺も、目をそらさなかった。正確には、呆然としていて視線を外すことを忘れていた。
華はふふっ、と短く笑うと顔をそらし、部屋の出口へ向けて歩き出した。
俺は両手を握られて変な体勢になったまま、華に引っ張られた。

部屋を立ち去る前に、華は一度立ち止まり、後ろを振り返った。
華の目はどこか一点を凝視していた。
しばらくそれを続け、口の端を上げて少し笑うと、再び前を向いて歩き出した。


華に手を引かれたまま廊下を歩く。華の足は迷うことなくどこかへ向けて進んでいた。
廊下では誰ともすれ違わなかった。
爆発が起こったことなど蚊帳の外であるかのように静かで、かえって不自然だった。
華は廊下の突き当りにあるドアの前に着くと、3回ノックをした。
部屋の中からの返事らしきものは聞こえてこなかった。

「いないみたいですね」
「ここ、誰の部屋だ?」
「十本松先輩の部屋です。屋敷の奥にあるらしくて、人が滅多にこないって言ってました。
じゃあ、着替えますから待っててくださいね」
外開きのドアを開けると、華は部屋の中へ入っていった。
手持ち無沙汰になったので、腕を組み壁にもたれる。

今からでもかなこさんを助けにいったほうがいいんじゃないのか?
二回目の爆発音から大きな音は聞こえてこないけど、犯人はどこにいるかわからない。
犯人の目的はかなこさん、もしくは当主の桂造氏に危害を加えることが目的だと考えるのが妥当だ。
爆発が殺傷を目的にしたものなら、かなこさんは無事だが、桂造氏はどうなっているかわからない。
カモフラージュだとしたら、気絶したままのかなこさんは格好の標的だろう。
助けにいくか? いや、爆弾をしかけるような人間に対抗する手段を俺は持っていない。
返り討ちに遭うのがオチだろう。だけど――
「あぁ、もう!」
左手で頭を掻く。考えがまとまらないから、行動さえも決められない。いらいらする。

「どうしたんだい? 頭にノミでもわいて、痒いのかな?」
誰だ、こんなときにわけのわからないことを言う奴は。
「んなわけねえだろ! 確かに昨日は風呂に入ってないけど」
「それはいけない、髪の毛は大事にしないと。
朝シャンはしなくても構わないが、夜は髪を洗わないと髪と頭皮の健康を損なうよ。
雄志君は寝癖がつきやすいという理由で朝シャン派なのかな?」
「俺は夜シャン派だ」
夜シャンなんて言葉、聞いたこと無いけど。
「いいことを教えてあげよう。
まず、タオルを水に濡らして絞り、レンジで1分少々チンする。
蒸しタオルができあがるからそれを髪にあてて――」
「そんなことは知っているし、俺は寝癖ができにくいから必要ない――っ?!」

即座にサイドステップ。左にいたそいつとの距離をとる。
さっきまでいた地点には、壁にもたれる十本松がいた。


449 名前:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日:2007/05/20(日) 12:31:54 ID:Fj6FOqqI
「いつの間に来たんだ、お前」
「生涯の伴侶でない人間に、お前、などと言われる筋はないな」
「……いつの間に来たんだ、十本松あすか」
言い直すと、十本松はこくりと頷いた。
壁から背中を離し、毎度のホームポジション、顎に右手をやるポーズで俺と向き合った。
左手は右肘に添えられている。
「雄志君が目を瞑って天井を見上げている隙にさ。ところで、雄志君はなぜここに? もしや――」
華が中で着替えているから待っている、と言おうとしたら、

「夜這いならぬ、朝這いかな?」
「いや、まったくぜんぜんちっとも、ナメクジの触覚の先ほども当たっていない」
「ふっ……やれやれ、私も罪な女だ。知らぬ間に雄志君の心を奪っていたとは」
「人の言葉に耳を貸せ!」
「ちなみに私のスリーサイズはウエストから5――」
「聞きたくないし、それに何故真ん中から教える! 普通上からだろ!」
なぜだろう、こいつの相変わらずの変人的言動の相手をしていると落ち着くのは。
まさか、知らぬ間にこいつに心を奪われたりしてないよな、俺?

部屋の扉が開き、青のセーターとロングスカートを履いた華が現れた。
十本松の姿を確認すると、袖を握って両手を広げた。
「あ、十本松先輩。すみませんけど服を借りますね」
「一向に構わないよ。もう着なくなってしまった私のお下がりだけどね。
なんならもらってくれて構わない。その方が服も喜ぶはずだ」
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
にこやかなやりとりだが、疑問が一つ。

「こんな女の子らしい服も持ってたのか?」
「当然だろう。今でもときどき身に着けて鏡の前で悦に浸るからね」
鏡に向かって衣装合わせをする十本松を想像する。
が、想像力の限界が来てしまった。そんな面白映像は作り出せない。
「もちろん、冗談だ」
「……あ、やっぱり」
呆気にとられていた華が呟く。対して俺は、ほっ、と息を吐き出した。

十本松は自室のドアを開けると、中へ足を踏み込んだ。
振りむいたときの十本松の表情は、緊張しているように見えた。
「私の部屋から、屋敷の外に出る扉がある。2人とも早く脱出したまえ」
「なに?」
なんでこいつが俺たちを逃がそうとするんだ?
注意深く、不審なところが無いか、十本松を観察する。……不審なところだらけだ。
「相変わらずのニブチンだね、雄志君は。
屋敷で爆発が起こった、犯人は誰だ、部外者に違いない、とくるのが人間の思考だ。
この屋敷にいる部外者は、現在君達2人しかいないんだよ」
「それはそうだが……もし俺たちが犯人だったらどうするんだよ」
もちろん、そんなことはありえない。
だけど、十本松が俺たちを信用する理由が見当たらない。
罠にはめようというんじゃないだろうな。


450 名前:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日:2007/05/20(日) 12:35:16 ID:Fj6FOqqI
「雄志君は信用できないが、華君は充分に信用に足る人物だから、とでも言えばいいかな。
……ああ、冗談だよ。そんな怖い顔をしないでくれ、華君。可愛い顔が台無しだよ」
「こんなときぐらい、本音で会話してくれませんか」
十本松を睨みつける華。視線をあてられてたじろぐ十本松。
なかなかレアな光景だが、今は楽しく鑑賞している場合ではない。

「昨夜、かなこと雄志君を2人っきりにしてしまったことへの謝罪、とでも受け取ってくれ。
あとは、冤罪で捕らえられる君たちを見たくない、という私の意思だよ」
「今の言葉に、嘘は無いですね?」
「ああ、私の父と――ご先祖さまに誓ってもいいよ」
十本松の目が俺を見つめる。何を伝えようとしているのだろう。
アイコンタクトで意思疎通できるほど俺とお前は親しくないぞ。
嘘を言っているようではないから、とりあえず頷いておくけどな。

外へ出るための扉は本棚の後ろにあった。
扉を開けると、朝の日差しに照らされて緑色に彩られた、樹木と草葉の光景が広がっていた。
「草が踏まれた跡を辿っていけば県道の歩道にでる。歩いていって、20分かからないはずだ。
右へ進めば国道にでるから、タクシーをひろって帰ることはできるだろう」
「わかった」
珍しく無駄の無いしゃべりをする十本松に応えるように、頷く。

「ありがとうございました、十本松先輩」
「なに、華君のためならお安い御用さ。お礼として私ともっと仲良くし」
「では、さようなら」
簡潔に言い残し、華は扉の向こうへ出て行った。
華の後に続いて、部屋の床とは段差のある地面に飛び降りる。
十本松に礼を言おうと振り向く。振り向いたタイミングぴったりに、目前に白い小さな紙を突きつけられた。
二枚折の紙を受け取り、開く。メールアドレスらしきものが書いてあった。

「このやけに長い英数字の羅列は、誰のメルアドだ」
「私の携帯電話のものだよ。不審な目で見ないでくれ。メル友になってくれというわけじゃないんだから」
「じゃあ、どういう意味だ」
十本松は後ろを振り返り、またこっちを振り向いた。俺の耳に口を寄せると、ぼそぼそとつぶやいた。
「無事着いたら、メールを送って欲しいんだ。やはり不安だからね」
「それは別に構わないけど……なぜそんなに近くで喋る」
「ふうむ」

呻く十本松は、さらに口を寄せてきた。そして、何を思ったか、耳の穴に息を吹きかけてきやがった。
驚きと、気持ち悪さでその場に崩れ落ちる俺。
「あっはっはっはっは! それじゃあ、しばらくのお別れだ。連絡を待っているよ」
言い残すと、十本松は部屋のドアを閉めた。ガチャリ、という簡単な音が聞こえた。
「どうしたんです、何を言われたんですか」
「なんでもない。別に落ち込んでなんかいないぞ、心配するな」
「……なんだか、悲しそうですね」
耳の穴に息を吹きかけられた初体験の相手は、幸運にも女だったが、十本松だった。
背中にのしかかる重いものを意識しないために立ち上がり、脱出ルートへ足を向ける。
後ろから聞こえる華の足音が、やけに耳に心地よかった。


451 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/20(日) 12:35:39 ID:75b5O5a2
支援……していいのかな?

452 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/20(日) 12:36:11 ID:Fj6FOqqI
今回はこれで終了です。

453 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/20(日) 12:45:29 ID:75b5O5a2
GJ-!
>おにいさんに関する記憶を全部語ることができます
こんなセリフ言われてみたい
華可愛いよ華(*´д`*)ハァハァ 

454 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/20(日) 14:58:51 ID:NtPrSrEQ
>>452
先生!!十本松のヤンデレ化が見たいです!!

455 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/20(日) 19:43:32 ID:z2IE15bc
ことのはぐるまキタワァ.*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(n‘∀‘)η゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*!!!!!☆
前回までは個人的に「邪魔しやがって」な存在だった華の好感度大幅うp!
神GJ!

456 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/20(日) 22:45:22 ID:uXTEgJAP
今日のサザエさんに出てきた小学生、ヤンデレの素質あるな

457 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/21(月) 00:40:53 ID:W4hW7bxe
>>456
小学生であれだぜ?あのまま中学生になったら…マスオさんが大変なことにwww

458 名前:名無しさん@ピンキー[] 投稿日:2007/05/21(月) 00:44:24 ID:7aunjPDi
>>457
見逃してしまった漏れにkwsk

459 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/21(月) 10:43:23 ID:i9i9V/g3
マスオさんの通勤友達で、マスオさんが来ないから迎えに来る(平気で中に入ってくる)

460 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/21(月) 11:08:57 ID:hfRrfju9
ワカメ「私のマスオ兄さんよ!!」


萌えっ!
でもこれじゃあキモウトスレか

461 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/21(月) 18:10:35 ID:xP+f+QqO
>>460
/⌒゛~ ̄ ̄ ̄\
/  ____|\__\
|_し  ⌒  ⌒ | ̄
|∴  (・)  (・) | <私のマスオ兄さんよ!!
(6      つ  |  
|   ___  | 
\   \_/ /   
\___/


462 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/21(月) 18:23:18 ID:Gy8B2q8K
>>461
髪の部分隠すとカツオに見える罠











アッー

463 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/21(月) 18:36:11 ID:LB1W3hkg
保管庫更新、乙!

……って、ここ(BBSPINK)で言ってもいいのかね?保管庫のBBSの方がいいかな?

464 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/21(月) 18:36:22 ID:8UnTv3cQ
流れを無視して
かなこさん(´・ω・)カワイソス
いや、まだだ……かなこさんなら、かなこさんならきっとやってくれる……!

465 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/21(月) 18:37:25 ID:8UnTv3cQ
>>463
ここでいいんジャマイカ
更新の告知にもなるし

466 名前:赤いパパ ◆oEsZ2QR/bg [sage] 投稿日:2007/05/21(月) 23:24:46 ID:vreY5nDW
二ヶ月ぶりです。少し短めですがある方に宣言しちゃったので投下します。

467 名前:真夜中のよづり5 ◆oEsZ2QR/bg [sage] 投稿日:2007/05/21(月) 23:25:43 ID:vreY5nDW
俺の腕をがっちりとホールドしたよづりを連れて、俺は学校までの国道沿いを歩いていた。
朝の十時ほどの住宅街を抜ける道は、車の往来は数多いが歩く人というものは少なく、俺らの存在は際立っていたであろう。
普通の格好で俺ら二人が歩いていたら仲の良い過保護気味の姉と反抗期の弟とかに見られると思う。もしくは仲の良い兄嫁と義弟といった感じか。って嫌だよ、兄嫁と義弟が腕組んで歩いていたら。
しかし、そんな想像を破壊し、この場から大幅に浮いているのがよづりの制服姿だ。なんつーか、恋人同士にも見づらい、なんとも変な組み合わせ。
車で俺らの横を通り過ぎていくドライバーが全員俺らを見ているような気がして、なんとも落ち着かない。緑色のタクシーの運ちゃんが明らかに俺らの横を徐行して通っていった。
ヘタするとよづりはコスプレだからな。不気味なコスプレ。しかもその格好で年齢とは不釣合いなほどの天真爛漫な笑顔がさらに不気味さを強くかもし出す。
「えへへ、学校ぉ。学校ぉ」
そんな他人の目なぞ気にせずはしゃぐよづりが少し羨ましくも思う。
「友達、できるといいな」
俺は連れ立って歩くよづりにそう言って笑いかけるが、
「ううん、友達はかずくんで十分だもん」
対するよづりは満足げなセリフでこれだもんな。これから更正させようってのに、こういうことを素で言うから少し困ってしまう。これからだんだんと離していくつもりなんだけどな。
「かずくんとずーっと一緒でいいもん。他の人なんかいらない」
「いや、ほら。でもさ。学校は友達を作る場所だぞ? 俺だけでいいってわけにはさ……?」
「いいの。あたしはかずくんだけでいいの」
そう言って、ホールドされた腕が強く締められる。そうなったらこれがまた離れられない。
宣言された言葉の決意は固く、俺は眉をひそめる。なんだよ、一体。この俺への盲目的な信頼はなにがきっかけなんだ? 俺はただ迎えに来ただけなんだぞ?
お前のことをちゃんと考えてたのはどちらかといえば委員長のほうだったんだぞ?
「かずくんだけでいいって……」
俺の心の中にはある種の不安が渦巻いて離れない。
そして、俺の内心がよづりは透けて見えたようだ。
「……かずくん。やっぱりあたしと一緒は嫌なんだ……」
ぎゅう。俺の腕によづりの細い指が食い込む。俺の腕をへし折りそうなほど思いっきり握り締めて、きちちちち……と歯軋りの音とともに俺に不安げな顔を向けた。
目の奥に光る淀んだ光は俺に対する妄執と依存をおびて光っている。しかし、それと同時に俺に拒否されたら……という不幸な妄想を抱え込んでいるかごとくの表情もしている。
「ちげぇよ」
今日の朝、俺が来なかったことにより、よづりは俺が居ないという恐怖を体験している。
俺がそばに居ると言った事も、心の底では実は信じていないのかもしれない。だからこそ、こうやって俺を放すまいと腕を掴んで俺の顔色を伺っているのだ。
「そんなわけないだろ。一緒だよ」
「本当に?」
「本当だ」
だから俺はそう言って、よづりの頭を撫でてやる。ぐりぐりと撫でる手のひらの感触がいいのか、よづりは眉間によった皺を緩めてまた百合の花のような笑顔にもどる。
「えへへ……」
犬みたいだ。俺はころころ変わるよづりの表情を眺めてそう思っていた。スキンシップをとりたがって飛びつくところもよく似てる。もし尻尾がついているのなら千切れんばかりに振っていることだろう。
「私、かずくんが好き」
よづりが言う。
「好き、好き、好き、大好き」

468 名前:真夜中のよづり5 ◆oEsZ2QR/bg [sage] 投稿日:2007/05/21(月) 23:26:39 ID:vreY5nDW
俺はなんと返せば良いのだろう。俺より十歳も年上の同級生の告白。ストレートだが、まるで呪文のような囁き。
というか、これは告白なのか? ほら、告白っていうのはもう少しムード作って良い雰囲気でやるもんじゃないのか? 場所も体育倉庫の裏とか、誰も居ない放課後の教室とか、あと……土手とかで。
魔法で幻を見させられてるみたいに現実味が感じられない。俺は何も居えず、よづりの頭をただ撫でるだけだった。
「えへへへへへ、えへへへ……」
よづりのおとなしい笑い声が俺の耳と心に刷り込まれていくようだった。
と、突然。よづりが俺の腕を離した。ふわりと腕にかかっていた重みが消える。そして、なにかに向かって操り人形のように走り出した。
とんとんとんとふらふら揺れながら走る彼女の後姿が、俺からどんどん遠ざかっていく。
「……お、おいっ。よづり。どうした?」
俺も後を追うに走る。よづりの走るスペードはとても遅い。すぐに追いついた。その途端、よづりはスピードを落として……なにかにもたれかかるように、ガラス壁にひざまずいたのだった。
「どうしたんだよ、一体?」
「…………おなかすいた」
「は?」
よづりがもたれかかっていたのは、洋風喫茶店のショウケースだった。ひざまずき、彼女の目線の位置には赤や黄色、緑のサンデーに様々なフルーツを乗っけた色とりどりのパフェの見本品がずらりと並んでいた……。
「そういえば、私。朝ごはん食べてないの」
……まぁ、あの惨状ならなぁ。ぐちゃぐちゃの部屋を思い出した。あれ、いくらか軽く掃除しただけだけどよかったんだろうか。
「だから……」
よづりはひざまずいた格好のままこちらをむいて上目づかいの視線で俺を見据える。ばさりと長い前髪(昨日切ったが、それでもまだ長かった)を口元までだらんとさせてふるふると唇を光らせていた。
「かずくんもおなかすいてる?」
「……食べたいのか?」
「うんっ」
子供か。
俺は頭を押さえた。どこの世界に学校へ行く前に喫茶店でパフェを食う元引きこもりが居るんだ?



意気揚々としたよづりに手を握られ、喫茶店に引っ張り込まれる。
止めようとしたが、どうせすでに一時間目は遅刻だ。二時間目ももうすぐはじまるから、今行ったらちゃんと出席を取ってくれるのは三時間目からだった。別に皆勤賞を狙ってるわけじゃないし、俺はそのまま引っ張られてみることにした。
店内はけっこう広々としていて、4人がけのテーブルが7つもある。まだ開店して数分も経ってないのにすでにぱらぱらとお客がいた。モーニングか?
おそらくバイトであろう若い店員に案内されて、俺たちは4人がけのテーブルの席に座る。
よづりが歳不相応な笑顔で案内された席に着くと。俺はよづりの正面の席に座った。よづりは早速店員から渡されたメニューを掴み、開いて二秒で間髪要れずに「抹茶パフェクリーム」と注文を入れた。
多少寝ぼけた顔で案内していた店員も、ようやく俺たちの特異さに気付いたようだった。制服姿のよづりを見て、露骨に表情が変わる。すごい不審そうな目でじとりと、メニューの写真を見て溢れるよだれをずるずると啜っているよづりを見ていた。
「あ、それとジンジャエール!」
慌てて俺はよづりから関心を外そうと、店員に大きな声で注文した。
店員はやはり、よづりを見ながらも「かしこまりました」と頭を下げてテーブルから離れていく。
そんなによづりが目立ちすぎるかと俺は思った。しかし、よく考えれば俺らはこの喫茶店の近くの学生だった。
こんな喫茶店が開店して間も無いような時間に、すぐそこの制服ブレザー姿の生徒二人が来ている状況って、店員からしてみればただの不良学生カップルにしか見えないんだよな。
俺は厨房へ去っていく店員の後姿を眺めながら今日何度目かのため息をついた。
「………かずくん」
ふと、よづりに視線を戻してみると。
よづりがいきなり不安そうな顔でこちらを見つめていた。ひぃっと背中に冷たい汗が流れる。
申し訳なさそうに顔を歪ませているよづりはいまにも膝を抱えんとするようにこちらを虚ろに見ていた。
「かずくん。こんなところ来たくなかった?」

469 名前:真夜中のよづり5 ◆oEsZ2QR/bg [sage] 投稿日:2007/05/21(月) 23:28:19 ID:vreY5nDW
「な、なんでさ?」
「さっきから、ため息ばっかりだもん」
くそっ。何度も聞かれてたか。
「そんなことない」
「……私のこと、実は嫌い?」
なんだろう。この問い詰められているような感覚は。
「そんなことんないって」
「……本当に?」
よづりの表情が暗くなり、だんだんとあの家の時のようにきちきちと音を立てて歯を食いしばり始めている。
彼女が震える指で冷たいお冷を掴んだ。それを口元まで運び、ちびりと飲むと見せかけて……そのままテーブルの反対側に置く。そして、両手をふちにかけると、少し首を曲げて淡く揺れる瞳で、俺の真意をたしかめるように顔を寄せてくる。
テーブルはそんなに広くないため、よづりの顔がテーブルの中央を超えて俺の鼻に髪の毛の毛先が触れそうなほど近づいている。目の奥に光る光は暗く、何かを呼び覚まそうとしているようだ。
「本当だよ。俺、ここ初めてきたからさ。なんだか落ち着かなくてさ。ただそれだけ…」
「………」
俺はなんとか冷静を保って、青白いよづりのひきつった表情を貼り付けた頭を先ほどのように優しくなでてやる。
さっきまで幼児っぽかったのに。ふとした瞬間にこいつは年相応の妖艶さを持って俺の砦に攻め込んで来る。
「………えへっ」
おっ。
「……………えへへへへへへ」
よづりの表情が、ころりと笑顔に変わった。俺は胸をなでおろす。
「えへへ。じゃあかずくんは私のこと好き?」
そうして無邪気に投げてくる答えづらい質問。
「……えっと」
さぁ、俺。どうする? どう返す? カードが出てきたぞ。「転職」「独立」「焼死」。なんのCMだよ一体!
まずひとつ。こちらも「好きだ」といえば波風は立たない。ただ、それは自分の気持ちに嘘をつくことになる。俺はそんなのは嫌だ。それに最後には絶対こいつ、よづりのためにならない。そんな気がする。
じゃあ、「好きじゃない」と答えるか? 答えたらこいつがする反応は何が予想が出来るだろう。もしかしたらまた暴れだすかもしれない。いや、でも朝もあんなに暴れていたんだから、意外ともう暴れる体力は残ってないかも……。
「やっぱり……」
「好きだよ」
よづりの顔がまた首切り人形のように暗黒に変化しそうになって、焦って思わず、口から出してしまった。
げっ。ダメだ。俺、よづりを怖がってどうするんだよ! それじゃあ意味ないだろ!
「えへへへへへへへ、えへへへへ、えへっえへへ……」
よづりは頬を桜色に染めて身悶えていた。その笑顔はまるで恋する中学生のようで、先ほどの黒さは微塵にも感じられない。
……俺、怖がっている場合じゃないだろっ。なに喜ばしてるんだよ……。
だが、ふと悔しがる自分の感情に俺は違和感を覚える。

まてよ。俺は最終的にこいつをどうしたいんだ? 更正させるって決めたのは良いが……。具体的にはどうやって更正させる? というか更正させた結果が俺には想像がつくだろうか?
………そうだよ。考えなきゃいけないことは山積みなんだよ。解決すべき問題は沢山ある。
くそっ、俺は学校の成績もそんなによくないんだぞ! 三次関数どころか二次関数も結構危ないんだぞ。俺。スピークのスペルが出てこなかったこともあるんだぞ!?(sp……えーっとkはあったのは覚えてるんだよ。あとはeと……c?)
とりあえず。とりあえずだ。まずはこいつのことをイロイロと調べなきゃいけないな。委員長はもちろんのこと、先生や先輩たち、もしかしたら二十八歳のOBにも話を聞きに行く必要があるかもしれない。
そうだ、そもそもなんでこいつは引きこもってたんだ?
二十八歳で高校生である理由も知りたいところだ。もし10回留年していたとしたら俺とヤンキー達の大先輩である意味尊敬すべきようこそ先輩になるんだろうか。いや、ならんな。
「お待たせしました。抹茶パフェクリームとジンジャエールです」
「わーい」
俺らのテーブルに並べられる、大きな緑色のパフェと黄色のジンジャエール。
「いただきまーす」
よづりはパフェが出てきた途端、きらきらと目を輝かせてじゅるりと溢れるよだれをすする。ついてきた長いスプーンを右手に取り、テーブルに備え付けられている大きいスプーンを左手に持った。
そして、器用に二つのスプーンでもりもりと抹茶クリームを頬張る。
両手装備かよ。器用なヤツだ。
俺はしばらくの間、ストローでジンジャエールを飲むのを忘れ、両手を上手く使ってパフェを食うよづりに目を奪われていた。
そんな俺の視線に、よづりはふっと気付いたのか。パフェに向けられていた視線をこちらに向ける。

470 名前:真夜中のよづり5 ◆oEsZ2QR/bg [sage] 投稿日:2007/05/21(月) 23:29:02 ID:vreY5nDW
「おいしいよ。これぇ」
そう言って、くすりと笑うとよづりは長いスプーンで抹茶クリームを掬うと、俺に向かって差し出す。
俺の顔、特に口元に向かって伸ばされるスプーン。この形は間違いなく。
「はい、あーん」
やっぱりかぁ……。
「あーん。美味しいよ」
美味しいといわれても、俺はその抹茶クリームが業務用アイスにただ生クリームとコーンと缶詰のあずきで作られた原価を聞いたら驚きそうなほどお粗末な値段のシロモノだと知っているし……。
いや、それはいい。ただ、こういうのは好きあったものどうしがラブラブっぷりを見せ付ける目的でやることであって……。
って、俺さっき「好きだ」って言っちゃってるんだった。しまった、今の俺らはまさに「好き合うものどうし」じゃないか。
「……あーん」
「えへへっ。なんだか夫婦みたいだね」
……この寒気は抹茶クリームの冷たさのものではないのかもしれない。俺は二十八歳のよづりが笑顔で言った一言に妙なリアルさを感じてしまった。
ああ、くそ。なんだか泥沼だ。いままでずっと、こいつの、よづりのペースで引っ張られている。
このままじゃどんどんよづりを甘えさせてしまうだけだ。
なんとか。なにか策を練らないと。なにか良い方法を考えないと。なにか、なにか。
いやそれよりも。悩むよりも、今この現実で俺がすべきことは一つ。
「間接キスだね。えへへ、かずくんが食べたスプーン……。 えへ、えへへ……じゅるり。じゅる。じゅるる、じゅるるるる。えへへ、かずくんの唾液の味がするよ……。すっごく美味しい……。じゅるるるる……」
目の前で俺が食べたスプーンを美味しそうに音を立ててしゃぶるこの馬鹿を止めることかな……。
(続く)

471 名前:赤いパパ ◆oEsZ2QR/bg [sage] 投稿日:2007/05/21(月) 23:31:31 ID:vreY5nDW
いろんなものがバレました。
二ヶ月ぶりですが、覚えてますでしょうか?
次回はなんとか二人を学校に連れて行く予定です。これでようやく4ヶ月前の伏線を回収できるぞー。

472 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/21(月) 23:36:28 ID:NwJqrVwQ
よづりだ!赤いパパ氏GJ!
よづりの不気味さヤンデレがいい具合に混ざっててイイ!
かずくんの泥沼ぶりと学校編が楽しみです

473 名前:ラーメン屋とサラリーマン[sage] 投稿日:2007/05/22(火) 06:29:05 ID:t0NRggZl
>>471
28歳の女子高生……あと、学年が一つ下で「先輩」とか言われたらもう、たまらんです。
よづり可愛いよよづり。

では、続けて投下。
************

啓太は、今年の3月末から企業に勤めるサラリーマンになった。

大学に入学してすぐの頃には資格取得に励んで就職を有利にしようと
もくろんでいたが、気がつけばアルバイトに明け暮れる生活を送っていた。

大学4年時には就職活動に必死になって取り組んだ。
面接の本を買い漁り、履歴書を大量に書き、革靴の底をすり減らして取り組んだ。
ようやく内定をもぎとったころには、サークルの後輩に何時間も苦労話を
できるほど多くの企業の面接を受けていた。

大学を卒業し、入社式を無事に終えて、会社では総務部に籍を置いた。
啓太に与えられる仕事は難しいものではなかった。
新入社員に難度の高い仕事を任せる上司はいないだろうが、そのことを
差し引いても簡単すぎる仕事だった。

PCの使い方に慣れていたため、文書作成を任されたが、過去に作成
された書類をもとにすればあっさりとつくることが出来た。
電話の応対は、人並みに明るい性格をしていたせいで注意されなかった。
来客の応対は上司が率先して行っていたので、啓太がすることといえば
すれ違ったときに元気よく声を出し、会釈することだけだった。

啓太は、1ヶ月経たないうちに会社に、会社の仕事に飽きていた。
一体なぜ、就職することがあれだけ難しくて、働くことは楽なのだろうか。
疑問に対して、世の中はこんなものだ、と啓太は結論付けた。

しかし啓太は酒が入るとうかつになる癖があった。
先日行われた新入社員歓迎会で、酔った勢いで上司の前で思っていたことを
全て言ってしまったのだ。
自分の口が滑ったことに気づかなかった啓太は、目の前にいる上司の口が、
頬が、目が笑みを形作っていたことにも気づかなかった。

翌週から、啓太の仕事量は同期の新人を圧倒するほどのものになった。
加えて、来客の案内、お茶くみ、さらには取引先との接待にまで駆り出された。
はじめのうちこそ新人の謙虚さで熱心に取り組んでいたものの、休日を挟んだ
翌月曜日には出社することもおっくうになっていた。

啓太は、五月病の症状である無気力とは一味違うエネルギー不足に陥っていた。


474 名前:ラーメン屋とサラリーマン[sage] 投稿日:2007/05/22(火) 06:30:11 ID:t0NRggZl
金曜日の夜、取引先との接待の帰り道。
啓太は上司と一緒に、大通りとは離れた場所にあるラーメン屋に入った。
接待の帰りで啓太がいつも利用しているラーメン屋だった。

時刻はすでに深夜1時を過ぎており、他の客はいなかった。
啓太と上司がカウンター席に着くと、店の奥から店主の女性が現れた。
店主の容貌は、夜の仕事に就く女性達とは違う魅力を放っていた。

頭の後ろでくくった髪は艶やかで、蛍光灯の光を反射していた。
身に着けた三角巾とエプロンは青く染まって、若い女性の体をぴったりと包んでいた。

「何にしようか、お2人さん」

女店主が2人に向けて言った。
メニューは『ラーメン』と『白米・餃子セット』の2つだった。
啓太はラーメンを注文した。上司は白米・餃子セットを注文した。
2人がぽつぽつと会話をしているうちに、ラーメンと、白米と皿に乗った餃子が
カウンター席に置かれた。
酔った体は満腹中枢を若干麻痺させており、啓太は数分でスープまで飲み干した。
上司は啓太より少し遅れて、茶碗と皿を空にした。

コップに注がれた水を飲みながら、男2人と店主を交えて会話していくうちに、
上司の言葉が卑猥なものになってきた。
具体的には、女店主の容姿をいやらしく褒めるものになってきた。

「あっははは、ありがと、お客さん。でもちょっと酔いすぎだよ。
早く帰ったほうがいいんじゃないかい?」

上司は、お姉ちゃんの部屋に泊めてくれよ、代金を体で払ってもいいぞ、
と言いながらへらへら笑っていた。
上司と女店主のやりとりは同じことの繰り返しだった。
上司が社会人にあるまじき発言をして、女店主があしらう。

啓太は無言でやりとりを見つめていたが、会話が止まったタイミングで上司を
店から出るようにさりげなく促した。
上司はそれでも腰を動かそうとはしなかった。

困りかねた啓太は、自分の分の代金を置いて立ち上がった。
女店主は代金をつつ、と啓太に向けて押し返した。

「先に帰りなよ。兄ちゃんの分はこのおじさんから払ってもらうから」

上司はおう、早く帰れ、と言っていた。
しぶしぶ啓太は頷いて、店を後にした。


475 名前:ラーメン屋とサラリーマン[sage] 投稿日:2007/05/22(火) 06:30:55 ID:t0NRggZl
翌日は土曜日で、啓太が勤める会社は休みだった。
起きたとき、時刻は午前10時を差していた。
休日はバイクに乗って遠出することが啓太の趣味だった。

顔を洗い歯を磨き、しわがしっかりついたスーツから、ジーンズとジャケットという
スタイルに着替えて、啓太は自宅の外に出た。
空は青く日差しが強かったが、風が程よく吹く絶好のバイク日和だった。

愛用する250ccのバイクに跨りエンジンをかけ、ギアを1速に入れて発進する。
自宅から路地を通り、国道に合流する地点の一時停止線で停止する。
左から車がやってきていたが、右からは車がやってこなかった。
左折して空いた道路に合流して、特に感慨も無く走り出す。

啓太は目的地を持たず走ることが好きだった。
目的地を設定する遠出のツーリングは義務感と意地が湧いてくるからだった。

家を出てから8時間が経った。
8時間のうちに昼食をとり、1回ガソリンスタンドに入り、2時間おきに休憩して
自動販売機で缶コーヒーを買って飲んだ。

7時になり小腹が空いて来たので、昨日行ったラーメン屋へ走った。
上司がちゃんと帰ったか聞きたかったし、上司の代わりに謝っておきたかったからだ。
ガラガラ、という耳に障る音と一緒に、ラーメン屋の引き戸を開ける。
厨房には女店主が立ち、仕込みをしているようだった。

「いらっしゃい。あ、昨日の兄ちゃんか、今日も来てくれたのかい」

女店主に会釈して、カウンター席につく。
ラーメンと白米・餃子セットを注文しようと思ったが、今日はメニューが増えていた。

『とんこつラーメン』と書かれた紙が壁に張り付いていたのだ。
なんとなく気になり店主に尋ねてみると、すぐに答えが返ってきた。

「メニューを増やしてみようかと思ってね。
とんこつはいろいろごまかせるから、作りやすいんだよ。
匂いを消すのが難しいけど。兄ちゃんはとんこつ、好きかい?」

啓太は好きだ、と言ってから頷いた。


476 名前:ラーメン屋とサラリーマン[sage] 投稿日:2007/05/22(火) 06:32:09 ID:t0NRggZl
「じゃあ、第1号ってことで、サービスだ。さらに、餃子もつけたげるよ」

女店主はそう言うと、とんこつラーメンと餃子をカウンターに置いた。
れんげでとんこつスープを汲んで、舌で味わう。
臭みは特に感じられなかった。味は濃厚で、油はしつこくなかった。
美味しいです、と啓太は言った。

「そうかい? ふふ、ありがとさん」

餃子を食べて、麺をすすり、スープまで飲み干してから、啓太は、昨夜のことで謝罪した。
酔っていたとはいえ失礼なことをして申し訳ありませんでした、と。
女店主は特に気にしていなかった。

「女が夜中にラーメン作って餃子焼いてりゃよくあることだよ。兄ちゃんが気にすることじゃない。
上司のおじさんには代金受け取った後で、大人しくかえってもらったし。
どうしても気になるってんなら、これからも来ておくれ。兄ちゃんは貴重な常連さんだからね」

言い終わると、女店主はけらけら、と笑った。つられるように、啓太も微笑んだ。

席を立って、代金を払おうとしたが女店主は頑として受け取ろうとはしなかった。
仕方なく、深く頭を下げて店のドアを開けて外にでる。女店主も一緒に外へ出てきた。
女店主は啓太のバイクを見ると、しゃがみこんで興味深く観察した。

「ちゃんと掃除してあるんだね、今時珍しいよこんなに綺麗なバイクは。
どうだい兄ちゃん、お店で働いてみないかい?」

女店主は立ち上がると、啓太に向かってそう言った。
話を聞くうちに、啓太は少しだけ心を動かされた。
店の奥には空き部屋もあるから住み込みで働けるし、働きぶりによっては
給料も弾む、という条件だったからだ。
逡巡した結果、啓太は折角ですけど、と断った。

「残念だね。店と部屋を綺麗に掃除してもらおうと思ったんだけど。
ま、いいか。気が向いたり、リストラされたりしたら来なよ。雇ったげるから」

本気とも冗談ともつかない喋り方だった。啓太はその時はお願いします、と言った。
ヘルメットをかぶり、バイクのエンジンをかけて、啓太は店を後にした。


477 名前:ラーメン屋とサラリーマン[sage] 投稿日:2007/05/22(火) 06:33:36 ID:t0NRggZl
日曜日を隔てた、次の月曜日。
総務課の事務所がいつもの朝とはうってかわって騒々しかった。
話によると、啓太の上司との連絡が土曜日からつかない、ということだった。

昼の休憩時間に、啓太は失踪者と接待に向かった人物ということで、来客室で
警察から事情聴取を受けた。
ラーメン屋に立ち寄ったことを言おうと思ったが、女店主は大人しく帰ったと言っていたので、
啓太は結局口にしなかった。

終業の時刻になった。
今日は上司がいなかったので、啓太は特に仕事を任されなかった。
接待に駆り出されることなく家でゆっくり過ごせる、と啓太は安らかな気持ちになっていた。
同僚の女性が声をかけてくるまでは。

「啓太君、今夜は何か用事ある?」

声をかけてきたのは、1年先輩の志保だった。
総務課は女性の多い職場だったが、志保は一際異彩を放っていた。
啓太より背が高く、黒い髪は清潔感があり、鼻は高かった。
同僚の男性社員と同じく、啓太も志保のことが気になっていた。

同僚の女性社員の中でも、志保は啓太によく話しかけていた。
今までは全てが仕事に関する内容であったが、今日は違うようだった。

「これから、2人で飲みにいかない?」

啓太は何も考えず、1回、2回と素早く頭を下げた。


志保に連れて行かれたバーで、啓太と志保はカクテルを飲みながら、いくつか話をした。
上司のこと、志保が今任されている仕事のこと、お互いバイクに乗るのが趣味だということ。
2人は意気投合し、続いて居酒屋で焼酎を飲み、志保だけがべろべろに酔っ払った。

「ねえ、けーたくん。この後、どこ行こっか?」

ろれつの回らない志保を肩で支えながら、啓太は考えていることを実行に移そうかどうか、
迷っていた。
志保をホテルに連れ込もう。いや、酔った女性に無理矢理するなんて最低だ。
啓太の脳内に住む天使と悪魔が、激しくせめぎあっていた。
勝利したのは、理性をつかさどる天使だった。
まだほろ酔い状態だったことと、自分が新人であるという要素が悪魔の侵攻を妨げたのだ。

志保が回復するまでどこで休憩しようか、と考えていると、ふとラーメン屋のことが浮かんだ。
カウンターに寝かせていれば、ほどなく回復するはずだ。自分はラーメンを食べて待っていればいい。

柔らかい志保の体に欲情する自分を抑えて、啓太はラーメン屋へ向かった。


478 名前:ラーメン屋とサラリーマン[sage] 投稿日:2007/05/22(火) 06:34:49 ID:t0NRggZl
ラーメン屋の引き戸を開けると、女店主がカウンター席に座ってテレビを見ていた。
女店主は啓太を見ると口を開いたが、志保を見てから口を閉ざした。

「どうしたんだい、兄ちゃん。……その女、彼女?」

啓太は違う、と言った。事情を説明する啓太を、女店主は憮然とした目で見つめた。
志保をカウンター席に座らせる。志保は自分の腕を枕にして眠りについた。
啓太は志保の隣に座ると、女店主にラーメンを注文した。
女店主は、志保にちらりと視線をやった後でラーメンを作り始めた。

「はいよ、お待ち」

箸を割り、目の前に置かれたラーメンに箸を向ける。すると、女店主に止められた。
女店主の手には、小瓶が握られていた。『こしょう』と書かれたラベルが張り付いている。

「こいつを入れると、すっごく美味しくなるんだ。そりゃもう、天国にいけるぐらいにね」

そう言うと、女店主はラーメンの上で小瓶を降り始めた。
白い粉が、ラーメンのスープに混ざり、麺の上に乗った。
啓太は箸で麺とスープと粉をかき混ぜて、食べ始めた。
女店主は美味しくなると言っていたが、軽く酔っている啓太の舌には判断がつかなかった。

啓太が箸を置くと、女店主はラーメンの器を下げた。
隣に座る志保が起きる様子は見て取れない。
仕方なく椅子に座っていると、女店主が隣にやってきた。

「どうだった? 美味しかったかい?」

啓太は、いつも通り美味しかったと言った。女店主が言葉を続ける。

「ねえ? ……変な感じになってこないかい、兄ちゃん」

言葉を聞いて、啓太は突然、柔らかい感触が欲しくなった。
欲望が次第に大きくなり、落ち着かなくなっていく。
隣に座る女店主のエプロンの、胸元に目がいく。
首の下から少しずつ起き上がるふくらみを見ているうちに、目を離せなくなった。
脳内で、エプロンを強引に引き裂いて、柔らかい乳房を撫で回し、乳首をつまんだ。
体が求めるものが目の前にある。思考と欲望がどろどろに混ざり始める。
女店主が啓太に近寄り、背中に手を回し、柔らかい体を押し付ける。
押し付けて、離し、押し付けて、離れる。啓太の欲望を、体の奥から引きずり出す。

啓太は、必死に、手を出すまいと歯を食いしばる。
しかし、女店主の柔らかな唇の味を、自身の唇で味わったとき。

啓太の理性の壁は決壊した。


479 名前:ラーメン屋とサラリーマン[sage] 投稿日:2007/05/22(火) 06:36:58 ID:t0NRggZl
翌日の火曜日、啓太と志保は、出社しなかった。

水曜日、木曜日、金曜日になっても2人は姿を見せなかった。
会社から警察へ連絡がいき、前日に失踪した上司を含めて捜査が始まった。

同じ会社の男性社員は志保と同時にいなくなった啓太に、疑念と嫉妬を覚えた。
女性社員は上司が自殺し、啓太と志保の2人が駆け落ちした、との噂を流した。
噂は一時期こそ熱心にささやかれたものの、時が経つにつれて風化していった。


同じ町にある、美味しいとんこつラーメンを出すと一部で噂になったラーメン屋は、
9日間だけ営業したのち、何の前触れもなく閉店した。

終わり

*************
投下終了。わかりにくい点とか、つじつまが合わない部分があったら、教えてください。

480 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/22(火) 07:28:52 ID:7hYUZGCO
>>471
久しぶりによづりキター!
かずくんペース握られ過ぎ
だがそれがいい

>>479
GJ!
でも主人公は監禁されてハァハァなんだろうけど
上司と女の子がどうなったのかが気になる((( ;゚Д゚)))ガクブル

481 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/22(火) 07:53:09 ID:j3PtxiOO
>>471
時間はいくらかかってもいいですから、これからも頑張ってください。楽しみにしてます。

>>479
怖…! あれですか、人肉出すデパートの肉屋系。
こういう単発ものもいいスパイスです。


ところで、同人だけどやんデレなる直球なタイトルでADVつくってるらしい。
夏コミに期待大。

482 名前:名無しさん@ピンキー[] 投稿日:2007/05/22(火) 08:00:36 ID:k4In9tJQ
GJ!!
ながれで行くと監禁ってことでぉkなのかな?
その後を補完するSS書いてくれると有難いのだが。

483 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/22(火) 21:04:34 ID:T07nhhFS
>>480>>481>>482

「そんな女はほっといてさぁ、兄ちゃん、私と一緒にラーメンにならないかい?」



バッドエンドA~ラーメンエンド~


これだ!!

484 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/22(火) 21:39:36 ID:X8neiNR1
>>483
お前のその発想力を社会の為に役立ててくれ

485 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/22(火) 22:16:31 ID:E0B9i5ac
>>483ワロタwww

486 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/23(水) 00:12:22 ID:hSICfvPU
保管庫の管理人さん、SSまとめの更新&文字色の変更、乙です。

487 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/23(水) 05:58:39 ID:34eb16kY
なあ
やっぱそのとんこつラーメンて上司の・・・

488 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/23(水) 07:06:50 ID:4UD1QEvK
材料が少なくて品切れしたから9日間で閉店したのか……?
((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル

489 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/23(水) 17:43:38 ID:amTYPuYH
ヤンデレ(だと思うが)の彼女がいるが、ヤンデレって基本的に感情の起伏が激しいんだと思う
ネガティブ志向とか偏性志向っていうよりは、2重人格的要素があるかな

490 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/23(水) 18:18:23 ID:JOP6MUjH
>>489 お前はすでに死んでいる









kwsk

491 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/23(水) 19:09:18 ID:GEQEEmSz
>>489
言っておくが、お前を溺愛して執着して依存して、それで病んでなきゃダメだぞ。
別にお前を好きなわけではないが、単にプライドが高くて捨てられる事を嫌がるただのメンヘラはダメだぞ。
しかも他の男に目がくらむ女なら論外だからな。

492 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/23(水) 22:37:03 ID:amTYPuYH
一時はかなり依存してて、ある日向こうが自分の家に帰ってまた俺の家来て…を3回位繰り返したこともある

>>491
でもな、お前がいうヤンデレの定義ってメンヘラやストーカーと大差ないじゃん。むしろ、ヤンデレ枠にその2つがある感じ

493 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/23(水) 22:56:02 ID:GOXCL1BR
>>491なんという理想の高さ……

だ   が   そ   れ   が   い   い

まあ俺たちが望むヤンデレってそういうもんだよな
「狂ってしまうほどの愛」というか

494 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/23(水) 23:24:25 ID:hSICfvPU
投下します。

***

僕の知り合いに、近所に住む仲のいい年上の女の子がいた。
過去形にすべきではないのだけど、もう会おうとは思わないから過去形にすべきだろう。

彼女の名前は橋口さつきといって、僕よりも3つ早く生まれていた。
僕と、僕の同年代の友達はさつき姉、と彼女のことを呼んでいた。
さつき姉と僕は、昔からとても仲が良かった。
僕とさつき姉の家は、小さい子供が1人で歩いて行っても迷わずにたどり着けるくらいの
距離しか離れていなかった。
だから、自然にお互いの家に行き来して遊ぶようになった。

さつき姉が言うには、昔はよく僕の方から訪ねていっていたらしい。
僕はよく覚えていないのだけど、たぶん真実なんだろう。
さつき姉は僕のことで嘘を吐くような人ではなかったから。

小学校に通っていた頃は、当然のようにお互い手を繋いで登校した。
3年生の頃までは手を繋いで歩くことに抵抗が無かったけど、いつからか僕は
クラスの友達にからかわれるようになって、さつき姉と手を繋がなくなった。
さつき姉は僕と無理矢理手を繋ごうとしてきたけど、手を繋ぐことを恥ずかしく
思っていた僕は、つい走って逃げてしまった。
だけど、僕とさつき姉の仲が悪くなることはなかった。
学校が休みの日と、学校からの帰り道ではよく一緒に遊んでいた。
僕が持っている小さい頃の楽しい記憶のほとんどには、さつき姉が一緒だった。


495 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/23(水) 23:27:05 ID:hSICfvPU
よくやった遊びは、おいかけっこだった。
さつき姉が鬼で、僕が逃げる役。
僕の家の中と庭、さつき姉の(僕の家より大きい)家の中と広くて綺麗な庭、
学校から自宅までの帰り道、僕の家の裏にある雑木林の中、子供の足で入り
込めそうな場所は、ほぼ全てが追いかけっこの舞台になった。

おいかけっこを始める前に、2人のどちらが勝ったらなにをする、という罰ゲーム
を毎回設定した。
罰ゲームの内容はよく覚えていない。
よく覚えていないということは、きっと身の危険をおびやかすほどのものは罰ゲームに
設定していなかったということだろう。
もし危険なものであったら、僕の体にはもっと傷の跡がついているはずだ。
僕と比べて、さつき姉の走りは圧倒的に上だった。

僕がさつき姉を避け始めたのは、高校1年生のころだった。
高校1年生の冬、僕はクラスメイトの女の子から告白されて付き合いだした。
さつき姉は大学に通っていたけど、平日は相変わらず僕と一緒にいたし、
休日には僕の家へ遊びに来て部屋に居座った。
クラスメイトの女の子は、家へ来るたびに僕の部屋に座っているさつき姉を目にした。
僕に出来た初めての恋人は、ひと月もしないうちに自然消滅した。
ちなみに、初めての恋人は僕が中学校の頃から好きで、彼女を目当てに一緒の
高校へ通うほど、強く想っていた女の子だった。


496 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/23(水) 23:29:53 ID:hSICfvPU
高校2年に進級した頃には、僕はさつき姉を無視するようになった。
親の手前どうしても話さなければいけないときもあったけど、そんなときは
居心地の悪さを感じながらも、さつき姉とにこやかに会話した。
高校3年生になってからは、受験勉強に忙しいという理由でさつき姉から逃げ回った。
それでも僕の部屋のドアをノックするさつき姉に対抗して、僕は塾という安全な
逃げ場へと避難した。
勉強の甲斐あって、僕は実家から遠く離れた大学の受験に合格した。

1人暮らしを始めるアパートに引っ越す前日、僕はさつき姉と久しぶりに街へくりだした。
さつき姉は、お店に入ったときは突き抜けるほど晴れ晴れとした笑顔を浮かべて、
公園のベンチで会話したときには自身の胸のうちを明かしながら涙を落とした。
僕の人生で、寂しかったという単語を何度も繰り返し使われたのは、その時が初めてだった。

翌日、僕は朝早くからバスと電車を乗り継いで新生活の舞台となる町へ向かった。
本当は、前日にさつき姉と一緒に遊びにでかける約束を結んでいた(約束しなければ帰して
もらえなかった)のだが、僕は約束とため息を一緒にして、見知らぬ風景の空気へと吐き出した。

アパートの住所は、さつき姉には教えなかった。
両親にも、住所のことはさつき姉には教えないでくれ、と頼んでおいた。
僕はさつき姉を忘れたかった。
初恋の相手だった人に対して、これ以上冷たくあたりたくなかったからだ。

そうして新しい生活が始まり、大学生活と1人暮らしの生活に慣れだしてそろそろアルバイトを
始めようかと考えているうちに、大学は夏季休暇へと移行していた。


497 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/23(水) 23:31:23 ID:hSICfvPU
***

コンビニで求人情報誌と一緒に、缶コーヒーを購入する。
自動ドアを通り抜けて外へ出ると、眩しい日差しと体にまとわりついてくる熱気が
額にじっとりとした汗を浮かび上がらせた。
コンビニから自宅へ向かう途中には、小学校のグラウンドと同じぐらいの広さの公園がある。
公園を取り囲むようにして緑の葉っぱを広げた木が立ち並び、公園の中心にある大きな木の周り
には芝生が広がっていて、芝生の上には犬と散歩をする人や色つきのボールを蹴る子供達がいた。

公園の入り口近くにあるベンチに腰を下ろす。
後ろに生えている木は太陽の光を上手に遮り、僕とベンチの周囲を暗くして、同時に地面から
立ち上る熱気を抑えてくれた。
歩いているときとは違う風の心地よさを味わってから、まだ冷たい缶コーヒーを開けて口にする。
微糖のコーヒーは乾いた喉にひっかかることなく流れていった。

求人情報誌には、僕の住むアパートから歩いていっていける距離で働ける場所があった。
めぼしい条件のページに折り目をつけながらコーヒーを飲んでいると、携帯電話に着信があった。
見知らぬ番号ではあったが、090から始まる番号だったので通話ボタンを押して電話に出る。

「もしもし」

と言っても、相手からの返事がなかった。
一呼吸してから同じことを言おうとしたら、ツーツー、と音が聞こえてきた。
間違い電話だったのだろう。僕は携帯電話をジーンズのポケットに入れて、コーヒーを飲み干した。


498 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/23(水) 23:35:41 ID:hSICfvPU
僕が住んでいるアパートは、公園から歩いて10分ほどの場所にある。
10分とはいえ、今日の気温はこの夏の最高気温を記録しようかというほど高く、
Tシャツと下着は汗に濡れて、手に持ったハンカチは汗で重くなってしまっていた。

僕の住む201号室は2階にあり、当然のように階段が立ちはだかっていた。
階段を4つ登るごとに、僕は1回ずつハンカチで額の汗を拭う。
階段を登る間に、額を4回拭った。2階に着いてから、もう一度額を拭う。
201号室という名前のくせに、階段を登ってすぐの位置には203号室があり、
突き当たりまで行かないと僕の住む201号室はなかった。

僕が向かう201号室の前には、女性が立っていた。
女性は長い髪の上に白い帽子を被り、白いワンピースと白い靴を身に着けていた。
肌の色も白で、違う色をしている部分といえばつややかな黒髪と薄紅の唇と、
ほっそりとした指に包み込まれた赤い携帯電話だけだった。

女性は親指を動かしてから、携帯電話を持ちかえると耳につけた。
途端、僕のポケットに入っている携帯電話が振動した。
携帯電話を開いて画面を見ると、公園で着信のあった番号と同じ番号が表示されていた。
呼吸を止めてからその場で立ち止まり、電話に応対する。

「……もしもし」

なんとなく、慎重に声を出してしまった。
僕が立ち尽くしていると、携帯電話の音声と共に女性らしき肉声が耳に届いた。

「ふふ、やぁっぱり、惣一の番号だった!」

目の前にいる女性が僕の方を向いて、大声を出した。
ちなみに惣一というのは、僕の名前だ。北河惣一、それが僕のフルネームだ。
僕の名前を知っているのは、この町では大学の友達だけだが、目の前にいる女性は
大学でできた友達のいずれでもない。
当然だろう。だって彼女は。

「久しぶりね、惣一。元気そうじゃない。
てっきり私がいなくて寂しい生活を送っているんじゃないかと思ってたんだけど」

懐かしい笑顔と、聞きなれた声と、変わらぬ容姿。
携帯電話を切らずに、僕に語りかけてくる。
女性の空いた手には、携帯電話会社から送られてくる料金案内の封筒が握られている。

「惣一のところに、遊びにきちゃった!」

さつき姉――本名、橋口さつきが、1人暮らしを送る僕のところにやってきた。 

-------
今回は投下終了。病んでいるところを書けるか不満ですが、なんとかやってみます。

499 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/23(水) 23:38:09 ID:hSICfvPU
不満じゃなかった、不安だった。スマソ

500 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/23(水) 23:38:57 ID:TsEvUpxt
GJ! 携帯料金通知、これはやっぱり必須ですね

501 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/23(水) 23:48:17 ID:4UD1QEvK
>>499
GJ!
さつき姉の依存可愛いよ依存
でも主人公は逃げたいんだろうなあw
これはこの先が楽しみ(*´д`*)ハァハァ

502 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/24(木) 00:11:27 ID:8GU3YkqK
>>489
メンヘラってこと?
しかし羨ましい…。監禁されて死ねばいいのに

さあ、お前と彼女の出会いをSSにしたまえ

503 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/24(木) 00:29:05 ID:yN48jtzo
>>502
>492にもあるが精神疾患・誇大妄想と紙一重なんだよ。その紙一重を綺麗に隔ててるのがうちのなんだけどね
SS描いてもいいけど、ツンデレとかに比べてやっぱりネタにするのは難しいと思うよ。その相手も多少壊れてないといけないし

504 名前:名無しさん@ピンキー[] 投稿日:2007/05/24(木) 02:41:02 ID:qghtPmO4
>>503脳内彼女なら今すぐ書け。
実在彼女なら大事にしてあげて下さい。

505 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/24(木) 04:07:44 ID:YyUG2hwv
>>504
優しいなおまい

506 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/24(木) 07:09:15 ID:kzRjzNuz
>>498
これは素晴らしい期待の新作!
続きが楽しみでつ
でも携帯の料金案内ってことはまさか
惣一につながるまでランダムでかけまくってたって事か?(((;゚∀゚)))ガクブルハァハァ

507 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/24(木) 10:12:24 ID:F61T5MS9
>>503
なんという彼女……間違いなくこのスレは嫉妬される

508 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/24(木) 13:33:45 ID:z4clNpUs
>>503
ま、死なない程度にガンガレ

>>506
携帯料金の通知

509 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/24(木) 15:58:54 ID:jYFvTvzG
>>503
お前のリアルの話なんてミジンコほどにどうでもいいから控えてね
そもそもここがなんのスレなのか考えてからレスしようね

510 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/24(木) 16:32:34 ID:t0ugCRBU
何言っているんだこんなことが実際にある訳無いじゃないか

511 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/24(木) 16:51:33 ID:u7hFlb7P
実体験風の作品と考えれば問題ない

512 名前:名無しさん@ピンキー[] 投稿日:2007/05/24(木) 21:19:23 ID:OqyWaXyt
>>511
成る程、既に始まっているということか

513 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/24(木) 23:57:39 ID:UCAJAwE5
実体験の報告と見せかけて日に日に病んでいく彼女を追ったSSだったのか!

514 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/25(金) 00:59:51 ID:JCvlFL/5
昨日の続き、投下します。


さつき姉は携帯電話を折りたたんでポケットにしまうと、僕に向けて手の平をさしだした。

「鍵」
「鍵?」
「鍵は鍵よ。惣一の部屋の扉を開けるための鍵。
今日からしばらく惣一の部屋に泊まることにしたから、荷物を入れておきたいの。
荷物と言ってもバッグひとつだけどね。あ、あともう一つあったわ。
ねえ、部屋の中にキッチンと冷蔵庫はある?」
僕はある、と言ってから頷いた。

さつき姉はコンクリートの廊下の床に置かれている大き目の黒のバッグを右手に持ち、
大きく膨らんだビニール製の買い物袋を左手で持ち上げた。
ビニール袋の中には緑色の野菜と、肉の切り身が入れられているパックが入っていた。

「今からさつきお姉ちゃんが料理を作ってあげる。もうお昼時だから。
肉と野菜の炒めものを作れるぐらいのものは揃っているでしょ?」
「うん」
「じゃあ、早く扉を開けて。あ、あとこれ」
と言うと、さつき姉は僕に向けて真っ黒の旅行バッグを差し出した。
「いろいろ入っているから重かったのよ、それ。
惣一は知らないかもしれないけど、女の子が旅行するときに持っていく荷物は
結構な量になるのよ」

僕はさつき姉からバッグを受け取った。
確かに、僕がひとりきりでぶらぶらと旅行するときに抱える荷物より、さつき姉が
持ってきたバッグは重かった。
しかし、僕が近所のスーパーで3日分の食料をまとめ買いした帰り道で持つ
ビニール袋に比べれば軽いものではあった。

左手にさつき姉のバッグを持ち、右手でポケットの中を探って部屋の鍵を取り出して、
201号室のドアを開ける。
毎日嗅いでいる僕の部屋の匂いが、いつものごとく部屋の中に滞っていた。
僕がまず靴を脱いで部屋の中へ入ると、さつき姉が後に続いた。
さつき姉は買い物袋を入り口近くに設置してあるキッチンの上に置くと、深呼吸した。

「ああ、ここ、惣一の部屋の匂いがする。
鼻をつく匂いがなくて、甘い匂いもなくて。すっごく好きだな、この匂い」

僕は、口の代わりに鼻から息を吐き出した。
さつき姉の喋り方が、昔とまるで変わっていなかったことに安堵した。
僕のせいでさつき姉の心が傷ついて、変貌してしまっているのではないかと思っていたからだ。


515 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/25(金) 01:01:35 ID:JCvlFL/5
さつき姉は僕の手から黒いバッグを受け取ると、台所の床に置いた。
キッチンには蛇口と流し口と、まな板と包丁と、蛍光灯と冷蔵庫とコンロが置いてある。
さつき姉はいずれも使えるものばかりであることを確認すると、調理を開始した。
まな板と包丁と手をまず洗い、続いてキャベツを水で流し始めた。
僕がさつき姉の行動を観察していると、さつき姉に声をかけられた。

「惣一は座ってなさい。20分もしないうちに出来上がるから」
僕は言われるがまま、キッチンとの居間を仕切るガラスの引き戸をしめてから、
居間に置いてあるテーブルの前に座った。

さつき姉がキッチンで料理する音を聞いていると、急に居間の掃除をしたくなった。
僕は普段から掃除を定期的にしていたし、文庫本を読んだ後は本棚にきちんと収めていた
から部屋が散らかったりしていないのだけど、自然と掃除を始めてしまった。
本棚の本を揃えて、机の上のペンとノートを片付けて、コンビニで買ったエロ本を隠した。

畳の上に散らばるホコリや髪の毛をあらかた捨て終わったころ、さつき姉が引き戸を開けて
片手に料理の乗った大皿、片手に皿2枚と箸2膳を持って居間に入ってきた。
両手に持っていたものをテーブルの上に置くと、さつき姉は居間に座り込んだ。
僕も少し遅れて、さつき姉とテーブルを挟むかたちで座った。
さつき姉は僕の前に皿と箸を置くと、同時に自分の前にも同じものを置いた。

「惣一、さつきお姉ちゃん特製の野菜炒めをどうぞ召し上がれ。
特製スパイスを使ったから、大学の食堂の料理よりはおいしいはずよ」
「特製スパイス?」
と、僕は聞き返した。
「そう。香りとコクが段違いに増すのよ」

大皿の上に盛られた野菜と肉の炒めものを、箸を使い手元の皿に移す。
鼻を近づけると、確かに香ばしい匂いがした。
昼飯時で空腹状態の僕にとって、野菜炒めのこしょうと油の匂いは刺激的だった。

いただきますと言った後は、無言のまま箸を動かし、小食のさつき姉と一緒に野菜炒めを
完食した。


516 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/25(金) 01:04:54 ID:JCvlFL/5
箸と皿をテーブルの上に置き、満たされた胃を自由にしようとして手を後ろにつく。
少し食べ過ぎたかもしれないが、後悔はしていない。
1人暮らしを始めてから今まで、これだけ美味しい料理を食べたのは初めてのことだった。
自分で料理をしてみようとしたこともあるけど、時間が無いとつい簡単なものですませようと
して、結局は自宅で料理をしようともしなかった。

僕は手をついたまま座っていた。さつき姉が冷蔵庫から麦茶をとりだして、
僕の前にコップを置いて麦茶を注いでくれた。
僕は麦茶をすぐに飲まなかった。
まだ、胃が脈を打ったままの状態で何も受け付けてくれない。

テーブルの向こうに座るさつき姉を、ぼんやりと観察する。
さつき姉は肘をテーブルについたまま僕の顔を見ている。
僕は内心、いつさつき姉の癇癪が起こるのかと戦々恐々としていた。
さつき姉に何も言わず、引越しの前日にした約束を守らず、僕は今居るアパートの部屋に
引っ越してきた。
昔からさつき姉は僕が何も言わずにどこかへ行ってしまうと、眉間にしわを寄せて怒った。
けれども僕の目の前にいるさつき姉は眉間にしわを寄せるどころか、目尻と口の端を
緩ませて笑っているようであった。

僕が沈黙のまま胃を休ませていると、さつき姉の唇が動いた。
「惣一が今何を考えているか、当ててみましょうか。
ずばり、私が怒っているのではないかと思ってびくびくしつつ、なんと言って話を
切り出せばいいのか、と考えている。当たりでしょ」
少しは当たっている。僕は無言で首肯した。

「私が怒っているか、怒っていないか。どちらかと言えば怒っている、が正解ね。
久しぶりに惣一とデートできると思って待ち合わせ当日は5時に起きて、
化粧と服がばっちり決まるまで衣装合わせをして、待ち合わせ1時間前に
待ち合わせ場所に到着して、惣一が来るのを待つ。
はにかんだ表情で待ち合わせ場所にくるはずの惣一が引っ越してしまったことを
知ったのは、夜8時になっても帰ってこなかった私を心配した両親からの電話でだった。
10時間も立ちっぱなしだったから、足はパンパンよ」
僕はなんとなく正座をしてしまいそうになったけど、体をまっすぐに起こす程度にとどめた。

「でね、私思ったのよ。このことは絶対に惣一に罪を償ってもらおう、って」


517 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/25(金) 01:07:08 ID:LmAIOnL5
支援

518 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/25(金) 01:11:36 ID:JCvlFL/5
さつき姉はそう言ってから、黙り込んでしまった。
対して、僕の額からは汗が噴き出し始めた。
窓から舞い込んできた熱気とは別のもの――荒縄で締め付けられて縄が食い込んでいるが
拘束を解けない状況の焦りの心境――が原因だった。

さつき姉は空になった自分のコップを持って立ち上がった。
「そんなバツの悪そうな顔しなくてもいいわよ。
今すぐに罪を償ってもらおうってわけじゃないんだから」
「じゃあ、いつかはするってこと?」
「ええ、もちろんよ。とびっきりのタイミングで、ジョーカーの代わりに使っちゃうから。
悪いだなんて、私は思わないからね。躊躇無く、堂々とカードを使う。
私を騙したんだから、それぐらいのペナルティはあって当然よね、惣一?」

僕は、口を開けなかった。
さつき姉は、僕が約束を守らなかったことを咎めている。
心の中でさつき姉の言葉を反芻して、僕は自分のやったことについて自分自身を何度も殴った。
殴られ続ける僕のありさまをさつき姉が目にしたら、すぐに許してしまうだろう、というくらいに。

さつき姉は引き戸を閉めると、キッチンで洗い物を始めた。
僕はテーブルに両手を投げ出して、同じように体を乗せた。
開け放たれた窓の向こうからは、せみの声が特によく聞こえてきた。
時々アパートの前の路地を通る車の排気音が聞こえて、同じ道を歩く人たちの話し声が
聞きたくもないのによく聞こえた。
彼、もしくは彼女らの話で「暑い」という単語はよく登場していた。
話す相手が入れ替わるたびに口にしているようにさえ思えた。

僕の体は暑さのせいで熱くもなっていたが、あきらかに一部分だけが異常に熱くなっていた。
具体的には股間に血液が集まり、勃起した肉棒がとても熱くなっていた。
恋人は大学に通っているうちにはできなかったから、性欲を処理するためにマスターベーションは
定期的に行っていた。
加えて、僕はあまり(自分の判断では)性欲が強い人間ではない。
だというのに、今の僕は腰を振って女性の体を貫きたいという単純で強力な欲望に背中を
つつかれている。

引き戸の向こうで洗い物をするさつき姉に肉欲をぶつけないよう、腹筋を固める。
今さつき姉がやってきたら、何かの拍子に崩れてしまうかもしれない。
昼食で大量に皿を使っていればよかった、という種類の後悔をしたのはこれが初めてだ。
汗と一緒に性欲が流れ出していってくれればたちまち肉棒は静まってくれるだろうが、
現実では時が経つごとに性欲を強くしていった。

股間が膨らんだ状態では外出できず、またさつき姉が同じ部屋にいる以上マスターベーションを
することもできず、僕は惨めな状態のまま夜を迎えることになった。


投下終了。ちょっと話のきり方がおかしかったかな?もうちょっと長くした方がいい?

519 名前: ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/25(金) 01:19:37 ID:JCvlFL/5
>>517
支援、サンクス!

520 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/25(金) 03:25:27 ID:x1ThHaHH
一番槍神GJ!
なんですかこれは?まさか媚薬ry


ところで本当に今更なんだがヤンデレ娘は99%料理になんかいれるよな・・・・
愛液やら媚薬やら血やら人肉やら。
いやいやそれが悪いなんて微塵にも思ってないよ。特に愛液入り料理を是非食べたいなんて欠片も思ってないぞ。
みんななら俺を信じてくれるよな?

521 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/25(金) 12:24:40 ID:ecKyJSHh
>>518惣一……警戒感なさ杉だ
だがそれが(ry
投下については個人的には特に短いとも感じなかったですが

>>520うん、信じるとも。だからおまえの分の料理は俺が食べといてあげよう
なに、礼には及ばん

522 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/25(金) 12:38:05 ID:dCXaBLH1
>>520
そう思えないやつなら俺達と友達になれないな

523 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/25(金) 16:54:21 ID:sxTPIx9V
>>522
よう革命の同志

524 名前:尽くす女[sage] 投稿日:2007/05/25(金) 19:30:23 ID:ijfHRU+h
初投下だけど、これってヤンデレSSになるのか不安だわ。


そこは薄暗い部屋の中だった。
パソコンのディスプレイから洩れている明かりだけが薄青色に部屋の中を照らしていた。
あまり広いとはいえない部屋の中には、多くのモノが積み上げてあった。
DVD、ゲーム、CD…etc.
今にも何かの拍子で崩れてしまうのではないかと思うような有様。
足の踏み場なんてほとんど無く、中央にパソコンへと続く道とも呼べないような空間があるだけ。まるで片付けの出来ない子供部屋のような空間。
パソコンの傍らにはセミダブルのパイプベッド。
生活する人の性格を映すかのように昨夜起きたときのままの状態。
乱れた布団、毛布、枕
その傍らにおいてあるゴミ箱とティッシュのつぶれた箱。
ベッドの向かいにある本棚はきちんと整理がされており、たくさんの書籍がしまわれていた。
背表紙の巻数がきちんと並んでいる。
幾つも…幾つも…
その種類は幾種類あるのだろう。
最後のほうは本棚に入りきらなかったのだろうか、横向きに置かれ、無造作に本棚の前に積み重ねられていた。

すん…
鼻に匂いがまとわり付く
タバコと男性の匂い。
生活の匂い。
あの人の匂い。

恐る恐る周りのものを崩さないように奥へと足を一歩、また一歩進ませていく。
薄暗い部屋の中を。

「こんなところであの人は…寝ているのね…」
足元に落ちているよれよれのYシャツを拾い上げ、しわを申し訳程度に伸ばしながら畳む。
シャツからは汗とタバコと男性特有の体臭が漂っている。
「どうして、すぐにクリーニングにださないのかなぁ…」
苦笑しながらもベッドに腰を下ろし、床に散乱した衣類を丁寧に畳んでいく。
部屋の中を弄られるのを嫌がる性格なので、他のモノには手を触れない。

ようやく洗濯物を畳み終わり、衣服を洋服ダンスにしまう。
洗濯しなければいけないモノは手早く洗濯機に洗剤と一緒に放り込み設定してスイッチを入れる。

ジャー……
水が洗濯槽に満たされていく音が静かに暗い部屋の中に響いている。
その音色を背中で聞きながら、リビングのテーブルの上に散らばった菓子パンの袋や、要らないゴミをゴミ袋に詰め込んでいく。
ブックカバー、コンビニの袋、くしゃくしゃに丸まったティッシュ、お菓子の空箱…
そこに置いているものには手を触れないでゴミだけを手早く詰め込んでいく。

ごうん…ごうん…
給水が終わったのだろう。洗濯機が音を立てて回り始める。
静かで薄暗い部屋の中…ただひたすらにゴミを拾い集める。
袋がいっぱいになるとゴミ袋の口を縛り玄関の傍に置いておく

525 名前:尽くす女[sage] 投稿日:2007/05/25(金) 19:34:03 ID:ijfHRU+h
「はぁ…」
一息ついて、額の汗を拭う。
そしてぱたぱたとスリッパの音を響かせてリビングにある緑色の可愛いソファーに
倒れこむように腰を下ろす。ゆっくりと首をソファーに預け、
ぼんやりと天井を見上げる。
…何を思うでもなくしばらく呆けていると、手に何か硬いものが当たった。
何だろう……?
それを手に取ってみるとそれはビデオの箱だった。
…これって…

アダルトビデオ…?

恍惚とした表情を浮かべた女性がプリントされた表紙。
嫌がっているのか、喜んでいるのか解らないようなそんな表情の女性。
手にそれを持ったまま視線を前に移すとそこには大きなテレビがあった。
今流行のフラットでもワイドでもない、昔ながらの24型のテレビが置いてあった。

「ふ~ん…こんなものを見ているんだ…」
手元を探すとコントローラーらしいものが二つ転がっていた。
ビデオ用とテレビ用。リモコンで電源を入れると
ブンッ…
という無機質な音と共にテレビに明かりが灯った。

526 名前:尽くす女[sage] 投稿日:2007/05/25(金) 19:35:11 ID:ijfHRU+h
真っ青な画面。
音は何も聞こえない。

次にビデオのコントローラーの再生と書かれたボタンを押してみる。

ウィーン…ガシャ…

ビデオの動く音が静かな部屋の中に木霊する。
画面には柱に縛られた着物姿の女性が髭の特徴的な着物姿の男が映し出された。
だが、音は聞こえなかった。
…いや、かすかに声が聞こえていた。
ソファーの上から微かに嬌声と男の声が聞こえていた。
手を伸ばしてみるとそこにはヘッドステレオが置いてあり、声はそこから漏れているのであった。
しばらくの間、手に持ってそこから聞こえてくる声に耳を傾ける。
擦れるような声。響く声。喘ぎ声。やめて欲しいとの嘆願。

…本当に厭なのかしら…
ビデオの停止のボタンを押し、テレビの電源を切り、ヘッドステレオを耳から外す。
膝の上にそれを置き、目を閉じる。

ピィー…ピィー…ピィー…
洗濯の終わりを告げる音が響きわたる。
ヘッドステレオをソファーに戻すと、ソファーからゆっくり立ち上がり洗濯機の前にゆっくりと歩いていき、洗濯籠に洗濯物をいれる。

「私…何を考えているの?」
ふと、洗濯物を取り込みながらそんなことを考える。
願望…何を望むの?
頭の中から余分な考えを振り払い、ただ作業に没頭する。
手早く取り込み、お風呂場に…室内乾燥機のあるお風呂場に手早く干していく、
パン…パン…
両手で挟み込むようにして洗濯物の皺を伸ばしていく。
パン…!
両手でひっぱりしわを伸ばす。飛沫が微かに顔にかかり、シャツがぴんと張る。

何かをしているときが一番落ち着く。
何も考えないで作業に没頭できるから。
考えてしまうのはいけない。
作業の邪魔になるから。
そうだよね。
そう…?
そうなんだよ?…ね?

部屋を見渡す。掃除は終わっている。洗濯も終わっている。
今はそれ以上にすることは無い。
だから私がここにこれ以上いる理由も無い。
私は部屋を後にした。
次にこの部屋に来る時は

あの人が私を彼女として連れてきてくれるときだと信じて。


527 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/25(金) 20:10:44 ID:JCvlFL/5
>>526
投下終了ですか?

528 名前:尽くす女[sage] 投稿日:2007/05/25(金) 20:18:24 ID:ijfHRU+h
はい、投下終了です。
と、最期に書いてなかったorz…

529 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/25(金) 20:26:13 ID:JCvlFL/5
これは、もしかして……想い人の部屋に勝手に忍び込むストーカー!?
いや、違うか。きっと男を一途に想うあまり部屋に忍び込む、健気な女の子なんだ。うん。

530 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/25(金) 21:32:45 ID:R/9SE1rC
>>529 そんな人を傷つけるような冗談言って………
いくら名無し君でも許さないよ?
私、こんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこーーーーーーーんなに尽くしてるのに…


てな感じじゃね?

531 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/25(金) 23:37:50 ID:wZ7WS3Cn
男が部屋に帰って来た時の反応を見てみたいな

532 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/26(土) 01:23:44 ID:0AcTYoI0
>>531
重要な書類がねぇ!!

って感じじゃね?

533 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/26(土) 01:24:23 ID:KA6YcRrv
保管庫の管理人さん、素早い更新乙です。
では、昨日の続きを投下します。

534 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/26(土) 01:25:40 ID:KA6YcRrv
夏がくると、スイカを思い出す。
夏の風物詩といえるスイカであるが、実を言うと僕はあまり好きじゃない。

理由の1つが、赤い果肉の中に入り込んでいる黒い種だ。
大口を開けてスイカに噛り付くと、大量の果肉と一緒に種までもがついてくる。
ひと噛みするごとにいちいち邪魔をしてくる小さな種の存在が、僕にとっては不快だった。

もう1つの理由が、僕の父親の存在だ。
僕の父親はスイカを食べるとき赤い果肉だけではなく、皮まで齧っていた。
スイカをおやつとして出されるたび、僕は父親から赤身を残さずに食べろと
口うるさく言われてきた。
もちろん父親と同じようにできるはずもなく、僕はいつも赤身を少しだけ残した。
そして、父親に怒られた。スイカを全部食べなかったという理不尽な理由で。

それらのことがあったせいで、僕はスイカというものから距離を置くようになった。
夏休みに家で過ごしているとスイカを食べさせられるので、家にいない理由を
いつも適当に作り出した。
図書館へ宿題をやりに行ったり、さつき姉の家に遊びに行ったり――――

うなだれて、ため息をひとつ吐く。
また、さつき姉のことが浮かんできた。
たった今風呂に入っているさつき姉の裸体を想像しないために、まったく関係のない
ことを考えていたというのに。
1畳ほどの広さもないバスルームでさつき姉がシャワーを浴びている音が、
浴室のドアを通り抜けて僕の座っている居間まで聞こえてくる。
さつき姉がシャワーを浴びに行ってから20分が経とうとしているが、僕の主観では
2時間は経っているように感じられる。

さつき姉の作った夕食を食べ終えた後にシャワーを浴びてからも、僕の股間と
欲望は熱くなったままだった。
風呂上りに勃起している様を見られないよう隠すのには苦労した。
昼食後から現時刻の午後8時50分まで、僕はずっとこんな情けない状態のまま
部屋に閉じこもっている。

久しぶりに会ったからかもしれないが、さつき姉は僕によく話しかけてきた。
耳に優しいさつき姉の声を聞くたび、僕の体がうずいた。
奇妙な現象だった。いくらさつき姉が魅力的な容姿をしているからといって、
ここまで強く欲情したことはない。
まして、さつき姉とセックスしたいなど、実家に住んでいた今年の3月までは一度も
考えたことがなかったのに。
しかし、現に僕は今性欲を解消したくて仕方なくなっている。
僕の浅ましい欲望をさつき姉の体にぶつけたくないのに、全力疾走した後よりも強く脈を
打つ心臓は思いに応えてはくれなかった。


535 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/26(土) 01:27:30 ID:KA6YcRrv
浴室のドアが開く音がした。しばらく体をタオルでこする音が続く。
足拭きマットを踏みしめる音が2つ聞こえた。さつき姉が出てきたのだろう。
さつき姉がしているであろう行動を背中で聞いているだけで下半身に血液が送り込まれ、
欲望を閉じ込める役目を任された腹筋が固くなる。

自分が吐く息すら強い熱を持っている気がする。
ふと、バニラのアイスバーに息を吹きかけたら溶ける様子が浮かんだ。
バニラアイスでもドライアイスでもいい。僕の欲望と熱を抑えてくれ。

居間とキッチンを仕切る引き戸が開くと、シャンプーの匂いがした。
匂いを大きく吸い込んでしまいそうになるのを必死に抑える。
さつき姉は僕の背中に向かって声をかけた。
「ねえ、惣一。ドライヤーはどこにあるの? 私持って来てないのよ」
「え……。なに、もう1回言って?」
「なにぼうっとしてるのよ。ドライヤーは、この部屋の、どこに、あるの?」
さつき姉は上の空の返事をした僕に言い聞かせるように言った。

そういえば、ドライヤーはどこ置いただろう。
部屋の空気に混ざり始めた鼻をくすぐる匂いのせいで、簡単なことの答えも見つからない。
そうだった。ドライヤーは浴室のドアの近くにかけてあったはず。
僕がさつき姉にそのことを伝えようとして顔を上げると、バスタオルを体に巻きつけて
部屋の中を探し回るさつき姉の姿が目に入った。
力を振り絞り、目と顔をあらぬ方向に向ける。

「どこにあるのよ、ドライヤー。早く髪の毛を乾かしたいのに」
「浴室の、ドアの壁」
「ん? 何か言った?」
さつき姉が、僕の目線の先でしゃがんで見つめてきた。
湯上りで湿った髪と、わずかに濡れた肩と膝と、タオルに収められた胸の谷間が見えた。
「浴室のドアの近くの壁にかけてあるから! 早く服を着てくれ、頼むから!」
「ああ、あそこにあったのね、気づかなかったわ」

さつき姉は立ち上がると、ぺたぺたと歩いて浴室の方へ向かった。
ドライヤーの騒音が聞こえる。髪を乾かしているのだろう。
時々大きくなったり小さくなったりするドライヤーの音を聞きながら、僕は長いため息を吐いた。

ドライヤーの場所を尋ねられて答える、というだけのやりとりで僕の精神力はかなり磨り減った。
大学の眠たい講義を受けていてもここまで疲弊しないだろう、というぐらいに。


536 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/26(土) 01:28:50 ID:KA6YcRrv
さつき姉は髪を乾かしてパジャマに着替えると、僕の傍に座った。
僕がさつき姉から距離をとると、さつき姉は空けた距離をすぐに詰めてきた。
さつき姉からの逃亡は、僕の背中が壁についたことで幕を下ろした。
部屋は6畳しかなかったから、2人居るだけでも狭く感じられる。

「なんで逃げるのよ。そんなに怖がらなくてもとって食ったりしないわよ」
間近で声を出すさつき姉から顔をそらす。見ているだけで自制が利かなくなりそうだ。
「それに、なんだか顔が赤いわよ。もしかして夏風邪?」
さつき姉の手が、僕の額を覆った。風呂上りのせいだろう。額に手のぬくもりが感じられた。
「うーん。熱は無いみたいだけど、本当に大丈夫?」
今度は、身を乗り出して僕の顔を見つめてきた。
さつき姉の美しいラインを描いた二重まぶたがよく見える。
風呂上りから間の無い髪の毛はまだシャンプーの香りを漂わせていて、空気を柔らかくしていた。

僕は、さつき姉の唇にくちづけたかった。
上下の唇を舌で割り、歯と歯の間を舌の先でなぞり、唇の裏と頬の裏を舐めて、
さつき姉の舌を自分の舌で嬲りたくなった。
ピンク色のパジャマを震える手で急いで外し、ブラジャーをまくりあげ、胸の谷間に
顔を埋めるところを想像した。触感までも、想像することができた。
そして、さつき姉の足を開いて中へ入るところまで思考を泳がせたところで、自分の頬を殴った。
続けて左の頬を左拳で殴る。頬骨と、拳の尖った骨が思い切りぶつかった。

「いきなりどうしたの? 自傷癖でもできてたの?」
「……もう、寝よう」
「え、でもまだ10時にもなってないけど」
「いいんだよ。僕はいつも10時には寝るようにしてるんだから」
僕の言葉を聞いて、さつき姉は一度顔をしかめてからため息を吐き出した。
「仕方ないわね。じゃあ、もう寝ましょうか」

僕はさつき姉に背中を向けて、深く腰を曲げながら布団を敷き始めた。


537 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/26(土) 01:30:34 ID:KA6YcRrv
歯を磨いて、部屋の電気を消して布団に潜り込んでから、僕は自分の行動を後悔した。
横になった僕と向かい合う形でさつき姉が布団に入ってきたのだ。
僕が布団から出ようとすると、さつき姉に肩を掴まれて動きを止められた。
「どこに行くつもり?」
「僕は台所の床で寝るよ。さつき姉は1人で布団を使って寝ていいから」
「別にいいじゃない、一緒に寝ても。昔はよくこうやって一緒に眠ったでしょ」
「今と、昔は違うよ」
僕が手を伸ばすまいと努力していることにも気づかず、さつき姉は言葉を続けてくる。

「ふーーん。も、し、か、し、て。さつきお姉ちゃんの体に興奮しちゃってるとか?」
否定しようとしたら、いきなりさつき姉が僕の首に手を回してきた。
吐き出す息まで感じとれる距離に、さつき姉の顔がある。
「でも、私を無理矢理どうにかしようとか、惣一にはできないよね」
その言葉は、僕をからかっているようだった。
体の中を駆け巡る欲望が、大きな津波のようになって押し寄せてきた。
できない、とさつき姉は言った。僕に、僕自身がしようと思っていることはできない、と。
僕がしたくなっていることなど、さつき姉は気づいていないようだった。

「ふふ、できないわよ。惣一には、まだそんなことはできないって」
さつき姉は、鼻から小さく息を吐き出しながら笑った。
僕は、さつき姉の笑顔を汚してやりたくなった。
苦痛に顔を歪めさせて、身を捩じらせて、僕の思うままに弄びたい。
いつまでも子供のままだと思っているさつき姉の考えをひっくりかえしてやりたくなった。
さつき姉を喘がせて、呼吸と体を乱れさせて、涙を流させて――――?

涙を流させる?さつき姉に、か?
初恋の人に、また涙を流させようというのか、僕は?


538 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/26(土) 01:32:33 ID:KA6YcRrv
僕が高校時代に好きだった女の子は、さつき姉が原因で離れていった。
だから僕はさつき姉を無視し続けて、寂しい思いをさせた。そして泣かせてしまった。
最後には一言も言わずにこの町へやってきた。
僕と再会するまで、さつき姉が寂しい思いをしていたのは違いない。
久しぶりに僕に会いたいと思ってやってきたさつき姉を、僕は自分の欲望のままに泣かせて、
汚して、傷つけるのか?
今度こそ、決定的な傷をつけてしまおうというのか?

僕にそんなことができるわけ、ないじゃないか。
僕はさつき姉を嫌っているわけではない。むしろ、好きなままだ。
ただ、まだ時間が欲しいんだ。僕の頭が冷えて、さつき姉を心から許せるまで。
だから、今は。
「おやすみ、さつき姉」
こうやって、背中を向けていたい。

さつき姉と向かい合っていたときとは違い、僕の欲望は鎮まり始めていた。
緊張が解き放たれて、精神の疲労が心地よく眠りに導いていく。
まどろみの中で、さつき姉の声を聞いた。
「ふう、仕方ないわね。……まさか耐え切るだなんて思わなかったけど。
でもいいわ。今日のところはお休みなさい、惣一。また、明日ね」

開けたままの窓から入り込んだ夜風が、カーテンを揺らし部屋の空気を押し流していく。
昼間のうだるような熱気のない、肩を優しく撫でてくれる風だった。



今日はここまで。次回へ続きます。


539 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/26(土) 01:52:56 ID:0AcTYoI0
>>538
乙です。風呂場なりトイレなりでヌくという考えは彼にはないのだろうか

540 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/26(土) 06:21:51 ID:yvIB6vFC
同居人ができたのに?
そいつぁ勇者すぎますぜ旦那

541 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/26(土) 06:52:08 ID:0AcTYoI0
>>540
昔のねらーは言いました

「オナニーは麻薬と一緒」

俺は排水溝が詰ろうがやります。ええ

542 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/26(土) 08:24:25 ID:zg8xC8XD
>>538
GJです
しかし惣一はよくさつき姉の罠に耐えましたね
俺ならもう襲ってます


>>541
媚薬が盛られてたっぽいから、オナヌーしても収まらないんじゃね?

543 名前:名無しさん@ピンキー[] 投稿日:2007/05/26(土) 08:57:57 ID:/JKMoZI7
主人公にもうこれ以上自分の嫌なところを見せたくない、
でも私は主人公の永遠になりたい、思いを存分に打ち明けたい。
そんな思いから、主人公に愛してる愛してる連発しながら、
主人公の目の前で自殺する娘はヤンデレですか。

544 名前:無形 ◆UHh3YBA8aM [sage] 投稿日:2007/05/26(土) 12:06:11 ID:OltU+Q9A
続きの投下します

545 名前:ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] 投稿日:2007/05/26(土) 12:08:02 ID:OltU+Q9A
さわさわと道の並木が揺れる。
僕が半歩前にいて。
従妹が半歩後にいる。
繰り返し繰り返し続けられる立ち居地。
前へ出ることも無く。
共に並ぶでもない。
けれど見えぬほど後ろにも無く。
唯、静かにそこに在る。
今は綾緒だけが、そこにいる。
5回。
それだけ春を遡ると、僕と綾緒の傍には、もう一人の少女がいた。
僕らの遠い親戚で、名族・楢柴の分家。
充分高貴と云える家柄なのに、良い意味でお嬢様らしさを感じさせない爛漫な女の子。
加持藤夢(かじ ふじめ)。
それが、彼女の名前。
僕らの傍にいた少女の名前。
僕の――初恋の相手の名前だ。
僕の父は5代前の先祖の名前もわからない、まさに一般人だった。
そんな父が愛したのは、名門・楢柴の長女。
どこで知り合ったのかとか、どうやって仲良くなったのかとか、そんなことを教えてくれたことは
無い。話を聞こうとすると、笑って誤魔化すだけだった。
唯、二人が真剣に愛し合っていることだけは子供心に感じられた。
楢柴は名家だ。
『高貴』な娘と『雑種』の雄の婚姻には、当然反対した。
その反対の『手段』は嫌がらせで済むレベルでは無かったようだ。
それでも結婚にこぎつけたのは本人達の意思と、一握りの協力者があったから。
父の友人達と、母の姉代わりだった分家の女性――加持家の当主の協力が。
『雑種』に娘をさらわれた楢柴本家の人間は父を深く憎んだらしい。けれど子供が生まれると、
次第に両家は打ち解けたようで、ついには挨拶程度ならば出来るようになったという話。
そんな縁があるからだろう。
母方の親戚とはあまり面識が無いが、加持家の人々とは長い付き合いになる。
だから僕と藤夢が出会ったのも、記憶に無いくらい昔の話。
当主の娘・藤夢は母親譲りの温厚な人柄と明るさを備えていた。
同い年というのも手伝って、僕と彼女はすぐに仲良くなった。
否。僕はそう思っていた。
加持の家は他県にあるから滅多に会うことは出来なかったが、それでもたまに会える藤夢の姿を
見ることが僕の楽しみだった。
初恋。
自身の感情をそう判断できたのは、歳も二桁になってからだ。
「藤夢ちゃんのことが好きなんだ」
どうしたものかと悩む僕は、綾緒にそう相談した。
「まあ、にいさまが、藤夢のことを?」
従妹は穏やかに驚く。
綾緒はひとつ年上の藤夢を呼び捨てる。対して藤夢は綾緒にさん付けをする。それは主家と分家の差
だったのだろう。
「どうすれば良いかな」
僕が問うと、綾緒はニッコリと笑った。
「勿論、藤夢に想いを伝えるべきです。“そのままにしておく”ことはありません」
「そうかな?」
「はい。綾緒はにいさまを応援致します」
「そうか、ありがとう。なら早速――」
「駄目ですよ、にいさま」
突然の静止に僕は振り返る。
「“今”は駄目です。明日以降。明日以降にして下さいませ。綾緒にも・・・準備がありますから」
「準備?」
「はい。準備です。ですからにいさま、藤夢に想いを伝えるのは、明日以降に」
従妹に念を押され、僕は翌日、藤夢を呼び出した。
子供とはいえなにか察していたのだろうか。
約束の場所に来た藤夢は、酷く暗い顔をしていた。

546 名前:ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] 投稿日:2007/05/26(土) 12:10:01 ID:OltU+Q9A
怪我でもしたのだろうか。
彼女は指先に包帯を巻いていた。
僕は一瞬迷う。
なにも云わないほうが良いのではないかと。
「好き」
そう伝えてどうなるかなんて、考えもしない。
交際という概念もない子供だった。
唯、想いを伝えたかったのだ。
僕は意を決して藤夢に想いを告げる。
彼女は僕の言葉を聞くと、目を見開いて泣き出した。
そして消え入るようなこえで、
「・・・・ごめんなさい・・・・」
そう云って泣き崩れた。
ショックだった。
藤夢も僕を好いてくれていると思っていたのだ。
だから勇気を出せたのに。
「藤夢ちゃん、僕のこと・・・嫌いだったのか?」
「ち、違うの!私だって、創ちゃんのことを――」
「にいさまのことを?」
凛とした声が響いた。
「――ひっ」
藤夢は身体を竦ませる。
「綾緒・・・・」
従妹がそこにいた。
綾緒は微笑みながら僕の傍に来る。
「申し訳ありません、にいさま。つい“心配”になって、来てしまいました」
従妹は僕に腰を折り、分家の少女に向き直る。
「ねえ、藤夢、にいさまの想いは聞いたのでしょう?それで、貴女はなんと答えたの?」
「う・・・・ご・・・・ごめん、なさい・・・・って・・・・」
「まあ」
綾緒は口元に手を当てる。
「信じられませんね。にいさまの御心を踏みにじれるなんて」
「・・・・・・」
「どうして?藤夢。にいさまのどこが気に入らないの?」
「そ、それ、は・・・・」
「それは?」
「・・・・・・」
「それは、何?云うのよ、藤夢」
「わ、私・・・・は、創ちゃんのことが・・・・・」
ぎゅうぎゅうと手を握っていた。
包帯の先が赤く滲む。
そして搾り出すように云う。
「創ちゃんのことが・・・・・だいっきらい・・・・・だか・・・ら・・・」
「――」
大嫌い。
そう云われて僕は放心した。
ずっと仲良くしてきた女の子が。
ずっと好きだった女の子が。
こんなに泣き出すほど、僕を嫌っていたなんて。
「藤夢」
綾緒は少女をを睥睨する。
「貴女、最低よ?断るにしても、もっと云い方があるでしょう?こんな人様を傷つけるような云い方を
するなんて、失礼だと思わないの?」
「う・・・・だって・・・・!それは、」
「それは?」
「ひっ・・・・」
少女はあとずさる。
「ごめん・・・・・。ごめんね、創ちゃん・・・・」
そう云って立ち去った。

547 名前:ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] 投稿日:2007/05/26(土) 12:11:59 ID:OltU+Q9A
僕は追いかけることが出来なかった。
大嫌い。
そう云われたショックで、頭の中が真っ白だったのだ。
「にいさまぁ」
綾緒は僕に取りすがる。
「辛かったでしょう?悲しかったでしょう?可哀想なにいさま。でも、安心してください。綾緒は、
綾緒だけは、にいさまの傍におりますから」
「綾緒・・・・だけ、は・・・」
「ええ。綾緒“だけ”です。綾緒だけはにいさまの味方です」
僕は泣いた。
膝を屈して泣いた。
従妹は僕の頭を撫でる。
「にいさま、藤夢はにいさまの良さを理解できなかったのです。でも、綾緒は違います。にいさまの
素晴らしさを理解しています。にいさまには綾緒だけなんです。ですからもう、藤夢には逢わないで
下さいませ。そのかわり、綾緒が傍におりますから」
「・・・・・」
「藤夢には後できつく云っておきます。二度と邪な感情を抱かないように、念を押しておきますから」
撫でながら従妹は云う。
そうして、僕の初恋は終わった。
藤夢と逢うことももう無い。
まわりにいる母方の親族も、今は綾緒だけになった。

「卒爾ながら、にいさま」
半歩後ろを往く従妹は、僕を追憶から呼び覚まして問う。
「先ほど、にいさまの学び舎に制服を着た童女がおりましたが、あれは一体何だったのでしょうか?」
「童女?ああ、一ツ橋のことか」
僕は苦笑する。
「部活の後輩だよ。アレでも一応、お前と同い年なんだよ?」
「まあ・・・・」
綾緒は口元に手を当てる。
「彼女は、綾緒と同学年なのですか。てっきり初等部の学生かと・・・・」
「お前の通ってるとこと違って、うちは初等部とかないよ」
従妹の通う名門私立校は、幼稚舎から大学院までを兼ね備える巨大な教育施設である。
幼少時から社会に出るまでの間を総て光陰館で過ごすものも少なくない。かく云う綾緒もその一人だ。
「彼女は、一ツ橋様と云うのですか」
「うん。一ツ橋朝歌。高校一年生」
そう答えると、従妹は考え込むような仕草をみせる。
「にいさまには、そう云った嗜好はないはず・・・。けれど一応は・・・・」
「綾緒?どうかしたのか?」
「いいえ。何でもありません。それよりもにいさま」
従妹は微笑む。
どこか醒めた瞳で。
「今日はきちんと、朝餉を摂って頂けましたか?」
「――」
僕は言葉に詰まる。
朝。
食べたのは先輩のそれ。
従妹の用意した食材は生ゴミとして処理されたのだから。
「あ、えと・・・」
「どうなされました、にいさま?」
綾緒は小首を傾げる。
薄い笑み。
心底の読めぬ貌。
「ご、ごめん・・・・」
「ごめん?何故にいさまは綾緒に謝罪なさるのですか?」
にこにこと。従妹は笑い続ける。
「その、今朝は・・・綾緒の料理を食べられなかった・・・」
「食べられなかった?寝過ごされたのですか?」
「そうじゃなくて・・・・・」

548 名前:ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] 投稿日:2007/05/26(土) 12:14:00 ID:OltU+Q9A
なんと云えば良いのだろう。
捨てられたとは云いにくいが、嘘を吐くのも躊躇われる。
「そんなに云い難いですか?綾緒ではなく、織倉由良の食事を選んだとは」
「――!」
僕は慌てて振り返る。
綾緒の顔に笑みは無い。
「ど、どうして」
「どうして?綾緒はにいさまをいつでも見ています。にいさまの事で解らぬことはありません」
「う、ぁ・・・・」
怒っている。
従妹は表情に出さぬ怒りを纏っている。
約束を破ったこと。
食事を摂らなかったこと。
先輩に世話にならぬと云えなかったこと。
その、総てに。
「さあ。帰りましょうにいさま。釈明は家で聞かせて頂きますから」
従妹は笑顔に良く似た――酷く歪な表情を作った。

「矢張り和装のほうが落ち着きますね」
目の前に座る従妹は着物姿。
この家には綾緒に着替えや私物も僅かながら置いてある。
今、綾緒の手に握られている『それ』も、そのひとつだ。
家に着いた綾緒は扉を開け、僕の靴を揃え、制服の埃を払い、私室まで荷物を運び、一礼した。
総てが完璧な、淑女としての所作。
その綾緒の前に正座する僕は、従妹の持つ器具に目を奪われ、動くことが出来ない。
従妹の傍らには白い箱が置いてある。
救急箱。
赤十字のシンボルがついたそれは、家の治療用具容れだった。
「さて、にいさま」
目を細めた綾緒は、僕を見据える。
「にいさまは綾緒との約束を破りましたね。それについて、弁解があれば聞いておきますが」
カチ。
カチ。
カチ。
カチ。
綾緒は手に持った『器具』を鳴らす。
ガチ。
ガチ。
ガチ。
ガチ。
僕は口の中を鳴らした。
「ご、ごめんよ、綾緒。僕が悪かった・・・・!!」
頭を下げる。
体裁もなにもない。唯ひたすらに許しを請う。
朝の一件。その総てを偽り無く話しながら。
「にいさま。それほど自らに非があるとお考えならば、何故綾緒との約束を破りましたか?」
「ごめん、ごめんよ・・・・」
何を云っても云い訳になる。だから頭を下げるしかない。
「嘘偽りなく話したことは評価しましょう。ですが罪は罪。罰は罰です。にいさま。お手を上げて
下さいな」
「う・・・・」
カチ。
カチ。
カチ。
カチ。
綾緒は笑顔で器具を鳴らす。
僕は震えながら右手を差し出した。
「左手で結構ですよ。正直に話せたご褒美に、利き手は勘弁してあげます」
「・・・・・」

549 名前:ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] 投稿日:2007/05/26(土) 12:16:01 ID:OltU+Q9A
云われたとおりに左手を出すと、綾緒は『ペンチのようなもの』を中指の爪に宛がう。
「にいさまは綾緒の大切な方です。ですから、手心を加えて差し上げます」
べきり。
嫌な音と、感触が響いた。
「――い」
そして僕は。
「い゛い゛い゛あ゛あ゛あ゛あああああああああああああ!!!!!!」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛いぃぃぃぃぃ!!!
左手を押さえてのた打ち回った。
従妹の手にあったもの――爪剥がし用の『拷問具』。
綾緒は剥げた僕の爪を舐める。
「本来ならば、爪を砕いて割れたものを一つ一つ丁寧に剥がすのですが・・・・・にいさまに
そこまでの無道は出来ません。これは綾緒の慈悲と知って下さい」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛・・・・!!」
のた打ち回る僕を押さえつける。
そして、左手を取った。
「にいさま」
爪の剥げた中指に、綾緒は爪を立てる。
「い゛っ――!!!!!!!」
痛みで暴れだすが、身体はピクリとも動かない。
柔術の印可を持つ綾緒には、抵抗しても無駄なのだ。
「綾緒のにいさまは“良い子”ですよね?今回は折檻しましたが、次からは約束の守れる“良い子”
になれますよね?」
「あ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ・・・・・っ」
頷いた。
泣きながら何度も頷いた。
「そう。それで良いのですよ。いつもにいさまは綾緒の思うがままにしてくださいますものね」
僕の傷口を舐める。
繊細な舌遣いは、鈍い痛みとなって脳髄に響いた。
『手心を加えた』
その言葉は、恐らく嘘ではない。
今の綾緒はそれほど怒っていないのだ。
僕が素直に謝ったから、たったこれだけで済んだのだ。
「わかって下さい。綾緒はにいさまが大切なのです。なによりも。誰よりも」
ちゅぱちゅぱと。
ぴちゃぴちゃと。
いつまでも従妹は僕の指をしゃぶり続けた。

朝早く目を覚ます。
左手がジンジンと痛い。
あの後――
あの後綾緒は実に甲斐甲斐しく、僕の指の治療をした。
爪を剥いだ本人だというのに、心底心配そうに手当てする。
「にいさま、あまり綾緒を困らせないで下さいませ」
そう云って、僕ともう一度『約束』をした。
「この家にはもう、織倉由良を入れないようにして下さいな。良いですね?」
僕は頷くしかない。
包帯を見る。
指先には、僅かに血が滲んでいた。
昨日のアレは、綾緒の『お仕置き』としては軽いほうだった。
そのことで僕にもまだ恐怖が残っているのだろう。二日続けて早朝に目が覚めるなんて。
身体はだるいが、眠気は無い。食欲も、ある。
だから、まだかなり早い時間ではあるが、朝食を摂った。
今日こそは綾緒の用意した食べ物を。

550 名前:ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] 投稿日:2007/05/26(土) 12:17:59 ID:OltU+Q9A
能面・『深井』と目が合う。
「綾緒はにいさまをいつでも見ています」
その言葉を思い出す。
「今日は・・・・今日からは気をつけないと」
身震いしながら後片付けをする。
まだ6時40分。
時間的にはかなりゆとりがある。

ガチャン、バタン。

「え?」
鍵の――そして扉の開く音がした。
家を空けている両親はまだ帰っていない。
従妹ならば呼び鈴を必ず鳴らす。
泥棒ならば、玄関から、しかも音をたてて入るようなことは無いだろう。
「な、なんだ・・・!?」
驚いていると、静かな足音が近づいてくる。
「え?」
音の正体を視認して、僕は目を見開く。
いてはいけない人が。
来てはいけない人が。
入れてはいけない人が、そこにいた。
「ああ、日ノ本くん。もう起きてたんだ」
先輩――
織倉由良は買い物袋を下げたまま、僕に微笑んだ。
「ど、どうして先輩がここに?」
「やだな。日ノ本くんのご飯を作るのは、お姉さんの役割でしょう?だから来たの。折角だから
起こしてあげようと思ったんだけど、もう起きてたのね」
「え、う、でも、鍵・・・」
混乱で上手く喋れない。
それでも意味が通じたのか、織倉由良は片手を持ち上げて見せた。
「これ」
うちの鍵と良く似たものが摘まれていた。けれどそれには見たことのないキーホルダーが
付いている。
「合鍵。この間作っておいたの。こうすれば、いつでもこの家に入れるでしょう?」
(合鍵って・・・・鍵なんて、渡したこと無いのに・・・・)
にこにこ。
にこにこ。
先輩は笑う。
(綾緒はいつでも)
まずい。
(見ていますから)
まずいぞ。
追い返さなければ。
昨日の今日でこんなことになったら、きっともっときつい『お仕置き』をされてしまう・・・!
「今日はパスタにしようと思うんだけど、どうかな。少し軽めにして――」
僕を無視するように喋っていた先輩は、洗い場を見て言葉を止める。
「あら?」
食器に触る。洗い立てのそれは、当然のごとく湿っていた。

最終更新:2009年01月13日 13:45