1 名前:名無しさん@ピンキー[] 投稿日:2007/05/27(日) 13:28:57 ID:Bk2z3+GI
ここは、ヤンデレの小説を書いて投稿するためのスレッドです。

○小説以外にも、ヤンデレ系のネタなら大歓迎。(プロット投下、ニュースネタなど)
○ぶつ切りでの作品投下もアリ。

■ヤンデレとは?
・主人公が好きだが(デレ)、愛するあまりに心を病んでしまった(ヤン)状態、またその状態のヒロインの事をさします。
→(別名:黒化、黒姫化など)
・ヒロインは、ライバルがいてもいなくても主人公を思っていくうちに少しずつだが確実に病んでいく。
・トラウマ・精神の不安定さから覚醒することもある。

■関連サイト
ヤンデレの小説を書こう!SS保管庫
http://yandere.web.fc2.com/
■前スレ
ヤンデレの小説を書こう!Part6
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1176605863/

■お約束
・sage進行でお願いします。
・荒らしはスルーしましょう。
削除対象ですが、もし反応した場合削除人に「荒らしにかまっている」と判断され、
削除されない場合があります。必ずスルーでお願いします。
・趣味嗜好に合わない作品は読み飛ばすようにしてください。
・作者さんへの意見は実になるものを。罵倒、バッシングはお門違いです。議論にならないよう、控えめに。

■投稿のお約束
・名前欄にはなるべく作品タイトルを。
・長編になる場合は見分けやすくするためトリップ使用推奨。
・投稿の前後には、「投稿します」「投稿終わりです」の一言をお願いします。(投稿への割り込み防止のため)
・苦手な人がいるかな、と思うような表現がある場合は、投稿のはじめに宣言してください。お願いします。
・作品はできるだけ完結させるようにしてください。

2 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/27(日) 13:34:58 ID:B1XmPAna
>>1乙
華麗に2Get

3 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/27(日) 13:36:34 ID:ZlkGa5Ks
>>1乙
無様に3Get

4 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/27(日) 13:48:47 ID:Syk0eZLV
>>1乙

5 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/27(日) 14:52:55 ID:8pvXGbhz
>1さんには私だけがGJするの。
邪魔をする悪い人なんか消えちゃえ!

6 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/27(日) 15:23:39 ID:Syk0eZLV
病んでる脳内彼女とか妄想力によっては現世に影響を及ぼしたりして

7 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/28(月) 01:09:46 ID:+PHgdO5s
7スレ1番乗り。また昨日と同じぐらいの長さですが、投下します。

8 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/28(月) 01:12:24 ID:+PHgdO5s
僕の今までの人生で、女の子との待ち合わせというものをしたことが何度かある。 
もっとも、たかが18年程度しか生きていないわけだから、これから送るであろう
人生の中で女の子と待ち合わせの約束をすることもあるだろう。
確信としてではなく、「そうであったらいい」とでも言うべき希望を込めての推測だ。

人生初の待ち合わせの相手は、さつき姉だ。
いつごろに、どんな約束を結んだとかどこに行こうとしていたのか、といったことまでは
覚えていないけれど、さつき姉と出かけたことはあった。
僕とさつき姉は一緒にいる期間が長すぎた。
正確ではないけど、12年以上は近しい関係でいた。

僕たち2人の間は恋愛感情で結ばれているわけではなく、2人が一緒にいることが
当たり前で、理由も無く関係が成立していた。
惰性で結ばれている関係ではなく、逆に新鮮なものを求めて行動しようとしても
僕たち2人が離れることはなかった。
僕がさつき姉以外に興味をひかれる対象が現れるまでは。

僕は中学校2年生のころ、1人の女の子に惚れてしまった。
当時僕が抱いていた感情はどうしようもないほどに巨大で、さらに刺激的過ぎた。
授業中にその女の子のことを思うだけでため息が吐き出され、教科書をめくることを
忘れるほどのものだった。
心を締め付けるもののくせに、上手いところで加減をするから追い出すこともできなかった。
僕の恋愛感情は想うだけのものから、行動することへと変換された。

好きな女の子に興味を抱いて欲しくて勉強をしたし、明るく振舞って話しかけもした。
他にも思い出したくないほど子供っぽい、馬鹿なこともしでかしたりした。
結果的には高校1年生の冬に僕の恋は成就した。

僕と彼女は週に1回デートのために待ち合わせをした。
待ち合わせの場所は、学校の近くにある小さなお店の前だった。
2人で一緒に歩いて買い物に行ったり、散歩に出かけたり、公園でお弁当を食べたりした。
だけど、ある日僕が彼女を自分の部屋に連れて行ったせいで関係がおかしくなりだした。
さつき姉は僕がいないにも関わらず僕の部屋に上がりこんでいた。
僕の彼女はさつき姉を見て、すぐに帰った。

彼女がどんな感情を抱いていたのか完全には把握できないけど、やきもちをやくと同時に
失望したのだろうと僕は思う。
きっと、さつき姉が僕の部屋にいたことのフォローをしっかりしていれば大好きだった恋人を
失わずに済んだのかもしれない。
今となってはどうしようもないことだ。
僕が女々しくも泣いてしまったことだってどうしようもないことだ。

泣くこと以外にどうすればよかったのか。
質問を聞いてくれる相手は周りにいたけど、僕が納得できるような答えを返してくれる相手が
いたのかどうかは知らない。
いたとしても、僕はやっぱり聞かなかったんだろうけど。


9 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/28(月) 01:14:31 ID:+PHgdO5s
朝の7時だというのに、日差しは夏らしく強かった。
アパートの前に広がる駐車場で山川を待ってからすでに10分が経過している。
部屋の中で待っていてもよかったのだけど、眠ったままのさつき姉を見て山川がなにを言うか
怖かったので、仕方なくこうやって直射日光を浴びて待っているのだ。

今日は僕の住んでいる町の夏祭りが行われる。
夜8時になれば数千発の花火が打ちあがるらしい。
実は、僕は花火大会というものがあまり好きじゃない。
夏祭りにいくのは結構好きだ。太陽の光が差さない時間帯に性別も送ってきた人生も違う
人たちが一箇所に集まってそれぞれに楽しむ。
路地の両脇に並ぶお店はたこ焼き、たい焼き、カキ氷、わたあめ、おもちゃ、かた抜きなど
さまざまなもので営業をしていて、活気がある。
僕はそんな人々の中を歩いたり、買い食いをしたりするのが好きだ。

けれど花火大会はなぜか好きになれない。
きっと人が集まりすぎることが好きになれない原因だろう。
他には一緒に見に行く人がいないことが原因なのかもしれない。
でも、どうだっていいことだ。
人から誘われた場合には僕も花火を見に付き合うのだから、僕にとっては花火大会はその
程度の存在でしかないのだ。

右から、浴衣を着た女性が歩いてきた。
今日は地元で花火大会で行われるということで浴衣を着た女性がいてもおかしくない。
しかし、朝の7時から浴衣を着ている女性というのはなかなかいない。
なかなかいないというのは、いるということを否定しているわけではない。
広い世の中だろうと狭い町の中だろうと、いることはいるのだ。
山川のように朝から浴衣を着ている人間は。

「おはよう、北河君」
「おはよう、山川」
「どうかな? この浴衣、どこか変じゃない?」
山川は両腕を上げて1回転してみせた。
浴衣は頭上に広がる青空を一段階濃くしたような青で、金魚の柄がプリントされていた。
帯は朱色で、山川の細い腰に少しだけ厚みを持たせていた。
よく似合っている。けれど、それ以上に気になることがあった。

「髪、切った?」
「おお、やっぱり気づいたね。髪型を変えたことに気づいてくれるのは君くらいだよ」
肩を通り過ぎるまで伸ばしていた髪をばっさり切って、耳が見えるくらいの長さに
していれば誰でも気づくだろう。
理由はだいたい想像がつく。でも、聞くのはやめておこう。

「短い髪も浴衣も、似合ってる」
「……ほんと、北河君の優しさが身にしみるよ。持つべきものは友達だね」
僕もそう思う。友人の少ない僕が言うのも変だろうけど。


10 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/28(月) 01:16:39 ID:+PHgdO5s
夏祭りは、役場の下にある広場で行われる。
広場に着いたのは8時ごろだったけど、近くにある駐車場にはまばらに車が出入りしていた。
屋台や催しが行われる舞台の設営で広場は大忙しのようで、ダンボールを抱えた人間や
クーラーボックスを持った人が走り回っていた。

会場の入り口に立つはっぴを着た男性に聞いたところ、夏祭りのプログラムは9時から
行われるらしい。時計を見ると8時20分になっていた。まだまだ時間がある。
山川が手に持ったうちわを頭の上にかざしながら、喋りかけてきた。
「どうしようか」
「山川はどうしたいんだ? 僕は近くにある図書館に行って本を読みたいんだけど」
「私は小説を読む気分じゃないな。そうだな……」

山川は歩きながら腕を組み、頭上を見上げた。
つられて僕も空を見上げる。太陽から注がれる日光は、時間が経つごとに強くなっている。
とてもじゃないけど、外でぼんやりしながら過ごすには適さない日だ。
「おお、そうだ!」
首を下ろすと同時に山川がぱん、と音を立てて両手を合わせた。
「今からコンビニに行こう」
「僕はそれでいいけど、その後は?」
「大量にお酒を買おう」
「え?」
「北河君にお酒を持ってもらって、私の家で飲むとしよう。うん、それがいい」

反論する気は起こらなかった。
昨日山川に起こった出来事を考えれば、むしろ酒を飲んだ方がいいのかもしれない。
未成年者だから、というのは僕たちの行動を邪魔する要因にはならない。
山川やその他の数人を交えて飲んだことは何度もある。
2人だけで飲む、というのは未だ経験なしだけど。

タクシーを拾い、コンビニで6本入りのビールを3パックと大量のお菓子を買い込み、
山川の自宅へ向かった。
僕の住むアパートよりも新しいアパートで、家賃が少し高いけどそのぶん中は広かった。
そして、意外なことに散らかってはいなかった。

買ってきたポテトチップスとチョコレートをテーブルの上に広げて、つまみながらビールを飲んだ。
僕が飲んだ本数は4本。残りは全て山川が飲んだ。
4本飲んだ時点で僕は飲むのをやめてお菓子をつまむことに専念したのだけど、山川は
台所からビールを持ってきて、また飲んだ。
結果としては僕がお菓子を全部食べて、山川がビールを20本飲んだ時点で眠りに落ちた。

山川の頭の下に枕を敷いて、僕は寝顔を見つめた。
口からよだれを垂らし、頬にビールの跡を付けて、目からは涙を流していた。
山川が着ている浴衣はポテトチップスのカスが付いていて、ビールをこぼした跡が残っていた。
僕には山川の考えはわからない。
また、別れた男性に抱いていた気持ちも分からない。
ただ、山川の行動はこれでいいんだと思った。


11 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/28(月) 01:17:59 ID:+PHgdO5s
山川が目を覚ましたのは、夜の7時だった。
僕は山川にまだ寝ていたほうがいい、と言ったのだけど、花火を見に行くと言って聞かなかった。
仕方なく山川の肩を支えてタクシーに乗せて、役場へ向かった。

腕時計の針が8時を1分過ぎたころ、1発めの花火が上がった。
続いて大きな大輪の花が夜空に咲き、同じものがもう一度上がった。
打ち上げ花火の次はパチパチという音と共に金色の光、赤と緑と黄色の光が無数に打ち上げられた。
僕と山川は役場へ向かう階段に座りながら、周りにいる人たちと同じように夜空を照らす
花火の競演を見つめた。

打ち上げ花火が再び打ち上げられる頃になって、山川が口を開いた。
「綺麗」
「綺麗かもしれない」
「私、綺麗?」
「僕の主観では、綺麗なほうかな」
「あの花火と、どっちが綺麗?」
「それを僕に聞くのは間違いだ。僕には花火が綺麗かどうかよくわからないから」
「なんで?」
「僕もよくわからない。たぶん、花火を綺麗だと思う感性が育っていないのかもしれない」
「ふーん」

山川はどうでもよさそうに言うと、僕の肩にもたれてきた。
肩の上に山川の耳が乗っていたが、ビールの酒臭さのせいでムードもへったくれもなかった。
「こんなふうにしてて、私達どう思われるかな?」
「恋人だと思われるかもね」
「だよね。本当は、今日一緒に彼氏とくるはずだったんだけどさ」
「うん」
「なぜか、彼氏の代わりに北河君と来ているわけですが、どうします?」
「なにを?」

山川は僕の肩から頭を離すと、顔を寄せてきた。
「キスでもしよっか」
「君に僕に関する情報を教えてあげるよ」
「なになに?」
「僕は友人と酒を飲むのは好きだけど、酒臭い匂いをさせた友人とキスをするのは嫌いだ」
「ちっ、この意気地なしめ」
「君は彼氏に捨てられたけどね」
「ふん」

山川はそう言うと、空を見上げた。
ただ、首の角度からいって花火よりも上を見つめているように見えた。
僕は、山川の顔から目を離して花火を見つめた。
大きな音を立てられて、付近に住む住民は迷惑じゃないのかな、と思った。


12 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/28(月) 01:19:59 ID:+PHgdO5s
花火の最後の一発が上がってから、山川を送っていくことにした。
ベッドに山川を寝かせてからまた変なことを言われたけど、無視して部屋の電気を消した。
山川から受け取った合鍵で鍵をかけて、アパートの敷地から出る。
家族連れや酔っ払ったスーツ姿の男性、カップル数組とすれ違った。
地面が暗くて、酔っ払った足では上手く歩くことができなかった。

タクシーで自宅のアパート前に到着したのは、11時ごろだった。
201号室の明かりは、なぜかついていなかった。
鍵を開けて部屋の中に入り、電気をつける。
居間のテーブルの上にはビールの缶とお菓子の袋が大量に広がっていて菓子くずが
散らばって、畳の上にビールをこぼした跡まであった。
まるで山川の部屋のごときありさまだった。

さつき姉は畳んだ布団の上に座って、壁にもたれて目を瞑っていた。
僕の部屋を散らかした犯人がさつき姉であることは間違いない。
一言二言文句を言ってやろうかと思ったけど、起こすのもなんとなく気が引けるので、
電気を消し座布団を枕代わりにして畳の上に横になる。

酒がいい感じに回っていて、上手いこと眠りにつけそうだった。
けれど、さつき姉が僕に喋りかけてきたことで目を覚ますことになった。
「ねえ、惣一。どこに行ってたの? 何も言わずに」
「書置きしてたじゃないか。友達と花火大会に行く、って」
寝返りをうってさつき姉の方を見る。
暗くて顔までは見えなかったけど、壁にもたれたままの姿勢でいるようだった。
「さつき姉は、なんでビールなんか飲んだんだよ。しかもこんなに散らかして」
「ん……ごめんなさい。明日、ちゃんと片付けるから」
「忘れないでちゃんと片付けてね」

さつき姉の無言を肯定の意思と受け取った後、気になることがあったので聞いてみた。
「今日はさつき姉、どこに行ってたの」
「えーと……どこ行ったんだっけ。あ、花火を見に行ったんだった」
「そうなの? それなら電話してくれれば一緒に見られたのに」
「ううん、いいのよ。惣一の邪魔するのも気が引けるし、花火は見られたから、よしとするわ」

さつき姉の体が動いた。
壁から体を離し、布団の上に横になったようだった。
「ねえ。花火、綺麗だった?」
過去形ではあるけど、山川と同じ種類の質問だった。
だから、山川に返したのと同じ答えを返すことにした。
「綺麗だった、かもしれない」
「じゃあ、もうひとつ聞くけど……私、綺麗?」

また山川と同じ質問だった。
なんと答えようかと考えているうちに、さつき姉の寝息が聞こえてきた。
僕は考えるのをやめて、もう一度寝返りを打って眠ることにした。


次回へ続きます。

13 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/28(月) 04:40:09 ID:FVgL/stG
普通に( ;∀;)イイハナシダナー
でもこれは嵐の前の静けさ……か?

14 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/28(月) 08:33:20 ID:qJ7P0HYo
さつき姉がどう動くか極めてガクブルであると同時に、
山川の魅力に首ったけな俺ガイルw
何はともあれ、今回もGJですた!

15 名前:名無しさん@ピンキー[] 投稿日:2007/05/28(月) 15:35:16 ID:l2AUsLEJ
ホラーゲームとか映画ってヤンデレ多いよな
SIRENの恩田美奈とか

16 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/28(月) 16:36:52 ID:ARMWYo1S
昨日初めて来て見て読んでたら鬱気味になるけどなんだか引かれる・・・(((;゚д゚)))
ヤンデレの妹が欲しくなった。

17 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/28(月) 17:26:10 ID:pzpGYeeM
>>16
キモ姉&キモウト小説を書こう!スレか保管庫逝っといで

18 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/28(月) 17:42:41 ID:7k6g0X59
>>12
山川いい子だ…(つд`)
でもやっぱり病んじゃうのか!? そうなのか!? (0゚・∀・)ワクワクテカテカ

19 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/28(月) 20:59:01 ID:NEYsuu8B
男の1番にこだわらないヤンデレも怖いと思うんだ

20 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/28(月) 21:48:21 ID:Fxvk5lJC
男が興味持った女を無理矢理連れてきて服従させる、とか?
新しい方向だけどいいかもしれん。

21 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/28(月) 22:02:03 ID:LeKqilxX
>>20
方向は面白いとは思うんだが男がやってる時点でヤンデレではなく
ただの調教に見えてくるのは俺だけだろうな・・・

ヤンデレは指輪ではなく眼球の交換をするとかいう想像を…ただの猟奇だな
すまん、適当に聞き流してくれorz

22 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/28(月) 22:02:36 ID:NEYsuu8B
ただ男の傍にいることのみを望む、とかね
男がウンコしていようが別の女の子とセクロスしていようが
ただただ傍にいたい、と

23 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/28(月) 23:32:12 ID:7k6g0X59
シィルが思い浮かんだ
あんな感じか?

24 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/28(月) 23:57:47 ID:LHLyR6Ff
>>21
そうじゃなくて男がぽつりと「あの娘可愛いな」とか漏らしたのを、男が望む望まないに関わらず拉致って来て差し出すヒロインなんじゃなかろうか。

女「ん~! んん~!」
男「俺はこんな事……」
ヤ「望みましたよね? 気にしていましたよね? ですから私はこの小娘を貴方に差し出すのです」

みたいな

25 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/28(月) 23:58:42 ID:XJTuBkHm
>>21イヤ、男に惚れている女1が、男が惚れている女2を男に献上する為に、女1が女2を調教する
っていう事なんじゃね?

26 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/29(火) 00:15:04 ID:1KG8AR+n
いわゆる尽くしヤンデレだな
尽くすことが至上で、例え自分が愛されなくても尽くせれば満足

27 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/29(火) 00:33:25 ID:g88PX/W5
自分の早合点か、スマンちょっと釣って来るorz

28 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/29(火) 00:34:38 ID:WH3qdhZG
21だけど、24の通り。
見直してみても言葉が足りなかったなあ……。物書きの端くれとして恥ずかしい限りですわ。

29 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/29(火) 00:35:24 ID:WH3qdhZG
あ、間違えた。21じゃなくて20です。

30 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/29(火) 18:35:31 ID:D7DJ7sND
ふと思ったんだが、スパイダーマンのヴェノムって限りなくヤンデレじゃね?
中身じゃなくて寄生体の方な。主人公にべったりくっついて周りとの関係断ち切らせてさ。
必死になって別れたら、今度は他の男利用して殺し愛。
結構当てはまると思うけど。

31 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/29(火) 18:58:23 ID:ZP8cnq23
ベノムはあんな黒スパイダーじゃないやい!

32 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/29(火) 23:30:54 ID:LZH3xKXm
投下、開始します

33 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/29(火) 23:33:01 ID:LZH3xKXm
僕は今、意識をふわふわとうわつかせた状態で夢を見ている。
僕の見ている、あるいは見ていると錯覚している目の前には、山川がいる。
昨日着ていた浴衣ではなく、大学にいるときのように動きやすそうな服を着ていた。
髪の長さはばっさり切った状態のままで、僕にとってはまだ違和感があった。

山川は両手の指を絡めて、開いたり閉じたりという動きを繰り返し、僕の顔を
見たかと思うとすぐに目をそらす。
口が開いた瞬間目に強い力が込められたが、僕が真正面から見返すと
頬を変なかたちに緩ませて、背中を見せた。
そしてとぼとぼと歩き去る、と思わせて背筋をぴんと伸ばして振り返り、僕の
目の前に戻ってくる。
山川らしくない、というより普段の山川からは考えられない妙な動きだ。
僕は山川の一連の動きにハムスターと名づけてやりたくなった。

山川は僕に何かを伝えたがっているようだった。
どんな内容のものなのかは、ハムスター的動きを見ていればなんとなくわかる。
ここで自分に対してとぼけることもできるが、僕としては別に冗長的になる必要も
ないので、はっきりと意識してみる。

山川は僕に好意を伝えようとしている。

(夢の中だが、)山川が僕に向かって告白する、というのはなんとも奇妙な図だ。
キャベツとレタスが一緒にハンガーストライキしましょう、と言い合っているような
脱力感と空虚な感じを覚える。
こんな喩えをすると山川に悪いのかもしれないが、実際思ってしまったのだから仕方ない。

僕も山川も、お互いに友人だとしか思っていないのだ。
もちろん僕は山川の本音など知らないが、夏季休暇突入前に彼氏と遊びに行く計画を
熱心に立てていた様子を思い出すと、色気のある展開の予兆すら浮かばない。
昨晩の行動にしても、僕を含む友人グループにとっては当たり前のことなのだ。

山川の動きが止まった。今度はじっと僕の目を見つめている。
唇が動いて、意味のある言葉を発しようとする。
自分の見ている夢の馬鹿さ加減に呆れ、ふと山川の後ろを見た瞬間、変なものが飛び込んできた。

さつき姉が白い着物を着て、右手にジョッキを持って、左手にビールのビンを持って、
額に白いハチマキを巻いて立っていた。
ハチマキと額の間には栓抜きが2つ挟まっている。
ちっとも怖くないし、なぜ変な格好をしているのかも分からなかったし、どうしてそこまで
不気味な表情――目の下にくまを張り付かせて俯き上目遣い――をしているのかも分からない。

さつき姉の格好の不気味さと、山川の不可解な行動の理由について考えているうちに、
僕の目が覚めた。
すでに部屋の中は昼間の明るさになっていた。窓の外には青空と雲が点在している。
時計を見ると時刻は10時を過ぎていた。
口の中に残るべとべとしたものを洗い流すために、洗面所へうがいをしにいくことにした。


34 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/29(火) 23:34:09 ID:LZH3xKXm
僕がいつものように朝の身だしなみを整えていると、さつき姉がやってきた。
昔から変わらない朝の合図であるかのように、目を閉じていてふらふら歩いていた。
僕は仕方なくさつき姉の分のパンを焼くためにキッチンへ向かった。
しかし、パンは無かった。
冷蔵庫の中にも、上にも、もちろん下にも無かった。
おかしい。昨日の朝部屋を出るときは一斤まるごと残っていたはず。
となると、僕が出かけているうちに無くなったことになる。
昨日僕の部屋にいたのは1人しかいない。 

「さつき姉、もしかして食パン、食べた?」
「あー、うー……うん、全部食べた」
やはり予想していた通りだった。
仕方なく他のものを食べようと冷蔵庫をあさってみたが、あるものと言えばウーロン茶と
オレンジジュースと、さつき姉が買ってきたビールだけだった。
今の僕は飲み物だけで空腹を埋められる気分じゃなかった。

さつき姉が洗面所で顔を洗っているうちに、台所と居間を仕切る引き戸を締めた。
昨日飲んだビールの匂いがするシャツとジーンズを脱ぎ、黒いシャツと白い綿パンを着た。
ポケットに薄い財布を突っ込み、引き戸を開け放つとさつき姉と顔を合わせた。
寝ぼけ眼のさつき姉が口を開く。

「なに? いきなり目の前に現れて、どういうつもり?」
「さつき姉、寝てるでしょ」
「ああ、うん。分かってるって、ちゃんとお部屋のお掃除しますから」
会話が成立しない。やはり眠っているようだ。
さつき姉はテーブルに向かって歩くと、部屋に散らばったままの空になったビール缶を
一箇所に集め、お菓子の袋をゴミ箱に突っ込んだ。
続けて床の掃除をしてくれたら嬉しかったのだが、さつき姉は空いたスペースに横になった。
先ほどの行動は、寝床を確保するためのものだったらしい。

僕は肩を落として鼻から息を吐き出した。
「さつき姉、何か食べたいものある?」
「うーん、惣一を食べたいな」
「……わかった。適当なものを買ってくるよ」
「うん、って、ストーーップ!」

さつき姉が急に起き上がり、僕に向かって歩いてきた。
なぜか知らないが、目ははっきりと見開かれ、眼力がみなぎっている。
「1人では、行かせないわ」
「じゃあ、さつき姉も一緒に行く?」
「いや。眠いから」
「じゃあ僕が1人で――」

というやりとりをしているとき、玄関をノックする音が聞こえた。


35 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/29(火) 23:35:52 ID:LZH3xKXm
「ごめんくださーい。北河君、居るー?」
目の前にいるさつき姉の顔を見ながら、はてこれは誰の声だろう、と僕は思った。
聞いた限りでは女性らしき声だったが、今日は誰とも会う約束をしていない。
「私ー。友達の山川があなたのうちにやってきましたよー」
その声を聞いてから、玄関に目をやる。
「山川か。ちょっと待っててくれ」
「はーい。外は暑いから、脱水症状にならないうちによろしくね」

山川の声の調子は、昨日よりもいいようだった。
今年の4月に、山川が彼氏ができたという自慢話をしているときと比較しても遜色の
ない弾み具合だった。
迷惑なことかもしれないが、山川にとってつい先日まで好きだった男性への想い
を完全に断ち切ってしまうというのはいいことなのだろうか、と思う。
もしかしたら、もう一度会って話をすればやりなおすことも可能だったんじゃないだろうか。

山川がどれほど彼氏に対して入れ込んでいたか、僕は知っている。
それはもう、弓道の達人が放った矢のように一直線に、到達地点を男性に設定
したら確実に射止めてしまうだろう、というほどのものだった。
否、一直線だったからこそ少しの風が吹いただけで見当はずれの方角へ飛んで
いってしまったのか。

だけど、(冷たいかもしれないが)僕が口を出すべきことではないのだろう。
僕が失恋した友人にすべきことはせいぜいヤケ酒に付き合ったり花火大会へ一緒に
行ったりするぐらいのもので、考えを改めさせることではない。
山川が彼氏とやりなおしたいと考えるならば、僕は視線で背中を押すべきだ。
僕が山川の立場になったとしても、そうしてもらったほうが嬉しい。

僕が玄関の前に立ち、鍵を開けようとしたら、さつき姉が隣に来た。
さつき姉の柔らかな右腕が、僕の左腕に絡んできた。
腕に汗はかいていなかった。
僕が視線で行動の意味を問い続けても、さつき姉の表情は応えない。
そして、さつき姉が玄関の鍵を解き、ドアを開けた。

玄関の向こうに立っていたのは、当然のように山川だった。
黄色のTシャツを着て、少し短めのデニムパンツを履いていた。
山川は僕に向かって白い紙製の箱を渡してきた。
「これは?」
「昨日のお礼。一日中付き合ってくれたんだから、ケーキぐらいは、と思って。
私としては、朝まで付き合ってもらっても一向に構わなかったんだけどね」
と言って、元気な顔で笑った。

山川はさつき姉を見ると、きょとんとした顔をつくった。
「あれ? 彼女できてたの? ごめんなさい、昨日北河君を独占しちゃって」
「いいえ、気にしなくてもいいのよ。……私も、昨日は花火大会の『現場』にいたんだから」
どことなくアクセントのおかしい喋り方だった。
さつき姉はご機嫌なようで、にこにこと笑っていた。


36 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/29(火) 23:37:15 ID:LZH3xKXm
山川が持ってきたケーキは、どうやら無差別に選んできたものらしく全て違っていた。
いくら僕が甘いもの好きとはいえ6個もいらない、と言うと、
「半分は私が食べるつもりだったから」
と山川が答えた。

さつき姉は僕と山川をテーブルの前に座らせると、ケーキとジュースを持ってくる、
と言って台所へ向かい、引き戸をしめた。
僕が山川と何の話題も出せずにいると、さつき姉がジュースを持ってきた。
「山川さん、でしたっけ。オレンジとウーロン茶はどっちが好き?」
「えーっと、ウーロン茶で」
「そう。まあ、私としてはそれでも構わないけど……」
「え? 何か言いました?」
「いいえ。なんでもないわ」

さつき姉はウーロン茶を山川の前に置き、僕の前にオレンジジュースを置き、
自分が座る場所にもオレンジジュースを置いた。
透明なコップに注がれたオレンジ色の液体の中には氷が入っていて、水面に
透明なへこみを作り出していた。

コップにくっつき始めた水滴を見ていると、山川が僕の耳に口を寄せてきた。
「あの人、さつきさんだっけ。綺麗な人だけど、恋人?」
「高校まで近所に住んでいた友達だよ」
「幼馴染、ってやつね。ふふ、なんだか恋愛アドベンチャーゲームみたい」
断言してもいいが、さつき姉と甘い雰囲気になったことは一度もない。
僕は変な顔をしていたのだろうか。山川がじとりとした目で見つめてきた。

「北河君はわかっていないね。女の子の行動ってやつを」
「どういう意味だよ、それ」
「ふむ。……例えばだよ。誤解しないでね、くれぐれも」
「分かってるって」
「恋人と過ごしている甘い時間に突然のノックの音が飛び込んでくる。
誰だろう、と思って扉を開けると知らない女だった。
知らない女の癖に恋人とは仲良く話している。こいつは目障りだ、邪魔者だ」
「最後、いきなり怨念がこもったね」
「一服盛ってやろう、それっ」
山川はウーロン茶の上に鳥のくちばしのようにした指を持ってくると、パッと開いた。

「ウーロン茶を飲んだ女は倒れました。邪魔者は消えました。さあ続きをしましょう」
「……さつき姉がそんなことするはずないだろ」
一応、非難をこめたまなざしを山川に向ける。
山川は両手を上に向けながら首を振った。
「たとえ話だって。ほら、こんなふうに」
と言うと、ウーロン茶の入ったコップを口に運んで、3分の1くらい飲んだ。
「……ね、なんともないでしょ」
「当たり前だろ」
僕は特に何も思わず、そう言った。


37 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/29(火) 23:39:17 ID:LZH3xKXm
「面白くないなあ、北河君は」
「悪かったね」
「ちなみ、もし私だったら恋人の飲み物には睡眠薬を入れるね。自由を奪うために。
そして、邪魔者の女には笑いが止まらなくなって腹がよじれる薬を入れる」
笑いが止まらなくなる薬があるのなら、僕が欲しい。
笑えないバラエティー番組を、笑いながら見ることができるようになるから。

「そうだ、こうしてみようか」
山川は僕の前に置かれたオレンジジュースと、さつき姉の席に置かれたオレンジジュースを
入れ替えた。水滴の跡が残らないように、コップを浮かせて移動させていた。
「もしかしたら、これでさつきさんがいきなり眠っちゃうかもね」
僕は山川の冗談のくだらなさに呆れつつ、嘆息した。


結果から言うと、山川の言うとおりだったということになる。
さつき姉が僕らの前にケーキを置いて、ケーキを食べながらオレンジジュースを飲み、3人で
話をしていると船をこぎ始めた。
さつき姉はテーブルの上に肘をつくと俯いて、時々肘をテーブルからずり落とした。
何か言おうとしたのだろう。素早く顔を上げると口を開いたが、意味のある言葉を発する前に
スローモーションで後ろに倒れた。
さつき姉のすぐ後ろには白い壁があり、当然後頭部を打ち付けた。
拳骨を食らわしたときとそっくりの音がしたが、さつき姉はすーすー、と寝息を立て始めた。

ちなみに、山川はさつき姉が眠りに落ちた時に口を開いたのだが、
「あらははは、やっやぱぱりあらららいのいうおおいいあっあええ」
と聞こえる、ろれつの回っていない声を出した。
笑っているようではなかったが、フォークを持つ手が小刻みに震えだした様子からすると、
体が痺れて動かなくなっているようだった。

僕は自分の体に何の異常も起こっていないことを確認すると、山川を背負って部屋を出た。
山川の体は細いが、痙攣しつつ脱力している体はおんぶしている僕の腕と肩を圧迫した。
歩くうちに僕の汗が顔に浮かび、山川の汗が背中に貼り付いてきたので途中からタクシーに
乗って、山川の住むアパートに向かった。

山川は自室に到着したときには体の異常から回復しつつあった。
それでも、立ち上がろうとしてしりもちをついたり笑顔を作ろうとして頬を強引に吊り上げ
たりしているので、まだまだ痺れが残っているようだった。

部屋から去ろうとする間際、山川にこう言われた。
「……気をつけてね。本気で危機感を持ったほうがいいよ」
僕はその言葉を聞いてから合鍵で鍵をかけ、新聞の投函口から合鍵を部屋に入れた。

せみの鳴き声と、髪を焼く日光の中を歩きながら考える。
さつき姉は、僕を眠らせて山川の体の自由を奪って、どうしようとしていたのか。
汗がうっとおしくて想像力は働かなかったけど、悪寒だけは沸いてきた。


38 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/29(火) 23:40:09 ID:LZH3xKXm
今日はここまで。次回へ続きます。

39 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/30(水) 00:33:07 ID:Ai3r/AVq
>>38
GJ!

40 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/30(水) 09:48:33 ID:2QP3LuSo
GJ! てかワロタw
自爆するさつき姉可愛いよさつき姉
こんな状況なのにマイペースに事態を処理する
主人公は実は凄いヤツなんじゃなかろうか

41 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/30(水) 23:25:59 ID:3aDI/HAR
改蔵の名取羽美はヤンデレだろ?
ドッキドキラブメール一曲歌う間街が火の海にwww

42 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/31(木) 00:40:02 ID:rpZeIlfO
投下します。


空が青くて雲は白く、汗をかいた体に向かってときおり心地よい風が吹き、遠くの
アスファルトの上に陽炎が立ちのぼる午後の2時。
僕はアパートの近くの本屋で涼みつつ、立ち読みをすることにした。

最初はいつもの習慣でライトノベルコーナーへ向かった。
目当ての本はコーナーの目立つ場所にあってすぐ見つかったけど、新巻はまだ
発売していないようで、見飽きた拍子だけが並んでいた。
僕が目当てにしているライトノベルはファンタジーものだ。
作者はライトノベルを発行しているわりには固い表現を好む人で、僕はときどき
読むのをためらうのだが、挿絵の好みのせいで上手いこと読まされてしまう。
そうは言っても、読み始めるとそのまま流れるように最後まで読んでしまうほどには
面白い本ではあるのだ。
僕が残念に感じるのは、プロローグの突飛さが僕の好みと合致していないという
ことだろうか。

ライトノベルコーナーを離れて次に向かうのは、ホラー小説コーナー。
僕は別にホラー小説を好んで読んでいるわけではないのだが、好きな作家がいるのだ。
いや、その作家の選ぶテーマが好みである、と言いなおした方がいいかもしれない。
好きな作家がテーマにするのは、人間の嫉妬や執念といったものだ。
人間が執念をもつ対称が人であったり、金であったり、車や金品であったり、俗な欲求
であったりはするものの、読んでいる分には楽しめる。
時々胸の内側が痛むこともあるけど、ついつい読んでしまうのだ。

しかし、今日は新しい本を探しにきたわけではない。
僕が今参考にしたいテーマは、女性が男性へ向ける感情とそれが向かった先にあるもの。
もっと分かりやすく言えば、恋愛に関するものだ。

山川は言った。危機感を持ったほうがいい、と。
さつき姉の行動が、僕を想うあまりにしたことなのかはわからない。
なにせさつき姉の様子が昔と変わらなさ過ぎて、僕の心配が杞憂に過ぎないのではないか
としか思えない。だが、現時点ではなんとも言えない。
山川がオレンジジュースを入れ替えていなければ、僕は今頃深い眠りに落ちていた。
その後で僕と山川が一体どうなっていたのか?
女性が恋人の男性を動けなくして、恋敵の女性を無防備な状態にさせた場合、一体なにを
するのか?僕はそれが知りたかった。

棚から同じ作家の本を順に取り出して読み、参考にならないことを知って棚に戻す。
何度か繰り返すうちに目当ての作家の本は全てめくり終わったが、成果なし。
時刻は夕方の6時になっていた。

自動ドアを通り抜けると、夕方らしく気だるい雰囲気を纏わせた風がゆるく吹いてきた。
僕はさつき姉と顔を合わせた光景を想像し、なにを言われるのか予想した。
今までどこに行ってたんだ、と言われる可能性が高そうだ。


43 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/31(木) 00:41:15 ID:rpZeIlfO
201号室の玄関を開けて部屋の中に入った僕を迎えてくれたのは、さつき姉の笑顔だった。
「おかえりなさい、惣一。待ってたのよ」
「……ただいま。ところで、待ってたって、なんで?」
「一緒に買い物に行きたかったから、惣一が帰ってくるまで待ってたのよ」
「ああ、そういうことか。ごめん、遅くなって」
「素直でよろしい」

意外なことに、どこに行っていたのか、とは聞かれなかった。
僕がさつき姉が眠っている間に外出していることについて何か言われるのではないかと
思っていたのだが、さつき姉はそんなことはどうでもいいような態度だった。
むしろ、僕と一緒に夕飯の買い物に行くことのほうが大事なようだった。

やはり、杞憂だったのだろうか?
さつき姉が僕をどうにかする、というのは僕の妄想に過ぎなかったのか?
それならば、山川の体が痺れたこととさつき姉が突然眠ったことの理由はなんだ?
「ほら、早く行きましょ。山川さんが持ってきたケーキだけじゃ、さすがにバランスが悪いわ。
さつきお姉ちゃんがしっかりとした料理を食べさせてあげる」
「……うん」
「元気ないわね。どうかした?」
僕は何でもないよ、というふうに首を振った。

夏の7時はまだ暗くなくて、日差しが強くない分散歩に適している時間帯だ。
歩道を歩いていて聞こえるせみの鳴き声と夕方の明るさの組み合わせは、どこか落ち着く。
今日の忙しい時間帯は終わりました。家に帰ってゆっくり過ごしましょう。
そんな空気をどこかから感じ取ってしまう。

僕はとても健やかな気分になっていた。
肌はさらさらで、地面につく足は軽くて、まるで扇風機に吹かれているように思えた。
前を向いている僕に向かって、さつき姉が声をかけてきた。
「惣一、なんだか嬉しそうな顔してるわよ」
「そんな顔してたかな」
「うん。まるで何も心配することなんかない、って安心してる人みたい」
「心配……」
「うん?」
「ううん。さつき姉の言うとおりだよ」

心配することなんかないのかもしれない。
僕のいる世界は、本当は混沌をはらんでいるくせにこれだけ涼しげだ。
耳が寂しくなるほどに静かで、せみは遠慮したように遠くで騒いでいる。

「ねえ、手を繋いで行かない?」
「うん……って、もう繋いでるじゃないか」
「事後承諾ってやつよ」
さつき姉の手の感触まで涼しくて、心地よかった。


44 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/31(木) 00:42:42 ID:rpZeIlfO
スーパーからの買い物を終えて、自宅に帰り着くころには僕の腹はかなり空いていた。
さつき姉は料理を手伝おうとする僕を居間に座らせると、1人で料理を始めた。

僕は窓を開けて、外の空気を取り込むことにした。
2階から見下ろす民家はどこも明かりが灯っていて、人が住んでいることを主張していた。
遠くで救急車の音が聞こえた。距離感を掴みにくいサイレンの音はアパートに近づいて
くるかと思ったら、まったく見当違いの方向に音を向けた。
何の感慨もわかない、夜の光景。僕が望むもの。
僕はこんな平和な場所にいる自分が、本当はここではない場所にいるのではないかと思った。
平和すぎて、無駄なことを考えて、無為な時間を過ごしてしまうのは良くないことなのだろう。
でも、僕はここから動きたくなかった。動きたくなくなってしまった。
これが堕落なのかもしれない、と遠くの明かりを見ながら見当をつけた。

「お待たせ。チャーハンができたわよ」
さつき姉は両手にチャーハンの皿を持って、テーブルの上に置いた。
テーブル前に座ったさつき姉と向かい合うように、僕も座る。
「惣一。これ、いる?」
さつき姉は右手に粉の入ったビンを持って、僕に見せた。
たぶんコショウかなにかだろう。僕はさつき姉に向けて頷いた。

「ふふふ、じゃあ、さっそくふりかけましょうかね~」
そう言うと、さつき姉はチャーハンに満遍なくコショウをふりかけた。
僕は上下に動く白い腕をぼーっと眺めていたけど、その腕がいつまで経っても止まろうとしない
ことに気づいて慌てて止めた。
「さつき姉、かけすぎだって!」
「あら、そう? まだ足りない気がするけど」
「あーあ、大丈夫かな、これ」
「平気平気。たぶんコショウとの比率はちょうどいいはずだから」
「……比率?」
「あ! ううん、なんでもないわよ。どうぞ、召し上がれ」

あやしくはあったけど、さつき姉の言動がおかしいのは以前からだった。
僕はスプーンを動かしてチャーハンを口に運んだ。
「……うん。あまり塩っ辛くはなってないね」
「でしょ。ねえ、もっとかけてみない?」
僕は否定の動作の代わりに、チャーハンを食べ続けることで応えた。


45 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/31(木) 00:43:52 ID:rpZeIlfO
食後に本を読みながら考える。
一体、性欲というものはどこからやってくるのだろうか、と。

腹が減った場合には、空腹であることを脳が理解することで食欲が湧いてくる。
眠たくなる理由はよくわからないけど、おそらく脳に睡魔か何かが棲みついているのだろう。
時と場合によるだろうけど、食欲も睡眠欲も性質の悪いものではない。

1番性質の悪いのは、性欲というやつだ。
女の場合はわからないけど、男はときどき理由も無くセックスがしたくなる。
しかも性欲を喚起されるきっかけが、女性(一部例外あり)の体に接したり裸体を想像する、
という簡単なものだったりする。
根源的な欲求の中にエロスというものが存在しなかったら文明はここまで発達はしなかった。
性欲とは人間に必要不可欠なものだと思う。

だが、世界に存在するあらゆるエロスに対して、理性を強固にする役目を果たすものは
あまりに少なすぎる気がする。
完全に性欲が無くなってほしいと考えたことはないけど、体のツボを刺激しなければ性欲が
湧いてこないように身体構造が変わってほしいと考えたことはある。
そして、たった今もそんな起こりもしない幻想を見る自分がいる。

僕は部屋に置いてある文庫本を読んでいる。
現代日本文学を支える人の書いた小説である。が、たった数行読むだけで物語のあらすじを
忘れてしまう今の僕にとっては、有名であろうとなかろうと同じことだ。
さつき姉は僕と同じように本を読んでいるけど、ときおり僕の顔をちらちらと見てくる。
見られるたびに僕は落ち着かない気分にさせられる。

「惣一」
「……なに」
「ミニスカートとロングスカート、どっちが好き?」
「わからない」
「じゃあ、黒い下着とフリルの付いたピンクの下着、どっちが好き?」
「わからない」
「それじゃあ――」

さつき姉が言葉を紡ぐ前に、僕は立ち上がった。
本をカラーボックスに戻す。表紙が折れ曲がって入ってしまった。
このままでは、今度こそさつき姉を犯してしまう。
どこか、1人になれる場所を探してそこで解消しよう。
惨めだけど、もうそれしか方法が無い。


46 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/31(木) 00:44:06 ID:5fRx7UQI
支援

47 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/31(木) 00:45:56 ID:rpZeIlfO
僕が無言のまま玄関へ向かっていると、さつき姉が後ろについてきた。
僕は、なるべく突き放すように言うことにした。
「しばらく散歩に行ってくるから、先に寝てて」
「ちょっと、どこに行くつもり?」
「どこでもいいだろ」
さつき姉のいない場所なら、どこでもいい。

靴を履いて玄関を開けようとしたら、さつき姉が僕の腕を掴んで、胸に抱いた。
腕を柔らかい感触によって刺激される。もどかしすぎて喉が詰まる。
「1人では行かせないわ。惣一は、私と一緒じゃなきゃどこにも行っちゃいけないのよ」
「そんなこと、誰が決めたんだよ」
「私。だいたい、1人でどこかに行ったら変な女が近寄ってくるかもしれないわよ」
「むしろ、その方が好都合だ」
「は? なに馬鹿なこと言ってるのよ。こんな時間に男に寄っていく女が
なにを目的にしているか、知ってるの?」
「知ってる」
「それなら、なんで――」
しつこい。もうこうなったら、体でわからせるしかない。

さつき姉の顎を右手で上げて、唇を見る。小ぶりな唇。とても柔らかそうな唇。
とても美味そうだった。味わってみたくなった。どうしようもなく、欲しくなってしまった。
僕は、強引にさつき姉の唇にキスをした。

さつき姉はキスされた途端、びくりと動いた。
同時に唇も動き、僕の唇も形を変えた。
腰に両手を回し、強く抱きしめて、さらに強く唇を押し付ける。
「ん……んぁ……そうい、ちぃ…………めぇ……」
そう言いながらも、さつき姉は抵抗しようとはしない。

さつき姉のシャツの上から、背中を撫でる。
腰から上に這わせていくと、抱きしめている体がふるふると動く。
シャツの下に手を入れて、くぼんだ背筋に指先を当ててくすぐると、
さつき姉は身をよじらせた。
固い線のようなものが指に当たった。ブラジャーのホックだ。
僕はそれを外そうとすると同時に、さつき姉の唇を舐めて――――そこで止まった。


48 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/31(木) 00:47:15 ID:rpZeIlfO
目前にあるさつき姉の両目から、涙が流れていた。
閉じられた目は僕の方を見ていない。だけどそれは僕の一方的な蹂躙に
耐えるためにしているだけで。
僕に、応えているわけではない。

腰から手を離すと、さつき姉はその場にへたりこんだ。
そして、何故か笑い出した。
「う、ふふふ、ふふふふふふふふ。
キス、したわね。私に、ようやく、キスを……うふふふふふふふふぅ」
僕は声をだせなかった。
自分がいくら冷静ではなかったとしても、さつき姉にやってしまったことはどうしようもない。
取り返しのつかないことをしてしまった。さつき姉を、傷つけた。
ずっと昔から友達だったのに。綺麗なままでいてほしかったのに。

「あ、ああ、あ……ご、ごめん……」
「謝らなくてもいいのよ。さつきお姉ちゃんは、あなたのことずっと見てたから。
惣一が私のこと、ずっとそういう目で見てたことも、知ってるんだから」
「こ、これは……僕は、違っ、て……」
「いいのよ。さあ、私を思うままにしてちょうだい」
「っ! ごめんっ、さつき姉!!!」
「あ! ちょっと!」
僕は勢いよく扉を開けて、外に飛び出した。


49 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/05/31(木) 00:48:32 ID:rpZeIlfO

なんで、どうしてさつき姉を傷つけるようなことを、僕は……。
くそっ!くそっ!くそっ!僕の馬鹿!阿呆!変態!
もう、さつき姉は僕と会ってくれない。間違いなく。
もうすぐ、前みたいに仲の良い友達になれると思ったのに。

階段を3段飛ばしで駆け下りる。
夜の暗さのせいで、地面に足をついたときバランスを崩してしまった。
早く走りたい。走って忘れたい。何も考えたくない。
最低だ。僕は。

震えて上手く動かない足に力を込めて走り出そうとしたら、何かが右の地面に着地する音が聞こえた。
何だ?同じアパートの住民か?
と思い、音がした方を振り向いたら。

「惣一……あそこまでしておいて、逃げるってことは、ないんじゃない?
もしかして――私に、恥をかかせるつもり?」
さつき姉だ。地面に手をついて、しゃがんだまま僕を睨んでいる。
2階を見る。階段の手すりは目線よりもずっと上にある。あそこから飛び降りたんだ。
そこまで、僕を恨んでいるのか――。

「早く部屋に戻りましょう。さつきお姉ちゃんが、たっぷりお仕置きしてあげるから」
「あ、あああ……ごめんなさい! ごめんなさい!」

僕はそう言うと、さつき姉に背中を向けて、
「っへ? あ、ちょっと待ちなさい!」
さつき姉と、自分のやったことへの後悔から逃げ出すように、走り出した。


50 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/31(木) 00:50:49 ID:rpZeIlfO
今日はここまで。ちょっと駆け足になってしまいました。

51 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/31(木) 01:17:43 ID:FDvRUO+h
お姉ちゃんはターミネーターでした
ヤンデレのヒロインが総じてハイスペックなのは狩人の本能なのか…

52 名前:しまっちゃうメイドさん ◆HrLD.UhKwA [sage] 投稿日:2007/05/31(木) 03:06:11 ID:hi8v30i6
>>50 たっぷりのお仕置きにwktk

久しぶりですが、投下します
注意 フタナリものです 苦手な方はスルーして下さい

十八時十五分 浅原沙紀


すっかり暗くなった五月の夜道を私は歩いています。剣道部の部
員さん達と別れ、一人で歩くこの道はなんだか妙に長く感じます。
私が高校に入るまでは、いつもお嬢様が隣にいて、共に歩くこの
帰り道は私の毎日の小さな楽しみの一つでした。お嬢様は何にでも
直ぐに興味を示されます。それは帰り道も例外ではありませんでし
た。お嬢様は、何度も何度も、それこそ何万回もこの道を通られて
いるのに、その度に、何か新しい発見をなさいます。
例えば、それは木々の紅葉であったり、
例えば、それは燕の巣であったり、
例えば、それはタンポポの綿毛であったりします。
そうして無邪気にはしゃぐお嬢様の姿はなんとも微笑ましく、そ
れだけで私はなんだかポカポカした気持になる事が出来ました。
それが変わってしまったのは、いつからでしょう?
私が高校に入った時からでは、なかったでしょうか?

お嬢様は高校に入った私に、何か部活に入るように熱心に勧めら
れました。最初は私も乗り気でした。私はお嬢様との連帯感をもっ
と深めたかったのです。勿論、私はお嬢様と十数年の時を共に過ご
していますから、それはそれは硬い絆で結ばれていることでしょう。
しかし、その頃の私の中には、「もっとお嬢様と語り合いたい」
「もっとお嬢様と解りあいたい」「もっとお嬢様と魂をぶつけ合い
たい」そんな要求が生まれてきていました。簡単に言うと、私の中
でお嬢様が足りなくなってきたのです。
だからこそ、部活に入るのに私は乗り気でした。部活に入り共に
同じ目標に向って自他を研磨する…お嬢様と私の絆を更に深める絶
好の機会だと想ったのです。そうして、それが身勝手な要求だと解
りつつも、もしかしたらお嬢様も同じ気持なのでしょうか…と思わ
ずにはいられませんでした。
しかし、直ぐに私はお嬢様の気持は、私が想像しているのと全く
違うと知らされる羽目になりました。
私が、新入生歓迎パンフレットを見ながら、何処の部活に入ろう
か考えている時、お嬢様は友達の源之助さんが入る剣道部に入って
はどうかと勧められました。私の入った高校の剣道部は、そこそこ
の強豪なので毎日厳しい練習があります。だからこそ、私は直ぐに
賛成しました。厳しい練習に共に耐えてこそ、より絆が深まる。そ
う思ったからです。
だからこそ、次の日の朝に、お嬢様が自分は剣道部はおろか何処
の部活にも入らないと聞かされた時はショックでした。
お嬢様と一緒に部活が出来ないのもそうですが、私が更に衝撃を
受けたのは「お嬢様が私から離れたい」という事実です。お嬢様は
自分のせいで、沙紀さんは自由な時間を取れなかったから、せめて
高校生活だけは…と仰せられましたが、お嬢様、そのような申し訳
なさそうな顔はやめて下さい。嘘であることがバレバレですよ。




53 名前:しまっちゃうメイドさん ◆HrLD.UhKwA [sage] 投稿日:2007/05/31(木) 03:08:11 ID:hi8v30i6
それなのに、お嬢様がこんなにも強く、剣道部の入部を勧める理
由は一つしかありません。お嬢様は一人の時間が欲しくなったので
すね。
思えば、私がこの家に来たときから、お嬢様は一人の時間を取っ
てこられました。
日に一回はある、やたら長いトイレ。
決して、私とは一緒に入らないお風呂。
それはお嬢様が大きくなるに従って頻度がましていき、そして中
ニの頃はそれがピークを迎えられ、とうとうお嬢様は自分の部屋に
鍵をかけられました。そして、最近は昼休みになると必ず身を隠す
ようになられました。お嬢様…、私はそうしたお嬢様の変化を見る
たびに、複雑な気持ちになってきたのですよ。
お嬢様…私がうとましくなられたのですか?
そう思わずにはいられませんでした。
しかし、それをどうして聞けましょうか?しかしまた、それをど
うして聞かずにいられましょうか?
そうして結局、答えを聞かない事が答えのような曖昧な状態のま
ま無為に時を過ごしてきました。勿論、お嬢様と過ごす時はいつも
楽しかったですよ。しかし、お嬢様が部屋やトイレに篭られる度に
私の中でお嬢様が段々と足りなくなっていきました。こんなに近く
にいるのに、お嬢様が段々と遠くに行っているように感じるのです
もっとお嬢様と一緒にいたいのに…、結局私はこの思いをお嬢様
に伝える事は出来ませんでした。なんだか、それを聞いてしまった
ら全てが終わる気がしたのです。まるで獲らわれた麒麟(この時に獲
らわれた麒麟はお嬢様と同じく否命というそうです)よりも、もっ
とおぞましい何かが出現するような、そんな不気味な予感というよ
り確信に近いものが私を掴んで離しませんでした。
未だに、その答えは分からないままです。しかし、私は「お嬢様
は私から離れたがっている」その事だけは理解りました。
だから、私はこうして剣道部に入りました。お嬢様と離れるのは
心苦しかったですが、お嬢様がそう望んでいる以上、私はそれに従
います。
それに入ったら、入ったで剣道部はとても楽しいものでした。し
かし、その楽しい時間も、私は心の底から楽しむ事が出来ませんで
した。

54 名前:しまっちゃうメイドさん ◆HrLD.UhKwA [sage] 投稿日:2007/05/31(木) 03:10:04 ID:hi8v30i6
まるで、最新の液晶テレビを見たあとで、昭和時代の白黒テレビ
を見るような感覚に襲われてしまいます。つまり、私はどうしても
お嬢様と過ごす時間と、剣道部の時間とを比べてしまい、結果、剣
道部の時間が本当に楽しいにも関わらずなんだか色褪せて見えてし
まうのです。私の心の何処かにはいつもお嬢様がいる故に…。
「難波潟短き葦のふしの間も 逢はでこの世を過ぐしてよとや」
って、これは恋歌ですね。自然と口をついて出た恋歌に私は思わ
ず赤くなりました。なんでこんな歌が思い浮かんだのでしょうか?
これではまるで私が…。
そんな事を考えているうちに、ようやく私は家に着きました。
お嬢様…、やっぱりこの道は一人で歩くには長すぎます……。


55 名前:しまっちゃうメイドさん ◆HrLD.UhKwA [sage] 投稿日:2007/05/31(木) 03:12:04 ID:hi8v30i6
十八時二十分 秋月家

「あっ、沙紀さん」
「沙紀さん?」
そう言ってからの否命の行動は早かった。まず、さっきまであん
なにも隆起していたマラがみるみる萎えていく。
そして電光石火の速さでパソコンの電源をスイッチを押して切り
(パソコンのOSはXPである)、パンツとスカートを上げると、
足音一つ立てずに早歩きで自分の部屋へと駆け込んでいった。
「って、貴方、財布を渡しなさいよ!」
それからドタドタと足音を立てながら凛が今、まさに部屋に入ろ
うとしている否命の腕をガッチリ掴んで引き寄せる。
しかし、その拍子にドアに手を掛けていた否命は大きく体勢を崩
してしまい二人はもつれあう感じで倒れこんでしまった。

ガタンッ!!

「お嬢様…!?」
何かの倒れる音に驚き、慌てて廊下に向った沙紀が見たものは…
上着がはだけ、血まみれのシャツを覗かせている見知らぬ少女を押
し倒している否命の姿であった。
「………」
「………」
「………」
三人が三人とも、それぞれ万感の思いを込めて固まった。沙紀は
ただポカンと痴呆の如く口をあけ、否命はゆっくりと頭を動かし二
人の顔を見比べ、凛は突如現われた沙紀をひたすら凝視していた。
「ええと…」
気まずい雰囲気の中、最初に声を発したの凛だった。凛は視線を
自分の血まみれのシャツに注いでいる沙紀にニッコリと微笑むと、
「沙紀さん…でしたっけ?安心して下さい…このシャツの血は私の
血ではありませんから」
しばらくして…、沙紀の口から悲鳴が上がった。

56 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/31(木) 03:12:48 ID:hi8v30i6
投下終わります

57 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/31(木) 07:38:42 ID:zOQut7Pn
>>50
惣一……なんで君はそんなに学習能力がないんだ、てゆーか鈍いんだ。
思わずニヤニヤしてしまったじゃないかw

>>56
久しぶりに続きキター
と思ったらまた気になる終わり方にwktkしてしまいますた

58 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/31(木) 08:34:00 ID:Lv6V5ekr
wkwktktk

59 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/31(木) 14:59:37 ID:9HyouwZw
おひさしぶりです

投下しますよ

60 名前:『首吊りラプソディア』Take7[sage] 投稿日:2007/05/31(木) 15:00:45 ID:9HyouwZw
「虎吉殿、さっきから唸ってどうしたでござるか?」
「ん?」
フジノが作ってくれた弁当を食いながら、俺は必死に考えていた。どこかで見たことが
あるとか、既視感とかいう類のものではない。過去に、それに何度でも見たことがある筈
なのだ。絶対に、それだけは間違いないと判断出来る。そこまでは出来るのに、答えは喉
まで出てきているのに、そこから先の部分が思い出せないのである。
接点を幾つか考えてみた。
例えば昔、近所に住んでいた。という線はどうだろうか。否、それは有り得ない。近所
に住んでいた者の顔は殆んど覚えているし、立花という名字も存在しなかった。少し年齢
が離れているが、俺とサキ程度の差であるとしたら間違えたり忘れたりする筈がない。
では、過去に会った罪人の身内ならば。
それは益々有り得ないと思う。管理局は仕事柄、罪人が身内に居た場合就職することは
不可能だ。娑場の組織である警察と似たようなものだ。それに国がきちんと調査を行い、
それで採用かどうかを決めるので誤魔化すことなど不可能だろう。
ならば、専門学校は。
「ん?」
そう言えば、昔、似たような娘が居たような。
「思い出した!!」
あいつは多分、専門学校の後輩だ。今まで忘れていた、と言うよりも気付かなかった。


61 名前:『首吊りラプソディア』Take7[sage] 投稿日:2007/05/31(木) 15:02:02 ID:9HyouwZw
学年の差が開いていなかったので同時に在籍することは無かったがプログラミング技術
の講習のときにOBとして呼ばれた際、俺はサキと何度も会っていたのだ。その当時サキ
の名前を知らなかったのは、今にして思えば不思議なことだと思う。何しろ毎回俺の講習
が終わった後に突っ掛ってきていたのだ、反抗的な目を今でも覚えている。
今までずっと気付かなかったのは、その目が感情を消していたからだろうか。特徴的な
部分が消え、当時かけていた眼鏡も無くなり、地味に彩っていたジャージも今では見事に
キマったスーツへと変わっている。まるで別人のようだ、と思う。今とて、先程の私服姿
を見ていなかったら気付かなかった。もしかしたら永遠に気付かなかったかもしれない。
随分と酷い話だ、と思う。喧嘩ばかりだったが、それでも一緒に飯を食ったり遊んだりと
結構仲良くしていたと思うのに。そんな相手に気付いてやれなかったなんて。
「なぁ、フジノ。例えばの話だ。ある友達同士二人が何か事情があって暫く離れててさ、
その間に片方の外見が別人みたいになったとするだろ。そのせいで気付けなかったなら、
その姿が変わった奴は悲しむか?」
言うまでもなく、俺とサキのことだ。因みに俺は悲しいと思う。何だ、俺達の繋がりは
この程度にしかなっていなかったのだな、と。女の心理では変わってくるかもしれないと
思いフジノに尋ねたのだが、やはり人間同士あまり変わらないようだ。フジノは腕を組み
視線を下げると、溜息を吐いてこちらを見た。


62 名前:『首吊りラプソディア』Take7[sage] 投稿日:2007/05/31(木) 15:03:41 ID:9HyouwZw
数秒。
「その事情が何かにもよるが」
悲しむでござろうなぁ、と一言。
「早い内にサキ殿に謝った方が良いでござるよ」
ぼかしたつもりだったのに、いきなりバレてしまった。無理もないか、サキを見るなり
唸り出して、それが終わってからの例え話だ。冷静な目で見れば、こんなものは誰にでも
分かるだろうということに気が付いた。それだけ後ろめたく思っていた、ということにも。
「やっぱり怒るか」
「拙者がサキ殿の立場だったなら怒り心頭、悲しみ燦々でござる」
そんなにか。
「もしかしたら、ズバッとやってしまうやもしれぬ」
それはお前が剣士だからだ。
「サキ殿の場合は空気弾で圧死でござるか」
何故そんなに残酷なことを言うのだろうか。
だが悲しいことに、俺が無惨にもやられる光景が簡単に想像出来てしまった。カオリに
最近やられまくっているから、それの影響もあるのだろう。しかし何より、サキが発する
独特の威圧感のようなものに勝てる気がしないのだ。例えは悪いが、まるでSSランク罪人
のような圧倒的なものを見せるときがある。
それに比べ、
「俺も落ち着いたもんだ」
悪いことだとは思わないが、たまに鏡を見ると、酷くふぬけていると思うことがある。
昔、と言っても十年も経ってはいないが、まだ管理局に入ったばかりの頃は獣のようだと
周囲に言われていた。血筋が原因なのか短気だったのは自覚していて、管理局に入る前は
当時幼かったカオリを怯えさせない為、苦労して乱暴な面を抑えていたことも覚えている。
今はそのようなことをせずとも、自然に過ごしているが、
「年かねぇ」


63 名前:『首吊りラプソディア』Take7[sage] 投稿日:2007/05/31(木) 15:05:46 ID:9HyouwZw
「余計な部分が消えただけ、でござるよ」
「そうか?」
渡された茶を飲みながら、首を傾げた。
「虎吉殿は元々、優しい人でござる。某達が付き合うきっかけとなったときのことは、今
でも覚えているでござるよ。あれが無ければ今頃、某は墓の中でござる」
「『邪』のときか。あれは俺が、そっち系統を専攻してたからだ」
「照れなくても良いでござる。確かに技術も大事でござるが、それ以上に言葉が」
「あ、虎吉ちゃーん!!」
フジノの言葉を遮るように、カオリの言葉が聞こえてきた。笑みを浮かべ、元気に手を
振りながら駆け寄ってくる姿は子犬のようだ。元々ドジなのにそんなことをしたら危ない
と昔から注意をしているが、それを全く気にしていないのは何故だろうか。
「虎吉ちゃ……ひゃぁ!!」
案の定カオリは転び、背後を歩いていたサキが無表情で手を差し延べる。カオリは手を
掴んで起き上がると、笑みを浮かべながら頭を掻いた。あまりにも穏やかな光景に、つい
口元が緩むのを自覚する。こうした時間が、いつまでも続けば良いのだが。
「ほら、先輩が視姦するから」
これだ、いちいち悪口を言ってくるのだ。
だが昔のことを思えば、それも大して気にならなくなった。
「なぁ、サキ。もしかして俺のことを先輩とか言うのは、俺がOBだからか?」
「今頃気付いたんですか?」
「本当にすまん。と言うか、さっき思い出すまでお前のことを忘れてた」
無言で空気弾を撃たれた。
一発目を避けたものの連続で撃たれ、とうとう五発辺りで脇腹に当たる。威力は手加減
してくれたのだろう、骨にまでダメージが来ることは無かったが、肝臓が悲鳴をあげた。
「し、仕方ないですよ、サキさん。あたしも今の格好を見たときに気付きませんでしたし」
カオリ、ナイスフォローだ。


64 名前:『首吊りラプソディア』Take7[sage] 投稿日:2007/05/31(木) 15:08:08 ID:9HyouwZw
「でも先輩の前では今の姿でしたよ?」
そう言われれば反論出来ない、カオリもフォローは不可能と判断したのか苦笑を浮かべ
露骨に視線を反らされた。再び怒りに火が点いたのか、サキは更に空気弾を撃ってくる。
心なしか威力が上がってきている気がするが、気のせいだと思いたい。背後からの着弾音
が激しいものになっているが、これも幻聴だろう。
「んな訳ねぇ!! サキ、すまんかった!! 堪忍してくれ!! フジノも早く『邪』を!!」
「いや、ここは手を出さないのが筋でござる」
そんな筋はドブにでも捨ててほしい、俺は今にも死にそうなのだ。フジノが言った圧死
という言葉も、あながち冗談で済まないレベルになってきている。弾などはもう、空気が
歪んで陽炎のようになっているのだ。兄貴や親父ならともかく、俺などは一撃で消し墨と
なってしまうだろう。圧死の前に、こんがりとしたウェルダンになる。
これは不味いと判断したのか、漸くフジノが動いた。『邪』を抜くと途端に圧縮された
空気が霧散し、稼働を停止させられた指輪が高い音をたてて余剰熱量を放出する。
「助かった」
空気が美味い、例え先程まで凶器になっていたものだとしても。
深く呼吸をした後、飲みかけだった茶を飲むと気持ちも落ち着いてきた。
「フジノ、俺はお前より先には死なないからな。だから安心して生きろ」
「今更格好付けても遅いのではござらぬか?」
告白のときと同じ台詞だったが、フジノは複雑そうな顔をした。
沈黙。
強い視線を感じて振り向けば、何故かカオリがこちらをじっと見ていた。
「何か虎吉ちゃんとフジノさん、まるで恋人みたい」
「そうですね」
言ったつもりだったが、うっかり忘れていたらしい。思い返してみれば、同僚の剣士と
しか紹介していなかったような気がする。管理局の中では皆が知っているので失念をして
いたが、こいつらはそれを知っている筈がないのである。サキは新人だし、カオリは会う
こと自体何年ぶりなのだ。
口にするのも照れがあったが、黙っておく程のものでもない。
俺は咳払いを一つして、
「みたいも何も、付き合ってるぞ?」
直後。
カオリは目を丸くして、サキすらも珍しく驚いたような表情をして、
「「嘘ォ!?」」
声を重ね、絶叫した。

65 名前:ロボ ◆JypZpjo0ig [sage] 投稿日:2007/05/31(木) 15:09:43 ID:9HyouwZw
今回はこれで終わりです

66 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/31(木) 18:43:25 ID:rpZeIlfO
>>56
沙紀VS凛の戦いが勃発か?
それとも微笑ましい修羅場が展開するのか?
どちらにしても面白そうだZE!

>>65
こちらも修羅場フラグktkr
ファイトだ、虎吉ちゃん。運が良ければ2人相手に生き残れるぞ。

67 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/05/31(木) 21:59:06 ID:zOQut7Pn
>>65
首吊りも久しぶりにキター!
クールなサキの容赦のなさに萌え
サキ可愛いよサキ
あと、フジノに死亡フラグが立った悪寒が(´・ω・`)

68 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/06/01(金) 00:05:19 ID:wBkMeU5t
昨日の続きを投下します。

69 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/06/01(金) 00:06:50 ID:wBkMeU5t

夜の闇との区別が薄くなった歩道を、ひたすらに走る。
思考を捕らえて離さない性欲に抗うために。
自分の犯した罪の重さをごまかすために。

僕は、どこに行こうとしているのだろう。
どこに行っても、結局は逃れることなどできないのに。
衝動に任せてさつき姉の唇を奪ってしまったことは、消せないのに。
僕の記憶にしっかりと刻み込まれたさつき姉の涙と、おびえるように震えだした
体の感触は、今でも思い出せる。
そして、それを思い出すだけでまた興奮してしまう自分の下劣さに、腹がたつ。

呼吸が苦しくなってきた。足も、少しずつ動かなくなりだした。
かなりの時間全力で走ってきたから、心臓と肺が弱音を吐き出した。
何度か跳ねるようにして走り、ゆっくりスピードを落としていく。
立ち止まった場所は、自宅の近くにある公園の入り口だった。
どうやら、ぐるりと回ってアパートの近くに戻ってきてしまったようだ。

入り口近くにある自動販売機の前で立ち止まり、倒れるようにして背中で自動販売機にもたれかかる。
自動販売機の光に集まってきた小さな羽虫や楕円形の虫が体にくっついてきた。
膝の力を抜く。支えを失った体はすぐに地面に腰をつけた。
俯いて、周りを飛び回る虫を吸い込まないように深呼吸をする。
心臓の鼓動が邪魔をして、上手く息を吸うことができない。

でも、すぐに鼓動は静まってきた。
本当に、すぐだった。いっそのこと一晩中僕を苦しめてくれれば嬉しかった。
だけど、自分のあやまちを忘れるなどという安易な道は選ばせてはくれないようだ。
体が汗にまみれて、筋肉が痙攣を起こしているのに、思考だけは冷たかった。
幸いにも、性欲は頭の中からすっぱりと消えていた。

僕はさつき姉にキスをして、傷つけた。傷つけたのは体でなく、心。
僕は知らないけど、強引に唇を奪われるなど、さつき姉は経験していないかもしれない。
いや、経験していようとしていまいと同じことか。
僕がやったことは、許されることではないのだ。

両手で拳を作り、太腿を全力で叩く。右手で叩いて、左手で叩いて、右手で叩く。
何度やっても手に力は入らなかったし、足に痛みが走ることもなかった。


70 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/06/01(金) 00:08:41 ID:wBkMeU5t

「惣一!」
地面に座って俯いていると、僕を呼ぶ声が聞こえた。
声が聞こえてきた方向は右側。目を向けると駆け寄ってくるさつき姉の姿が見えた。
自動販売機の明るさに目が慣れてしまっているから、さつき姉の顔は見えない。
僕はもう一度俯いて、さつき姉から目をそらした。

さつき姉は僕の前に立つと、しばらくしてしゃがみこんだ。
視線を、頭の皮膚で感じられる。僕はひたすら地面を見つめ続けた。
なにを言われても、覚悟はできている。罵倒でも、叱責でもなんでも。
それでさつき姉の心の傷が少しでも癒されるのならば、と最初は思っていた。
でも、それは違う。本当は、僕が癒されたかっただけだ。
さつき姉に責められることで自分の罪の意識を消したかったのだと、はっきり自覚した。

さつき姉の呼吸は穏やかで、夜の静かさの中ではよく聞こえてきた。
息を吸う音が聞こえた。さつき姉が口を開く。

「追いかけっこは、おしまい?」

さつき姉の声は、弾んでいた。
まるで迷子の子供を発見できた母親のように楽しそうに、嬉しそうにしていた。
「追いかけっこ?」
と、僕は聞き返した。
「そうでしょ? 私に背を向けて走りだすのは、惣一の役目だったじゃない。
そして、私が鬼の役。懐かしいわね、何年ぶりぐらいかしら」
「…………最後にやったのは、僕が小学校6年生だったころだよ」
「だとしたら、もう6年は経ってるのね。私は今でもはっきりと思い出せるわよ。
惣一が私から必死になって逃げ出す様子も、捕まったときの悔しそうな顔も。
でも、一度も勝ったことはなかったわね。今日もそうだったけど」

さつき姉はそこまで言うと、僕の隣に座った。
僕は、さつき姉の顔を見て話しかけることができた。
「ここ、虫がいっぱいいるよ」
「別に平気よ。どうせ走り回って汗をかいたんだからシャワーを浴びないといけないし。
でも、よく30分も走り回れたわね。やっぱり成長してるのね、惣一も」
「自分では、まだあの頃のままみたいな気がしてるけど」
「私も同じ。なんだか、体だけが大きくなっているみたい。
性格とか、考え方とか、好みとか、全部小さい頃と同じ。
小学生が大人の体を持つと、私みたいになるのかもね」


71 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/06/01(金) 00:12:24 ID:wBkMeU5t

さつき姉は立ち上がると、自動販売機にお金を入れて、一本だけジュースを買った。
ペットボトルに入れられているスポーツドリンクは透明だった。
キャップを開けると、さつき姉は半分ぐらい一気に飲んだ。
そして、僕にペットボトルを押し付けた。
「喉、渇いたでしょう? 飲んで良いわよ、それ」
「ああ、ありがと。って、それはちょっと……」
「何か問題があるの?」
「だって、これって間接――」
そこで、僕は口をつぐんだ。

急に心を締め付けられた気がした。
自分がしたことを思い出して、後悔が形になって胃を圧迫する。
僕はさつき姉から目をそらそうとした。けど、不意の笑顔に動きを止められた。
「さっきのことは気にしなくていいわよ」
「でも、僕は無理矢理――」
「ふう。わかってないわね、惣一は」

さつき姉はかぶりを振ると、右手を振り上げた。
続いて振り下ろされた右チョップが直撃して、僕の鼻から空気が漏れだした。
脳から鼻に突き抜ける痛みが、僕の思考を止める。
「私はキスされたことに怒っているんじゃなくて、いきなり逃げられたことが不満なの。
男の方からキスしてきたくせに逃げ出すって、どういう了見よ。んん?」
「う……」
「本当は、責任をとってほしいところだけど。
他ならぬ幼馴染は反省しているようだし、初犯でもあるから許してあげるわ」

僕はさつき姉の言葉を聞いて、口を閉じるのを忘れた。
あまりにあっけなさすぎる。なんで、そんな簡単に許してくれるんだ?
「馬鹿な顔してると、虫が口の中に入るわよ。
仕方ないわね。惣一に教えてあげましょうか、許してあげる理由」
「理由があるの?」
「そ。大きな理由」
「どんな理由なのさ」
「ふふ。それはねぇ……」
さつき姉は僕の顔を見つめながら、微笑んだ。
僕はつい、見とれてしまった。
じっと見つめたままでいると、さつき姉が勢いよく立ち上がった。

「やっぱり、やめた!」
「ええ?!」
「それぐらい、自分で気づきなさい。胸に手を当ててみればわかるはずよ」
言われたとおり、胸に手を当てて考えてみる。でも、思い当たるフシがない。
シャツがすっかり冷たくなっていることだけはわかったけど。


72 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/06/01(金) 00:13:44 ID:wBkMeU5t
アパートに帰りついて、2人が別々にシャワーに入り終わったら、すでに11時を回っていた。
電気を消して、布団を敷いて横になると、またしてもさつき姉は僕の横に潜り込んできた。
だけど、今日だけは何も言うつもりにならなかったし、疲労感から眠気がすぐに襲ってきたので
黙って眠りにつくことにした。

鼻から吸う息が心地よくて、吐く息が軽くて、すぐに眠れそうだった。
今夜は風が窓からよく入り込んできていたから、扇風機は必要なかった。
意識が闇に沈んできたころ、肩をつつく指によって起こされた。
首だけで、さつき姉の顔を見る。
「惣一。罰ゲームのことなんだけど」
「罰ゲーム?」
「今日、追いかけっこしたじゃない。昔から負けたほうが罰ゲームをする約束だったでしょ」
しまった。すっかり忘れていたけど、昔は追いかけっこをするたびに罰ゲームをやらされたんだった。
21歳になった今、さつき姉は一体どんな罰ゲームを言い渡してくるんだ?

「それね、一度家に帰ってからやってもらうから」
「家って、誰の?」
「私、明日家に帰るから。言わなかったっけ?」
「いや、聞いてないんだけど」
「そういえばそうだったわね。予定ではもっと後で追いかけっこするつもりだったし」
「何、それ?」

予定?予定っていうとさつき姉のか?
追いかけっこをする予定って、どういうつもりで立てたんだろうか。
「あ! ええ、っとね。久しぶりに会ったから、昔を懐かしむって目的でやろうと思ってたのよ」
「なんだ。それならいつでも言ってくれればよかったのに」
むしろ、これだけ自然に話せるようになれるなら自分から誘えばよかった。
僕は今、さつき姉と昔みたいに仲良くなれた気がしている。
ずっと心にわだかまっていたものがとれたように、安らかな気分だ。

「罰ゲームっていうのはね、あんまりやりすぎると意味がないのよ。
1回きりだから、無茶なことも相手に聞いてもらえるの」
「無茶なことをやらせるつもりだったの?」
「大丈夫よ。死ぬこととか、怪我したりすることじゃないし、惣一にできそうなことをしてもらうわよ。
というより、惣一にしかできないことと言ったほうがいいかしら」
なんだろう。僕にしかできないこと?
僕にしかできないことというと――何も思い当たらないな。
「楽しみにすると同時に、覚悟をしておきなさい。……それじゃあ、おやすみ」
「おやすみ、さつき姉」

さつき姉は僕に背中を向けると、無言になった。
寝息が聞こえ始めてから、僕は今日一日で起こったことを反芻した。
山川とさつき姉に起こった異変、衝動に任せてさつき姉にキスしてしまったこと、
そして、さつき姉と久しぶりに仲良く話せるようになったこと。
終わってみると、いい一日だったように思える。二度と繰り返したくは無いけれど。


73 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/06/01(金) 00:16:26 ID:wBkMeU5t
今回は、ここで終わりです。
再会初日から主人公はクライマックスを迎えていましたが、物語はそろそろクライマックスを迎えます。

74 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/06/01(金) 00:36:38 ID:E8loSHaJ
GJ


俺は最初からクライマックスだぜ!


ピンポーンピンポーンピンポピンポピンポーン


全くせっかちな郵便屋さんだ、ちょっと出てくる

75 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/06/01(金) 00:49:08 ID:Y6vyl5wn
>最初からクライマックス
俺も俺も

ドンドンドンドンドン

なんだNHKの集金か、今日はずいぶんしつこいな
ちょっと出てくる

76 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/06/01(金) 23:38:36 ID:F7tP27yt
>>66
虎吉ちゃんは生き残るだろう
某スレで数年後の生存が確認出来てるし
結婚もしてるみたいだが、相手はやっぱりフジノなんだろうか


77 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/06/02(土) 01:56:21 ID:T87WqSc/
>>76
そのスレ何?

78 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/06/02(土) 02:36:44 ID:2fer8UYG
今日は向日葵来ないのかな 残念

79 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/06/02(土) 04:06:24 ID:5wops/Ra
向日葵GJ!
言う間もなく俺もクライマry

プルルルルルルルル
ん?誰だ?あっ、隣のゲイじゃないか。なんだよこんな時間に・・・・
ちょっと文句言ってくるよ。

80 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/06/02(土) 07:19:45 ID:2U0DLk6+
ネタ
男の一部分だけを愛するヤンデレ
例えばヤンデレはある少年の目を大層気に入って付き合う事になった
始めの内はなんとか仲良くやっていたけど次第に他のパーツが疎ましくなって行く
目があればいい、他の部分は要らない……あは♪邪魔な部分は取り除いちゃえばいいんだね
ってな具合のヤンデレ

81 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/06/02(土) 08:19:17 ID:ShqijfwX
>>80
海野十三のトンデモ小説「俘囚」を思い出した

82 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/06/02(土) 17:48:27 ID:z5AQ5qY2
>>80
それはヤンデレじゃなくてサイコさんじゃないのか?
本の一部分だけで残りは疎ましいって・・・。ヤンデレなら全体を愛してこそだろ。

83 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/06/02(土) 19:28:26 ID:TuUREegw
流れを切って、投下します。
今回、惣一はとんでもない勘違いを犯します。

84 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/06/02(土) 19:29:22 ID:TuUREegw
帰ったら連絡する、とさつき姉が言い残して実家に帰ってから、3日が過ぎた。
帰る当日、さつき姉は僕より先に起きて帰っていってしまったようだった。
僕は朝に弱いさつき姉が自分で起きたことに驚くと同時に、不満を抱いた。
早起きしてまで早く帰る必要はないんじゃないか。
早く帰りたい理由でもあったのだろうか。
せめて見送りぐらいさせてくれてもいいじゃないか。

僕はなんとなく不満を覚えつつも、いつものように起きて顔を洗い、ご飯を
食べて、歯を磨くことにした。
朝の行動が流れるように、なんでもないことに少しの寂しさを覚えた。
きっと、数日間とはいえさつき姉が一緒にいたというのは僕にとって不快な
ことではなかったということだろう。
トラブルもあったけど、楽しい数日だった。そう思う。

以前のように部屋に1人で過ごすようになったというのは、僕にとっては寂しくもなく、
不満を覚えたりするものでもない。
僕が住んでいる町は平和で、犯罪が起こる予兆すらなく、また(引っ越してからは)
事件が起こったことすらないところだ。
子供達は友達と町の中を遊びまわり、学生達は並んで歩きながら談笑したり、
働く人たちは周りの目を気にすることなく仕事に没頭する。
この町にいると、何も難しいことを考えずに一日を過ごすことができる。
日本中で犯罪が起こっていることなど、嘘の出来事に思えるのだ。

しかし、犯罪や事件事故といったものはどこかで発生する。
今日のニュースでは、飛行機がハイジャックされて数人の怪我人がでて、
数時間してようやく犯人が投降した、と報道していた。
高校の修学旅行で行った空港の名前もテレビの画面に映っていた。
不安になる。自分の部屋で過ごしている時間はかりそめのものでしかなく、
少しのイレギュラー因子によって破壊されてしまうものなのではないか。
18歳になった今までは運よく破壊の手から逃れてきただけで、本当はすぐそこに、
アパートの扉の前にまで迫っているのではないだろうか、と。

そう思うと、さつき姉が連絡をよこさないことに対してまで不安を感じてきた。 
もしかして、さつき姉の身に何か起こったんじゃないか?
どこかに行くときには一言告げてからにしなさい、とさつき姉はよく言っていた。
そんな人が数日も連絡をよこさないのはおかしい。

さつき姉の携帯電話に電話をかけてみた。が、繋がらない。
電波の届かない場所にいるらしい。そんなことはよくあることだ。
僕は両親に電話して、さつき姉の実家の電話番号を教えてもらうことにした。
実家に連絡したとき電話に出たのは母親で、たまには帰ってきなさい、
と言っていた。僕は生返事をして手短に電話を切った。


85 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/06/02(土) 19:30:13 ID:TuUREegw
さつき姉の実家に電話をする。電話の呼び出し音が何度か続く。
電話が繋がるまでの間に呼び出し音が鳴るのはいいことだ。
もし呼び出し音が鳴る仕組みになっていなかったら、自分がなぜ電話器を耳に
あてたまま立ち尽くしているのか忘れてしまいそうになるからだ。

電話の呼び出し音から意識をそらすと、せみの鳴き声。
気分によって心地よくさせたり、嫌な汗をかかせる音は、窓を開け放っている
部屋のどこから聞こえてくるのかわからなかった。
アパート前の路地をスクーターが甲高い音を立てながら走りぬけた。
スクーターの音が遠くに行って聞こえなくなったころ、呼び出し音が止まった。

「はい。橋口です」
控えめな、しかしはっきりとした口調で電話にでたのはさつき姉のお母さんだ。
僕は懐かしい声を聞けたことに安堵しつつ、名乗ることにした。
「北河惣一です。お久しぶりです」
「あら……惣一君。お久しぶりね」
「はい」
「電話してくれて嬉しいわ。もっと電話してくれてもいいのよ。
さつきにも連絡してくれなかったから、惣一君の声を聞けなくて寂しかったのよ、私」
「あはは……」

さつき姉の母親は、何故か僕にかまいたがる。
昔さつき姉の家に遊びに行ったときはしょっちゅうお茶菓子攻撃にあったし、
たまには抱きしめられることもあった。
さつき姉の母親はもう40歳を過ぎているんだけど、僕の主観では初めて会った日から
まったく容姿が変わっていないように見えている。
以前母親に頼まれて若さを保つ秘訣を聞いてみたが、帰ってきたのは
「いつまでも恋をすること。しかも若い男に」という答えだった。
言われたままのことを母親に伝えたら、しばらくさつき姉の家に遊びに行くことを禁じられた。

「あの、さつき姉は帰って来ましたか?」
「さつき? ええ、一度帰ってきたわよ」
「ええ……?」
おかしい。帰ったら連絡すると言っていたのに。
「どうかした? 惣一君」
「いいえ、なんでもありません。さつき姉は今家にいますか?」
「さつきなら、今――あ! このことか……」

僕の答えに対して、さつき姉の母親は驚いたようだった。
いや、何かに気づいたような様子でもあったが。
「どうかしたんですか? このこと?」
「いいえ、なんでもないわ」
さつき姉の母親は、電話の向こうで咳払いしたようだ。
「あの、実は……どこに行ったのかわからないのよ」


86 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/06/02(土) 19:31:34 ID:TuUREegw
わからない?さつき姉が、母親に何も言わずにどこかに言ったということか?
出かける前は行き先を伝えること、と僕に言っていたのはさつき姉だ。
そのさつき姉が何も言わずにどこかへ行った?
「あとは、何を言うんだったかしら……。
そうそう。実はさつきね、大学で恋人ができてたのよ」
「…………え」
絶句してしまった。さつき姉に、恋人ができていた。
繰り返し、電話の向こうから聞こえてきた声を反芻する。
中学時代に1人きりで居残り勉強をさせられたことを、なんとなく思い出した。
取り残された気分がした。さつき姉に。

「ぇ……と……ほんとう、に……?」
「え、ええ。それでね、私の予想なんだけど」
さつき姉の母親は、僕の心臓が2回脈打つ時間をあけて、こう言った。

「恋人のところに言ったんじゃないか、って思うのよ」

僕も同じ予想をしていた。なぜかというと、納得ができるからだ。
恋人の家に泊まりに行くのなら、僕は家族には何も言わない。
もしくは、事実をぼやかして伝える。
きっと、さつき姉は母親に何も伝えずに出かけることにしたのだろう。
ごまかすくらいなら、何も言わずに出かけたほうがいいと判断したのかもしれない。
そこまで理解して、僕は窓際に座り込んだ。

「大丈夫、惣一君?」
「ええ。別になんともないですよ」
自分が強がっていることを、自覚しつつ返事する。
ショックを受けていることを悟られなければいいのだが。

「ふう。だからやめたほうがいいって、私は言ったのに」
電話の向こうからの呆れたような小声が聞こえた。
けど、耳に入ってきただけで受け流すことしかできなかった。
早く電話を切ろう。一言も話したくない気分だ。
「それじゃあ、また。実家に帰ったら遊びに行きます」
「ええ、待ってるわ……あと、ごめんね、惣一君」
謝罪の言葉を聞いてから、電話を切る。

窓際の縁に肘をつく。遠くを見ても民家と商店街しか見えなかった。
視線をアパート前の路地に落とす。自転車で走るおじさんと、電信柱が見えた。
心臓の鼓動が早い。体が暴れまわることを要求している。
けど、冷めた頭はこのままじっとしていることを厳命しているようで、結局は動けなかった。


87 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/06/02(土) 19:32:53 ID:TuUREegw
何をしていても腹が減らない経験をしたことがある。
学校の修学旅行で誰が1番早く睡魔に負けるか勝負をしたとき。
遊園地で遊ぶことに夢中になってひたすらはしゃぎまわったとき。
話題のテレビゲームを親がいないのをいいことに一晩中プレイしたとき。
そして、今。

さつき姉の実家に電話をしたのは、午前中だった。
午前中から夕方の7時まで、ずっと寝転がったまま過ごしている。
ときどき本を読もうとして体を起こすけど、内容どころか漢字さえも読めないので諦めた。
トイレに行こうとも思わなかった。尿意も便意も起こらない。

さつき姉に恋人がいたという事実がここまで自分に衝撃を与えるとは思わなかった。
それは、僕がさつき姉に恋人ができないと思い込んでいた部分が影響している。
さつき姉がもてないという理由で言っているわけではない。
さつき姉はもてた。男からも女からも、年上からも年下からも。
僕と一緒に下校している最中に告白をしてくる人もいた。
告白をしにきた人が僕のクラスメイトで、しかも女の子だったということはショックだったが、
告白が真剣なものであるとわかったときはもっとショックを受けた。

「さつき先輩! 好きです、付き合ってください!」
「ありがとう。でもあなたとは付き合えないわ」
「え……そんな、どうしてですか」
「他に好きな人がいるから」
さつき姉はそれだけ言うと、振り返らずに女の子の前から立ち去った。
ショックを受けていた僕は、しゃがみこんで泣き続ける女の子に手を差し出そうとした
ところでさつき姉に呼ばれて、立ち去った。

さつき姉の好きな男性が誰なのか、昔から僕は興味を持っていた。
日常の会話のやりとりで、聞いてみたことがある。
さつき姉の好きな人って、誰?
「昔からずっと一緒にいる人よ」
それだけしか、教えてくれなかった。
僕は、さつき姉が僕以外の男性に心を奪われていることを知って、不機嫌になった。
僕以外に、さつき姉と昔から仲良くしていた男性がいるとは思わなかった。
きっと、嫉妬していたのだろう。さつき姉に想われている男に。

そして今、さつき姉は恋人のところにいる。
僕が気に入らないのは、さつき姉が僕に何も言わなかったことだ。
一度家に帰っていたのに、どうして僕に連絡をしてくれなかったのか。
いくら僕でも、恋人がいるのを黙っていることには不満を覚えない。
でも、恋人の家に行くのなら一言ぐらい欲しかった。

――あ。
思い出した。僕も、さつき姉に何も言わずにどこかへ行ったことがある。
僕が今寝そべっているこの部屋。アパートに引っ越してくるときだ。
さつき姉と前日遊びに行く約束をしていたのに、僕は約束をすっぽかした。
さらに、さつき姉には行き先を教えないでくれ、と親に頼んだ。


88 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/06/02(土) 19:33:39 ID:TuUREegw
「――あはは……はは」
ははははははははははははは。
面白い。面白くて、心の底から笑いたくなる。
これが因果応報というやつか。ここまで同じ内容で報いを受けるとは思わなかった。
同じことをやられて、僕のやったことのくだらなさと、僕の幼稚さに腹が立った。
しかも取り返しのつかなくなった今、ようやく知ることができるとは。

僕が、さつき姉のことを好きだったということに。
近所に住む友達としてではなく、1人の女性として好きだったということに。
いつから好きだったのは思い出せないけど、思い出せないほどに昔から好きだった
なんて知らなかった。
初恋の女性はさつき姉だった。そして、僕は今までも想っていたんだ。

好きだということに気づいて告白して失恋するか、失恋してから好きだということに気づくのか。
どっちが傷つかずに済むのかな。――いや、がっくりするのはどちらも同じか。
そして、僕は肩を落としてはいけない人間だ。
自分の想いを伝えるどころか、引越し先すら伝えなかった。
さつき姉の言いつけを守らず、デートの約束さえ守らなかった。
想いを伝えず、約束も守らない僕は、相手にされなくて当然なんだろう。

ゆっくり体を起こす。なんとなく頭がくらくらした。
こうやって寝そべっている場合じゃない。
さつき姉への想いを断ち切ろう。さつき姉は今頃、恋人と一緒にいるはずだ。
僕がいつまでもさつき姉のことを想っていたら、きっとさつき姉は幸せになれない。

昔、父親が言っていたことがある。
死んだ人間への想いを断ち切らなければ、死んだ人間は成仏できない。
さつき姉はまだ健在だけど、理屈は同じこと。
僕がするべきことは、さつき姉の幸せを願うこと。
もうひとつは、空腹を訴える腹を満たすことだ。

お湯を沸かして、カップラーメンを作り、麺を食べて汁を飲み干す。
少しだけ胃は満たされたけど、なんとなく物足りない。
それは、さつき姉がいないことが原因なんだろうか。

僕は、目を瞑って嘆息した。
失恋すると感傷的になるのは、僕も山川も同じことか。
明日は山川とどこかへ遊びに行こう。
もしかしたら、山川みたいにすっきりした顔になるかもしれない。

面倒くさいので、今日はシャワーを浴びずに寝ることにした。
畳の上に横になり、枕に頭を沈み込ませる。
失恋したのに涙が出ないということもあるんだな、と思いながら僕の意識は沈んでいった。


89 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/06/02(土) 19:34:38 ID:TuUREegw
今回は終了です。待っていた方、申し訳ありませんでした。

90 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/06/02(土) 19:40:39 ID:ZP6mSNZz
策士策に溺れるって所ですね
ともあれGJ!

91 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/06/02(土) 19:42:13 ID:D+INGqzK
>>89
リアルタイムktkr!GJ!
惣一鈍すぎw
さつき姉苦労したんだろうなあ……
最後には幸せになってもらいたいものです

92 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/06/03(日) 06:12:53 ID:ddgjewh2
続きが気になるw

93 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/06/03(日) 11:53:11 ID:LPD96yVT
>>89
GJ!
何か考えが回りに回って山川が死ぬかもとか思った俺ガイル


94 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/06/03(日) 13:48:02 ID:biq4Qk+P
投下します。いつもの2倍の長さです。

95 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/06/03(日) 13:49:08 ID:biq4Qk+P
朝の9時。山川の自宅のドアの前。
音符のマークが書かれているチャイムを押して、頭の中で3秒数える。
続いて3回、金属製のドアをノックする。反応はない。
だが、山川の自宅に来る前に連絡をしているから、起きていることは間違いない。
間もなくでてくるだろうと見当をつけて、ドアの前で待つことにする。

山川の住むアパートは築5年ほどの建物で、僕の住むアパートよりもだいぶ綺麗だ。
その分家賃は高いのだろうけど、娘を持つ親としてはそれなりにいいところに
住ませたいのかもしれない。
廊下の手すりに肘をついて、空を見上げる。

寂しそうな空だ、と思った。
空には青と、馬鹿みたいに白い雲が広がっている。
鳥が飛んでいる。時々現れては、円を描いて飛び、どこかへ行く。
空と地上を隔てるものは人工的な建物だけだった。
ここが田舎の村だったらまた違う景色が見られるのだろう、と意味も無く考えた。

昔――小学生のころだったか、詩を書いたことがある。
空を題にした詩だった気がする。いや、詩というよりポエムだったかもしれない。
まあ、どちらでもいいんだけど。
散歩しているときに見上げた空の青さに、僕は疑問を持った。
思いをそのまま文章にして、先生に見せた。
先生の感想はあたりさわりのないものだった気がする。

空がなぜ青いのか。それは、空の向こうにあるものの色が濃い青だから。
だんだん白やその他の色が交じり合っていき、地上から見たときにはすっかり薄くなった
青が見られる、というのが詩の内容だった。
今の僕が書いたなら、内容は違うものになる。

地上から見た空が青いなら、空の向こうから見た地上はどう見えるのだろう。
衛星からの写真では、地上の様子がそのまま映されている。
では、空はどこにあるのだろうか。
きっと空は存在していない。空の青は人の目が見せる錯覚。
とでも書くのだろう。

ここまで感傷的な気分になっているのは、失恋のショックから立ち直れていないからだ。
一晩寝たらまともになるかと思っていたら、むしろ逆。さらに憂鬱な気分になってしまった。
本当に辛い食べ物はあとになって辛さを知覚できるというが、失恋にも同じものが
あるのだろうか。

「そんなわけ、ないか」


96 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/06/03(日) 13:50:24 ID:biq4Qk+P
「おはよう、北河君!」
後ろから山川の声がした。振り向いて挨拶を返す。
「おはよう、山川」
「……うわ、ひどい顔だね」
「失敬だな、君は」
どれだけひどい顔をしているのだろうか。
顔に手を当ててみる。特に変わった様子はないと思うのだが。

「今の北河君の顔を、喩えてみようか?」
「必要ないよ」
「まあ、そう言わずに。えっとね、念願の車を買えた男、が」
「が?」
「目の前で突然爆発した愛車を見てしまったときの顔、だね」
「それはひどいな」
「ちなみに、爆発はテロリストの仕業です。しかも生き別れの弟」
「そこまで詳しく設定を作らなくても良いから」
「全てを知った男は車の仇を取るために、生き別れの弟と戦う決意をするのです」
「そっか……さよなら」

背中を向けて、立ち去ることにする。
山川なりに元気付けているというのはわかるが、付き合う気分じゃない。
数歩進んだあたりで、山川が僕の肩を掴んだ。
「ま、ま。そう不機嫌にならずに、部屋に上がっていきなよ」
「……いや、もういいから」
「お姉さんが体と甘い言葉で慰めてあげるから」
「僕と君は同い年だし、慰めもいらない」
「そういや、そうか。じゃあ、お酒の力を借りるとしよう。
お酒を浴びるほど飲めばきっとエネルギーが充填されるよ」
「お酒? また?」
「そ」

山川が言うには、部屋に大量のビールと日本酒、焼酎まであるらしい。
僕はいろいろ考えた末、山川の提案をのむことにした。
僕はアルコールが好きじゃない。缶ビール一本にしても明らかに単価が高いし、
たいして美味いと感じることもないからだ。経済的じゃないし、味も悪い。
山川と飲んだときは同席した以上仕方ない、という感情が働いていたから飲んだ。
友人と飲むときも軽く飲む程度で、飲み屋のトイレや床に吐いてしまうほど飲んだり、
二日酔いになるほどコップを忙しく動かしたりしない。

けれど、今日は飲みたい気分だった。
僕は山川に手を引かれて、部屋の中へ入ることにした。
山川の部屋の中は、意外なほど綺麗で、まるで雑草を刈った後のようにさっぱりとしていた。


97 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/06/03(日) 13:52:35 ID:biq4Qk+P
僕がビールを何本飲んだか忘れるほど飲んで、山川がビールを2本と焼酎一升と
日本酒を半分ほど片付けた時点で夕方の7時になり、僕は家に帰ることにした。
酔っているくせに正気を保とうとして目の前の光景をじっと見つめるのは僕の癖だ。
僕の目が狂っているのでなければ、山川がタクシーを止めようとして道路に寝転んだ
という光景は嘘ではないことになる。
大の字になって寝転んだ山川を僕は当然起こした。
車の通りが少ない場所でやったからいいものの、どこでも人の目はあるもので、
やはり僕と山川は奇異の目で見られることになった。

電信柱に寄りかかりながらタクシーが来るのを待ち、運よく目の前で止まったタクシーに
乗り込んで僕はアパートに帰ることにした。
しかし、なぜか山川までもが僕の家についてきた。
山川がついてきていることに気づいたのは部屋の鍵を開けて、中に入った時点でだったが。

山川は僕の部屋に入ると同時に、トイレへ向かった。
僕はその間に水を一杯飲み干した。
コップを2つ用意してインスタントコーヒーの粉を入れる。
空になっていた電気ポッドに水を入れて沸騰するまで待ち、電子音が鳴ってから
コップにお湯を注いでいく。全ての動作がいつも通りに行えた。
僕は居間のテーブルの上にコーヒーを置いて、口をつけずに山川を待った。
山川は勢いよくトイレのドアを開けて出てきた。

居間から山川の様子を観察する。
山川はまず、手を洗った。台所の流し台の前に立って、蛇口をひねり手を濡らして水を止めた。
その後居間に向かってくるかと僕は予想していたのだが、違う動きが見られた。
山川は首を下に曲げてじっとしたあと、しゃがんで流し台の下を見ながらぼーっとした。
そして、何故か笑った。
何が面白かったのかはわからないが、声も出さずに肩を揺らして満面の笑みを浮かべていた。

山川はしゃがんだまま、流し台の扉を背中にしてもたれかかった。
僕を見ると、左手首で手招きした。
「北河君、ちょーっと、こっち来て」
僕はおかしな山川の様子に不審を抱きながら、台所へ向かうことにした。

山川と目線の高さを同じにして、問いかける。
「なに? どうかした?」 
「いやー、なに、聞きたいことがあってさ」
遊んでいるときと同じ声だった。
時々、笑い声を漏らさないようにして口を手で覆う。
「ぷくく……あのさ、北河君の好きな人って、誰?」
「誰って、それは……」
「部屋で飲んでいるときもさ、教えてくれなかったでしょ」
「別に言う必要ないだろ」


98 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/06/03(日) 13:54:20 ID:biq4Qk+P
話をそこで終わらしたかったので、立ち上がることにした。
が、山川が僕の手をいきなり引っ張ってきたので、前のめりに倒れた。
危うく衝突しそうになったところで手を流し台について、こらえる。
「こら! いきなり……」
何をするんだ、と言葉を続けようとしたのだが、山川の予想外の動きに封じられた。

山川がいきなり僕の頭を抱きかかえた。
両手で僕の頭を包み、体で受け止めている。山川の胸に僕の顔は沈んだ。
僕は全力で山川から離れようとしたのだが、加えられている力は僕の力と拮抗していて、
拳ひとつ分しか距離をとれなかった。
「は、離せ……」
「それはできないよ。正直に答えてくれるまではね」
「誰が、言う、もんか」
喋り続けながらも離れる努力をしているのだが、状況は変わらない。

「もしかして……私?」
「…………は」
「北河君の好きな人って、私なの?」
それはない、という答えが最初に浮かんだので、言おうとして口を開いた。
だが、言葉は出てこなかった。山川の目が僕の目をまっすぐに見つめていたから。
山川の目が語っていた。本当のことを言え、と。

まず、山川の問いに答えを返す。
「僕が好きな人は……山川じゃない」
自分でも驚くほど、鮮明に言葉にできた。僕が好きな人は、山川じゃない。
山川は僕の答えを聞くとふーん、と言いながら何度か軽く頷いた。
僕を睨み付けているように見えるのは、目の錯覚なのだろうか。
「それはつまり、他に好きな人がいるってことでしょ」
「まあ、そうだけど……」
「誰なのかな? 北河君の好きな女性は」

僕の頭に加えられていた力はすでに弱まっていた。
逃げようと思えば逃げられた。けれど、今度は山川の問いに動きを封じられた。
僕が好きな人は、さつき姉だ。でも、それを口にしてもいいのか?
昨日、さつき姉への想いを断とうと決めたばかりじゃないか。
「僕は……」
「あ、迷っている顔。本当は誰が好きなのか自覚しているのに、答えることを躊躇っている」
「……違う」
「答えを口にしたら辛くなるとわかっているから、口にしたくない。そうでしょ?」
「違うって、言ってるだろ」
「ガキみたいな恋愛してんじゃないよ」


99 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/06/03(日) 13:55:45 ID:biq4Qk+P
山川の顔と声が変容した。一瞬、情けなくも思考が停止した。
今まで見たことのない、厳しい目が僕を見つめている。
「まだ好きなくせに、なんでごまかそうとするの?」
「……」
「今日一日中観察してて思ったけど、自分をごまかそうとしているようにしか見えなかった。
それってさ、ただ嫌なことから逃げているだけだよね。自分の気持ちからさ」
「な……」
「何も言ってないんでしょう? 好きだとか愛しているとか。
面と向かって振られたわけでもないのに、なんで諦めるの?」
「それは……山川だって……」

山川は、一度不敵な笑みを浮かべてこう言った。
「私ね、花火大会の次の日に起きたら、すぐ電話して聞いたよ。彼氏に。
そしたらね、向こうから謝ってきた。色々あってむしゃくしゃしてたんだって言ってた。
あれは間違いだった、ごめん。って、そう言われた」
だからあの日、やけに声の調子が良かったのか。
僕が無言でいると、山川が優しい顔をして口を開く。

「もし私が諦めてたら、たぶん破局してただろうね。
諦めずにもう一度話してみたから、やりなおすことができた。
北河君も同じじゃないの? 想いが伝わるかもしれないよ。やってみる価値はある」
「…………そうかもしれない」
「そうかも、じゃなくて。やるだけの価値はあるの。私が言うんだから間違いない!」
説得力のある言葉だった。
持つべきものは友達。まさにその通りだ。
今なら、さつき姉に告白することもできそうだ。

「にひひ……すっかり乗り気になったみたいだね。
それじゃあ、言ってみなよ。私を相手だと見立てて、告白してみて」
「ちょっと待て。なんで山川にそんなことを……」
「予行練習ってやつよ。さあ、ばっちこい!」
「野球部じゃあるまいし……」

でも、冷めないうちに今の気持ちを言葉にするのもいいかもしれない。
今日は酔っているからさつき姉に電話はできないし、会うこともできない。
相手が山川というのはとても、すごく不満だけど。
「む、何か言いたそうな顔をしているね。私じゃ不満?」
「まったくもってその通り……じゃなくて、不満じゃないよ。うん」
「……いろいろ言いたいことはあるけど、今日はやめとく。
それじゃあさ、言ってみて。はっきりと、大きな声で」

大きな声では言わないけど、はっきりと口にする。
「僕が好きな人は、さつき姉だ。
今さら言っても遅いんだけど、自分の気持ちはごまかせない。
僕は、さつき姉と一緒に居たい」


100 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/06/03(日) 13:58:26 ID:biq4Qk+P
僕がそう言うと、山川は紅くなり、俯いた。
あまりにおかしかったので、僕は笑った。山川が僕を見て紅くなるなんて、初めてのことだった。
「笑わないでよ、こっちだって笑いそうなんだから」
「だってさ……その顔を見て笑わずにはいられないって」
「北河君の告白の方が面白いって。しまったな、録音しておけばよかった」
のちのちネタにできたのに、と山川は呟いた。

僕が立ち上がると、山川もふらふらしながら立ち上がった。
山川が帰るというので、僕は電話でタクシーを呼んだ。
アパートの下まで送っていこうとしたのだが、山川は1人で大丈夫、と言ってドアをくぐった。
ドアの前に立って背中を見送っていると、山川が僕の方を振り向いてこう言った。
「流し台の下、開けてみて」
山川は千鳥足で階段まで向かい、手すりに掴まりながら下へ降りた。

僕はドアを閉めて、鍵をかけてから、座り込んだ。
続いてため息をつく。もう一度、今度は肺から息を全て吐き出すつもりで嘆息する。
「何をやってんだ、僕は……」
酔った勢いとはいえ、とんでもないことをしてしまった。
よりによって山川に、さつき姉へ向けた告白の言葉を聞かせてしまうとは。
恥ずかしい。録音されていなくてもこれから酔った勢いで同じ話をされてしまうかもしれない。
ため息を吐きながらドアに向かって、頭突きをする。頭に突き刺すような痛みが走った。

めんどくさいので、電気を消して玄関で寝ることにした。
頭がぐるぐる回っていていたが、混濁の渦に意識を置いているとすぐに眠くなった。

しかし、目が覚めた。部屋の中から物音が聞こえたのだ。
ドンドン、という音は流し台の下、さっき山川が背中をつけていた場所から発せられていた。
猫でも入り込んでいたのだろうか?立ち上がって、電気をつける。
まだ音は続いていた。おそるおそる手を伸ばし、流し台の下の扉を開ける。

「……」
絶句した。ここにいるはずのない存在がいたことに。
なぜ流し台の下にいるのか、理由がまったくわからない。
さっきのやりとりを聞かれていたことは当然聞かれていたはず。無性にさけびたくなった。
しかし、その人が持っているものが包丁であることがわかって、叫ぶ気は失せた。
「さつき姉、何してんの……?」


101 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/06/03(日) 13:59:55 ID:biq4Qk+P
流し台の下にいたのは、さつき姉だった。口にハンカチをあてている。
僕が手を差し伸べると、さつき姉は手に捕まって這い出してきた。
ようやくハンカチを手から離すと、大きく深呼吸を数回して、僕に向き合った。
「早く気づいてよ! 流し台の下って臭いから息ができなくて声は出せないし!
驚かせようとして入り込んだはいいけど狭いから出てこられなくなったし!」
「いや、隠れる必要もないでしょ。……って、いつからいたの?」
「惣一が帰ってきたとき。声が聞こえてきたから、咄嗟に隠れたのよ」
「どうやって部屋に入ったの?」
「鍵、開いてたわよ」
「なるほど……」

思い出してみると、今日は部屋を出て行くときに鍵をかけなかったかもしれない。
さつき姉の着ている服は白いブラウスとジーンズだったが、上下共に黒く汚れていた。
さつき姉は右手で髪をいじって、汚れをチェックしている。
そして、左手には包丁が握られている。

「ねえ、なんで、包丁を持ってるの……?」
「え、それはもちろん山川さんを……」
「え」
「じゃなくて、暗闇に不安になったから握っちゃったのよ。防衛本能よ、防衛本能」
「あっそ……」

頭をかきながら俯いて、ため息をひとつ。まったく人騒がせな。
だいたい、なんで僕の家に来てるんだ?恋人の家にいるはずじゃないのか?
「さつき姉、恋人は?」
「恋人? ……あーあー、あれね……うふふ」
「なに、その勝ち誇ったような笑顔は」
「う、そ」
「う、そ?」
「あれね、お母さんに頼んで一芝居うってもらったの」

えっと、つまり……恋人がいるっていうのは嘘?
僕が昨日あれだけ落ち込んだのは一体なんだったんだ。
いくらなんでも悪質すぎるいたずらだろう、これは。
「さつき姉、さすがにこれは僕でも……」
「ここに引っ越すとき、惣一は何も言わずにどこか行っちゃったでしょ?
その仕返し。どう? 同じことをやり返された気分は」
「……返す言葉もございません」
満足そうな笑顔でうなずくさつき姉。
僕はさつき姉の笑顔を見て、からからになっていた心が潤っていくのを自覚した。


102 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/06/03(日) 14:01:52 ID:biq4Qk+P
「結果としては、成功だったかしら。惣一は正直になったみたいだし」
「なんのことを言って…………あ」
今度こそ、僕は凍りついた。
僕は山川との会話で、さつき姉への気持ちを口にした。
そしてさつき姉は流し台の下にいて、それを聞いていた。
頭を抱えて座り込みたい。床を突き破って一階に下りて住人に謝って逃げ出したい。
顔から火が吹きそうだ。流し台の下に隠れたい。

「私のこと、好きなんでしょ?」
知っているくせにあえて言わせようとするさつき姉。
微笑んで、僕の言葉を待っている。
恥ずかしいけど、僕は言うべきなんだろう。
「うん。僕は……さつき姉のこと…………好きだよ」
面と向かって言いたいが、首が重くて持ち上がらない。
床に向けた視界の中に、さつき姉の足が現れて、白い腕がすぐ目の前に来た。
呆然とする僕の体を、さつき姉が抱きしめた。
耳元で、さつき姉の口から小さな呟きが漏れる。

「私も、もちろん惣一のことが好き。もちろん、1人の男として」

何を言われたか、わからなかった。
だって、さつき姉が僕のことを好きだ、って、今……。
「やっぱり気づいてなかったわね。今さらだけど、ここまで鈍いとは」
「だって、さつき姉他に好きな人がいるって、昔」
「あのね……昔からずっと一緒にいるのは、惣一だけでしょ。他に居た?」
過去の記憶を全て振り返る。そして出た結論。
「居ない、ね」
「ちょっと考えればわかりそうなものだけど。あの時はっきりと言っておけばよかったわ。
でも、いいか。結果としては、上手くいったんだから」

さつき姉の腕に力が込められた。僕は、より強くさつき姉を感じられた。 
上手く動かない手を動かして、ゆっくり、壊さないように抱きしめ返す。
くすぐったかったけど、離れる気にはならなかった。ずっとこうしていたい。

「そうだ、惣一。罰ゲームのことだけど」
「うん」
「罰ゲームとして、惣一には私と結婚してもらうから」
……なんだって?
「けっ、こん?」
「そう、結婚。これでずぅっと、一緒に暮らせるわね」
嬉しさと驚き。思考が停止するかと思いきや、逆に冷静になってきた。
自分はまだ大学一年生であること、さつき姉とは離れて暮らしていること、
親御さんへ向けた挨拶の言葉、自分名義の銀行口座の残高。
それら全てを同時に考えていると、さつき姉が僕の耳元に口を寄せた。
溢れる感情を堪えきれないのか、さつき姉は涙声でこう言った。

「絶対に、離さないからね」


103 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/06/03(日) 14:03:10 ID:biq4Qk+P
今回は投下終了です。
次回はエピローグのようなものになります。

104 名前:すりこみ[sage] 投稿日:2007/06/03(日) 14:11:45 ID:SM4FyFt7
投下します。

105 名前:すりこみ[sage] 投稿日:2007/06/03(日) 14:12:58 ID:SM4FyFt7
手の中でそれはゆっくりと潰れていく。
ぐちゅり…ぐちゅり…
奇妙な音を立てながらそれはもがいていた。
手の中から逃げたいのだと。
死にたくないのだと。
まだ死にたくないのだと訴えるように。
しかし運命は変わらない。
ぎゅっ…
指先に力を更に込める。
ぷち…ぷちゅ…ぷち…ぷちゅ………。
行き場を失った体液が内側から溢れ出す。
それはまだもがいていた。
助けて欲しいと懇願するかのように。
何故死ななければならないのだと嘆くように。
やがて、それの時間はゆっくりと止まっていく。
ゆっくりと…ゆっくりと…
まるで電池の切れかけた時計のように。
やがて完全にそれが動きを止めた時、手のひらは
汚らしい害虫の体液で汚れていた。

「どうして…どうして……嘘…だろ?…」
潰れた害虫をゴミ捨て場に向けて指先で弾き飛ばすと、夏海は背後から聞こえる兄、春樹の声に振り返った。
「あ、お兄ちゃん…どうしたの?こんな時間に…ゴミなら出しておいてくれたら私が出したのに……あ、もしかしてお腹が空いたの?じゃぁ手を洗ってすぐにお夜食作るね?」
自分の汚れた手を見られるのが恥ずかしいのか夏海は両手を慌てて後ろに隠し、いつもと変わらぬ笑顔で兄に微笑みかけた。
「…なんで…なんでなんだよ……ぅ…うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「え?お兄ちゃん…どうしちゃったの?気分悪いの?」
今にも吐き出しそうな表情で叫びながら春樹はその場に膝から崩れ落ちた。
夏海は自分の身体を一瞥した。
服も顔も手も指も足も靴も汚れていた。
そんな汚れた手や服で兄の身体に触れるのは躊躇われたのか、目の前にしゃがみ込み心配そうに兄の顔を覗き込んだ。

季節は初春。夜風はまだ冬の名残を残し、時折吹く風が体温を奪う。


106 名前:すりこみ[sage] 投稿日:2007/06/03(日) 14:13:48 ID:SM4FyFt7
「こんなところでじっとしていたら風邪引いちゃうよ?ね、家の中に入ろ?」
夏海の言葉にようやく我に返り、視線を上げゴミ捨て場を見据えると春樹は狂ったようにゴミ捨て場へと走り出した。
「お…お兄ちゃん?」
「くそっ…くそっ…くそッ…くそぉぉぉぉ!!」
春樹は全身をゴミで汚しながら狂ったようにゴミを掘り起こす。
穢れた害虫が這い回り飛び回る中、そんなものなど眼中に無いかのように一心不乱にゴミを掘り起こしていた。
そして、ようやく動きを止めると、呆然とそのゴミを手に取り見つめる。
「うわぁぁぁぁぁ!!!!!!!うぅあああぁぁぁああああ!!!!畜生…畜生!!」
ゴミを抱きしめ呪いの言葉を狂ったように吐き続ける兄に駆け寄り、後ろから必死に抱きしめる夏海。
「やめてよ!お兄ちゃん。汚れちゃうよ…服…汚れちゃうよ?…こんな汚いところに居ちゃ駄目だよ…お兄ちゃん…ね?お兄ちゃん…お風呂は入ろ?私…背中流してあげるから」
「夏海…お前…お前…っ…!!!」
…ぷち…ぷち…
春樹の口元から赤い血が頬を伝う。
ぽたり…とかすかな水音が聞こえる。
ぽたり…ぽたり…
「お兄ちゃん…血が…」
夏海はまるでそうするのが当たり前だと言うかのように、舌先でそれを舐める。
丁寧に…丁寧に…
一滴たりとも溢さないように丁寧に血を舐め取っていく。
ぴちゃ…ぺちゃ…
まるで猫がミルクを舐めるように。
舌先は気がつけば唇の傷痕をなぞっていた。
夏海は恍惚とした表情でそこから溢れる血を舐め続ける
やがて名残惜しそうにその舌先がゆっくりと唇から離れる。
二人の間にかかる架け橋…
春樹は両目を見開きそんな夏海を見つめ続けた。
そこにはいつもと変わらない優しい笑みがあった。
本当に兄の身を案じてくれている、いつもの優しい笑みがあった。

その足元に横たわる人形…どす黒い色に染められた人形。
もう、動くことの無い壊れた人形が…壊れた瞳で春樹を見つめていた。


107 名前:すりこみ[sage] 投稿日:2007/06/03(日) 14:14:38 ID:SM4FyFt7
投下完了です。
一応続く予定です。

108 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/06/03(日) 17:41:59 ID:fyK5x0IR
>>104-107
(((;゚д゚)))GJ!

109 名前:名無しさん@ピンキー[] 投稿日:2007/06/03(日) 18:10:44 ID:5dcURk8p
>>103
GJ!ハッピーエンドで良かったw

110 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/06/03(日) 20:39:31 ID:j3WZZpLi
>>103
GJ!
でも惣一がさつき姉の病みに気付かないままくっついちゃったわけか
ヤンデレに鈍感で対抗するとは……惣一、恐ろしい子!

>>107
妹だけじゃなくてお兄ちゃんもなにか怖いよ((( ;゚Д゚)))ガクブル
詳しい状況が知りたい……続きを待ってまつ!

111 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/06/03(日) 22:50:28 ID:biq4Qk+P
投下します。エピローグです。

112 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/06/03(日) 22:51:12 ID:biq4Qk+P
今日は12月24日。クリスマスイブ。
僕が通う大学は今日から冬休みに突入した。
帰り道で近くのスーパーに寄って食材を購入し、ケーキ屋で予約していた
クリスマスケーキを持って、僕は自宅にたどり着いた。
住んでいる場所は、春から住んでいるアパートから変わりない。
実を言うと、さつき姉と初めて結ばれた夏休み、僕は窮地に立たされた。

さつき姉に、大学を中途退学してくれ、と言われたのだ。
さつき姉の言い分によると、夫婦は同居するのが当然であり、別居など許される
ことではない、とのことだった。
僕は当然、反対した。僕はまだ大学で文学を学びたかったし、なにより親の目もあった。
文学部という就職に有利ではない道を選ばせてくれた両親の期待に、僕は応えたかった。
小説家を目指しているわけではないが、それでも大学中退だけはしたくない。
僕がさつき姉にそう言ったら、さつき姉は条件付きで応じてくれた。

さつき姉から出された条件は、3つ。

まず、婚姻届を提出すること。
これに関しては僕自身さつき姉と結婚できるということに浮かれていた部分もあり、
すぐに条件を呑んだ。
さつき姉が、後は僕の印鑑を押すだけ、というところまで記入済みの婚姻届を
取り出したときにはさすがに驚いたが。

次の条件は、さつき姉が大学卒業したら同棲すること。
これは僕にとって願ってもない条件だったので、了承した。
どうやらさつき姉は夏休み前に、僕の住む町の企業で内定をとっていたらしい。
最初から僕と住むことを目的にして選んだらしく、僕は正直言って嬉しかった。
夏休み以前から僕の住所を知っていた、という部分に僕は首を傾げたが。

最後の条件は、毎日の朝昼夕、電話をすることだった。
夫婦が連絡を取り合うのは当然ということらしい。
これに関しても、僕は条件を呑んだ。もとより反対する理由さえなかったが。

僕は携帯電話を取り出して、さつき姉へ夕方の連絡をすることにした。
アドレス帳からさつき姉の番号を呼び出して、通話ボタンを押す。
1コール、2コール、3コール、と待っても出ない。
さつき姉にも忙しいときがあるのだろう。
僕は電話を切って、料理を始めることにした。
今日のメニューはさつき姉の要望により、鳥のから揚げを作ることになっていた。
クリスマスの時期は鶏肉は安く売られている。
僕自身から揚げが好きなところがあり、大量に買い込んでしまった。

鶏肉を適当な大きさに切り、味付けをして、卵と片栗粉の中にとおす。
全部の鶏肉の下準備を終えて次の手順に移ろう、としたとき。
「きったがーわくーん、開けてーー」
という、友人であり恩人でもある山川の声が聞こえた。


113 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/06/03(日) 22:52:17 ID:biq4Qk+P
ドアを開けると、山川が片手にケーキ屋の箱を持って立っていた。
僕にケーキの入っている紙箱を渡すと、部屋にずかずかと踏み込んできた。
疑問に思ったことを、聞いてみる。
「なんで山川がここに? 今日は彼氏と過ごすんじゃなかったのか?」
「そのつもりだったよ。だったん、だけど……」
山川が肩を落として、絵に描いたようにしょんぼりとした。
まるで、遊園地に行く約束をしていたのに、父親に約束をすっぽかされた子供のような仕草。
もしかして、また……。

「昨日、アパートの階段で転んで骨折してね。今入院中」
「……それは、また。不運なことで……」
「ああ、なんで大切なイベント前には彼氏と一緒にいられないのかな。
しかもどうしていつも北河君と一緒にいるんだろ」
「それは山川が僕のところにくるからだろう」
「だって、他の友達は皆恋人と過ごすとか言って会ってくれないんだよ!
そしたらもう、北河君の家に来るしかないじゃん!」
「僕も皆と同じなんだけど」
「ああ、そうだったね。綺麗な奥さんと2人っきりで甘い言葉をささやきながら食事して、
とびっきり甘い言葉を交わしながら抱き合うんでしょ! ふん!」

山川はそこまで言うと、浴室へ入っていって、扉を閉めた。
扉の隙間から飛び出した手が、服と下着を床へ放り投げる。
水音が聞こえてきたので、山川を放っておいて調理を再開することにした。

フライパンに油を入れて、火を点けようとしたときだった。
マナーモードにしたままの携帯電話が振動して、着信を報せた。
取り出して、携帯電話の画面を見る。さつき姉からの電話だった。
通話ボタンを押して、電話に出る。
「あ、惣一? ごめんね、電話に気づかなくって」
「いや、気にしないで、さつき姉」
「……訂正」
「あ! ごめん、えっと、その…………さ、さつき」
電話の向こうから、キャー、という甲高い叫び声が聞こえてきた。
ちなみに、さつきと呼ばないとさつき姉は怒る。目の前で口にしたらまず手が飛んでくる。
鼻先をかすめて拳が振るわれるので、僕にとっては死活問題である。
心の中ではまだ、昔のままの呼び名だけど。


114 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/06/03(日) 22:52:53 ID:bDuOAIf3
>>103
ヤンデレをハッピーエンドにもっていけるとは…まさに神!
激しくGJでした!
エピローグもwktkしてお待ちしてます!

115 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/06/03(日) 22:53:56 ID:biq4Qk+P
「惣一、頼んでおいた食べ物は買ってきた?」
「うん、おかずもケーキも、全部買ってきた」
「よしよし、後はメインディッシュの到着を待つのみ、というところね」
「あはは……」
この辺りで、いったん通話を終えようとした時だった。

「北河君、バスタオルとってーー!」
浴室の扉から頭を出した山川が、僕に向けてそう言ったのだ。
僕はバスタオルをとって、山川を見ないようにして渡した。
一連の動作は、まったく自然に行うことができた。無意識のうちの行動だったと言っていい。
だから、気づいたときには遅かった。
さつき姉と電話が繋がっていることを忘れていたのだ。

「……ねえ、あなた?」
「な、何かな?」
電話の向こうから聞こえてくる声が、耳に痛い。
かといって耳をそらせば何か物騒なものが飛んできそうで、動けない。
「赤と白だったら、どっちが好き?」
「えっと、あの、これは……」
「じゃあ、パンクしたタイヤと絞り切られた雑巾なら、どっちが好き?」
「さつき、ごめ……」
「あら、つぶれたトマトの方が好き? わかったわ、準備するから家で待っててね」
僕が何か言おうとする前に、さつき姉は電話を切った。
「ふー、いい湯だった。北河君も入ったら?」
無邪気な山川の声。僕は反射的に頷きを返した。

申し訳程度に存在する台所の窓から、空を見る。
時刻は7時を過ぎていて、空には星がいくつか光っていた。
雪が降りそうな天気ではないけど、空気は冷えて、乾燥し、風が吹いていた。
窓から入り込んだ風を受けて、僕は少しだけ震えた。

思い出すのは、今年の夏のこと。
去年までの夏の暑さは覚えていないけど、今年の夏の暑さは覚えている。
初恋の人と再会して、勝手に失恋して、その後で告白してOKをもらったこと。
それらを思い出すと夏の暑さまで一緒に思い出せる。
思い出した夏の暑さと比べて、僕に吹き付ける風は嘘みたいに寒かった。
出来ることなら、来年の夏を無事に迎えたい。

さつき姉――訂正。本名、北河さつきと一緒に。



116 名前:向日葵になったら ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日:2007/06/03(日) 23:02:31 ID:biq4Qk+P
向日葵になったら、全話投下終了です。

書いていてこれってヤンデレか?とも思いましたが、皆さん認めてくださってありがとうございました。
タイトルですが、向日葵の花言葉「私の目はあなただけを見つめる」が元です。
だからストーカー女にするつもりでした、本当は。
ストーカーを書くには私にはまだ力不足だったようです。
この経験をもとに、またいろいろやっていこうと思います。

では皆さん、2週間ばかりお付き合いいただき、ありがとうございました。

ノシ



117 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/06/03(日) 23:08:39 ID:EjunvShC
リアルタイムktkr

とりあえずGJ。
ストーカー女の話も期待してます

118 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/06/03(日) 23:09:20 ID:bDuOAIf3
>>116
リアルタイムGJ!&割り込んでしまい大変申し訳ありませんでした!
リロードしなかったからリアルで遭遇してたことに気づかなかった…吊ってきますorz
でもとにかくGJでした。
大変楽しませていただきました。
また機会があったら投稿キボンです。
個人的にはこのスレ以外に「向日葵になったら」のその後を書いてほしかったりします。
とにかくGJ&お疲れさまでした!

119 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/06/03(日) 23:10:28 ID:ddgjewh2
>116
ヤンデレと鈍感のコラボレーションが凄かったですww

でも……あなたは嘘吐きね。 本当は恋人の所に行くんでしょ?
私絶対に許さないから。 あなたはここで私にSSを書くの。…・・・ずっと一緒にね。


120 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/06/04(月) 00:03:00 ID:A9hrg/YS
>>116
超乙っす!
作品を完結させられる職人さんは尊敬します。
その上面白いんだから言うことなしです。
次回作があるなら超期待してます。

121 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/06/04(月) 00:52:11 ID:Tu+LtT+k
ぐらり、と大きく斜面のほうへ自転車ごと傾いた松本君はあっけないほどに、そのまま斜面を転がり落ちていった。
自転車の破損のために、彼は坂を転がり落ち、分解していく私の電気自転車がいくつかに分解し、その一部が松本君の体のあち

こちを強く打ちすえ、鈍い音がする、阿鼻叫喚の地獄絵図―。
つい先程まで談笑していたであろう、松本君の変事は私にとっては雷に打たれたような衝撃であった。
私に優しく接してくれた、私の特別な、松本君が死んでしまう!!

「いやああぁぁぁぁああぁぁぁぁ!!」
自分でもこんな大声が出たのか、とびっくりするくらいの声を張り上げていた。
そして、その声を上げ終えた後、へなへなとその場に座り込んでしまった。
私は周りには誰もいないから、どんな大声を出しても無駄だと言うことに気づかなかった。
でも、私だけの松本君が、こんなひどい目に遭っているのにもかかわらず、ただ立ち尽くして叫ぶだけで私は何もできなかった事

実は変わらない。

122 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/06/04(月) 00:54:15 ID:Tu+LtT+k
頬を涙が伝って、とめどなく零れ落ち、地面に水溜りをつくっていく。
私のサンドイッチや羊羹をほめてくれた彼が、私の長い黒髪をきれいだね、とほめてくれた彼が、
クラス内で誰一人として私を理解してくれないときも、私を理解しようと努めてくれた彼が、
私の家で私のくだらない話を聞いてくれた彼が、図書室の仕事を手伝ってくれた彼が、どんなときでも私の心の中心を占めていた彼が、いなくなってしまう。
あんなに苦しい思いをする彼が可哀想で、その苦痛をかわって受けることすら出来ない私自身が不甲斐なくて。
そう、私のせいで彼は死んでしまうのだ、私のせいで死んでしまうのだ、私のせいで死んでしまうのだ、
私のせいで死んでしまうのだ、私のせいで死んでしまうのだ、私のせいで死んでしまうのだ、
私のせいで死んでしまうのだ、私のせいで死んでしまうのだ、私のせいで死んでしまうのだ、
私のせいで死んでしまうのだ、私のせいで死んでしまうのだ。
私はいつも澄ましているが、こんな肝心なときには何にもできない役立たずではないか。
こんな役立たずのせいで、松本君が死んだら私はどうするの?役立たずどころか、私のせいで彼を殺してしまったようなものだ。
学校で私は人を殺してはいけないということすら習っていなかったのだろうか?
それにしても、彼が死んでしまったらどうすれば?すぐに首をくくるなりなんなりして、
後を追って死ぬべきなのか、それとも壊れた人形のように松本君のことを後悔し続けながら、
生きているのか死んでいるのかわからないようになるべきなのか・・・。


123 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/06/04(月) 00:55:21 ID:Tu+LtT+k
・・・・・・・・・否。
何を私は言っているのだろうか?
そんなことは愚問以外の何物ではない。
松本君の後を追う、追わないは別としても、彼が死んでしまうという前提の上で考えているのに違いはない。
そんなことで何が、掌中の珠だ。最大限の努力をしてから死ぬことは考えればいい。
とにかく、いつものように冷静になれば何かが見えてくるはずだ。この程度の困難を乗り切れずに、
私が今までの茨の人生を渡ってこれたなどとは考えられない。そう、松本君は、最愛の彼は、絶対に助けられる。
さっき私が倒してしまった自転車のかごに入っている、バックの中から携帯電話を取り出す。
とにかく、救急車を呼ぶのだ。そうして、病院へ一刻も早く搬送する。現在の彼の状況を電話の相手に伝えなければならない。
だから、そろりそろりと自分も坂を転がり落ちていかないように慎重且つ急ぎ足で土手を下りていった。
転がり落ちた彼は出血がおびただしく、草むらに血溜りをつくっていた。しかも、気絶していて意識はない。
そっと耳を松本君の口に近づけてみると、呼吸はしているようだった。
ぶるぶると震える指で携帯のボタンを押し通報した。

124 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/06/04(月) 00:56:41 ID:Tu+LtT+k
数分後に到着した救急車に担架の上の松本君を乗せ、私もそれに付随しては救急車に乗った。
救急車内ではこの時点でできるありとあらゆる応急処置が松本君に施されていた。
どうか、松本君、私の前からいなくならないでほしい、そういう気持ちが強くて、
私は彼の手を握り締めた。
「近くの病院は折り悪く、手術中で搬送できない。」
「な、何?患者の状態を考えると、これは厄介だ・・・。」


そんな不穏なやり取りがあって、私は居ても立ってもいられなくなり、携帯電話に十桁の番号を入力した。
「・・・もしもし、北方貿易会社ですが、どちら様でしょうか?」
「北方時雨です、父の利隆に電話を至急かわりなさい。」
「・・・しかし、会長は現在、立て込んでおりまして、不可能です。」
下らないところで時間が取られたのでは、本当に松本君は死んでしまう。そんなことは許されるはずがない。
「・・・・ふざけないで、すぐに替わりなさい!お父様の用事が何だというのですか!
人一人の命がかかっているのだから、すぐに取次ぎなさい!!!」
「は、はい、わ、分かりました。」

125 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/06/04(月) 00:58:03 ID:Tu+LtT+k
「時雨。何があったのか、いつも通り落ち着いて話なさい。
取次ぎに来た女の子がいささかびっくりしていたようだ。」
そんなに悠長に構えているのが、差し迫っているこちらとしては無神経に感じられたが、
気を取り直して手短に松本君の怪我と、受け入れる病院がないことを話した。
「ほう、なるほど、あの松本君がそんなことに遭ったのか・・・。」
「お父様、そんな事を言っている余裕はもうないので、お願いしたいことがあるのですが、
この近くにお父様と親しくしている病院がありましたよね?」
「うん、時雨が言わんとすることは分かっている。手配して、すぐに彼に手術を施させよう。
それよりも、時雨。もう少し落ち着きなさい。お前が落ち着いていれば必ず松本君は助かるよ。
彼が意識を取り戻したときにお前がそんなに、世界の終わりが来たように取り乱していては、彼も心が落ち着かないというものだよ。」
「・・・・。」


126 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/06/04(月) 00:59:57 ID:Tu+LtT+k

その頃、松本理沙は居間で妙にそわそわするのを読書でごまかしながら、これからかかってくるであろう一本の電話を待ち続けていた。

普段は気にならない、時計のカチカチという時を刻む音が、落ち着かない私の心を一層かき乱してくる。
読書をして気を紛らわそうとしても、あまり効果がないのは私が普段、あまり読書をしないからなのか、
それともこれから来る電話を焦燥感に駆られながら、待っているからなのだろうか。
そんなにも、矢も楯も堪らずに私が何を待っているか、というと・・・。

ある一匹の雌猫についての不運な知らせを待ち望んでいる。

もうちょっとだけ具体的に言うと、自転車の事故が起こったよ、という連絡を待っている。
何でそんなことが予言できるかは、もちろん、私があのお高くとまった鼻持ちならない人の自転車に細工を施したから。
引き立て役の分を知らずに、私だけのお兄ちゃんをたぶらかして、
横取りして自分の穢れた欲望のためにお兄ちゃんを弄ぼうとしていたというのが理由。
いや、寧ろ既にお兄ちゃんは私の至らなさ故、とも言えるが毒牙にかけられていた。でも、そんな事をされて黙っているわけがないよね?


お兄ちゃんが昔、私に読み聞かせてくれた本の中に、こんな言葉がありましたよね?
“カエサルのものはカエサルに”
この世のものはすべからく、本来あるべきところになければならない、という至極当たり前だけど、含蓄のある言葉。
お兄ちゃんに教わったとおり、お兄ちゃんを私の隣に戻すために、あの雌猫に警告の意を込めて、
自転車に細工した。あの細工の仕方だと自転車がばらばらになるから、かなり痛いかもしれないけど、
今までやってきたことを贖うことを考えれば、慈悲深いよね。
それに、ああいうふてぶてしい性格だから、そう簡単に死ぬわけがない。
お兄ちゃんの目の前で、流血があるのは少し嫌だったけれども、これが一番ストレート且つ効果的な方法だから我慢してね、お兄ちゃん。

127 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/06/04(月) 01:01:39 ID:Tu+LtT+k
あはは、でも怖がっていてるお兄ちゃんを慰めてあげるから心配いらないよ?
そんなことなんて問題にならないくらい、いっぱいいっぱいお兄ちゃんを愛してあげるから、
余計な心配はさせない。
もちろんだれにも、当然両親であろうと無粋な邪魔はさせない。
あはは、お仕置きといっても、生成している薬品のモニターが少し増えるだけだけど。
もちろん、その薬品は一度飲んだだけであの世へ誘ってくれる薬、だけど。
お兄ちゃんだって、家に帰ってきたら私の願い事を聞いてくれるって、言ってたのだから、
承諾は取り付けたようなものだ。
もう少しすれば、お兄ちゃんも悪い夢から覚めて、私がしたことが正しいって事、絶対に分かってくれるはず。
そうしたら、お兄ちゃんにあの優しいまなざしで褒めてもらえるかもしれない。頭をなでなでしてくれるからしれない。
それにしても、早く電話が来ないかな・・・。

そんなことを考えていると、電子音が二三、繰り返されたのに気がついた。
「はい、もしもし松本です。」
「あなた、松本弘行さんのご家族の方ですか?」
低いトーンの男の声がそんな事を聞いてきた。え、でもこの電話が病院からのものだとすると・・・
お兄ちゃんの家族かどうか確認するということは・・・・・視界が白けていくのが感じられたが、そうである、
とその男に返答した。
「ああ、妹さんでしたか。あなたのお兄さんの松本弘行さん、実は自転車破損と土手から転げ落ちたことによって重傷を負って現在、
緊急手術をしているので、ご家族の方にも病院に来ていただきたいのですが・・・。」
え、何をこの人はイッテイルノダロウカ?
そうでなければ、と思っていたことことが現実になってしまった。衝撃のあまり、医師がそれからいくつか補足説明を加えたり、
注意点を述べたりしていたようだったが、もうそんなことは何も聞こえなかった。そんな私には、その場に倒れるのを抑えるのが精一杯だった。

128 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/06/04(月) 01:02:55 ID:Tu+LtT+k

手術中、という物騒なランプが燈っている間、私は手術室の前で待機していた。
幸いにも、この病院は北方家の息のかかった人間が院長をしているので父に便宜を図ってもらい、すぐに手術させることができた。
私は父のことが毛虫のように嫌っているが、私のことを心配して仕事を擲(なげう)って、この病院にわざわざやってきてくれたので、
そこには素直に感謝したいとも思った。
長い長い沈黙とこみ上げてくる焦燥感と悲しみは必死に心の中に抑えこもうとしても、ため息になり、目頭が熱くなるばかりであった。

暫くすると、松本君の妹、あの害物が泣き崩れながらここへやってきた。
そのあからさまな泣き崩れかたに、嫌悪を感じた。
松本君を自分が振り回して苦しめていることを気づかないような醜悪な心の持ち主が、こんなときばかりは心から心配しています、
という面をして涙を見せる。
そのふてぶてしさにこの上なく不快感を感じた。
松本君はあの寄生虫が最近はおとなしくなってくれたとか言っていたが、そんなのは私を心配させないように取り計らってくれた心遣いだ。
その深い思慮からの心遣いが何気なくできることこそ、私が見た松本君の美徳の一つだと思う。
だから、必然的にあのふてぶてしい害毒はその本質を変えていない。むしろ、自分が正しいと狂信しているから、
あの涙はなんらかの計算があってのことだと思う。
そう思うと、自分の計算のために私の彼を利用する害毒の厚い面の皮を剥いでやりたい衝動にとらわれる。
その衝動の波を理性の防波堤で押しとどめ、再び思索をめぐらす。

129 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/06/04(月) 01:04:32 ID:Tu+LtT+k

少し落ち着いて考えてみると、いくつかこの事故には釈然としない点がいくつかある。
家を出発するときに、私は自転車に不調がないか二回調べたはず。
確かに私が彼のことを注意して、防ぐことができなかったとことも要因の一つかもしれないが、
自転車がバラバラになるというのは常軌を逸している。
私が確認したときには、全くと言っていいほど問題点はなかった。
確かに私が乗る自転車で、松本君が乗ることを想定していなかったからチェックが甘かったのかもしれない。
しかし、どう考えてもあれは人為的なものに違いないと思う。
でも、誰が?そして何故そんなことを?
・・・・。
・・・・・・・・。
私は何を言っているのだ?さっきまであれだけ憤っていたのに、害物の存在を忘れているなんて。
しかし、よくよく考えてみるとあの害物が細工を施したのは、私の自転車。
あれが、自転車を変えるという行為を予測できたとは考えにくい。
ならば、当初、あの邪悪な計算において松本君を標的としていなかったと考えることができる。
言い換えてみれば、自転車の所有者、つまり私、北方時雨を当初は半死半生の目に遭わせようとしていたに違いない。
つまり、私に対する殺意が運悪く松本君に大怪我をさせてしまった、そういう可能性も考えられる。

そうだとすれば、尚のこと、この害物は許すことができない大罪人。
あの害物には松本君の苦しみを身をもって味あわせてやる。
もし、松本君が後遺症が残ったら、拷問して、体が意のままにならない苦しみを植えつけて、それから殺してやる。
もし、最悪、松本君が死んでしまったら当然私も死ぬが、その前にあれを徹底的に痛めつけて殺してやる。
私に人間以下が殺意を持つこと自体、ふざけた話だがそれがよりによって松本君がその刃を向けられるなど、
その時点で死刑確定、冤罪なんてふざけたことは言わせない、裁判もいらない。
第一、私と松本君と共有する時間は誰にも邪魔させない。せっかく、彼と多くの時間を共にできるようになったのに、その幸せを奪うのは、誰であろうと何であろうと、ただでは済まさない。


130 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/06/04(月) 01:05:16 ID:Tu+LtT+k
どうやって殺そうかしら?

刺殺、絞殺、銃殺、毒殺、圧殺、扼殺、撲殺、轢殺・・・・生ぬるい。
生きながらにして四肢を切り落として、哀願するのを無慈悲に射殺するのもいいかしら?
家の地下牢で飢えに苦しませて餓死させるのも一興。
私の弓の的としてハリネズミのようにするのも楽しいかもしれないわね。
靴に火をつけて、童話の一説を再現するのも感興が尽きない。

でも、今回一番、悲惨だったのは私以上に松本君なのだ。
そんな、害物をどういう風に処分するかなんて、今は些事以外の何物でもない。
とにかく、彼の手術が成功裏に終わることだけを祈り続けるべき。
私の前にあの優しく接してくれる彼が現れるためなら、千金を積んだとしても惜しくはない。
だから、どうか、手術が成功しますように―。


131 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/06/04(月) 01:06:50 ID:Tu+LtT+k
落ち着かないリノリウムの壁に囲まれていたからか、それともその手術室前の空気が本当に重苦しいものであったからなのか分からないが、
その場所に私は立って、娘の友人の手術が終わるのを待っていられなかった。
私自身、松本君に対しては嫌悪どころか、好印象を持っていたのと、仕事はさほど急がなければならないものではないから、
あの手術が終わるのを待っていたとしても特に困ることはない。
しかし、どうしてもあの重苦しい空間から抜け出して、風に当たりたかったのだ。

ここは屋上だ。地方都市にも関わらず、私の会社が設立時に資金提供した病院で、無駄に背の高い病院なので、
視界を遮るものがない。何を眺めるわけでもないが、屋上から空の向こうをぽつねんと眺める。
まだ、昼の強い光が地上を照らし続けており、澄明な蒼穹にはいくつかのふんわりとした雲が浮かぶ。
心に浮かぶ暗澹とした黒雲をも取り払ってしまいそうな、清清しさも今の私には焼け石に水のようなものだ。

あの非社交的な時雨の唯一の友人であり、私が見たところ思いを寄せる相手だけに、
事故に対するあの悲しみ方は理解できないわけでもない。
彼女の信頼を置く人物とは、私でも妻でも、家の使用人でも、学校の先生方でもなく、
ただ唯一、松本君だけを指すのだから、極論で言うならば、彼は娘の全てだった。
それが目の前で無残にも失われてしまう光景を目の当たりにしたのだから、
あの悲しみ方でも、まだ娘は自分を統御しているのかもしれない。

132 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/06/04(月) 01:08:13 ID:Tu+LtT+k

しかし、私の仕事など松本君に比べれば些事だと言い切った時雨が、世界の終わりのように取り乱した時雨が、私が遥か数十年前に目にした、
妻の狂気と重なって見えてならないのだ。
私の深層部のどこかへと消えうせていた狂気の記憶が再構成され、走馬灯のように頭によぎり始めた。
また、松本君自身もあの若かりし頃の鈍感な私と、年こそ当時の私のほうが随分と上だったが、まる写しなまでにそっくりに感じられる。

松本君には悪いが、私の妻は死んでなどいない。しかし、現実に彼に告げたように精神は患っていた。
私はこの北方の家に婿に入ったのだが、もともとはこの会社の一社員だった私がこの北方の家と縁組できるはずもない身分だった。
しかし、大学時代から興味のあった歴史についての講座で義父さんと知り合って、結果的に妻の優衣と出会うことになった。
彼女は娘の時雨と同じように落ち着いていた人で、やや陰のある美しさが印象的であるのが昨日のことのように思い出される。

彼女が私に好意を持ち、私自身も義父さんと趣味の話をするために、わりと頻繁に北方邸を訪れるようになった。
そう、多少の違いはあるが今の松本君のように―。
当時、私は大学時代から付き合っていた女性がいて、私も彼女のことを愛しており、関係はかなり進展していた。
そのことを知った優衣は私を極力、彼女のところに行かせないようにした。
なぜそのようなことをするか当時の私には理解できなかったのが不幸としか言いようがなかった。
付き合っていた女性は最終的に事故死を遂げたのだ。
そのころには私を実の息子のように暖かく接してくれていた、義父さんは悲嘆にくれる私を慰めてくれた。
が、私はそこで見てしまったのだ。
優衣の禍々しいとでも形容すべき、悪趣味な笑みを。

133 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/06/04(月) 01:10:13 ID:Tu+LtT+k
当然、私は彼女を詰問し、事の真相を教えてくれるように頼んだ。すると、彼女は平然と自分が手を回したことを白状した。
怒りよりも呆然とするのが先立ってしまい、抜け殻のようになった私は彼女に捕らえられた、否、捕食された。
それからまもなく私は彼女と結婚し、北方の家に入った。
当然のことながら、私のような素性のわからぬものに対するバッシングはなかなかのもので、使用人にすら嘲笑われていた有様であった。
しかし、妻はそのように私を辱める者がいると誰であろうと容赦なく、苛烈に傷害を負わせ、ある時は殺し、私を自分だけの物として支配した。
私を支配するために、私に対して「お仕置き」と称して拷問を課すこともしばしばだった。
始終、私と同じく入り婿という境遇にあった義父さんは私の味方をしてくれたが、とうとう実の娘である優衣と対立し、
結果的に精神病院に送られ、かの場所で持病の内臓の病が悪化していた義父さんは尊厳死の名の下に、殺された。

妻は笑いながら、私の邪魔をするからいけないのだ、といっていた。
もはや、私にはなすすべもなく彼女に支配されるより他なく、仕事人間へと変貌していった。
血みどろの日々が続く中で、優衣に一人娘の時雨が生まれた。
時雨は私にとって唯一の心のオアシスであったが、妻は時雨にすら、私を奪うつもりではないのか、という疑念を抱き、
結果的に優衣は完全に発狂し、時雨は優衣から「しつけ」と称して、暴力をふるわれる日々をすごした。
問題が顕在化してから私は気づいたので、時雨は完全に私を信用しなくなってしまった。
その後、優衣は精神病院を盥回しにされていたが、相手先も困って家に戻ってきたので、最低限の従者をつけて、長野の別荘に静かに住まわせている。


134 名前:和菓子と洋菓子[sage] 投稿日:2007/06/04(月) 01:11:20 ID:Tu+LtT+k

その件があってから、すべてに絶望し、私は煉獄に身を置いた。そして私は家庭のことから目を逸らし続けてきた。
その結果として、時雨がああなってしまった。これは私に対する罪であることはわかっているつもりだ。
しかし、いまさらだが娘の時雨に、父親らしいことをしたいと思うようになり、昔の私である、松本君に私と同じ思いをさせたくないという気持ちがおこった。

だから、私は時雨の狂気と新たな悲劇をこの命に変えても回避してみせる。

そう決心すると、晴れているにもかかわらず、暗澹としたものと感じていた蒼穹が少しだけ心地よいものに感じられた。

135 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/06/04(月) 01:12:29 ID:Tu+LtT+k
六話終了です。
最初の方が読みにくくなってしまいました、すみません。
では、また。

136 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/06/04(月) 01:18:18 ID:6DIa0wjA
楽しみにしてます。

137 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/06/04(月) 01:18:29 ID:nQXPpt1R
妹よ……策士策に溺れる、という言葉をここまで体現してくれるとは。

松本君の無事を祈って、GJ!!

138 名前:すりこみ[sage] 投稿日:2007/06/04(月) 01:39:59 ID:APrSEPmV
投下します

139 名前:すりこみ[sage] 投稿日:2007/06/04(月) 01:42:39 ID:APrSEPmV
「お兄ちゃぁぁん…はぁ、はぁ…待ってよぉ」

人の姿もまばらで、時折ジョギングをしている老人ぐらいしか見かけない早朝の静かな通学路。日差しは柔らかくあたりは涼しげな空気に包まれていた。
その静寂を打ち破るかのような幼い声と駆けてくる足跡。
そんな声はまるで聞こえないかのように爽やかな景色の中を変わらぬペースで歩いていた。
「お兄ちゃん…歩くの早すぎるよぉ…はぁ、はぁ…もっとゆっくり…歩いてよぉ」
漸く追いついた妹の藤岡夏海はまるでマラソンを終えた後のように額から汗を流しながら、俺の顔を見上げるとにっこりと笑いやがるのだった。
「わざわざ走ってくる必要ないだろ。お前は別に急ぐ理由とかないだろ」
「はぁ、はぁ…だって…だって…」
こいつは昔からこうだ。親父が5年前にいなくなってからはそれこそ忠犬のように俺に付きまとってくる。俺の歩幅に追いつくために早足で歩いてくる。
そして俺と視線が合うとまるで散歩に連れて行ってもらって喜ぶ犬のようににっこりと笑いやがる。
「なぁに?お兄ちゃん」
「なんでもねぇよ」
何故だかこいつに微笑まれると胸の中がざわつく。こいつの笑顔が眩しければ眩しいほどいらいらする。
「おっ!夏海ちゃん、今日も早いねっ!」
バシン!!と俺の背中を平手で叩きながら、夏海に爽やかな声をかけているこいつは小泉八雲だ。
「てめぇ…毎朝毎朝ご苦労なこったな。」
「を、春樹もいたのかい?それは気がつかなかったなぁ」
「八雲先輩。おはようございます。」
「おはよう、夏海ちゃん。今日も可愛いね。」
「八雲先輩こそ、今日も元気ですね。」
「はっはっは、僕は元気だけが取り柄だからね。」
「そんなことないじゃないですか。昨日も1年の子にまたラブレターを貰って聞きましたよ。八雲先輩って1年の女子の間で人気があるんですよ?」
「はっはっは、そういう夏海ちゃんこそまた付き合って欲しいと告白されそうじゃないか。確かバスケ部の早瀬だったかな?」
「ど…どうして知ってるんですか?」
「ふふふ、僕の情報網を甘く見てもらっては困る。まぁ、種を明かせば早瀬から夏海ちゃんを紹介してくれと頼まれたのでね。だが、安心したまえ。きちんと断っておいたよ。」
夏海は少し困ったような表情でちらっと俺の顔色を窺うように見上げる。
くそったれ…確かにこいつは可愛い。
兄である俺が言うのもなんだが、いわゆる美少女というカテゴリーに属しているといっていいだろう。
昔はよく近所の悪がきどもがこいつをいじめやがったんだが、それもある意味あいつらの子供っぽい愛情表現だったのかもしれないとさえ思える。
実際、中学に入るようになって奴らの態度は変化し、ガキっぽい嫌がらせをするような奴はいなくなっていたが、
今度は夏海に付き合ってくれと告白するようになりやがった。


140 名前:すりこみ[sage] 投稿日:2007/06/04(月) 01:44:59 ID:APrSEPmV
「まぁ、もっともその様子だとまた断ったみたいだね。」
「え…、あ、…はい……」
夏海は こくん とまるで子犬のように押し黙ったまま頷いた。
「紹介を断った僕が言うのもなんだけど、早瀬は悪い男じゃないと思うんだけどね。
容姿はもちろん性格だって悪くない。スポーツも出来るし勉強も学年上位を常にキープしているし、
憧れている女子の数もそれは少なくないだろう。」
そういうお前だって性格以外は早瀬に負けてないだろうが…
道端の石を蹴りながら、小泉八雲という男の横顔を見る。こいつはまさに男版
「立てば芍薬(しゃくやく)、座れば牡丹(ぼたん)、歩く姿は百合(ゆり)の花」
を地で行く奴で、男ながらに美人とはどうなんだと思うのだが
そういう表現がしっくりくるんだから仕方が無い。もっとも、こいつの場合は黙っていればという条件がつく。
そう、こいつはとにかく女癖が悪い。二股どころか俺の知る限り六股をかけていやがる。いつか刺されるぞ…と思うのだが、
なぜかこいつの周りは殺伐とした雰囲気はない。それはこいつの能天気な性格によるものなのか、
複数の女性と同時に付き合っていることをこいつは隠さないからなのかは不明だ。
「僕は君だけを愛すことはできないけどそれでもいい?」
こいつの身勝手な回答は今では当たり前になっているが、一年の頃は、それは騒がしいものだった。それは二股をかけられることに耐えられなかった女子が泣き喚く光景なのだが、その結果今の六名に絞られていくための通過儀礼のようなものだったように思う。
だから、二年の頃には小泉八雲に告白するというのはハーレムへの参加が前提になっているという情報は学内に知れ渡っていたのだ。
しかし、こいつの奇妙なところはそんな状況になりながら同学年の男子にさほど嫌われていないという点にあった。こいつの人懐っこい性格と妙な付き合いのよさ
「あ、今日は春樹達と帰るから先に帰っておいて」
と、男友達を優先して付き合っている女たちを先に帰すのはよくある光景だ。こいつは男友達との用事を何よりも優先する奴だった。そして遊びに行くときは八雲の取り巻きの女たちが
カルガモ親子のようにくっついてくるのだが、八雲と付き合う女たちは八雲だけにべたべたすることをせずに満遍なくみんなと仲良くできるような奴ばかりだった。
中には八雲と別れてそいつと付き合い始めるような奴もいたが
「僕は去るものは追わず、来る者は拒まずだからね」
こいつに何事もなかったように平然と言われると何故だかむかっとくる。


141 名前:すりこみ[sage] 投稿日:2007/06/04(月) 01:46:32 ID:APrSEPmV
「誰か好きな人でもいるのかい?」
はっと、顔を上げて二人をみると、八雲のにこやかな笑顔と夏海の微かに赤らんだ表情とちらちらと俺の様子を窺う様子が目に入った。
「それは…いますよぉ………内緒ですけど。」
さらに耳まで真っ赤にし、指遊びをしながらそんな風に答えやがった。何故だか冷や汗が出る。くそっ…くそ…なんでこんなに胸がざわつくんだ。
「あははは、夏海ちゃんってわかりやすいなぁ。」
八雲は細い目を更に細め、何がおかしいのか俺の肩に手を置いて腹を抱えて笑い出した。
「ふん…付き合ってられるかよ。」
二人を置き去りにして早足で歩き始める。
「あ、お兄ちゃん、待ってよぉ…」
「はっはっは。おいおい、待ってくれよ。」
俺はそんな二人の声を無視して一人学校に急いだ。
くそ、今日は朝からついてないぜ。

まったく世の中って言うのは不条理に満ちているもんだと思う。
夏海や八雲に比べると俺の顔は贔屓目に見ても10人並。成績は中の下。唯一運動能力だけは人並み以上にあるが、それも子供の頃から続けている拳法と筋トレのおかげだ。
何気なく教室を見渡すとざわざわと喧騒が漂っており、そしていつものことだが何故か自分の周りの空間だけが一種の空白地帯になっているのを再確認する。
「おや、どうしたんだい?ずいぶんと疲れてるみたいじゃないか。」
そんな領域に無造作に立ち入ってくるのは、何も考えていない能天気な八雲だけだった。
「うるさい。朝のバイトで疲れてるんだよ…いちいち話しかけるな。」
「あっはっは、なるほど。貴重なHRまでの睡眠時間を邪魔しちゃってるのかな?」
「ふん…わかってるなら寝かせてくれよ。頼むから。」
「了解した。じゃぁ、手短に言うけど…」
にやり、と意味ありげな笑みを浮かべ
「春樹は彼女をどうしてつくらないんだい?」
八雲は珍しく真剣な表情でそんな突拍子もないことを言いやがった。
「親友の僕としては心配するわけだよ。ほら、僕たちは健全な青少年なわけだからね。恋の一つもするものだろう?なのに、
君といったらストイックを通り越して人と接することを拒んでいるようにさえみえる。
まぁ、君のことだからまさかとは思うが僕のことが好きで一途に貞操を守り通しているとかそういうことはないよね?
いや、もしかしてそうだったのかな?それなら春樹…早く言ってくれればいいのに。僕も春樹のことを…」
「それが遺言でいいのか?」
「あははは、まぁ冗談はさておき、どうしてなんだい?」
「…さてねぇ、あいにく俺はお前と違ってもてたことがないんでね。」


142 名前:すりこみ[sage] 投稿日:2007/06/04(月) 01:48:36 ID:APrSEPmV
「それは嘘だね。まぁ、我が妹の真剣な告白をカウントしていないならそうかもしれないが、君は断ったそうじゃないか。」
「………」
「君は香住に今は…付き合えないと言ったと聞いている。おっと、頼むから香住を責めないでくれよ?僕が無理やり聞きだしたんだからね。」
「………」
「いやいや、まぁ、香住は我が妹ながら出来た妹だと思うのだよ。身体の方はまた発展途上中だがあと2年もすればあれは美人になるぞ。僕が保障しよう。」
「そんな保証いらねぇよ。」
「まぁ、そう言うな。簡潔に言えばそんな可愛い妹が泣いて帰ってきたのだ。兄として何とかしてやりたいと思うのは当然のことだろう?」
「………」
「真面目な話だが、君は僕が兄だからといって香住と付き合えないと言う様な男じゃないことは僕が一番よくわかっている。
まぁ、君が特殊な趣味でないこともわかっている。
もっとも別に好きな相手がいるわけでないこともわかっている。そうでなければ、君は香住に「今は…」なんて言い方はしないだろう?
僕はそれが君にとっての現在における最上級の好意を示す言葉だと理解しているんだが…違うかな?」
「…何がいいたい。」
「端的に言おう、君が香住と…いや、別の女性とでもだ。付き合えないのは夏海ちゃんが原因なのかい?」
まるで名探偵のように、確信に満ちた眼差しで八雲は問い詰めてくる。こいつは別に俺の答えなんかを待っていない。こいつは確信して…いや、おそらく知っているのだろう。
知った上で俺にあのことを喋らせようとしている。その程度はわかる。
「どこまで…知ってやがる」
「そんなに怖い目で見ないでくれよ。僕は何も知らないんだよ。ただ、ある程度の予想はついているというだけなんだ。
もちろんこのことは誰にも言っていないし、今後も誰にも喋る気もない。もちろん香住にもだ。」
「………」
「君の反応を見るに夏海ちゃんが君に近づく女を許さないという噂はどうやら本当のようだね。
もっとも最近では君自身が敢えて女性を遠ざけているため、問題は起きていないというのが実情なようだけど…」
こいつも…そしてこいつの妹の香住ちゃんも恐ろしく鋭い。嘘をつけない相手に隠し事をしようと思えば沈黙しかない。だが、こいつや香住ちゃんはこっちが黙っていても心の中を見透かしたかのように理解しているように感じる。


143 名前:すりこみ[sage] 投稿日:2007/06/04(月) 01:50:08 ID:APrSEPmV
「わかりました…今は待ちます。私…先輩の言葉を信じてますから…」
そんな風ににっこりと微笑んだ香住ちゃんがあの後泣いていたのか…。
ちくりと胸が痛む。八雲の妹であるというのに香住ちゃんは兄とは違い、いや外面的には兄と同じく美人という形容以外が当てはまらないのだが、性格的な部分では兄とは大きく異なり、とても真面目な性格だった。
「私…心に決めた方がいるんです。…本当にごめんなさい。」
彼女はそういって数多くの同級生、果ては上級生からの告白を断り続けていた。
そして、その数が増えるたびに囁かれてきた噂
「本当にあの子好きな人いるのかしら?」
「さぁ?断るための口実なんじゃないの?」
「ふん…もったいぶっちゃってさ…何様のつもり?」
「男子もあんなのに騙されちゃってさ、みっともない」
「でも、あいつの好きな奴ってさぁ、案外…お兄様…だったりして」
「え~!禁断の兄妹愛?」
「私…お兄様のことが…、香住…僕も君のことが…ってあはははは、やばすぎるよね~」
女の陰口ってやつはどうしてこう陰湿なんだよ、と俺の握り締める拳が放たれる前に
「はっはっは、香住は確かに君たちと違い可愛い妹だが、残念ながら君たちと同じく僕の恋愛対象にはなりえないんだよ。」
まるで影の中からでも現れたかのように突如そこに現れたのは八雲だった。
その時の女どもといえば顔は引きつり、あの…とか、その…とか言い訳にもならない日本語を音飛びしたCDのようにただ発するだけだった。
だが、その誰もが八雲から視線を逸らしてはいなかった。
まるで逸らしてはいけないと知っているかのように…
八雲はほんの…ほんの一瞬だけ、俺の方に視線を向け
「それに香住には昔からの想い人がいるのだよ。なにせ僕とは違い控えめな性格だ。複数の愛を許容するほど器用な子じゃないのだよ。わかったかい?君たち」
普段から綺麗な顔のあいつだが、敵意をむき出しにした時のそれはさながら死神の死刑宣告のようだ。傍からみればいつもの笑顔だがその眼が笑っていない。
その眼は殺意を隠していない。
これは最後通告だよ?と、聞こえないはずの幻聴まで聞こえるようなあいつのあの目を見て逆らえる奴などいないだろう。
「動くと殺すよ?」
と、宣告されたにも拘らず動いてしまい、その手に持った凶器の餌食になった死体の隣で更に抵抗しようと勇気を振り絞れる奴がいるだろうか?目を逸らすことができるだろうか?
「言ったよね?殺すって」
そいつはどうでもよさげな顔で躊躇いなく殺した死体の前でそんなことを平然と告げる。
あいつはそういう奴なのだ。香住のためなら人を殺すことさえ厭わない奴なのだ。
それが俺にはわかる。あいつはそういう種類の人間なのだ。

「わかってくれたみたいだね。よかった。わかってもらえて…」
そんなにこやかな笑みを浮かべ、女どもなど最初からいなかったかのように俺のほうに向き直りゆっくりと歩いてくる。その表情はいつもの八雲に戻っていた。
女どもは今日のことを記憶の片隅に封印してしまうだろう。人に話すことなどおそらく考えまい。今、沈黙を代償に生きる権利を得た奇跡を喜ぶのであれば
沈黙と忘却以外の選択肢はあいつらには選べないだろう。


144 名前:すりこみ[sage] 投稿日:2007/06/04(月) 01:52:46 ID:APrSEPmV
そしてある日の放課後、香住は俺に告白してきた。
そしておれはその告白を断った。
その理由は八雲が推察するとおりだ。
夏海は俺に女が近づくことを許さない。
夏海は可愛い俺の妹だ。
だが、たった一つだけあいつがおかしくなるキーワードがある。
それは俺だ。

親父がいなくなってからの夏海は夜に一人でいると情緒不安定になった。
ある夜、俺が家に帰ると目に入ったのは荒れ果てた家の中だった。
泥棒でも入ったのか?そんな心配と同時に俺は夏海のことが気になった。
俺よりも先に帰っているはずの夏海の姿が見えなかった。
「夏海!どこだ!夏海!」
声を荒げて階段を駆け上り、夏海の部屋にノックもせずに飛び込む。
部屋の中は女の子らしい調度は少なく、相変わらず整理整頓が行き届いていた。そんなベッドの上に夏海の鞄を見つける。
…帰っている・・・
微かな安堵とともに訪れる焦燥感。じゃぁ、いま夏海はどこに居るんだ…どこに…
「夏海!どこだ!いたら返事してくれ!」
俺は狂ったように家の中を探した。そして台所の片隅で怯えている夏海を見つけたのだ。
割れた食器が散乱している床。そしてその片隅にうずくまる夏海の姿…
「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…
ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…
ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…」
小さくうずくまり、ただひたすらその言葉を繰り返す夏海。いったい誰に何に謝っているのか解らなかったが、
夏海はまるで壊れたラジオのようにただひたすらごめんなさいと繰り返していた。
その瞳は恐怖に彩られたまま虚空を見つめ、俺の姿も認識できていないようだった。
「大丈夫か?!夏海・・・しっかりしろ…!」
すぐさま傍に駆け寄り肩を抱きしめ、耳元で夏海に呼びかける。
「おにい…ちゃん?…」
呼んでいるのが俺だとわかると夏海は漸く安心したのか、迷子の幼児のように俺に飛びつき、
そして今度は「おにいちゃん」と言ってすすり泣くのであった…
落ち着いた夏海に訳を聞くと、
一人でいると何故だか怖いのだと…。
誰かが自分を見ているような気がするのだと…
俺がいるとその妙な視線は消えるのだと…
要領の得ない夏海の説明を俺は真剣に聞いた。
嘘をついているような様子はなく夏海は本当に怯えていたからだ。
そして夏海は俺から離れることを極端に嫌がった。
袖口をぎゅっと握り締め幼児のように駄々をこねるのだった。
そして最後には恥ずかしそうに、しかしすがる様な視線で俺を見上げて。
「ねぇ…一緒に寝ていい?」
そんなことを俺にお願いしてきたのだ。
だが、これは後から考えれば変な意味でもなんでもなかった。
夏海はその頃から夜は一人で寝ることさえ出来ない状態だったのだ。
その頃の夏海は寝るときも枕元に包丁を忍ばせており、
微かな物音に反応して包丁を手に起き上がっていたのだ。


145 名前:すりこみ[sage] 投稿日:2007/06/04(月) 01:54:49 ID:APrSEPmV
俺がそれを知ったのはある夜のこと。夜中に物音がするので夏海の部屋を見に行った夜のことだ。時間は深夜1時過ぎ。
なにやら夏海が叫んでいる。来るな・・・来ないでと。
俺はおそるおそるドアノブに手を掛け、隙間から中を覗いた。

ドン!!

という、音とともに目の前の木製のドアに出刃包丁が深々と突き刺さる。
その先には壊れた瞳の夏海が…逆手で包丁をドアに突きつけた姿勢のまま
俺を見上げていた。そしていつものような口調で言いやがった。
「なぁんだ…おにぃちゃんかぁ…よかった…間違えて…殺しちゃうところだった。」
安心した様子でにっこりと笑った夏海は突如、まるで操り糸が切れた人形のようにその場に座り込む。
それと同時に冷や汗が額から溢れ出す。もう少しドアを開いていれば…もう1秒ドアを開くのが早ければ
…もしも…
…もしも…
頭を振り、そんな想像を頭から振り払う。
なにやってんだ…俺は…
ドアを開き、手に包丁を持ったまま座り込んだ夏海の指に指を絡め包丁を奪い取る。
「お兄ちゃんを…殺しちゃうところだった…お兄ちゃんを…殺しちゃうところだった…」
瞳に涙が溢れるのと同時に夏海はようやく感情を取り戻したかのように俺に抱きつき泣きじゃくる。
「ごめんなさい…ごめんなさい……ごめんなさい…ごめんなさい…」
一体夏海は何をそんなに怖がっているのかは解らなかった。
だが、こんな夏海を一人にすることは出来なかった。
俺は夏海を抱きあげると自分の部屋に連れて行き、泣き続ける夏海にこう告げた。
「夏海。今日からは俺が一緒に居てやるから…ずっと一緒にいるから…それなら安心して寝れるか?」
こくん
夏海の小さなアゴが小さく頷く。
その日から俺は夏海と同じ布団で寝るようになった。

夏海はそれ以来、昔のように落ち着きを取り戻した…様に見えた。
なにも変わらない毎日。ありふれた日常。
夏海が家の中では今まで以上にべったりとくっついてくるようになった
…それ以外は昔の平和な日常だったのだ。
「えへへへ…こうしてると、なんだか新婚さんみたいだね。」
そんな夏海の他愛の無い言葉も元気になった証拠だと俺は笑って眺めていた。


146 名前:すりこみ[sage] 投稿日:2007/06/04(月) 01:57:12 ID:APrSEPmV
「駄目~!絶対に駄目だからね!母さんはそんなこと絶対に許しませんからね!」
珍しく真剣な表情で大反対しているのは俺の母親…といっても義母の藤岡晶子だ。
そうだ。夏海は母さんの連れ子で俺と夏海は本当の意味での兄妹(きょうだい)ではないのだ。

その当時、母さんは親父がいなくなって昼だけでなく夜も働かなければならなくなっていたのだ。
その当時の母さんはどうみても10代後半にしか見えず…いや、今でも20代前半にしか見えないのだが
「当店は20歳未満の方はお断りしているんです。」
そう言われるたびに頬を膨らませて免許証を提示しなければならなかったそうだ。。
実際、俺も何度も一緒に買い物に出かけて姉弟(きょうだい)に間違われたもんだ。
そんな母さんも職が決まり、帰宅が深夜二時から三時頃、それから家事や家の片付けをする生活が始まっていた。
母さんが寝る頃には夜が明け始めているなんてことは珍しいことではなかった。
そんな母さんの姿に俺は母さんに学校を辞めて働くことを告げた。
母さんだけが苦労するのは筋が違うと思ったから。少しでも母さんの力になりたいと思ったからだ。
しかし母さんは俺の言葉を聞くや否や大反対したのだった。
俺がいくら食い下がっても
「なら、せめて高校だけは出ておきなさい。働きたいのならそれからでも遅くは無いから…ね?」
と、妥協案を示し、最後には
「母さんにもそれぐらい…親らしいことをさせて頂戴♪」
そしていつものようににっこりと微笑むのであった。
この微笑みは母さんの
「これ以上は絶対に譲らないからね?」
という意思表示で決して自分の意見は曲げないという決意表明なのだ。
そんな頑固なところは夏海にきっちりと遺伝されており、改めて二人が親子だと感じる瞬間でもあった。
結局、母さんを説得して中退して働くことをあきらめた俺は、せめて今の自分にできることをしよう。それからはじめようと考えたのだ。
「夏海、親父がいなくなった分、俺たちで母さんを支えるんだ。いいか?夏海。二人で家の事とか自分たちでできることはやっていこう。」
夏海はそれを聞くと目を輝かせ、俺の胸に飛び込みにっこりと笑った。
「うん、お兄ちゃんといっしょなら…夏海は頑張れるよ♪」
そういうこともあってから俺とあいつで家のことを見るようになっていた。
夏海が料理担当。俺は主に清掃担当。
夏海はそういった家事を喜んでやるようになっていた。朝は早くお弁当と朝ごはんを用意し、学校帰りに食材の買出しに行く。
それまで引っ込み思案だった夏海が家事をするようになってから元気になった様子に俺も安心していた。
夏海は家事をすることで自分に自信をもっていったように思える。
加えて夏海は努力家だった。料理も母さんに聞いたりするだけでなく、本を買い、メモを取り、めきめきとその腕前を上げていった。
「へぇぇ、美味いよ…これ」
そんな賛辞を送るたびに夏海はえへへと、照れくさそうに微笑んでいた。
夜、一人で寝られないのは相変わらずだったが、昔のような暗い影はなりを潜めていた。
そのうち、口癖もだんだんと母さんに似てきたように思える。
「お兄ちゃん。今日はスーパーで特売の日だから買い物に付き合ってね♪」
「もう、お兄ちゃん!胡瓜残しちゃだめじゃない!」
「お兄ちゃん。明日のお弁当楽しみにしていてね?」
そんなしっかり者になっていく夏海の様子に母さんも細い目を更に細めて
「あらあら、夏海ったら…これならいつでもお嫁さんにいけるわね♪」
「私…お嫁になんかいかないんだもん」
「あらあら、じゃぁ…お婿さんを取ってくれるの?」
「もぅ、お母さんったらぁ…早く御飯食べちゃってよぉ、片付かないでしょ!」
そんな平凡だけど暖かい日常がずっと続くと思っていたんだ。


147 名前:すりこみ[sage] 投稿日:2007/06/04(月) 02:00:06 ID:APrSEPmV
「ねぇ、春樹君。君の家に遊びに行ってもいいかな?」
気がつけば菊池裕子は俺の家の前に立っていた。
菊池裕子はその当時、同じクラスで学級委員長をしていた女の子で、特徴を一言で言えば男勝りな性格だった。
背は低く体重もおそらく軽い奴なのだが内側に秘めたエネルギーは永久機関を思わせるほどで
四六時中元気を辺りに振りまいているような印象を与える面白い奴だった。
また男女の区別なく友達の多い奴で俺もその例に漏れず菊池とは親しい友達付き合いをしていたといっていいだろう。
俺と菊池は単純にクラスで席が前後という以上の間柄ではなかったが、ただそれだけでしょうも無い話題で盛り上がっていた。

そんな菊池が俺の家の前に立っていた。
「って、なんでお前がここに居るんだよ」
「なんでって…ほら、前に言ってたじゃん。あの漫画読ませてくれるって。」
こいつは女のクセして少女漫画よりも少年漫画をよく読むような奴だった。
確かにそういう約束をしたような気もするがそれにしてもわざわざ家にまで来るか?
と思ったが無下に扱うわけにもいかなかった。
「まぁ…いいけどさ」
「そっか、それじゃぁお邪魔しまっす♪」
って、もう入る気満々かよ…と、突っ込む間も無く菊池は我が家に足を踏み入れていた

「んじゃ、取ってくるから大人しく待っててくれよ。」
「了解っす。大人しく待ってるから。」
にこりと愛嬌のある笑みで頷くと大人しくソファーに座り麦茶をストローで飲む菊池。
初めて女友達を家に招き…いや、招いてはいないんだが…入れた緊張から微かに心臓が高鳴る。
オイオイ、なんで俺は菊池なんか相手に緊張してるんだよ。
自分の心臓に手を当てると確かに少し動機が激しいように思える。
こつん
と自分の頭を小突き書庫に足を向ける。
書庫…かつては親父が使っていた書斎なのだが、今では俺と夏海の私物置き場と化していた。
がちゃ…
書庫の扉を開けると壁一面の本棚と、その前にもうず高く積み上げられた本の数々。そして無数のダンボールによって占拠されていた。
「うわぁ、またこれは…母さんだな」
母さんは何を隠そう衝動買いの達人で気に入ったものがあると迷わず購入してしまうといった奇妙な悪癖があるのだ。
これが高級品やブランド品を買いあさるのであればそれこそ家計の一大事なのだが、母さんが衝動買いするのは…漫画なのだ。
「あ、この表紙可愛い♪」
と、気に入ったものがあれば迷わずに購入。
しかし買うと満足してしまい結果的にこの書庫に積まれてしまうという…
まぁ、結果的に俺と夏海が読んで適時整理するといった流れが構築されてしまっていたのだ。
しかし、2週間入っていないだけでこの荒れよう…くっ…油断した。
俺は母さんの買ってきたであろう新刊を押しのけ目当ての漫画を探した。
くっそぉ…母さんめぇ、読んだら元の場所に戻せと何回言ったら…
いや、母さんはわかってるんだっけ。
まるで超能力者のようにこの混沌とした書庫の中から的確に目当ての品を見つけられる能力というか嗅覚というか直感。
理由を聞いたら
「う~ん…なんとなく?」
確かに母さんは昔からぼぉっとしていて整理整頓が苦手で抜けているところもあるが妙なところで妙なスキルがあるんだよなぁ…
そんなことを考えながら10分ほど探すとようやく目当ての本を見つけることができた。
「菊池の奴…怒ってるかな…いや、待ちくたびれて俺の部屋とかあさってないだろうな…」
そんな妙な想像が頭をよぎる中、居間のほうから菊池の笑い声が聞こえてくる。


148 名前:すりこみ[sage] 投稿日:2007/06/04(月) 02:01:12 ID:APrSEPmV
「悪いな、待たせて。」
「ううん?おかげで君の自慢の妹さんと楽しくお話ができたからいいよ」
気がつけば台所には制服にエプロンをつけて台所で食材を冷蔵庫に仕舞っている夏海の姿があった。
夏海は俺に気がつくと少し怒った様子で
「もぅ、お兄ちゃん!お客様をほったらかしにしてなにしてたの?」
よく見れば新しいお茶とお菓子が菊池の前にきちんと置かれていた。ったく、わが妹ながらよくできた妹だ。
「いや、悪い悪い、ちょっとこの漫画を探すのに手間取っちゃって。あ、そうだ夏海。
今週末あたりにでも書庫を片付けないとまた大変なことになるぞ。」
「えぇぇぇ、お母さんまた買ってきたの?もぅ…でもしょうがないよねぇ。」
夏海はてきぱきと食材を片付け、俺たちに向き直り
「ねぇ、お兄ちゃん。菊池さんにご飯食べていってもらうの?」
菊池は少し驚いた表情を見せ、
「え?…でも、ご迷惑じゃない?」
俺の顔をじっと見ながら問いただしてきた。
「俺は構わないけど?って作るのは夏海だから味の保障はしなけどな。」
「もぉ、おにいちゃぁん!そんなこというならもう、ご飯作ってあげないからね?」

「だ、そうだ。遠慮せずに食ってけよ。母さんも今日も帰ってくるのは遅いし、大勢で食べた方が飯は美味いだろ?」
「じゃぁ…お言葉に甘えようかな…」
菊池はそういうと立ち上がり、台所に行くと腕まくりをして夏海の横に並んでいた。
「何か僕にも手伝わせてよね。それを剥いたらいいのかな?夏海ちゃん」
「あ、ありがとうございます。じゃぁ、人参の皮を剥いてもらえますか?」
「と、いうわけだ。御飯が出来たら呼びにいくから君はその書庫とやらの片付けでもしていたらどうだい?」
ちぇっ…女同士結託しやがって…
「了解。じゃ、お兄さんは一人寂しく片付けてるから出来たら呼んでくれよな。」
そういって、俺は書庫へと一人戻っていった。


149 名前:すりこみ[sage] 投稿日:2007/06/04(月) 02:02:18 ID:APrSEPmV
菊池さんが急に飛び上がって奇妙な叫び声を上げている。
「ごっごッ…ごご……」
まるで幽霊でも見たみたいに菊池さんは飛び上がり、椅子の上で体育座りの姿勢になってがたがた震えていました。
「どうしたんですか?なにか居たんですか?」
そう私が聞いた瞬間、小さな黒い影が私の顔目掛けて飛んできました。
ぶぶぶ…
指先で摘んでみるとそれはアブラムシでした。
「菊池さん。あぶらむしだよ。」
へぇ、菊池さんってこんなのが怖いのかな?変なの…
そんな風に思いながら手のひらでそれをいつものように
くちゃっ…
と指際で握り潰し、ゴミ箱に捨てました。
手を洗っていると、菊池さんはなにか信じられないといった様子で
「な…夏海ちゃんは怖く…ないの?」
「なんで?あぶらむしだよ?害虫や泥棒猫はね?すぐに殺さなきゃいけないんだよ?」
私にはどうして菊池さんがそこまで怯えるのかがよくわかりませんでした。
「もしかして菊池さんって虫が苦手なの?」
「え…ぁ……ぅ…うん」
「そうなんだ、変なの~♪」
水道の水に手をつけ、石鹸でごしごしと手を擦りながらくすりと笑ってしまいました。
あんなに大人っぽい人なのに虫が苦手だなんて…くすくす…
菊池さんはようやく落ち着いたのか、椅子から下りて再び私の隣に並びました。
「あはは、みっともないところ見せちゃったね。」
「いえ、誰でも苦手なものってありますから…」
とんとんとん…とリズムを刻みながら野菜を切り刻む。
「じゃぁ、春樹君にも苦手なものとかってあるのかな?」
「お兄ちゃんの苦手なもの?…なんだろう?あんまりお兄ちゃんはそういう部分見せてくれないですし…」
「そっかぁ、じゃぁ、好きなものとかって何かな?」
菊池さんが鍋をかき回しながら聞いてくる。
「ん…カレーライスとかクリームシチューとか好きですよ?お兄ちゃん、ああ見えて子供っぽいんですよ?」
「へぇ…それは以外だな…ふふ…じゃぁ、今作っているのも…」
「はい。カレーライスです。茄子とひき肉のカレー…お兄ちゃんの大好物なんです。」
「夏海ちゃんは優しいんだな…」
「そんなことないですよ…私もカレー好きだし…」
「…ねぇ…夏海ちゃん…少し聞きたいことがあるのだが…いいかい?」
「?…なんですか?」
「いや…まぁ…大したことじゃないんだが…」
菊池さんは少し照れたような仕草で鼻の頭を掻くと、すぅっと息を吸い込み
「春樹君に…好きな人はいるのかい?」
突然そんなことを私に聞いてきました。
「どうして…そんなことを聞くんですか?」
野菜を切る手が止まる。視点が揺らいでくる。
ああ…虫が…うるさい…
「実は…私は春樹君のことが…好きなんだ…」
耳鳴りのように虫の羽音が聞こえる。
うるさい…うるさい…うるさい…うるさい・・・うるさい…
うるさい…うるさい…うるさい・・・うるさい…うるさい…
うるさい…うるさい・・・うるさい…うるさい…うるさい…
うるさい・・・うるさい…うるさい…うるさい…うるさい

気がつけば目の前には虫の死骸。
汚らしい体液を撒き散らして潰れて死んでいる。
ゴミはゴミ箱に。
でも流し台の横のゴミ箱には既にいっぱいのゴミが詰まっている。
「捨ててこなきゃ…明日は燃えるゴミの日だし…」
私は引きずるようにしてそのゴミをゴミ捨て場まで運んでいった。


150 名前:すりこみ[sage] 投稿日:2007/06/04(月) 02:03:52 ID:APrSEPmV
投下完了。
全然デレの部分が足りない気もしますけど、ようやく折り返し地点。
頑張ってデレの部分に取り掛かります!

最終更新:2009年01月13日 13:52