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193 :ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/22(木) 19:11:55 ID:xwvUtjSz
第十五話『カナメ様の憂鬱』

「あなた様の存在に心奪われたものです!!」

騒々しかった校庭が、一瞬で静まりかえる。
曰く、「キシドー……? 何いってんのあの人」「ってか、女の声じゃん。また千歳の被害者か、うらやましい」「いや、あれであいつは苦労してるよ」などなど。
仮面の変質者ことミス・キシドーはそんな群集など意にも介さず、槍をなれた手つきで振り回し、構えを取る。
その型に、千歳は見覚えがあった。
はっきりとは思い出せないが、蒼天院流と同じく古くから伝わる武術の一種だろう。
だとしたら、先ほど清水拳を貫通した理由も説明できる。闘気系の防御を、さらに貫通性と凝縮率のたかい闘気攻撃で打ち破ったのだ。
それができるほどの貫通性を槍で生み出すことのできる流派の使い手。それが女。
理科子のような才能の持ち主はそうそういないと思っていたが、案外近くにいるものだ。
しかし。千歳は疑念を覚える。
闘気の性質があの『狙撃者』とは違う。あちらは殺意を全面に押し出した荒々しいものだったが、このミス・キシドーに殺意は感じない。
むしろ――
「――俺を試しているのか」
「ご名答、と、言わせていただきますわ。千歳様」
千歳の呟きに、ミス・キシドーが応えた。
蒼天院清水拳の構えを取る千歳と一定の距離をとりながら相対している。
(くそ、この変質者、隙が無い。防御が貫かれるとなっちゃ、攻めのほうが有効だってのに……)
変態的な装いをしながらも、ミス・キシドーは戦闘力に関してはかなりの水準に達しているらしい。千歳ですら、この攻め気に押されている。
「何が目的だ」
「試すのです。あなた様が、今おっしゃったとおりでしょう」
「俺を試して、どうする気なのか。それを訊いてんだ」
問答により、相手の意図を聞き出すと同時に、できたら隙を生み出す。千歳の立てた作戦がこれだ。
通用するとは思えないが、もしこの変質者が別の人間に襲い掛かってもまずい。注意を常に自分に向けなければ。
「ふふっ。それこそ、愚問ですわ」
「何だと……?」
「ならば、あえて言わせていただきましょう……」
ミス・キシドーは、ゆっくりと手を仮面にかけた。
すっと上にずらしていく。徐々に、白い肌があらわになっていく。
「あんたは、まさか……」
そして、現れたのは、千歳にも見覚えがある顔だった。
白い肌に、お上品なブロンドの縦ロール。エメラルドグリーンの透き通った瞳。
すっと顎が細く、しかし張りのある頬の肉付き。すべてガラス細工のように透明で、繊細。
そう。彼女は……。

「御神 枢(みかみ カナメ) であると!!」

 ♪ ♪ ♪



194 :ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/22(木) 19:12:25 ID:xwvUtjSz
二日前までさかのぼる。
御神家のお屋敷で、趣味のB級ホラー映画鑑賞にいそしんでいたお嬢様、御神カナメ。
今日はブレインデッドを視聴している。お屋敷の中にはもちろん特設映画館があり、超大画面で内臓の飛び散りを楽しむことができる。
ブレインデッドをみた回数はもはや記憶にあるだけで30回を越しているが、それでもこの映画は名作と言わざるを得なかった。
……とはいえ、いつものように集中して映画を鑑賞することができない。何かの病に憂いているかのように。なにもかも上の空だった。
そう、彼女は病気だった。
恋わずらい、という。
「ああ、千歳様。わたくしのいとしいヒーロー。アメリカンコミックにたとえるなら、まるでスポーンのようにたくましく、強いお方」
夢見る瞳は、もはや画面の向こう側の妄想の世界に向いていた。
ちなみに捕捉すると、日本のこの年齢の少女で、スーパーマンやスパイダーマンではなく、スポーンをカッコイイヒーロー像として真っ先に思い浮かべる人間はおそらく彼女だけである。
それもそのはず。スポーンは名作B級映画となっているのだ。『ブレインデッド』とあわせて、こちらもお勧めしたい。
さて、作者の個人的趣味はここまでにして、カナメの描写に戻ろう。
「ああ……千歳様。わたくし、あなたが忘れられなくてよ。一度あっただけのわたくしをここまで堕落させてしまうなんて、なんて罪深いお方。あなた様の罪は、身体で払っていただいてよ」
映画画面の中では、首が取れかけの看護婦のゾンビと、カンフーに長ける神父のゾンビが性行為を振り広げ、赤ん坊ゾンビ生み出す衝撃映像が繰り広げられていた。
「そう……この官能、わたくしも、千歳様とこの官能を。秘めやかなこの情動を分かち合いたい……!」
画面内では、主人公が赤ん坊ゾンビを必死で子育てする物語が展開されていた。
「すばらしいわっ! 千歳様とわたくしの子も、かのように元気な子がよろしいのですわ!」
カナメはお嬢様として育てられてきた。故に、男女の関係について学ぶ機会など全くと言っていいほどになかった。そんなカナメがこれほどに歪んでしまったのには、理由がある。
あるとき、親や侍女の目を盗んで見た深夜映画。もともと映画鑑賞(幼少期なので、ディズニーアニメ程度のレベルだったが)が趣味だったカナメは、興味心身で食い入るように見てしまった。
それが、『バタリアン』である。
そして、その時以来、カナメの脳みそは悲しいほどに変化してしまった。まるで『トライオキシン』を浴びてしまったかのように。
それ以来、隠れてB級映画を見るようになったカナメは、B級映画にあるエロシーンのような歪んだ関係こそ、男女関係なのだと。そう、無意味に錯覚した。
無論、それは幼少気のことであり、現在、聡明に育ったカナメはそれが間違いであることがわかっている。
しかし。
それはもはや『治療不能』の領域だった。カナメの性的興奮は、確実に歪んでいた。
カナメにとって、憧れは嫉妬と同じである。好きは嫌いである。
御神カナメにとっては、愛と憎しみは同じだった。



195 :ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/22(木) 19:12:56 ID:xwvUtjSz
遠まわしな表現になったが、カナメはつまり、極度の加虐趣味を持つのである。
千歳という存在に憧れを抱いたカナメは、千歳と戦うことでしかそれを表現できないとすぐに悟った。
もちろん、それが全くの無意味な行為であることは分かっているし、そんなことをしても千歳の心を手に入れることができないということもわかる。
しかし、カナメは分かっていた。
もし千歳がカナメの、痛みを伴なう愛を乗り越えることができる強さをもつ男なら。
愛しても壊れない男なら。
それは、カナメにとって、唯一無二の存在になるのではないのか。
「カナメ様」
黒服の男。高崎がカナメの隣にたつ。
「鷹野千歳氏のデータが出揃いました」
「速かったですね。ご苦労様です」
高崎の差し出した書類をぱらぱらとめくる。
「なるほど。記憶しました」
ぱたりと、数秒で閉じる。
これが、御神グループ総裁の地位を勝ち取り、さらにグループを財界の頂点にまで引っ張り上げたカナメの一つ目の能力。『瞬間記憶』である。
じつはカナメの固有能力ではなく、これはある種の『コツ』があり、脳を上手に鍛えれば誰にでも可能なことだ。
サヴァン症候群の患者が時折こういう能力を得ることが、それを証明している。カナメはそれを知らないうちに苦も無く実践していた点が驚異的なのだが。
「交友関係に、懐かしい名前が載っていましたね……。まあ、それはいまは保留しましょう。あの男など、千歳様とは比較対照にもならない」
カナメは一瞬顔をしかめたが、すぐに平常に戻った。この切り替えと割り切りの速さも、カナメの能力のひとつ。
「それにしても、高崎。好んで視聴している番組に、気になるものが」
「なんでしょうか」
「がんだむだぶるおー。とは、どういうものですか?」
「そ、それは……」
言葉に詰まる高崎。
「もちろん、ガンダムという名は、わたくしも聞いたことがあります。しかし、未だチェックはしていませんでしたね」
「ガンダム00というのは、鷹野氏の妹である、『鷹野 百歌』氏が好んでいるのを、兄妹仲良く毎週かかさず見ているアニメのようですね」
「やはり、千歳様とお話をあわせるには、見たほうが良いでしょうね。高崎。手配できますでしょうか」
「それに関しては、既に」
高崎は懐に手を突っ込むと、ガンダム00ブルーレイディスク全巻をカナメに差し出した。
「まあ! 用意周到なことね。さすがですわ、高崎」
「いえ、これは……じつはというべきか、私の私物でして……」
「……?」
カナメは知らなかったが、高崎は隠れオタだった。
「と、とにかく、名作ですので、きっとカナメ様にも楽しんでいただけると思います。スクリーンに映しますので、しばしお待ちを」
そう言うと、すっと高崎は消えた。
「高崎がガンダムマニアだったなんて、わたくし微塵も存じ上げませんでしたわ……。あの強面には似あわぬたおやかなご趣味……。まあ、それは今は不問に処しましょう。とにかく、ガンダム00とやらを見なくては」



196 :ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/22(木) 19:13:29 ID:xwvUtjSz
ブレインデッドが中断し、画面が切り替わる。
銃声の飛び交う戦場。中東の内戦かなにかなのだろうか。巨大兵器に残酷にも蹂躙される少年兵たち。
その中に、一人の黒髪の少年が走っていた。――この世界に、神なんていない。
そう、繰り返しながら、なおも少年は戦いつづける。
やがて、訪れる死――そして、再生。
ガンダムによって死から救われ、そして、それでも戦うことを選んだ少年は。

「俺が……!」

「俺達が、ガンダムだ!!」

十二時間後。御神カナメは大粒の涙を流し、嗚咽をもらしていた。
「なんと……なんと、素晴らしい。遂に、世界の歪みを破壊したのですね……! 刹那さんはもう頑張ったわ……もう、戦わなくていいのですわ……!」
と、カナメは感動に浸っていた。
が、それだけではなかった。
突如変わる音楽。アレンジはされているが、絶対音感を持つカナメには、それが一体何を意味する音楽なのか、すぐにわかった。
「会いたかった……会いたかったぞ、ガンダム!」
乙女座の男。最後の敵だったはずの国連大使を倒してもなお、世界は歪んだままだった。
それは、主人公である少年と、ガンダムが新たに生み出した歪み。
愛が憎しみに変わる瞬間。
「ようやく理解した……この気持ち、まさしく愛だ!」
カナメは息を呑む。
この男の愛は、わたくしと同じだ!
愛するということは、戦うということ。強いものに憧れるということ。憧れは、やがて怒りを生み出す。
そして、戦いの末に得るものは……。
それを示さないまま、ガンダム00は終了した。
「これが、わたくしの愛……! そして、千歳様の愛……!」

結局の所、御神カナメはその凶悪なまでの理解力と記憶力によって、あらゆるものに急激に影響を受けるのだった。
それが、ホラー映画から、ガンダムに変わっただけだ。
故に、このような過程を語ることは意味をなさない。
これは、御神カナメの不定形な人格を語る上での、ひとつの例である。

 ♪ ♪ ♪



197 :ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/22(木) 19:14:00 ID:xwvUtjSz
「わたくしは御神カナメ……。あなたさまの存在に心奪われました」
「あんたはあの時の……。なんで、こんなことを」
「心奪われた、といいました」
「理由になってねえよ!」
「わたくしの行動理由を決めるのは、わたくしです……」
言いながら、カナメはすっと動いた。滑らかな動きで、即座に間合いを詰める。
「あなたではありません!!」
槍による打突。先ほどと同じ、凶悪なまでの速度。
(避けられない……ならば!)
千歳は一気に前にでる。
(腕を止める!)
槍を止めるのではなく、カナメの腕を直接蹴り上げ、槍の軌道を変えた。
槍は千歳の頬をかすり、血を噴出させる。
「ちーちゃん!」
イロリが叫んだ。今まであっけにとられていたが、いざ千歳が傷付くと、動揺して気を取り直したようだ。
が、冷静ではない。
イロリは無策でミス・キシドーこと、御神カナメにつっこんでいった。
「やめろ、イロリ!」
千歳は叫ぶが、間に合わない。イロリはカバンをカナメに向かって振り下ろそうとしていた。
「あら、雑魚はひっこんでいなさいな」
――相手に向かって武器を振り下ろすより、直線に武器を突き出したほうが、遥かに速い。
イロリの動作のスピードなどまるで無視して、後から動いたカナメの槍が、イロリの心臓に吸い込まれるように……。
「イロリ!」
すんでのところで、横から割り込んだナギがイロリを抱き抱えて避けていた。
「この馬鹿、考えなしに突っ込むな! あいつはお前なんかと比較にならんほど強い!」
ナギはイロリを叱責する。かなり怒っていた。
本気でイロリを心配したようだ。
「あの千歳が苦戦するんだぞ。お前は足手まといだ」
「う……でも……」
涙目になって反論しようとするイロリ。
「でもじゃない! お前の命が一番大切だ!」
「ぁ……ごめんなさい……」
イロリはしゅんとして下を向いた。
ナギは安心したように立ち上がり、千歳の隣に立つ。
「千歳、ここは私に任せて欲しい」
「なっ……。ナギ、わかってんだろ、あいつは……!」
「任せろ、と言った」
「……無理はすんな」
そうして、ナギは千歳の前に立ち、カナメと対峙した。



198 :ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/22(木) 19:14:30 ID:xwvUtjSz
「おい、変態仮面」
「それは、わたくしのことですの?」
「それ以外誰がいるというんだ」
「……無礼な口は不問にいたします。何の御用なのでしょうか?」
「なんの事はない。お前は私の友人……千歳と、イロリを傷つけた。その罪を償わなければ。私が言いたいのは、それだけだ」
「傷つけた……? 何を言っているのですか? これは、私と千歳様の愛。さっきの女性は、それを邪魔しようとした不届き者ではございませんか」
ナギの眉がつりあがる。赤い髪が燃えるように輝いていた。
そうとう怒っている。
「愛……愛……どいつもこいつも、愛! それが憎しみになって、人を傷つける……。それは、許されることではない。それは、罪だ。自ら正当化されるものでもない」
ナギは、怒っていた。
まるで、自分の罪と、カナメの罪を重ね合わせるように。
「だから私はお前を裁く。お前は私だ。私の罪を裁くのは、私しかできないことなのだから」
「何をいっているのか。さっぱりですわ。所詮、愚民は愚民ですこと。せめて義務教育終了レベルの脳みそをつけてからいらっしゃいな」
「ならば、お前にも分かるように、あえてはっきりと言ってやろう」
ナギは、小さな胸に目一杯空気を溜め込むと、耳を裂くような大声とともに一気に放出した。

「キシドーが陣羽織じゃだめだろ!!!」

「あ……」
カナメは、みるみるうちに顔を真っ赤にし、涙目になると、「覚えていらっしゃい!」と、どこかに走って逃げていった。
グダグダのうちに始業チャイムがなり、全員が教室へ戻っていった。

 ♪ ♪ ♪



199 :ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/22(木) 19:15:01 ID:xwvUtjSz
「とういわけで、転校生の御神カナメさんだ。まあ、今朝の出来事は水に流し、みんな仲良くするように」
「御神カナメと申します。皆様よろしくお願いいたしますわ。まずひとつ、皆様に主張したいことが」
「なんだ……」
教師があきれながら訊く。
「このクラスにいらっしゃる鷹野千歳様はわたくしのお婿さんですので、手をださないでいただきたいのですわ!」
クラス全員が疲れきったようにうなだれる。「またかよ……」と。
もはや、美少女転校生にたいする新鮮な驚きなど無かった。イロリに続いて、今度はこれか、と。
破天荒な美少女はもうたくさんだった。これなら、ガチムチ系の男が千歳のケツを狙いに来たとでも言ってくれたほうがまだましだ。
当然、カナメに近づこうとするものは、いない。
昼休み。
御神カナメは、苦悩していた。
(なぜ、皆様わたくしを避けるの……?)
周囲を見回しても、誰もが目を逸らす。
仲良しグループで集まって、黙々と弁当を食べている。ちらちらと、警戒するようにカナメを見るものもいる。
自らの美しさによって、当然ちやほやされることを想定していたカナメにとっては、全くの不意打ちだった。
(そんな……わたくしは、また……また、失って……)
カナメの目に涙が浮かぶ。
好きな人と、楽しい学園ライフを満喫できると思って、ここに転入したのだ。
それなのに、なぜ。
なぜ、それすら許してくれない。
そのとき。
突如、乱暴に机をくっつけてきて、前に座るものがいた。
「千歳様……!」
「よっ」
千歳はひらひらと手を挙げると、百歌の手作り弁当を広げて食べ始める。
「千歳様、どうして……?」
「別に、深い意味はないけどな。あと、さっきは言ってなかったけど、久しぶり、カナメさん。元気してた?」
「え、ええ。もちろんですわ。その節はお世話に……。でも、わたくしなんかに近づいて、いいのですか? 千歳様まで、あの視線に……」
「そうか? そうでもないと思うぜ」
「えっ……?」
はっとしてみると、カナメの後ろから、肩をぽんと叩く手があった。
「やあやあ、カナメちゃん。私もまぜてよー」
イロリが気さくに机をくっつけて、座った。弁当ではなく、購買の一番不人気メニューであるコッペパンだ。
なぜか美味しそうにふもふもと食べている。好物なのだろう。
「あなたは……」
「西又イロリ。ちーちゃんの未来の嫁!」
「よ、嫁……!? それはわたくしの……!」
「残念ながら二号さんになってもらうしかないね。キミには」
楽しそうに、イロリは笑った。



200 :ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/22(木) 19:15:36 ID:xwvUtjSz
「そ、そんな嬉しそうに……。しかし、わたくしは敵では……」
「そう? 敵なんて、いないよ。だって」
――ちーちゃんを好きな人に、悪い人はいないから。
イロリは、全く疑いもないような表情で、平然と言い放った。
少ししてから、照れてえへへと笑った。
その笑顔にとまどっている間に、また次の客が現れた。
「私も仲間に入れてもらおうか」
赤い髪の少女。ナギである。
「か、勘違いするな! 千歳とイロリがいなくなったら、今度は私がぼっちなんだ!」
ナギは訊いてもいないのに解説した。
「それに、お前の気持ちも、少しは分かるからな……」
遠い目をするナギ。その意味を考える暇もなく、来訪者のラッシュは続いた。
「あら、こういうのは、委員長の役目だと思ってたんですけど」
苦笑いをしながら、委員長こと、井上ミクが席についた。
「私は井上ミクと言います。どうとでも、気安く呼んでください」
そう言って笑いかける。邪心は微塵も感じられなかった。委員長として、クラスに馴染めないものを救済する。
ただ、そんなあたりまえの働きのために、いまここにいるようだ。
「ほら、もう友達ができただろ」
千歳が得意げに言った。
「このクラスは、いいひとばっかりだよ。カナメちゃんが話し掛けたら、みんな優しくしてくれるよ」
イロリが続く。
「強敵と書いてともと読む。これは常識だ。イロリとも、戦わない道を探すんだな」
ナギ。
「とまあ、そういうことらしいので。まあ……歓迎ってことでひとつ」
ミクがまとめる。
「皆様……!」
歓喜。
こみ上げてくる感情に、カナメは涙をこらえることができなかった。
今まで聞き耳を立てていただけだったクラスの者たちも、今では息を呑んでカナメを見守っている。
「皆様、わたくしは、学校に通ったことが無くて……。それで、どう振る舞えばいいのか、わからなくて……。それで……こんなことを……」
カナメは、顔を上げて、涙を拭き、赤くなった頬と振るえる声を、なんとかしてこらえながら、言った。
「学校って、暖かいのですね……」
その瞬間、不可解なことが起こった。
「っ!」
カナメが、糸が切れた人形のようにふっと倒れたのだ。
「お、おい!」
千歳が手を差し伸べる。が、そのときにはすでに意識を取り戻したようで、カナメはさっさと立ち上がっていた。
「どうした……?」
千歳が心配そうに聞くが、カナメは答えず、きょろきょろと周囲を見るだけだ。
と、少しして、千歳を含むクラスの者たちが、気付いた。
――違う。
エメラルドグリーンだったカナメの瞳が、金色に変色している。
「あたし……」
カナメが口を開いた。
「あたし、戻ってる……」

 ♪ ♪ ♪



201 :ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/22(木) 19:16:06 ID:xwvUtjSz
教室の最前、普段は教師の立っている場所に立つカナメ。その様子は、さっきまでの高飛車で不安定な性格と、まるで違う。
普通の、一般的な少女のそれのように見えた。
「改めて自己紹介します。あたしは、『宮崎 カナ』といいます」
教室中がざわつく。それはそうだ。御神カナメが、急に宮崎カナになったのだ。意味がわからない。
「信じられないかもしれませんが、あたしの中には、『御神 カナメ』と、『宮崎 カナ』の二人が存在しています」
「どういうことだ。簡潔に説明しろ」
ナギが急かした。すかさず千歳がナギの頬をつねり、言い直す。
「ゆっくりでもいい。わかりやすく、説明してくれないか? 言いたくない部分は伏せてもいい」
「ありがとうございます。千歳さん。……あたしは、もともとは普通の家の生まれで、御神グループの後継ぎでもなんでもなく、ただただ、平和な家庭で暮らしていました……」

 ♪ ♪ ♪



202 :ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/22(木) 19:16:37 ID:xwvUtjSz
あたしは、裕福ではないにしろ、皆さんと同じく普通の、幸せな暮らしをしていたと思います。本当に、なにもない日常があって、退屈なくらいで。皆さんと同じ、運命的な出会いや、発見や、事件との遭遇を夢見ていたりもしました。
あたしのなかにあった憧れは、だれにでもあるもので、でも、その蓄積はほんの少しのきっかけで崩壊してしまう、危ういものでした。
ある日、あたしがまだ小さかったとき。
「今日はお兄ちゃんととテニスするんだ。はやく帰ろー!」
いつもと同じ。退屈な日常の中で、唯一の楽しみであった、双子の兄との……お兄ちゃんとのテニスのため、あたしははずむように帰宅しました。
「ん、なんだろ、あれ」
家の前に、黒い車が――ものすごい高級車が止まっていたのです。怪しいとは思いましたが、その頃のあたしはやはり子供で、家の中で大切な話をしているのだろうと気を利かせることもしませんでした。
あたしの家なのだから遠慮はないと、ずかずかと家に乗り込むと、黒服の男とお父さん、お母さんが言い争っていました。
「ですから、このようにDNA鑑定の結果も……」
「なにがあろうが、あの子たちは私たちの子です。仮に遺伝子上御神家の子だとしても、あの子達を育てたのは私たちです」
「しかし……!」
「しかしもなにもありません! 断固として、あの子たちは渡しません!」
お父さんは、凄く怒っていました。事情のわからないあたしは黒服の男の人が可愛そうになって、ついその場に入っていきました。
「おとーさん、いじめちゃだめだよ……?」
「カナ……! きちゃだめだ! 部屋にいなさい!」
お父さんがあたしをどなったのは、すごく珍しいことでした。いつも優しいお父さんが豹変するのを見て、あたしは生理的な恐怖を覚えてしまいました。
「いやいや、感心しませんな。娘を怒鳴りつけるなど。良い親のすることではない」
だれかが、いつのまにかあたしの後ろに立っていて、あたしのあたまを撫でていました。
見上げると、それは初老の男性でした。柔和な顔つきで、何もかも見通しているような深いエメラルドグリーンの瞳が特徴でした。
「当主様!」
黒服の男は、その男性に驚き、即座にひれ伏しました。
幼いあたしでも理解できました。この男性は、只者ではないと。
「カナメちゃん」
男性は、優しくあたしに話し掛けました。
「あたしは、カナだよ。カナメちゃんじゃないよ」
そう返すと、男性は優しく笑って、言いました。
「いや、君は『御神 カナメ』。正真正銘の、わしの孫じゃよ」
「え……」
「カナ、聞くな! それはでたらめだ!」
「でたらめかそうでないかを決めるのは。わしについてくるかどうか決めるのは、この子が決めることですぞ」
「くっ……」
あたしは、困惑していまました。
意味がわからない。
「孫って、どういうこと?」
「カナメちゃんは、わしの家の子だったが、赤ん坊のとき、ある手違いで行方不明になってしまったのじゃよ。それを拾って育ててくれた親切なご夫婦が、宮崎夫妻、君の『お父さん』と『お母さん』なのじゃ」
「それって……つまり……」
「そう、君はこの家の本当の子ではない」
「え……まってよ……そんな……いきなり……」
「君は、この私、『御神 皇凱(オウガイ)』の孫、『御神 カナメ』なのじゃ。これは、まぎれもない事実。偽りの家族に育てられた君に与えられた、唯一の『真実』なのじゃ」
「真実……?」
御神オウガイは、あたしの目を、エメラルドグリーンの瞳で覗き込みました。



203 :ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/22(木) 19:17:08 ID:xwvUtjSz
「そう、真実じゃ。真実を知る人間は、一握りしかいない。それは『クオリア』とも呼ばれているが――名前なぞ、どうでもよい。重要なのは、自分自身がどのような世界で生きようとするのか。それだけじゃよ」
「あたしが、どの世界でいきるか。それを、あたしが……あたしが、きめるの?」
「そう。君を取り巻く世界は、変わる。それが良い方向であれ、悪い方向であれ、真実に近い形に、のう。君は、おそらくこの家で何一つ不自由なく育てられたのじゃろう。しかし、それはどれだけ居心地が良かろうが、夢に過ぎんのだ。ただの、夢に」
「夢……おとうさんも、おかあさんも、夢?」
オウガイに徐々に言いくるめられていくあたしに、お父さんは何か叫んでいたと思います。
しかし、当時のあたしは。子供でした。うそが嫌いで、綺麗な姿でいたいと思う、ひたすら若い、子供でした。
だから、そんな言葉は、届かない。
「もうひとつ付け加えて言うなら、わしら御神家に来たなら、君の努力次第で、世界を動かせるようになるかもしれん。それだけの潜在能力は持っているつもりじゃ。君は、『王の器』を持っているのだから」
「おうさま……?」
「そう。真実を手に入れるのは、断った一握りの人間じゃ。それが、王と呼ばれる。君には、その資格がある」
「でも、でも……あたしは、ただの……」
「……なら、ひとつだけ、この場で真実を見せてあげようか」
オウガイは微笑み、あたしの頭をまた優しく撫でました。
「例のものを」
オウガイが指示すると、黒服が車に戻って、なにかの書類を持ってきました。
「これはのう、君のお父さんのお仕事についての情報じゃ」
「そ、それは……!」
「あなたがどういおうが、それが真実ですぞ。この子には、それを知る権利がある」
オウガイは、あたしに紙を渡しました。
「うーん、むずかしいよ……わかんない」
「つまり、君のお父さんの会社は、うまくいっていないんじゃ。多額の負債を抱え込み、今にも潰れてしまいそうなほどに」
「それって、つまり……」
「心配はいらない。君が戻ってきてくれれば、これまでの謝礼として、わしが資金援助をしよう。それで、皆が幸せになれる。どうかな、お気に召さないかな?」
「……あたし」
「ん?」
「あたし、いくよ。帰る。御神家に、かえる」
お父さんが、全身から力が抜けたように倒れました。
お母さんも、立ち尽くすだけ。



204 :ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/22(木) 19:17:45 ID:xwvUtjSz
「ほんとうのことは、変わらないよ。だから、変えなきゃ。……あたしは、ほんとうのことがみたいの」
――だから、サヨナラ、お父さん、お母さん。
「交渉成立、じゃな」
オウガイはそう言って、あたしの手を引いて車に乗りました。
「君はこれから御神カナメという、真実の名前に戻る。宮崎カナは、君の『夢』に過ぎない。わかるかな?」
「はい……」
そうして、車が出ようとしていたとき。
「まって! まってよ!」
「お兄ちゃん……?」
息を切らしながら、学校帰りのお兄ちゃんが追いすがってきて、黒服はエンジンを止めました。
「カナ、なんで、そんなやつらに……!」
「お兄ちゃん、このひとたちが、あたしたちのほんとうの家族なのよ」
「そうじゃ。君も、御神家の一員に戻る権利がある。どうじゃ、戻ってくるかの?」
「ぼくは……!」
お兄ちゃんの目には、強い意志が宿っていました。
「ぼくは、あの家で育った。それだって、りっぱな真実だよ!! ぼくがお父さんとお母さん、カナを大好きなのも、嘘じゃない。全部、ぼくの中で本物の記憶として生きてる!」
「それでも、それは夢だよ。いくら居心地が良くても、お父さんとお母さんに、あたしたちは騙されてた。あたしは、知りたいの。ほんとうのこと」
「ぼくが、ずっと側にいるよ! カナがお父さんとお母さんがキライになったって言うなら、ぼくを信じればいい! そうすれば、いつかぼくの言っていることが分かるようになる! だってぼくは、カナのお兄ちゃんなんだ!」
「……あたしは、お兄ちゃんのこと、大好きだよ。でも、一緒にいるなら、御神家でもできる。お兄ちゃんがこないなら、それはできないよ」
「カナ……ぼくより、いままであったこともないような、御神ってひとのほうがすきなのかい……?」
「お兄ちゃん、真実とは、人間感情より優先されるべき『絶対価値』なの。だから、あたしは、それを手に入れたい。生きていることに、自信を持ちたい」
「生きていることに確信が持てなくなったの? 宮崎カナって名前が、嫌になった? ……でも、カナはそれでも、笑っていたじゃないか。おかしいよ。知った途端、それがキライになるなんて……。好きって感情はさ……愛情ってさ、そんなんじゃ、ないだろう!?」
「お兄ちゃんは、なにもかも信じすぎるんだ。だから、遠くのものが見えてない」
「隣の人と手を繋いでいたい! そんな願いの、どこがいけない! ぼくはまだ、カナを抱きしめることもできる! 帰ってきなよ、カナ! まだ、引き返せる。カナは、宮崎カナ。ぼくの、大切な妹なんだ!!」
「……もう、わかった」
「交渉決裂、じゃな」
オウガイは、黒服に指示して、車を走らせました。
お兄ちゃんはそれでも追いすがって、後ろから叫んでいました。
「いつか……ぼくが御神家なんかより強くなって……! カナを迎えに行くよ! だから、忘れないで! ぼくのこと、忘れないで……!!」

 ♪ ♪ ♪



205 :ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/22(木) 19:18:16 ID:xwvUtjSz
「それからでした。あたしの人格が不安定になってきたのは。記憶もあやふやになって、おそらく、御神カナメとしての記憶を自分で作り出したんだと思います」
「なぜ……そこまでして……」
苦々しげな顔で、千歳が訊いた。
「真実が、あたしと御神カナメ、そのどちらにも、大きな価値があったからです。あたしがこうして今まで封印されていた理由も、それです」
カナは、目を伏せながらも、告白を続ける。
「御神家の後継ぎとしてあらゆる学問を強要されたあたしは、その環境を地獄のように感じました。それでも、あたしは、帰ろうとは思いませんでした。真実に到達するために、決して諦めませんでした。しかし……あたしの能力は、御神家当主には足りなかった」
「だから、現実を『変えた』ということか」
ナギは、心得たかのように言った。
「そうです。あたしは、ストレスで一度完全に人格を崩壊させ、そして目覚めたときには、『御神 カナメ』となっていました。御神カナメの能力は人間の脳の持つ潜在能力を限界まで引き出したもの。つまり、『王の器』に相応しいほどの超人でした」
「それは、お前自身の願いが作り出した力だと思って差し支えないんだな」
ナギには、もう大体のシナリオが分かっていたようだった。
が、ナギ以外はまだ全く理解していない。
御神カナメ……いや、宮崎カナという人間が御神カナメと言う『別人』に変わったというのは分かったが、そのプロセスも、そして、御神カナメが今、なぜここにいるのか、宮崎カナが、なぜこのタイミングで現れたのか。
何一つ、分からない。
「おそらく、助けをもとめていたんだと思います。全てを凌駕した先にあるクオリアの存在に、御神カナメは一度触れたことがあるのではないでしょうか。だから、自分の能力に恐怖を抱いた。そして、その恐怖から救い出してくれる存在に気付いた」
「つまり、御神カナメが千歳に執着した理由は、千歳が自分を凌駕する存在なのではないかという考えに思い至ったから。と、そういうことか」
ナギの言葉で、皆の中でまだ少しずつ、ばらばらだったパズルのピースが繋がり始めていた。
おおまかなシナリオはこうだ。
宮崎カナという少女は、御神家の過酷な環境に適応するため、御神カナメという人格を作り出した。
もともと『真実志向』だったカナに加え、さらに極端なスペックを与えられたカナメの精神は、暴走の末にある種の『クオリア(世界の真理)』に触れた。
真理とは、現実に生きる人間にとっては、あまりに無情であり、存在の全てを否定されるような情報であり、それに触れたカナメも、何らかの恐怖を抱いた。
そんな、世界の全てに存在しているような、強大すぎる恐怖の塊に怯えていたカナメは、あるとき、強い力を持ったヒーローの存在に気付いた。
鷹野千歳は、カナメの力を凌駕し、カナメを救い出してくれる存在なのではないか。
カナの推論は、こうなっている。
教室中がざわめく。
いきなり来た転校生が異常な暴走をしたあげく、今度は突拍子もない電波話。信じられるものも信じられない。
眉唾だ。



206 :ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/22(木) 19:19:05 ID:xwvUtjSz
「信じられないのは、しかたがないことだと思います。でも、あたしは、御神カナメの心を救って欲しいんです。同じあたしだから、もう傷付くのを心の中から見つめているだけなんて、嫌なんです……」
半信半疑で、周囲を見るだけのクラスメイトたち。
(ああ……やっぱり、だめなんだ)
カナは、希望を失ったように、床を見下ろす。
(一回裏切った夢のなかに、また迎え入れてもらおうなんて、むしのいい話なのよ……。みんなは、あたしじゃない。真実なんて、いらない。だって、しあわせだもの)
幾度となく、カナとカナメは外の世界に助けを求めた。だが、それは虚しくからぶるだけだった。
今度も、同じなんだ。
希望が無い。それが、カナメのみつけた真理なのだから。
「俺は、信じるぜ」
「えっ……」
顔を上げると、目の前にたっていたのは千歳だった。
「俺は、あんたを信じる。宮崎カナの存在も、御神カナメの存在も、嘘じゃない。だって、俺はこの目で見て……」
千歳は、荒々しい動きではあるが、優しい手つきでカナの手を握る。
「こうやって、触れてるだろ。だから、あんたは確かに俺のクラスメイトだな」
「あっ……」
その、包み込むような優しさに、カナは涙をこらえられなかった。
「ああ……ありがとう、千歳さん……。あたし……あたし……」
「あんたは、その涙を止める努力を十分したよ。友達に、助けを求めたんだからな。だから、俺はそれに応えようと思う」
「とも、だち……? こんなあたしを、ともだちって、思ってくれるんですか……?」
「あたりまえだ。だってここは、学校だからな。いろんなやつがいて、馬鹿も天才もいるかもしれないが、わかってんのは、みんな同じじゃない。
違う心を持った、一人の人間だってことだ。その中で、一緒に学んでいくんだよ。生き方ってやつをな。そうやって、俺達は強くなっていくんだ」
「さんせーい!!」
声を張り上げたのは、イロリだった。
「ここにカナちゃんとカナメちゃんが転校してきたのも、なにかの縁だよ。だから、私は全力でアタックする。カナメちゃんたちにだって、未来を掴み取れるように」
「お人よしどもが……」
腕を組みながら口を開いたのは、ナギだった。
「まあ、暇つぶしには悪くない。人の心を救うだなんて、一口に言えるほど軽い話じゃないが。本人が望んだことだ。私たちが、頑張ってみる価値はあるだろう」
クラス全体が、ざわつき始める。
そしてそのざわめきは、徐々に負の方向から正の方向に変わっていく。



207 :ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/22(木) 19:19:37 ID:xwvUtjSz
「やっぱ、俺も、しんじようかなぁ……」
「嘘を言っているようには見えないしね」
「千歳君が言ってるんだから、間違いないわ!」
「ナギちゃんが言ってるんだから間違いない!」
「イロリちゃんが(以下略」
「うおおおおお!!! 俺はカナメちゃん親衛隊になるぜー!」
「ちょ、俺が先だ!」
「俺だっての!」
「じゃあ、俺が」
「どうぞどうぞどうぞ」
急に騒々しくなった教室のなかで、ぽかんと立ち尽くすカナ。
「まあ、あいつらもあんたのことが分からなかっただけで。いいやつらなんだ。頼ってやってくれ。あんたも、あんたの中のカナメさんもな」
「はい……ありがとうございます。みなさん、ありがとうございます!」
カナが声を張り上げると、教室はしんと静まり返った。皆、カナの言葉に注目している。
「たぶん、あたしが表に出ている時間はもう、終わりです。もう少しで、御神カナメに戻ると思います。だから皆さん。少しの間でしたが、お世話になりました。カナメにも、やさしくしてやってください。あの子は、ちょっと高飛車だけど、本当は優しい子なんです」
「ああ」
千歳が頼もしい返事を送ると、カナは安心したようににっこりと笑い、ふっと倒れた。
そのとき。
どどどどどどどどどどどどどど。
「そういや、誰か忘れてなかったか……?」
ナギが、急に呟く。
「待てよ……この年代で、宮崎という苗字は、聞いたことがあるぞ……」
どどどどどどどどどどどどどど。
廊下に響く、足音。徐々に近づいてきている。
「まさか……!」

「ぎりぎりせーーーーーーーーーーーーーーふ!!!!!」

「――彦馬!!!」
昼休みも終わりごろになって飛び込んできた彦馬。
だが、「せーふじゃない」というツッコミの前に、皆の頭にはある疑念が浮かんでいた。
そんな中、グッドタイミングで宮崎カナ――いや、エメラルドグリーンの瞳に戻った、御神カナメが立ち上がり、彦馬を一瞥し、言い放った。
「あら、ヘタレお兄様。久方ぶりね」
「カ……カナ……! どうして……!」
――宮崎彦馬。
彼もまた、『クオリア』の生み出す絶対運命に導かれる一人だった。