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405 :Tomorrow Never Comes ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/01/28(水) 23:21:32 ID:H3mhe9QE
6話「学園急降下(スクールデイズダイブ)・入り口」.txt


今日が普通だからといって、明日に変化がないとはいえない。
宝くじに当選し、大金を手にする人もいれば、突然視力を失う人だっている。
ただ、平平凡凡を地で行く俺だけは、そこから外れている存在だと思っていた。
黒崎家を襲った悲劇は、俺たち斎藤家の人生まで変えてしまった。だが、俺たちにとっては悲しむと同時に喜ばしいこともあった。
黒崎くるみが、家族になった。
多分、一番喜んでいるのは俺だ。 家を出るときはいってらっしゃい、家に帰ればおかえり。これがどれだけ俺の心を幸せにするか、分かるまい。
しかし、くるみの状態は良いとは言い難い。 朝に突然、俺の部屋に駆け込んできて、泣きじゃくることもあった。学校から帰ると、目を真っ赤に腫らしていることもあった。
その度、俺は自分の至らなさを痛感するはめになった。
くるみが俺と同じ高校を受験すると言ったとき、思わず胸を撫で下ろした。同じ高校ならばこまめに気を遣ってやれるし、一緒に登校も出来る。
ただ、兄としての分は弁えているつもりだ。恋愛事情には首を突っ込まない。
それと、叔母さんが目を覚ます可能性を考慮して苗字は変えなかったのだが、ヘタレな俺は未だに事実を言えていない。信じたくないが、俺は時折、伝えるということを忘れる。
今の状況に浸り、甘えている証拠だ。身を引き締めるため、冷水に顔を漬けて、両頬を引っ叩く。
状況を見極める、というのは悪いことではない。これほど重大なことならば尚更だ。・・・重大にした責任の8割は俺にあるのだが。


変化といえば、俺自身にも直接、いくつかの変化があった。
俺は生徒会長になってしまった。
平平凡凡と、耳にタコが出来るほど言っている俺が自ら立候補などするはずがなく、立候補者を募るボックスに『推薦・斎藤憲輔』と、まるで脅迫状のように新聞の切り抜きが貼られていた紙が入っていたせいだ。某魔法学校にでも通っている気分である。
そのままなし崩し的に行われた選挙はテレビ効果もあってか、俺がストレートで当選してしまった。受かってしまった以上、やるしかあるまい。
半ば道連れのように佐藤登志男と梅本賢三を引き込み、あとは自分から立候補した人たちが無事当選し、その中にはくるみも含まれていた。
連日のニュースとアイパッチの影響が不安だったが、最近の高校生は割と何でも受け入れる気概があるようで、ごく普通に溶け込めたみたいだ。


406 :Tomorrow Never Comes ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/01/28(水) 23:23:55 ID:H3mhe9QE


こうして今、4限目の真っ最中に俺が生徒会室にいるのは、決して俺が学校の改革に奔走しているというわけではない。何度でも言うが、平平凡凡を好む俺は現状に充分満足している。
生徒会室という空間の魅力に囚われたのだ。
管理室で集中管理をしているエアコンは、ここと職員室だけが自由に操作できる。さらに、扉に鍵をかけることも可能で、その鍵の管理は顧問の先生と俺、副会長の内の一人、計三人だけなのだ。
楽園、楽園である。
学校に慣れてきた2年目が色々と勝負、と聞いたことがあるが正にその通り。慣れてきた俺は物事の上手い避け方を学び、サボり癖を身につけてしまった。
特に、月曜日には弱い。今日のように。

さて、そんな楽園の鍵が今、開こうとしている。
先生なら慌てるところだが、俺には確信があった。
「うわ、やっぱりいたよ」顔を引きつらせた彼女がいた。予想は的中だ。
彼女は後ろ手にスライド式の扉を閉めると、手際よく鍵も閉める。 なんとなく、このシチュエーションはエロい。シチュエーションだけなら、だ。
「生徒会長が授業をフケていいのかしらねぇ」軽く腕を組み、椅子に埋まりかけている俺を机越しに見下してくる。
「副会長もマズイだろうよ」
「うぐっ」
「っていうか、途中から抜けてきたのか?」時刻は4限目の中ごろ。眠気という獣が最も牙をむきやすい時間帯だ。
「板書してるスキにね。ほら、アタシって廊下側の一番後ろだから」
「なるほど」出席をとられた上で、サボる。なんと効率のいい。
机に潜りかねないほどだらけた身体を起こすと、胸元に乗せた本を机に置いた。
生徒会室は狭い。普通の教室の半分ほどしかなく、机と棚が大半を埋めている。
入り口へ向けて口を開けたU字の机がある。その両脇に3つずつ椅子が並び、全体を見渡せる一番奥に、窓をバックにして会長用の席があった。
会長席から見て右側の壁は資料用の棚で、左側の壁一面にホワイトボードが広がっている。右側の副会長用の席に、会議でもないというに、遊佐杏(ゆさ あんず)は定位置である俺に一番近い席に座った。
「なんの本?」断りもいれず、遊佐は本を取り上げた。「・・・?題名、書いてないんだけど」
「最後まで読むと分かるらしいんだ」
古本屋に置いてあったこの本は、どこか興味を惹いた。真っ白いカバーに黒い兎が一匹だけ描かれており、他にはバーコードすらない。
挙句、古本屋の店員は値段が分からない、データベースに存在しないと焦っていた。最終的に、じゃあ500円くらいで、と言った店員のアバウトさに驚いた表情をすると、300円です、とまけてくれた。
読んでみると、最初に抱いたのはフワフワした、空を漂う綿毛のような印象だった。占いでよくやられるような、核心に触れない抽象的な表現で溢れていたが、不思議と読み続けてしまう。


407 :Tomorrow Never Comes ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/01/28(水) 23:24:49 ID:H3mhe9QE
「ふ~ん・・・」
パラパラと捲っていく遊佐を、なんとなく観察していた。首下まである赤茶色の髪を後ろで上に向かって折り曲げ、大きな止め具で止めている。正面から見ると、後頭部からちょろりと飛び出ているのが見える。
前髪は右側に寄せ、軽く目にかかるぐらいの長さとなっている。巷では、これを『田舎ヘアー』と呼ぶらしい。なかなか可愛らしいと思うのだが。
ただ、ブレザーやカーディガンの代わりにジャージを羽織るのはどうかと思う。やや切れ長の目をしており、鼻筋の通った顔はお世辞を抜きにしても綺麗だ。
「・・・あによ?」性格を除けばだが。
「別に。天は二物を与えないなぁ、と」
「撲殺と絞殺のどっちが好き?」
「死なないほう」
「じゃあ消滅」
「消えるのもいやっス」スタイルもいいのに、本当にもったいない。
遊佐とは中学からの付き合い、らしい。というのも、俺が遊佐を知ったのは高校に入学してからで、遊佐は俺を中学から知っていたと言うからだ。
バレーボールに限らず、大会というのは男子と女子の部を並列して行うことが少なくない。その大会の一つで、ということらしいが俺にはまったく覚えがない。
まぁ、知らない人との会話の糸口を掴むのが苦手な俺としては、向こうからフレンドリーにしてくれるというのはありがたい限りだ。
さすがに、男子・女子バレー部の親睦会で、ここであったが100年目、とベタに言われた時はたじろいだが。
「へぇ~。なるほど、こういう終わりね」何時の間にか、遊佐は一番最後のページに目を通している。
「ばっ、おまっ、言うなよ、絶対言うなよっ」
「むっふっふっ~」
楽しげに、本当に楽しげに笑う遊佐からは、最悪の結果しか想像ができない。

「事件でござる~」
チャイムが鳴った直後、階段の方からやかましい足音と共に、聞きなれた声がしてきた。
「事件、事件でござるぞ~」
「ござるぞ~」
2人分の足音は声と一緒に段段と近づき、案の定、生徒会室の前で止まった。だが、鍵のかかった扉は開かない。
「むむっ、閉じこもろうがそこにいるのは分かっていますぞ」
「いますぞ~」
「開けてくだされ、御大将。逢引の最中と言って下されば邪魔は致しませぬぞ」
「逢引~」
「頼むから黙ってくれ、そして出来れば死んでくれ」嫌気が差しながらも鍵を開け、扉をスライドさせた。
そこに立っているのはやはり、佐藤登志男と梅本賢三だった。
もう一つの変化がこれだ。
俺のあだ名は“大将”から“御大将”へとクラスアップしてしまった。
それはやはりテレビの報道のせいで、お陰で今年のバレー部の新入部員はどいつもこいつも厳つい。まぁ、素直に従ってくれるのはありがたいが。
大将の名付け親である大川俊先輩がこのクラスアップも行ったようで、彼の笑顔はかつてより輝いて見えた。


408 :Tomorrow Never Comes ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/01/28(水) 23:25:22 ID:H3mhe9QE
「事件ですぞ、御大将」
「シカトですか」
佐藤はいたっていつも通りだが、梅ちゃんは高揚し、丸顔が赤く染まっている。
「佐藤、梅ちゃんをあんまし引きずりまわすなよ」
「かしこかしこまりましたかしこ~」
「・・・梅ちゃんも嫌なら嫌って言えよ?」
梅ちゃんの顔を覗き込むと、まだ赤みが引いていない。夏手前とはいえ、逆上せるほどの暑さと言うにはまだ早い。
「だい、だいじょーぶだよ」ランナーズハイというのだろうか、心なしか、いつもより声が大きい。
二人は中へ入ると佐藤は副会長側の席の、遊佐とは逆の端に、梅ちゃんは佐藤の反対側に座った。
「で、事件って?」入り口の近くに立ったまま訊く。
「ああ、それなんだがな、まずは今が昼休みで、俺は腹が減ってると言うことを踏まえて聞いて欲しい」そう前置きして、続けた。「だから、先に飯を食う」
「お前っていつ死んでくれるのかね」
予め知っていたら、カレンダーにハートマークを書き込んで指折り数えてしまうだろう。
「アホが揃うと手におえないわ。1年生、早く来て~」歯に衣着せぬ物言いで、遊佐が嘆いた。
「ん、そうか・・・じゃあ」と佐藤が何かを言いかけたところで、 噂をすれば何とやら。
「こんにちはー」
扉が開いて遊佐の期待通り、1年生の役員が来た。元気よく入ってきたのは1年生の書記、窪塚りおだ。それに少し遅れて、同じく1年生で会計の黒埼くるみが入室したことで、本年度の生徒会メンバーが集合した。
手短におさらいすれば、会長が俺、斎藤憲輔。副会長に遊佐杏、佐藤登志男。書記には梅本賢三、窪塚りお、そして会計は黒崎くるみという、俺にとっては仲好しクラブみたいなものになってしまった。
ちなみに席順は、俺の席から見た右側に、手前から遊佐、空き、佐藤。左側はくるみ、りおちゃん、梅ちゃんとなっている。

昼休みに集まって何をするかといえば、別に何もしないのである。俺は居心地が良いから生徒会室に篭る。そうすると自然に2年の3人が寄ってきて、さらにそれにつられるようにして、1年の2人が来るのである。
結果、打ち合わせなどなくても自然と全員が集合するのだ。1人は好きだが、独りが嫌いという我侭な俺からすれば嬉しいことだ。
手探りで出航した船は乗組員に助けられ、何とか潮の流れに乗れている。特徴がないのが特徴である俺は、周りに助けられてばかりで、特に何もやっていない気がするのが申し訳ない。


409 :Tomorrow Never Comes ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/01/28(水) 23:26:04 ID:H3mhe9QE


「で、佐藤君。事件って何?」
購買の人気No'1商品であるブルーベリークリームチーズパイを食べながら、遊佐が訊いた。
「ん・・・ああ、そういやそんなのもあったようなかったような」あからさまに言葉を濁したかと思うと、急に笑顔になる。「例えば、ここで俺がそのパイのカロリーを発表したら、事件じゃないか?」
「んぐっ」
どう考えてもヤバイ咽かたをした遊佐に対し、同じ物を食べてるにも関わらず、りおちゃんはどこか余裕すら感じられる。
「私は知ってますよ。カロリー計算してますから」
「りおちゃんのワガママボディの陰なる努力が明らかになったな」
「ちょっ、言わないでよ、カロリー。これ以上食べれなくなっちゃうから」
「カロリー」
楽しげな4人をよそに、くるみは不思議そうな顔で俺を見てきた。
「あれって、そんなに美味しいの?」
「さぁ。俺も食ったことなくてな」遊佐が食べてるのを頻繁に見るが、くれた例がない。「まぁ、すげぇ並んでるからそれに見合うぐらいの味じゃないか?」
「ふーん」
「・・・食いたいのか?」興味なさげに振舞っているつもりだろが、バレバレである。
「いいよ、並ぶの大変だし」
顔を少し赤くしながらそっけない振りをするくるみに、俺が並んでやるよ、と言おうとしたところ、りおちゃんが勢い良く遮った。「私が行ってきますよ、先輩」
「いや、でも悪いよ」勢いに少し、たじろぎながら返事をする。
マネージャーとはいえ、流石にパシる様な真似はしたくない。
「いいんですよ、先輩。自分の分を買うついでですから」
高校に入ってから少し伸びたショートヘアーは、前髪にピンをクロスさせて付けることで邪魔にならないようにしているようだ。
ニコニコと、屈託のない笑顔を浮かべるりおちゃんを見ていると、こっちまで表情が緩んでしまう。


410 :Tomorrow Never Comes ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/01/28(水) 23:26:34 ID:H3mhe9QE
ふいに、机の上に置いていた左腕がこぼれる。机の下に目をやれば、くるみの右手が俺のワイシャツの袖を握っていた。
顔を上げてくるみを見ると、驚きで身体が僅かに跳ねてしまった。
顔を俯かせているせいで栗毛が目元にかかり、表情が読めない。だが、俺を睨んでいるということは分かった。ハッキリとした、敵意のようなものを感じ、鳥肌が立つ。
「そだ、くるみちゃん。食べかけだけど、いる?」遊佐が向かいのくるみに、パイを差し出した。
顔を揺すり、髪を掻き分けてから遊佐を見る。右手は俺の袖を握ったまま。
「・・・いいんですか?」
「いいのいいの。あたしはいっつも食べてるし、それに、今日は食べづらくなったからね」今度奢ってもらうから、と言いながら遊佐は俺を見る。
「・・・なんで俺だよ」
平生を保つよう努めるが、背中には変な汗がびっしょりだ。
「ありがとうございます、遊佐先輩」
くるみはようやく袖から手を離し、両手で受け取る。
「あぁ、まどろっこしいなぁ。杏でいいよ」
「はい、杏先輩」
笑顔で返事をして、くるみは3分の1ほどしかないパイをほお張った。「・・・美味しいっ」
「そうでしょう、そうでしょう」
「いやぁ、くるみちゃんの仕草は和むなぁ」
「なぁ~」
「梅本くん、いつまでそれやってるの・・・?」

あれは、誰だ。
くるみはあんな風に感情を剥き出しにしたことは一度もなかった。昔、近所のガキ大将に虐められたときも、くるみはそいつに向かって弱々しく微笑んでいたほどだ。なのに、ましてや俺に対して。
俺が何かしただろうか。くるみが不快に思うようなことをなにかしたか。ない頭を振り絞って考えを巡らす。
和やかな空気の中、俺の体は未だに冷え切っていた。



━━あの女だ。
高校に無事入学したことで私は油断していた。
あんなにも近い位置にいるヤツがいるとは、まったく知らなかった。
とはいえ、やるべきことは変わらない。
邪魔なのを1人ずつ消していき、一番最後に私が傍にいればいい。
そのためにも、まず最初のターゲットはあの女。

さて、どうやって殺してやろうか。