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441 :ワイヤード 第十八話  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/30(金) 09:13:29 ID:vbnov0E+
第十八話『遥か久遠の彼方に・後編』

「ちとせ……」
膝をつき、がくがくと振るえる千歳。久遠が不安げにその名を呼ぶが、答えない。
轟三郎は得意げに千歳を見下す。
「足が動かねえだろ。小僧、それがお前の覚悟の軽さだぜ」
「……違う」
うつむき、呟く千歳。
「ああ? なんだって?」
「俺の覚悟なんて、確かに所詮こんなもんかもしれねえ。でもな……。違う……! 俺は……」
「久遠のためにやった。ってか? だからよ、小僧。そんなもん理由になりゃしねえんだ。お前がやりたいからやった。ただそれだけだろ」
「そうだ。俺は俺の考えを押し通しただけだ……。だけどな……!」
床に手をつき、ゆっくりと身体を起こし始める千歳。
「やめときな、小僧。これ以上動くと二度と足がうごかねえ身体になるぜ」
「それでも……!」
轟三郎の忠告を無視して、千歳は動かない足を鞭打ち、無理矢理立ち上がった。
「ほー。やるもんだな。小僧が」
「それでも……許せないんだよ! 親が子供を見捨てるっていうのはな!!」
「そんなお前の正義が、なんの力になるってんだ」
「なににもなりゃしない。だけどな……。それがあるから、俺は今、立ってる」
「……なら、さっさと沈めや」
ごっ!
轟三郎の拳が千歳の腹部にめり込む。
そのスピードと重さに、千歳の胃液が逆流し、口から吐き出された。
その中には、赤い色も混じっている。
「弱いやつが肩肘張って、久遠を守るナイトにでもなったつもりかよ」
今の一撃で内臓を傷つけた千歳。当然、倒れるべき場面だった。
だが。
「……だとしても」
千歳は、立っていた。
「くだらねー。くだらねえよ、小僧。なんでそんなに頑張る? 俺が気に入らないからか? 久遠に惚れたからか? それとも……お前はお前が守らなきゃならねえ確かな『何か』があるって、本気で思ってんのか?」
「その、どれでもない……それと、どれでもある」
「……」
「俺は……別に誰かを救える人間じゃねえ。誰かに尊敬されたりもしない。だけど……俺は、それでも……」
千歳はそれ以上言わなかった。それ以上の言葉がなかったのか。
それとも、あったのに言えなかったのか。それは定かではない。
だが、轟三郎もそれ以上は聞かなかった。



442 :ワイヤード 第十八話  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/30(金) 09:13:59 ID:vbnov0E+
「じゃあ、そのまま死んでいけよ、小僧」
轟三郎の拳が迫る。凶悪なまでの闘気が込められた一撃。
当たれば、千歳の身体など一瞬で粉みじんになる。
千歳は防御姿勢をとることもままならないまま、その攻撃を、ただ見ていることしかできなかった。
(――俺は……やっぱり……)
そうして、千歳の短く、幸福ではなかった人生は閉じようとしていた――。
――その瞬間、千歳の目に、信じられないものが映った。
千歳の身体を破壊しようとしていた拳が、『吹っ飛んだ』。
腕が。
腕が、肘から切り取られ、回転しながら宙を舞っていた。
目を疑う。
だが、目を擦るまでも無い。武道家の千歳には、これが現実であることがわかった。
「なっ……がっ……!!」
無い腕を押さえ、うずくまる轟三郎。
「な……なんで……」
それを問いかけ終わる前に、千歳の目には答えが映りこんでいた。
久遠が、いつのまにか轟三郎と千歳の間に割り込んでいたのである。
その手には、血塗られた刀が握られている。
――久遠が、轟三郎の腕を切ったのだ。
「ぱぱ……」
久遠から発せられた声に、千歳の背中が粟立つ。
父を呼ぶその声の、あまりに冷徹で、高圧的で、感情がこめられていないことか。
千歳は、久遠の顔をそっと覗き込む。
無。
傷付いた父を見下ろす久遠の瞳には、何の感情も浮かんではいなかった。
口元だけが、ゾッとする程に魅力的な笑みを浮かべていた。
「ぱぱ、ちとせきずつけた」
事実を淡々と述べる久遠。裁判官が判決を述べるかのように、なんの感慨もない、事務的な、抑揚の無い声。
「だから、しんでよ」
そう言ったと同時に、畳と、その先の壁が真っ二つに分かれた。
久遠が刀を振り上げたことも、振り下ろしたことも、千歳には全く近くできなかった。
驚異的な速度の斬撃。
轟三郎は反応したらしく、腕を押さえながらも受け身をとり、ギリギリのところでそれを避けていた。
「親分!」
さっき千歳が吹き飛ばした、轟三郎の部下達と、さらに警備担当の者達が一気に押し寄せてきて、千歳と久遠を取り囲む。
数人の男が刀を振り上げ、久遠に振り下ろした。
「じゃま」
本当に邪魔臭そうに久遠はつぶやく――と、同時に久遠の姿が消えた。
千歳が驚くまもなく、久遠は男達の後ろに現れていて、男達の刀と足が切られていた。
「チャカ持ってこい!」
ヤクザの中の誰かが避けぶ。
すばやくそれに答えた者が拳銃を取り出し、久遠に向けて発射していた。
久遠は発射後にそれを認識した。にも関わらず、恐るべき速度で刀を銃弾の進行方向と入射角度にあわせて向きなおし、銃弾を弾いた。
そのまま銃を持つ男に瞬間移動のごときスピードで接近し、銃ごとその腕を切り裂いた。
(……うそだろ)
千歳は腰が抜けて動けなかった。
ぽやっとしてふわふわして、砂糖菓子みたいだった久遠が。こんな。
「や、やめろ、久遠!」
ぴたり。
千歳が思わず声を張り上げると、久遠の動きが嘘のようにとまった。
「……ちとせ」
「久遠、お前は……。親を傷つけたいのか?」
久遠はふるふると首を横にふった。
「ちがうよ。ぜんぜんちがうよ。ちとせがすき。ちとせがすきなだけ」
「なら、もうやめてくれ……。俺は、お前に親を殺させるためにここに来たんじゃない」
「……うん」
あれだけ強烈だった気迫も消え、久遠は最初と同じ、おどおどした少女に戻っていた。

 ♪ ♪ ♪



443 :ワイヤード 第十八話  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/30(金) 09:14:30 ID:vbnov0E+
騒動は終わり、九音寺轟三郎の部屋には、轟三郎、千歳、そして千歳にぴったりとくっついて離れない久遠が残された。
久遠は傷つけた親を前に萎縮しているのか、振るえたまま動かない。さっきの剣幕はどこへいったのか。
「……おっさん。病院いかなくていいのかよ」
「なんだ、心配してんのかよ。小僧」
「あ、当たり前だ!」
「変わった奴だな、お前さんはよぉ」
轟三郎は肘から先を失った腕を、平気そうにぷらぷらとふる。
「止血はした。お抱えの医者も呼んだ。こんな痛みでは俺はどうもしやしねえ。それで充分だろうがよ」
「で、でも。この業界は腕っ節が命なんだろ!? 俺のせいで、腕が……」
「うぬぼれんなよ、小僧が。さっきから言ってんだろうが。俺の腕がどうなるかは、俺が決める。俺の腕一本をささげる価値が、お前さんにあったってことよ」
「俺に……?」
「お前さん、名前は?」
「千歳……。鷹野、千歳」
「千歳。おめえはもう小僧じゃねえな。立派な男だぜ」
轟三郎は懐からキセルを取り出し、吹かせ始めた。
「女のために、殴られても立ち上がる。俺の組のやつにも、そこまで気概のあるやつはいねえ」
「……勝ったのは久遠だ。俺じゃない」
「いや、お前だよ、千歳」
轟三郎は、優しい目で千歳を見つめる。
「この『目』はよ」
そして、潰れているほうの目を指差した。
「こいつは、久遠にやった」
「どういうことだ……?」
「久遠はな。『鬼』だ」
「鬼……?」
「時々、さっきみてえにあばれやがんのさ。そのたびに、久遠は何人も怪我人を出してやがる。――死んだ奴もいた」
「死んだ……」
「まあ、今日ほど強くなったのは今日を含めて二回目だ。いつもは俺が止めてる。前は、俺の目がぶっ潰れてやっと取り押さえた」
千歳は目を伏せる。
久遠は『鬼』。つまり、計り知れない凶暴性と戦闘力を秘めた存在ということだろう。
だからだ。だから、九音寺家は久遠を山に閉じ込めた。被害者をださないように。
――間違ってたのは、俺だ。
「久遠は山が好きでよ。特に、あの御神木が好きだ。あれにふれてりゃ、あばれねえ。だから、あそこに閉じ込めてるってわけだ」
「……おっさん」
千歳は頭を畳につけた。
「なんだ? そりゃ」
「俺が間違ってた。俺が勝手に思い込んで……。勝手に、久遠のしあわせを作ろうとした。……親のあんたが、それを一番望んでいるはずなのに」
「……バカが。なんで謝る? 千歳、お前の行動を評価すんのは、俺じゃねえ。久遠だ」
「久遠……」
千歳は久遠に向き直る。そして、また頭を下げた。
「久遠……。俺が悪かった。俺が……」
「ちとせ。くおん、ちとせのおかげでここにいる。ちとせ、くおんしんぱいしてくれた。だから、すき」
久遠が千歳の頭をそっと撫でた。
「ちとせ、わるくないよ」
そう言って、久遠は父に向き直り、千歳と同じく、手をついて頭を下げた。
「ごめんなさい、ぱぱ。ちとせ、ゆるして!」
轟三郎は、一瞬微笑んで、照れたように口をとんがらせた。
「別に、怒っちゃいねえよ。ただ……。ひとつだけ、お前らに言っておくことがある」
「……?」
「ここまで見せ付けてくれたんだ。もちろん、千歳、お前は男らしく責任とって、久遠を嫁にすんだよなぁ?」
「なっ!?」
「じゃねえと俺の腕の分、ゆるさねえぞこらぁ!」
「え、ええ!?」
「くおんもさんせい。くおん、ちとせのおよめさんになる!」

 ♪ ♪ ♪



444 :ワイヤード 第十八話  ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/30(金) 09:15:01 ID:vbnov0E+
そんなこんなで、千歳と九音寺家の付き合いは始まった。
結局山で暮らすのが一番いいとされた久遠は、山小屋に逆戻りとなった。
ただ、九音寺組は千歳の意見を聞き入れ、ある程度は久遠のもとに人をやって、久遠が淋しくないようにすることとなった。
轟三郎も、以前よりもずっと多く久遠のもとを訪れるようになったという。
また、ろくな教育を受けていなかった久遠は、千歳が教育することとなった。これは九音寺組の受けた被害の賠償だとのことだ。
久遠はぽけっとしているが、知能は低くは無い。覚えも早いほうで、学力自体は年齢相応になった。
ただ、話し方はもともとのぽやぽやしたものが引き継がれている。
さて、久遠が『鬼』だとされる根拠について、補足しなければなるまい。
数百年前のことである。
九音寺家党首だった久遠聖人は、若くして出家をし、山奥の庵へこもった。
人柄もよく、仏道の知識も多く、もしや悟りに近いのではないかと囁かれ、一部の伝承では晩年悟りを開いたとされる彼だが、九音寺家に伝わる、ある伝説では、全く違う人生を辿っている。
久遠聖人は出家をしたが、その目的は悟りではなく、妖魔たちに苦しめられる人々の救済だったという説。
その説話では、久遠聖人の住む山には『鬼』が住んでおり、時折村に下りてきて人々を苦しめたという。
これは農作物を食い荒らす虫の大群を意味しているのだろうと言われているが、事実は不明だ。
とにかく、久遠聖人は、その生涯を鬼との闘いに費やした。そう語られている。
その末路には、救いが無い。
久遠聖人は鬼を自らの体のうちに封じ込めることに成功するが、鬼の意思は死なず、久遠聖人の子孫代々に乗り移っていったという。
僧侶である久遠聖人がなぜ子を残したのかは全くわからないが、悟りが目的ではなかったという説である、無い話ではない。
轟三郎が言うには、実際に九音寺家に生まれる子の中には一人だけ必ず他を遥かに超越した力を持つものが現れるという。
それが、轟三郎であり、久遠なのだった。
久遠は特にその傾向が顕著で、幼少時から卓越した力を持つがその代わり感情が爆発した時の凶暴性も半端ではないのだ。
それが、久遠が『鬼』と呼ばれる所以である。

ただ、千歳はその説を疑わしいと思っている。
久遠が何らかの爆弾を抱えているとはいっても、久遠の屈託のない笑顔をみていると、そんな話も笑い話に思えるのだった。
久遠は、血生ぐさい世界から、本人の努力次第で切り離せるのではないか。
それを信じて、千歳は久遠を育てていくのだった。

だが、それは久遠が千歳に依存していくことを促進しているだけだという事実には、まだ、だれも気付いていない。