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424 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/10/12(金) 23:38:48 ID:F9jMz0Zs

 いつかどこかで。そんな言葉が、頭の中に浮かんでくる。
 いつかどこかで。
 いつかどこかで、これに良く似た光景を見たな――身体から離れて落ちていく首を見ながら、
不思議なほどに冷静にそんなことを思う。いつかどこかで。確かに見た。落ちていく首を。首
には“そこから先”が存在せず、赤い断面を見せながら、赤い血液を撒き散らしながら、くる
くると、狂々と、落ちてくる。
 落ちる。
 散る。
 朽ちる。
 落ちる。
「あ――――――」
 今度のその声が、どっちのものだったのか、僕には自信がなかった。僕の声だったのか。そ
れとも、隣にいる如月更紗の声だったのか。あるいは、その声は本当に存在するのか。サイレ
ンのように鳴る言葉。チャイムはない。空気は静かに震えている。
 思い出す。世界の揺れを肌で感じながら、僕は想いだす。いつかどこかで――そう遠い昔の
ことじゃない。そんなに何度もあってたまるものか。ただ単に、思い出したくなかっただけだ。
 ――神無士乃の死ぬところなんて。
 それでも、思い出してしまえばそれはそっくりだった――あの地下室で、神無士乃の首が落
ちてきたときと。
 ただ一つ、決定的に異なるものがあるとすれば、今落ちてきた首は、あのとき神無士乃の首
を切り落とした人物の首だということだ。
 即ち。
 如月更紗と――同じ顔をした首。
 ちょきん、と。
 聞こえるはずのない、鋏の音を聞いた気がした。
「そう――かい」
 そう、言ったのは。
 誰でもない――僕でもない――他の誰でもない、如月更紗だった。屋上の床に転がる、自分
とまったく同じ顔の生首を見て、そう呟いた。
 人間の声にしか聞こえなかった。
 死に対する憤りも怒りも驚愕も恐怖もない、揺れ動く感情を一切感じさせない――少しだけ
疲れたような、溜め息まじりの声だった。そこには非日常性を含まない、どこまでいっても人
間的な――日常があるだけだった。
 なんだ……? なんなんだ一体。如月更紗の落ち着き払った態度に、僕は逆に混乱してしま
う。どうしてお前はそんなに冷静なんだ。つい先まで話していた、自分の姉妹の生首を見て
――どうして少しも動じずにいられるんだ。それじゃあ、それじゃあまるで始めから知ってい
たみたいじゃないか。
 こうなることを。
 問いただしたかった。
 問いたださなかったのは、僕よりも先に、如月更紗が再び口を開いたからだ。
「……くるよ、冬継くん」
 ――くる?
 何が、と聞く暇はなかった。すぐに思い至る――そうだ。これがあの時と同じだというのな
ら。このあとにくる展開はわかりきっている。あの時、神無士乃を殺した、如月更紗に似た誰
かが会談を降りてきたように。
 今。

 ゆっくりと――扉が、開いた。




425 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/10/12(金) 23:39:36 ID:F9jMz0Zs

 初めに見えたのは、黒い傘。
 あの夜と同じだった。黒と白のその姿が目に移る。開いた扉の向こうは色が失われていた。
 ――黒白。
 白く、黒い。モノクロで歪な姿。着ている服は輝かんばかりに白い、フリルの過剰なウェデ
ィングドレス。スカートの前は大きく膨らんでいて、後ろは地面すれすれまでテールコートの
ように伸びていた。袖口は大きく膨らんでいるのに、肩と腋がむき出しになった奇妙な服。
 あの夜と違うのは、薔薇をあしらったヴェールはなく、その顔ははっきりと見えていた。
 長い長い黒髪と――中性的な顔。
 どこかから、猫の鳴き声が、聞こえた。
 そして、少女が、一歩だけ前へと踏み出す。背後で扉が閉まり――それ以降は、歩いてこな
い。そして僕は気付く。彼女があの夜と違うことに。あの夜は、黒と白だった。
 今は違う。
 今は、黒と、白と、赤だ。
 純白のウェディングドレスは――返り血で、真っ赤に染まっていた。
 赤く、
 赤く、
 真紅の花嫁。
 血にまみれた――モノクロの少女が、傘をくるりと、回した。
「やぁ」
 と。先手を切り出したのは僕でもなく謎の少女でもなく、隣に立つ如月更紗だった。ほがら
かな笑みを浮かべて、まるで歓迎でもするかのように両手を広げている。口元はにやにやとつ
りあがっていて――本当に楽しそうだった。
 ……楽しいのか?
 この状況で、如月更紗は楽しんでいるのだろうか。この状況を楽しいと思っているのだろう
か。少なくとも、僕はコレを楽しめるほどにイカレてはいないらしい。楽しむどころか、さっ
きから頭は混乱の連続しっぱなしだった。ハサミも生首もひとまず放って、どっちでもいいか
ら状況説明しておほしい。正直何がなんだかまったくわからないぞ。
 僕の内心の願いもむなしく、如月更紗は笑ったままに、彼女たちにしか判らない言葉を吐き
出した。
「やぁやぁやぁ――久し振りだね久し振りじゃない。やはりまさか君がきてくれるとは夢にも
想わず現実で思っていたよ」
「――――――」
 相対する少女は何も言わずに傘を閉じた。傘の先から垂れた液体がコンクリートの床に赤い
染みをつける。どうやらあの傘、真っ当な使い方をされなかったらしい。隣に転がる生首を見
れば、あの液体が何なのか想像もつくというものだ。
 文房具にすら見えないハサミを振り回すバカもいるので、今更驚きはしないが。せいぜい呆
れるくらいだ。
「馬鹿というほうが馬鹿なのよ冬継くん」
「当然のようにモノローグを読むんじゃねえ!」
「顔に描いてあったのよ」
「お前僕を見てないじゃん!? 黙って前見てろよ緊迫した場面なんだから!」
 ろくでもないやりとりだった。
 しかも謎の少女、くすりとも笑わねえ。むしろ僕が笑い出したい。


426 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/10/12(金) 23:40:45 ID:F9jMz0Zs
 如月更紗も笑ったままに、
「人生にはつねに笑いが必要というのが私の哲学なのさ」
「お前がそんな哲学を持ってたとは初めて知ったよ……」
「人生には愛が必要なのよ?」
「なんで疑問系なのかわからないけど、それなら、まあ……」
「人生にはエロが必要なのよ!」
「堂々と言い切ってもらって悪いがそれはないな!」
 馬鹿なやりとりだった。
 ちらりと視線をずらすと、まったく変わらない位置で、まったく変わることのない表情のま
まに少女は立っていた。笑いもしなければ襲ってもこない。完全な無視だった。
 今まで一番の強敵かもしれない。
 いや、今までにだって敵がいたわけじゃないけど。
「で、アイツはどこの誰なんだ?」
 相手が動かないのをいいことに、堂々と如月更紗に向き直って訊ねてみる。おおよその見当
はついているが、できれば如月更紗の口からはっきりと聞きたかった。
 如月更紗は僕の質問に、微かに首を傾げて、
「知らないわね。冬継くんのお友達?」
「あんな奇抜なオトモダチはお前だけだよ!!」
 どう考えたってあれはお前の――いや。
 狂気倶楽部の関係者に、決まっているだろうが。
「あら」如月更紗は僕を顧みて、「神無士乃は――友達じゃなかったのかしら」
「…………」
「それに、私は友達でいいのかしらね?」
「……? どういう意味だそれ」
 如月更紗は答えなかった。不敵に笑うだけで、僕から視線をそらす。僕もまたつられるよう
にその視線を追って、立ち尽くす少女を見た。
 やっぱり、さっきから少しも動いていない。畳んだ傘を手にもって、残る手を軽く添えてい
る。いつかの夜のように、突然切りかかってくることもない。
 そういえば――今更にして思い出したけど、あの杖は仕込み刀だったっけ。本当に何でもア
リだな、狂気倶楽部。
「どう言う意味もこういう意味も、そういう意味よ」
 言った如月更紗の横顔は、一瞬だけ微笑んでいるように見えた。それは一瞬だけのことで、
すぐにいつものにやにや笑いに戻ってしまったけれど――気のせいなんかじゃ、なかった。
 どういう意味だったんだろう、その笑みは。
 色々考えてしまうじゃ――ないか。
「君は私のことを友人だと思っているのかい――チェシャ?」
 唐突に。
 如月更紗は話の矛先を僕から少女へと向けた。初めから話をふられることがわかっていたか
のように、少女は身動ぎもしない。表情すら変えずに――何一つとして、反応を返さない。
 むしろ、驚いたのは僕の方だった。聞き覚えのある名前に驚愕せざるをえない。
 チェシャ――チェシャだって? その名前には聞き覚えがあるし、いつかにその名を持つ相
手と遭遇したことがある。チェシャ猫。不思議の国のアリスにでてくる、にやにや笑いだけを
浮かべて消える猫。
 けど――彼女は今、にやにや笑いを浮かべていない。
 そのせいか大分印象が違うけれど……そうだ、解った上でよく見てみれば、確かにその顔は
学校の帰り道で見かけた少年のそれと同じだった。髪を帽子で隠していたのか、カツラをかぶ
っているのか、少女なのか少年なのかはわからないが、とにかく、あのチェシャとこのチェシ
ャは同一人物なのだろう。


427 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/10/12(金) 23:42:06 ID:F9jMz0Zs

 …………。
 こいつが――僕を狙っていたのか。
 しかし、そのわりには実感も実害もない。姐さんを殺したかもしれないのは五月ウサギだし、
神無士乃を殺したのは如月更紗の姉妹だ。一度として、チェシャ猫は僕に関わってきていない。
完全に無関係な通行人だ.
 だからこそ――怖い。
 ここまで一切関わってこなかったやつが、今此処で、このタイミングで関わってくることが。
 如月更紗は狂気倶楽部を“ごっこ遊び”と言った。これがごっこ遊びであるのなら、お話は
そろそろ終盤に近いはずだ。主だった登場人物は減りに減って、物語はクライマックスを迎え
ようとしている。これ以上、話は展開しそうにもない。それがどんな形であれ――エンディン
グはすぐそこだ。
 だというのに。
 ここにきて、新しい登場人物が現れるだなんて。
 否が応にも考えてしまう。物語を盛り上げるためのキャラクターではなく、物語を終らせる
ための機構。
 デウス・エクス・マキナ。
 機械仕掛けの神。
 彼女は、そういう役割なのではないかと――――――
「あぁ、ああ! そうかそうだねどそうだとも。返事をしてくれなくて寂しいと思ったが――
今の君はチェシャではなく、こう呼ぶべきだったね。

 ――アリスと。

 その名で、君を呼ぶとしよう」
 僕の思考を貫くような、如月更紗の言葉に。
 チェシャは――アリスは。
 初めて、その表情を崩した。口元を歪めて。目元をさげて。確かに――裁罪のアリスは、満
足げな笑みを浮かべた。
「アリスは……共通ハンドルだったな」
「えぇ。けれど冬継くん、彼女は真のアリスよ。アリスたちの中で最も“不思議の国のアリス”
に近い――裁罪のアリス」
 真のアリス。
 アリス・イン・アリス。
 成る程――真打ちか。アリスが何人もいるというのなら、当然その中にも多少なりとも上下
関係があるのだろう。一番アリスに近い存在。それがチェシャということか。
 それは――最も狂っているということに、他ならない。
 裁罪のアリス。
 罪を裁く死のアリス。


428 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/10/12(金) 23:42:57 ID:F9jMz0Zs

「で、だ」
「んん?」
「そのアリスさんは、何をぼけっと突っ立ってるんだ?」
 顎先でアリスを指して僕は言う。視線を向けられてもアリスは動くことなく、笑ったまま、
扉の前から動こうとしない。足許に転がったまま放置された生首だけが、異様な存在感をかも
しだしている。
 身体は……どこにいったんだろう。
 如月更紗を見る。彼女の首も、身体も、ちゃんとそこにあった。そのことに……少しだけ、
僕は安堵する。
「冬継くん、そんなに見つめられたら照れるわよ」
「素敵に胡散臭い言葉だな……」
 お前が照れた所なんて想像すらできない。
 そんな意味をこめた視線を送ると、視線から意味を悟ったのか如月更紗は笑い、
「ピロー・トークは二人きりのときにしようということね?」
「アイ・コンタクトなんて幻想だったんだな!」
「エロー・トークがいいだなんて……冬継くんははしたないね」
「もしかしたらお前自分で気付いてないかもしれないから教えてやるけど、はしたないのはお
前であって僕じゃないしついでにマッド・ハンターの時と如月更紗のときえお前キャラが全然
違ってるからなお前!」
 ツッコミが長すぎる上に、一文でお前を四回も使ってしまった。
 狂気倶楽部――ごっこ遊び、か。
 演じること。
 如月更紗を演じる。
 マッドハンターを演じる。
 はたしてどっちが本当の彼女なのだろうか。どちらも本当の彼女じゃないのだろうか。どち
らとも本当の彼女なのだろうか。
 本当って、なんだ?


429 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/10/12(金) 23:44:01 ID:F9jMz0Zs

「ごっこ遊びだからさ」
 今度こそ本当に表情から思考を読んだのか、如月更紗はそんなことを口にした。
「……それ、どういう意味だ?」
「彼女がどうして動かないのか――それについての答えよ、冬継くん」
「ごっこ遊びだから、動かない?」
「動けない、とでも言うべきね。もっともアリスに近いから――誰よりもアリスに左右される
。登場人物が出そろうまでストーリーを進めることができない」
「…………これ以上誰が増えるんだ?」
 まさか今更五月ウサギとか出てくるんじゃないだろうな……。それとも一度も名前が出てこ
ない、お茶会の最後の登場人物であるヤマネでも出てくるのか。
「いやいや冬継くん、奇しくも君の考えたとおりよ。

 ここには如月更紗はいてもマッド・ハンターがいない。

 ――そういうことさ、そういうことなのよ」
 言って。
 如月更紗は、あっさりと踵を返した。何の躊躇もなく、アリスに背を向ける。見ている方が
はらはらする行為だったが、アリスはそれでも動かない。如月更紗はつかつかと歩き、フェン
スに添えるようにしておいたままにしてあった、黒赤のトランプ柄のトランクを手にした。
「あ、それ――」
 そういや、屋上にきたときには意識していなかったけど……あのトランクケース、僕の家に
持ってきていたやつだよな。
 なら――あの中には。
 見遣る僕とアリスの前で、如月更紗はトランクケースを押しあける。
 中には。

「さぁ、さぁ、さぁ――冬継くんにアリスちゃん。楽しい楽しいお茶会を始めましょう」

 あの夜に見た、男物のタキシードと――シルクハットが、収まっていた。