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141 :猫の鳴き方 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/02/16(月) 12:01:05 ID:VdWaY5ge
土曜の夜とは、学生にとって特別なものである。
一週間、退屈な勉学に耐え抜いてようやく与えられる休息。友人と遊んだり、趣味に費やしたり、はたまた何もしなかったりと、十人十色の楽しみ方があるだろう。
さらに、なんといっても翌日、日曜日も休みだということ。これが意味するのは夜更かしの可能。それが何にも変えがたい喜びであると、俺は断言しよう。夕方、夜に何をしようかと考える時間も垂涎ものである。
その特別な夜に、何故俺は左の頬を腫らしているのだろうか。
「おにぃが悪いんだからね」
「だからってガチパンはないだろうよ」
「じゃあ次は蹴ってあげる」
「蹴るのは俺の意見だけにしてくれ」
ため息をつくと、一回りほど膨れた頬に氷嚢を当てる。布越しとはいえ、冬場に氷を皮膚にあてがうのは、健康上よろしくない。さっきまで俺が座っていたソファーに座る妹を、恨めしく睨みつける。
遡ること数分前。連日通り両親は不在で、今日も妹の作った夕飯を食べた。
本日のメニューはぺペロンチーノを添えた和風ハンバーグとサラダ。家事を任されてはや5年、妹の料理の腕はすでに母と並んでいた。
食後は2人で皿を洗い、それが終わってから、俺は今晩の計画を練りつつ、リビングのソファーに腰掛けた。
なんとなしにテレビの電源を入れた時、毎週欠かさず見ているスピリチュアルカウンセリングの番組が、今日は2時間スペシャルだということを思い出した。
迷わずリモコンのボタンを押したとき、後方の妹から猛抗議が寄せられた。お笑い番組が見たいという妹に対し、リモコンを死守しようとした結果、渾身の右ストレートが俺の頬に炸裂したというわけだ。
「リモコン如きでガチパンとか」不平をこぼしながら、カーペットの上に腰を下ろす。ソファーが一つしかない以上、仕方のないことである。
妹がそんな俺を見てきたが、すぐに視線をテレビへと戻していった。
「たまにはチャンネル変えろよ」
「いやよ、あんなジジくさい番組」
「おまっ、どこがだよ」
「全部よ。それに、この前イカサマ霊能だってバレたじゃん」
「陰謀だよ、陰謀」ミエ原さんを崇拝している俺としては、あの程度で揺らぐ信仰心ではない。「ただ、黄色い人はどうかと思う」
「あたしはあっちのが、むしろ信用できるなぁ」
「わかってないな、お前は」
座ったばかりだが、再び立ち上がる。テレビから目をそらさなかった妹が、急にこちらを見上げた。大きめの瞳が俺を見つめてくる。
「どうしたの?」
部屋、とだけ言って背を向けると、トレーナーの首元が軽く締まった。振り向けば、ソファーの背もたれに上半身を乗せた妹が、裾を掴んでいた。
「・・・ちょっとぐらいならチャンネル変えても良いよ」
「ちょっとじゃヤダ」瞬間、リモコンが右頬に激突した。
「バーカ!バーカ!この、ムラタコ!!」
「ムラタコ言うなぁっ」
その晩、俺は両頬の痛みに悶絶することに手一杯で、なんの面白みもないまま特別な夜が更けていった。


142 :猫の鳴き方 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/02/16(月) 12:01:44 ID:VdWaY5ge


月曜日、腫れは引いたものの、まだ鋭い痛みが頬には残ったまま登校し、授業を受けた。ただでさえ授業というものに身の入らない体質なのに、その日は格別だった。
「両手で頬触ってなにしてんの、コージ」恋する乙女かよ、とツッコミながら、マサシは椅子ごと振り向き、俺の机に自分の弁当を置いた。
「猫がちょっとな」
「わりぃけど、獣姦には同意しかねる」
「死ねよ」
「擬人化は許容範囲内」
「消えろよ」
下品でレベルの低い会話をしていると、突然、視界の横から手が伸びてきた。青い布袋を持った細い腕を辿っていくと、そこには穏やかな笑みを湛えた彼女がいた。
「ムラタくんって、猫飼ってたっけ?」そう言うと、手にした袋を俺の机に置き、隣の机の椅子に座った。「はい、約束どおり作ってきたよ」
「おぉっ、サンキュー、ミア」
「手作りか、手作り弁当なのか」マサシが鼻息荒く寄ってくるが、無視する。
ミアはウェーブのかかった茶髪に、赤いカチューシャをしている。少しタレ気味の目が可愛らしく、なによりスタイルのよさが目立つ。
いまどき珍しい、穏やかでよく気の回る娘で、僭越ながら俺の彼女である。
「嬉しいなぁ」
「あ、待って」
袋から取り出し、弁当の蓋に手をかけたところでミアが静止をかけてきた。とはいえ、はやる気持ちを抑えられない俺の手は止まるはずもなく、蓋を開けてしまった。
から揚げに卵焼き、そして春巻き。定番といっても良いであろうおかずが詰められ、敷居を挟んでご飯がある。これまた、ある意味定番と言える、ハート型に切り抜かれた海苔が乗っていた。
「ハートか、ハートなのか、えぇ!?」
「あぅ・・・・」顔を赤くして俯く。
「愛妻弁当か、愛妻弁当なんですかっ?」
「お前、うるさい」迫るマサシの顔に掌を押し付けて押し返す。モガモガと何かを言っていたが、どうせろくなことではない。「さて、マサシ君。この状況でキミがするべきことは何かな?」
椅子に戻ったマサシは、わざとらしく首を傾げてから、手をポンと叩いた。
「空気を読むことですね、先生」
「その通りだ」
「わかりました。教室全体の空気を読んで、バカップルに教室の空気が汚染されないように、適度にかき混ぜる役を買って出ます」
そう言うと、自分の弁当を広げ、貪るようにがっつき始めた。ミアは苦笑いを浮かべ、俺はため息をついた。


143 :猫の鳴き方 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/02/16(月) 12:02:24 ID:VdWaY5ge


「おにぃー」一段落して、いよいよ弁当に箸を伸ばそうとした時、教室の扉がスライドした。
予想通り、そこには妹がいた。腿に達するほどの、異常とも言える長さの黒髪を揺らしながら、切れ長で、それでいて大きめの瞳でこちらを見ていた。
それにしても、ミアを見た後だとスタイルの貧しさが際だつ。
「おにぃ、また弁当忘れてさ。どうせ購買のパンでも・・・」
青いバンダナで包まれた特大の弁当箱を持って席まで来たが、机の上の弁当箱を見て、急に固まった。言葉だけでなく、表情までもがだ。
「何、ソレ」普段からどこか冷たげな声が、いつにも増してそう感じる。
「あぁ、ミアが作ってくれたんだよ」
「ミア?」
俺は無言で、隣に座るミアに手を向けた。ミアは、おどおどしながら頭を下げる。女性としては身長が高い方である妹から、威圧感に似たものを感じているのかもしれない。
「これ、妹のミヤ」ミヤは不躾に、首を僅かに下げた。
嫌な沈黙が空間を支配する。見下すようにミアを見つづけるミヤと、それに脅え、今にも泣き出しそうに俯くミアに、あのマサシまでもが箸を止めていた。
「おにぃ、勝手なことしないでよね」
「勝手って、昨日言っただろ」
「言ってない」落ち着いた口調だが、節々から怒りがにじみ出ているのが分かる。
「聞いてなかっただけだろ」
「聞いてなかったら言ってないのと同じじゃない」
「おまえなぁ」
「食材が無駄になるじゃない。タダじゃないんだからね」
理不尽というか、いつも通りの自分中心さに嫌気が差してくる。こういう時、適当に流そうとするのは俺の悪い癖らしい。「じゃあ食うよ、食えばいいんだろ」
「“じゃあ”ってなによっ!!」
急に語気を荒げ、机を叩く妹にたじろぐ。教室中の空気が張り詰める。
「言っとくけどね、あたしだって暇だから弁当作ってるとかじゃないんだからね」言うと、ミアの弁当に一瞥をくれる。「こんな冷食だらけの弁当と違って、あたしは」
「ミヤっっ!!」 無意識に叫び、椅子を立っていた。カッとなった頭が急速に冷却され、謝ろうかと思った時、弁当箱が顔面を強襲した。
「ばかっ、ばかっ、ばかぁっっ」
痛みに堪えながら、教室を走り去るミヤを目で追った。それから、静まり返った教室を見渡すと、誰もが冷ややかな目で俺を見ていた。
何か言い訳をしようとして口を開きかけて、やめた。床に落ちたミヤの弁当を拾って、席につく。
「・・・ごめん、ね」
「悪いのは俺だから」
嗚咽交じりに謝るミアを撫でていると、マサシと目が合った。
「猫は難しいなぁ、ムラタコ君」
「ホントにな」
ミャーミャー鳴いているだけなら可愛いのだが、噛まれたり引掻かれるのは遠慮したい。


144 :猫の鳴き方 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/02/16(月) 12:02:54 ID:VdWaY5ge


スッキリしない気持ちのまま、凍てつく家路をたどる。あれ以降ミアも黙り込んでしまい、文句を言いながらもいつも校門で待っていてくれるミヤも、今日はいなかった。
ミアが何も悪くないのは、言うまでもない。ただ俺の注文どおりに弁当を作ってくれただけだ。さらに言えば、俺も悪くない。
俺は昨日ミヤにしっかりと弁当の旨を伝えた。テレビにかじりついたミヤは生返事を寄越してきたため、俺は5回言った。そして、2回はたかれた。
どう考えても、話を聞かず、勝手にキレたミヤが悪いのだが、ここはやっぱり俺が謝るべきなんだろう。
悪かろうと悪くなかろうと、責任を背負って謝るのが年長者というもので、ミヤの兄としてはこの責務が普通よりも重い。まぁ、16年間も付き合えば、いい加減に慣れては来る。問題はない。
「ただいま」
最終手段の準備をして、家の戸を開ける。ミヤに謝りに行く時、玄関の目の前にある階段を上ってミヤの部屋に行くのではなく、廊下のドアを開けて、リビングへと向かう。
ミヤは出不精なので家にいることが多いが、何故か、自分の部屋にいることは少ない。リビングのソファーに座り、テレビを見ているか、寝ているか、本を読んでいるかだ。
リビングに入ると、ソファーの背もたれに隠れて、脚の先っぽだけが見えている。もしやと思い、なるべく音を立てないようにして近づくと、案の定、肘掛を枕にして仰向けに眠っていた。
帰ってきてそのまま横になったのか、制服姿に黒のカーディガンを羽織っているものの、前のボタンを開けているせいでワイシャツが見えてしまっている。残念ながら、冬服は厚いので透けて見えることはない。
とはいえ、小さな膨らみが一定のリズムで上下する様は、道徳上よくない気持ちになってくる。また、長い髪を敷くようにして眠っているというのは、一般的にはなかなか見られない怪奇映像である。
カバンをそっと置いてから、背もたれに両腕を乗せて、少しだけ乗り出す。こう間近で観察をすると、我が妹ながらなかなか可愛いものである。
出不精のせいか、他の人と比べて色白で、そこに長い睫毛が良く映えている。小ぶりなピンク色の唇、鼻は少しだけ低めだが、あまり気にならないぐらいに他のパーツが整っている。
「寝てりゃあ可愛いのな」
「起きたら可愛くなくて悪かったわね」
「のあっ」
映画で横たわったゾンビが突然目を開くシーンのように、何の前置きもなくミヤは目覚めた。ゆっくりと起き上がり、俺を睨みつけてくる。ただでさえ鋭い目つきが、寝起き補正で1.3倍ほど鋭さを増している。
「眠ってる妹になにしようっての?」
「なにもしねぇよ」
「ふーん」観察だよ、と言い訳する俺を、ミヤがニヤニヤしながら見てくる。
それを払うように一度、咳払いをした。「今日は悪かったよ」


145 :猫の鳴き方 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/02/16(月) 12:03:21 ID:VdWaY5ge
ミヤの表情が曇る。不安げとも、悲しげともとれる、憂いを含んだ顔となった。
「なんでおにぃが謝るの?」
「急に思いつきでああいうことした俺が悪いんだから、当り前だろ」
「・・・・いつもそう。あたしが悪いのにおにぃが謝ってばっか」
「兄だからな」
冗談っぽく胸を張り、拳で叩いてみたものの、ミヤは萎れてしまったままだった。彼女なりの反省なのだろうか、俺が謝るタイミングではこうなることが多い。ただ、次に活かさなければ反省とは言えないのだが。
手持ち無沙汰になった俺は、カバンから特大の弁当箱を取り出して、包みを取る。そのまま流しまで行こうとした時、ミヤの冷たい声が耳に入ってくる。
「おにぃ、あの人彼女?」
「ああ、そうだよ」
「いつから?」
「一ヶ月くらいかな」
「・・・なんで、言ってくれなかったの?」
何時の間にかソファーを立っていたミヤは、流しの前に立った俺の背後に回って、右腕の肘あたりの袖を掴んできた。
「わざわざ言う必要もないと思って」
「なんでっっ」急にミヤが力を入れて引っ張ったため、右手に弁当箱を持ったまま、身体が傾く。「あ・・・」
ポツリと呟くミヤの視線を辿ると、その視線は空の弁当箱へと向かっていた。丁度ふたを外そうと左手をかけていたところだったので、ミヤに引っ張られて蓋が外れてしまった。
「おにぃ、これ」
「ん、美味かったよ、今日も」
「だって、あの人が作ったんじゃ・・・」
「せっかく作ってくれたのに勿体無いだろ」ほぼ腕にしがみ付いている状態のミヤは、俺の肩に顔を押し付けると、小さく鼻を啜るような音が聞こえてきた。「おまっ、泣くほどか?」
「ないて、ない、もん」押し付けたままの篭った声は、咽ぶように途切れがちだった。
いつもツンケンしている妹だが、本質はどちらかというと弱々しい。小学校の頃なんか学友にからかわれてよく泣いていたみたいだし、家では四六時中、俺の後を追い掛け回していた。
中学生になった頃だろうか、ミヤが反抗的になったのは。なにかとすぐに手が出るようになって、学校でも端にいるタイプだったのに、何時の間にか中心に立っているようになった。
それでも兄妹仲にヒビが入らなかったのは、偏に俺の努力といえるのではなかろうか、と自画自賛する最近。
「後でフォローいれたけど、お前自身もミアに謝れよな」
「・・・まえむきに、ぜんしょ、する」
「せめて努力するって言ってくれ」


146 :猫の鳴き方 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/02/16(月) 12:03:53 ID:VdWaY5ge


落ち着いてからのミヤはやたらとご機嫌で、テキパキと料理を作り、いつもどおり2人で席についた。
「いただきます」
「いただきまーす」
今日はから揚げとポテトサラダで、もちろん両方とも手作りだ。揚げたてのサクサク感は、やはり市販の惣菜では味わえるものではない。
しかも、普通のから揚げとは別に、塩とガーリックで味付けしたものまで作るという手の込みっぷり。これはもう、母を追い越してしまっているレベルだ。
「めちゃくちゃ美味いよ」不安げに問うてきたミヤに、正直な感想を送る。
「ホント?嬉しいっ」
思わず箸が止まってしまった。目を細めて笑うミヤは、朗らかな表情でありながら、どこか凛とした美しさがある。不覚にも胸キュンである。
「そ、そんなに見ないでよ」
「んぁ、わるい」慌てて米をかっこみ、インモラルな感情を押し流す。彼女がいるというに、二重の意味で最低だ。
「あの人のとどっちが美味しい?」
いきなりの質問に、思わずから揚げが喉に詰まり、傍らの牛乳に命を救われた。
「ねぇ、どっち?」
なるほど。特に特別な日や休日でもないのに、から揚げなどという手の込んだものを作る理由がこれか。対抗心というか競争意識というのか、とにかくミヤはそれがやたらに強い。
ただ、この勝負は卑怯だ。ミヤには揚げたてで、その上調理中の匂いによる食欲の刺激という、二大アドバンテージがある。
対して、ミアの弁当に入っていたから揚げは若干冷えていたし、なにより手作りではない。
「状況が公平でない以上、勝負にはなりません」
「なによ、それ」
「ただ」口内のものを飲み込んでから、一息つく。「比べなくたって、ミヤのは充分に美味いよ」
「・・・そんなの当り前だもん、おにぃのバカ」
白い頬をほんのりと赤らめるミヤは照れ隠しなのか、目線を逸らして悪態をついた。相変わらず分かりやすい奴だ。

それからしばらくして、ミヤが急に切り出した。
「おにぃは、あたしに彼氏できたらどうする?」
「なんだよ、急に」
「いいからっ」
「そりゃあ、祝福してやるよ」
「嫉妬とかしない?」テーブルに肘をつき、両手の上に顔を乗せたミヤは、ニヤケ顔で俺を覗き込んできた。
「嫉妬・・・まぁ、少しはするかもな」
「本当っっ!?」
急に立ち上がり、身を乗り出すミヤにたじろぐ。「いや、少しだぞ、少し。邪魔はしないよ」
「でも嫉妬してくれるんだぁ・・・えへへ」
再び目を細めて椅子に座りなおすミヤの顔が、顎の下を撫でられた猫のように見えてしまった。
どこか和んだ気持ちになっていると、ふと、使うことのなかった最終手段を思い出した。使わずに仲直りできたが、この際だから誘ってみようか。
「ミヤ、週末に買い物に付き合ってくれないか?」
「付き合うっっ」再び机を叩きながら立ち上がる。から揚げが僅かに浮いたように見えた。「や、ちがっ・・・その、付き合ってあげても、良いよ」
「助かるよ」冬服が欲しいんだ、と言うと、ミヤはやれやれ、というジェスチャーをした。
「おにぃって、あたしが選ばなきゃ服買えないもんねぇ」
「センスないからなぁ」
事実、所持している服の半数以上が妹の選んだものだ。こういう時、女きょうだいというのは助かる。
饒舌に悪態をつきながらも上機嫌なミヤを、再び猫と重ねて見ていた。


147 :猫の鳴き方 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/02/16(月) 12:04:32 ID:VdWaY5ge


びっくらこきましたぁ、と言いながら顔芸をするマサシに、容赦なく馬場チョップをかました。
昼時、やはり俺とミアが食べているところにはマサシがいる。どかそうとしても、これが俺の使命だ、とか、ここは俺の席なんだからお前らがどっかいけ、と喚き散らかされる。
正論だけに、反論が出来ない。
俺とて、できるものならラウンジや学食で食べたいが、俺如きがミアと一緒にいるのをよく思わない不特定多数が恐すぎるのだ。
最近では、靴に画鋲が入っているのが普通で、入っていないと違和感を覚えてしまう程である。大概、そのような場合は帰り道の背後が危険だ。
妹の乱入から二日後の水曜日、ミアはもういつも通りの元気を取り戻している。話題に出さないようにため、直接は訊けないものの、おそらくミヤはまだ謝っていないだろう。
それでも文句一つ言わないのだから、その心の広さが窺い知れる。
「で、なにが?」今日も入っているから揚げに、食べる前から胃がもたれ始めた頃、マサシに問い掛けた。
「いやね、それが大ニュースなわけですよ、義兄弟」
「なにを勝手に」
「予定ですよ、お兄ちゃん」
「黙らんと鼻の穴に指突っ込んで脳みそかき出すぞ」
「ミイラになる予定はないっす」
「そ、それで、ニュースって?」
我に返り、ミアの前だということを意識しなおす。
「いや、それがね」言葉を切ると、大げさな深呼吸をした。「俺、ミヤちゃんに告られちった」
「・・・へぇ」
「それだけ!?それだけですかお兄様っっ」
「うん」間を空けただけ、ありがたいと思って欲しい。
一昨日の会話から、なんとなくこうなるような気はしていた。わざわざ彼氏が出来たら、という話をするのは、やはり告白する予定やされる確証があってのものだろう。
なにより、俺に彼女が出来たことを知ったミヤが対抗しようとしないはずがない。相手がマサシというのは予想外だが、だからといって反対もしない。
「お前、根はマトモな奴だし、別に反対する理由はねぇしな」
「にぃや・・・」
「それ以上言うと顎を重点的に4,5発殴るぞ」から揚げを咀嚼してから、次もまたから揚げに箸をつけて、言う。「まぁ、あいつ泣かしたらそれ以上のことするけどな」
「安心しゃーさい、絶対幸せにするからさ、おにぃ」
飛躍しすぎだ、とツッコミながら口へと運ぶ。幸せそうに笑うミアが、視界の隅で霞む。
から揚げがなかなか飲み込めない。


149 :猫の鳴き方 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/02/16(月) 12:06:12 ID:VdWaY5ge


「おにぃ」
校門ではいつも通り、長すぎる髪を遊ばせた妹が手を振っていた。制服の上にサイズの合っていないブラウンのダッフルコートを着ているミヤは、袖口から指先しか出ていない。
もやもやした気持ちを抑え付けながら横に並び、二人で歩き出す。
ミヤが高校に入ってからは、こうやって毎日待ち合わせては、スーパーで晩御飯の買い物をしている。我が家が基本的に買い置きをしないのは、かつて、家族全員が食中毒にかかって一家丸ごと救急車で運ばれてからだ。
幼い俺としても、あの恥ずかしさと苦痛は耐えがたいものだった。
普段と変わらぬ様子で、ミヤは今日あったことや、それに関する愚痴を次から次へと、矢継ぎ早に語る。俺はうわの空で、どうにも話が頭に入ってこない。
「・・・おにぃ、聞いてる?」
「聞いてない」手提げカバンが腰に突進してきた。
「妹の話を聞き流すなんて、いい度胸してるわねぇ」
オーバーリアクションで対応するのが俺なりの優しさというやつだが、今回はどうもそんな気分にならない。そんな俺の顔をミヤが心配そうに覗き込んできた。
「おにぃ、どうかした?・・・・もしかして、マジで痛かった?」
「いや、そうじゃなくて」言うべきかどうか、思惟してから、やはり言うことに決める。「マサシと付き合ったんだって?」
きょとんとしたかと思った矢先、すぐにミヤはしてやったり顔となった。全部お見通しですよ、と無言ながらに訴えてくる笑顔だ。
「おにぃ、もしかしてそれで悶々としてたわけぇ?」
「んなわけないだろ」
「うっそだぁ、バレバレなんだから。嫉妬?嫉妬してんの、もしかして」
「やかましい、ってか突付くな」
「ま、安心しなって、これからもおにぃのこと構ってあげるから」
楽しげに笑うミヤをよそに、俺の心は沈み、思わず立ち止まってしまった。先を歩くミヤも立ち止まり、振り向く。
「どったの、おにぃ?」
「もう、やめたほうがいいかもな」
「は?」若干の笑みを残しながらも、その心が曇っていくのが、傍目からでも分かる。
「お互いに恋人がいるんだったら、できるだけ誤解があるようなことはやめるべきだろ、下校とか、外出とか」
「で、でもさ、お互いに知らない仲ってわけじゃないじゃん」
「周りが誤解して、それが捩れる事だってある」
実際、友達の中にも、それに似た状況に陥った奴がいた。誤解が誤解を招き、手に負えない事態にまで発展したと聞く。
「お互い、ようやくできた恋人だ。早々に別れたくはないだろ」
「いや、でも」
「つうことで、週末の買い物は中止」
「でもでも、それじゃあおにぃ服買えないじゃん」
「ミアと行くよ」よくよく考えれば、それが恋人の正しい姿ではなかろうか。「今日は俺が買い物行くから、先に帰ってろ」
「おにぃっ」背中へと向けられた妹の声を無視した。


150 :猫の鳴き方 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/02/16(月) 12:06:39 ID:VdWaY5ge
別に、間違った判断ではないだろう。恋人ができればそっちを大事にするのは当り前のことだ。なにより、この歳ともなれば兄妹が疎遠になるのも至極当然ではなかろうか。
誰が責めているわけでもないのに、俺は憤って言い訳をしていた。
わかってる。正論をいくら並べようが、これは所詮、俺の自己中心的な行為でしかない。
マサシに話を聞いたときに抱いた感情を、俺自身、まったくもって理解できずにいた。
妹の恋路を応援せんとする兄の気持ちと、もう一人、誰だか知らない奴のどす黒い気持ちが混ざり合い、まるでカフェオレみたいな中途半端な色を見せてる。
誰かと言ったところで、俺でしかないのは分かり切っている。その感情がもしも嫉妬の類だとしたら、俺は本当にバカ野郎だ。妹に彼氏が出来て嫉妬する兄が、果たしてこの世にいるだろうか。
娘を溺愛する父親が抱く感情でさえ、嫉妬ではなく親心だというのに。
これはやはり、飼い猫が他人に懐いてしまったようなものなのだろうか。確かに、俺の頬にグーパンをかますミヤが、マサシの頬にキスをするというのを想像すると、腹が立つ。
「わっかんねぇ」玉葱をカゴに放り込む。
いくら考えを巡らそうと、解る気がしない。
だからこそ、俺は妹と距離を置く事を提案した。触らぬ神に祟りなし、とは少し違うが、確証が得られぬ以上、へたにどうこうするべきではないように思える。
何度も言い訳を繰り返しながらスーパーを歩く。隣が物寂しいのは気のせいだろうか。


151 :猫の鳴き方 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/02/16(月) 12:07:19 ID:VdWaY5ge


どうしてこうなったのだろう、と思い悩むときはきまって手遅れである。過去に思いを馳せることの大半が後悔と密接なものであって、後ろを向いたまま前に走ることは出来ない。
今まさに、俺の置かれた状況がそれなのだが、この場合、いくら振り返っても思いの矢を向けるべき対象が見当たらない。どれが原因でこうなったのか、なにが起因でここまで発展したのか。
皆目見当もつかない。

俺が妹と距離を置くようになって、はや一週間。順調、という言葉が適切かどうかは分からないが、特に問題もなく一週間が過ぎた。
ミヤは怒ったのか納得したのか分かりえないが、家でも外でも俺に対して、そっけない態度をとるようになった。俺を見るとき、決まって眉を寄せるのはどうにも心苦しい。
ただ、マサシが毎日のように、一緒に帰っただとか、手を繋いだだの自慢してくることから、あいつなりに上手くやっているのだろうと思い込んでいた。
俺はといえば、念願の、と言えば多少の語弊があるものの、ミアとの下校が叶った。ぎこちない距離と会話だったが、俺としては昇天ものである。
また、宣言どおり、日曜にはミアと2人で買い物に、デートへと出かけた。服を選ぶことに最初は自信なさ気だったミアも、いざ店へ入ると次から次へと服を持ってきては、俺に着させた。
目を輝かせて俺のコーディネートを楽しむミアに、ふと妹の姿が重なった。
着せ替え人形というおもちゃがあるくらいなので、女性はみんなこういうのが好きなのかもしれないな、とぼんやり考えていた時、視界の隅に知っている影を見たような気がした。
だが、新しい服を持ってきたミアに着衣室へと押し込まれ、そのまま忘れてしまった。
そして今日、俺はミアと一線を越えた。と言っても、大人の階段を上ったとはとても言えるようなものではないのだが。
委員会で遅くなったミアを、俺は家まで送ることにした。ミアの家の少し手前には公園があり、そこに寄ろうと提案したのはミアの方だ。
すっかり暗くなった空の下、ベンチに座って暫く話してから、ミアが静かにこちらへと顔を向けた。今まで恋人がいなかったとはいえ、ここでするべきことは分かっている。
がっつかないよう、鼻息が荒くならないように細心の注意をはらって、俺はキスをした。顔を赤らめるミアに有頂天になっていたのも束の間、ミアはもう一度、目を瞑って唇を僅かに突き出してきた。
顔を近づけたとき、道路の方から、ビニール袋が落ちるような音がした。気になって目を向けようとした瞬間、ミアの手が首に巻きつき、引っ張られる。
ミアは何かへ見せつけるように、その後は何度もキスをしてきた。
20分経ったかどうかのところで、犬を連れた男女が公園に入ってきたので、慌てて離れた。
白と黒の毛をした大型犬を連れた男は、ちらりとこちらを睨むと、すぐに目を逸らした。鋭い目つきに若干の恐怖を覚えた俺は、ミアを連れて退散しようと立ち上がった。
黒い中型犬を連れた、というよりは犬に引っ張られているような栗毛の少女が、お兄ちゃん、と言ったので思わず反応してしまった。
無垢な笑みを浮かべた少女が男に近づくと、男はその目つきから想像できないような優しい笑顔を見せた。
幸せな兄妹の典型のようなその2人が、どうにも頭から離れないまま、ミアと別れた。あんなに長い間キスをしていたのに、その感触が思い出せない。


152 :猫の鳴き方 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/02/16(月) 12:07:46 ID:VdWaY5ge


玄関のノブを握りながら、俺は心を決めた。ミヤに謝ろう、と。
俺の抱く感情が嫉妬だろうとなんだろうと、関係がない。ミヤは俺にとってたった1人の妹で、俺はミヤにとってたった一人の兄なのだ。
恋人とはいえ、家族の絆を断ち切らなければ得られないものなど、こちらから願い下げだ。ましてや、俺の身勝手な理由でそれを壊していいはずがない。
深呼吸を一つ、意を決して扉を開ける。
「ただい・・・っ」刹那、決意どころではなくなる。「・・・なんだよ、これ」
下駄箱の靴やら脇に飾られた花瓶、窓の桟に置かれた小物などがことごとく床に叩きつけられている。扉という扉は全て開けられ、バスルームへ続く扉からはタオルがはみ出ている。
全身に悪寒が走る。何が盗まれただとか、どんなやつがいるのかなんて、今の俺には関係がない。大事なことはただ1つ。
「ミヤっっ!!」
靴も脱がずに走りだし、リビングへと向かう。
今日は一斉委員会だったが、こんな遅くまで残ったのはミアの代表委員のみ。他は定時かそれよりも早く終わっているので、今日の買い物当番だということを考えても、もう確実に家にいるはずだ。
強盗なり空き巣なりと遭遇したのだとすれば、危険すぎる。いくら強気に振舞おうが、ミヤは女の子だ。いざとなれば負ける可能性のがずっと高い。
部屋に入ると、真っ先にソファーへと脚を進めた。
鈍い音が頭中に木霊する。同時に、鈍痛が走る。急激に視界がかすみ、身体がバランスを失っていく。床が迫る中、未だにミヤのことを心配している自分を誉めてあげたくなった。


153 :猫の鳴き方 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/02/16(月) 12:08:12 ID:VdWaY5ge


「おひぃ、ひもひぃ?」なぜ俺の両手は縛られて、ミヤが俺のムスコを咥えているのだろうか。
未だに靄のかかった目を凝らし、痛みでショートした脳を強制的に起動させる。配線がバチバチと火花を散らすが、構う余裕はない。
「ミヤ・・・っ、なに、して・・・」痛みと快感に挟まれた状態ではどうにも舌が回らない。
俺のナニを根元まで咥え込んだミヤは、名残惜しそうにゆっくりと、本当にゆっくりと口を離した。離れるその瞬間まで吸い付く唇に、思わずうめきに近い声が漏れてしまった。
「何してるように見える?」
ニヤニヤと笑うミヤはカーディガンの前を開けた姿で、学校指定のチェック柄のスカートと黒いオーバーニーのソックスを履いていた。
いつもと違うのは、ネクタイをしておらず、ワイシャツの胸元が大きく肌蹴ているところか。
「もう少し胸があればなぁ」どんなに世辞を利かせても、『微』がいいところか。
「はぁっ?」身を乗り出したミヤが耳を摘んでくる。「おにぃ、まだ寝ぼけてるのかなぁ?」
寝ぼける、という単語を聞いて我に返った。
「そうだ・・・帰ってきたら家が荒れてて、それで強盗に頭を・・・ん?」
おかしい。何かがおかしい。
適度に動き出した頭が、まず周囲を確認すべしとの命令を下した。俺が横たわっているのはベッド。
俺の服装は制服姿だが、ワイシャツのボタンは全て外され、ズボンとパンツは腿の辺りまで下げられてしまっており、愚息が顔を覗かせていた。
枕もとの手すり付近にある両手は、手首のあたりを中心に自由がきかないことから、その辺りを縛られているのだと推測する。
俺の腹に跨る妹はおいといて、部屋を見渡すと、ぬいぐるみの乗ったタンスに、ピンク色のクローゼット、写真立てや小物、ティッシュなどの様々なものが置かれた金属製の棚。
見まごう事なき、ミヤの部屋だ。
「ふふっ、おにぃってホント、昔から単純だよね」
「なにが、だよ」
わかったような、わからないような。脳が答えを導き出したのに、心が拒否しているみたいな。
「ぜぇんぶあたしの予想通りだもん。ちょっと玄関から見える辺り荒らしといただけで取り乱して、なりふりかまわずリビングに猛ダッシュしてさぁ」
俺を見下ろしながらクスリと笑っているのはミヤのはずだが、その表情は俺が見たことのないものだ。
「ごめんね?頭、痛かったよね」身体を合わせるように俺の上でうつ伏せになると、ミヤの右手が俺の頭を優しく撫でた。
「死ぬほどな」
「でも嬉しかったよぉ。倒れ際にまであたしの名前呼んでくれてた・・・」
ミヤは俺の頭を胸元で抱きかかえると、こぶになっているであろう部分にキスをし始めた。暖かく柔らかいものが触れるたびに、電気的な痛みが駆け抜ける。
「ミヤっ・・・」
「おにぃ、気持ちいいの?こういうの好き?」べ、とわざと声に出したかと思うと、唇よりも熱く、湿ったものが触れた。


154 :猫の鳴き方 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/02/16(月) 12:08:47 ID:VdWaY5ge
「━━っ!!」
「あはっ、身体よじっちゃうほど気持ちいいんだ?」
ピチャリ、ピチャリと湿った音が響くたび、身体が跳ねる。痛いはずなのに、拒絶が出来ないまま、数分がたった。
ミヤが俺の頭を解放したとき、俺の息は全力疾走後のようにあがっていた。無論、爽やかさなど欠片もない。
「ミヤ、わかったから、もうこんな悪ふざけは」
「悪ふざけ?」いやらしい笑みで俺を見つめていたミヤは急に、怒気のこもった声で言うと、俺の顔の両脇に手を置いて、覆い被さるようにしてきた。
「おにぃはいつもそう。あたしのこと何も分かってない、分かってくれない、分かろうとしないっっ」
「ミヤ・・・?」
「どこの世界に悪ふざけでここまでするやつがいるっていうの!?なんで、なんでおにぃは分かってくれないの!?いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもっっ!!」
ベッドを力いっぱい、交互に両手を大きく振り上げては叩きつけ、ミヤが叫ぶように言った。
そんなミヤに、俺は恐怖を抱きつつも、どこか悲しい気持ちにもなっていた。叫びつかれたのか、肩で息をするミヤは長い髪が顔を隠しており、表情が良く見えない。
「でも、それも今日まで」俺が口を開こうとした瞬間、ミヤが呟いた。先ほどの荒ぶった様子から一変、生気のない、無感情の声だ。
「ミヤ、とにかく、まずはこの腕を解いてくれ。それから話し合おう。何でも聞くから、お前の話」
精一杯の落ち着きと優しさで呼びかけると、ミヤは髪を掻き分け、表情を露わにした。
ぶわりと、全身の鳥肌が立つ音がした。ミヤの目からは鋭さとはまったく別の、どこか狂気的な恐怖が漂っている。無機質で、それでいて深い感情を湛えた瞳が、俺を鷲掴みにして放そうとしない。
小さな口が歪に広がり、禍々しい笑みを作り出す。
「話し合いなんて無理。あたし口下手だし、おにぃの前じゃあ緊張して素直になれないもの。だから、こうやって身体で示すの。おにぃも言葉じゃ分かってくれないから、こうやって教えてあげるよ」
風のように柔らかく、それでいて素早く身を倒すと、ミヤは俺の胸元に顔を埋めてきた。再び水気のある音がして、肌に熱いものが触れる。
身を捩じらせて喘ぐたびに、ミヤは上目遣いで俺の表情を確認し、満足そうな笑みを浮かべる。
それを何度か繰り返してから、ミヤの舌先がいきなり俺の乳首を突付いた。思わず身体が跳ねたとき、先ほどとは違う、僅かな違和感を手元に感じた。
直後、胸元に痛みが走る。
「ふふっ、おにぃってMだったんだねぇ。乳首噛んだらえびぞりになっちゃって」
マズイ、この状況は非常にマズイ。なにがマズイって、脳は確かに痛みを正確に判断しているのに、ムスコはなにかを勘違いしてしまっているということだ。
ふと、ミヤと目が合った。ミヤはニヤリと、不適な笑みで無言の返事をすると、身体を起こした。この表情は、割と最近に見たことがあるような気がする。全部お見通しですよ、と無言ながらに訴えてくるような笑顔。
ミヤは後ろに下がると、俺の脚の間に正座した。ここまでくれば、何をされるかなんて予想がつく。幸い、脚は拘束されていない。今、思い切り蹴飛ばせば、止めさせられる。
そう考えているのに、脚は動く気配を見せない。叩かれた衝撃で連絡回路がおかしくなったか、もしくは、脚が理性から独立してしまったのか。


156 :猫の鳴き方 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/02/16(月) 12:11:07 ID:VdWaY5ge
ミヤは両手で包むように握ると、ゆっくりと上下に動かし始めた。約1ヶ月前にようやく彼女ができ、今日初めてのキスを体験した男が女体を知っているはずもなく、押し寄せる初めての快感に言葉が出なかった。
「おにぃってこんなに可愛かったんだねぇ・・・あむっ」下半身から脳髄へと、灼熱の如き熱さを纏った快感が突き抜ける。
ミヤは先っぽを咥えると、そのまま舌先で刺激を始めた。こぶを舐められた時のような尖ったものではなく、全てを包むような、柔らかな波が体中に広がる。
それだけで果ててしまいそうだというのに、ミヤは容赦なく、髪を乱しながら激しいストロークを始めた。吸い付くような、水をかき混ぜたような音が響き、それがさらに快感を助長する。
「ミヤ、もう、でっ・・・」
切れ切れで必死に訴えると、ミヤの動きが急に止まった。安堵と落胆がせめぎ合い、なんともいえない気持ちになる。
それすらもミヤの掌の上なのか、それを見たミヤは咥えたまま笑みを強め、再び激しく動きつつ、今度は舌が執拗に裏筋を刺激してきた。
「もうっ、むり、っっ!!」言い終わるのとほぼ同時に、身体を反らせながらミヤの口内に撃ち出した。
瞬間、ミヤは目を見開いて驚いていたが、一通り出きるまで口を放そうとしなかった。暫くしてから離れたミヤは、目に涙を溜め、両手で口を抑えながら必死で何かを堪えているように見えた。
余韻もくそもなく、なんとかしようと身体をばたつかせると、今度は確かな違和感を感じた。それを確認するように手を動かすと、かなり動いた。
身体を上手いこと動かして、両手を視界に収める。見れば、手首には赤いネクタイが縛り付けてあり、そこからさらに青いネクタイを結び、手すりに繋げられていた。
青は俺が通う高校の男子用で、赤は女子用のものである。何度も動いたせいか、束縛はかなり緩んでおり、歯を少し駆使だけで取れてしまった。
慌てて立ち上がると、金属の棚からティッシュを取り、何枚も重ねてミヤの口元に差し出した。しかし、ミヤは目を瞑り、苦しそうな表情をしているにも関わらず、首を横に振って吐き出そうとはしない。
「ミヤ、いいから出せって、ほら、ミヤっ」
繰り返し強く言うと、ようやくティッシュに口元を埋めて吐き出してくれた。小さく苦しそうな声を漏らすと、ティッシュ越しに生暖かさを感じた。
全部吐き出した後も、ミヤは苦しそうに喉を抑え、息を荒げていた。


157 :猫の鳴き方 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/02/16(月) 12:11:32 ID:VdWaY5ge
「水持ってくるから」立ち上がった矢先、手首を掴まれた。
「・・・・さぃ」
「ミヤ?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・次は、次は頑張るから」
「ミヤ、どうしたんだよ」
「おにぃに好きになってもらえるよう頑張るから、おにぃの言うことなんでも聞くから、
もうチャンネルがどうので怒らないしいちいち暴力振らないようにするし家事だってご飯だって今まで通りちゃんとやるしおにぃのシたいときにあたしのこと使ってくれていいしおにぃの赤ちゃんだって産むし
どんな恥ずかしいことでもするから、だから、だからおにぃも好きになってよぉ、あたしのこと好きって言ってよぉ・・・」
俺の腰に手を回し、すがるように抱きついてくるミヤをただ呆然と見ていた。大粒の涙が俺の脚へと垂れていく。
「あたし家事ぐらいしかできることないし本当は根暗だからおにぃにとってお荷物かもしれないけど頑張るから頑張って悪い所全部直すからさぁ、だからっっ」
目の前の少女を抱き締めた。これ以外、俺にどうしろというのか。
「好きだよ、ミヤのこと、好きだから」
「やだ・・・やだやだやだやだやだやだいやだっっ」ミヤは急に立ち上がり、その勢いのままで、俺を押し倒そうとしてきた。バランスを保てず、後ろの壁に激突し、尻餅をついた。
ミヤは俺に覆い被さり、きつく抱き締めてくる。「そんなのヤダ、そんな好きじゃダメなの、あの女の次じゃダメなのっ!!愛してよ、あたしのこと愛してよぉ、おにぃ・・・」
今、どのような状況なのかは分かる。ミヤが何を言っているのかも、分かる。なのに、どうすればいいのか分からない。
「苦しいんだよぉ・・・あたしのこと見てくれないって分かってるのに好きになっちゃう気持ちも、おにぃが誰かに盗られちゃう不安も、他の人と幸せそうにしてるおにぃを見るのも、
それを祝福しなきゃいけないんだって分かってるのに従えないのも・・・・全部、全部すっごく苦しいんだよっっ」
ポッと、答えが出てきたような気分になる。明かりをなくした夜の海で、遠くに瞬く灯台の光を見つけたような気持ち。
「お前も、同じなのか」誰に言うでもなく呟くと、ミヤを力いっぱい抱き締めた。
ミヤも同じだったんだ。俺が、ミヤとマサシが付き合ったと知った時感じた思いを、ミヤも感じていたのだ。そして、ミヤはその正体を、それが愛情だと知っていた。
「ミヤ、好きだよ、愛してる」
「う、うそ、うそだうそだうそだっ!!」
「嘘じゃないっっ!!」家中に響くほどの大声で一喝する。「俺も同じなんだ、ミヤと同じ想いなんだよ」
「・・・うぇ、ふぇぇ・・・おにぃ、おにぃぃ」
胸に顔を埋めてくると、ミヤは大きな泣き声をあげた。そんなミヤをただ抱き締めていた俺は、ふと、頬を温かいものが伝っているのに気付いた。


158 :猫の鳴き方 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/02/16(月) 12:12:02 ID:VdWaY5ge


泣きじゃくるミヤが落ち着くまでそのままでいた。その間、全てを理解したような、充実した気持ちで俺は待っていた。
「おにぃ」
「どうした?」ようやく顔を上げたミヤに、精一杯の笑顔を見せた。
「続き、する?」
「・・・お前、それはなんか違うだろ」
「でも、おにぃのずっとおっきいまんまだし」
いたずらっぽく笑い、ミヤは指先でムスコを弾いた。思わず呻き声が出る。
「こんなんじゃあの雌犬が寄ってきちゃうよ」
「雌犬?」
「おにぃの“元”彼女よ」
言われて、ミアのことを思い出した。直後、“思い出した”ということに寒気がした。仮にも付き合っているというのに、この状況で今の今まで思い出さなかったのはどういうことだ。
「その様子なら、大丈夫かな」クスリと笑うと、ミヤは俺の頬を舐めだした。
猫のようにザラついた舌が顔中を、舐め残しがないように隅々まで這う。頬、額、眉、瞼、鼻、唇・・・。顔全体を嘗め尽くすと、少し距離を挟んで俺の顔と向かい合った。
「・・・どうした?」そのまま、俺の目一点を見つめて硬直するミヤに、思わず訊いてしまう。
「キス、おにぃからして」
「別にいいけど、なんでまた」
「ファーストキスはあの雌犬に盗られたから、せめて同じ状況でして欲しいの」
「・・・見てたのか」
「買い物帰りに見かけたから、後つけたのよ」不意に、あの時に聞こえたビニール袋の音が頭を過ぎる。「あたしは、おにぃの行くところどこにでもついて行くんだから」
言動とは裏腹の優しげな笑みを浮かべる彼女を愛しく感じるのは、俺も似たようなことを心の底に秘めているからなのだろうか。
ゆっくりと、触れるまでの時間すら楽しむように、ゆっくりと口づけた。


159 :猫の鳴き方 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/02/16(月) 12:12:35 ID:VdWaY5ge


「痛かったら言うんだぞ?」
「ん・・・」前戯を行い、すっかり紅潮したミヤは、目を閉じながら小さく答えた。
ミヤの秘部へと先端をあてがい、細心の注意を払いながら、ゆっくりと押し込んでいく。
「うっ・・・くあっ・・・・」
「ミヤ、お前」
「大丈夫、大丈夫だからぁ、そのまま・・・っ」覆い被さる俺の背に手を回し、強く引き寄せてくる。若干、爪が立っているのが痛いものの、ミヤと比べれば楽なものだろう。
そのまま一気に奥まで押し込むと、ミヤは力を抜くように、大きく息を吐き出した。
「おにぃと1つになれたんだね・・・しあわせぇ」首に手を回して何度もキスをしてくるが、俺にそんな余裕はない。
「ごめっ、もうやばい」
「・・・早くない?」
「勘弁してください・・・」数秒前まで童貞だった上に、ミヤの身体がほぐれるまでさんざんした愛撫の間も、いつ暴発したっておかしくない状況だったのだから仕方ないじゃないか。
一発出せば余裕ができるだとか、女の中は意外と気持ちよくないだとかマサシが熱弁していたが、これは肩パン30発並みの罰を与える必要がありそうだ。
胸に鈍い痛みが生じた。ミアのことといい、今日の俺はどうかしている。
「俺、今すげぇ酷いことしてないか・・・?」
「道徳なんて気にしたほうが負けだよ」
「じゃなくてだな」
「雌犬のこと考えてたらこのまま絞め殺す」ニヤニヤしながら、首に回した手に力を込めてきた。
「ちがう」とも言い切れない。
「じゃあなに?」
「マサシのことだよ」
「・・・ああ、付き合ってるって話なら嘘だよ」
「・・・は?」
「おにぃにドッキリ仕掛けたい、って言ったら喜んで協力してくれたよ」
肩パン50発追加が決定した。
「おにぃに嫉妬して欲しかったんだけど、裏目に出ちゃったなぁ」
「いや、バツグンだった」


160 :猫の鳴き方 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/02/16(月) 12:13:03 ID:VdWaY5ge
苦笑いを浮かべる俺に、ミヤが優しく微笑む。俺の頬を軽く撫でると、顔を引き寄せられ、唇を合わされた。やられっぱなしというのも性にあわないので、こちらから舌を入れてみた。
震えるようにミヤの身体が揺れたが、すぐに応戦してくる。軽く苦しくなるまで続けて、口を離すと、艶やかな表情でミヤが笑っていた。
「おにぃ、もう動いてもいいよ」
「どっちかというと俺に余裕がない」
「あたしだって気持ちよくなりたいんだけど」
「前向きに善処します」
ゆっくり腰を引き、再び奥へと入れる。繰り返すうちに、段々とペースを速めていく。卑猥な水音も、腰の動きに合わせて徐々に早くなっていく。
「ひあっ、やっ!ああぅ・・・おにぃ、おにぃ・・・・」
肉と肉が当たる音と湿った音が響き、部屋中に雄と雌の臭いが充満していく。ミヤの喘ぎ声を聞くたびに脳のスイッチが一つ、また一つと落ちていく。少しずつ、獣へと回帰していく。
「おにぃ、はげしぃっ・・・おかしくなる、おかしくなっちゃうよぉっ」
「もう充分に狂ってるよ、俺たち」
「いいっ、いいのぉ!おにぃとなら、あたし・・・ひぃあっ!」
「そろそろ、ヤバイ・・・っ」そう宣言した途端、ミヤの両足が俺の腰を抑え付ける。首に回された手は強く締められ、必然的に俺の顔はミヤの真横まで引き寄せられた。
「出してぇ、おにぃの、おにぃの精液ちょうだい・・・おにぃのこども産みたいよぉ・・・・」
耳元で囁かれる淫らな言葉に、成す術もなく、俺はミヤの中で射精した。
快感の波に押し流されそうになる俺の顔を掴むと、ミヤは乱暴に口を合わせ、舌をねじ込んできた。粘膜同士が擦り合わされる音が骨伝導で聞こえ、脳内を跳ね回る。
「ふあぁぁ・・・おにぃの精液、おにぃの匂い染み込ませてぇ・・・・」
「・・・非常に申し訳ないが」
ため息をつきながら、ミヤの中で“コンドームに”射精したナニを引き抜く。


161 :猫の鳴き方 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/02/16(月) 12:13:31 ID:VdWaY5ge
「・・・なにそれ」
冷たげな眼差しが痛い。高揚した空気が一瞬で凍てつき、俺の体は急激に冷えていく。ミヤはゆらりと身体を起こすと、その据わった瞳で俺に穴が開くほどに睨みつけてきた。
「なんでそんなの持ってるの?」
「・・・・サイフに入れとくと金運が上がるらしぃっ」言い終わるよりも早く、俺はミヤに押し倒されていた。
「おにぃ、あの女としたんだね」
俺の上に跨るミヤの瞳に色はなく、口に出さずとも確かな殺意が渦巻いているのが、俺でもわかった。
「待て、お前それは」
「なんですぐ否定しないのよっっ!!」突然の叫びに部屋が揺れる。「あたしは初めてだったのに・・・おにぃはキスもエッチもあの雌犬にくれてやったんだ」
「ミヤ、落ち着け、キスはしたけどセックスは」
「うるさいうるさいうるさいうるさいっっ!!」
叫びの残響が、立て付けの悪い扉と鼓膜をしばらく揺らしつづけた。静寂が辺りを包んでもなお、俺の耳にだけはまだ残留していた。
━━おにぃが罪を償う方法は一つだけだよ
俯いたままのミヤが呟いた声が木霊する。罪、償う。それから連想できるワードは一つしかない。幸せの絶頂から一変、まるで宝くじが当選したと知った直後に、こめかみに拳銃を突きつけられた気分だ。
「ミヤ、待て、話を」
「ダメだよ、おにぃ」這うように覆い被さってくるミヤが、静かに顔をあげる。「あたしに身体におにぃの匂いが染み付くまでシテもらうかね、おにぃ」
長年欲していた物を目前にしたような、一年間スイーツを断食していた少女が特大のケーキを目の当たりにしたような、そんな風に顔中を緩ませたような笑顔のミヤが、目の前に迫っていた。
よくみると、涎が出ている。
「今日はお父さんもお母さんも帰ってこないし、あたしの匂いを嗅いだだけでイッちゃうくらい、徹底的にシテあげるね、おにぃ」


162 :猫の鳴き方 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/02/16(月) 12:14:00 ID:VdWaY5ge


結局、その後、日が昇るまで行為は続いた。嬌声をあげるミヤに、最初は興奮していた俺だったが、体力と残弾が尽き始めるとすぐに屍と化した。狂ったように腰を振るミヤを見ながら、意識を失った。
当然、学校に間に合うような時間に起きることは出来なかった。異様なまでの気だるさに放心していると、胸元からピチャピチャという水気を含んだ音が聞こえ、同時に下半身に血が集まっていく。
「ミヤ、おまえなぁ」
俺の上で重なって眠っていたミヤは何時の間にか目を覚まし、俺の身体をまた嘗め回していた。
「雌犬が寄ってこないように、おにぃにはあたしの匂いを染み込ませないとぉ」そう言うと、俺の首元に頭を擦りつけてきた。声色は平坦で、どこか間延びしている。
「まんま猫だな、っつか寝ぼけてるのか?」
「腰に力がはいらなぃ・・・」
「・・・自業自得だよ」
「みゃぁ~」
首にしがみ付いてくるミヤの頭を右手で撫で、左手で背を抱き締める。シャンプーの匂いがする髪から、僅かに2人の体臭が混じったような匂いがしてきた。
「そういや、ミヤはいつから俺のこと?」何となく浮かんできた疑問を口にする。
「えっと・・・みんなで病院に運ばれたの、覚えてる?」
そんな面白おかしいハプニングを忘れるはずもない。さらに言えば、これからの人生ではきっと、もう二度と体験することはないだろう。
「あの時さぁ、今にも気失っちゃいそうなあたしに、おにぃがずっと付き添ってくれてたの、覚えてる?」
「そうだっけか?」
「真っ青な顔してるくせにさぁ、手握って大丈夫だよ、ってずっと言ってくれたんだよ」
言われてみれば、そんな気もしてきた。同時に、両親は早々に気を失っていたことも思い出された。
「あの頃からどんな時でもおにぃが助けてくれて、その内あたしがおにぃなしじゃダメになったの」
「俺のせいか」
「おにぃ・・・放さないでね」
「お前もな」張り手が顔に降ってきた。「おまっ・・・この鼻の痛さは尋常じゃ」
不意に、唇を奪われた。触れる程度の、それも、ぶつかってくるようなものだったが、確かにミヤの体温が伝わってきた。
「放してあげないもん、バカ」
ミヤの体温と重みを感じながら、これからのことに思いを馳せる。
まずはミアだ。こればかりは完全にこちらに非があるので、土下座だろうが靴を舐めようが許してもらわなければならない。よくよく考えれば、俺って最低だ。
もっと先のことなら、両親への告白か。とりあえず、7回ほど死ぬかもしれない。この他にだって、問題はいくつでもある。
それでも、今こうして笑っているミヤをずっと見ていられるのならば、それで充分じゃないか。
しかし、どうしてこうなったのだろうか。