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211 :ぽけもん 黒  香草さんがフラッシュでした ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/02/21(土) 04:23:07 ID:rgCVJ34Y
 ポケモンセンターで一晩あかした後、僕は小包を開封していた。中身は長老の説明通り、秘伝マシンであるフラッシュのはずだ。
 緩衝材に包まれて、半球状の機械が出てきた。
 同封されていた紙を読むと、どうやらコンセントを挿して、これを覚えさせたいポケモンの頭につけて電源を入れればいいらしい。そんな簡単な操作で新しい技を使えるようになることといい、この機械の見た目といい、なんて胡散臭い代物なんだ。
「何やってるの?」
 僕がポケギアをポチポチといじっていると、香草さんに声をかけられた。
「二人の種族のデータを調べてるんだよ。技マシンもそうだけど、種族によって使える秘伝マシンは限られるから」
「まどろっこしいわね。そんなの、使って調べればいいのよ、使って調べれば」
 そんな乱暴な……。それに、ポケギアに搭載されている図鑑によれば、香草さんもポポもフラッシュは使えないと出ている。
尤も、個体差があるから、使えないとされているポケモンでも覚えられることもあるし、使えるとされているポケモンでも覚えられないこともある。ただ、そんなのは滅多にない話だ。
「じゃあ香草さん、試してみる?」
 僕はそうと分かっていて、あえて香草さんに尋ねてみる。
「え、わ、私?」
「そう、香草さん。あっれー? さっき香草さんなんて言ったっけなー。僕の聞き間違いかなー」
 予想通り、香草さんは慌てている。香草さんはプライドが高いから、一度言った自分の言葉を撤回するような真似はしないだろう。
 ふふふ、日ごろ虐げられたり暴力をふるわれたりしてるんだから、たまには香草さんをからかったって罰は当たらないだろう!
「わ、分かったわよ! やればいいんでしょやれば!」
 僕の思ったとおり、香草さんは拒否せずに、両腕を組んで不満げにベッドの端に腰掛けた。
 ベッドに腰掛けた香草さんの頭に機械をかぽっと被せる。香草さんの頭から生えている葉っぱがすごく邪魔だけど、気にしないことにする。
 ……というか、この葉っぱの生え際ってどうなってるんだろう。ちょっと確認してみたくなったけど、そんなことをしたら碌な目にあわないことは分かっているので止めておいた。
「じゃ、スイッチ入れるよ」
 コンセントを挿した僕はそう香草さんに声をかける。
「い、いいいいいわよ! いつでも来なさい!」
 対する香草さんは目を硬くつぶって、僕がスイッチを入れるのを待っていた。
 ここですぐに入れては面白くない。というわけで、あえて焦らしてみる。
 ふふふ、まさか目をつぶって小刻みに震えている香草さんを見下ろせる日が来るなんて思いもしなかったな。
 しばらく何も起きないことをおかしいと思ったのか、香草さんが口を開いた。
「ま、まだなの? はやくいれて……」
「え、何? 聞こえないなあ」
「いれてって言ってるのよ! お願いだから……」
「ふふふ、そんなに僕にいれて欲しいのかい? とんだ……」
 そこまで言ったところで、思いっきり頭頂部を殴られた。
「くだらないことやってんじゃないわよ! この変態!」
 思わず蹲った僕の頭に、追撃の香草さんの踵が突き刺さる。


212 :ぽけもん 黒  香草さんがフラッシュでした ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/02/21(土) 04:25:12 ID:rgCVJ34Y
「すいません調子に乗りすぎました反省してます」
 踵でグリグリと頭を圧迫されている僕はただ謝るしかない。調子に乗りすぎた……。僕は若干先ほどの行為を後悔した。
「今度こそ、ちゃんとスイッチいれてよね」
 僕の誠意が通じたのか、香草さんは足を上げてくれた。僕は頭をさすりながら立ち上がる。
 さすがの僕でも、もう香草さんの攻撃を喰らうのはごめんだ。というわけで、おとなしくスイッチを入れる。
 風が抜ける音のような起動音とともに、機械についている小さなランプがチカチカと光りだした。
「うわ!」
 僕は驚いて一歩後ずさる。
「ちょ、ちょっと何かチカチカ……」
 そこまで言って、香草さんは突然話すのを止めた。僕は怪訝に思って問いかける。
「こ、香草さん?」
 待つこと数秒。彼女は突然うめき声のような、泣き声のような、とにかく異様な声を上げながらガクガクと震えだした。僕は慌てて香草さんに呼びかける。
「こ、香草さん!?」
「あ、頭痛いの! 頭がガンガンするの!」
 彼女はそう言って僕に抱きついてきた。驚くと同時に自分の顔が赤くなるのが分かる。しかし彼女が震えながら痛いほどに抱きついてくるのを見て、少し冷静さを取り戻した。
 一刻も早くこれを止めたほうがいい気がする。ただ、どうすればいいのだろう。電源、というか起動スイッチ以外のスイッチは見当たらない。非常用スイッチや緊急停止スイッチのようなものは無いようだ。
思いっきり叩いたら止まるかなとも考えたが、こんななりでもおそらくは精密機械、そんな乱暴なことをしたらどうなるか分からない。となると、残された手段はコンセントを抜くくらいだ。
でも、ゲームやパソコンでは電源を切らずにコンセントを抜くとバグが発生するものがある。もし人間でバグなんてものが起きたりしたら……。
 僕が有効な打開策を見出せずおろおろしている間に、機械は発光を止め、電源は勝手に切れた。
「だ、大丈夫?」
 香草さんの手の力が緩むのを感じた。香草さんの体から急激に力が抜け、そのまま倒れそうになるのを咄嗟に支え、ゆっくりとベッドの上に横たえた。
横になった香草さんの頭から、僕は恐る恐る機械を外す。心なしか何かが焦げたような臭いがする気がする……。
「うぅー、酷い目にあった……」
 香草さんは涙目でそう零した。良かった、とりあえず大丈夫みたいだ。僕はホッと胸をなでおろす。
 僕に至近距離で覗き込まれていることに気づいた香草さんは慌てて僕から離れた。心なしか香草さんの頬も赤いような。上のベッドが作っている陰に入ったせいで、よくは分からないけど。
「ご、ごめんなさい……」
「い、いや、いいよ」
 参ったな。恥ずかしくてまともに香草さんの顔、見れないよ。
 僕は空気を変えようと、明後日のほうを見ながら香草さんに尋ねた。
「やっぱり使えないものを無理やり使おうとしたのがまずかったのかな。どう、香草さん。フラッシュ、使えそう?」
「ちょ、ちょっと待って。なんかこう、光りそうな感じはするのよ」
 香草さんのほうに向き直れば、香草さんは目をつぶって眉間にしわを寄せて唸っている。が、しばらくしたら無理だと諦めたのか、目を開いた。
「あ」
 僕は思わず間の抜けた声を上げてしまった。無理も無い。僕じゃなくたって、この現場を目の当たりにしたら誰だってそうしただろう。


213 :ぽけもん 黒  香草さんがフラッシュでした ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/02/21(土) 04:25:57 ID:rgCVJ34Y
「ど、どうしたのゴールド! 突然真っ暗になったわよ!」
 香草さんは慌てた様子で両手を前に突き出して動かしながら、顔を左右に振っている。なるほど、香草さんには真っ暗に見えるのか。そうなっていても不思議は無いな。なんてったって、香草さんの両眼からは、眩い光が放たれているのだから。
「く……くくっ……あははははははは! やばいよ! やばいよ香草さん!」
 笑っちゃまずいと思いつつも、僕は失笑を抑えることが出来ない。お腹を抱えて笑い転げる。なにせ、香草さんの首の動きに合わせて目線も動くわけで、それに合わせて光も移動するんだ、香草さんが慌てれば慌てるほど笑いを誘ってしまう。
「い、一体どうしたって言うのよ! 何も見えないし」
 香草さんは当然かもしれないけど、状況が理解できていないらしい。その声はさぞかし不安げだ。それもそうだ、突然視界が真っ暗になって、しかもずっとそのままだったとしたら誰だって不安になるだろう。
「ふ、フラッシュ止めればいいんじゃないかな」
 僕は何とか笑いを堪えながらそう言った。
「フラッシュ? こ、こうかしら……あ、見えた、見えたわ!」
 目の発光が収まったらちゃんと視界も戻ったようだ。でも僕のにやけ顔はしばらく元に戻りそうも無い。気を抜いたらまた噴き出してしまいそうだ。まずい。まずいぞこれは。
「なによゴールド。随分楽しそうじゃない。何があったのよ?」
 香草さんは立ち上がり僕を睨みつけてくる。ダメだ、目を見たらまた笑ってしまいそうだ。
「うー、うるさいですー」
 この騒ぎのせいだろう、ポポがようやく目を覚ました。翼で眠たげに目をこすっている。
「ちょ、ちょうどいい。ポポ、香草さんを見て。香草さん、またフラッシュを使ってみて」
 ポポは不思議そうな表情で香草さんを見る。香草さんは不満そうながらも、僕の言うことに従ってくれた。
 再び香草さんの双眸からから光が発せられた。僕は堪えきれずにまた噴き出してしまった。
「チコ、どうしたですか! 目が光ってるです!」
 一方のポポは慌てている。そりゃ、今までのいきさつを知らなければこうなるのも無理も無い。
「目が光ってる!?」
 香草さんはフラッシュを止めた。そして自分の道具から手鏡を取り出すと、自分の顔を確認する。
 光る。止まる。光る。止まる。
 彼女がフラッシュを発動するたびに、鏡がその光を反射した。
 僕はもう笑い死に寸前だ。声にならない笑いを上げ、床をのた打ち回る。酸欠で頭がくらくらしてきた。
「こ、香草さん、いくら鏡を使ったって、じ、自分の目がひ、光ってるところを見れるわけないじゃないか」
 僕が息も絶え絶えにそう言うと、香草さんは顔を真っ赤にして鏡の角で僕の頭を強打した。コレは効いた。笑いとそれによって引き攣った顔が一遍に吹き飛んだ。
「そうだ、あの鳥にも使いなさいよ」
 香草さんは、ふと思いついたようにそんなことを言った。
「また香草さんそんな言い方して。ダメだって言ってるのに」
「いいから」
 僕が咎めるのも聞く耳無しだ。あれだけ僕の頭を強打しておいて、まだ僕に対して腹を立ててるのかな。いや、腹なんか立ててなくても、もともとこんな感じだったような気がするような。


214 :ぽけもん 黒  香草さんがフラッシュでした ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/02/21(土) 04:27:00 ID:rgCVJ34Y
「ポポもフラッシュは覚えられないよ」
 本当は香草さんも覚えられないはずだったんだけど。
 本当に、彼女はいろんな意味で規格外だ。
「いいから。私だけこんな目にあってるなんてフェアじゃないじゃない」
「ちょ……ダメだよ香草さん! あ、そうだ、フラッシュはダメだけど、泥かけなら確か覚えられたはずだよ」
 僕はそう言いながらハヤトさんに貰った小包を取り出すと開封した。なんとか話をそらさないと、このままではポポが香草さんの純粋な私怨のために犠牲になってしまう。
 ところが、小包の中には何も入っていないように見える。梱包ミスかな。そう思いながら箱をひっくり返して覗き込んだら、額に何かが当たった。
「いてっ」
 箱の中から落ちてきた何かを掴む。
 それはおよそ5㎝四方くらいの、小さなプラスチックケースだった。CDケースに良く似ているけど、それよりも遙かに小さい。
 そもそも、これ一つ収めるには箱があまりにも大きすぎる。明らかに不釣合いだ。
 形状から見て、CDケースと同じようにしたら開くんじゃないか、と思って試してみたら開いた。
 中から出てきたのは、直径三センチくらいの小さな円盤だった。これもCDをそのまま小さくしたような見た目だ。
 その円盤の表面には『技マシン31 泥かけ』と書かれていた。
「これって……一体どうしたらいいのかな」
 僕は香草さんのほうを見ながら、半ば独り言を呟く。
「あ、口に入れてみるとか?」
「いや、さすがにそれはないでしょ……」
「じゃあどうしろって言うのよ!」
「もしかしたらなんだけど……」
 僕はそう言いながら、フラッシュの半球状の機械を持って眺め回す。予想通り、というべきか、予想外、というべきか、『取り出し/挿入』と書かれた標識と、そのすぐ傍にあるスイッチを見つけた。ためしに押してみる。
ウィーン、という間の抜けた機械音と共に、先ほど出てきたのと似たような円盤が吐き出されてきた。
 なんだか笑いを誘うような光景だなあ。
 僕はうっすらとそう思った。
 円盤を取り出すと、代わりに泥かけの円盤をセットして元に戻す。
 それをポポの頭に被せ、スイッチを押した。
 機械は前回と同じように発光したが、それはわずか数秒で収まった。香草さんと違って、ポポは叫び声を上げることも無い。
「ポポ?」
 先ほどと同様に、停止が完了の合図だろうと思った僕は、発光を終えた機械を外しながらポポに尋ねる。
「ゴールド? どうしたですか」
「いや、大丈夫だった?」
「何がですか?」
 ポポはキョトンとしている。香草さんとはまったく違った反応だ。
「ポポ、泥かけ、使えそう?」
「ここでは無理です」
 ここの床は木だし、その下にはコンクリートの土台があることだろう。ごもっともだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 何でアンタはそんな平気そうなのよ!」
 香草さんはポポに飛び掛らんばかりの勢いでポポに尋ねる。
「え、だって、ただちょっと眠くなっただけだったですよ?」
 ポポはオロオロとしながら答えた。
 うーん、香草さんとまったく違った感想だ。二人の差は……。
「やっぱり、使えないものを無理に使ったのがまずかったんじゃないかな?」
「な、納得いかないわ! アンタもフラッシュ覚えさせられなさいよ!」
 香草さんは僕の手から装置をひったくると、ポポに無理やり被せようとする。
「だ、ダメだよ香草さん! 何やってるのさ」
「だって私だけあんな思いしたなんて不公平じゃない!」
「そもそも香草さんが言い出したのが原因なんだから!」
 なんとか香草さんから装置を無理やり奪った。香草さんはジト目で僕をねめつけてくる。
「チコが怖いです」
 ポポは怯えて僕の胸に飛び込んできた。香草さんの孕んでいる怒気が一層増大したような気がする。
 僕はポポの頭を撫でながら、同時に腰の怪しい光曳光弾にも手を伸ばす。
「も、もうこれは終わりってことでいいじゃないか」
「ゴールド、その鳥から離れて」
「香草さん、だからそんな言い方したらダメだって……」
「いいから離れなさい!」
「香草さんが落ち着いてくれたら離れるよ」
 香草さんは、「ほら、これでいいんでしょ」と言わんばかりに、袖口の蔦を引っ込めた。僕はビクビクしながらも、約束は守らなくちゃいけないからポポから離れる。ポポが縋るように僕を見てくるが、ここは堪えなくてはならない。
「そ、そうだ、朝ご飯食べに行こう朝ご飯」
 このままでは誰も一歩も動けないので、僕はなんとか空気を変えようとする。
 その思いが通じてか、無言ではあったものの、香草さんもポポもおとなしく部屋を出てくれた。僕も二人に続く。


215 :ぽけもん 黒  香草さんがフラッシュでした ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/02/21(土) 04:27:30 ID:rgCVJ34Y

 朝ご飯を食べ終え、出発の準備も終えた僕たちは、次の町へ向けて出発した。
 こんなにおいしく感じない朝ご飯は久々だった。その原因である重苦しい空気は今も変わらず立ち込めている。

 無言のまま、三十二番道路をひたすらに南進する。
 トレーナーは結構な数がいたものの、ほとんどの人がジム戦前の訓練だった。
 そのため、ジム戦で相手をボロクズのように蹴散らしてきた香草さんなんかは出る幕すらなかった。
 というか、ポポに自信を取り戻してもらいたくてポポにばかり戦わせただけなんだけど。
 負けたとはいえ、ポポだって身体能力的にはクウさんにも勝っていたのだ。決して弱いわけではない。いや、むしろ強い。
 ただ、香草さんの強さが反則級すぎて目立たないだけなのだ。
 やはり香草さんは、「どうしてポポばかり戦わせるのよ! 私だけで十分でしょ!」と怒ったが、なんとか宥めた。
 だから、戦闘に関しては目下のところ問題は無い。……無いということにしておこう。
 戦闘に問題は無いとは言っても、歩く早さは決まっている。
 つまり、進める距離も決まっているわけで、今日は適当なところで野宿になった。
 僕は寝床の準備をしながら考えていた。
 やはり寝るときは僕を中心として左右に彼女達がくっつくことになるわけだ。
 真上から見たら僕は彼女達に挟まれている格好だ。
 正直、寝辛い。
 僕だって健全な少年だ。ポポは子供みたいなものだからともかくとして、香草さんみたいな可愛い女の子がすぐ隣に、というかほぼ密着して寝ていたら、嫌でも意識してしまう。
 なんとか湧き上がる煩悩を抑えるしかない。
 寝ること自体には苦労しない。香草さんの頭の葉っぱから漂ってくる甘い香りをかいでいると、なんだか心が落ち着いて、昼間でも眠くなるくらいだからだ。
 ただ、寝るまでが大変だ。
 もしうっかり手を出してしまったら……
 想像したくもない。トレーナー資格が云々の話では済まないだろう。
 普段意識がはっきりしているときならそんなことはしないだろうけど、眠気で判断力が鈍っている上に、この至近距離だ。
 間違いが起こりそうで恐ろしかった。
 というわけで、数日振りに提案してみた。
「やっぱり僕達、もう少し離れて寝たほうがいいんじゃないかな?」
 香草さんの表情は暗がりに隠れて見えなかったが、ポポはまるで世界の終わりを告げられたかのような表情をしていた。なんとも形容しにくいけど、ものすごいショックを受けた人の顔、としか言い表しようがない。
「い、いやです! ポポは絶対いやです! ゴールドと離れたくないです!」
 ポポは涙をぼろぼろ流しながら僕に飛びついてきた。
「お、落ち着いて!」
 僕はポポを抱き、頭を撫でながら宥めにかかる。
「やっぱりゴールド、ポポが負けたこと怒ってるですか? ポポ、強くなるです。もう負けたりしないです。だから許してです! ポポのこと、嫌いにならないでです!」
 ポポは僕の胸の中でヒステリックに泣き喚く。
 幼いその顔は涙と鼻水と涎でグシャグシャになっている。
 参ったな。まさかまだジム戦での敗北を引きずっていたなんて。
 僕はしっかりフォローしていたつもりだったんだけどな。
 しかし、子は親を映す鏡という。
 ポポがこれほどまでに敗北を気に病んでいるということは、僕が普段そういう態度を取っているということになる……のかな。
 まだポポは幼い。
 だから些細なことが過敏に受け取られたりもするのだろう。
 子供の教育には愛情を注いでやることが大切、とか聞いたことがあるきがする。
 もっと気をつけなくちゃ。


216 :ぽけもん 黒  香草さんがフラッシュでした ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/02/21(土) 04:28:02 ID:rgCVJ34Y
「ポポ、僕は怒ってなんかないよ。ポポがすぐ傍で寝たいっていうなら、そうしてもいいよ」
「本当ですか?」
「うん、本当さ」
「ポポのこと、ダメな子って思ってないですか?」
 ポポは顔を上げ、しゃくりあげながら僕に尋ねてくる。
「まさか! ポポはとってもいい子だよ」
 僕がそういうと、ポポは嬉しそうに僕の胸に一層深く顔をうずめた。
 さて。
 僕とポポのやり取りの間に、絶対に香草さんが口を挟んで来ると思っていたのに。
 予想に反して香草さんからは何も言われない。なんだか逆に怖ろしくもある。
 見ると、香草さんは先ほどと変わらぬ場所に、変わらぬ姿勢で立っていた。
「……香草さん?」
 僕は訝しんで声をかける。
 僕の提案をどう思おうと、何らかの反応はあるはずだ。無反応はおかしい。
 何か、嫌な感じがする。
 僕はポポを体から離すと、香草さんに正対した。
「……によ」
「え?」
「何よ、人間の癖に……この……私がっ……ぁ……バカー!!」
 香草さんが要領を得ないことを口走ったかと思うと、彼女の袖口に蔦が覗いた。
 それは止まることなく、横薙ぎの一閃として僕に襲い掛かってくる。
 腕の角度からして、狙いは頭部か。
 警戒態勢に入っていたおかげで、香草さんの動きから狙われている箇所を瞬時に読み取る。
 避けれるか。
 それを考えるよりも早く、僕はのけぞるようにして上体を下げていた。
 その質量に比例しない凶悪さを感じさせる蔦は、かろうじて僕の頭の上を通過した。
 蔦が僕の頭上を通ったとき、僕の今までの人生でおおよそ聞いたことの無いような音が聞こえた。
 掠っただけでも皮膚が爆ぜそうだ。
 狙いが頭部でよかった。あまり大きく動かなくても避けることができた。 もし狙いが腹部だったりしたら、絶対に避け切れなかっただろう。
 それにポポを離しておいてよかった。もしさっきの姿勢のままだったら、絶対に避け切れなかった。
 しかし、今の回避のせいで姿勢を大きく崩してしまった。追って二撃目が繰り出されたら、とても避けれるとは思えない。
 だが、香草さんは僕が姿勢を正す前に、僕の予想に反して、後ろを向いて走り出した。
 というか、香草さん、足速っ!
 香草さんの影は見る見るうちに遠ざかり、あっという間に闇にまぎれてっ見えなくなった。
 一体なんだったんだ……
 その思考から一拍遅れて、僕の全身の毛穴という毛穴から嫌な汗が噴き出す。
 鼓動が速くなりすぎて痛い。
 そして脳の奥のほうから絶叫が聞こえてくる。僕の本能が、恐怖していた。
 大した運動をしたわけでもないのに、まるで長い距離を全力で疾走した後のように息が上がっている。ぜーぜーと荒い呼吸を繰り返す。
「ゴールド! だ、大丈夫ですか!?」
 崩れ落ちそうになった僕の体をポポが慌てて支えた。


217 :ぽけもん 黒  香草さんがフラッシュでした ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/02/21(土) 04:28:53 ID:rgCVJ34Y
「う、うん、大丈夫」
 口ではそう言ったものの、顔は青ざめていたことだろう。
 こんな恐怖を味わったのは初めてだ。
 いや、僕は今まで恐怖と言う単語の意味を正確に理解していなかったのかもしれない。
 香草さんは僕を――殺そうとした?
 単純に考えれば「ありえない」と切り捨てられる疑問も、今は無視することができなかった。
 でも、だとしたらなぜ? 理由が無い。原因が無い。それなのに殺意という結果が生じているのは変だ。
 いや、そうか、理由なら――
「……ルド! ゴールド!」
 ふと気が付くと、ポポが必死に僕の肩を揺すっていた。
「あ、ああ、どうしたの?」
「どうしたの……って、ゴールド、おかしいです。横になるです」
 そうか、青い顔して呆然としていた僕を気遣ってくれたのか。
 なにが気をつけなくちゃだ。思い上がりもいいとこだ。
 気をつけるどころか、気を遣わせてるなんて。お笑いじゃないか。
 横に……そうだ、とりあえず横に……
 そう思って体の力を抜こうとしたが、そこで僕は、脳に湧き上がってきた発作的な何かによって動作を止めさせられた。
 今、横になってはいけない気がした。
 何があったにせよ、香草さんが動転して走り去っていったことは間違えようの無い事実だ。
 ならば、僕は彼女を追いかけるべきなのではないのか。
 それは、おおよそ僕らしからぬ思い付きだった。
 今まで、逃げるということを第一に考えて生きてきた。
 あの時のような――ランの父親を殺され、ランをシルバーの手に落としてしまったあの時のような悲劇を、二度と繰り返さないために。
 だから、いつもの僕なら、自分の命の危機が向こうから去っていってくれたなら、それを追いかけるような真似は絶対にしなかったはずだ。
 真似どころか、考えもしないだろう。
 でも、この今までの僕からすれば“狂った”ような思考が、何故かとても正しいもののように思えた。
 香草さんを追わなきゃ。
 また危ない目に会うにせよ、何もしないで終わらせてはいけない。
 そんな確信があった。
「ポポ、ありがとう。でも大丈夫」
「大丈夫じゃ……」
「僕、香草さんを探しに行くよ」
 僕はそう言って、ポポに預けていた体重を戻した。
 膝が笑っている。まったく、情けない。
 僕は平手で両腿を思いっきり叩いた。
 大分、震えが収まった。
「だ、ダメです! 危ないです! チコなんて放っておくです!」
 ポポは慌てて僕に抱きついてきた。
 僕は、ゆっくりと彼女を押し返した。
「そういうわけにはいかないよ。行かなきゃ、いけないんだ」
「酷い目にあうですよ!」
「そうかもしれない」
「なら……」
「でも、行かなきゃならないんだ」
「ポ、ポポ、夜は目がよく見えないです! だからポポは行けないです!」
「分かってる。だから、ポポはここで、僕が帰るのを待っていて欲しい」
「ポ、ポポを一人にしないでです! いやです! 行かないでです!」
「ごめん、必ず戻ってくるから。だから待ってて」
 僕はそう言うと、縋るようにして向けられたポポの翼を振り払い、闇に向かって走り出した。
 ポポの泣き声に、僕を呼ぶ叫びに、後ろ髪を引かれる。
 それをなんとか振り払い、僕は走り続ける。
 香草さんが僕らの前から走り去っていったときのペースで走り続けているとしたら、僕は絶対に追いつけるわけがなかった。
 でも、たとえそうだとしても。僕はとまるわけには行かなかった。

 結論から言うと、僕の追いつけないのではないかという懸念は杞憂に終わった。


218 :ぽけもん 黒  香草さんがフラッシュでした ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/02/21(土) 04:30:06 ID:rgCVJ34Y

 すぐに息が切れてくる。目がチカチカする。
 僕は、まだたいした距離を走っていないうちに、酷い疲労を感じていた。
 朝から歩き通しで、疲労の溜まっていた足は、すぐに悲鳴を上げた。
 しかし、僕が疲労で走れなくなる前に、走る必要は無くなった。
 走っていて、急に足場は無くなったかと思うと、僕は水の中に突っ込んでいた。
 池か川か。この暗闇と、酸欠のせいで、景色が見えていなかった。
 慌てて姿勢を起こすが、疲労のせいか足がつってしまった。
 溺れる!
 恐怖に我を忘れて夢中でもがく。
 しかし振り回した腕はただ水面を泡立たせるのみだ。
 そのうちに、服が水を吸ってみるみる重たくなっていく。
 体が、どんどん沈んでいく。
 もしかして、ここで死ぬのか?
 そんな恐れが頭をよぎったとき、僕は何か細いものによって水中から引き上げられた――いや、放り投げられた。
 叩きつけられた地面の上で僕は思いっきり咳き込む。
 肺の中の水を吐き出し、新鮮な空気を堪能した。
 しばらくして、なんとかまともに息ができるようになって体を起こすと、見慣れた葉っぱの緑が、闇に浮かんでぼんやりと見えた。
「香草……さん?」
 立ち上がって歩み寄ってみると、それは確かに香草さんだった。
 香草さんは僕が落ちた水辺――落ち着いてみてみると、それはどうやら大きな池のようだった――の淵で、膝を抱えて座っていた。
 彼女の緑色の髪と、黄緑のワンピースが、水でぐっしょりと濡れていた。
 彼女も、この池に落ちたのか。
 まっすぐと、無我夢中で走ってきたのならそうなっても何の不思議もない。現に僕がそうなってしまったわけだし。
「香草さんが助けてくれたんだよね? ありがとう」
「……どうして来たのよ」
「え?」
「アンタ、私のせいで大怪我するかもしれなかったのよ! なのにどうして来たのよ!」
「だって、香草さんはそんなことしない……と思う……から」
 自信を持って言い切れないのがつらいところだ。
「馬鹿ね」
「そう……だね」
「ホント馬鹿」
「……うん」
「愚劣で屑」
 彼女は淡々と僕に対する侮辱を述べる。
 あんまりな言い草に、ちょっとへこんできた。
「……それはさすがに言いすぎ……と思うよ」
 反論を述べたところで、僕は本来の目的を思い出した。
「それより、どうしてあんなことしたのさ」
「……どうだっていいでしょ」
「よくないよ!」
「……アンタが馬鹿だからよ」
「馬鹿って……僕、そんな馬鹿なことした?」
「それが分からないから馬鹿なのよ」
 酷い。でも、返す言葉も無い。実際に原因が分からないのだから。離れて寝よう、と言ったことくらいしか思い当たる節がないけど、まさかこれが原因のわけがない。
 ……本当は、原因は分かっていた。ただ、それを認めたくないだけで。
「……でも、来てくれた」
 僕が思い至ったそれ以外の原因を必死に思い出そうとしていたせいで、香草さんの言葉を聞き逃してしまった。
「え?」
「なんでもないわよ、馬鹿」
 よくは分からないけど、香草さんの口調が少し和らいだように感じた。


219 :ぽけもん 黒  香草さんがフラッシュでした ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/02/21(土) 04:31:02 ID:rgCVJ34Y
 これなら、戻ってもらえるかな。
「香草さん、帰ろう? ポポも待ってるよ」
「……アンタって」
 何がいけなかったのだろう。瞬時に彼女の言葉のトゲトゲしさが復活した。
 そもそも、口調が和らいだように感じたのは僕の錯覚だったのだろうか。
「何?」
 僕はわけが分からず尋ね返す。
「アンタって本当に愚図で馬鹿で最低なのね。アンタみたいな人間のパートナーになる人間なんて絶対にいないわ」
 彼女の罵倒は、先ほどまでと違ってはっきりとした怒りが込められていた。
「それってどういう……」
「アンタみたいなサイテーの屑は今まで見たこと無いって言ってんのよ! もう、契約解除よ!」
 我が耳を疑った。しかし、それは幻聴でも、聞き違いでもないことははっきりとしていた。
 告げられた、最悪の宣告。
 薄々覚悟はしていた。自分の無力さはよく知っていたし、香草さんからはもともと嫌われていたし、ジム戦での僕の無様な有様を目の当たりにして、完全に愛想がつかされたことだろう。
 でも、それでもショックだった。
 目の前が真っ暗になった。
 短い旅の思い出が、走馬灯のように思い出される。
 もう、彼女は僕と一緒にいたくなかったんだ。だから、僕に危害を加えようとして、でも思いとどまってくれて、走り去ったんだ。
 考えたくはなかった。しかし、現実としてはっきりと眼前に突きつけられた今となっては、認めざるを得ない。
 はは、何で追いかけたりしたんだろ、僕。あのまま横になっていたら、少なくとも、傷つくのを先送りにすることはできたのに。
「もし……」
「……分かった」
 ギシギシと軋む心で、何とか肯定の言葉を捻り出した。
「え?」
「分かったよ。契約は、解除だ。今までありがとう。それと、ごめんなさい」
「ちょっと……」
 彼女が何か言いかけたが、今の僕にこれ以上の彼女の言葉を聞ける余裕はなかった。
 利己的だな、と分かっていつつも、僕は一方的に話し続ける。
「でも、役所に行かないと、正式に契約は解除できないんだ。だから、もう一秒でも僕と一緒にいるのは嫌だろうけど、町に戻るまで……それまで、我慢してください」
 彼女は、何も言い返してこなかった。僕は、それを了解という意味だと受け取った。

 この日、ポポの元へ戻った僕は、ポポとは寄り添うようにして眠ったが、香草さんとは離れて眠った。