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507 :羊と悪魔 [sage] :2007/10/20(土) 22:49:04 ID:3TS5tHRm
 私のことを好きだと言い、私にキスをして、私の友達を殺して、私のことを『親友』と呼んだあきら。
 そのあきらによって、私は、犯された。
 生まれてはじめての性行為が強姦の上に、その相手が同性とは、私の人生はどうなっているんだろう。
 混乱している。頭の中がぐちゃぐちゃになって、ゴミだらけの絶海の孤島に一人だけ取り残されたような。
 押し倒された後のことは、思い出したくない。気持ち悪さと痛みだけが鮮烈で、性行為が気持ちのいいものだなんて誰が言ったんだ。
 私はあきらに抵抗した。腕と脚をばたつかせて、必死であきらを突き飛ばそうとした。
 なのに、あの細腕に一体どんな力が隠されていたのか、私の抵抗など無意味だと嘲笑うかのように、私以上の力で押さえつけられた。
 そうして私の体力が尽きて、身体中に不快感と痛みが駆け巡って、ようやくあきらは拘束を解いた。
 私はこれからどうなるのだろう。ほとんど私は諦めていた。
 ああ、そういえば私のことを親友だと言ってたな。ということは私が小学生の頃、親友を口実にあきらのことをいじめていたことを憶えていたのか。
 なんて凄い記憶力だろう。私だって忘れてたのに。いじめた子よりもいじめられた子のほうがいじめの内容を覚えているらしいけれど、そういうことだろう。
 けれど──あきらはなんて言った? 私のことが好きだって? 愛しているって?
 何を言ってるのよ、あきら。なんで私を。

 動く気力もなくて、しばらく私はベンチに寝かされたまま、ようやく退きはじめた不快感を存分に味わっていた。拷問のようだ。
 あきらは私を見下ろして、ひたすら謝っていた。
 ひたすら、謝っていた。
 「ごめんなさい」と。ただひたすら。
 謝るくらいなら、最初からやらないでよ。
 あきらがようやくベンチから立ち上がる。
 このまま帰るのかと思ったら、私を抱き上げた。片方の手を私の肩に回して、もう片方の手で私の腿を支える。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。
 これからあきらは何をするつもりなんだろう。私を殺すのだろうか。
 いじめられた復讐か、殺人をしたことの口封じか。
 私は願わくば、この二つのどちらかであることを祈った。もうこれ以上、私を苦しませないで。
 本当に、あきらの細腕のどこにこんな力があるのだろう。私を抱き上げたまま、歩き出す。
 公園を出て、しばらく暗闇の中を進む。誰か人は通るだろうか。できれば通らないでほしかった。こんな姿、見られたくない。
 やがてあきらは、『石橋』という表札を掲げた家の前で止まった。そうか、あきらの姓は石橋だったっけ。
 そうして私は初めて、石橋あきらの住まう家へと入れられた。


508 :羊と悪魔 [sage] :2007/10/20(土) 22:49:37 ID:3TS5tHRm
 石橋家の中は灯りを一切点けておらず、外の方がよっぽど明るかった。
 あきらは私を一度床に降ろして、ひとりでに閉まっていく扉が閉じたことを確認して、鍵をかけてチェーンロックもかけた。私を逃がさないということだろうか。
 もう一度私を抱き上げ、奥に進んでいくあきら。自分の家だからか、こんなに暗くてもどこに何があるのかわかるらしい。
 そういえば、なんで灯りを点けないのだろう。それに、あきらの両親はどうしたのだろう。
 ────かすかに、肉が腐る臭いがした。

 どこかの部屋に入るあきら。私をベッドらしき毛布の上に寝かせると──どうやらここは、彼女の部屋らしい──ドアの鍵を閉めた。
 ようやく体力が戻ってきていた私は、なんとか上半身だけを起こそうとした。
 この部屋は、暗い。廊下も暗かったけれど、この部屋は……なんだろう、漆黒の闇の中だというのに、あきらの姿だけが鮮明なのだ。
 寒い。これから暖かくなっていく時期だというのに、この部屋は真冬のように寒い。
「ここはね、私のゆりかご」
 あきらの声がして、再び私は押し倒される。硬いベンチとは違う、やわらかい毛布の上。
「この部屋で、ずっときみこちゃんのことを想っていた。この部屋にいつか、きみこちゃんを連れてきたかった」
 夢がかなったよ。そんなふうに笑う。その笑顔は、相変わらず私の神経を凍りつかせるのだ。
「ん……」
 口付けをされ、あきらの舌が私の口内を蹂躙する。公園で押し倒されたときに何度もされたけれど、そのときは不快感だけしかなかった。
 私がもう諦めているからだろうか。長い永いその口付けは、何故だか不快感はなかった。
 何分経ったのかわからないけれど、何時間もそうしているような気がした。この部屋は時計がないのだろうか。
 あきらが口を離す。唾液が糸を引いている。こんな光景を目にするなんて、本当に私の人生はどうなってしまっているのだろう。
「きみこちゃん」
「……あきら、これだけは聞かせて」
 ようやく回復した体力を全て、この問いにそそぐ。どうしてもこれだけは聞かなくちゃいけない。

「私を、憎んでないの?」

「え?」
「私は、あんたのこといじめたんだよ? 勝手にあんたのものを持ってって、責任を押し付けて。
 あんなにいじめたんだよ? なのになんで私のことを、好きだとか、愛してるとか、言えるの?」
「…………」
 あきらは黙って、ベッドから離れる。
 何をするのかと思ったら、机らしきものの引き出しを開けて、小物をいくつか取り出していた。
 教科書、シャーペン、消しゴム、ボールペン……。
「私の?」
「そう」
「……ストーカーはあきらか」
 あきらに押し倒されてからだけど、予想はしていた。
「親友だから、勝手に持ってったよ」
 ……実はあきらは、私への復讐を考えているんじゃないだろうか。それはほとんど私へのあてつけだ。
「復讐なんか考えてないよ」
 私の心を読んだような発言をするあきら。


509 :羊と悪魔 [sage] :2007/10/20(土) 22:50:32 ID:3TS5tHRm
「きみこちゃんがね、最初だったんだよ」
「は?」
「私のこと、親友って言ってくれたの」
 でも私は、あきらのことを親友とは思っていない。
「私みたいな悪魔を、親友だって言ってくれたの。嬉しかった」
「あ、悪魔?」
 いきなり何を言い出すのだろう。
「そう、悪魔。
 小さい頃に読んだ絵本の登場人物はね、みんな優しい目をしてるんだよ。なんでそんな優しい目をしてるかっていうとね、『愛してるから』なんだって。
 その絵本には悪魔が出てくるんだけど、絵本の登場人物たちは絶対に悪魔に優しい目は向けないの。悪魔はひどい奴だから。
 だから私は、悪魔なの。父も母も、私に優しい目を向けることはないのよ」
「…………」
 私は何も言えなかった。彼女の壮絶な、いや絶望的な孤独に同情などできやしないのだ。
 生まれてから一度も愛されたことがない少女に、人々から愛されることを望んで愛されるようになった少女が言える言葉など、無い。
「だからね、決めたんだ。ううん、誓ったの。私はきみこちゃんのことを、絶対に裏切らないって」
 だから、きっかけは私だったんだろう。愛されないなら、愛してしまおう。そのきっかけが、私だっただけなんだ。
「きみこちゃんのこと、愛してるの。きみこちゃんが私のことをどう思っていようと、私はきみこちゃんのことを愛してる」

 けれどあきらは気付かないのだろうか。自分がいかに矛盾しているかということに。

 あきらが自分の服を脱ぎだす。私はそれを眺めたまま、尽きてしまった体力を諦めて、この漆黒の闇に埋もれることにした。
 これから、公園のベンチでされたことを再び、何十回とされるのだろう。
 私が、壊されそうだ。
 あきらは何日間私を監禁するのだろうか。そういえば親に何も言わなかった。電話を貸してくれるとは思えないし、諦めよう。
 もう、壊れてしまいたい。いっそ何もかも考えることをやめて、死ぬまであきらの人形になってしまいたい。
 そうすればどんなに楽だろう。
 けれどそれは、私の理性が決して許そうとはしないのだ。ヒトであり続けろと、懇願し続けているのだ。
 泣きたくなった。涙は出なかった。私は誰のために泣きたいのだろう。殺された玲? 残された友達? 孤独なあきら? それとも自分?
「きみこちゃん。服、脱がすね」
 いつの間にか全裸になっていたあきらが、私にのしかかっていた。
 全身のラインが異様に細い。贅肉どころか筋肉があるのかどうかさえ疑うほどだ。本当に、なんでこんな細い身体で私を押し倒せたんだ。
 公園でブラウスのボタンのほとんどを引き千切られていて、私が着ていた服は案外あっさりと脱ぎ捨てられた。下着まで剥ぎ取られ、私もあきらも、一糸まとわぬ姿になる。
 暗闇に浮かび上がるあきらの裸体は、少しだけ、綺麗だと思った。


510 :羊と悪魔 [sage] :2007/10/20(土) 22:53:12 ID:3TS5tHRm
 目が覚めたとき、私は知らない天井の下にいた。
 すぐに昨日のことを思い出して、後悔した。公園でされたときよりももっと激しいコトを……あー、恥ずかしい。忘れよう。
 私は裸のまま毛布に埋もれていた。頭を横に向けると、同じく裸のあきらがいる。小さく空気が流れる音がして、何故だかそれが寝息だと気付くまでに数秒かかった。
 カーテンから光はもれてない、ということはまだ夜中なのだろう。机の上に目覚まし時計があったので見てみたら、時計は止まっていた。
 大きく息を吸い込んで、吐き出す。私は呼吸をしているということに、いまさら実感。
 あきらを起こさないようにベッドから抜け出す。床を見ると、あちらこちらに制服が脱ぎ捨てられていて、どうやら私の着ていたものらしい。
 なるべく音をたてないように、衣擦れの音に注意しながら散乱した服を着なおす。
 裸で寝る、というのも変な感じだったけど、裸から直接服を着るのもなんだか変な感じがする。
 下着、ソックス、ブラウス、スカートと順番につけていく。ブラウスはボタンがほとんど残っていなかったので、隠さないと下着が見えてしまう。
 着衣終了。ふと、スカートのポケットに入れっぱなしにしていた携帯電話に、留守電とメールが入っていることに気付いた。お母さんからだった。
 ……心配するよなぁ。殺人事件の第一発見者の娘が散歩に出かけたきり帰ってこないんだから。
 しかしここで電話したりメールを打ったりすれば、あきらが目覚めてしまうかもしれない。
 多分あきらは、私を帰さないだろう。
 玲を殺した犯人が誰なのか知っている私を、玲を殺した犯人であるあきらが逃がさない、という以上に。
 あきらの異常なまでの愛情が、私を逃がさないだろう。
 携帯電話をポケットに押し込み、ゆっくりと、音をたてないようにドアの鍵を開ける。
 不思議なことに、あきらの部屋に入るためのドアには鍵がとりつけられている。恐らく、あきらの両親がつけたのだろう。直感だけど、なんとなくそれが真実のような気がした。
 ドアを開けて、閉める。それだけの作業が、音をたてないという制約をつけるだけでおそろしく難しいものになる。
 私は石橋家の廊下にいた。すべての音が何もない。静寂という音が聞こえてきそうなほどに、だ。
 やはり音をたてないように、すり足で廊下を進んでいく。
 廊下は一直線で、真っ直ぐに進めばもう玄関だ。傘たてと下駄箱、消火器のある玄関は、この家に出入り口があることを示していて、安心した。その玄関のすぐ横に、扉があった。
 扉は開けられている。私の位置からだとその向こうはさっぱり見えないのだけど、なんとなく居間だな、とわかった。

 そしてどうやら、肉が腐ったようなこの臭いは、その居間から漂ってくるらしいのだ。
 電気を点けない石橋家。見かけないあきらの両親。もう、その扉の向こうに何があるのか、わかってしまった。

「どこにいくの」
 不意に──全身の神経が、凍りついた。
「きみこちゃん」
 私の全身が、見えない腕で押さえつけられる。
「ねぇ、どこにいくの」
 私は振り返らなかった。

「家に────帰るのよ」


511 :羊と悪魔 [sage] :2007/10/20(土) 22:54:06 ID:3TS5tHRm
 私の言葉に、あきらは何も言わなかった。
 ただ黙って、私の背中に抱きつく。
 あきらは裸だった。白く細い、骨のような腕で私の身体を撫で回す。その右手に、カッターナイフが握られていること、そのカッターナイフが私のものだったことに気付いた。
「帰らないで」
「帰る」
 カッターナイフが私の首に近づく。
「おねがい、きみこちゃん。私は、私はきみこちゃんがいないと」
 いないと、どうなるのだろう。
「……お願い。そばにいて」
「いやよ」
 もう、恐怖心も消えてしまっている。頭の中は嫌になるくらい冷静だ。
「私はあきらの所有物じゃないのよ」
「そんなこと、思ってないよ」
 あきらは、自分の矛盾に気付かないのだ。自分の意思で、気付かないのだ。
「だったら私を帰して」
「お願い。私のそばから離れないで」
 そうして、私は。

「離れたら──殺すの?」

 あきらを振り払う。カッターの刃が私の頬をかすめ、鋭い痛みが小さく疼いた。この程度の痛みなら、ひるみはしない。
 一気に玄関へと走る。開いていた居間への扉の向こうには視線を向けない。玄関の扉のノブに手をかけて、──扉は動かない。
「きみこちゃん……!」
 あきらがふらふらとした危なげな足取りでこちらに歩いてきてる。暗くてあきらの表情は見えない。
 鍵を開けて、もう一度ドアノブに手をかけて押す。扉は開いて、動かなくなった。
 チェーンロック。
 執拗なまでに閉じ込めようとする短い鎖が、私を嘲笑う。おまえは逃げられない、ずっとこのまま人殺しと一緒に暮らせ、と。
「きみこちゃん……」
 あきらがすぐそこに立っている。
 嫌だ。気持ち悪い。身体が勝手に動く。怖い。あきらが怖い。さっきまで冷え切っていた頭が、一気にぐつぐつと沸騰していく。
 私は振り向き────


512 :羊と悪魔 [sage] :2007/10/20(土) 22:54:41 ID:3TS5tHRm
 ────振り向き際に、居間の中が見えて、
 そして血だまりの中で横たわる二つの肉隗が見えた。

「あああああぁぁっ!」

 わけのわからない衝動に突き動かされて、私は何か重いものを掴んで、それを振り回していた。
 鈍い音が響く。衝撃が私の腕にまで来て、思わず掴んでいた重いものを放した。

 放り出された消火器──私が振り回したものは、消火器だった──には、赤黒い何かがべっとりと付着している。
 気付けば、私の足元には、あきらが横たわっていた。
「あきら、?」
「きみ、こ、ちゃん……」

 あきらの頭からは、その髪と同じ色の血が流れていた。
「あきらっ! 嘘よね? そんな、嘘よ!」
 何が嘘なのかもわからず、とっさに私はあきらを抱き上げた。血が、私の身体中に降り注ぐ。
「きみこ、ちゃん……」
 あきらの声が、私を呼ぶ声が、次第に小さくなっていく。
 私は。
 私はあきらに。
 ひどいことを。

「ごめんなさい……
 ごめんなさい……っ」

 私は、あきらに謝っていた。
 小学校のころ、あきらをいじめたことを。
 そして今、あきらを殺そうとしたことを。
 なんでこんな簡単な言葉が、今まで出てこなかったのだろう。
 私は被害者なんかじゃない。友達を殺されて、強姦されて、それだけで被害者のふりをしていた。
 私は加害者だった。
 あきらの体も心もこんなに傷付けた、加害者だ。
 許されたくなかった。
 こんな酷い私を、許されたくなかった。

「別に、いいよ」

 だから、あきらのその微笑みは、報いなのだろう。


513 :羊と悪魔 [sage] :2007/10/20(土) 22:55:30 ID:3TS5tHRm
 そうしてあきらは死んでしまっていた。
 頭からその髪と同じ色の血を流しながら、私に殺された。

 あきらのフルネームはもう忘れてしまっていた。そして、もう二度と記憶することはないだろう。
 最後の最期に、あきらは奇妙な単語を呟いた。
 『カールクリノラース』。
 その言葉の意味するところは、私にはわからない。
 冷たくなっていくあきらの身体を抱きかかえたまま、ふと私はあきらのことを愛おしく感じていることに気付いた。
 ガラスの窓が少しずつ赤みを帯びてくる。ようやく、夜明けらしい。
「おはよう、あきら」
 私はあきらに口付けした。
 これからどうしよう。迷うほどに、私はあきらから離れたくなくなっていた。

「──あはっ」
 そうだ。ずっとあきらと一緒にいよう。私が死ぬまで、私が死んでも、ずっと一緒に。
 私はもう一度あきらに口付けした。目の前に玲の顔が浮かんだけれど、もうどうでもよかった。
 昨日あきらにされたように、あきらを押し倒した。
「あきらと私は──ずっと、親友だよ」
 ぞっとするほどの感情がわきあがってくる。私は壊れてしまったのだろうか。
 くすくすと漏れてくる自分の笑いをどこか遠くで聞きながら、私は三度目の口付けをする。
「愛してるわ、あきら」

 窓から入り込む朝日に伸びた影が、私を見つめている気がした。