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172 :枯れ落ちて朽ちゆく枝 (1/4) ◆6AvI.Mne7c [sage] :2009/04/12(日) 17:36:47 ID:c1smQVOK
 
「こんばんわ、桃枝(ももえ)さん。お願いしてもいいかしら?」
「ええ、いいですよ。○○市まで送ればいいんですよね?」
 
 ワタシの名は桃枝。とあるしがないアパレル系の会社員だ。
 こんなワタシだけど、すでに愛する夫がいたりする。
 まだ28歳だが、10才の息子と4才の娘だっている。
 
「けれど大変ね。貴女もこんな時間まで仕事があるなんて」
「ふふ、仕方ありませんよ。
 ワタシだってあの人だって、稼がないといけませんからね」
 
 そう、ワタシは今の夫が好きで、あの時学生の身で結婚を迫った。
 それだけあの人が好きで、ちょっとばかり人には言えない手段もとった。
 それを知っても、あの人は苦笑いして許してくれた。
 だから、ワタシはいま、最高に幸せだ。
 たとえ少々急ぎすぎたせいで、稼ぐために共働きになろうとも。
 たとえ仕事の都合で、あの人と別々に暮らさざるを得なくとも。

「まあ、今日からしばらく休みだったわよね?
 これから、愛しの夫のところに向かうのかしらね?」
「……!? もう、からかわないでくださいよ!
 思わずワタシ、ハンドル操作を間違えるところだったじゃないですか!?」 
 
 この女性は、ワタシが愛する夫の、実のお姉さん。
 とても弟思いで、学生時代からブラコンとして、名実ともに有名だった女性。
 一説では、この人がいる限り、私の夫――彼には手が出せないといわれていた。
 
 でも、ワタシは彼を諦められなかった。
 一目惚れ――入学式の時に、桜の樹の下で微笑む彼が、とても眩しかった。
 ぜったい彼を逃がしたくない。彼はワタシが一生をかけて愛するんだ!
 
 だから、この恐ろしい「お姉さん」の隙をついて、彼に告白した。
 でも多分、彼はお姉さんに遠慮をして、告白を断ってくるだろう。
 だから、ワタシは少々荒っぽい手段で、彼をつかまえることにした。


173 :枯れ落ちて朽ちゆく枝 (2/4) ◆6AvI.Mne7c [sage] :2009/04/12(日) 17:37:25 ID:c1smQVOK
 
「知ってるのよ? 貴女のおなかの中に、3人目の子供がいるってことはね。
 まだ2ヶ月くらいだけど、順調に育てば、今年の夏過ぎには産まれるのかしら?」
「!?――もう、どうしてそれを知ってるんですか?
 まだあの人にも、話してなかったんですけどね……?」

 彼に告白した時、断りの返事を貰うより早く、彼に睡眠薬を嗅がせた。
 場所は体育館裏の倉庫前だったから、すんなりと彼を密室に引っ張りこめた。
 そしてそのまま、彼を裸にして――その、エッチさせてもらった。
 そしてワタシは妊娠して、彼になんとか認めてもらうことに成功した。
 もちろん、事前準備も一切怠らなかった。
 排卵誘発剤を服用して、この計画の成功率を十全にさせてもらったのだ。
 
 
「ホントにもう、何を言ってるのよ、貴女は。
 大切なあの子のことで、私が知らないことなんてないわよ?
 それと同時に、あの子の妻である、貴女のことだって、ね?」
「―――っ!? そ、そうですか……」
 
 結果、彼は私のことを認めてくれて、学生の身で結婚まで約束してくれた。
 ただ1人、この人だけは最後まで、ワタシたちの結婚に反対していた。
 けれど、ワタシと彼ががんばって周囲を説得したおかげで、最終的には認めてくれた。
 彼の家が貧乏だったせいで、その説得には、実に3ヶ月を費やした。
 結局、高校卒業後に2人で働きながら、であれば結婚してもいいということで、纏まった。
 
 
「本当に、本当に心の底から、羨ましいわ、貴女が。
 私の大切な弟と、一緒に幸せに生きている、貴女が」
「…………」
 
 この人に対しては、彼が直々に説得してくれた。
 その期間はゆうに4ヶ月かかったらしい。とにかく最後まで抵抗された。
 でも、ワタシが息子を出産すると同時に、彼女の気性はとても落ち着いた。
 むしろ、ワタシの息子を、とても大切に見守ってくれるようになった。
 だから、今更あの頃のような、ワタシを構わず攻撃してくる事態には――
 
「本当に、本当に心の底から、妬ましいわ、貴女が。
 私の愛しい弟を、横から掻っ攫っていった、貴女が」
「…………!」

 駄目だ。10年前の悪夢再来だ。
 彼女はまた、ワタシに向かって、牙を剥いてくるつもりのようだ。


174 :枯れ落ちて朽ちゆく枝 (3/4) ◆6AvI.Mne7c [sage] :2009/04/12(日) 17:38:10 ID:c1smQVOK
 
「ワタシこれから、あの人のところに行って、妊娠のことを伝えるつもりなんです。
 なのでお姉さん、ワタシまたあの人と一緒に、両親達の墓参りに行くつもりです」
 
 ワタシの両親は、8年前に旅客バスの事故で亡くなった。
 偶然にも、夫の両親と一緒に出かけた先でのことだった。
 お互いにそれほど裕福でなく、私たちのせいで苦労をかけていた彼らを労うための旅行。
 ワタシ達があんなプレゼントを用意しなければ、みんな死ななかったのかもしれない。
 そんな思いがあるから、ワタシが娘を出産する前にも、墓前に報告に行っていた。
 今回もそのつもりで、まずはあの人の住む安アパートに向かう予定だったけど――
 
「そう。また貴女は、自分の息子と娘を置いてけぼりにしちゃうのね?
 私がちょくちょく顔を出しているけど、あのチビちゃん達いつも泣いているのよ?
 あのチビちゃん達だって、まだまだ母親を必要としているのにね――」
 
 痛いところをついてくる。もはや彼女からは、敵意しか向かってきていない。
 解っている! ワタシがちゃんと、あの子達の母親として機能していないことも。
 知っている! ワタシよりも彼女の方が、よほど母親として機能していることも。
 くそっ! 叶うならば今此処で、このオンナの息の根を止めたいのに――!?
 
「やれやれ。10年間我慢してたけど、やっぱり貴女は、あの子の伴侶に向いてないわ。
 あの子や、あの子の子供達を幸せにできないなんて、妻失格だものね。
 だいたい、貧乏なのを解ってて、既成事実で攻めるなんて、間抜けすぎるのよ。
 私は今の貴女みたいにならないように、わざわざ避妊していたというのにね。
 貴女の身勝手で、私の弟の息子と娘が泣いてるんだもの。最悪ね、貴女は」
「わかってる――わかってたわよそんなコト!? だからもう黙れ……!?」
 
 苛々する! こんなオンナに事実を淡々と突きつけられるということに!
 幸せ!? 嘘なんかついてどうするのよワタシは!?
 あの人と、ワタシと、あの人とワタシの子供達と、みんな揃って初めて幸せだったのに!
 ワタシが欲しかったのは、ただただ食い扶持を稼ぐために、働く生活なんかじゃないっ!?

「だけどあの子の息子と娘は、もうすぐ幸せになるわよ?
 さすが、私の血縁であるあの子の血をひいていた、というべきかしら?
 ――ふふ、どういう意味か聞きたいって顔をしてるわね?
 簡単よ。まだ4才に過ぎないあの子の娘が、私みたいなことを言い出したの。
 その相手は、まだ10才に過ぎない男の子――あの子の息子よ」

 そんな……!? ワタシとあの人の子供達が、またそんな外道に……!?
 まずい、こんなオンナは振り捨てて、早く止めに――

「――あら? つい話に夢中になってたけど、もう○○市内なのね?
 ここで降ろしてもらったのでいいわ。ありがとう、桃枝さん。
 それじゃあ、あの子の家に向かうか、子供達のいる自宅に向かうか、好きになさいな?」

 そう言って、ワタシが急停車させた車の扉から、悠々と降りる彼女。
 撥ね飛ばしたいが、それより早く、事実を確認しに行かないと――


175 :枯れ落ちて朽ちゆく枝 (4/4) ◆6AvI.Mne7c [sage] :2009/04/12(日) 17:38:49 ID:c1smQVOK
 
「あ、そうだそうだ、忘れてたわ。
 貴女に対しての伝言が2つあるの。聞いていきなさい。
 1つ目、あの子の娘――さくらちゃんから。
 『あたいはおにーたんとけっこんする。だからおかーさん、じゃましないで』。
 2つ目、純粋に私からの、貴女へのメッセージ。
 『1では孤独、3では不安定。ならば安定させるには、どうすればいいのかしら?』」
 
 何を言っているのかわからない。本気でわかるつもりもない。
 このオンナが車の扉を閉めるのを確認した後、ワタシは必死でアクセルを踏み込んだ。
 最後の最後、バックミラーに映るあのオンナの呟きも、一切無視して。
 
 
 ― ※ ― ※ ― ※ ― ※ ― ※ ―
 
 
「最後まで、馬鹿で愚かなヤツだったわね、あのメスブタ。
 3が不安定なら、その中の『1』に孤独になってもらう、ただそれだけよ。
 それじゃあバイバイ。私は貴女を踏み倒して、幸せになるわ。
 さあ、あの子を幸せにするために、私もがんばりますか――」
 
 そう言って、徒歩でその場を後にする女性。
 彼女の手には、やたら金属のぶつかりあう音のする、スポーツバックがあった。
 
 
 ― ※ ― ※ ― ※ ― ※ ― ※ ―
 
 
 あれ、ワタシは確か――そうだ、あの人のところに向かう予定だったんだ。
 でもおかしいな、身体がちっとも動かない。目の前も真っ暗だ。
 そういえば、ワタシが眠る前に、眩しい光が正面から来て――
 思い出した。ワタシは車の運転中、急に眠たくなって、車線を飛び出して――
 
 あはは……、残念だけど、ワタシの物語は、ここで終わりなのね。
 あのオンナに後を譲ることになるのは悔しいけれど、仕方ないみたいね。
 いいわ。アンタがワタシの大好きな秋桜(しゅうさく)さんを、幸せにしなさいよ?
 ワタシがいなくなっても、あの人が泣いてくれるなら、ワタシが生きた意味はあるんだから。
 
 そして、間違いなくワタシの大切な子供達――桜華(おうか)、さくら。
 アナタ達も、絶対に――ワタシの分まで、シアワせになりなさいよ。
 あはは、ホントウはもっとイきていたいけど、もうムリか。
 
 それじゃあばいばい、さくら。
 
 さようなら、おうか。
 
 おやすみなさい、しゅう……さ……――
 
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