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245 :いなばとさかめ (1/3) ◆6AvI.Mne7c [sage] :2009/04/16(木) 01:45:45 ID:bVR/i4+L
 
 昔むかし、あるところに、1人の「兎」のような青年と、1人の「亀」のような少女がいました。
 「兎」の青年は、名を「因幡(いなば)」と言い、たいそう女の子にもてていました。
 とても男前と評判の人相で、よくわからない、自作の細長く白い髪飾りを二本つけた変わり者です。
 「亀」の少女は、名を「蓑亀(さかめ)」と言い、たいそうドジでのろまな娘でした。
 いつもは長い髪を前に垂らしていて目元が窺えず、何故か常に重そうな甲羅を背負う変わり者です。
 
 
「なあ蓑亀、なんでお前さんは、そんなに足が遅いんだ?
 その重そうな甲羅を外したら、少しは早足になるんじゃないのか?」
「うるさいよ因幡、それはできない相談なのよ。
 これはあたしのお母様が残した、大切な甲羅だから、捨てられないの。
 あんたこそ、その変な二本の白い髪飾りを外しなさいよ、この勘違い男さん?」
「これは俺のお洒落だ。これに文句をいうなよ、このドジっ娘ちゃん?」
 
 二人は決して心の底からいがみ合うでもなく、まるで子供のような苛め苛められの関係でした。
 しかしとうとうある日、いつもしつこい因幡の態度に、蓑亀は我慢ができなくなりました。
「いい加減にしてよ! そんなにあたしの足が遅いと言うなら、競争(かけっこ)でもしてやるわよ!
 その結果によっては、もうあたしのことを、のろまなんて苛めないでよっ!?」

 普段は多少ひね気味とはいえ、これまで目立った激昂などしなかった蓑亀に、誰もが驚きました。
 しかし因幡だけはあまり驚かず、むしろ楽しそうに、蓑亀の提案に乗ってきました。
「ようしわかった。ならばここから南の「果て山」の頂上にある「一本大樹」まで競争しよう。
 俺が勝ったら、俺の言葉に文句は言わない。お前が勝ったら、俺を好きにすればいい。
 まあ、俺にはお前に負ける要素など、どこにもないがな。なんせお前はのろまだからな」

 売り言葉に買い言葉というものか、この物言いに蓑亀もつい乗ってしまいました。
「ええ、それでいいわ。じゃあ明日の朝日が山から昇ったら、この場所から出発しましょう?」
 
 
 そして次の日。競争が始まる――朝日が山から昇るほんの少し前のことです。
 因幡と蓑亀は、昨日と同じ場所で、競争のための準備をしていました。
 周囲には何故か、噂を聞きつけた因幡の取り巻き女たちや、付近の住民たちが集まっていました。
 しかし蓑亀も因幡も、そんなことなど気にしていませんでした。
 
 そして出発前に、蓑亀に向けて、因幡がこんな提案をしてきました。
「蓑亀、お前の足は遅いから、優しい俺はお前に少しだけ、施しをやるよ。
 お前が出発してから、半刻過ぎた頃に、俺が出発してやる、いいよな?」
 
 明らかに馬鹿にした発言に、蓑亀は少し苛立ち、反論しました。
「だからあたしのこと、あまり馬鹿にしないでよっ!
 ――あたしもあんたと一緒に出てやる。じゃないと勝負の意味がない」
 
 しかし因幡のほうはその反論に取り合わず、結局「施し」を譲りませんでした。
 そのうち、出発地点にいた因幡の取り巻き女たちの野次に負け、仕方なく施しを受け入れました。
 
 そしてついに朝日が昇り、号令役を買って出た「住民その一」の合図が上がりました。
「それでは、位置について、ようい――ドン!!」
 
 その大声に押し出されるように、蓑亀は勢い良くその場から駆け出しました。
 しかしその足取りは、お世辞にも速いとはいえないものでした。


246 :いなばとさかめ (2/3) ◆6AvI.Mne7c [sage] :2009/04/16(木) 01:47:10 ID:bVR/i4+L
 
 競争を始めて一刻過ぎた頃――
 結局、丘を八つばかり越えた辺りで、蓑亀は因幡に追いつかれてしまいました。
 
「ふふん、相変わらずのろまだな、蓑亀ちゃん。
 俺は本気を出してないのに、もう追いついちまったぜ?
 悪いけど、俺はお前に負けてやるつもりなどないぞ。それではさらばだ」
 
 そんな一声とともに、因幡は蓑亀を置き去りにして、本当に先へ行ってしまいました。
 その健脚はとてもすさまじく、瞬き三度する間に、丘の向こうに消えてしまいました。
 そしてその場には、取り残された蓑亀がただ一人、寂しそうに呟いていました。 
 
「ふふ……、わかってたじゃない。あいつはあたしのことなんて、なんとも思ってないのに。
 惨めだよねあたし。今あいつが来てくれた時、本当は心細かったから嬉しかったのに。
 ――構わないわ、あたしは負けるとしても、最後まで走りきってみせるから。
 もう、何ひとつ最後までできない『のろまなかめ』なんて、言わせないんだから……!」
 
 そう叫んで、彼女は因幡の後を追うように、再び果て山への道を目指して走り出しました。
 
 
 それから数刻後――
 果て山に続く道の途中にある、木々と湖に囲まれた、とある森の木陰の一角でのことです。
 ここは多少視界が悪いために、普段から人気がなく、とてもとても静かな場所です。
 そこに何故か、余裕の高いびきをかきながら眠る、因幡の姿がありました。
 
「はぁ……、なにをやっているんだろう、このイナバカ兎は。
 あたしのこと、そんなに余裕で勝てる相手だと、思い込んでいるのかしら?」
 ならばこちらも、その油断につけこんで、さっさと先に進ませてもらおう――
 そう思ってふと因幡の寝顔を見た時、蓑亀は思わず、その歩みを止めてしまいました。
 
「こいつ、こんな可愛い寝顔をするんだよね……。
 普段は、あんなにあたしを、意地の悪い顔で苛めるくせに、ね……」
 
 そう、実はこの蓑亀という少女、密かに因幡に惚れていたのです。
 けれど因幡は多くの女たちにもてて、彼女のことを振り向きもしませんでした。
 それどころか、彼女の欠点をあげつらえ、小馬鹿にするような態度をとり続けていました。
 
 だけど、蓑亀は知っているのです。
 一見女遊びが激しく、女たちを傷つけていそうな彼は、決して付き合う女性を泣かせないことを。
 二股などは一切せず、誠実に別れ話を告げてから次の女性と交際する、意外に真面目な因幡の性格を。
 その上、決してもてること自体を周囲に自慢せず、若い女たち以外にも公平な態度をとる男であることを。
 
 それなのに、何故か自分だけ、ほんの少しだけど苛められてしまうのです。
 その事実に、いつも彼女は傷つき、いつも泣いてばかりでした。
 今回のこの競争だって、少しでも彼に認めて欲しくて、勢いで思わず挑んだだけなのです。
 
「あんたは――あなたはいつも、他の女性ばかりを追い続けている。
 あたしはあなたのことを愛しているのに。こんなにも愛していると、心の中で叫んでいるのに。
 イヤだ、あたしはあなたに、どこかに行って欲しくなんて、ないのに……!?」


247 :いなばとさかめ (3/3) ◆6AvI.Mne7c [sage] :2009/04/16(木) 01:47:46 ID:bVR/i4+L
 
 そんな時、ふと彼女の頭の中で、今は亡きお母様の言葉がよみがえりました。
『蓑亀、この甲羅はね、貴女や私のご先祖さまが大切に守ってきた、霊験あらたかな甲羅なのです。
 普段は重いだけだけど、中に身体を引っ込めれば、人がふたりは暮らせる大きさがあります。
 そして中にいる間は、外からのどんな災いからも守られ、誰にも邪魔されることはありません。
 この甲羅のおかげで、私は貴女のお父様と結ばれたのですよ。うふふふ………』
 
 
 その話を思い出した途端、蓑亀は言葉では言い表せないほどの、恐ろしい笑みを浮かべました。
 そして何かを呟きながら、これまで家の外では脱いたことのない、大きな甲羅を脱ぎ始めたのです。
「うふふ……、そうだよね。やっぱり態度とかじゃあ、わからないよね?
 ちゃんと、行動で示してあげないと、あなたは振り向いてくれない――そうよね?」
 
 そして現れたのは、この世のものとは思えないほどに均整な、一糸纏わぬ少女の姿でした。
 丈夫な甲羅の中に隠れていて、ずっと守られていたためか、傷ひとつない芸術品のような身体――
 重い甲羅をずっと支え続けていたため、女性の丸みを帯びつつも引き締まった、奇跡的な全身――
 加えて、それまで長い髪で隠れていた目元を晒し出した彼女は、絶世ともいえる美少女でした。
 
「大丈夫、大丈夫よ因幡。あなたの気持ちはあたし、ちゃんとわかってるつもりだから。
 いつもドジだのろまだと馬鹿にするのは、あたしの気を引きたかったからなんでしょう?
 いつも他の女と遊んでばかりいたのは、あたしに当てつけて、振り向かせたかったからでしょう?
 だったらね、あたしがちゃんとね、あなたの望みを叶えてあげるね――」
 
 そう言って、寝ているままの因幡を両腕で抱えて、蓑亀は自分の脱いだ甲羅に潜り込みます。
 長年甲羅の重さに耐えてきたその肉体には、男ひとりの重みなど、軽いものでした。
 そして完全に甲羅に潜り込んだ蓑亀は、内側から入り口を封印してしまいました。
 
 この場所には人気が全くないため、このことは誰にも知られることはありませんでした。 
 
 
    - ※ - ※ - ※ - ※ - ※ - ※ -
 
 
 そして十年の月日が経った頃――
 蓑亀はおろか、因幡さえ辿り着くことのなかった、果て山の一本大樹は、変わらずそこにありました。
 不審に思った因幡の取り巻きや他の住民たちが、必死で探したものの、ついに彼らは見つからず――
 誰もが諦め、口をつぐみ、そして忘れ去られたその場所に、ひとつの影が近づいていました。
 
「うんしょ、うんしょ……、やっぱりコレ、おもたいなぁ……」
 その影は、まだ年の頃は十にも満たない、可愛らしく幼い少女でした。
 その頭には、どこかで見たような、白く細長い二本の髪飾りがつけられており――
 そしてその背には、かつてのろまと苛められた少女が背負っていた、大きな甲羅がありました。
 
「うんしょ……、っと、やっとついたぁ~」
 誰もいない大樹を愛おしそうに眺め、少女は一人、静かに歓びました。
 そして、少女は最後に、青い空を見上げながら、ただ一言、ぼそりと呟きました。
 
――ねえ、おかあさま。ねえ、おとうさま。これでアタシ、ヤクソクをはたせたよね?
 
 
                                               ― めでたし、めでたし…… ―