352 :良家のメイドさん 後編 (1/4) ◆6AvI.Mne7c [sage] :2009/04/24(金) 21:08:55 ID:ykeltbix
 
「夜分遅くにこんばんは。ごきげんはいかが?」
 私は、電話の向こうの彼女に、問いかける。
「まあまあですね。そちらこそ、お変わりないようで、なによりです」
 彼女も、電話越しの私に対して、答えを返してくれた。
 
 ええと……、面倒だけど、やっぱり私も、自己紹介をするべきなのよね?
 私は玲(れい)。とある名家に嫁ぐことになった、中流家庭の小娘です。
 正直なところ、今回の結婚には私、断固として反対していたんだけどね。
 見事に母さんに嵌められて、超盛大な挙式まで挙げちゃったわけで……。
 
 
「そちらの首尾はどう? ちゃんと愛しの彼に、真実を伝えられたの?」
「そちらこそ、溺愛する弟さんに、自分の気持ちを伝えられましたか?」
 電話越しに、似たような質問を返す、私と彼女。
 仲が悪いわけではない。むしろ、こんなやりとりができるということは――
 
「よろしい。お互い成功したみたいね。お疲れ様です、冥さん」
「いえいえ。つつがなく成功しました。お疲れ様です、玲さん」
 そう、私たちはいろいろあって、互いの恋のキューピットをやることになった。
 なんとも馬鹿げているが、いろいろ利害関係が一致しての結果だ。
 
 
 私は、見合い結婚の相手である良家の坊ちゃまではなく、実の弟を愛していた。
 彼女は、私の結婚相手である「坊ちゃま」に、15年以上も想いを寄せていた。
 ちなみにその間、私の弟は全く関係ないところで、のうのうと学生をしていた。
 図で表すなら、“冥→土方→玲→晴(せい)”といった感じの片思い。
 ……考えてみると、コレはあまりにも、不毛な一方通行の愛憎劇だわ……。
 
 そんなわけで、私と彼女は、利害の一致により協力することにした。
 正確にいうと、私は彼女に、彼女は私に成りすますことにしたのだ。
 
 こんな無茶な作戦を始めたのは、5ヶ月前の夜。
 私のヒミツを彼女に見られた、あの時まで遡る。
 



353 :良家のメイドさん 後編 (2/4) ◆6AvI.Mne7c [sage] :2009/04/24(金) 21:11:05 ID:ykeltbix
 
 
「きっ――貴様ああぁぁぁぁっ!?
 坊ちゃまに、何をしているんだあああぁぁぁぁ!?」
 
 激昂と絶叫とともに、襲い掛かってきたメイド姿の女。
 私は慌てず、もう片方の手に隠していた、もう1つの懐中時計を向ける。
 確かこの技術は、興奮している相手には、通用しにくいはずだけど――

「…………っ!? な、なんですかコレは!?」
 よし、なんとか固定に成功したようだ。
 正直ギリギリだった。私の首に、彼女の爪が食い込む直前だったのだ。
「ふう……、さすがに死ぬかと思ったわ~。
 ところであなたは確か、彼と一番仲のいいメイドさんだったかしら?」
 
 そうだ。彼女の顔にはとっても、見覚えがある。
 そこで寝ている私の夫(らしき人)に、いつも付き従っているメイドだ。
 
「答え……てく……ださい、若奥様。あなたは何を……なさっているのですか……?
 あなたは……自分の夫――私の坊ちゃまに、危害を加える……おつもりですか?」
 身体を意識レベル――正確には脳から神経のレベルで封じているんだけど――
 そんなことには一切興味がないように、私を睨みつけてくる彼女。

 この殺意と攻撃性は、ただの雇い主と使用人の関係で出るものじゃない。
 強いていうなら、弟に寄り付く害虫を、薙ぎ払う時の私みたいな――
 
 
「ああ、そういうことか――そういうことね。
 あなたは、いまそこで寝ている彼に、恋しているってワケなのね」
 私の言葉に、明らかに動揺をみせる、メイド姿の女。
 もう何も言わなくても、その反応だけで充分だわ。
 
「まったく、この男も罪なヤツね。こんな美人を惚れさせといて、私を選ぶとは――」
「当然です。私はわざと、坊ちゃまにこの気持ちを知られないようにしていたんです」
 ううむ……。本当に、使用人の鑑のような娘だわ、この人。
 でもね、そんな感情なんて、いつまでも隠せるはずがないでしょうに――
 ああそうだ、いいこと考えついちゃった。
 
「ねえ。そんなあなたに、協力してほしいことがあるの。
 断るかどうかは、私の話を聞いてから判断してくれない?」
 



354 :良家のメイドさん 後編 (3/4) ◆6AvI.Mne7c [sage] :2009/04/24(金) 21:16:11 ID:ykeltbix
 
「――わかったわ、冥さん。
 もうすぐせいきゅ――晴くんが目を覚ますみたいだから、あとは手筈通りに」
「了解しました、玲さん。
 こちらも、もうすぐ土方さまが起床されそうなので、ご指示の通りにします」
「ええ、それではあなたに、永久の幸福がありますように」
「はい、あなたにも、永き恋の祝福があることを祈ります」  
 こうして私と彼女は、互いを繋ぐ携帯電話の通話を終結させた。
 
 
 私のとっておきの技術――『操心法(そうしんほう)』。
 意識から人間を操作する技術で、催眠術や強制暗示を実戦レベルに高めた技術。
 ウチのろくでなしの父さんが、失踪する前に教えてくれた、唯一の忘れ形見。
 そういえば、晴くんには父さんのこと、「亡くなった」って伝えたっけ。
 
 もっとも、私のこれに関する習得率はいまいちで、そんなに自由には行使できない。
 まず、懐中時計みたいな、一定のリズムを刻む音や光景を与えないと、操作できない。
 そして、私にはせいぜい、相手の肉体運動を操作する程度のことしかできない。
 あとは、相手にこちらの意図する夢を見せて、それを現実と誤認識させるくらいか。

 最初から相手の記憶や意思を操作できてたら、結婚式自体を破談させられたんだけどなぁ。
 
 
 愚痴が長くなりそうなので、この辺で。
 とにかく、私はこの技術を使って、寝室での「行為」を一切回避させてもらっていた。
 部屋の外には、自分が晴くんを思って自慰した時の「音声」を響かせてごまかした。
 
 相手に夢の中とはいえ「犯されている」と考えると、殺意が沸いてしまうが、仕方が無い。
 私は最初っから、晴くん以外には貞操を許す気はなかったから。
 私は晴くんが生まれた時から、ずっと晴くんを愛していたのだ。
 いまさら他のどこかの誰かに、身を許すつもりなど、毛頭ない。

 結局十数日ほどでバレたけど、最初に気づいたのが冥さんで、本当によかった。
 彼女は私と利害が一致したので、口八丁手八丁で、こちらに協力してもらえたのだ。
 特に、入れ替わりの際の変装が楽だったのが、一番のもうけものだった。
 なんせ彼女、髪を下ろして眼鏡をコンタクトに変えたら、結構私にそっくりだったもの。
 いっそ整形を覚悟していた私としては、これ以上ない偶然だった。
 



355 :良家のメイドさん 後編 (4/4) ◆6AvI.Mne7c [sage] :2009/04/24(金) 21:17:56 ID:ykeltbix
 
 ともかく、こうして無事に、互いの変装は完了した。
 次に口調や仕草に関してだけど、こちらもあまり問題はなかった。
 私はもともと、晴くん以外には外面モードで対応していたから、真似をするのは容易だった。
 冥さんのほうも、普段から敬語を使っていたから、私の外面モードの真似は楽だったそうだ。
 
 そんなこんなで、ほぼ完全に入れ替わった私たちは、それぞれの恋を叶えるために奔走した。
 まずは、冥さんになりすました私を、私の実家――晴くんの許へ派遣する手続きをとった。
 こうして、冥さんと「坊ちゃま」、私と晴くん、それぞれの愛し合う土台が完成した。
 さらに勢いと今後のために、妊娠しちゃうところまで、関係を深めておいた。
 
 
 ついでに冥さんにも、私の『操心法』を、1から覚えてもらった。
 いざという時に微調整ができるように、と考えたのだが、意外にも出来がよくてビックリした。
 正直なところ、計画の前倒しができるくらいに、彼女は立派な『操心法』の使い手になった。
 
 そう、実はここ4ヶ月くらいで、私たちは記憶や意思の操作ができるようになったのだ。
 人体実験も完了してあるので、実践することにまったく支障はない。
 ちなみに被検体のみなさんは、メイド姿の私目当てに集まってきた、晴くんの友達連中だ。
 
 
 とにかく、ここまで来たら、私たちの計画も最終段階だ。
 
 あの「坊ちゃま」と結婚したのが、冥という名の女性だと、屋敷内外の全員に認識させる。
 そして、私が晴くんの恋人であることを、親族や知人全員に認識させる。
 その他の関係者に疑う連中がいたら、その時は私たちが直接、記憶操作してやればいい。
 よし、まずは目の前にいる、晴くんの心を操作することから始めようか。
  
「さあせいきゅん、あなたにまた、夢をみせてあげる。
 目が覚めたときには、あなたはもう私の恋人の座から、逃げられないわ♪」
 
――これでようやく、みんな幸せになれる。これからは4人――いえ、6人とも幸せになろうね?
 
最終更新:2009年04月29日 00:34