451 名前:あなたのために 第一話 ◆PLalu2rSa. [sage] 投稿日:2009/05/02(土) 12:49:52 ID:Y7M3agut
「マサトくん、朝ですよ、起きて下さい」
私は出来るだけゆっくりと、マサトくんの身体をゆすってあげます。
マサトくんはすごく低血圧で朝が弱いので、間違っても叩き起こしたりしてはいけません。
「んー・・・?ミク・・・?」
マサトくんがゆっくりと瞳を開き、私の姿を認識してくれます。
寝ぼけ眼のマサトくんの顔はとっても眠そうで、それでも起こさなければならない事に、私は思わず罪悪感を抱いてしまいます。
「はい。おはようございます、マサトくん。そろそろ起きないと学校に遅刻してしまいますよ?」
「・・・眠い。もう少し寝ていちゃダメ・・・?」
温かい布団の中から、頭一つだけを出してマサトくんは私に懇願してきます。
マサトくんのお願いとあれば、私としてはその意向に全力で添いたいと思うのですが・・・。
でも、マサトくんの起床に関しては、マサトくんのお母様にお願いされています。
マサトくんのお母様から全幅の信頼を頂いている私としては、それを裏切る訳にはいきません。
「マサトくん、朝ごはんがもう出来ています。早くしないと冷めてしまいますよ?」
私がそう言うと、マサトくんは布団の中に頭を引っ込めてしまいました。
・・・やっぱり、二度寝してしまうのでしょうか?
しばらくして、お蒲団の中から、マサトくんのくぐもった声が聞こえてきます。
「・・・ああ、ミクの作ったご飯は美味しいよね。あれって秘訣とか・・・あるの?」
マサトくんがお蒲団の中で何やらもぞもぞと動き始めました。どうやら、観念して起きてくれるようです。
お蒲団に潜り込んだまま、本当に二度寝されてしまったらどうしようかと思いました。
マサトくんは、お蒲団を身体に巻きつけて、ベッドの上に胡坐をかいて座られました。
「うーん。そうですね、特別な事は何もしていないんですが、強いて言えば変わった調味料を少々・・・」
私は蒲団を身体に巻いて、寒そうなマサトくんに予め用意していた防寒着をお渡しします。
最近は特に寒くなってきましたから、マサトくんがお身体を壊さぬように、防寒対策を講じておくのは当然の事と言えるでしょう。
しかし・・・私はとんでもない嘘吐きです。
先程の私の台詞ですが、これには二つの嘘があります。
一つは、特別なことは何もしていない、という事。
実はマサトくんが美味しいと感じてくれるように、私は常にお料理の特訓をしています。
お料理雑誌や、お料理番組は欠かさずチェックしていますし、日々修業は欠かせません。
それに、マサトくんが毎日の食事で“おいしい“と言って頂いた味付けを、ノートに逐一記録し、次に活かすようにしています。


452 名前:あなたのために 第一話 ◆PLalu2rSa. [sage] 投稿日:2009/05/02(土) 12:52:21 ID:Y7M3agut
二つ目は、調味料の事です。
はっきり言って、変わったどころではありません。
お料理が少しでも美味しくなるために、願いを込めて、私はマサトくんが口にするお料理に、実に色々な物を入れています。
私の作った料理が、マサトくんに少しでもおいしい、と感じて欲しいという気持ちを込めて。
詳しくは言えませんが、その・・・体液とか、血液とか・・・。
マサトくんに嘘はつきたくないのですが、こればかりは正直に言う訳にはいきません。
「あ、遅くなったけど・・・おはよう、ミク」
「はい。おはようございます、マサトくん。今日もよろしくお願いします」
防寒着を着込んで私に挨拶をしてくれるマサトくん。
そして、それに出来る限りの最高の笑顔でお答えする私。
長年、幼馴染としてマサトくんのお世話をさせて頂いている私の一日は、こうして始まるのです。


マサトくんに朝食を食べていただき、登校の用意を済ませてもらってから、私たちは家を出ました。
私もマサトくんも共に高校生で、同じ学校に通っています。
「今日は一段と寒いね・・・」
「はい。天気予報では近々雪が降るかもしれない、と言っていました」
それを聞いてマサトくんは、どおりで、と呟いて自分の両手に息を吹きかけました。
私は用意していた手袋を通学カバンの中から取り出すと、それをマサトくんにお渡しします。
「ああ、ありがと。いつも準備が良いよね、ミクは」
マサトくんはそう言って、私の差し出した手袋を受け取ってくださいました。
私ごときにお礼の笑顔を向けるマサトくんの、その眩しさと来たら・・・。
「あ、ありがとうございます・・・」
私は思わずマサトくんの笑顔から瞳を逸らしてしまいました。
子供の頃から一緒に登下校させて頂いている私ですが、いまだにマサトくんの笑顔をまともに見る事が出来ません。
流石は、中学でもっとも告白された回数の多い男子生徒、という異名を取るだけはあります。
確かに、マサトくんのこの笑顔を見てしまった女の子は、彼を好きにならずにはいられないでしょう。
「あ、母さん、今度の休みに一週間だけ帰ってくるって」


453 名前:あなたのために 第一話 ◆PLalu2rSa. [sage] 投稿日:2009/05/02(土) 12:54:31 ID:Y7M3agut
「そうなのですか?・・・じゃあ、久しぶりに皆さんでお食事が出来ますね」
マサトくんのお母様は今、海外でお仕事をされています。
有名なデザイナーとして活躍されているらしく、なかなか日本には帰って来られません。
ですから、お母様の留守中にマサトくんのお世話をするように、直々に私がお願いされているのです。
「またあの酒盛りパーティの様相を呈すかと思うと、正直ゲンナリするけどね・・・」
マサトくんは心底、ゲンナリする、といった表情で言葉を紡ぎました。
・・・マサトくんのお母様がご帰宅される際は、うちの両親と私、そしてマサトくんと小母さまの四人で毎日、晩御飯と称したパーティが開かれます。
大のお酒好きのマサトくんのお母様とうちの両親は、未成年の私たちの前にも関わらず、飲み明かすのです。
皆さん楽しそうですし、私はすっかり見慣れてしまいましたが、マサトくんはお気に召さないようです。
「でも、皆さん楽しそうですし。うちの両親も喜ぶと思います」
「うん、まぁね。母さんも楽しみだって言ってたよ・・・僕もミクの作る料理は楽しみだしね」
・・・褒められました。とてもうれしいです。
私は自分の顔がとても熱くなっているのを感じました。
それと同時に、とてもいけない事ですが、私の・・・股間、女性の部分が凄く疼くのを感じます。
・・・マサトくんのお母様がご帰宅される際は、私はいつもより腕によりをかけて食事を用意します。
普段はマサトくんの健康を気遣い、なおかつ経済的な食事を用意するのですが、この時ばかりは豪勢にいきます。
だって、マサトくんのお母様に自分の料理の腕をフルにアピールしないといけないのですから。
毎日のマサトくんのお世話を任せて頂くには、お母様より信頼を得なければならないのです。
「小母さま、お身体とか、壊されていませんか?」
「うん。大丈夫だって。まぁ・・・一人暮らしだし、だいぶ不摂生しているらしいけれど」
マサトくんのお母様は、海外で一人暮らしをされています。
夫のリョウゾウさん・・・マサトくんのお父さんを病気で亡くされてから、マサトくんを養うために一生懸命働いておられるのです。
お母様が外で働いておられる分、私が代わってマサトくんのお世話を任されているのです。




454 名前:あなたのために 第一話 ◆PLalu2rSa. [sage] 投稿日:2009/05/02(土) 12:56:43 ID:Y7M3agut
私たちが通う高校は、自宅近くの駅から二駅先にあります。
ですから、毎日電車を利用するのですが、今日もその方は駅のホームに居られました。
ベンチに腰をかけて、熱心に何かの文庫本を読みふけっておられます。
「おはようございます。マサキ先輩」
さっそく彼女の姿を見つけたマサトくんは、マサキ、と呼ばれたそっくりな名前の女性にご挨拶されます。
心なしか、マサトくんの声はいつもより弾んでおり、彼女を見つけられた事が非常に嬉しいようです。
私はというと、ただ何も言わず、こちらに気づいたマサキ先輩に黙って会釈だけをしました。
他の方なら、マサトくんよりも先に、朝のご挨拶を差し上げるのですが・・・この方に限ってはどうしても、そんな気が起こらないのです。
失礼な事だとは重々承知しているのです。
先程から何故か心の奥底がズキズキと痛むのは、その所為なのでしょう。
「ああ、誰かと思えばマサトと氷室さんじゃないか。おはよう」
「おはようございます、マサキ先輩」
マサトくんが再び先輩に向って挨拶を繰り返します。
その、だれもが見惚れてしまう、とびっきりの笑顔を惜しみなく向けて。
・・・でも、対するマサキ先輩は、いつも通りの能面のような表情を崩しません。
このマサキ先輩に関してだけは、マサトくんの魅惑の笑顔も通用しないみたいです。
「君たちが来たという事は、私はまたも電車を乗り過ごしたらしいね」
マサキ先輩は、そう言って手に持っていた文庫本のページを閉じられました。
そして、腕に付けた時計を見てふぅ・・・とため息をつかれたのです。
一体、どれくらいマサキ先輩は此処で文庫本を読まれていたのでしょうか?
「相変わらずですね、先輩。今度は一体何の本を読んでいたんですか?」
「聞きたいかい?・・・いま読んでいるのは『素晴らしき殺人術の世界』というやつだね。低俗だろう?」
女性の私の眼から見ても、とても綺麗で美しいマサキ先輩の口から紡ぎだされる言葉。
相変わらずそれは、この方の見た目に全然合っていなくて。
そんな恐ろしい本なんて、存在している事すら私は初めて知りました。
この方の見た目の容姿からすれば、純文学とか、恋愛小説とか読んでいるのが適当だと思われるのですが。
他人の趣味嗜好をとやかく言うつもりは全くありませんが、正直、私には理解できません。
「先輩って、本当にそういう殺人鬼とかお化けとか好きですよね」
そう言ったマサトくんの肩を、いきなり先輩が、がばり、と両手で掴みかかりました。
その瞬間、衝動的に私は、マサキ先輩に飛びかかって、突き飛ばしそうになりましたが・・・我慢しました。


455 名前:あなたのために 第一話 ◆PLalu2rSa. [sage] 投稿日:2009/05/02(土) 12:59:08 ID:Y7M3agut
マサキ先輩に突然肩を掴まれ、彼女の顔が眼前にまで迫ったマサトくんは、顔を真っ赤にしています。
「マサト・・・勘違いしてもらっては困るよ。私が興味あるのは人が人を殺す、殺人なのであって・・・決して怪奇現象やオカルトの類じゃない。一括りにされては困るよ」
マサトくんの両肩を力いっぱい掴んで、私には理解できない論理を力説するマサキ先輩。
正直、いい加減離してあげて欲しいと思います。
ほら、マサトくんだって困ってるじゃないですか。
「わ、わかりました、良く解らないけど、わかりました。ごめんなさい・・・」
マサトくん、先輩の顔が近いからって表情がデレデレしすぎですよ。
私の前ではそんな顔を一度も見せてくれた事なんかありませんのに。
「ああ、いや。私こそ取り乱してしまってすまないね。・・・自分でも低俗で変だという事は重々承知しているんだがね」
あ、電車がやってきました。
これに乗らないと遅刻は確実になってしまいます。
マサトくんの、学校生活での規則正しい登下校の管理も任されている私としては、これに乗り遅れるわけにはいきません。
「マサトくん、電車が来ました。これに乗らないと遅刻になりますよ?」
私はマサトくんを電車に乗るように促します。
けれども、マサトくんはマサキ先輩から目をそらしてくれません。
「あ、うん。そうだね・・・・。じゃ、先輩、行きましょう」
スッ、とマサトくんはマサキ先輩に向けて右手を差し出しました。
本当に自然な動きで、下心なんか感じられないのですが、私はそれを見て、さらに心の奥底で再びズキ、という音を聞いた気がしました。
「ありがとう。君たちさえいれば私は、今後も遅刻しないですみそうだね」
最終更新:2009年05月04日 22:28