617 名前:あなたのために 第二話 ◆PLalu2rSa. [sage] 投稿日:2009/05/12(火) 00:41:20 ID:93m2XEnV
マサトくんと、マサキ先輩は同じクラブで出会いました。
当然ながら私もマサトくんと同じクラブに入ったのですが、そこで私たちが一番初めに打ち解けたのがマサキ先輩でした。
きっかけは簡単です。
マサトとマサキ。たった一文字違いの名前という事で二人は部内で話題になりました。
秋津マサトと若槻マサキ。
女性でマサキ、というのはなんだか珍しいです。
でも、マサキ先輩はその名前に負けないくらい変わった人でした。
黒髪の長身に、整った顔立ちに能面のような無表情を張り付けた、絶世の美人。
それが、誰が見てもマサキ先輩の外見を評した時の言葉です。
・・・でも、中身はまるで変なのです。
どれだけ変なのかは、先ほど見て頂いた通りなのですが・・・。
その日、私たち3人は一緒にお弁当を食べていました。
マサトくんとマサキ先輩が意気投合してからと言うものの、こうやって三人で食べるのが習慣になっているのです。
「最近、この付近で起こっている殺人事件は知っているかい?」
昼食時だというのに、マサキ先輩はそんな話を切り出しました。
この方の殺人鬼好きは本当に困ったもので、食事中だろうと何だろうと、構わず話題に乗せてこられます。
「マサキ先輩、その話、昨日も聞きましたけれど・・・?」
しかも、話題はここら一帯で起こっている、とある連続殺人事件の事なのです。
マサトくんが言うように、マサキ先輩は昨日も同じ話をされていました。
本当に先輩は殺人鬼が好きなようで、いつもこんな話ばかりされています。
「おや、そうだったかい?・・・まぁ、いい。で、その殺人事件の話なんだけど」
マサトくんは先輩の話を聞くために、私が作らせて頂いたお弁当を突く箸を止めてしまいました。
毎日、マサトくんのお母様に代わって、朝食と一緒に用意させていただくお弁当。
先程マサトくんが箸で持ち上げようとしていたおかずは、私の血液を隠し味にした卵焼きです。
血の生臭さとかは味付けで完璧に消してあるので、絶対に気づかれないのはわかっているのです。
けれども、マサトくんが私の卵焼きを口の中に入れる瞬間をこの目でしっかりと焼きつけておきたい。
そう思って、マサトくんがお口に運ぶのをドキドキしながら見つめていたのに。
いまや、マサトくんは私が作ったお弁当などすっかり上の空で、マサキ先輩のお話に聞き入っています。


618 名前:あなたのために 第二話 ◆PLalu2rSa. [sage] 投稿日:2009/05/12(火) 00:45:27 ID:93m2XEnV
・・・仕方が無いので、私は自分のお弁当を片づける事にしました。
「と、言う訳で氷室さんも気をつけた方がいい。特に夜道は危ないからね・・・氷室さん?」
「えっ・・・?」
突然、マサキ先輩に声をかけられて、私はびっくりしてしまいました。
思わず、掴んでいたミートボールを床に落としてしまいます。
「ああ、もったいないな。折角の美味しそうなミートボールが台無しだね。何か考え事でもしていたのかい?」
私は転がったミートボールを、ポケットから取り出したティッシュで包み、拾いあげました。
別に大好物と言う訳でも無いのですが、確かにもったいないです。
それにしても、マサトくんがマサキ先輩とのやりとりに夢中で、私のお弁当を食べて頂けない。
その事で、考え事をしていたなんて、とてもお二人には言えません。
「ごめんなさい。ちょっと、ぼーっとしていたら、突然声を掛けられてびっくりしてしまいました」
「そうかい。じゃあ、先程の話は聞いていなかったようだね?」
マサキ先輩は、相変わらずの能面のような無表情でそう言われました。
正直、怒っているのか、怒っていないのか、私では何も読み取れません。
もしかして、マサトくんなら、先輩の喜怒哀楽が手に取るようにわかるのでしょうか?
「ごめんなさい。聞いていませんでした。・・・それで、どのようなお話だったのでしょうか?」
本当の事を言えば、私はマサキ先輩のお話は、オカルト的なお話ばかりで苦手なのです。
けれど、このままお話を無視するわけにもいきません。
マサキ先輩のお話を聞いていなかった私が悪いのですから。
私は先程のお話をもう一度お聞かせ頂く事にしました。
「ほら、最近さ、大学生の女の人が殺される事件が続いてるだろう?・・・僕らは高校生だけど、気をつけた方がいいって話をね?」
意外な事に、答えてくれたのはマサトくんの方でした。
しかも内容は最近、近所で横行している殺人事件のお話。
マサトくんのおっしゃるとおり、私たちの街では女子大生が定期的に喉を切り裂かれて惨殺される、という事件が起こっていました。
「私の安全を心配してくださったのですか?ありがとうございます。・・・それなのに聞き流してしまって・・・本当に申し訳ありません」
私はマサトくんとマサキ先輩、二人に向って深々と頭を下げました。
まさか私の身の安全を心配していただいていた、なんて。
それなのに私は、マサトくんが私のお弁当を味わってくれない事に・・・嫉妬、していたなんて・・・自分が恥ずかしいです。


619 名前:あなたのために 第二話 ◆PLalu2rSa. [sage] 投稿日:2009/05/12(火) 00:48:12 ID:93m2XEnV
「そんな大げさに謝らなくても。本当にミクは丁寧なんだから」
そうは言うものの、最近付近で起こっている連続殺人の被害者はみんな歳ごろの若い女性なのです。
私も両親から常々気をつけるように言われておりますとおり、いつ被害者になってもおかしくありません。
ですから、その事を気にかけてくれたお二人を無視していたのは、非常に良くない事です。
・・・ふと、マサキ先輩を見ると、私の方をじっと見つめておられます。
能面のような筈の表情のマサキ先輩の口元が、心なしか吊り上っているような気がします。
なんなのでしょうか?どうして私はこの方に見つめられているのでしょうか?
「フフフ・・・相変わらず氷室さんは面白いなぁ。マサトもそう思うだろう?」
「マサキ先輩、私の何が可笑しいのでしょうか?」
よく分からず人から笑われるのは、決して心地の良いものではありません。
思わずマサトくんを見てしまいましたが、彼の顔はマサキ先輩に釘付けで、何も窺う事が出来ません。
それどころか、マサトくんのその表情を見て、私の心は張り裂けそうになってしまいます。
どうしてなのかは・・・わからないのですが。
「いやいや、馬鹿にしているつもりは無いんだよ。ただ、君のその言葉使いと態度・・・いくら聞いても中々慣れるものじゃないね。・・・いや、微笑ましくて結構なんだが」
「うーん。僕はミクのこの性格は昔からのものなんで、全然違和感無いんですが、流石に先輩はありますか?」
なるほど、どうやら私のこの、ですます調の事を言ってらっしゃるようです。
マサトくんが言っているとおり、昔から私はこのですます調に丁寧語なので、今更変える事が出来ないのです。
子供の頃はマサトくんしかお友達が居なかったので、自分の喋り方がおかしい事に気が付かず、両親からもこれと言って指摘も無かったので、今に至るのです。
「うん、もう凄い違和感があるね。最初はなんて他人行儀な娘かと思ったよ。いやはや氷室さんを見ていると楽しいなあ」
マサキ先輩は能面のような無表情で、私には全然楽しそうには見えません。
でも、馬鹿にされている訳では無くて良かったです。
むしろ私たちと居る事を楽しんでくれているようで。
・・・余りにも無表情過ぎて、とても楽しんでいるようには見えないのですが。
「そう言えば二人は幼馴染なのだったね?」
「ええ。ミクとは生まれた時からずっとですね。家が隣なんで」
そうです、私とマサトくんは同じ病院で生まれました。
生まれた時からずっと一緒に居るので、マサトくん無しの生活は全く考えられません。


620 名前:あなたのために 第二話 ◆PLalu2rSa. [sage] 投稿日:2009/05/12(火) 00:51:22 ID:93m2XEnV
マサトくんは、昔から私にとって大切な人ですから、今こうしてお世話させていただける事が凄く幸せなんです。
「なら、いざと言う時は恋人のマサトが氷室さんを守ってくれる訳だ。なら、私の忠告は杞憂だったかな?」
・・・マサキ先輩の言葉に、私は思わずピクリ、と反応してしまいました。
こ、恋人同士なんて、そんな・・・恐れ多いと思います!
私とマサトくんは所轄ただの幼馴染で、そんな、恋人だなんて・・・なれたら、なれたらどんなに幸せでしょうか?
でも、きっと、恋人同士だなんて恐れ多くてなれないけれど、だけど・・・。
マサトくんは、私を守ってくれますよね?
殺人鬼に、もしも私が襲われたら、守ってくれますよね?
だって、私たちはお互い大切な幼馴染なんですから、ね?
・・・けれど、それを慌てて否定したのはマサトくんでした。
「あ、いや。ミクとは幼馴染なだけで。・・・きっといつか僕より素敵な男性が現れて、守ってくれますよ」


私はテレビを見ていました。
テレビでは連日ニュース番組で例の連続殺人が報道されています。
剃刀の刃で被害者の喉元を一裂きして現場を立ち去る・・・。
証拠も目撃証言も無く、増える一方の被害者たち・・・。
こんな恐ろしい事が出来る犯人さんはきっと、すごく怖い人に違いありません。
「また被害者が出たそうですよ。怖いですね、マサトくん・・・」
・・・返事はありません。
だって、ここにマサトくんは居ませんから。
今頃、マサトくんはマサキ先輩と何処かに遊びに行っているのでしょう。
私は一人寂しくマサトくんのお家で留守を守っているしかありません。
だって、マサトくんのお母様にお家の事も頼まれているんですもの。
「どうして犯人さんは女性ばかりを狙うのでしょうか?」
・・・またまた、返事はありません。
家の中に、私の声がむなしく響くだけです。
今頃マサトくんは、マサキ先輩に告白して、恋人同士になっている筈です・・・。
今日、家を出る前のマサトくんは私が今まで見た事の無いくらいおめかしして、出かけて行きました。
あのとても輝かしい笑顔で告白されたなら、全ての女性は断ることが出来ないでしょう。
私はマサトくんのお部屋から持ってきた、彼の枕を左手で強く抱きしめました。


621 名前:あなたのために 第二話 ◆PLalu2rSa. [sage] 投稿日:2009/05/12(火) 00:53:58 ID:93m2XEnV
マサトくんの匂いがして、とっても気分を落ち着けることが出来ます。
「なるほど、面白い考えですね・・・女性ばかりを狙うのは怨恨のせいですか・・・」
テレビでは、犯罪心理学の権威、という方が犯人像を必死に推理されています。
その方によれば、犯人さんは、女性に対し何らかの怨恨を持つ人間、との事です。
「マサトくんはどう思われますか?・・・一体誰がこんな事をしているのだと思われますか?」
・・・そうですね。マサトくんはいま、お家にいらっしゃらないんでした。
私も薄々気が付いていた事なんですが、マサトくんはマサキ先輩の事が、好き・・・・だそうです。
昨日の夜、私の部屋に思いつめた表情で、マサトくんはやってきたのです。
そして、マサキ先輩が好きだと言う事を伝えられ、どうしたら良いのかアドバイスをしてほしい、と言われました。
私は何故だか目の前が真っ暗になって、気絶してしまいそうになりました。
だけれども、大切なマサトくんが、私に助けを求めてきているのです。
それに答えない訳にはいきません。
私は精一杯のアドバイスと、励ましをマサトくんに捧げました。
マサトくんがマサキ先輩の事が好きだと言うのならば、私も全力でそれを応援するべきです。
だって、それが、マサトくんのお世話を任されている、私の義務というものでしょう?
「あ、あれ?私、・・・なんで手首から血が流れているんでしょう・・・?」
私は、自分の右手首から血が流れ出ているのに、今更ながら気がつきました。
どうして、私の手首は切り裂かれているんでしょうか?訳がわかりません。
しかも、私のすぐ傍に、血の付いた化粧用剃刀が転がっているではありませんか。
これで私は自分の手首を切りつけたのですか?
何故、そんな事をしなければならないのでしょうか。
「・・・自殺なんていけませんよね、マサトくん。私はこれからもマサトくんのお世話をする為に生きていかなくてはならないのですから。ね、そうですよね、マサトくん?」
そうです、私はこれからもマサトくんのお世話をして、尽くして生きていかなければなりません。
だって、マサトくんのお母様からお世話をする事をお願いされていますし。
何より、毎日のお世話をマサトくん自身が望まれているんですから。
ねぇ、そうですよね?マサトくん・・・。
例え、マサトくんに恋人が出来たとしても、それは揺らぐことない真実です。
私はマサトくんのお世話をする事に、人生のすべてを捧げると、そう誓ったのですから。
マサトくんに恋人が出来たのなら、お二人が幸せになる為に全力でお力添えをしなければ・・・。
最終更新:2009年05月14日 11:52