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634 :しろとすず ◆KaE2HRhLms [sage] :2009/05/12(火) 23:27:14 ID:yuN2Y14u
*****

「いい、鈴坊。知らない人について行っちゃ駄目だよ。
 それから道に迷った時は下手に動かず地元の人に聞くこと。
 羽目を外して夜更かししたり食べ過ぎたりしたら、許さないからね。
 寝る前はちゃんと歯を磨くんだよ。あと、それから」
 手のひらで姉さんの言葉を遮る。
 すぐに姉さんは黙ってくれたが、眉をしかめた不機嫌な表情になってしまった。
 こういう顔を見ていると、とてもじゃないけど神様には見えない。
 ませているだけの、小学生の女の子だ。
 ……こんなこと、本人には絶対に言えない。
「鈴坊……失礼なこと考えてなかった?」
 ぶんぶんぶん、と首を振る。

「ふん? まあいいけど、そんなことより、今はこっちの方が大事。
 鈴坊、旅行っていうのを甘く見ちゃだめだよ。
 集団で旅行に行くなんて初めての経験でしょう。用心するに越したことはないよ」
 姉さんはちょっと心配しすぎだよ。それに修学旅行はこれで三回目だし。
「むっ、私が心配しちゃ駄目だっていうの?
 鈴坊はまだ子供なんだから、お姉さん的役目の私がいろいろ教えてあげなきゃ。
 あ。今、子供子供って見た目じゃ自分の方が子供じゃないか、とか思ったでしょ」
 そんなことは思ってない。
 むしろお姉さん的役目っていう方に引っ掛かった。
 年で言えばお姉さんっていうか、曾がいくつつくかわからないおばあちゃ――
「あー、なんかお腹空いてきたな-。何か食べたいな-。
 最近はご無沙汰しちゃってる、誰かさんの活力とか、生命力とか、じゅみょーとか」
 ――やっぱり僕にはお姉さんが必要だね。
「ちっ。いつのまにか余計な知恵をつけちゃって……。
 んー、でも、結構真面目な話なんだけど、活力分けてくれないかな。
 もうかなりの間ご無沙汰だよ? たまにはお姉さんの頼み聞いてくれてもいいんじゃないかなー?」
 駄目です。
「じゃあちょっとだけ。つまみぐい程度に」
 駄目ったら駄目。
「いいじゃないかー。減るもんじゃないし。
 むしろ鈴坊の体に溜まってる、放っておいたら害になる気とかも綺麗にしてるんだから、
 鈴坊にとってはいいことしかないんだよ?」
 そういう問題じゃないって。
「それに、嬉しいでしょう? 私と口づけできて」
 ……ノーコメント、で。
「ふん、鈴坊のケチ」



635 :しろとすず ◆KaE2HRhLms [sage] :2009/05/12(火) 23:31:20 ID:yuN2Y14u
 僕が姉さんの執拗な誘いを断るのには、はっきりした理由がある。
 まずいんだ、姉さんと――キスをするのは。
 十六才になった僕と、ゲームに出てくる可愛い少女――見方によっては幼女――
みたいな姿のシロ姉さんがキスをするっていうのがまず良くない。

 そして、姉さんのキスは気持ちよすぎる。それが一番まずい。

 一瞬で鼓動が早まって、姉さんしか見えなくなる。
 まるで、世界に姉さんだけしかいないみたいに。
 姉さんに抱きつかれて、柔らかい唇と触れ合っていると、首から下が麻痺したみたいになる。
 それに代わって、女の子の身体を求める肉欲が暴れ出す。
 今すぐ身体を突き破ってでてきそうなほどに高ぶっていて、崖っぷち状態になる。
 そうなったら、姉さんが離れてくれるまで、我慢し続けなくちゃいけない。
 それが――何よりも辛い。
 耐えるのが難しすぎる。
 姉さんとキスしている間、いつも僕は姉さんの衣服をはぎ取りたい、
その柔らかい小さな身体を貪りたい、欲望のたけを姉さんに向けて吐き出したい、と考える。
 でも、それはできない。
 姉さんは神様だから。
 ヤシロ姉さんの代わりに姉さんになってくれた、大切な人を失いたくないから。
 姉さんのために、姉さんの誘いをやり過ごす。
 万が一またキスすることになっても、僕は絶対に我慢しきる。
 そのためにも、今回の修学旅行でひとつ大きな勝負に出る。
 上手くいけば、姉さんの誘惑に対抗するバリケードを、また一つ自分の中に作ることができるはず。

「ああ、そうそう。鈴坊、これ持って行って。
 神社の神様が直々に手作りした御守り。これがあれば事故や事件に遭うことは絶対にないよ」
 そう言って姉さんが取り出したのは、達筆な文字の書かれたお札だった。
 ……達筆すぎて最後の『加護』しか判別できない。
 その前に書いてあるのは、たぶん姉さんの本名なんだろう。
 何度聞いても教えてもらえなかった答えが目の前にあるのに、脳力不足で理解できない。
 なんてもどかしい気分にさせるんだ、姉さん。
「もし困った時はそれを両手に持って神社の方角に三回御辞儀すれば助けてあげる。
 あ、でも周りをどうでもいいものに囲まれてるときだけにしてね。
 狙いは正確じゃないから、鈴坊も注意してね」
 落雷かどでかい雹でも降らす気なんだろうか、この神様は。
「さて、ここまでやったんだから、当然鈴坊はお土産を買ってきてくれるよね。
 ちなみに、その土地の銘菓が喜ばれるから、覚えておくように」
 はいはい、っと。

 やれやれ。
 どうせくれるんなら、恋愛成就の御守りにしてほしかったなあ。



636 :しろとすず ◆KaE2HRhLms [sage] :2009/05/12(火) 23:32:12 ID:yuN2Y14u
 四泊五日の修学旅行。日本国内の有名な文化遺産を見て学ぶのが目的。
 学校行事って言っても、僕たちにとっては団体旅行みたいなもの。
 勉強はそっちのけ。最初から遊んだり観光したりするのが目的だ。
 もっとも、僕にはもう一つ大きな目的があったりするんだけど。

「鈴鹿君、私こんなのヤダ……」
 暗がりの中、苅屋(かりや)さんが弱々しく語りかけてくる。
 お化け屋敷に入ってしばらく黙っていたから、退屈させてしまったかもと心配したが、
どうやら怖くて僕に話しかけるだけの余裕がなかっただけみたいだ。
「うう……なんなのここ。本で読んだ怪談なんかよりずっと……ヒィッ?!」
 突然通路に光が差した。
 光は視界全体を照らすことなく、たった一箇所だけをライトアップする。
 暗闇の中に浮かび上がったのは、和服を着た不気味な人形だった。
 顔色は真っ白。大きく開いた、血走った目がこっちをじっと見てる。
 口は大きく開いていて、歯茎まで見える。
 笑顔にも見えない。威嚇にも見えない。
 その顔の不可解さが、背筋に冷たいものを走らせた。
「いやあぁぁぁぁっ!? 出た! おばけ!
 鈴鹿君どけてどけて! 無理、むりむりむり! もう帰るぅっ!
 おかしいってココ! 絶対に本物が居るよ! 
 もっと怖かったり小っちゃかったり大きかったりするの!」
 しかし苅屋さんには僕以上にダメージがあった模様。
 腰を後ろからがっちり掴まれてしまった。
 背中で苅屋さんの震えを感じる。
 あれ、もしかして……泣いている?
「なんにもしてこないくせに、驚かすだけのくせに。
 わけわかんないよ。こんなの、作り物なのに……」
 あー……失敗だったかな、ここは。



637 :しろとすず ◆KaE2HRhLms [sage] :2009/05/12(火) 23:33:06 ID:yuN2Y14u
 お化け屋敷から出て少し休憩をとる。
 腰が抜けて歩けなくなった苅屋さんをベンチに座らせ、自販機で買ってきたお茶を渡す。
「うう~……正直、甘く見すぎてた」
 まあ、怖がらせるのがお化け屋敷の役目だから。
 でも、まさかあそこまで怖がるとは思ってなかった。
「わ、私お化けとか妖怪とか怪談とか都市伝説とか、かなり詳しいんだよ!
 たかが遊園地の施設ぐらいなら平気だろうって、思ってたのに……。
 かっこわるいわ、私……」
 その手のやつに詳しいからこそ、楽しんでくれると思ったんだけど。
 本で読むのと自分で体験するのとじゃ違うのか。
「はああぁぁぁ、あーあー、あ。
 一気に株が下がっちゃった。まさか自分でも気付かなかった弱みを鈴鹿君に握られるなんて」
 いや、気にすることないよ。
 ――むしろ、やっぱり可愛いな、なんて思ったぐらいだから。
「ふう。お茶飲んで回復。
 ちょっとリハビリってことで他のところ回ろうよ」
 いいよ、どこ行こうか?
「うーん……とりあえず歩こうか。
 アトラクションに乗ってばっかりじゃなくてさ。
 ここがどんなところだったか覚えておきたいから」
 ん、どういうこと?
「鈴鹿君と一緒に過ごした遊園地はどんな場所で、どんな空模様だったか。
 心に刻んでおきたいな、ってこと」



638 :しろとすず ◆KaE2HRhLms [sage] :2009/05/12(火) 23:34:52 ID:yuN2Y14u
 遊歩道。苅屋さんの2歩後ろをついていく。
 草の手入れの行き届いた道は、良い感じに木陰になって涼しかった。
 空が青い。風がよく流れている。喧噪が遠い。
 苅屋さんと二人きりでどこかの公園に遊びに来たみたいだ。
 ずっとこの道が続いて欲しい、なんて思う。
 けど、それと同じぐらいに、向こうに見える曲がり角で終わって欲しいとも思う。
 歩道の終わりで、言うつもりだ。
 僕は苅屋さんのことが好きだ、と。
 出会ったのは中学校のクラス替えの時だった。
 都市伝説や怪談を嬉々として話してくれるときの顔が、いつのまにか頭から離れなくなった。
 友達は僕と苅屋さんが付き合っていると思っている。
 苅屋さんは否定も肯定もしない。ただ笑って、さらりと受け流す。
 それを見て、もしかして苅屋さんも僕のことを好きなのかも、と思った。
 言う決心がなかなかつかなかったが、今なら大丈夫。
 苅屋さんのさっきの台詞も後押ししてくれている。

 喧噪が近づいてきた。
 もうすぐ、苅屋さんに告白する。
 いやでも、まだ距離が――いいや、ここで言わないと後がない。
 口の中の唾を飲み込む。
 鼻と口の両方から息を吸い、吐く。
 そして、声をかけて苅屋さんを呼び止める。

 あの、ちょっといいかな、苅屋さん。 
「……………………ああっ! フライドポテト売ってる!」
 大事な話が――え?
「なんで今まで目につかなかったのかしら!
 ここのポテトはどんな味かしら? さくさくしてない湿ったポテトはお呼びじゃないわよ!
 行くよ鈴鹿君! ひゃっはー! ポテト祭りだぁーっ!」
 苅屋さんが走り出す。
 右手を掴まれている僕も一緒に人混みの中へ。
 
 苅屋さんが嬉しそうなのはいい。
 手を繋いでいるのも嬉しい。
 けど、なんだかこれは……フライドポテトに負けたみたいで、複雑だ。