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644 :桜の幹  [sage] :2009/07/08(水) 15:21:13 ID:PPjJhh13
眼が覚めたら、僕の胸元でさくらが寝息をたてていた。
丁度蹲る形で胸元に鼻先を微かに着けて、静かに眠っていた。
肩が呼吸をする度に小さく揺れている。
枕元に置いてあるハズの携帯が…、無い。
しまった。
ここで気が付いた。携帯を武士の家に置いて忘れてきてしまった事に気が付いた。
しまったなあ、と頭を掻くと、胸元から声が聞こえる。
「おはよう、幹也」
「あ、うん。おはよう」
さくらはニコリと笑うと、僕の首元に指を添える。
「もう…昨日みたいに…」
「うん?」
「昨日みたいにもう約束破っちゃ駄目だよ?」
さくらは僕の顔を覗き込んでそう言う。
小さい子の悪戯を諭すような口調なのに、少し怖い。
「う、うん」
さくらはそれを聞くと、さらに笑みを深くした。
「それと、今日から勉強しなきゃ駄目だよ?夏休みの宿題、まだ手も付けてないでしょう?」
ニッコリと表現するべき表情が何故か怖い。
少し腰を動かすと、尻が痛んだ。
多分、昨日のアレのせいだ。
「今日から私が付きっきりで宿題教えてあげるから、だからこれからはお家を出ちゃだめだよ?」
さくらは僕の顎の輪郭に沿って指でなぞると、僕を抱きしめた。

それから耳元でこう呟く。

「ねえ、幹也。私と熊原君……、どっちが好き?」





645 :桜の幹  [sage] :2009/07/08(水) 15:22:12 ID:PPjJhh13
◇◇◇
昼食を終えて、さくらが嬉しそうに食器を片付けに部屋を出た。たった一言、「部屋から出ちゃ駄目だよ?」そう言って。
そう、僕は起床してからこの部屋を『一人で』出ていない。
出たと言っても小便を済ませるために二回出ただけで、しかもそれにはさくらも同伴するといった形でだ。
少しの奇妙な感覚が、僕の背筋に汗を這わせた。
それからしばらくして、さくらが片づけを終えて帰ってきた。
表情からして、この上無くご機嫌な様子。
「さて、幹也、頑張って夏休みの宿題終わらせようか?」
僕は頷きだけで答えて、ベッドから机に移動した。すぐ横をさくらが固めた。
「じゃあ、始めようか?何からやる?数学?英語?」
僕は「英語」と一言だけ告げて、宿題のプリントを引っ張り出した。
さくらは嬉しそうにプリントを眺めていた。


「ねえ、幹也。私と熊原君と、どっちが好き?」
その言葉だけが、頭の中で渦を巻いていた。
さくらは、一体何を考えているんだろう。
僕はそんな事を思いながら、過去完了についてさくらに尋ねた。


___
____
_____


「はい、お疲れ様」
「お、おわったー」
宿題を開始して六時間、午後七時。信じられないことに二十に及ぶページ数を僕らはたった一日で済ましてしまった。
コレも偏にさくらのおかげだ。
「ありがとう、さくら」
「幹也もよく頑張ってたよ。お疲れ様」
さくらは僕の肩を揉みながらそう言う。
なんだかいつものさくらだった。
「晩御飯、一緒に作ろうか?」
「うん、じゃあ手伝ってもらおうかな?」
「がってん、承知」
「ふふ、なにそれ?」
さくらの後に続いて僕もお尻を摩りながら部屋を出た。
起床から十時間経っていた。




646 :桜の幹  [sage] :2009/07/08(水) 15:23:03 ID:PPjJhh13
◇◇◇
熊原武士は受話器を取ったり、戻したりさっきからおかしな事ばかり繰り返していた。
さすがにハブられてるな。
熊原武士は幹也の携帯を見てそう思った。
深い青色のプラスチック製の携帯には幹也の家族と、自分と姉、それから石田さくらの番号しか記憶されていなかったからだ。

最初は小町がメモリを見たのが始まりだった。
幹也がイジメられているのがどうにも気に食わない小町は幹也の携帯のメモリを見て、本当に友達がいないかどうか確かめたのだ。
結果、メモリに大いにショックを受けた小町に相談を受け、武士自身もイジメの真相を知った。
何人かの友人に聞いたところ、幹也は小、中学共に窃盗を繰り返していたらしく、その結果周りから孤立していったらしい。
コレを聞いて武士は何度も耳を疑い、幹也の楽しそうに笑っていた顔を思い出していた。
ありえない。
なんの証拠も無かったが、武士はそれを確信した。
アイツがそんなことする訳ねぇ、確かめてやる。
そうして、幹也にいざ電話をしようとしたのはいいが、もしかすると…。
そう思ってしまい、何度も受話器を置いたり取ったりを繰り返していた。
携帯のメモリ画面に映し出された自宅と記憶された電話番号。
「どうすっかなぁ」
思わず溜息が出る。
手元の携帯画面に映っていた困った表情を浮かべている自分の顔を見て、ふと名案が浮かんだ。
何の事は無い、この前みたいに遊びに誘えばいいだけじゃないか。
こっちには携帯もあるんだし、幹也も喜んで来るだろう。
武士はすぐさま番号を呼び出した。
二、三回呼び出し音が鳴って、向こうが出た。





647 :桜の幹  [sage] :2009/07/08(水) 15:24:03 ID:PPjJhh13
◇◇◇

電話に出たのは女の声だった。

「もしもし、菅野君のお宅でしょうか?熊原と言う者ですが、菅野幹也君はご在宅でしょうか?」
暫くの沈黙、沈黙。
思わず、もう一度呼びかける。
「もしもし」
「幹也は今、出掛けています」
内心、ホッとしたのが武士には奇妙だった。

「よろしければ、用件を伝えておきましょうか?」
どこかで、聞いた事のある声。
「…もしかして、石田さん?」
受話器の向こうのピリピリとした空気がスピーカー越しに流れ込んできた。
「……よく、分かりましたね」
幹也の近くで、唯一幹也を対称にしていた声だ。
石田さくら。その声はその人しか出していない。
受話器の向こうが張り詰めているのが分かる。
「いや、まぁね」
「それで、ご用件は?」
受話器の向こうの声が凄む。
「いや、菅野の奴俺のとこに携帯忘れていったからさ、昨日姉貴が電話に出てたけど今日取りに来なかったし、一応報告しとこうと思って…」
「分かりました、幹也には伝えておきます」
武士がよろしくと言い終る前に、電話が切れた。
「なんでかなぁ、感じ悪いなぁ」




648 :桜の幹  [sage] :2009/07/08(水) 15:24:34 ID:PPjJhh13
◇◇◇

晩ご飯を食べ終えた後、さくらに先に断ってお風呂を頂いた。
結局、今日一日外には出なかった。
明日あたり、武士に電話で断って携帯でも取りに行こう。
脱衣所から出ると、さくらが電話の前で立ち尽くしていた。
「さくら?どうしたの?」
さくらは僕の声にすぐ反応して、僕の方に向き直した。
「ううん、何でもないよ幹也。家庭教師の電話訪問だった」
さくらはそう言って笑う。
「そう」僕はそう言って、会話を切った。
冷蔵庫から牛乳を取ってコップに注ぐ。
一息分飲んで、僕がさくらに話を切り出す。
「さくら、明日武士の家に行っても、いいかな?」
さくらはこっちを見ずに首を横に振る。
「幹也は…」
さくらはゆっくり僕の方に近寄ってくる。
ゆっくりとした足取りに、僕だけを視界に留めている。
「何か、勘違いしてるね?」
「え?」思わずそんなマヌケな声が出た。
「幹也は熊原君と仲が良いみたいだけど、知り合ったのは何時ぐらいなのかな?」
さくらが僕まで二歩ほどの所に来る。
「きっと、そんなに長くないよね?」
僕は気圧されて、頷く。
「もしかしたら、ゲームかも知れないよ?だってよく考えてみなよ、可笑しいでしょ?言い方は悪いけど幹也は皆から孤立していたのに、いきなり友達なんて出来るかなぁ?もしかしたら熊原君が誰かと組んで幹也を罠に嵌めようとしてるのかも?」
さくらが僕との間をもう一歩距離を詰めてきた。
「武士は、そんな人じゃ…ないよ」
「本当?」さくらが僕の少し湿った髪に触れる。
「それは本当かな?幹也?ねえ、よく考えてみて?もしかしたら熊原君の気まぐれかも?」
「気まぐれ?」
「そう、気まぐれ。熊原君が少し退屈潰しに幹也と話しただけかも。遊ばれてるだけかも?」
「そんな事…言っちゃ…駄目だよ」
僕の声は震えていた。
「幹也、また裏切られちゃうかも?」
さくらがもう一歩前に出て、さくらの足の指先が僕の足の指先に当たる。
さくらは僕の額に自分の額を合わせる。
「幹也。幹也には私だけしかいないんだよ?」
頭蓋の骨を通して、直にその言葉が染み入ってくる。
さくらが両手が僕の頬を包む。
「なのに幹也は、幹也を虐めてた奴らみたいな事をするんだね」
「ぼく…が?」




649 :桜の幹  [sage] :2009/07/08(水) 15:25:01 ID:PPjJhh13
◇◇◇

うん。

さくらはそう言って、啄ばむ様に僕の唇にやさしくキスした。

「友達が出来たからって、飽きた方を捨てる。そんなのいけないよ。私、寂しかったな。ずっと一緒にいてあげたのに、友達ぶった奴の方に幹也が私の約束を破って行っちゃうんだもん」
僕は何も言えない。
「ねえ、幹也。それじゃ幹也も、幹也を虐めてた奴らと変わらないよ?」
さくらの言葉が鋭さを増していく。
「蔑ろにして、約束を破って、ねえ幹也?何か言ったら?」
「……ごめん」
その言葉しか出ない。
さくらは鼻で笑ってから、また口付けをする。
今度は深くて、長い。
ネチャ、とたまに粘着物の音を立てる。
唇を離すと、互いにに息が荒れているのが分かった。
「いいよ、許してあげる」
さくらは満悦な笑みを浮かべ、僕と自分の鼻の頭を合わせた。
ふと、視線を上げると、さくらの視線とぶつかった。
さくらの瞳は淀んで光すら飲み込んでいた。
でもその中に、僕は自分の姿を見た。
「ねぇ、幹也。もう一度聞くね?」
さくらは、続けた。


「私と、熊原君。どっちが好き?」