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第二話


 そんなこんなで朝の喧騒から一転。授業は実に退屈なものである。
 というのも全然分からないからだ。
 別に俺の頭が悪いわけではない。ただ俺の頭は数学や物理や化学を解けるような構造をしていないだけだ。
 ならばなぜ理数系を選んだ、とよく先生に怒られるが理由が俺にも思いつかなかった。
 何故か理数系を選ばなければいけないような気がしたのだ。不思議な気分だ。
 ……いや、確か理数系と決める前日に夢の中で啓示を受けたのではなかっただろうか。
 たしかこんな感じだ。


 あなたは理数系にいくー!理数系にいくのー!だんだん理数系に行きたくなるのー!楊は理数系苦手だからきっと留年しちゃうの!そしたら私と同じ学年……にゅふひひ!理数系いくのー!理数系いくのー!


 ……ん?何かおかしいような気がする。何がおかしいんだか分らないが、何かおかしいような気がする。
 何か……オカシクナイデス。全然オカシクナイデス。
 そうだな。おかしくないな。

「いや、おかしいだろ……。」

「どうしたの、楊?」

 いつの間に四時間目の数学が終わっていたのだろうか。皆思い思いに散らばり始めていた。
 そしてなぜか目の前には不思議な顔でこちらを覗きこむ椎名。
 首をくっとかしげている姿が可愛いとどっかの誰かが言っていた気がする。

「いや、なんでもない。」

 そして立ち上がると今まで影になって見えなかった存在が目につく。

「椎名のお尻椎名のお尻椎名のお尻椎名のお尻……うっ!」

「百乃もいたのか。」

 エクスタシーを感じている百乃は今にも椎名の尻に頬ずりしかねない程顔を接近させていた。
 よくもまあこれで椎名は警察に行かないものかと感心したくなるようないい変態っぷりだ。花丸あげよう。

「恵、しゃがんでお腹痛いの?」

「やさやさやさ優しい椎名ぁぁぁん!!かかかかわいいようかわいいよう!!椎名かわいいよぅぅ!!」

 男子は中腰、女子は真っ赤になりながら教室から動けずにいる姿に合掌一つして教室を抜け出る。
 あの二人の幸せを遠いお空でお兄ちゃんは祈っているよ。アディオス、アミーゴ!

「あれ?楊?楊……楊ぅぅぅ!!??」

「椎名ぁぁぁぁん!!」

 二人の遠吠えを無視して階段を降り、食堂に向かう。
 食堂に入るといつものように込み合っているが、席がないということはない。
 基本的にうちの学校は9割型が弁当だ。食堂を使う人間は1割と少しといったところか。
 無論食堂で弁当を喰う人間もいるので少しという表現をさせてもらった。
 いつものように野菜炒め定食を頼み受け取ると席を探し始める。
 俺の友達たちは薄情にも全員弁当だ。一緒に食べに来てくれもしない。
 その理由が椎名に悪いからという訳の分からなさだ。意味が分からぬ。
 ちょうど空いてた1席に座ると、目の前の人間が見知った人間であることに気づく。

「先輩、ちわっです。」

「あら、近衛さん。私の久住さんはどうしましたか?」

 ……開口一番ショッキングな言葉を放つ先輩に苦笑いを浮かべる。
 目の前の先輩は浅葱姫野(あさぎひめの)先輩。中学時代にある事件で知り合った先輩だ。
 腰まで届く長く美しい黒髪。あくまでも控えめな表情。
 すべてが大和撫子という言葉を連想させそうな、我が校美人ランキングの常に上位ランカーである。
 この美人ランキング、生徒会主催となっており全男子高生の投票によって月に1度集計があるのだ。
 ちなみに先輩は現在2位。1位との差は10票差らしい。
 唯一大和撫子からは程遠い部位が胸であるが、それは寧ろ素晴らしい点である。満点あげよう。
 ちなみに近衛は俺の名字だ。近衛楊(このえよう)。高校2年生……って今さらの説明であるが。

「いや、知らないです。」

「そうですか。」

 あからさまにがっかりといった顔の先輩は、憂いに満ちた美しい顔をしていた。
 もしも俺が先輩の本性を知っていなければ今すぐ大輪の薔薇の花を買ってきて求婚しかねない程美しい。
 周りにいた男たちもそうだったのだろう。急いで立ち上がると財布を片手に飛び出して行った。
 さらば勇者たちよ。きっと花々は先輩の手によって美しく燃やされるでしょう。

「あ、なんか知らないけど空いたの。」

「椎名?」

 突然真後ろから聞こえてきた声に振り向くと、やはり満面の笑みの椎名がいた。
 そしてはぁはぁと息の荒い百乃もセットである。しかし全然お得感のないセットだ。
 これならマクドバーガーでボリュームセットを頼んだ方がマシといったところだ。

「あら、久住さん!私の隣にどうぞ!いえ、私の膝の上に!いえ、服の中にどうぞ!!」

 突然先輩は立ち上がるとテーブルに手をつき、体をいっぱいに椎名に近寄らせる。
 つまり、前に座っている俺に体がつきだされた状態というわけだ。
 そう。つまるところ……おっぱい……っ!!この世は、おっぱいっ……!
 そんなこと言いたくなるくらいぷるんぷるんと目の前で微かに揺れた豊かな大地。
 豊穣の女神はここにいたんだね!やっほぅ!ひゃっほぅ!イヤッフー!
 祭りが思わず始りそうなほど豊かなぷるんである。
 勘違いしないでもらいたい。俺は女性の胸に興味があるわけではない。
 ただ人類が二足歩行をするようになってからセックスアピールが尻から乳になったという事実を確認しているのだ。
 母性のありようは胸にあると俺は思うだけである。
 だからこうして目の前に差し出されたぷるんとした物体に欲情しているわけではないのだ。

「楊……ッ!!」

 突然聞こえてきた押し殺した声に振り向くと、そこには修羅が存在した。
 いや、満面の笑みの椎名がいたのだが俺には修羅に見えたのだ。
 思わずぷるんから意識が離れてしまった。見たい触りたい感じたいでも怖い。
 急いで前を向き野菜炒めを一心不乱にかきこむと立ち上がって逃げ出す。

「先輩、それじゃ!椎名、じゃ!百乃、バイ!」

「さようなら近衛さん、フォーエバー。」
「楊ぅぅ!!」
「私はバイではない、レズだ。」

 三者三様の反応を見せる女性陣に別れを告げて急いで食器を返し図書室へ逃げ込む。
 いつものように図書室でオタク会議を繰り広げている連中に挨拶をして、格闘マガジンを広げる。
 雑誌が揃っているところがウチの学校の素晴らしいところだと思うのだがどうなのだろう。
 静かな空間で本を読む、これが俺にとっては幸せなことこの上ない。
 なにせうちには本がない。本を買う金がない。
 ……これには深い訳があるのだ。涙なくしては語れないほど深い訳が。


 あれは2年前のことだった。
 高校入学が決まった矢先、両親の海外出張が決まって俺は付いていくか行かないかの決定権を迫られた。
 当然ついていくつもりだった。
 だがいつの間にか俺は置いて行かれる羽目になり、いつの間にかアパートの大部屋から小部屋へと家賃の都合で移動させられ。いつの間にかこうして一人暮らしをする羽目になった。
 トイレ風呂つきで月4万の6畳の部屋に一人暮らしである。
 俺は喜んだ。親に置いて行かれたのはショックだったがとにかく一人暮らしを喜んだ。
 喜んだのも束の間。親の国際電話の第一声が

「自分の食い扶ちは自分で稼ぎなさいよー。」

 だった。ショックだった。今までバイトもしたことないのにいきなり稼げである。
 当然高校入学するやいなやバイトを探し回った。学生であればどこもすぐに雇ってくれる。
 ただ何故か俺がバイトをする店はことごとく何者かの襲撃を受け壊滅していった。
 組織の陰謀か……!?などと妄想をしてみるも無意味。結局俺は給料をもらえたことなど数回しかない。
 この間までやっていたコンビニのバイトは、なぜかコンビニで爆発が起きて店がなくなってしまった。
 警察はテロ組織の犯行とみて捜査を進めているらしい。日本も物騒になった。おそろしい話である。
 そんなこんなで俺は飯代を稼げないことも度々であり、ひもじい暮らしを強制されているのだ。
 しかしうちの親は学費と光熱費と水道代だけはキチンと払ってくれている。子供が餓死しそうなのになぜそっちに払う。


「楊?」

 親のネグレクトを訴えるべきか考えていたせいか、また椎名の接近に気付けなかった。
 これは武術家としてどうなのだろうか。気をひきしめなければいけないと数回頭をふってから顔をあげる。

「どうした?」

 こちらの質問を聞いてるか聞いていないか判断がつかない表情で首をかしげ、黙って俺の隣に椎名は座った。
 手に持っている本は家庭で出来る簡単料理100選である。ちなみに簡単って書いてあるのに俺は作ったら失敗した。
 時計を見上げれば昼休みは残り20分。まだゆっくりしていても問題ない時間だった。
 俺も格闘マガジンを読もうと見下ろすと、なぜか椎名はこちらに体を寄せて料理百選を見せようとしてくる。 
 どういう意図なのかさっぱり理解できないが、一緒に見ようとしていることだけはわかった。
 溜息を堪えて格闘マガジンを傍らに置き、百選に目を落とす。

「どれ、食べたいの?」

 耳元で呟く椎名の息をくすぐったく感じながらペラペラとめくっていく。
 しかしその間ずっと俺に密着し続ける椎名が邪魔でしょうがない。
 ……それにしても椎名は薄っぺらい体をしている。
 筋肉も贅肉もない痩せ型の普通の少女である椎名。
 顔立ちは確かに愛くるしいものがあるが、ここまで人気な理由が俺には今一分からなかった。
 友達に言わせれば守ってあげたい可愛さ。
 百乃に言わせれば超絶絶対可憐美少女スーパーRXブラックシャイニングEX。
 先輩に言わせれば私の嫁。
 ……後ろ二人は意味分からんな。無視してくれ。
 俺から言わせてもらえば、普通の少女なのだ。
 炊事も洗濯も成績も普通。ぬいぐるみを集めるのが好きな、普通の少女。
 なのにいつも喧噪の真ん中にいる少女。
 そんな不思議な存在であった。

「どれどれ?どれ食べたい?」

 催促する椎名に適当に選んだ肉じゃがを指し示す。
 次の瞬間泣きそうな顔になったのが面白かったが無視して格闘マガジンを読み始める。

「男の子はみんな肉じゃが好きだもんね!家庭の味だもの!頑張るの!」

 小声でファイト!ファイト!と呟き続ける椎名に苦笑で返しつつ、心の中で思うことは一つだった。

 ―――ああ、俺肉食えなかったわ。

 ものすごいやる気になっている椎名に訂正することもできず、昼休みいっぱい気まずい思いをする羽目になった。
 もしも作ってきたら黙って食べよう。それくらいしか俺には償いが思いつかない。