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第三話


「そんなこんなで放課後なんだな!」

「誰に言ってるんだ、友人1よ。」

 急に隣の席で呟いた太めの友人1につっこみを入れつつ鞄を背負い教室を出る。
 グラウンドでは汗臭い野球部員達がさっそく集まり始めて騒いでいるのが見えた。
 青春とは部活だなぁ、なんて思ってしまうが悲しいことに俺には時間がない。
 修練を重ねるためにはバイトだけでも時間調節が難しいのだ。
 よく椎名は「なら私の家でごはん食べるの!経済的なの!」などと言うが甘えてもいられない。
 大家さん一家には迷惑をかけっぱなしである。これ以上甘えることなどできはしない。

「楊ぅぅぅ!」

 遠くからてけてけと音がしそうな走り方で廊下を走る椎名。むしろあれは競歩か。
 そして音もなく椎名の後ろを滑る百乃。怖っ。なに?ホバー移動でもしてるんですか、君は。

「帰るのか?」

「うん!一緒に帰るの!」

「死ね近衛。」

 頷く椎名に頷き返すと歩き始める。ちなみに百乃が言った言葉は聞こえなかったふりをする。

「今日は一緒に夕ごはん食べるの!」

「いや、新しいバイトだから。」

「失せろ糞虫。」

 遠慮もあるが、バイトなのは本当だ。百乃の声はきこえない!きこえないよー!

「……せっかく……たのに、また新しいバイト……またつぶ……なくちゃ。」

「地獄に堕ちろ屑。」

 ボソボソと呟く椎名と、嫌にはっきりと俺に向かって悪態をつく百乃。聞こえないよー!きこえ……ううう……ない。
 しかし美少女に言葉で嬲られると心がひどく痛むのはなぜだろう。誰に嬲られても痛いと思うが、美少女だと尚更である。
 校門を出てつらつらと歩けば周りの人間の羨望を一身に受けるのが俺の役割である。
 ちなみに羨望とは殺意が9割、嫉妬が1割の視線のことである。
 一応椎名は美少女ランキングギリギリ上位ランカー。百乃は美少女ランキング4位である。
 先輩が2位なので俺の周りは美少女ハーレムといきたいところであるが俺に向かう好意は一つもない。
 相関図を書いてみると先輩→椎名←百乃。離れてポツンと俺である。
 それがなぜ分からないこの節穴共め!
 そんな俺の怒りを感じ取れない男どもに睨みをきかせながら俺は毎日登下校を繰り返す。
 これもしかしなくても二人のボディーガードなんじゃないのか、俺。



 家につくとすぐに学校の宿題をこなし、5時に家を出る。
 バイトは6時から9時までの3時間で本格派を名乗る偽中国人さんが営む中華料理屋である。
 なぜか本格派って言ってるのにラーメンがあるのだ。中国ラーメンはあれじゃありませんよ。

「キミが新しいバイトアルネ!」

 店長の金田華(キム・ティエンホア)さんだ。どう考えてもかねだはなさんだと思う。
 チャイナ服が似合う25歳くらいのお姉さんだ。ぷるんである。ぷるんぷるんだ。

「近衛楊です。よろしくお願いします!」

 挨拶をすませると早速手を洗い、食器洗いにかかる。
 同じ形の食器をまとめ、一気に洗ってしまうことが大量にやるコツだ。
 よく師父にいたずらの罰として食器洗いをさせられた俺はこんなことばかり上手くなっている。

「早いネ!食器洗いのバイト慣れてるアルか?」

「ええ、まあ。どこもはじめは食器洗いですから。」

 手元から目をそらさずに料理をしているティエンホアさんに返事を返す。

「ヤンは何かスポールやってるアルか?」

 なぜ中国語読みなのか聞きたいが、聞いても意味がないことだろう。
 それにその呼び方は師父と同じなだけに、少し懐かしくて嬉しくなる。

「一応武術ですが。」

「おぉう!流派は?」

 やけに大げさにびっくりとするティエンホアさんに微かに笑いながら漏らす。

「一応形意拳を。八極拳を少しかじった後ですが。」

「ええー。あの突っ込んでぶっぱなす拳法アルか?」

 ……ああ、やばい。なんかきてる。すごくきちゃってる。ものすごい俺怒っちゃってる。

「……お言葉ですが形意拳は貴女の考えるほど底の浅い武術ではありません。極めて先鋭化された実戦的武術であり、攻防一体の攻めは他の追随を許しません。そもそもが突進する武術という勘ちがいこそが形意拳の評価を落としたデタラメであり」

「アイヤーすまなかったアルよ。アタシが悪かったアル!」

 両手を合わせてすまなそうに謝るティエンホアさんの姿に毒気が抜けていくのを感じる。
 素人に対して自分の流派の自慢を延々とするなんて師父が聞いたら崩拳を放たれてしまうだろう。師父の崩拳は人を殺せるほど恐ろしいものなのだ。
 ちなみに俺は喰らって3日3晩寝込み、あばら骨の罅で入院した。

「賄いはちょっと豪華にするから許して、ネ?」

 まるで幼子のような笑顔とウィンクに完全に怒りが立ち消え、霧散していくのを感じる。
 逆に自分が恥ずかしくすら思えて来て、ぶっきらぼうにいいっすとだけ返して食器洗いを続ける。

「店長ー!餃子5!チャーハン3!」

「アイー!」

 店の方のウェイトレスの女の子の声に勢いよく返事するとティエンホアさんは急いで料理を始めた。
 化粧っ気もないのにその汗がえもいわれぬ色気を醸し出す。
 そして鍋を振るうと同時に振るえるぷるん。もはやぶるんである。
 黙って続けて食器を洗い始める。雑念はよろしくない。修行の邪魔にしかならない。
 ちなみに賄いは海鮮炒飯だった。ウェイトレスの子の喜びようから見てもどうやら本当に奮発だったらしい。
 味は……美味かった。たぶん、今まで食べた中で一番おいしいチャーハンだったと思う。