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第五話


 ぼんやりといつものように授業をこなし、食堂で野菜炒めを頼む。そんなルーチンワーク。
 いつものように集まった先輩と百乃、それに椎名の4人での俺を抜いての会話。
 これ3人席にまるで俺が後から座ったみたいな扱いじゃね?
 余計なことを考えないように箸を手に持ち、食事に向かって一礼。感謝の気持ちを忘れない。
 そんな俺の幸せ食事タイムを邪魔する影が、今日はいた。

「久住さん、僕への返事考えてくれたかい?」

 ふさっと髪をかきあげて白い歯を輝かせる色男が一人、野菜炒めを頬張る俺を押しのけて椎名と俺の間に立つ。
 食事中に男にケツを向けられる趣味は一切ない。黙って席を男から離して食事を続ける。
 ちらりと先輩の顔を見ると、能面のような表情が見えた。怖い。

「あの、だからお断りしたの。無理なの。」

「ええー?嘘でしょ。キミって本当に駆け引きが上手だよね。」

 そう言いながらまた髪をかきあげる色男。微かに香る匂いはシトラス系の香水だろうか。
 自分の詰襟を開いて匂いを嗅ぐと、えもいわれぬ香りがしてくる。ぶっちゃけ汗臭い。
 そんな俺のことはまるで空気かの如く色男は椎名に話しかけ続ける。絶妙に鬱陶しい。
 とりあえず食べ終わると皿に一礼してから立ち上がる。食事と作り手に感謝を忘れないことが肝要なのだ。

「ちょ、楊!待って!」

 俺の姿を見たのか椎名は食べかけのすうどんを急いで啜ってせき込みながら立ち上がる。
 そこでようやく色男は俺に気づいたのだろう。胡散臭いものを見るかのように俺を上から下まで吟味し出す。

「なにこれ?キミの彼氏?」

 そしてこれ呼ばわりだ。さすがに温厚で通っている俺でも少し苛っときてしまう。少しだけだがな
 ……改めてみるとまあ、なにをどう食べたらこんなに細長く成長するのだろうという感じだ。
 俺が180cmで70kg。2cmばかし相手の方が高いからかなりのものである。
 胸元が開いたYシャツからはがりがりの体が見える。もう少し肉食べなさい。
 自信満々を絵にかいたような顔。色男とさっきから言っているが、実に映える顔だ。俺と違って。
 しかしなんだろうな。どうしてそう感じるかは分からないが、とにかく一動作一動作がわざとらしい。
 言ってしまうならば芝居しすぎて鼻につくのだ。しかも見下すよな目線は隠そうともしていない。

「……椎名。付き合う人間は選べよ?」

「付き合ってないし名前も知らないの!」

 それはあんまりな気もするぞ。この色男見るからに不機嫌ですみたいな顔になってる。一応フォローすべきか。

「すまんな。椎名は興味のない人間を覚えられないんだ。」

「……ッ!このっ……!!」

 なぜか俺に向かって睨みつけてくる色男。なぜだ。
 涼しげな顔が悪鬼の如き顔に変わる様は、ああ。なんというのだろうか。三面阿修羅像を思い起こさせる。

「気に障ったなら謝ろう。」

「この僕に対して……!こいつ!!」

 よほどプライドに障ったのか俺に対して貧相な腕で殴りかかってくる。
 スピードが乗ってない。上半身がブレている。下半身も定まっていない。
 だから少し横から押してやるだけで倒れてしまうのだ。
 そもそもこの体格差で喧嘩を挑む方が悪い。体重だって20kgは違うだろう。
 倒れたら折れてしまうのではないかと思うほどの細さだ。思わず手をひっぱりあげてしまった。
 ……ごきりという嫌な音とともに。

「「「「あ」」」」

 言っておくがわざとではない。ふつうに考えればそんなに簡単に人体は破壊出来るものじゃない。
 毎日牛乳を飲んで鍛錬を続けていれば自分の体重くらいは片手の親指だけでも支えられるのだ。
 功夫が足りないから手を引っ張られただけで肩の関節が外れるのだ。

「あぁぁああああああぁぁぁぁぁあああ!!??」

 一拍置いて痛みがやってきたのだろう。まるで気が狂ったかのように俺に掴まれた手を振り回す。
 その度にすさまじい痛みが走るのだからやめとけばいいと思うのは俺だけだろうか。
 とりあえず手を離し、うずくまる色男の肩を掴んで嵌め込んでやる。
 ガキの頃は練習中によく外されたものである。ちゃんと日々修練をして可動範囲を広げるうちに外れなくなったが。
 ちなみに意識的に関節を外すこともできる。肩から下の腕と股関節から下の足だけであるが。
 ちなみに師父は首の骨以外は外せる。実際見たが気持ち悪かった。その上自分で治せなくなり病院に運ばれて行った。
 その光景を見て師父の孫は今までに見たことがないほど呆れた顔をしていたことをよく覚えている。

「うぅぅうう!うあああ!」

 筋を痛めたのだろう。泣き崩れる色男になぜか周りの女たちが集まり、手厚く看病をし始める。
 もしかしなくても俺が悪いことになるのだろうか。どう考えても正当防衛のはずだ。

「なに考えてるのよ!この野人!」
「勤くんはあんたと違って知能派なのよ!」
「あやまんなさいよこの野蛮人!」
「勤くん、保健室いこ?」

 きゃーきゃーわーわー黄色い声がうわんうわんと俺の耳を襲う。
 なんだろう、この苦々しいまでの敗北感は。
 今までどれだけの敗北を刻んできたかも分からないが、これ以上の敗北はなかったと思う。

「楊!?」

 呼び止める椎名を無視して食器を洗い場に置いてそのまま階段を上がる。
 あまりにも胸が苦しすぎる。自分の信念が揺らぎそうになる。
 ざわつく廊下を通り抜けながら、呼吸を正す。
 どれだけ精神が揺らごうとも鍛えた体はそれを凌駕する。
 あくまでもニュートラルに。全身の強張りを意識して解き、いつものように最大限の自然体を取り戻す。
 修練は決して裏切らない。誰に裏切られようとも長い間鍛え続けた体だけは、俺を裏切ることはないのだ。