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第七話


 学校に行かなくなれば、必然的に増えるのは修練と自習の時間だった。
 1日目の朝に担任が持ってきた大量のプリントは課題というものらしい。
 こちらの顔色を窺う担任に無言で会釈して追い出し、課題を始める。
 担任が出ていくのを確認すると時計を確かめ、すぐにプリントに取りかかる。
 自宅謹慎の場合朝担任が来て課題を渡し、放課後その課題をまた取りに来る。
 つまり早くこなせばこなすほど他の時間に充てられるというわけだ。
 あの杓子定規な担任のことだ。1分1秒たりと間違えずに俺の家に来るだろう。
 だからその時間をチェックするために今日は大人しくしている必要があった。
 朝は5時に起きると部屋の中で出来る修練のみをこなしていく。
 室内で震脚なんて練習したら床に穴があいてしまうので、出来ることといえば圧腿と呼吸法くらいのものだ。
 それ以外にはスペースも足りないし、思いきり打ち込めない練習ならばしても意味がない。
 だから普段よりもさらに内功を高めるように深く己を沈め、丹田に力を蓄えていく。
 一日寝れば怒りは収まると言えども心の熱さだけは冷めることはない。
 だからこそ修練にもいつもより熱を入れられる。
 心の熱は火にくべる薪と同じだ。
 怒りは人の思考を曇らせるけれども、心の熱は人を強くする。
 修錬とは怒りを熱に変えるためのもの。そしてその熱がさらに修練を高みに押し上げる。
 それが俺の持論だ。

「楊~。」

 がちゃり、と何故か鍵が開く音と共に入ってくる私服の椎名。
 傍らの目覚まし時計を見れば7時45分である。つまりは家を出る時間だ。
 朝のホームルームは8時半から。アパートから学校までは歩いて30分。
 それを考えれば余裕があるかもしれないが、いくらなんでも私服はないだろう。

「どうした?」

「さっきそこで担任に会ったの。これ渡すように言われたの。」

 そう言いながら渡されたのは10枚程度のプリントとメモ。教科書のどこを読めという指示だ。
 そこまで俺に会いたくないか、と言いたくもなるが黙ってプリントをちゃぶ台の上に置いて鞄から筆箱を取り出す。
 そしてなぜか俺の正面に座る椎名。……おかしいだろ?おかしいですよね。

「学校はどうした?」

「生理がひどいから休むの。」

 生理というのはすごく辛いらしい。よく分からないが、とにかく辛いというのは知っている。
 師父の孫もある時からすごく苦しそうにしていることがあった。
 ちなみにそのことについて聞いたらバカ呼ばわりされて1週間口を聞いてもらえなかった。
 ふむ。いい思い出だ。
 さて、と呟いてから椎名の顔色を探る。
 実に血色がよく、いつもより生気に溢れている姿はどう見ても辛そうには見えない。
 だが女ならざるこの身では計り知れない何かがあるのかもしれない。
 女は男よりも強いと言われている。俺もそう思う。
 だから男が泣き叫んでしまう痛みも、女性はケロリと受け入れられるという可能性も無きにしも非ずだ。

「椎名、無理するなよ。」

「無理しないように休むの!」

 ぐっと拳を握り締めてガッツポーズをとる椎名。元気満々じゃないのか、と言いたくもなるが口を閉ざす。
 少なくとも俺には相手の体の調子云々について否定する権利を持ち合わせていない。
 ついでに椎名が学校を休むのは椎名の勝手である。俺が困るわけでもない。
 生理痛というのは、実に厄介な物だと心の中で決定づけてそのままプリントにとりかかる。

『ゆーはーしょーっく!あいでーそらがーおちてくるー!ゆはーしょーっく!おれの』

「あ、メール。」

 趣味の悪い着信音と共に携帯を取り出すと椎名はペコペコと慣れたように携帯端末をいじくり始める。
 いつも思うんだが携帯というやつをいじくる女子高生の指はなんであんなに早いんだろうか。
 俺には指の運動をしているようにしか見えない速度だ。
 とりあえず椎名を無視して数学のプリントから始める。
 ……ベクトルってやつは、文字合わせをしていれば解けるかと思ったが、そんなことなかった。
 とりあえず頑張ってやりましたっていうのを見せるために教科書の参考ページを見ながら当てはめていく。

『ゆーはーしょーっく!あいでー』

「んーんんー♪んんーんー♪」

 OAとOBベクトルが直角だからかけると0になって

『ゆーはーしょー』

「ほほーんははーん。ふーん。」

 …………OCベクトルが、ODベクトルと内積が

『ゆーはーしょーっく!あい』

「ぷぷぷ!今日もヅラがずれてるって!ぷぷぷ!」

 ……なんだろう。凄い苛々してきた。
 これはもしかして精神修行の一環だろうか。それとも椎名による嫌がらせだろうか。
 そんなに俺を落第させたいのか、椎名は。

「椎名。」

「ん?楊も見るの?地理のひげやんのずれたヅラの写メ!」

 にっこりと笑いながらこちらに身を乗り出す椎名。邪気一つない顔はそれはまあ可愛いものである。

「出てけ。」

「……え?」

 何故か俺の一言で顔色を白くし、手に持った携帯を落とした。
 なんだろう。ごく普通のことをいったと言うだけなのになぜか俺から悪者臭がしないか?
 俺は謹慎中だからそもそも他の生徒と会うことを許されていないのだ。
 っていうか具合が悪いなら寝ておけ。

「部屋に戻って一人で寝ろ。」

「う……ぇ……あ……。」

 なぜかがくがくと震え始める椎名。なんでだ、なんか俺凄い悪いことしたような気分になってくるぞ。

「私、楊に、嫌われたの?」

「辛いなら寝てろと言っているだけだ。」 

 どうして嫌う嫌わないの話になるのだろうか。いまいち分からんことをいう。
 まあ確かに少しイラついてはいたが嫌うほどではあるまい。

「でも、今日、お母さんいないの。」

 小学生じゃないんだから母親がいない位で眠れないとか言わないでくれ。体の成長と心の成長は比例しているのか?

「……なら俺の布団で寝てろ。とにかく、寝てろ。」

「いいの!?じゃあそうするの!」

 何故か目を輝かせて急に元気を取り戻すとそのまま布団にダイブしてタオルケットに包まり始める椎名。
 それだけ元気があれば学校行けるんじゃないか、とか思わないでもないが生理痛ってやつはどんなものか分からない以上なんとも言えない。
 もしかしたら急に痛みが来るのだろうか。お産みたいに痛みがくるのだろうか。
 女性ってやつはつくづく凄い。そう思えてならない神秘さだ。

『ぴんぽーん』

 微妙にひび割れた我が家のチャイムが鳴り、来客を告げる。
 ちなみにチャイムの音ってなんであんなに間抜けなんだろうか。もうちょっとカッコイイ音にできないだろうか。
 デデーン!みたいな。
 すまん、それはそれで落ち着かないな。

『ぴんぴんぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴびびびびびぶぶぶぶんぼーん』

 ちなみに我が家のチャイム壊れかけてるので押せば押すほど破滅に近づいていく仕様なのだ。

「はーい!」

 玄関に乱暴に怒鳴り付けて愚行を止め、玄関を開けた。
 そこには、一匹の夜叉がいた。

「椎名を、どこに、やった?」

「……あー、いるぞ。」

 とりあえず夜叉を一匹部屋の中に入れて鍵をかける。いくらなんでもあけっぱなしは不用心だ。
 ふしゅーふしゅーと荒い息を吐き続ける夜叉をどうどうと宥めながら案内し、タオルケットみの虫を紹介する。

「椎名だ。」

「……殺す。」

 何故かそれを見た瞬間に夜叉は俺の方にゆらりと近づいてきて鞄を振りかざし始めた。
 俺は殺されるほど悪いことをした覚えもなければ殺される理由も思いつかない。

「待て、百乃!なんなんだ!?」

 夜叉と化していた百乃を止めようと、とにかく落ち着かせるための言葉を吐く。

「大事な私の椎名を朝からぎったんばっこんシーソーゲーム。ギシギシアンアンはぁはぁどぴゅどぴゅとは何事ぞ!?しかもタオルケットに包んで蒸し焼きプレイなんて高度なことをするとか本当に殺します、お疲れ様でした。椎名の膜は私の為にあるってことを知らないとかどれだけ田舎者なんですか貴方は。マジ殺す、本当に殺す。後も前も口も穴という穴の初めては私の予約済みだったのに勝手に横から油揚げ鷹にとられるかのような所業は許せると思いますか?思いません。思わないです。殺します。いえ、殺しました。はい、君死んだー!殺します!っていうか椎名を無理やりやったんでしょ!この強姦魔!変態!サディスト!どーせあれでしょ?へっへっへ、俺の子を孕め雌豚ー!いやーやめて!どぴゅどぴゅ!みたいなこと!本当に殺します!殺してやる!」

 興奮しすぎて何を言っているか分からない百乃は最早イってしまっている目をしていた。
 このままでは撲殺されかねない。広辞苑の角はあれはもう凶器である。それが詰まった鞄は危険物である。

「椎名、起きろ!起きて説明してくれ!!」

 そう言いながらタオルケットを剥ぐと、なぜか下着姿の椎名がいた。

「楊……やっと、その気に?」

「訳が分からない。意味が分からない。なんで脱いでるの。」

「このうぇぇぇぇぇえ!!!その気!?どの気!?気になる気!?見たこともない気ですから!なにそれ!なんですかそれ!本当になんですか、これ!茶番ですか!?椎名の下着可愛いよ!近衛マジ殺すし!本当に殺すし!首絞めて殺すし!椎名のおっぱい可愛いよ!包丁で刺し殺すし!椎名のあそこしゃぶりたいよ!ドリルでケツ掘って歯がたがた言わせてそのまま串刺し伯爵してやるし!椎名にしゃぶりつきたいよぉ!とにかく近衛殺すし!椎名とセックスしたいし!」

 阿鼻叫喚とはこのことだろうか。ちなみに俺は今しょんべんをちびりそうなほどびびっている。
 人間ってやつは普段から鍛えていてもいざとなると縮こまるとはわかっていた。
 だけどこの狂気に当てられれば誰だって動けなくなるだろう。俺だけでないことを祈る。
 何故か上気した顔で胸元をタオルケットで隠している椎名。
 それに興奮したのか最早地球言語ではない言葉を放つ百乃。
 誰でもいいっ……!変えてくれっ……!この狂気の空気を変えてくれっ……!誰でもいいっ!悪魔でもっ!!

「待ちなさいっ!!」

 甲高い鍵をあける音とともにドアを開き、威風堂々と現れた人間を俺は初めて天使のようだと思えた。
 これで救われる。助かった。そう思えるほどに頼もしい人間に見えたのだ。

「先輩っ!」
「姫先輩?」
「浅葱姫っ……!」

 俺達の三者三様の態度など気にせず、堂々と俺の部屋に入り込んでそのまま何故か椎名に抱きつく先輩。
 きょとんとしている椎名。殺気を増す百乃。腰が抜けた俺。

「百乃さん、そのようにはしたなくも人の家で殺意を振りまくとは何事ですか。反省してください!」

「姫せんぱ……やめ、はぁん。」

 そしてなぜか椎名の胸を揉みしだきながら説教する先輩。なんなんだ、アンタ。

「ほぉぉぅぉぅぉぅぉ!?マジ、マジ!マジ殺します!マジ本当本気でおっぱい!殺す!」

「可愛いですわ、久住さん。食べちゃいたい。いえ、食べますわ!」

「ひめ、せん、ぱ、駄目……そこは、だめ、なの。」

 もぞもぞとタオルケットの中でいちゃつく美少女二人。それとそれを見て怒りなのか何なのかはぁはぁしてる美少女。
 なにこれ、どんな状況ですか。
 とりあえず標的から外れたことを確信してから抜けた腰を引きづりながらちゃぶ台に近づく俺。
 情けない姿だ。これが10年以上武術を習った結果と言われれば師父は泣くだろうか、怒るだろうか。
 ああ、あの人のことだ。怒ったあとに笑うのだろう。
 いつだって師父は俺の情けなさも、格好悪さも許し、受け入れてくれた。
 ……なんだか、無性に師父に会いたくなってくる。
 師父のことを思うとこの歳になってもまだ泣いてしまいそうになる。
 どこにいるのか、何をしているのか。また教えてくれないか。俺はいつもそう思っている。
 師父に会いたい。師父に教えてもらいたい。師父に褒めてもらいたい。
 とりあえずプリントと筆記用具をちゃぶ台から取り戻すと静かに修羅場を抜け出て玄関を開け、脱出を完了した。

「あれ?楊?楊!?よーーーーーーぅ!!」
「椎名可愛いよ、椎名!たまらんばい!白い肌もちっちゃいおっぱいもたまらんばい!」
「久住さん!私の初めて貰ってください!いっぱい好きにしてーーーー!」

 閉じた扉の向こう、3人の美少女の痴態を思えば何かこうもて余すものがあるが無視する。
 安心したせいか自分の体のコントロールを取り戻し、立てるようになった。
 ため息交じりに裏庭に行くと、なぜかにやにやしながら何かを聞いている大家さんがそこにはいた。

「何してるんですか?」

「娘の初体験を記録しようかと。盗聴器って素敵よね。」

 むふー、と鼻息を少し荒くする大家さん。見た目は若いのになぜこんなにおばさん臭いんだろうか。

「今まさに未踏の地へと初体験してますが。」

「大丈夫。私はあっちもいけるわ!むしろあっちの方が得意だし!」

 そうですか、と呟いて非常階段に座り込んでプリントを始める。
 アパートは意外と全部厚い構造で出来ているのか3人の痴態は聞こえてくることはない。

「ウチの人がすごくてね……ふふっ。厚めに作ったのよ。まあ今でもすごいけどね。ひと晩に二桁よ。」

 にょほほと笑う大家さんに溜息で返し、プリントをやり続ける。
 サムズアップに似た形で親指を中指と人差し指の間に挟まないでください。セクハラですよ。
 ああ、俺の平穏はどこにあるのだろうか。
 師父に会いたい。師父、どこにいるのですか……。手紙くらい、下さいよ。師父……。