第九話


 自宅謹慎がとけた朝は、清々しい天気であった。
 青空。雲ひとつない青空。それがまるで俺の復帰を祝福してくれるかのようだ。
 大きく一つのびをして深呼吸。久方ぶりの制服を着て歩く感覚に浮足立ってしまう。
 謹慎中の課題は思ったよりも面白かった。今まで苦手と思っていた数学も物理も、わかれば面白い物だ。
 ただ一番難しかったのは反省文だった。そもそも反省と言っても何を反省するのかわからなかったからだ。
 とりあえず椎名に聞いてみたところそれらしいことを書けばいいんじゃない?と言っていたのでそれらしいことを書いては見た。
 僕は友達を怪我させてしまいました。それはとても悪いことです。反省しています。こんな感じだ。
 どうみても小学生の作文だが特に反省もしていないので仕方ない。
 いつものように後ろをじっとついてくる椎名。
 いつものように角から俺に奇襲を仕掛けてくる百乃。
 なんて平和なのか。日常をこれほど愛おしいと思ったことなど、俺は今までなかった。
 もう2度と素人に手は出さないぞ、と自分に誓いをたてて校門をくぐると、なぜか殺意と敵意が俺を歓迎してくれた。
 色男を怪我させたからってそこまで悪感情を持たれることではないと思うのだが。

「あの男が……」
「そうにきまって……」
「最低……」

 言葉の端々から俺の評価が読み取れる。なんなんだろうね、これは。
 とりあえず無視して下駄箱を開けると、大量の手紙が出てくる。
 この状況下でなければラブレターと勘違いするかもしれない。だがどう見てもこれは剃刀レターだろう。
 全部まとめて鞄に詰め込んでから上履きの中に何もないのを確認して履く。
 こういう苛めは慣れている。砂を入れられたり、画鋲を入れられたり。
 なんとかしなくてはいけないと分かっているのだが、犯人の特定が難しすぎるのがなんである。

「楊……。」

「……気にするな。」

 心配そうに呟く椎名の頭を数回撫で、殺気の籠った百乃の視線を受け流して教室に向かう。

「大丈夫だよ、楊。私が、全員……してあげるの。」

 あまりにも小声だった後ろで呟いている椎名の声は、結局俺には届くことはなかった。


 よ、と教室に入るとすぐの所に座る太めの友人1に話しかける。

「大変だったな!」

「ああ。」

 教室を見渡すと、やはりというか少なくない敵意を感じる。
 皆が皆俺の敵になった訳じゃないのが救いであるが、気分がいいものではない。

「よ、近衛!」

「よ。」

 ちょうど話しかけてきた友人2に敵意の訳を聞いてみることにした。
 情報がなければ何もすることができないからな。

「ボクが知ってる限りでは柏木勤が事故にあったってやつだと思うよ?」

「ほう?」

 うーむ、と唸るようにショートカットをぼりぼりと掻いてからこちらの耳に口を寄せる友人2。
 女の子が頭を掻くのはやめなさい。

「それがさ、満員のホームで後ろから押されて落ちたらしいんだ。腕のケガだろ?受け身も取れずに頭から。……まだ意識を取り戻していないんだ。」

「それと俺への敵意が?」

「キミが柏木の腕を外したんじゃないか。」

 そこでようやっとつながった。つまり俺が怪我させたあの色男は柏木という名前だったらしい。
 その男が俺の謹慎中にホームで押されて線路に頭から落ちて意識不明。

「……明らかに押した奴が悪いんじゃないか?」

「だから曲解されてキミが押したことになってるのさ。人間ってのは嫌だね~。犯人を作りたがる性質は見苦しいよ。」

 やれやれ、と外人風に肩を竦める友人2。
 どう考えても冤罪だろう。きっかけは俺だがそれ以降は全部他人のせいだぞ。

「大丈夫、近衛。柏木は男には嫌われてたしあの性格だろ?女にも嫌う人間は少なくなかったさ。」

 何が大丈夫なんだろうか。さっぱり分からない論理展開に泣きたくすらなってくる。
 あはははと笑いながら自分の席に戻る友人2に適当に腕を振り返し、自分の席に座る。
 隣の席の女子が、いやに離れている気がするのは気のせいだよな。
 謹慎前まで教科書を見せ合ったり落とした消しゴム拾い合ったり。そんな甘い青春は……特になかったな。
 なんていうか以前から嫌われていたけど今回のことで完璧に嫌われた感じである。

「ご愁傷様。」

「うるさい。」

 前の席でにやついている奴の頭を小突くとそのまま机の中に何も入っていないことを確かめてからノートを詰め込む。
 これからは教科書類やノート類を置いたまま離れない方がいいな。
 とりあえず鞄に詰まった大量の手紙を一枚一枚外から押すことで剃刀が入っていないことを確かめていく。
 残念なことに一枚も剃刀レターはなかったようだ。あれば証拠品として警察に出せるのだが。
 まあ、手紙も内容次第では脅迫云々で警察沙汰に出来る。わざわざしたいとは思わないけど。
 中身を検分するとまあ出てくるは出てくるは陳腐な脅し文句。
 大抵は学校やめろとか謝罪しろとかそこら辺だが、中にはなかなかエスプリの利いたものもある。
 より強くなった視線を感じることからクラス内にも何人か手紙を出した人間がいるのだろう。
 ……気に入らない話だ。
 百乃みたいに直接的手段に出るのもどうかと思うが、こうしてちくちくとされるとイライラする。
 だからこそ、俺は挑戦状をたたきつけることにした。

「フンッ!」

 ブビーッという音とともに脅迫状で鼻をかみ、まとめてゴミ箱に捨ててやる。
 俺は負けない。そう意思表示をするためだ。
 更に強くなる敵意を受け流して席に戻ると、前の席の奴がティッシュをくれた。
 固い紙で鼻をかむと鼻血が出るのはなんでだろうな。
最終更新:2009年07月20日 11:30