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347 :そして転職へ :2009/08/08(土) 23:49:37 ID:Wx265uqw

「勇者さぁん…。」

目が覚めた僕は、両手足を丈夫そうな縄で縛られベッドに括られていた。
ベッドの横には僧侶ちゃんがいる。ふっくらした唇。すっと立った鼻。
薄めの眉の下の瞳は阿修羅のような…
え?
何この展開。

「おはようございますぅ…。よくお休みでしたね?
…私は一睡もできなかったんですよ?心配して心配して心配して心配して…
それなのにッ…!」

僧侶ちゃんがこぶしを握りしめている。何かあふれだしそうなそんな
雰囲気を放つ瞳に、僕は常に射抜かれているような気持ちだ。

「酒場のマスターさんが勇者さんを運んできてくれたんです。…それと
あの雌いn…盗賊を生業としていらっしゃるという女の子も。」

僧侶ちゃんの白い手がゆるりと僕の首に掛かる。こんなに冷たい手だっけ?

「私その子を問い詰めたんです。なぜ私の勇者さんが倒れているのか。
そうしたらその子なんと言ったと思います…?『この勇者が私を人気のない
路地裏まで追い回し、泣いていた私の衣服をはぎ取った後妙な建物の中に
連れ込んだ。そして立ち去ろうとする私の手を掴み、体液をドピュドピュ
私の体にぶっかけた後この勇者は果てた。』ですって。」

あの女狐めえぇぇぇぇぇ!
僧侶ちゃんの指先の力がゆっくりと、しかし確実に強くなるなか僕の
心の中は場違いな殺意で満たされつつあった。
背景は間違ってはいないよ?だが描写が間違っているでしょ!
やっぱりあの子まだ僕を恨んでるだろ!
そーだよ。
絶対そーだよ。
あはははははははははは…。
やばい。マジ息できない。

すると僕の呼吸がいきなり楽になった。今まで僕の首を絞めていたその手が
僕の肩に回されている。仰向けに縛り付けられている僕に僧侶ちゃんが
ゆっくりと覆いかぶさり、僕の胸辺りに顔をうずめた。

「…男の子ですもんね。そこは私もわかっているんです。ですから…。」

僧侶ちゃんがゆっくり顔をあげる。

「ですから、今度からは私に言ってください。私がいつも勇者さんのそばに
いますから。どんな悩みだって取り除いて差し上げます。私を好きなように
使用してくれて構いません。だから…私以外にそんなことしないでください!」

誰にも何もしてない!つーかさらりとトンデモ発言しなかった?
嫁入り前の娘がそういうこと言うものじゃありません!
君に手を出すなんてしません。ええ、絶対!確実!保障!堅実!多分!約束!
…今一瞬男としての本能が鎌首上げたような…気のせいだな。
ところで、なんで僕は縛られてるの?

「ああ、それは勇者さんが受け身や防御をとれないようにするためです。」


348 :そして転職へ :2009/08/08(土) 23:51:01 ID:Wx265uqw

…え?
ちょ、待って。僧侶ちゃん。誤解なんだ。話せば分かる。放せば分かる。
その構えは…ばくれつけん!?
嫌だ!違うんだよ誤解なんだ!あの娘はそういったのだろうけどそれでも
僕はやってない!冤罪を見過ごしていいのか!いいとも?よくない!
HA☆NA☆SE!
うあああああああああああああああああ!


その部屋の外で、中の惨事に聞き耳を立てている影がひとつ。

「むう…私からあんな話をされてもまだ勇者を恋い慕い続けるとは…。
てっきり勇者に愛想を尽かすと思っていたが、私と勇者の関係に少し邪魔な
存在だな…。しかし、この音と悲鳴。そろそろ死ぬんじゃないか?」



349 :そして転職へ :2009/08/08(土) 23:52:05 ID:Wx265uqw

朝の涼しげな冷気も消え、少しずつ通りに人が増えてきた頃、宿屋の
前ではミイラ男と化した僕と真っ赤な膨れ顔をした僧侶ちゃん。
そしてさっきからそわそわしている盗賊くんの三人がそれぞれの装備に
身を固め立っていた。
…なんで盗賊『くん』なのか?口調からしてなんとなく。
勇者の僕は丈夫な布の服。布で大丈夫かという声もあるだろうが
心配無用。この布は大型帆船の帆に使われている布だ。
この上なく丈夫で、他の防具に比べたら確実に軽い。そもそも魔物との
戦いにおいては逃げることも重要な戦略になってくる。
魔物といえどもあまり戦いたくない僕には心強い防具だ。
そして、僕の体中に巻きつけられたこの白くて長い布は『包帯』って
言うんだよ。

僧侶ちゃんは、青と白を基調にした修道服。腰にプラプラぶら下がって
いるのはたぶん『聖なるナイフ』だろう。見るからに実戦向きではない
固定方法を注意したいのは山々なんだけど、さっきの一件以来話しかけ辛い。
…むしろ、怖い。

盗賊くんは軽装だ。なるべく衣すれの音をたてないように織られた服と
忍び足袋をはいている。腿にしっかりと、しかしいつでも抜けるように固定
してあるソレは『ダガーナイフ』だろう。なんでもとある事件により
ジパングでは厳しく取り締まられている代物だそうだ。

少し話は変わるが、ジパングの名だたる剣豪『ミヤモート・ムーサシ』は
自分の書のなかで剣を『人斬り包丁』と記載している。相手を斬るのは
刀を握る侍そのものであり、刀はその侍の拠り所に過ぎない。
刀の切れ味に心奪われ、刀の善し悪しを自分の力と錯覚するものは必ず死ぬ。
剣士の質というのは刀を抜いた数に反比例するものなのだ。刃への依存は侍の死。
彼の遺した五輪の書に書かれている『死ぬ覚悟を決めることなど誰にでも出来る。
本当に大事なのは何としてでも勝つことだ。』という彼の信念と並んで綴られた
この言葉は忘れてはならない。
もしリアルジパングに『自衛のため』という目的でナイフを持ち歩くような
頭の少々かわいそうな人がいたら、さりげなく伝えてあげるべきだろう。
「自意識過剰だよ。誰も君を襲おうとするほど君を気にとめていないさ。」

…何の話をしているんだ?僕は。



350 :そして転職へ :2009/08/08(土) 23:53:21 ID:Wx265uqw
そんな盗賊くんはさっきから落ち着かぬ様子であたりをきょろきょろしている。

「勇者。さっきから…道行く人が私を見ていないか?…フードが欲しい。」

ああ、そういうことか。今まで極限まで人目を避け続けることを求められてきた
彼女は、いろんな人に直接見られるのが初めてなんだ。
自意識過剰?そんなことはないみたい。頬を桃色に染め、うつむき加減で
もじもじしている彼女を、通りかかった男たちがちらちら見ている。

「フードの方が却って目立つよ。それに…。」

僕は彼女の頭にポンと手をおく。

「盗賊くんはかわいいからね。そのままでいて欲しいな。」

ボオン!

「ゆっ…ゆゆゆ勇者!そんな…いきなりそんなこと言われて…。
バカ者!痴れ者!か…かかか可愛いだなんてそんな…ひゃっ!?
な…撫でないでくれ!そんな風に優しく撫でられたら私…くう~ん。」

いきなり子犬のような甘えた声をあげて地面にへたり込む盗賊くん。
今まで人と最低限のコミュニケーションしかとっていないので口調は
ストレートなものの、逆に相手のストレート表現には弱いのだろう。
さっきの仕返しだよ。これで彼女は意のままに掌握できる。
計算通り。
僕が黒い笑みを浮かべたその時。

「殺す。」

聞き捨てならない一言とともに、この世のものとは思えぬ冷気が辺りを支配した。
振り向くと、僧侶ちゃんが『般若の面』を装備して仁王立ちしている。

「私に一言も相談なしにこんな雌犬…年端もいかぬ少女を仲間にするという
口実で妾同然に…そして私の目の前で!」
ナイフをスチャリと抜いた彼女は、それを諸手で握り、独特の構えをする。
あれは…『さみだれけん』!?

「そっ…そそそ僧侶ちゃん!そんな…いきなりそんな技を使って…。
駄目だ!落ち着け!こ…こここ殺すだなんてそんな…ひゃっ!?
こ…殺さないでくれ!そんな風に何度も斬られたら僕…ぐはあっ!」

五月雨のごとき斬撃が僕を襲う。やめて僧侶ちゃん!幼馴染の君にも
隠していたことだけど…あえて言おう。
実は僕は一回刺されてだけで死ぬぞおおおおおっ!



351 :そして転職へ :2009/08/08(土) 23:54:22 ID:Wx265uqw

「ひどい!酷すぎます!男の浮気は甲斐性だから三回までは許しなさいと
シスター長に教わっていましたが、こんなにも辛いのをまざまざと見せつけ
られたら勘弁できません!私何かしましたか!?どうしてこんなにも
ひどい仕打ち…ひっぐ…そんなに私が憎いのですか!うえええええん!」

とつぜん顔を覆い地面に泣き崩れる僧侶ちゃん。みんな泣き上戸ばかりで
ほんとに旅立てるのかそろそろ不安になってきた。
それより僧侶ちゃん。浮気ってどういうこと?

「まあ、あんな可愛らしい少女を差し置いて浮気ですって。死ねばいいのに。」

「ほんと、可愛いふりしてあの男の子わりとやるものですね。」

人通りの中足を止め僕を非難する女性の声が聞こえてくる。
まずい。このままでは勇者からただの腐れ外道に転職してしまう!
僕は僧侶ちゃんを俗にいう『お姫様だっこ』すると、顔を火照らせながら
地面を足先でグリグリしまくっている盗賊くんを連れてそそくさと
その場を立ち去った。


「それにしても勇者。あの時の傷はどうなったのだ?」

さっきの場所から少し離れた場所、落ち着いた盗賊くんが訪ねてきた。
治ったと僕は答えつつ、真っ赤な目をした僧侶ちゃんの誤解を解いている。
僕の腕の傷はすぐに癒えた。どうやら呪いの力は持ち主をその手に掛けるまでは
絶対に死なせてやらないらしい。
僕の父親オルデガは、母親によってマグマの海に落とされた。だから
『殺される』という条件は満たしたので息絶えたのだろう。
ただ、当然といえばそうなのだが死体は見つかっていない。



352 :そして転職へ :2009/08/08(土) 23:55:25 ID:Wx265uqw

そういえば、まだ僕が真相を知っている理由を話していなかったっけ。
あの後母は父が死んだことは覚えていたものの、誰が父を殺したかを
思い出せないでいた。幼かった僕には適当に、父は魔物との戦闘で
火口に落とされ亡くなったのだと言い、僕もそう信じて疑わなかった。
呪いの一件もそう。幼い時『お聞きなさい、かわいい坊や。あなたには
なんかの呪いがかかっているの。』との一言で説明を終了された。
何のことはない。母自身どういう呪いか忘れてしまっていたのだ。

隠された二つの真実を僕に教えてくれたのは意外な人物だった。
僕が十六歳の誕生日を迎える三日前の話になる。
僕の夢枕に何の脈絡もなく悪魔が立っていた。
…別に挑発的な衣装に身を包んだキュートな小悪魔ではなく、
窓を開けたらそこら辺をうろついていそうな普通の悪魔だった。
夢枕の悪魔は僕を怨みのこもった目で見た後、静かに口を開き始めた。
なんでも昔、僕の父オルデガに全ての魔物を消し去ることのできる暗黒の
力を譲渡して契約を結んだものの、逆に父に葬り去られそうになったそうだ。
致命傷を負った体で今までなんとか生きてきたが、怪我による欠席が続いたため
四浪してようやく入った邪教大学神学部から先日除籍されたという。
実家の家業を継ぐのが嫌で邪教大に苦労して入ったのに、御覧のあり様。
故郷に帰り家業の蕎麦屋を継ごうとするも、跡取りは自分のいない間
せっせと『魔界そば』の修行に励んでいた弟に決められていた。
魔女に化けて人間界で暮らしている昔から仲の良かった妹のもとに転がり込むも、
朝起きたらベッドに縛り付けられているというシチュエーション。

「一生私が養ってあげる。だからずっと私だけを見て。」

自分の命を削って絞り出した魔力をもってようやくそのような危機的状況を脱した
悪魔だが、そのためにすでに魔力は尽きかけていた。おまけに確かに殺された
はずの勇者オルデガの魂がなぜか自分のところに来ない。

「悔しいんでお前の呪いやお前の母親が夫殺しだということをばらしにきた。
ザマミロ!やーいやーい。」

その後悪魔の姿は消えた。僕に真実をのこして…。



353 :そして転職へ :2009/08/08(土) 23:56:39 ID:Wx265uqw
長い回想だったけど、ちょうど僧侶ちゃんも落ち着いてきたみたいだ。
…と思ったらいきなり鼻血がタラーリ。落ち着いたのに何故?

「えへへへへ…抱っこされた。お姫様抱っこぉ…。勇者さんに、勇者さんに…。」

…とりあえず怒りはおさまったみたいだな、うん。

「そういえば勇者。一体いつまでここにいるつもりだ?」

盗賊くんが聞いてくる。

「ああ、待ち合わせている人が来たら出発するよ。」

「待ち合わせている人?」

僧侶ちゃんと盗賊くんが同時に首をかしげる。
実は本人の意識と悪気なしの朝帰りをした僕が僧侶ちゃんの裁きを受けた後、
王宮から早馬がやってきて僕に手紙を差し出したのだ。
その手紙には王の署名とともに、旅の仲間をこちらから一人派遣するという
ことが記されていた。

「つまり、これから会う人は王宮から正式に認められたすご腕ってこと
ですよね。」

「そういうことらしいよ。でも僕も誰だか知らないんだ。大体なぜ今頃になって
こんなサービスを王様自ら…?」

「むふふ、アタシが誰か分るかな勇者クン!」

不意に後ろにとてつもない何かを感じた。そして後ろから僕は抱きつかれている。
僕のちょうど肩甲骨の下のあたりにものすごい存在感と弾力性のある二つの無駄に
デカい何かが押し当てられているのを感じる。これはまさか…。
…あれ、この声どこかで聞いたような気が…。

ムニョムニョ

…イカンイカン。よくよく考えろ僕!雑念に心とらわれるな!いったいこの声
誰の…。

プヨプヨ、パフパフ

…誰の…胸…じゃない声!

ポニョポニョ、ポーニョポニョ

…ぐうう!心頭滅却すれば胸もまた…じゃない!火もまた涼し!この声の
持ち主は…火事場の時のお姉さんだ!



354 :そして転職へ :2009/08/08(土) 23:57:42 ID:Wx265uqw
「ピンポン正解!アタシのこの攻撃を受けながら思考回路がショート
しなかったのはキミが初めてだね。やるねぇ~。」

振り向いた僕に、見間違えることなんてできない体躯と相変わらずの微笑みを
浮かべた美人面。引き締まった腰に手を当て立っている女性の姿が見えた。

「アタシがキミの旅に同行させてもらう魔法使いだよ。ヨロシクね。」

軽くウインクしてみせる彼女。本来あまり使われないこのしぐさも、彼女が
やると実に決まって見える。大人の色気に可愛らしさを出すとこのように
なるのか…。

「こちらこそ。僕が勇者で、こっちの黒髪の女の子が僕の幼馴染の僧侶ちゃん。
そしてこっちのショートカットの子が盗賊くんだよ。魔法使いさん。」

「いやだなもう!そんな他人行儀な言い方。せっかくだし名前で呼んでよ。
アタシの名前は…。」

「魔法使いさん。」

僧侶ちゃんが冷たい声で魔法使いさんを制する。

「いくらなんでも、世界を救う大仕事を任された勇者さんに少し図々しいのでは?
大体初対面の勇者さんになんて馴れ馴れしく…。」

「ああ、僧侶ちゃん。僕と魔法使いさんは一度会ってるよ。」

僧侶ちゃんは気づいていなかったのだろう。火事現場で僕は魔法使いさんに
手伝ってもらっている。僕はそのことをフォローのために僧侶ちゃんへ伝えた。

「…火事現場で会っていたんですか?」

急に僧侶ちゃんが何か考え込むような表情をし始めた。何かを訝しがっているような
感じだ。いったいどうしたんだろう。

「…勇者、急ぐぞ。」

盗賊くんがせかした。僕はあわてて荷物を背負う。
他の三人もそれに続いた。
少し歩くと町の門が見えてきた。僕はゆっくりと息を吸い、世界…ではなく
己を救うたびに出発した。



355 :そして転職へ :2009/08/08(土) 23:59:21 ID:Wx265uqw

「勇者クン。」

門を抜ける直前、盗賊くんと僧侶ちゃんから避けるようにして魔法使いさんから
言われた言葉がまだ引っかかっている。

「アタシがキミの旅に派遣された理由の一つは、竜王事件の真相を知っている
キミが不用意なことを口走らないかの見張り役。」

僕はあの時うすうす感づいていた。しかし、まだ理由があるのかな?

「もうひとつ…これはアタシとキミだけの秘密にして。」

急に笑みを消し、真剣な表情になる魔法使いさん。

「前の酒場の火事、未確認の目撃情報が王宮兵士の調査団に入ってきたの。」

魔法使いさんはちらりと周囲に目を配らせた後、僕の耳元に唇を寄せた。

「酒場が発火する直前、その付近で修道服を着た若い女が火をつけたという
情報。…未確認だけど注意しておいて。」

魔法使いさんの目が一瞬鋭くなった。

「キミの命を狙う人は、意外と身近にいるかもしれないよ。」

                      続く