※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

127 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第三話 ◆AW8HpW0FVA :2009/07/30(木) 18:37:34 ID:cCf/8k/n
第三話『シグナム・ファーヴニルの失敗』

扉の前で宿代の催促をしている亭主を押し退け、シグナムは町の外に出た。
早速二体のスライムが襲い掛かってきた。
青い水滴の様な体に、悪意の見えないつぶらな瞳、そして半笑いの赤い口。
どう見たって人畜無害のそれに見えるが、
少しでも近付こうものなら、吐き出される溶解液によって、
骨まで溶かされてお陀仏にさせられる凶悪モンスターである。
「出やがったな!前回は油断したが、今回はそうはいかねぇぞ!」
シグナムはすぐさま右手に灰が渦巻くのをイメージした。
二体のスライムは、ヘラヘラ笑いながら、シグナムに近付いてきた。
「くらえ、ザコモンスター!灰に抱かれて切り刻まれろ!」
シグナムは向かってくるスライム達に灰をぶちまけた。
灰はスライム達の周辺を漂い始め、スライム達の足が止まった。
その瞬間、スライム達の体はズタズタに切り裂かれた。
「よっしゃぁあああ!ざまぁあみろ!」
初勝利に沸くシグナム。頭の中ではファンファーレが鳴り響いていた。
ただ、倒した魔物は世界最弱であることは忘れていたが…。
シグナムは、早速倒したスライムの残骸に向かった。辺りに青い体液が飛び散っている。
そんな事には目もくれず、シグナムはスライムの眼球に指を当てた。
そして、なんの躊躇いもなく眼窩に指を突っ込んだ。隙間から、青い体液が漏れ出した。
構う事なく、しかし眼球を潰さない様に慎重に指を奥に進ませた。
しばらくすると、筋に行き当たった。筋は眼球に繋がっていた。
シグナムはその筋を指で挟むと、思いっ切り強く引っ張り上げた。
ブチブチっという音と共に、スライムの眼球が全容を現した。
スライムの水晶体は、ポーションの原料になるので、道具屋で売れば金になるのである。
スライムから全て眼球を取り出したシグナムは、それらを道具袋に入れると、
町に戻らず、北に向かって歩き始めた。
この『灰の力』を以ってして、魔王軍を討ち滅ぼしてやる。
どこから出たのか分からない自信を胸に、シグナムは北の大地を目指した。



128 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第三話 ◆AW8HpW0FVA :2009/07/30(木) 18:38:23 ID:cCf/8k/n
こうしてシグナムは、北の大地において魔王軍と決戦し、
世界に平和をもたらした……訳などなく、惨めに敗走していた。
「ちょ……、聞いてねぇえええぞ!なんで一番最初の大陸で、
あんな化け物が出るんだよぉおおおお!」
シグナムの後ろを、首なし騎士やその従者のゾンビ達が追い掛けて来ていた。
振り返ろうものなら、首を跳ね飛ばされ、身体も八つ裂きにされてしまう。
自分の首を、首なし騎士のバレーボールの球にされるのではたまらない。
途中、幾度となく自分の首筋を風が掠り、それが死神の声の様に聞こえた事か。
現に、背後からも死者の軍団が追い掛けて来ているので、
あながち聞き間違えではないのだろうが、その声を受諾しようものなら、
あの軍団のお仲間にされてしまう。それだけは勘弁なので、
シグナムは、息が切れても、体力が切れても、最後は気力で走った。
そして、町まで戻ってきた頃には、既に日は沈み、シグナムの精も根も尽き果てた。
シグナムは宿に泊まりたかったが、金などあろうはずもなく、
しかも既に道具屋も閉まっていたので、どうすることも出来なかった。
地べたで野宿など、王族の沽券に関わるので、それだけは回避しようと、
シグナムは眠気に支配されつつある頭で、必死に考えた。
そして、考えた末に思い付いた案が、
自分の能力を使って図書館に忍び込む、というものだった。
図書館の扉の前までやってきたシグナムは、まず鍵穴に灰を流し込んだ。
そして、鍵穴が灰でいっぱいになったら、灰を固め、それをゆっくりと取り出した。
これで即席の合鍵の出来上がりである。シグナムはそれでもって扉を開け、中に入った。
王族の沽券を守るために、住居不法侵入の犯罪を犯した事は、
考えてみれば本末転倒であるが、考えたら負けである、とシグナムは割り切っている。
要はこの事がばれなければいいのである。シグナムは根っこの部分が犯罪者であった。



129 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第三話 ◆AW8HpW0FVA :2009/07/30(木) 18:39:08 ID:cCf/8k/n
図書館に侵入したシグナムは、テーブルを繋げて即席のベッドを作った。
これなら、あの汚い宿のベッドで寝た方がましであると思えるくらいの出来の悪さに、
シグナムは思わず涙ぐんでしまった。
即席ベッドに寝転んだシグナムは、すぐには眠らず、
『ファーヴニル国風土記』をパラパラとめくりながら、
今日戦った首なし騎士について調べた。
灰による攻撃を受けてもびくともしなかった魔物の弱点を探し出し、
明日辺りにリベンジしてやろうという魂胆だった。
しかし、どのページを見ても、首なし騎士の情報は載っていない。
シグナムは奇妙に思った。
この本は、この大陸の魔物だけではなく、
風土、産物、文化、伝説などがこと細かく書かれた一大書籍であり、
読んで分からぬことはないと言われるくらい信憑性の高い本なのである。
その様な本に載っていないという事は、考えられるのは三つしかない。つまりは、
一つ、記載し忘れた
二つ、新種の魔物
三つ、北の大陸、もしくはそれ以外の大陸からやってきた魔物
と、いう事になる。
多分、二番か三番のどちらかであろう。そうでなければ説明がつかない。
だが、分かった事もある。
それは、今の状態のままで北の地方に行こうとすれば、死ぬ、という事である。
シグナムは、現時点でのリベンジを諦めざるを得なかった。
しばらく風土記を眺めていたシグナムは、伝説の項目に至った。
流し読みをしていたシグナムは、ふと、シグルドの聖剣というページに目を止めた。

『ファーヴニル国の建国者であるシグルドは、魔王討伐に際し、
自らの剣では魔王を殺すことは出来ない事を知り、
天啓に従って、現在のファーヴニル城よりはるか南方にある町、ニプルヘイムに向かい、
そこの湖の精霊から聖剣を授かった』

そこにはそう書かれていた。
つまり、シグルドは聖剣を手に入れたから魔王に勝った、という事になる。
これから魔王を倒そうとするシグナムにとっても、これは重要なアイテムである。
明日か明後日辺りに、ニプルヘイムに向かおう。シグナムは本を閉じた。



130 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第三話 ◆AW8HpW0FVA :2009/07/30(木) 18:39:53 ID:cCf/8k/n
朝になった。こもりこもった湿気を吸い込んだシグナムは、
司書職員が来る前に、図書館から脱出した。
とりあえず、最初にシグナムは道具屋に向かった。
今まで手に入れたアイテムを売って、金にしようというのである。
道具袋に入っていたのは、スライムの眼球四つのみだった。
他にも色々入っていたのだが、首なし騎士から逃げた時に落としたらしい。
どうやら、逃げると物を落としてしまうのが、自分の宿命らしい。
眼球は、一個25Gで売れた。四個で100Gである。
この100Gでどうしよう、とシグナムは考えた。
100Gでは買えるものも限られてくる。
シグナムが考えていたのは、防具を買うか、仲間を雇うかのどちらかであった。
防具だと、単品しか買えない。兜だけ装備して、鎧を装備しないのは格好が悪い。
仲間を雇うにしても、100Gで雇える人物がいるのかも不安である。
考えた末、一度酒場に向かい、雇える人物がいなかったら、
防具を買うで、シグナムの考えは固まった。
酒場は、様々な情報が錯綜する場所であり、腕に自身のある者が集う場所でもある。
シグナムは、マスターに頼み、登録表を見せてもらった。
そこにはずらりと名前と職業と金額が書かれている。
金額が高ければ高いほど、それが優秀な人物である事を表している。
シグナムは、表の頂点の1500000Gの戦士は無視し、持ち金に近い金額を探した。
書かれている金額は、殆どが持ち金以上ばっかりで、
シグナムは半ば諦めかけていたが、表の最後に100Gの金額を見付けた。
名前はイリスと書かれており、職業は字が汚くて分からなかった。
シグナムは誰か一人くらいは旅の仲間が欲しいという楽観から、これにする事にした。
マスターは一瞬残念そうな目付きをしたが、すぐにそれを笑貌で隠した。
前金を払い、契約書にサインをし終えると、マスターは奥へと入っていった。
しばらくしてマスターが連れてきたのは女性だった。
女性の服装は独特だった。
ボンボン付きの帽子をかぶり、ダブダブの服に、ヨレヨレのズボン。
極め付けは、それらが黄色一色で統一されている事だった。
「まっ……マスター……、一応聞くが、イリスの職業は……?」
「お笑い芸人です。表に書いてありませんでしたか?」
シグナムは愕然とした。そして理解した。だから、あんなに安かったのか、と。
安い楽観は、重く苦しい悲観に変わる、という事をシグナムはこの時知った。



131 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第三話 ◆AW8HpW0FVA :2009/07/30(木) 18:40:41 ID:cCf/8k/n
「……ではイリス、君の特技はなにか教えてもらおうか……?」
酒場の片隅では、シグナムのイリスに対する質問が行われていた。
とりあえず、仲間の実力を知っておかないと、魔物との戦闘で支障が出てしまう。
「はっ……はい!人を、笑わせる事です!」
それで返ってきたのが、これであった。
「………………」
正直、それが戦闘でなんの役にも立たない事くらいすぐに分かった。
「人を笑わせる……か……。では、一つ笑わせてもらおうか……」
とりあえずイリスの実力を試す事にした。
戦闘が駄目でも、旅のムードメーカーとして働いてもらおうと思ったのである。
「わっ……分かりました」
イリスがニ、三度咳き込んだ。
「いきます……。隣の家に囲いが出来たんだってね、へぇ~、かっこいい……」
「……………………………………」
酒場の喧騒が一瞬の内に静まった。物音もしゃべり声もなにも聞こえない。
まるで、時間が止まった様だった。いや、凄まじいほど寒いので、
凍った、と言った方が正しいかもしれない。
「あっ……あの……、シグナム様……」
イリスが凍った様に動かなくなったシグナムに声を掛けた。
イリスに呼び掛けられて、シグナムは我に返った。ついでに辺りの喧騒も甦った。
「なるほど……、イリスは氷属性のお笑い芸人だったのか……」
「そっ……そんなんじゃありません!」
一人納得するシグナムに、イリスがつっこみを入れた。
とりあえず、イリスにはギャグでその場を凍らせる能力があると理解したシグナムは、
お笑い芸人としては死活問題のその能力で、
なぜお笑い芸人などという職に就いたのか聞いた。
「お笑い芸人になったのは、戦士や魔法使いになるための才能がなかったからで、
本当の事を言うと、お笑い芸人の才能もなかったんですが、
見た目だけならなんとかなるだろうという事で、この服を着ているんです」
「つまり……、君は本当はお笑い芸人ではなく、ただの平民という事になるのか……?」
「そういう事になります」
イリスがきっぱりと正直に言ってのけた。
シグナムは正直、この契約を解除したかった。
しかし、契約書には二人の内のどちらかが死に別れるまで、
契約を解除することは出来ないと明記されていた。
結局、こいつを連れて行かなければならないのか、と思うと、
シグナムの前途は暗いものに思えた。
「はぁ……、とりあえずイリス。私はこれから南の町のニプルヘイムに向かう。
君は邪魔にならない様に、私の後ろから離れないように注意してくれ」
「分かりました。シグナム様」
イリスは、無駄に元気だった。それがシグナムを余計不安にさせた。