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438 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第五話 ◆AW8HpW0FVA :2009/08/13(木) 23:58:34 ID:C8eyUDiI
第五話『シグナムと聖剣 下』

湖から吹く涼しい風と、草木の匂いに身を委ねて熟睡していたシグナムは、
風が吹くに伴って聴こえる草のざわめきに混じって、
なにかがこちらに向かってきている音を聴いて目を覚ました。
そこに、どぎつい黄色の原色を身に纏ったイリスが立っていた。
「シグナム様、終わりましたよ」
イリスは幸せそうに笑っている。
この手の笑顔には、シグナムは嫌な予感しか浮かばなかった。
イリスは馬鹿だから、交渉決裂を交渉成立と勘違いしているかも知れない。
やはり、イリスに任せるべきではなかったか、とシグナムは後悔したが、
「条件を満たしたら、聖剣をあげるって言ってました」
そのイリスの発言は、シグナムの不安を一瞬の内に吹き飛ばし、
あまつさえ酷かったイリスの評価を、根底から覆させた。
「ほっ……本当か!……っで、その条件とは!?」
「一人の男を連れてきてくれって言ってましたけど……」
「でかしたぞ、イリス!」
シグナムは危うく抱き着きそうになったが、なんとか抑え、
町に戻りがてら、詳細を聞くことにした。
歩きながら、イリスが探し人の容姿などを語りだした。

男の名前はロムルス。年齢は21歳。
金髪碧眼で、身長は175cmぐらい。
ニプルヘイムの生まれで、
引っ越していなければまだ住んでいるかもしれないとの事だ。

イリスがそこまで言うと、シグナムは少し疑問に思った。
「それにしても、世界が滅んでしまえばいいとまで言っていたあの精霊が、
よくもまぁ、男一人を探すだけで聖剣をくれるとまで妥協したな。
イリス、お前、精霊になんて言って説得したんだ?」
多少はイリスを見直したが、それでもやはり信じられない様だった。
「なにって、私はただ『素直になれば』って言っただけですよ」
イリスがまた、楽しそうに笑った。



439 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第五話 ◆AW8HpW0FVA :2009/08/13(木) 23:59:12 ID:C8eyUDiI
町に戻ったシグナム達は、早速ロムルスの情報を探し始めた。
時間が掛かるだろうと思われたが、かなり呆気なく情報は集った。
ただの一般人だと思っていたが、この町では思いの外有名人だったのだ。
ロムルスには、1歳年下の美しい妹がおり、名前はレームといった。
別にそれだけなら話題になるはずもないのだが、
彼女は異常なくらいに兄を溺愛するブラザーコンプレックスだったのだ。
どこに行くにも兄の後を付いてきて、なにをするにも兄の横にいて、
他人に対しては、兄の自慢を蕩けそうな目付きで語り、
挙句の果てには、町や村の有力者が求婚を申し込んでも、
追い返してしまうほどの重症だった。
さらに、そのロムルスが平凡な容姿、性格、才能だったのに対し、
彼女は非凡な容姿、性格、才能の持ち主であったことが、余計に二人を有名にさせた。
しかし、そんな才能に恵まれた彼女も、3年前に湖で足を滑らせて、
そのまま帰らぬ人となってしまったのだ。
つまり、ロムルスは悲劇の人である。
シグナムは集めた情報をまとめて、そう思った。
そんな悲劇の人を、わざわざ妹が死んだ湖に連れて行く事は心が痛いが、
聖剣を手に入れるには、これしか方法がなく、それで世界中の人々が救えるならば、
シグナムは心を鬼にしてロムルスを連れて行く事を決心した。
幸いな事に、ロムルスはまだこの町に在住しているらしい。
シグナムは場所を聞き出すと、イリスを連れてそこに向かった。



440 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第五話 ◆AW8HpW0FVA :2009/08/14(金) 00:00:01 ID:C8eyUDiI
ロムルスの家はニプルヘイムの郊外にあり、人が住んでいるとは思えないほど静かである。
あまりに静かなので、留守なのではないかと思ったが、その懸念はすぐに消えた。
家の戸が開き、中からロムルスが出てきたのだ。
シグナムはロムルスの前に立ちはだかった。イリスは出遅れた。
見るからに、本当にこれといった取り柄も見当たらない顔である。
呼び掛けた際に返ってきた声にも、覇気がない。
まさしく平凡な民の体現者である、とシグナムは思った。
「私の名前はシグナム・ファーヴニル。ファーヴニル国の王太子です。
じつは、あなたに頼みたい事があり、ここに来たのです」
シグナムの身分と、あまりにも深刻な物言いに、ロムルスは身構えた。
「私と共に、湖に来てもらいたいのです」
シグナムがそう言うと、ロムルスは目に見えて顔を青くした。
「妹さんをあの湖で亡くして、辛いのはよく分かります。
ですが、私はあの湖にある聖剣を手に入れなければならないのです。
そのためには、あなたが必要なのです。お願いです。あなたの力を貸して欲しい」
シグナムは懇切丁寧に説いたが、
ロムルスは口をパクパク動かすだけで、一言も発しない。
どうしたものかと悩んでいると、イリスが前に進み出て、
ロムルスの頭部を角材で殴り付けた。
ロムルスは悲鳴を上げる暇もなく、その場に倒れこんだ。
「いっ……イリス!なにをしているんだ!」
イリスの強行に、シグナムは驚きの声を上げた。当のイリスはしれっとしている。
「このままじゃ、埒が明かないと思いまして。
さぁ、シグナム様!ロムルスさんが目を覚ます前に、湖に行きましょう」
イリスはそう言って、シグナムに出発を促した。
どうにもシグナムは納得がいかなかったが、こうなってしまっては致し方ない。
まずはロムルスを担いだまま街中を進む愚を避けるため、
自分の能力を使う事にした。
シグナムは、右手に集った灰を自分の周りに覆わせた。
すると、シグナムはまるで透明人間の様に見えなくなってしまった。
好奇の目でそれを見つめていたイリスは、驚嘆の声を上げた。
「わぁ~、すごい!シグナム様がいなくなっちゃいました。どうやったんですか、これ?」
しかし、イリスが話し掛けた方向にシグナムはいなかった。馬鹿丸出しである。
「別にたいした事じゃない。周りを灰で覆うことで、
光を屈折させて見えなく……って、お前に言っても分からんか……」
頭から煙が出ているイリスを見て、説明する事の無意味さを思い出し、
未だ混乱しているイリスに、後から来るように、と言ったシグナムは、
湖に向かって走り出した。



441 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第五話 ◆AW8HpW0FVA :2009/08/14(金) 00:01:08 ID:C8eyUDiI
ロムルスを担いで、ニプルヘイムの町中を走るシグナム。
姿が見えないとはいえ、足音や息継ぎをする音は聞こえるし、砂煙も立つ。
何人かの人が音のする方向に振り向くが、
霧が深い上に、人も少ないので、誰も気にする様子はなかった。
技としては荒削りで稚拙である。だが、十分利用価値はあった。
完成すれば、魔物との余計な戦闘を避ける事が出来るかもしれない。
そう考えたシグナムは、足音や息遣いなど注意しながら走り出した。
森の入り口まで来て、シグナムは足を止めた。木々がへし折れんばかりしなっている。
台風でも来るのだろうかと思ったが、それほど強い風は感じられない。
不審に思ったが、来られてずぶ濡れになるのはごめんなので、
シグナムは未だに追い付いてきていないイリスを無視し、さっさと湖に向かう事にした。
最初に来た時より、霧はかなり薄くなっていたので、
途中で躓く事なく、シグナムは精霊のいる湖まで戻ってこれた。
草上にロムルスを寝かせたシグナムは、落ちていた小石を拾い上げた。
どうせ、呼び掛けてもなんの反応もないのは既に実証済みである。
シグナムが振りかぶって小石を投げようとして、ロムルスが目を覚ました。
投げる動作を中断したシグナムは、ロムルスに目を向けた。
「ここは…」
ロムルスは殴られた箇所を擦りながら身体を起こした。
「湖です。連れの者が無礼を働き申し訳ない」
シグナムが口を開いた瞬間、ロムルスの顔色が急激に悪くなった。
無理もない事だと思い、シグナムは小石を湖に投げ込もうとしたが、
ロムルスが口にしている言葉を聞いて、再びその動作を中断した。
ロムルスはひたすら、殺される、連れて行かれる、という言葉を呟いていた。
おかしい、とシグナムは思った。
ロムルスは確かに妹のレームをこの湖で亡くしている。
誰も好き好んで身内の死んだ所に近寄る人などいるはずもない。
だからロムルスが、ここに来る事を拒んだのは理解できる。
だが、それは事故であり、ロムルスの責任ではない。
それなのに、なぜロムルスがその様な事を言うのか。
これではまるで、ロムルスがレームに対してなにか罪悪感を抱いている様にしか見えない。
自分はなにか勘違いをしているのだろうか、とシグナムは思い、
それを確かめる意味も含めてロムルスに声を掛けようとした。
しかし、それは叶わなかった。
突如、湖から水の触手が現れ、
それがロムルスに巻付き、湖に引きずり込もうとしたのだ。



442 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第五話 ◆AW8HpW0FVA :2009/08/14(金) 00:01:46 ID:C8eyUDiI
シグナムはすぐに灰の剣を作り出し、触手を切断した。
切断された触手は、形を保つ力を失い、大量の水となって地面を濡らした。
シグナムはロムルスを守る様に前に立ち、剣を構えた。
湖からは、未だに無数の触手がロムルスを狙っている。
形勢不利と見たシグナムは、怯えるロムルスをけしかけて逃げようとしたが、
出口に近付いた瞬間、木の根が壁の様に立ちはだかり、唯一の退路が塞がれてしまった。
「逃がさない……」
地獄の底から響いてくる、まるで呪詛の様な声が背後から聞こえた。
振り返ると、そこには悪霊がいた。シグナムが最初に見た時の神々しさは微塵もなく、
感じられるのは、禍々しい妖気と身震いする程の殺意だった。
それを見たロムルスが、情けない悲鳴を上げて、その場に崩れ落ちた。
歯の根が合わないのか、ガチガチと歯を鳴らしている。
「どうしてもっと早く来てくれなかったの……?
毎晩……、ここに来てって、言ってたのに……」
禍々しく笑う精霊から、初めて殺意以外のなにかを感じた。
淫靡で、どす黒く、穢れきった、触れてはいけないなにかが、その表情から感じられた。
「でも……、そんな事はもういいわ……。
やっと来てくれたんだもの……。さぁ……、一緒に逝きましょ……」
水面がざわめき、再び無数の水の触手がロムルスに襲い掛かってきた。



443 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第五話 ◆AW8HpW0FVA :2009/08/14(金) 00:02:18 ID:C8eyUDiI
ロムルスは腰を抜かして動けない。シグナムは再びロムルスの前に立ち、
次から次へと襲い掛かってくる触手を斬り防いだ。
だが、さしものシグナムでも完全に防ぎきる事は出来なかった。
防ぎ損ねた触手が、シグナムの頬を掠り、血を滲ませた。
「止めてくれ!この人になんの恨みがあるというんだ!」
暴走する精霊に、シグナムは必死に呼び掛けた。
しかし、光を失い濁りきった精霊の瞳は、邪魔をするシグナムを刺すように睨み付けた。
「邪魔を……するな……」
次の瞬間、シグナムの身体は吹き飛んだ。
シグナムは、前面の触手に集中しすぎたため、
側面から迫ってくる触手に気付くのが遅れた。
幸い、灰による防御で直撃は免れたが、それでも凄まじい威力。
あまりの激痛に気を失いそうになるが、唇を噛み締め、必死に意識を保つ。
ロムルスは触手に捕まり、湖に引きずり込まれそうになっていたが、
シグナムが灰を鞭状に伸ばして触手を切り裂き、ロムルスを救い出した。
「なんで……、私の邪魔……するのかなぁ……?」
精霊が濁った瞳でシグナムを見つめる。その瞳からはなんの感情も感じられない。
まるで、路傍の石でも見ているかの様な目付きだ。
「殺されそうな人を目の前にして……、……っ……、見殺しにする訳にはいかないだろ……」
シグナムはにやりと笑ったが、その反動で、強かに血を吐いた。脇腹も悲鳴を上げる。
精霊はつまらなそうにシグナムの言葉を聞き流した後、
再び触手をロムルスに向けて伸ばし始めた。
シグナムは助けに向かうべく立ち上がろうとしたが、
凄まじい衝撃と激痛によって、再び地面に突っ伏した。
脇腹の痛みではない。後ろから無数の刃物で突き刺されたみたいな痛み。
頭が、背中が、腕が、脚が、所々で熱を発している。
シグナムの身体に突き刺さっている『もの』は、木の葉だった。
木の葉が、手裏剣の様な鋭利な刃物となって、シグナムに突き刺さったのだ。
「これ以上……、私の邪魔をしないで……。次、邪魔したら殺しちゃうから……」
精霊の言葉通り、シグナムを中心に、無数の木の葉が渦巻いている。
少しでも動こうものなら、いっせいに降り注ぎ、シグナムは針鼠になるだろう。
実際、シグナムの身体は動かしたくても動かせなかった。
脇腹への一撃、身体中に突き刺さっている木の葉の手裏剣。
急所は全て外れていたが、それでも出血多量。このままでは失血死してしまう。
重傷だった。意識を保っているだけでも奇跡だったのだ。
それを見た精霊は、なんの感慨もなしに、ロムルスに触手を伸ばし始めた。
これから、一つの芝居が始まる。主役は精霊であり、敵役がロムルスである。
シグナムは、客席からそれを眺める傍観者であった。シグナムは無力だった。



444 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第五話 ◆AW8HpW0FVA :2009/08/14(金) 00:02:56 ID:nJTZ6fgI
触手が、ロムルスを捕らえた。腰を抜かしているロムルスは、身動きすら出来なかった。
ロムルスがこちらを怯える子犬の様に見つめてきたが、
重傷のシグナムはどうすることも出来ない。ロムルスが目に見えて絶望の表情になった。
ロムルスを捕らえた触手は、一時的に精霊の目の前で止まった。
精霊がロムルスを凝視している。なにやら話をしている様である。
しばらくすると、触手がゆっくりと湖に沈んでいった。
ロムルスが慌てて身体を揺すり始めたが、強く巻付いている触手からは逃げられなかった。
そのまま、ロムルスは呆気なく湖に沈んでいった。
それに伴い、精霊も湖に沈んでいった。
結局、なにも出来なかった。シグナムは草を強く掴んだ。
この能力があれば、誰にも負けない、という強い自負が崩れ去った瞬間だった。
歯を食いしばり、涙が出そうになるのを必死に防ぐ。
王族がこの様なことで泣いてはならない。
結果的に、この選択は正しかった。
しばらくすると、精霊が一本の剣を持って、再び現れたからだ。
「約束通り、あげるわ」
それだけ言って、剣を地面に投げ付けた。
それから、と言って、精霊は一つの小瓶を剣の近くに投げ落とした。
「エリクサーよ。精々長生きする事ね」
精霊は時間が惜しいとばかりに、さっさと湖に沈んで行ってしまった。
身体に突き刺さっている木の葉が、硬さをなくしてシグナムから離れた。
精霊が力を解除したのだろう。
シグナムは痛む身体を引きずり、剣の近くに落ちているエリクサーを手に取った。
そして蓋を取り、一気に小瓶の中の液体を飲み込んだ。
なんとも言えない味がする。
強いて言うなら、ローヤルゼリーを無加工で飲んだみたいな味だった。
しばらくすると、シグナムの身体を蝕んでいた激痛が和らぎ始めた。
エリクサーは、清らかな水と様々な神仙の霊草を混ぜて出来たポーションに、
砕いた賢者の石を加えて作った、究極の回復薬である。
死者の蘇生や、失った身体の部位を蘇らせる事は出来ないが、
様々な怪我や病を治す事の出来る、店でも売っていない貴重な薬なのだ。
そのエリクサーの効能で、シグナムの身体の傷は既に塞がっていた。
だが、いかんせん血が足りない。動こうにもだるくて動けない。
シグナムは、気だるさの中、目を閉じた。
どうせもう襲われないだろうし、死ぬこともないので、安心して目を瞑る事が出来た。



445 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第五話 ◆AW8HpW0FVA :2009/08/14(金) 00:04:00 ID:nJTZ6fgI
「シグナム様ぁ~、大丈夫ですかぁ~」
しばらく眠っていたシグナムは、イリスのアホな声で目覚めた。
多少は体力が復活したらしく、身体にだるさは残っているが、動かす事が出来た。
なにかありましたか、と聞いてくるイリスに、
シグナムは、ロムルスが精霊に連れて行かれた、とだけ告げ、
剣を引き抜き、さっさと歩いていってしまった。
あわててイリスが追い掛けてくる。
イリスはシグナムに話し掛けるが、シグナムは無視一辺倒で通した。
町に戻ってきたシグナムは、まっすぐに宿に向かった。
金があったシグナムは、スイートルームの鍵を取り、さっさとベッドに寝転がった。
少し遅れて、イリスが部屋に入ってきた。
「シグナム様、本当に大丈夫なんですか?さっきからぜんぜんしゃべってくれないし……」
「イリス。お前は風呂に入ってこい。六ヶ月も簡易宿で、風呂に入ってないだろ。
俺はもうしばらくこうしている……」
枕を顔に埋めているシグナムは、心配するイリスを、風呂に行く様に促した。
「シグナム様……。そんなにロムルスさんを守れなかった事がショックなんですか?」
イリスが当たり前の事を、不思議そうに聞いてくる。
無知ゆえに仕方がないのだろうが、その無知がシグナムの癪に障った。
「あぁ、そうだよ!力のあるこの俺が、平民の一人も守る事が出来なかったんだ!
ズタボロにされた挙句、敵に情けを掛けられて……、
俺はその情けに縋るしか助かる道はなかった!
どうだ、お笑いだろ!?散々威張っておいて、結局はなにも出来なかったんだ!
笑いたければ勝手に笑えばいい!どうせ俺は無能の王族なんだよ!」
気付けば怒りの丈を全てイリスにぶちまけていた。
冷静になると、なんと大人気ない事を言ってしまったのか、と後悔した。
対するイリスは、一瞬身体を強張らせたが、すぐに聖母の様な穏やかな微笑を浮かべた。
「シグナム様は、無能なんかじゃありません」
暖かくて、害意をまったく感じない、優しい声だった。
「シグナム様は、身体を張ってロムルスさんのために、戦ったんですよね?
普通の人だったら逃げ出す様な圧倒的な力を持つ精霊さんと、命を掛けて……。
一生懸命がんばった人を、無能なんて言う訳ないじゃないですか」
そう言って、イリスがシグナムを優しく抱きしめた。
「だからシグナム様……。自分を無能だなんて言わないでください。
そんなこと言われたら、私も悲しくなっちゃいます」
イリスの身体は柔らかく、そして女性特有のいい匂いがした。
まるで、母に抱かれている様な気持ちにシグナムはなった。
「なにも出来ないくせに……」
あまりにも小っ恥ずかしかったので、シグナムはあえて憎まれ口を叩いたが、
小さく、本当に小さく、 ありがとう、と素直に言った。
それが聞こえていたのかいないのか、イリスはシグナムを抱きしめる力を少し強めた。



446 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第五話 ◆AW8HpW0FVA :2009/08/14(金) 00:09:59 ID:nJTZ6fgI
しばらくイリスに抱きしめられたシグナムは、やっと落ち着いた。
それを確認したイリスは、シグナムに言われた通り、浴室に向かった。
シグナムはしばらく備え付けのお菓子を口にしながら夕食を待った。
イリスが風呂から出て来た時、イリスはお笑い芸人のどぎつい黄色の服ではなく、
純白のバスローブを身に付けていた。
今まで気付かなかったが、イリスはとんでもないくらいの美人だった。
赤みがかった金髪のセミロングは、インクルージョンのルビーの様に美しく、
雪の様に白い肌、さらに腰から尻、脚にかけて流れる曲線は、
まさに名工が丹精込めて作り上げた名刀のごとき美しさであった。
今まで見ていた、少し茶色がかった肌に、どぎつい黄色の服を着ていたイリスは、
いったいなんだったのだろう、と思えるほどの変貌振りだった。
これが本物の精霊だ、とシグナムは確信したが、
その時、さっきまで自分と相対していた精霊を思い出してしまい、
シグナムはその悪いイメージを振り払うために、首を激しく横に振りまくった。
そうこうしている内に、夕食が運ばれてきた。
スイートルームなので、運ばれてくる料理もかなり豪華だった。
血が不足しているシグナムは、素早く、だが行儀よく料理を平らげていった。
夕食を終えたシグナムは、六ヶ月ぶりに垢を落とすべく、じっくりと湯船に浸かった。
風呂から出てきたシグナムは、窓の外を見ているイリスにちらりと目をやった後、
ふらふらとベッドに向かい、そのまま泥の様に眠ってしまった。