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36 名前:そして転職へ  8[sage] 投稿日:2009/09/14(月) 00:07:39 ID:B+36P9J1

教会の一室。粗末なベッドの上で僧侶ちゃんは横たわっていた。
人払いを神父さんに頼んだ僕は、ひとりで僧侶ちゃんの傍らの椅子に腰かけて、
僧侶ちゃんの顔を見る。
ランプで橙に染め上げられているものの、やはり血の気が引いている。
傷は深い。そんな事実が否応なしに僕に突きつけられている。

「…ごめんね。」

しばらくのち、僕は言葉を絞り出した。

「…ごめん…ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」

堰を切ったように懺悔の言葉が放たれる。
それと同時に、彼女の眼から滴があふれこぼれおちていくのが見えた。
結果だけ見れば、僕は彼女を攻撃の盾にしたことになる。
ただ、僕はその時こうも思っていた。
僧侶ちゃんならもしかしたら許してくれるかも…そんなふざけた期待が。

「全くです。」

僧侶ちゃんの口から出てきたのは、今まで一度たりとも僕に聞かせたことのない
明確な拒絶だった。
ある程度予想はしていたものの、普段とまるで違う彼女の放った言葉に
凍りつく僕。その僕の目の前で彼女は…。

「勇者さん…見て。」

自分の上半身をすべて僕の前にさらけ出した。
…うわ。

「勇者さん…私、キレイ?」

右乳房は完全につぶれていた。刀の切っ先がえぐった個所を周りの脂肪が
埋めようとするかのようにいびつな谷が出来上がっている。
赤黒く醜い傷跡が、傷一つなくランプに揺れる絹肌の上でより一層の
悲劇性を演出しているのだ。
それを踏まえた上で、彼女は僕に聞いている…いや、責めている。
そんな傷跡を眺めているうちに、僕の心にもふつふつとした感情が芽生えてきた。
彼女の傷よりもさらに醜いそれは、僕の心の中で揺らめきだす。
『彼女が勝手にやったんだろ?僕は頼んだ覚えはない』
そんな思いをどうしてもぬぐいきれない。

「答えてください。私、きれいですか?」

その時、僕は彼女の眼を見た。信じられないような物を見てしまったような気がする。
目に、不気味な黒い光が宿っているのだ。彼女の持つ聖職者としての力とは
決して相容れそうにない光。
多分、僕の力と同類のモノ。形容するなら『闇』。

「…ごめん。きれいな体を、僕のせいで…。」

彼女の眼と問いかけから避けるように、僕は目をそらして言葉を濁した。
クスリ。この場に似つかわしくないような小さな笑みを浮かべた僧侶ちゃんは
ゆっくりと僕を見ながら…。

「許さない。」


37 名前:そして転職へ  8[sage] 投稿日:2009/09/14(月) 00:09:08 ID:B+36P9J1

教会の階段、その踊り場付近で盗賊くんは何やらぶつくさ言っている。

「…ううう。何をやっていたんだ私は!これではただの負け犬では
ないか!
それにしても勇者のやつ…さっきから僧侶のところにずっと入り浸りだが…。
わ…私だって怪我をしたのだぞ!?そりゃ、僧侶に比べたら軽い傷だけど…。
大体、あいつは多少なりとも胸があったのだから良いではないか!
少し小さくなっても!肩こりが無くなるのだろ!?わたしときたら…うう。
…にしても、傷の見舞いには時間がかかりすぎているような気が…まさか!
弱りきって抵抗できない僧侶を勇者が手ごめにして!?
むううううう!なんとうらやまs…あ、ちがった許せない!
私というものがありながらあのヘタレ…!
…私のことを見ないような勇者の眼は、もういらないだろう?このナイフでグサリと…。
盲目になった勇者か…フフ。それもいいな。
私があいつの目となり、常にそばにいてやるんだ。私があいつの盲導犬だ。
…きちんとお世話したら、勇者は私をほめてくれるかな?頭撫でてくれるかな?
フフフ…想像したら私…ん?」

振り向くと、当の勇者がそこに!

「うわあああああああああっ!?」

当然の如く、絶叫する盗賊くん。

「いっ…いつからだ勇者!?どこから私の話を聞いていた!」

「…ん?ああ、『頭撫でてくれるかな?』の件から。」

「ほほほ本当だろうな!?全部盗み聞きしていた承知せんぞ!
罰として私と結婚してもらうからな!」

「ん…いいよ。」

そこで初めて盗賊くんは勇者の顔色が悪いことに気づく。

「勇者…どうしたのだ?僧侶は意識を取り戻したのだろう?」

「ああ、怒られちゃったよ。そして…。」

勇者…僕は僧侶ちゃんの目を見ながら…。

「盗賊くん…悪いけど、パーティから外れてくれるかい?」


38 名前:そして転職へ  8[sage] 投稿日:2009/09/14(月) 00:10:42 ID:B+36P9J1

扉がぶち破られた。
この描写は勇者…僕の視点で書くものではない。なぜなら以下の出来事が
起きている間、僕はさっきまで盗賊くんと話していた廊下で静かに
横たわっているからだ…盗賊くんのパイルドライバーによって。
…あの身長と体つきで、よくこの技が出せたもんだ。
…つーかよりによってパイルドライバー?なんでそんな危険な技を…。
やっぱり、昔のこと恨んでいる?
そーだよ
絶対そーだよ
あははははははは…
やばい、これ以上は僕、もう…。

扉がぶち破られ、盗賊くんが銀色の眼光を放ちながら部屋のベッドに
歩み寄る。

「…僧侶。どういうことか説明しろ…。」

ベッドに幽かな微笑みをたたえ横たわる僧侶に対し、ゆっくりと盗賊くんは
ナイフをむけた。

「…私を仲間から外すだと?勇者の言うところだとおまえの案だったようだが?」

「…人にものを尋ねるのにナイフを向けるのですか?とことん
礼儀知らずなのですね。」

僧侶ちゃんの目も滾滾とした闇をたたえて余すところがない。

「私のせいではありませんよ。何があったのかは存じませんが、あなたの
存在があの魔道士を呼び寄せた一因であることは否定できないはずです。
たとえ勇者さんにも一因があったにせよ、あなたがいなければ
襲われるリスクの軽減は出来たのではないでしょうか?だとしたら
パーティ離脱は自業自得ですよね?
素性の知れぬ人を勇者さんのそばに置くことは許せません。
あなたがいれば、あなたが過去に犯した罪のツケが勇者さんにまわるかもしれないのです。」



39 名前:そして転職へ  8[sage] 投稿日:2009/09/14(月) 00:11:45 ID:B+36P9J1
「ゆっ…勇者はそれでも私を必要としてくれるはずだ!」

「…勇者さんは優しいですから、たとえどんなにあなたの存在に迷惑がっていようとも
決してそれを口にはしないでしょう。ただ、私は違います。
私はこの先何が何でも勇者さんを守り抜く。そしてそのためには
邪魔になるもの全てを排除します。
…安心してください。勇者さんには私がいれば大丈夫ですから。私だけいれば。
あなたに心配していただかなくても結構です。」

「でも…でもでもっ!」

「お黙りなさいな。」

僧侶ちゃんの目がこれ以上はないというくらい黒く染まった。
部屋のランプ特有の明るささえ、その瞳にはもはや届かない。

「必要としてくれる…?魔道士との戦いであなたは何をしていたのですか?
仲間から外す…?最初からあなたの目的は勇者さん一人だけだったでしょう?
私のことを本当は邪魔ものだとか思っていたのではないのですか?
そんな不純な動機で、世界を救おうとしている勇者さんの足を引っ張ろうなど
言語道断です!」

「勇者の意思はどうなんだ!?あいつが本当に私を邪魔だというのか!?」

その時、僧侶ちゃんの顔に朗らかな笑みが浮かんだ。
これ以上ないくらいの、不気味に朗らかな。

「勇者さんは私に言いました。『償うためなら、なんでもする。』って…。
ですから私は言いました。『道中は、私の指示に従って下さい。』と。」

ギリリ。盗賊くんの奥歯が音を立てる。

「だってそうでしょう?私の指示に従っていただかないと勇者さんは
いろいろ無茶なさるんですから。…私がいないと駄目なんですから。」


40 名前:そして転職へ  8[sage] 投稿日:2009/09/14(月) 00:13:23 ID:B+36P9J1
「嘘だ。」

盗賊くんのナイフを握る手に青筋が走る。

「お前がいなくても、勇者は私と旅ができる。第一、お前のかけようとする
回復呪文を勇者は道中さんざん拒否してきたのだろう?
私はお前と違って戦える。おまえと違って役に立てる!おまえは何もできないのに!
お前がいないと勇者は駄目だと…?真っ赤な大嘘だっ!」

「違う!」

初めて僧侶ちゃんの目に一瞬、動揺が走った。

「私がいないと勇者さんは無茶をする!私がいれば勇者さんは安心して
旅をすることができる!そうなの!嘘なんかじゃない!
私が勇者さんにそうであるよう願ったのだから、嘘なんかじゃない!」

「なるほど…。」

しまった。とでも言いたげに僧侶ちゃんの顔がゆがむ。

「お前…勇者を脅迫したな?勇者の優しさに付け込んで、おおかた自分の
操り人形にでも仕立て上げるつもりなのだろう?その胸の傷で以て。
…私は勇者の仲間だ。その勇者を陥れようとする者は、誰であろうと
許さない!」

盗賊くんの手からナイフが…。

「そこまでなんだな~。」

間延びした、しかして無視できない威圧感を含む声が響き渡った。


「二人ともそこまで~。ダメでしょ盗賊クン。喧嘩なんかしちゃ。
勇者クンに嫌われちゃうぞ?」

ドアの外れた戸口に、魔法使いさんが立っていた。


41 名前:そして転職へ  8[sage] 投稿日:2009/09/14(月) 00:14:32 ID:B+36P9J1

「僧侶チャン。盗賊クンの件なんだけどさ~もうちょっと一緒に旅してみない?
勇者クンだってこんな別れ方望んでないはずだけどな~。」

「…いきなり何を言っていらっしゃるのですか?あなたに勇者さんの
何が分かると…。」

「分かっちゃってるんだな~コレが。」

魔法使いさんの眼光は一瞬で変わった。獲物を見つけた猛禽類のそれだ。

「分かっているよ。カレの奥深くまで。誰よりも…誰よりもわかっているんだから…。」

「ば…馬鹿なことおっしゃらないでください!私の方がずっと…ずっと。」

「うんうん。わかっているよキミのカレへの深い思いは。
好きなんでしょ勇者クンのこと…『火をつけるくらい』に。」

「…おっしゃっていることの意味が分からないのですが?」

「ここの教会、建物は古いけど石造りだし建材も丈夫。アタシの見立てだと
ざっと二つか三つの耐火呪文もかけられているね…。」

何事もないような風であたりを見渡す魔法使いさん。
世間話でもするかのような口調の軽さだが、目は笑っていない。

「ここならたとえ放火されても、酒場みたいには燃えないだろうな~。」

クスクス笑いながら、魔法使いさんは廊下に足を踏み出す。
そして、振り返り僧侶ちゃんの顔を見て。

「考えといて盗賊くんの件。さもないとアタシ…。」

含みを持たせた笑みを最後に浮かべた後、オヤスミといって去っていく
魔法使いさん。そのあとに盗賊くんが出ていく。
部屋に残された僧侶ちゃんの眼には、怒りと悲しみの色が浮かんでいた。

「やっぱり…あの時あの女…。」



42 名前:そして転職へ  8[sage] 投稿日:2009/09/14(月) 00:15:25 ID:B+36P9J1

目を覚ますと…このシチュエーションは何度目だろう。
あの時、泣きじゃくりながら僕にしがみついてくる盗賊くんに
ついうっかり僧侶ちゃんの名前を滑らせてしまったところ
御覧の有様だよ!…クシュン。
何のことはない。ただの40度越えの風邪だ。…あれ、まずくない?
パイルドライバー炸裂後、寒い廊下にしばらく寝て(気絶して)いたらしい。
盗賊くんが戻ってきたときにその場にいなかったということは
多分神父さんかシスター辺りが僕を部屋まで運んでくれていたのだろう。
…一足遅かったようだが。
…あれ?今気づいたんだけど、ひょっとして僕やばかったんじゃないのか?
あのマッド神父やシスターにあの晩意識がないことをいいことに
改造手術される危険性もあったわけだから。くわばらくわばら。

あの後、魔法使いさんと盗賊くん、そして僧侶ちゃんの三人でなにやら
話し合いをしたらしい。
何を話したのかは知らないが、僧侶ちゃんは盗賊くんをとりあえず
許す気になったみたいだ。
…僕の方はそうもいかないが。

あの時、僕に向けきっぱりと拒絶した僧侶ちゃんに許してもらいたくて、
僕は言った。

「ごめん僧侶ちゃん。償い切れるとは思わないが、せめて償わせてください!」

しばらく間があいて、やがて僧侶ちゃんの手が僕の頬にそっとふれ、
撫でまわした。

「なんでもする…誓いますか?」

「うん!するよなんでもする!」

「でしたら…。」


43 名前:そして転職へ  8[sage] 投稿日:2009/09/14(月) 00:16:22 ID:B+36P9J1
「勇者さん。」

隣のベッドから僧侶ちゃんの声がする。僕と僧侶ちゃんは二人部屋で
寝ているのだ。
魔法使いさんは薬を買いに行っているし、盗賊くんは近くにはいない。
僕にその意思が無いとはいえ、一度は僕に僕の口で離脱を求められたのだ。
さらに僕の風邪を自分のせいだと言い…それで反省してくれればいいものを
僕の離脱勧告との相乗効果で絶望してしまい、ずっとふさぎこんでいる。
魔法使いさんに助言を請うと、『キミのことで胸いっぱいだからね。
しばらくほうっておいてあげるのが優しさだよ~。』とのことで、
あまり盗賊くんの居場所について言及しないことにしたのだ。
それに…僧侶ちゃんのこともあるし。

「ドジなんですね勇者さん。寒い廊下にねっ転がるなんて…こども
みたいでかわいいですけど。」

僧侶ちゃんがクスクス笑っている。前と変わらぬ優しい笑い声に聞こえるが…。

「やっぱり、勇者さんは私がいないと駄目ですね。」

声のトーンが変わる。普通の人にはわからないかもしれないが、
昔からずっと僧侶ちゃんと一緒だった僕だけに分かる変化が確かにあった。

「…盗賊さんの件は保留しました…勇者さんがさみしがるといけませんから。
けど、わかっていますよね?あの時の誓い…。」

僕は答えない。僧侶ちゃんも分かっているのだろう。

「私の指示に道中はしたがっていただくこと。それと…。」

言われなくても分かっている。それは…。

「私を常に必要とすること。私なしでは生きられなくなること…です。
分かっていますよね?もう逃げられないっていうこと。」
                    
                             続く。