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227 名前:そして転職へ  10[sage] 投稿日:2009/10/01(木) 01:28:55 ID:8YiTZklH

潮風香る港町。行商人のにぎやかな声が飛び交い、海の男たちが
今日の漁労の獲物自慢をしている。
ここはポルトガ。魔王討伐の旅なら序の口、転職のための旅なら八分目と
いったところだろう。
海とは反対の方角にそびえる山。その山に開いている洞窟の一つを
抜ければ、そこには転職の聖地ダーマが待っている。
かなりの道筋をショートカットした分、普通の冒険者なら経験不足が
仇となりこの国周辺の魔物に骨までおいしく頂かれるのが山々だが、
あいにく僕らのパーティはチートといっても差支えないほどの
力を持っているので大丈夫だ。

しかし、別の不安が下船した僕の胸に渦巻いている。
盗賊くんの件だ。
僕らがメタルスライムのメッセージを受けた日、盗賊くんは何者かに
襲撃された。
目立った外傷もなく、見つけ出した魔法使いさんが大丈夫だというので
盗賊くんの手当は魔法使いさんに一任することを僕…じゃなくて
僧侶ちゃんが決めたのだが、それ以来盗賊くんの様子がおかしい。
人が変わったようなのだ。
いつものように僕にじゃれ付こうとするわけでもなく、ただジッと
僕の方を見つめながら、時折ふっと不安にさせる薄笑いを浮かべる。
口数も少なくなったが、異様な圧迫感が身に付いたようだ。
まるで、肉体は盗賊くんでも中身が別人のようなそんな印象。
この世界には人に取りつく悪霊系の魔物も存在するので、彼女に軽い記憶テスト等を
行って憑き物でもないか調べてみたが、結果は異状なし。
魔法使いさんに相談してみても、気にしすぎだよと笑い飛ばされてしまうし…。
…どうしたというのだろう?



「勇者さん。やっぱり私たちの町より断然大きい街ですね!」

僧侶ちゃんが眼を輝かせている。気がはずむのももっともな町。
明るく、活気があり、冒険者たちへ海の向こうへの新たな道を切り開いてくれ、
とにかく騒ぐのが楽しくなる街だ。でも…。
僕はちらりと盗賊くんの方を見る。最も僕らの中で賑やかだったはずの
盗賊くんの面影がない。相変わらず暗く濁った瞳に唇の端が持ち上がった
薄ら笑い。僕の視線に気づくと、すぐにいつもの無邪気そうな笑みを
その上に張り付ける。

「勇者。どうかしたか?」

「ううん。なんでもないよ。」


228 名前:そして転職へ  10[sage] 投稿日:2009/10/01(木) 01:30:04 ID:8YiTZklH
逃げるように顔をそむけた僕は、ポケットに入っていたメモを取り出した。
皺くちゃになった紙の上には、僕の筆跡で走り書きがしてある。

「裏路地のバー『チョコボ亭』の一番奥の席」

…改めて見ると、おそろしく突っ込みたい文字が躍っている。
突っ込んだらだめだ。突っ込んだらだめだ。突っ込んだらだめだ。…よし。
メモを再びポケットにねじ込む僕。すると後ろから魔法使いさんが声をかけてきた。

「勇者クーン。私たち女の子はちょっと用事があるから、しばらく
フリー行動にしないかな~。」

「な、なにを言っているんですか!勇者さんの護衛にあたるのが私たちの
使命でしょう!?第一、私は勇者さんの側を離れるわけには…。」

「僧侶。」

盗賊くんが僧侶ちゃんの腕をつかんだ。

「僧侶も一緒にくるんだ。来るんだ。」

「痛い!痛いです!」

僧侶ちゃんが顔をゆがめる。なんだか大げさには見えない。

「盗賊くん!僧侶ちゃんを放してあげて!」

僕の制止に、盗賊くんが手を離した。僕の方に顔を向けまたあの
能面のような作り笑いを浮かべる盗賊くん。どうなっているんだ?

「まあ、そーいう訳で…はい!かいさ~ん!」

魔法使いさんの一声とともに、またも盗賊くんと魔法使いさんに捕獲された
僧侶ちゃんは僕の目の前で人ごみの中に拉致されていった。

「うわあああああん!?勇者さん!助けて下さい!勇者さーん!」

…止める間もなかった。


229 名前:そして転職へ  10[sage] 投稿日:2009/10/01(木) 01:30:55 ID:8YiTZklH
ひとり残された僕は、空を見上げ大きくため息をつく。
ふと、空にふわふわ浮かんでいる雲の一つに目が行った。
平べったいスライムのような形の雲。それが旅立ちの日にお城の上に浮かんでいた
雲と形がよく似ていたのだ。
―旅も、もうすぐ終わる。
雲を眺め、旅立った時からのことを思い出す。
悪魔との会合に竜王事件の真相。旅についてきてくれると言った時の僧侶ちゃん。
火事場で出会った魔法使いさんに、ひと悶着あった盗賊くんとの出会い。
宿屋での将棋勝負。その後、魔道士の襲撃。教会では僧侶ちゃんの昔との
ギャップに驚かされたりもしたっけ。そしてメタルスライムメッセンジャーと
変わってしまった盗賊くん。

隣では、氷で冷やされた果汁をふんだんに詰め込んだ小瓶を売っている。
僕はさんさんと降り注ぐ直射日光に目を細めながら、白い壁に背を預け
買った小瓶に口をつけた。
程よく冷えた甘い果汁が、僕の頭に心地よい刺激と糖分を送り込む。
喉と頭が少しずつクリアになるのを感じながら、僕は過去の回想をしながら
暖かい日差しを味わった。
カンダタとの約束の時間までまだ少し時間がある。たまにはこんな
のんびりも悪くないだろう。
雲はのんびりと流れ、時はゆっくりと過ぎていく…。


パリーン!
通行人が何事かと物音のした方を振り向く。粉々になった小瓶の傍らには
青ざめたような顔の少年がいた。

「…まさか。」

自分の手から滑り落ち、粉々になった小瓶に気を向けることなく、僕は
言葉を漏らした。
急いでさっきのメモを取り出す。書いてある簡単な場所の地図を頭にたたき込み
僕は急いで裏路地方面に走りだす。
風が強いはずの港町、さっきまで吹いていた風が凪の時間でもないのに
いつの間にか消え去っていた…。


230 名前:そして転職へ  10[sage] 投稿日:2009/10/01(木) 01:31:45 ID:8YiTZklH
裏路地にある酒場、だいぶ潮風におかされ錆びついた蝶番のドアをあけ
薄暗い店内に足を踏み入れる。

「…おい、ボウズ。ここはお前さんのような青二才が来るような処じゃねえ。」

人相の悪い店主のだみ声を流して僕は一番奥のテーブルへ進んでいった。
そこにいたのは体をすっぽりとまるで何かから身を守っているようにマントで
覆った人影がグラスをあおっている。
その人影も僕に気づいたのだろう。僕に向かって軽く手を挙げた。
僕はテーブルを挟んで反対側に座り込む。そこにやる気のなさそうな
女が一人、注文を取りにきた。

「後にしてくれ。」

マントの人影がぽつりとつぶやく。声からして男、そしてそれは同時に
僕の予想通りであった。
つまらなそうに一瞥をくれ立ち去っていく女が離れていくのを確認すると、
マントの男が僕の方に向き直った。

「勇者だな?おれの名前はカンダタ。知っていると思うがおれの仕事は
ケチな盗賊ってやつで…。」

「茶番を楽しむために来たわけじゃないんです。」

少し強い口調で僕は相手の口を制す。

「初めまして、勇者オルデガ。…いや、父さん。」



しばしの沈黙の後、先に口を開いたのはマントの男だった。

「…いつから気づいていた?」


231 名前:そして転職へ  10[sage] 投稿日:2009/10/01(木) 01:32:37 ID:8YiTZklH
「さっき。理由は僕の居場所を察知してメタルスライムを送ってきたこと。僕の居場所を
つかんだ呪文は、盗賊の秘儀『タカの目』の改良版索敵呪文といったところでしょ?
あの呪文にかかる制約は、対象の相手を自分が知っている必要があるよね。
僕と父さんに直接の面識はないけど、索敵を可能にしたのは呪いの血の
影響だろ?あれはこの世で僕と父さんしか持っていない。
逆にいえば、お互い全く面識がないのに索敵可能な相手は同じ呪いを
受けている僕たち二人だけなんだ。…最も、生きているなんて思っていなかった
けど。」

「御覧の通り、生きている。」

肩をすくめてやれやれといった動作で、マントの男は言葉をつづける。

「俺の正体を説明する手間がうまく省けたみたいだな。…お前にいろいろ
話しておきたいことがあってよ。」

「どうして生きていたの?火口に落ちたはずなのに。」

「呪いのせいさ。」

グラスの中の液体を飲みほし、少しオルデガは遠い眼をしてみせた。

「魔界でも高貴なランクに入る悪魔。悪魔には契約は冒してはならない
絶対のものという価値観があってな。当然、契約で発生した呪いにも
そんな価値観は付きまとっている。単純に言うと、呪いにもプライドって
やつがあるんだよ。あの時俺はお前の母さんに『偶然』殺された
形となった。…だが、呪いの方がそんな殺し方を良しとしなかったのさ。
俺はあくまでお前の母さんにその手で直接殺されなくてはならない。
呪いがそう働きかけて、俺は重症を負いながらも何とか生き延びた。」


232 名前:そして転職へ  10[sage] 投稿日:2009/10/01(木) 01:33:27 ID:8YiTZklH
「…じゃあ、まだ呪いは終わっていないってこと?」

「もちろん、死んだことになった俺は逃げ延びたと思った。三年前までは。」

三年前。どこかで聞いたことのある言葉に僕の耳は動いた。

「三年前、身を隠していた俺のところにとある王国から緊急の要請が
入ってな…。竜王事件だ。」

「…!りゅ…竜王事件!?」

「ああ、その王国には昔の恩義もあって、俺はあの姫様から竜王を
奪還した。…竜王はその後自ら命を絶ってしまったがな。」

今度ばかりはさすがに驚いた。竜王事件を解決した勇者がまさか
父さんだったなんて!

「問題は、その過程で俺は姫様と闘わなくてはならなくなったことだ。
強大な魔力を誇る姫様に対して、俺も自分の呪いの力…地獄のいかずちの使用を
余儀なくされてな。なんとか勝てたものの、呪いの魔力の独特の気配が
最も知られたくない相手…お前の母さんに知られてしまったんだ。」

「じゃあ…。」

「お前の母さんは俺が生きていることに気づいたんだろう。今もなお
この世界を覆い尽くすほどの索敵呪文のフィールドを日夜展開し続け
俺の居場所を探っている。」

やってられねえよ…ぼそっとため息とともに小さな言葉でオルデガはつぶやいた。

「この索敵呪文に引っかかっちまうと、その次の瞬間にはお前の母さんが
瞬間移動呪文で俺の目の前に御到着、俺は呪いの運命を受け入れる羽目になる。
このマントは呪文よけのマントでね、ねぐらも放棄された牢獄をアジトに
改良して使っている。牢獄には強力な対呪文の術が施されているからな。
メタルスライムを調教してメッセンジャーに仕立てたのもそのためさ。
あいつらには一切の呪文が効かない。当然俺の魔力の気配が調教過程で
あいつらに染みついていたとしても、索敵でそれを見つけることは出来ない
からな。…厄介なのは、ここ最近魔力が強くなってきたことだ。」


233 名前:そして転職へ  10[sage] 投稿日:2009/10/01(木) 01:35:05 ID:8YiTZklH
どうしてと僕は問いかけた。母さんはもう四十に手が届くところのはずだ。
年とともに魔力は少しずつ衰えるのが常だし、急激な上昇などあり得ない。
そりゃ、確かに見た目は三十前半だけど。記憶力にいたっては五歳だけど。

「お前が旅立ち、家にいなくなったから俺を死力を尽くしで探すつもりなんだろう。
お前の母さんは薬学のエキスパート。若返りの薬で昔の魔力を取り戻したんだ。」

何…だと…。

「若いころのあいつか…考えてみりゃ、もう一度会いたい気もするんだけどな…。
でも絶対無事で済まないだろうな…。」

懐かしそうに振り返る父さんを目の前にして、僕はふと安心した。
殺す、殺されるの関係になっても、お互い愛しているのは変わりがないのだ。
…最も、自重しろよとは言いたいのだが。

「ん?ねえ、若返りの薬が存在するってことは、年をとる薬も存在するってこと?」

「ああ。…というかそっちの方が調合は簡単なはずだ。材料にもよるが
多分一年単位で肉体を成長させることは可能だぞ。…ん?どうした。
そんなに真剣な顔つきになって。」

「…父さん。」

僕はまっすぐ相手の目を見据えた。

「少し聞いて欲しいことがある。」




「なるほどな…。」

僕が少々長い話…旅の間に自分が感じたこと、そしてそこから導き出された
恐ろしい仮説を話す前に、父さんはもう一杯注文していた。
今、その一杯は周りに水滴を湛え、口をつけられぬままテーブルに置かれている。
元勇者にとっても、飲みながら聞けるような安心感のある話ではなかった。

「お前の言うことがもし本当だったら、これは相当危険だぞ。」


234 名前:そして転職へ  10[sage] 投稿日:2009/10/01(木) 01:35:46 ID:8YiTZklH
オルデガは続ける。

「俺にも何とかできないレベルだ。まあ、そんな話は突拍子もない
与太話と笑い飛ばすこともできるがな。」

そういいつつ、懐からオルデガは小汚い木の棒を取り出し僕に放ってよこした。

「使え。もっとも、役に立つかは分からんがな。」

使い方と細かな注意に熱心に耳を傾ける僕。
…こんなものが、本当に役に立つのか?

「勇者クーン!」

戸口で声が聞こえた。見ると魔法使いさんがこれまでにないほどのセクシーな
衣装を身にまとい、エンジェルスマイルで手を振っている。

「探したよ~。みんなドレスアップしたから見においでよ~。
みんな可愛くなったよ~。すんごいよ~。」

「…そういう事みたいだ。それじゃあ父さん、さよなら。」

席を立つ僕。その背中に声がかかった。

「なあ、お前俺を恨んでいるか?」

無言で振り向く僕。

「…お前の生い立ちはどこかで聞いていると思うが、お前は俺が望んで
生まれてきた訳じゃない。それどころかこんな厄介な呪いまで押しつけられ
その年で命を狙われている。俺は別にお前に許しを請うつもりはねえ。
お前にいくら恨まれようが、俺は知ったことじゃねえ。
ただ…何となく聞いてみたくなってな。」

僕の唇に、幽かに笑みが浮かぶ。
顔を魔法使いさんの方に戻し、振り返らず僕は片手をあげて立ち去って行った。


「勇者。見てくれ。」

「勇者さん。見てください。」

「ふっふ~。勇者クン、見るのだ!」


235 名前:そして転職へ  10[sage] 投稿日:2009/10/01(木) 01:36:39 ID:8YiTZklH
何とも素晴らしい光景が、薄暗い酒場のドアを抜けた瞬間に広がっていく。
盗賊くんはごく薄地のシルクのマント。というか生地がもはやレースと
表現しても過言ではないほどの生地の薄さだ。
白い花を胸につけ、はにかんだ表情を浮かべている。
僧侶ちゃんは…一番変化があった。
青のドレスローブに身を包み、唇には上品な色の紅が施された。
ふわりと再び戻ってきた風になびく髪はきれいに整えられ、大人の色香と
少女の初々しさが眩しいほどだ。
…本当に、本当に変わったなぁ。…本当に。
魔法使いさんは、豊満な肉体をさらけ出しながらもどこかに気品を感じさせる
紫と白の踊り子衣装。官能的なボディラインも、なぜか卑猥な感じは
全くなりを潜め、上品でセクシーという不思議なムードをみにまとっている。

「勇者さん。いかがです?」

「うん、変ったね僧侶ちゃん。しばらく見ないうちに…。」

「そうだろう。勇者。」

盗賊くんが間に割って入る。

「さあ、勇者。宿を用意しておいたぞ。部屋で私の生まれ変わった姿の
感想をじっくり聞かせるのだ。」

「勇者さん。私のもお願いします。」

「もちろんアタシもね!」

三人の女の子に引きずられ、宿に向かう僕。
太陽は少しずつ橙にそまり、水平線に消えていった。


236 名前:そして転職へ  10[sage] 投稿日:2009/10/01(木) 01:37:31 ID:8YiTZklH
「…母さんの面影があったな。」

ぽつりとつぶやいて、テーブルに金を置き酒場を出ていくオルデガ。
残された硬貨の横に置いてあった口の付けられていないグラスが
誰も手を触れていないにも関わらず、ヒビが入り…。

ガシャン!

と割れた…。