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269 名前:そして転職へ  11[sage] 投稿日:2009/10/04(日) 13:53:06 ID:7Py5FMpo
悪魔たちや魔物たちの楽園、魔界。緑化事業が進んだ町並みと
レンガ造りの洒落た家々。川のせせらぎが流れる風と心和むハーモニーを
小鳥たちとともに人々に贈る、そんな街。
…イメージと違う?基本悪魔たちは人間よりも賢いのです。
そんな彼らが、いつまでもマグマに満ち溢れた黒の世界のまま自分たちの
世界を放置しておくわけがないのです。
賢いだけに、魔族同士の無駄な戦争もありません。
ただ、こんなに美しい街並みや人間などとるに足らない頭脳を有していても
罪を犯すならず者はどこの世界にもおります訳で…。
魔族の裁判所では、今この方が裁かれている最中です。

「被告人。あなたは大神官ハーゴンで間違いないですね?」

「…はい。」

「よろしい。では検察側、冒頭陳述を。」

「はい!」

くたびれたジャージ姿と腰縄で身をやつした大神官ハーゴン。その正面に
堂々とした姿で腰を据えている裁判官ジャミラスが検察席に座っている
魔族に声をかけた。

「被告人、大神官ハーゴンことハーゴン・ロトノシソンニ・マケテマスは
三年前より勃発した魔界と人界の戦争の際、対人界用の決戦兵器
『破壊神シドー』に対して魔界倫理上認められていない呪文の譲渡が
あった件で告発されています。
譲渡された呪文は最大回復呪文ベホマ。ご存じの通りラスボス級の
魔族、魔物が瀕死状態で体力を全回復することは倫理上大変問題ある行動です。
彼のとった行動は、魔族の品位を貶める極めて遺憾なものであったと
考えざるを得ないものであり、一層の反省と事件の再発を防ぐために
厳しい処分が被告人に望まれるものであります。」


270 名前:そして転職へ  11[sage] 投稿日:2009/10/04(日) 13:53:55 ID:7Py5FMpo
「分かりました。それでは弁護側。今の陳述に対して意見をお願いします。」

「はい。」

弁護席の魔族が立ち上げる。

「被告人がシドーに上記の呪文を使用させる目的で譲渡したならば倫理上
問題ある行動ですが、あくまでオプションとしてつけただけであったら
本件の悪質性は極めて低いものと思われます。被告人も自分の行動の
短慮さに反省の様子を示し、再犯の恐れもきわめて低いものと思われます。
よって、弁護側としては本件が今すぐ実刑に結びつくものとは考えて
おりません。」

「よろしい。では、被告人に対しての質疑を開始します。」

ジャミラスが木槌を叩いた。

「被告人。あなたは今挙げられた件を事実と認めますか?」

「…はい。」

「被告人。」

検察席から声が飛ぶ。

「あなたはあの呪文を戦闘に使用させる目的で譲渡しましたね?」

「異議あり!」

弁護席の魔族が机を叩き、人差し指を突き付けた。

「あからさまな誘導尋問です!そもそも呪文が戦闘時に使用されたとしても
それが故意のものとは立証されていません!一発だけなら誤射かもしれない!
(注・この発言は実在する一切の個人及び企業とはなんの関係もありません)」

「異議あり!ここに実際シドーと戦った人間、ローレシア国の王子の証言書が
あります。これによると、シドーは戦闘時自身のHPが満タンであるにも関わらず
バカの一つ覚えよろしくベホマを唱えてきてウザかった…とあります。
ここから見て、シドーは戦闘時ベホマに依存してきたことがうかがえます!」


271 名前:そして転職へ  11[sage] 投稿日:2009/10/04(日) 13:54:49 ID:7Py5FMpo
「異議あり!体力が満タンにも関わらず呪文を使用したということは
呪文を戦闘に使用する意思がないものと思われます。そもそも馬鹿であるなら
本件の責任能力さえ疑わしいものであるはずです!」

「異議あり!シドーの責任能力の有無にかかわらず、譲渡したのは被告です。
シドーを召喚した被告なら、譲渡の結果何が起こるか推測はついたものと
思われます!」

カン、カン!
木槌の音が鳴り、裁判官が双方を諌めた。

「静粛に!論点がずれてきています。原点に戻りましょう。被告人。
なぜ譲渡を決意したのですか?」

「…焦っていたんです。」

ハーゴンが気弱そうな声で話し始めた。

「シドープロジェクトを任されたとき、破壊神の名に恥じない装備を
つけなくてはならないと思い…人間達に恐怖を与えるすごい兵器として
最強のものとは何かを考え続けるにあたって…思いついたのが
絶対に死なない不死身の神…つまりベホマでした。
でも!仕方なかったんです!私の研究室が何者かに荒らされていて、
搭載されるはずだった最強武器もみんな資料がバラバラにされていて…。
手元に残っている選択肢としてはもうこれしか…。」

「荒らされていた…?なぜ魔界警察に連絡しなかったのです?」

「それは…。」

「…被告人。先日、あなたの研究室あてに元ゼミ生からのメッセージが届きましたよね?」

検察の魔物が資料をあさり、血まみれの封筒を取り出した。


272 名前:そして転職へ  11[sage] 投稿日:2009/10/04(日) 13:55:41 ID:7Py5FMpo
「誠に勝手ながら、必要性を判断し家宅捜索の際無断で拝見しました。
『助けて…妹…………ヤられる…監禁。』血で汚れてあまり解読できませんが、
送り主は被告のゼミを除籍処分になっていた魔界蕎麦屋の長男のようです。
なお本件の告訴数日前、魔界蕎麦屋の長男と長女が失踪しているようで
二人の行方は目下捜索中です。これは本件とは無関係の事件のようですが
隠し通す理由でも?」

「いや…私の命運がかかっているプロジェクトに余計なゴタゴタを持ち込みたく
なかったもので…あの…その…。」

「まあいいでしょう。被告人が研究室での事件を隠したかったのはこの手紙からの
自己保身であったことは既に立証されました。ちなみに、その二人の間に
なにかトラブルのようなものはあったのでしょうか?」

「トラブルと言いますか…昔から仲の良すぎる兄妹だったことは確認が取れています。
ただ、妹側に『もう我慢できない』『脚ちょん切れば逃げられなくね?』など
奇妙な言動があったことも確認できました。一方長男の方は失踪する前、竜王事件の
関係者の一人勇者オルデガの一人息子との接触が報告されています。
詳しいことはわかりませんが、長男がオルデガにかけた呪いの件で話を
していたようです。ちなみに、呪いの種類やその経緯は依然分かっておりません。」

「うむむ…人を呪わば穴二つ。呪いをかけた当人が失踪とは…。
我々魔族もまた、因果応報の呪縛からは逃れられないということですか…。」

「あ…あのう。」

しみじみと感慨深げな顔つきで顎に手を当て考え込んでいるジャミラスに
ハーゴンがおずおずと申し出た。

「竜王事件で思い出したんですけど、私の研究所から無くなっていたものが
あったんです…。」

「なっ、なんだってー!」

裁判官、弁護士、検察の三人が例のあれをやった。

「ええ…あまり大したものでもないので気にも留めていなかったんですけど…。
実は二つございました。私の保管してあった卒業生の学生プロフィールの
中からその竜王のファイルが持ち去られているのです。」

「なぜそのようなものが…?」

「分かりません。」

ハーゴンも困り果てたように言葉を続ける。


273 名前:そして転職へ  11[sage] 投稿日:2009/10/04(日) 13:56:54 ID:7Py5FMpo
「知っての通り、竜王事件の際めぼしい証拠は全部提出しておりますので、
大雑把に見た彼の性格とか趣味とかの記録ぐらいしか残っておりませんでした。
一応個人情報ですが、これと言って悪用できるほど価値のあるものでも
ございません。」

「それで、もう一つのものは?」

「はい。私の昔のゼミで行った『丸わかり邪教の復活神話・不老不死神話』の
学生提出レポートの中の一つです。結構良い出来だったので記憶に残っているのですが…。
えーと?確か…『ミチザネレポート』でした!」

「ほう!それはどのようなものですか?」

ジャミラスは興味深々といった様子で問いかけた。

「ええ…少し長くなりますが。私のゼミでは古今東西の邪神や邪教の研究を
行っていますが、ある学生がジパングという国で古くから畏れられた邪神菅原道真を
テーマに死者の復活研究を行ってきましてね。もとは貴族だった道真は権力争いに敗れ
大宰府に左遷されることになりました。しかし、都に心残りがあった道真は
大宰府で没したのち神になり都の政敵に天罰を下す…このような話です。
この話、真相は別だったんです。道真に『天罰』を下されて死んだ貴族は
たったの一人でした。衝撃的な出来事とはいえ、当時天皇すら意のままに操っていた
貴族一派に壊滅的なダメージを与えることはできません。しかし、その後
とある別の貴族が天皇に知恵を奏上し、天皇は道真を追いやった貴族一派の
力を削ぎ落し、一時的とはいえ権力を取り戻すことに成功します。
この知恵を天皇に献上した貴族…彼こそが菅原道真だったのです。」

「え?だって道真は死んで神になったはずでは…?」

「ええ。確かにそのとおりです。しかし、神になった彼にはもう一度この世に復活する
方法がありました。…自分の記憶や能力、存在そのもののコピー&ペーストです。」

「なっ!?」


274 名前:そして転職へ  11[sage] 投稿日:2009/10/04(日) 13:58:15 ID:7Py5FMpo
「つまり、うだつの上がらない唯の貴族に自分の意志や記憶、技術を
完全にコピーして貼り付けてしまえば、体は別人でも道真は現世に
復活したことになります。事実、復活した道真の働きで政敵の一味は
一時力を失いました。」

「むむむ…確かに理屈だけ見ればそうですが…可能なものでしょうか?」

「提出されたレポートにはその方法も示されていました。我々の存在は
身も蓋もない言い方をすれば脳によるものです。脳の認識で自我を作り
他者を認識し、他者と自分を別の存在と判断することで『自分』を
生み出します。我々の存在をどうにかするという行為は、要は脳を
操作することによっていくらでも可能になります。」

「脳を操作する?そんな方法があったのですか?」

「ええ、この方法は莫大な魔力と集中力が必要になり、この魔界でも
できる可能性のある魔族はごく僅かでしょう。ただ実証例こそ
ないものの、仮定理論はすでに彼によって確立されていました。
そしてその方法ですが、ある力を複雑に組み合わせることで出来ます。」

「ある力…?それは一体!?」

「考えてみれば簡単ですよ。」

少し得意げにハーゴンは笑った。

「脳内における情報の伝達方法。そして菅原道真を結びつければ分かることです。
さて、今でこそ学問の神として崇められている道真公。昔は何の神だったでしょう?」


275 名前:そして転職へ  11[sage] 投稿日:2009/10/04(日) 14:00:09 ID:7Py5FMpo
星が夜空を彩っている。いつもは気にも留めない星たちが今夜は
とても奇麗に輝いているのが見える。
いつもと違う世界の見え方をしている自分に気づき、勇者オルデガは
自嘲気味に笑った。

「なんだ。俺の運命もう決まったようなもんじゃねえか。」

目線を下におろせば、赤々とした死の光が時々きらめく。
オルデガめがけ時々吹き出る溶岩が、彼を死の世界に連れて行こうとしている
死神の手に姿をかぶらせていた。そこにオルデガの生命線とも言うべき
マントが、オルデガ自身の手で投げ込まれる。

―未練はない。

自分はこの世でやることはやった。闇の力で好き放題できた。そしてその代償…
一人息子に運命を切り開くカギは渡せた。

「出てきなよ。久しぶりにお前の顔が見たい。」

彼の後ろにスッと人影が現れた。

「クスクス…お久しぶりですね、勇者さん。」

暗がりでもはっきりと分かるきれいな瞳。きめ細やかな肌とほんのり
紅く染まった唇。それとは対照的に少し古びた修道服が若々しい肉体を
覆い隠している。

「…お前ってこんなに奇麗だったのか。あの時は気づかなかった。」

「まあ、お上手。」

両頬に手を当て、少し傾けた顔を赤らめながらその女性は上目遣いで
オルデガを見つめた。

「そういう勇者さんも変わりましたね。ワイルドで素敵です。…でも、
相変わらず瞳はそのままなんですね。なんだか優しそう。」

「…勇者はよしてくれ。元勇者だ。同時にお前は未亡人。」

場の空気が急に冷え切った。笑顔はそのままに女性の声に危険な気配が混じる。

「いいえ。私はいつもあなたの妻です。今までも、これからも。」


276 名前:そして転職へ  11[sage] 投稿日:2009/10/04(日) 14:01:11 ID:7Py5FMpo
「若妻すぎるだろその姿。いったい何歳だ?」

「花も恥じらう17です♪10ほど若返ってしまいました~♪」

「冗談なのか?それとも本気で記憶力が悪いのか?お前の話を真に受ければ
俺は勇者としてどころか人間として危ないレッテルを張られるんだが…。」

「勇者さんのことを悪く言う輩は皆天に召されて頂きます。」

女性の声に凄味が入る。

「逆に私からも質問です。…生きていたのならどうして私のところに
帰ってきていただけなかったんですか?」

「…お前はそういう奴だったな。忘れたんだろう?この場所での出来事を。」

「いいえ!しっかり覚えています。この場所で私は勇者さんに女にして
頂いて…キャッ(ハートマーク)」

「…もういい。疲れた。」

「そうですか。疲れましたか…。」

オルデガの瞳にとてつもなくぎらついた光が宿り、さっと女性から間合いを取る。
とてつもなく濃縮された青白い魔力が女性の身を包み、魔力の影響だろうか?
女性の身体が少しずつ地面から浮かび上がる。

「私から離れて長くなりましたからね。疲れたでしょう。でももう大丈夫です。
肉体ごと疲れを吹き飛ばして差し上げます。」

女性はそう言うと修道服をはだけて首元をさらした。そこには見たこともない
刺青が彫られている。

「私が開発した牢獄呪文です。私の身体を牢獄にすることで、魂を一つだけ
私の体内に閉じ込めることができるんです。素晴らしい呪文でしょう?
これから何があっても二人は一緒なんです。朝起きても、寝る時も、
さみしい時も、うれしい時も一つの体で二人は永久に一緒です。
…あ、さみしい時なんてありませんね。これからはいつも一緒に
いられるんですから。私はもう勇者さんと離れ離れになりたくない!
勇者さんという存在そのものを手に入れたい!勇者さんの魂を奪えば
私は勇者さんの存在を手に入れられる!」


277 名前:そして転職へ  11[sage] 投稿日:2009/10/04(日) 14:03:14 ID:7Py5FMpo
魔力がこの叫びと同時に赤黒い色へと変貌する。その力強さも
込められた狂気もケタ違いな存在になっていく。
しかし、オルデガは逆に驚くほど冷静で静かになった。目に映っていた
鋭い光も今はない。

「…なあ。俺たちの存在って言うのは、俺ら自身が脳みそで作り上げた
記号のような幻覚ではなくて、ちゃんと魂に存在が刻み込まれている
ものなのか?」

「私はそう信じています。ですから勇者さんの魂をください!」

オルデガはしばらく黙っていた後…。

「断る!」

力強く言い放った。

「人の存在が脳による記号としてのものではなく、魂に刻み込まれた
唯一のものとして成立する…その事実が本当ならば、俺はそれを
あいつに伝えてやらないとならない!あいつがそのことに気づいたら
あいつの言っていた最悪の可能性を阻止できるかもしれない!
俺にはまだ生きる目的がある!」

「…ふふ。おっしゃっている内容はサッパリですが、男らしくて素敵です。
でも駄目。勇者さんは今日ここで私と一つになるんです!
ここからは逃げられませんよ!」

「逃げる必要なんて…ねえな。」

腰に下げていた髑髏が縁どられている剣を抜き、構える。

「おれとあいつは忌々しい力でつながっている。だから言葉で伝えなくても
きっと伝わってくれるさ。伝え方?簡単だろ。全力で戦うことだ。
勝算がなくても、一秒でもこの世にとどまり全力を尽くす。俺たちの存在は
脳によるまやかしじゃない。魂に刻み込まれた、どんな時も全力を尽くして
護るべき価値のあるものだ!」

「あはははははは!ならば私の魂に刻まれた存在意義は勇者さんを
この私の存在全てで愛し、奪い、支配することです!肉体でもなく!
脳によって生み出された勇者さんの意志でもなく!勇者さんの存在が
刻まれた魂を頂きます!」

オルデガの体に一気に殺気がみなぎる。体中を取り巻く闘志が形を成し、
紫の稲妻が辺りにほとばしり始めた。

「手加減なしだ。」

「勇者さん。あなたを…私に下さい!」

二つの力がぶつかりあう。やがて、片方の力がもう片方の力に飲み込まれ
一瞬の煌めきとともに、夜空の星の輝きが消えた。

278 名前:そして転職へ  11[sage] 投稿日:2009/10/04(日) 14:04:56 ID:7Py5FMpo
真夜中、四人部屋の宿で僧侶ちゃん、盗賊くん、魔法使いさんが
かすかな寝息を立てている中、むくりとおきあがった僕は窓の外を
眺めた。
寝る前はあんなにきれいに輝いていた星が、今はかすかに見えるだけだ。

「…父さん。」

ぽつりと言葉が漏れる。

「勇者さん…どうかしましたか…?」

僧侶ちゃんが眼をうっすら開いて僕の方を眺めてきた。

「なんでもないよ。」

僕はかすかな笑みとともに、再び床に就いた。

―本当に、なんでもないよ。

もう一度窓の方を眺める。いつの間にか空は雲で覆われていた。
明日は、きっと雨だろう。