※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

9 名前:不安なマリア4[sage] 投稿日:2009/09/12(土) 00:55:54 ID:18DtHrx3
『不安なマリア』第四話


私はいつも不安で仕方なかった。
時々、自分でも何が不安なのか分からなくなるほど、色んなことが心配になる。
軍隊にいて戦っていた頃はそれも良かった。命を救われたのも、二度や三度ではない。
私にとって、「不安」は性格や気分とは違う次元のもののように感じる。
なんというか、本能であり本質であり、私という人間の一部、と言えば良いだろうか。

瀕死の重傷から回復した時、私はすでに戦いはおろか、日常生活すら困難な状態だった。
隻腕に下半身不随――不安と復讐心のみを糧に生きてきた代償だ。
私は戦えなくなり、自分の生きる場所そのものだった軍からお払い箱になった。
自殺を考えた私に看護士だった彼はこう声をかけた。
「助かってくれてありがとう。もう大丈夫だ、よくがんばったね。」
長年のしこりが一瞬で消えた気がした。彼さえいれば生きていける。
「不安」以外で私を満たした、記憶の限りで初めての気持ちだった。
ザンジバルで彼と出会い、私は変わった。
その時は確かにそう思えたし、実際その通りのはずだった。

・・・・・・・・


10 名前:不安なマリア4[sage] 投稿日:2009/09/12(土) 00:58:25 ID:18DtHrx3

携帯電話の一件以来、マリアはあまり取り乱さなくなった。
それに、忙しい夫を支えようと出来る範囲で家事をやろうとしてくれている。
今の生活に慣れたのか、それとも自分に自信をもてるようになったのか。
いずれにせよ、ジョナサンにとって喜ぶべきことに違いはない。
しかし、困ったこともないわけではない。例えば、電話する回数が大幅に増えたこと。
女物の香水の疑惑が晴れても彼女の猜疑心は根深く、日中かけてくる電話は確実に増えた。
彼女曰く「あなたにたかるクズの機先を制するため」らしい。
しかも、二回以上出ないことがあると、電話越しでも分かるほど不機嫌になる。
困って「定期報告」の復活を提案したこともあったが完全に失敗だった。
彼女が、そんなものはそもそも知らないと主張し、一切の聞く耳を持たないのだ。
「一体何の話だ?」彼女は殺気立ってその話題を打ち切ってしまった。

最も心配なのが、料理に挑戦し始めたことである。
車椅子の座高を上げ、スープの出来をみる姿は危なっかしくて見ていられない。
「今まで助けてもらってばかりだから、私もあなたのために何かしたいんだ。」
彼女がそう言って楽しそうに手伝うので、危ないからやめろとは言えなかった。
夜、作り置きしたスープを温めて待ってくれていた時は正直、幸せを感じたものだ。
「・・・どうだ?ちゃんと温かくなっているか?焦がしたりしていないか?」
上目遣いで真剣に聞いてくる妻が可愛らしく、思わず「ありがとう」と抱きしめた。
ただ世話をされるだけの毎日ではマリアも心から安らげないのだろう。
そんなことも考え、ジョナサンは心配する自分を納得させたのだった。
しかし、危うく大事故につながりそうなこともあった。

ある朝のことだった。
家中に漂う凄まじく焦げ臭い匂いでジョナサンは目を覚ました。
しかも妻が大声で助けを呼んでいる。
「ゴホ、ゴホッ、ジョナサン、助けてくれッ!フライパンが、フライパンが・・・」
慌てて駆けつけると、キッチンから黒い煙がもうもうと立ち上がっている。
「大丈夫かッ!?」
火事か!?と色めきたった彼は猛然とキッチンに飛び込んだ。
マリアはあの体だ、火事になっても逃げられない。一刻も早く彼女を助けねば。
見ると、フライパンとキッチンの一角が燃え盛る炎に包まれている。
そして車椅子の妻は煙に巻かれそうになっていた.
「はやく!ゴホッ、ジョナサン、このままでは家が燃えてしま、ケホ、ゴホッ・・・」
何とか消火しようとしたのか、手にした水差しには並々と水が張ってある。
「こんなのじゃ消せないし、まず君はここから出ろ。」
そうして彼女を抱えて連れだすと、彼はガスを止め消火器で手際よく消火した。


11 名前:不安なマリア4[sage] 投稿日:2009/09/12(土) 01:01:06 ID:18DtHrx3

「本当にごめんなさい。私が馬鹿だったんだ・・・」
終わってみれば単なる小火騒ぎだったが、それでも被害は小さいとはいえなかった。
キッチンの一部は焦げて、家中が一面煤だらけになってしまった。
しかも、煙を軽く吸い込んでしまったマリアは病院で診てもらわなければならない。
どう考えても、「料理の失敗」ではすまない事故だった。それも大事故につながる可能性大だ。
下手をすればマリアかあるいは夫婦ともども死んでしまうかもしれなかったのだ。
厳しい表情のジョナサンに、当たり前だがマリアは相当落ち込んだ様子を見せた。
「その・・・、済まなかった。あなたに朝食をつくろうと思って・・・。」
どうやら、ブルストを朝食にと焼こうとしたらしいが、フライパンを引っくり返したらしい。
焦って油のボトルを倒し、飛び散った火花がそれに引火したというわけだ。
意気消沈し、俯いて許しを乞うているのが痛いほど分かる。

しかし、今回は命がかかっていた。素早く動けない彼女にとって火は危険だ。
妻を失うことなど、今のジョナサンにはとても耐えられないことだった。
だからいかに優しい彼でも、厳しい表情で怒りたくなるのも無理はない。
「朝食をつくってくれて、ありがとう。でも君に命の危険まで冒して欲しくない。」
「火を扱うのはとても危険なんだ。わかっただろう。何かあってからじゃ遅いんだよ?」
さすがに身の危険を感じたのか、彼女は真摯に頷いてみせた。
「あなたの言う通りだ。ごめんなさい。本当にいつも心配をかけてばかりだな、私は。」
随分と後悔しているのか、妻は顔を俯きがちにとつとつと謝った。
「もういいよ。君が無事だったんだ。でもこれから料理する時は僕の目の届く範囲で頼むよ。」
不安な面持ちで懇願するジョナサン。俯く妻の恍惚とした表情に気付くよしもなかった。

目の届く範囲で、とは言ったものの、彼はこれでマリアも料理をやめると思っていた。
しかし、それは甘かった。こうなるともはや売り言葉に買い言葉である。
マリアは「そうだな。じゃあ私に料理を教えてくれ」と言い出したのだ。
「今度は絶対うまくなるから、“目の届く範囲で”ちゃんと見ていてくれ。」
これには一度きっぱりと断った彼だったが、それでも最後は折れてしまった。
というのも、妻がいつになく強烈な不安を覗かせたからである。
「あなたの為に何かしたいんだ。そうでないと自分はここにいていいか分からくなる。」
そうしてすがりつかれるともはや断れず、ハラハラして見守った。
必死に自分のために頑張る彼女の姿を、心配とはいえ嬉しかったこともある。
それに、不安定な妻が落ち着き、普通の夫婦のようで幸せを感じていたのだ。


12 名前:不安なマリア4[sage] 投稿日:2009/09/12(土) 01:03:25 ID:18DtHrx3

・・・・・・・・

いま私は再び「不安」でいっぱいになっている。
それも、結婚した頃から。もう心配事なんて何もないはずなのに、だ。
最近は、彼が他所のクズと寝ているイメージが頭からずっと離れない。
あの香水あの香水あの香水あの香水あの香水・・・・・・。
彼もやっぱり『あの女』みたくなってしまうのだろうか。
そして私は『あの男』みたくなってしまうのだろうか。
実際、笑える話だ。今の私が置かれた状況は、怪我で退役した後の父に似ている。
こんな風になるのも、やっぱり私があいつらの子でクズだからなのだろうか?

彼が電話をくれなかった日から、私は昼夜問わずそんなことを考え続けた。
そうして、この前ようやく一つの結論に達することができた。
きっと私たちはまだすこし不完全なだけだったのだ、と。
夫婦として、家庭として、私たちはまだ完全にお互いのことを思いきれていない。
このままではあいつら『クズども』のようになってしまいかねない。
だから、お互いが教え、与えあうのだ。彼はすでに私に多くを与えてくれている。
一方、私が彼に与えられるものはただ一つだけだが、効果はすでに実証済みだ。
私が持つそれを彼も持てれば、私は与えられるだけの存在ではなくなる。
私たちは完全な家庭をつくれるのだ。