※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

92 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2009/09/21(月) 16:14:42 ID:fiOv6hvB
『小籠堂番台日誌』

この町に住んで3年が過ぎた。
こじんまりとして瀟洒な雰囲気の駅前とたくさんの公園が魅力の、静かな町だ。
商店街も健在で、住んで以来行きつけの店も何軒かある。
今ではみんな顔馴染みだが、野暮にならず礼節を弁えた人たちばかりだ。
決してオープンな人間ではない僕でも静かに入り浸れる貴重な場所。
そんななかでも異色の店がある。僕の現在の(プラス多分死ぬまで)バイト先だ。
そうそう、もしあなたが女性で僕が番台にいる時は気をつけてほしい。
何に気をつけろって?まずは店長がいるかどうか。綺麗な女性だけど問題アリでね。
もしいたら、彼女の挙動と表情に気をつけて。あとは頭上及び足元、かな。
おっと、走って出口に飛び出す用意も忘れずに。

古書店『小籠堂』。こかご、と読む。
歴史家だった祖父や親戚、自分の本と、老後の資産で私の父が始めた。
古い木造建築の暗くて狭い店内。4架の棚に占拠された、静かで温かい雰囲気の古本屋。
なんだか私を無条件で許容してくれているような気がして、よく店に入り浸ったものだ。
しかし店をはじめて1年たたないうちに、父は病で倒れてしまった。
当時、私は歴史学者を目指して大学院にいたが、教授と揉めてその道を諦めていた。
辞めた後はいわゆるフリーター。父が死んで、私は店の主人となった。
母は父が他界する3年前にこの世を後にしていた。だから私は完全に一人。
夢破れた私にはこの煤けた「籠」がちょうど良い空間じゃない?
そんな風にくさってた私の前に彼が現れた。ほんと変わってるわ、あの男(ひと)。
ふらふらしてちょっと頼りないけど、死ぬまで私と一緒にこの店で・・・。

古書店『小籠堂』。こかご、と読むそうだ。
僕が初めてその店を訪れたとき、すでに夜9時を回っていた。
にも関わらず開いているので入って見ると、奥の番台に女の人が座っている。
ピクリともせず、ぼうっと何か前を見つめているようだった。
20代後半だろうか。長い髪を後ろで縛り、化粧は薄く飾り気の無い印象だ。
クリッとした目に眉根を寄せているので、物憂げなのにどこか生活感が滲む。
何だか背後に視線を感じつつ、本棚を物色していると不意に声をかけられた。
「閉店中です。」
意味不明な宣告とむすっとした声に、思わず腹が立った。
文句を一言、もごもごと呟いて僕はその店を後にした。
思えば、これが僕の永久就職先の小籠堂とその女店主、吾妻さんとの出会いだった。

93 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2009/09/21(月) 16:20:48 ID:fiOv6hvB
彼が初めて店に来たのはいつだっただろうか。
確かあの日はバイトを一つクビになり、ヤケになっていた。
それから閉店時間を過ぎても店を開け、番台の上で人生について考えていた。
この毎日をエッセイにして書いたら売れるかも、などと妄想にふけったものだ。
誰がこんな古本屋経営独身女の辛気臭い日記など読みたがる?と自己批判。
そんな時だった。彼が今は見慣れたぼやぼやした顔で入ってきたのは。
痩身をふらふらと動かして本棚を物色する姿になぜか胸が高鳴った。
一目ぼれというやつだろうか。何となくこの青年が気に入ってしまった。
――話、してみたいな。
自然と思ったが、なにせ恥ずかしながら、人生26年目にして初の体験。
言葉が出ずに焦るうち、不器用で天邪鬼な口が先に動いた。
「閉店中です。」
むすっとした感じの嫌な声。嫌な台詞。あたし最悪だ・・・。
ぎょっとした彼は、何か文句を言って帰った。当たり前の反応だ。
この時は諦めかけたけど、網を張ってれば案外チャンスってあるものね。

初対面は最低だったが、入用な本が割りと安く手に入る数少ない古書店だった。
なので、僕は時々店に行った。番台にあの女(ひと)がいない時を選んでたけど。
そんなある日、大学の帰りに寄った時だった。この日のことはよく覚えている。
番台に誰もいないまま、小籠堂は開いていた。ほったらかし・・・。
――仕方ない。本を物色しながら店番してやるか。どうせすぐ戻るだろ。
そう思い、つらつらと本棚を眺めながら、番台の横の椅子に座っていた。
しかし、10分、20分と経っても店員は来ない。
――どうなってんだよ、この店。ったく・・・。
ここまでくれば、と僕も携帯音楽プレーヤーを出して本格的に待機モードに入った。
そうして耳にイヤホンをあてようとしたその時だった。
店の奥、暖簾の向こう。普通の家屋であろう場所から、なにやら呻き声が聞こえた。
「うう・・・」
何かのアクシデントで店に出れなくなったのかも知れない。
そう考えた僕は、とりあえず「御免下さい」と声をかけて暖簾の奥へと入った。
暖簾をくぐると、暗い廊下が続いていて、突き当りで二手に分かれている。
右手は和室なのか、襖が閉まっている。暗い。そして怖い。
なんだか某ホラー映画みたいだな、と思いながら進むと、さらに奥から呻き声が。
――逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ・・・。
真言を唱えながら突きあたりを右へ。窓から光が差す廊下の先に裸電球が見えた。
扉が開け放されている部屋の床に、女の人が倒れている。
思わず「ひっ」と声を漏らすが、勇気を奮い立たせて人命救助に向かった。

94 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2009/09/21(月) 16:23:47 ID:fiOv6hvB
助け起こすと、以前僕を追い払った女性であることが分かり、さらに萎えてしまった。
とりあえず助け起こし「大丈夫ですか?」と声をかける。
青白い顔で弱々しく呼吸する彼女は、庇護欲をくすぐる愛らしさがあった。
背中をさすってやると、意識を取り戻したのか、少し大きい目がゆっくりと開く。
抱きかかえる僕と目が合った。
「・・・・・・。――ッッ!!」
途端に目をかっと開いた彼女は、かすれた声で聞いてきた。
「な、んで・・・君、いる、の?」
「・・・いや、そのたまたま寄ったら店開いたまま誰もいないし・・・。
それで、誰か来るまで待ってたら、なんだか呻き声が奥から聞こえたから。」
もしかしてなんか疑われてる?と思い、焦って弁解する僕に、彼女はイライラしたように、
首を横に振りながら再び尋ねた。
「ち、がう。はぁ・・・なん、で、君がッ・・今日、店に、来てるの?」
――は?
質問の意味が分からなかった。なぜ僕が今日来ないと思っていたのか。
またも意味不明なことを言われて僕は黙ってしまった。
「だって、君・・この曜日は、いつも・・・来ない、から」
――え?それってもしかして僕が来る日を気にしてたってこと・・・?
あまりの急展開に思考停止した僕を見つめる彼女は、なぜか僕の肩に手を回している。
しかも、なんだか顔がうっすらと紅くなって、嬉しそうなかん、じ・・・?
僕を見つめたまま、彼女はなおもしゃべった。
「でも、はぁ・・そんなこと、どうでも・・いいよね。来てくれて・・ありが、と。
私、こんな、・・優しく、して・・もらったこと、なくて。・・・はぁ、やっぱ運命、
かも・・・。あはは。あと、・・・この前、ごめんね。コホッ」
彼女は言いたいだけ言うと、目を閉じた。
「エェッ?だ、大丈夫ですかっ?!あのッ、ちょっと!」
揺さぶると、彼女は一言「風邪・・・。」と呟いて寝込んでしまった。
確かにひどい高熱だった。その日の僕は店を閉め、彼女を寝かせと、なぜか大活躍だった。
因みに一番の苦労は僕に抱きつく彼女を何とか引き剥がすことだった。
後日、本人から直接話を聞くと、どうやらあの初対面から彼女は僕を好きになったらしい。
もう一度会おうとして、バイトの子に僕の容姿を伝え、何曜日に来るのか分析していたらしい。
夜も寝ずに統計を取った末の知恵熱だと、自慢げに語っていた・・・。
これが馴れ初めになるとはね。やれやれ・・・。

121 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2009/09/23(水) 12:12:09 ID:eO3xQzA5
あの日、僕は吾妻さんを寝かせた後もお粥を作ったりと世話をしてやった。
そのまま二人で夕食をとり、僕がカップラーメンを、彼女がお粥をすする。
若干薄暗い食卓で、僕らは自己紹介して、連絡先を交換しあった。
彼女の名は籠目吾妻というが、苗字が嫌いらしく、名前で呼ぶように言われた。
彼女が店主であること、両親はもう他界していること、歴史学研究者を目指して諦めたこと・・・。
僕は、自分の人生について淡々と語る彼女にいささかびっくりしてしまった。
正直、「運命」と言われたり、抱きつかれたりで面倒くさいことになったな、とも思う。
でもやっぱり可愛い子からあんな風に甘えられたら、親切したくもなるさ。年上だけど。
さすがに、僕の来る曜日や時間帯、買う本の傾向まで詳細に調べられていたあたりは怖くなったけど。
「だから、ほしい本があったら言って。君の要望にはできるだけ対処するから。だからさ、その・・・。」
「その・・・?」
吾妻さんの目元がかなり赤くなってるけど、これはもう熱のせいだと思いたい。
「その・・・、駅前とか、よその町とかいっぱいあるじゃない。その、要は他の本屋にさ。」
「はい。」
何となく、言いたいことは推測できた。でもそれってすごく面倒くさいんじゃないのか?
「要は、つまり、・・・これからなんだけど。他の本屋行かないで、うち、に、来てくれる?」
「・・・」
やはり、と思わず黙ってしまった。運命云々はマジだったのね。こういうタイプだったとは・・・。
沈黙に耐え切れなくなったのか、吾妻さんは身を乗り出して会話を続行した。
「あ、あは、あははは、や、やだ、年下相手にあたし何言っちゃってんだろ。い、今のなし。ね?
忘れちゃっていいから。ね?黙んないでよね?あは、ははは。」
自嘲してみせるが、微妙に目だけ笑えてないのが痛々しく、僕はつい乗ってしまった。
僕の悪い癖で、どんな悪い状況にもあっさり靡いてしまうのだ。
でも、いま思えばこの時ばかりは僕の太鼓持ちも悪くなかったと思う。
「年下は関係ないし、ここだけっていうわけにはいきませんけど、いいですよ。僕、今日から極力
この店をひいきにします。古本屋の中でもけっこう好きな方でしたし。」
ここだけとはいかない、と聞いた吾妻さんの目が一瞬、般若に見えた気がしたけど、後半部分を聞いて
からの反応は、驚くやら喜ぶやらメチャクチャだった。
「ほ、ほほほほ、ほんと?ホントにうちばっかり来てくれるの?じゃ、じゃあ駅前の丸山書店とか、」
「あそこは古本の割りに高いから行きません。」
「じゃあじゃあ、隣町のブック・オブとかは?ブックセンタ・さいとうとかは・・・?」
「基本、マンガ以外の古本はここだけにします。」
「マンガと新刊は違う店、行っちゃうんだ・・・?」
「ここだけっていうわけにはいきません、て言ったでしょ。でも僕、あんまり新刊買わないし。」
どこの本屋に僕が行くかで一喜一憂した末、彼女は突如、机をドン!と叩いた。
今でもよく覚えているが、目が完全に据わってたよ、アレ。


122 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2009/09/23(水) 12:18:11 ID:eO3xQzA5
「わかった!」
「な、なにがですか。びっくりさせないで下さい。」
驚いてみせると、彼女はニヘラとしてしなだれかかってきた。吐息がかかって不覚にも興奮したが、
あれが原因で後日、風邪を引いてしまったのだった。そのときもあれやこれやあったなぁ。
「えへへ。わかった。わかってしまった。」
「だから、何がわかったんですか。」
半ば呆れ顔で聞くと、彼女はまるで名探偵が犯人のミスを指摘するかのようにして、ビシッと
僕の顔を人差し指で指した。
「簡単なことだよ、ワトスンくん。私と君で新刊を買いあえばよいのだ!で、二人で読もッ。」
もちろん、読む場所はここだけだよ。と得意顔で付け足した。
あ~、今思い出しても、頭痛くなってきたよ・・・。
「・・・。まず、僕の名前はワトスンでなく、牧目修です。それと、結局他の書店で買うならわざわざ
ここで読んでも一緒じゃないですか。というかそもそも僕はあなたと・・・。」
ああ、この時、僕は空気を読みはずしていた。というか吾妻さんのキャラがまだ掴めてなかった。
吾妻さんは僕の反論を遮って再び机を叩いた、というか殴りつけた。
ドゴッ、という音が響く。拳がカタカタと震えていた。
「だだだだからね、たた確かにそうなんけどね。いいかな?いいよね。きき君が新刊はべべべ別だって
言うから、私、精一杯譲歩したんだよ?読むだけで我慢したんだよ?それでも駄目?駄目なの?」
顔は笑顔のようだけど、唇は引きつってるし、なにより目が怖すぎる。
強烈な威圧感の前に僕はあっさりと白旗をあげてしまった。
「うん、同じじゃないです。ここで読むほうがいいです。ていうか今度からなるべくここで読書すること
にするよ。ね。そうするから。吾妻さんもそうしよう。」
そういうと、彼女のわなわなしていた肩がピタリと止まった。そして一言。
「・・・ホント?」
この時の、申し訳なさそうに上目遣いで見る吾妻さんの可愛さは凶悪だった。
なんというか、例えるなら犬のパピヨンとかポメラニアンみたいな。年上なんだけど。
「ホントです。そうしましょう。」
断言すると、彼女はまたしなだれかかってきた。そしてとんでもないことをふっかけたのだ。
「ねぇねぇ。それってさ。告白と受け取っていいかな~」
「ぇぇえッ?ちょ、ちょっと待った。いつからそんな話になったんですか?あと、いつまでも引っ付かな
いで下さい!風邪がうつるじゃないですか。」
「風邪?なんならこの家で一緒に寝込んじゃおうよ。そしたら私が看病してあげるからさ。そ、れ、に。」
告白云々への反論は無視されたうえ、それに、と意味ありげに彼女は微笑んだ。
もちろん、この時点で、すでに僕はもう色々と諦めてしまった。
「・・・それに、なんですか?」
「寝込んでる君の代わりに君の家に行けば色々しらべられるしねー。統計の厚みが足りないと思ってたんだ。」
恋人なんだから、全部知り尽くすのは当然だよね。と吾妻さんはまた、ニヘラと笑うのだった。
僕が熱を出したのは小籠堂から帰宅した2日後だったが、結局、看病という名の家探しをされてしまう。
これが、僕こと牧目修と、籠目吾妻の出会いというか強行馴れ初め詳細編、です。