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325 :ぽけもん 黒 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] :2009/10/09(金) 22:24:28 ID:Fq4q3HCv
 背後にサクッという草を踏みしめた音が鳴った。
 驚き、慌てて振り向く。
 後ろは、香草さんが立っているだけだった。
「びっくりした……目が覚めてたんだね」
「その女、誰よ」
 あれえ? 相手は香草さんだし、この子はただ怪我の手当てをしただけだ。別に何もやましいことも、怖いことも無い。
 それなのに何故だろう、冷や汗が止まらないのは。
「え、ええっと、幽霊の正体」
「どういうこと?」
 急速に香草さんから放たれていた殺気が弱まるのを感じた。それに、表情に少し困惑の色が混じっている。やっぱり幽霊は怖いのか。
「彼女の超能力が原因だったんだよ。すすり泣きの声も彼女のものだったんだ。何があったのかは彼女に直接聞いてみないとよく分からないけど、多分怪我が原因で気が立ってたんじゃないかな」
 僕はそういいつつ、先ほど手当てした彼女の尻尾を指し示す。
「酷い……」
 香草さんも思わず声を漏らしたようだ。確かに、随分と痛々しい傷だ。
「……やどり」
 突然、僕のものでも、香草さんのものでも、ポポのものでもない声が聞こえてきた。
 僕と香草さんは揃ってビクリと跳ねる。
 その声の主は、どうやらヤドンの彼女のものらしかった。
 常識的に考えればそれ以外の選択肢はないんだけど、幽霊という先入観があったせいだ。
「……私……の名前……巻貝……やどり」
 彼女――やどりさんは再び口を開いてそう言った。
 随分とゆっくりとした話し方だ。消耗がそんなに激しいのか、それとも素でこれなのか。
「やどりさん? 僕は若葉ゴールド。こっちは香草チコさんで、あっちがポポ。尻尾は大丈夫?」
 どう見ても大丈夫ではないけど、他にかける言葉を思いつかない。
「……大……丈夫」
 彼女はそう言いながら、ゆっくりと起き上がる。全体的に行動にスローモーションがかかったような人だ。
 僕に襲い掛かるときはあんなに素早かったのに。
 体を起こした彼女は、相変わらず呆けたような顔で、僕をじっと眺める。
「……あり……が……とう」
「え? ……ああうんっ。ごめんね、痛くなかった?」
「……痛く……無かった。……あなた……いい人」
「い、いやいい人だなんて……」
「それで、どうしてこんなことになったのか、教えてくれる?」
 僕とやどりさんの会話に香草さんが割り込んできた。
「……そう……襲われた」
「襲われたって一体誰に?」
「……黒い服を着た……人たち」
 やはりそうか。そもそもこんな行いを働く奴らなんて限られてくる。黒い服を着た人たちとはロケット団のことだろう。
 しかし、それにしては奇妙な話だ。
「でも、尻尾以外に怪我らしい怪我してないよね」
 彼女はざっと見て、切断された尻尾を除いたらかすり傷一つ無い。
 他に傷が無いのに、尻尾のように傷を負いにくい部位だけ酷い怪我をしているというのは違和感がある。
「……ぼーっとしていたら……尻尾が切られていた……」
 ……ギャグ?
 ヤドンは皆かなり鈍いらしいけど、尻尾を切られてから気づくなんて、いくらなんでも鈍すぎる。
「その人たちは……倒したけど……怖くなって……逃げた。水の中で……傷が治るのを待っていた……」
 水中で傷が治るのを待つとかどんだけ常識がないんだこの子は!
 水中では血液は凝固しにくく、当然、血も止まりにくい。完全な自殺行為だ。
 なんというか、色々と危うい子だな。
「で……も……ゴールド……安心できる」
 彼女はそう言って、のそのそと僕に寄り添うように座りなおした。
 こんな酷い目に会ったのに人間不信にならなかったのはなによりだけど、怪我の手当てをされたからって見ず知らずの人間をこんなにすぐに信じるのも問題だと思う。
「ゴールド、こんなことしてる場合じゃないでしょ!」
 唐突に、香草さんの蔦に縛られ、立たされる。


326 :ぽけもん 黒 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] :2009/10/09(金) 22:24:50 ID:Fq4q3HCv
「先に進まないと!」
 香草さんの言うことは尤もだ。でも蔦で縛り上げて立たせるのは勘弁して欲しい。
「でも、やどりさんをこのまま放っては置けないよ」
 僕は蔦から抜け出しながら反論する。
 一応の処置はしたとはいえ、このまま彼女と別れるのは危険すぎる。檜皮村に戻るか、せめて一日様子を見るくらいはしたい。
「戻るですって? 何言ってるのよ!」
 当然、香草さんは認めてくれない。
「ポポはゴールドの言うとおりにするですよー」
 ありがとうポポ。でも僕の言うとおりには状況は動いてくれなさそうだ。
「そうだ! じゃあ古賀根市まで一緒に行くってのはどうかな? そうすれば僕たちもタイムロスにはならないし、やどりさんの心配もない。あ、もちろんやどりさんがよければ、だけど」
「……いいの?」
「いいよ」
 香草さんが何か言おうとしていたが、僕は強引にさえぎった。
 彼女が急ぐ気持ちも分かるけど、ここでやどりさんを放置して進むことなんて出来ない。
「今すぐ動くってわけにもいかないよね。ちょっと休憩しようか」
 僕がそういうと、ポポはそそくさと僕のすぐ隣に座った。
 チラと香草さんのほうを見ると、彼女は思いっきり僕を睨んでいた。
 参ったな。また嫌われちゃったよ。
 溜息をつかないようにするのもなれてきた。無意識で溜息を抑制する。
 しかし心の中では盛大な溜息をつきながら、食事の準備を始めた。

 食事を終え、荷物を片付けながらやどりさんに声をかける。
「やどりさん、歩けそう?」
「……うん。……血が止まったら……楽になった」
「それはよかった。じゃあ進もうか。ごめんね、無理させちゃって」
「無理なんて……していない。それに……謝るのは……私のほう。迷惑かけて……ごめんなさい」
「何言ってるのさ。困ったときはお互い様だよ」
 そう言って僕は立ち上がり、彼女に手を差し伸べる。
 着ぐるみのせいで、一人で立ち上がるのは大変だと判断したからだ。
 今更だけど、この着ぐるみ、邪魔じゃないのかな。
 ホントに変わった人だ。
 隣では、座ったポポが翼をパタパタと動かしていた。これは私も手を引いてほしいというアピールだろうか。
 僕がポポにも手を差し出すと、ポポはぱあっと頬を緩ませた。
 こういうことをするから、ポポの僕に対するスキンシップが過剰になっていくんだろうなあ。
 頭ではそう分かっていても、ポポが笑顔だと僕も嬉しくなってしまう。

 再び、僕たちは歩き出した。
 やどりさんの体調が心配だったけど、僕の心配に反して、彼女の足取りはしっかりしたものだった。
 むしろ僕たちの方がぎこちないくらいだ。
 彼女はこの森によく来るようだったから、当然このような悪い足場にも慣れているのだろう。
 しかし、どれだけ歩いても同じような景色ばかりだ。迷いそうになる。
 やどりさんに尋ねても、分からないという返事が返ってくるのみだ。
 彼女は古賀根市に行ったことは一度も無いそうだ。
 古賀根市は方円地方最大の都市だ。当然人も多く、皆キビキビとしている。
 彼女のようなのんびりした人が、あのようなあくせくした街に行っても、色々危ないだろう。
 そういう意味で、彼女が古賀根市に行ったことがないと聞いたとき、少し安心してしまった。
 尤も、僕のせいで始めて行く事になってしまうのだけど。
 歩いている間、やどりさんのことを色々と聞いた。
 彼女は十六歳、つまり僕の一つ上で、檜皮村の一軒家に一人で住んでいるそうだ。
 旅に出た経験は無し。去年の旅の参加は、家の維持を理由に辞退させてもらったそうだ。
 両親を事故で亡くし、そのとき彼女も大怪我をしたとのこと。本当に、怪我の多い人だ。
 余計なことを聞いてしまって、申し訳ない気分になった。
 時々寂しく思うこともあるけど、気ままにやっているから気にしなくていい、と彼女はフォローしてくれたものの。
 彼女は話すのがとても遅いため、これだけの事を聞くのに大分時間がかかってしまった。
 しかし時間がかかった割には、まだ森を抜けることが出来ていない。
 それどころか、この道は前にも通ったような気がする。
 コンパスを見ても、どうも方位が合わない。
 もしかして、幽霊騒動のごたごたで正しい道を外れてしまったのか?
 この疑問はすぐに確信へと変わった。
 少し前から木に印をつけて歩いていたのだけど、印をつけた木と再会したからだ。


327 :ぽけもん 黒 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] :2009/10/09(金) 22:25:56 ID:Fq4q3HCv

 ここでようやく話は冒頭へと戻る。
 間違いない。僕達は遭難している。
 僕は力の無い笑みを浮かべ、皆にその旨を告げた。
 ポポは不安げな表情を浮かべ、香草さんはまるでゴミを見るような目、やどりさんは相変わらずぼんやりとした表情と、反応は三者三様である。
「で、でも大丈夫だよ! 食料も水もある!」
 僕は慌てて弁明したが、香草さんは「だから?」と言わんばかりだ。
 水と食料はあって当然のもの。香草さんの反応も尤もだ。
 まさか森で遭難するなんて。まったく自分が情けない。
「とりあえず、道からは外れるけど、ここをまっすぐ進もうと思うんだ」
 僕はそういいながら、目の前の木々の間を指差す。
 この道に沿って進んでいても、グルグルと回るだけだ。
 ポケギアのGPSは鬱蒼と生い茂る木々のせいで役に立たない。
 しかし幸いにも僕はコンパスを持っていた。
 ならば多少のリスクはあるが、コンパスの方位に従って、この道を進むべきだと考えた。
 しかしそうなると心配なのはやどりさんの体力だ。
 どれだけ歩けば森を抜けるか分からない上に、もう随分無駄に歩かせてしまっている。
 心なしか顔色も悪くなっている。
 そこで僕は提案した。
「やどりさんはここに残っていて。それと誰かもう一人も。あとの一人は僕と一緒に来て欲しい。ここにタコ糸があるから、残る人はこれの一端を握っていて欲しいんだ。そうすれば僕はここに戻ってこれる」
 まさかタコ糸がなくなるくらい歩いても、道が一本も見つからないということは無いだろう。
 僕はリュックから取り出したタコ糸を眺めながらそう思う。
 三人とも、僕の提案に異論は無いようだ。
 問題はどちらがついてくるかだけど……
「ポポが行くですー!」
「……私は残るわ」
 懸念に反して、あっさりと決まった。香草さんがおとなしく残ると言うなんて珍しい。
 そういえば、かなり幽霊を怖がっていたからな。さっきの幽霊の正体はやどりさんだったけど、他に何か無いとも限らない雰囲気だ。
 香草さんの表情が暗いのはそういうことだったのか。
「じゃあこれよろしく。何かあったら強く引っ張って。出来るだけ早く戻ってくるから」
 僕が差し出したタコ糸の一端を、香草さんは無言で受け取る。
「何か無くても、二時間もしたら戻ってくるよ。じゃ、行ってきます」
「……行って……らっしゃい」
 やどりさんはゆっくりと手を振ってくれたが、香草さんは無言の上に無反応だ。
 そんな様子を奇妙に思いながらも、僕とポポは出発した。


 道の無い森の中。
 厚く張った苔に足をとられながら、ゆっくりと歩いていく。
「――で、それで……」
 ポポの元気な声が湿った森に木霊する。
 ポポはすこぶるご機嫌だ。
 香草さんがいないからかな。
 だとしたら、やっぱり問題だよな……
 そう思いつつ、二人の関係改善は内心諦めている。
 ポポは臆病すぎるし、香草さんは頑固すぎる。
 これじゃあ話し合いになるはずが無い。
 この森のように、僕の気分はどんよりと重い。

 三十分ほど歩いた頃だろうか、僕たちは大きな段差に突き当たった。
 高低差が大きく、木々のためにポポも飛べないから確かめようが無いけど、おそらく、ここが森の終わりだ。
 地図によると、段差沿い左に進んでいけば、正式な出口に突き当たることだろう。
「よし、引き返そうか」
 地図から顔を上げると、ポポに声をかけた。
 今頃、やどりさんと香草さんはどうしているだろうか。





328 :ぽけもん 黒 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] :2009/10/09(金) 22:27:17 ID:Fq4q3HCv
 ゴールドは私を置いていってしまった。
 私と一緒にいたい。二人で共に進みたい。
 そう言って欲しかったのに。
 私の中でやりきれない思いが溜まっていく。
 どうしてこんなことになってしまったんだろう。
 少し、回顧する。

 私は、孤独だった。
 同じ種族で集まって作られた里には同年代の子供は無く、街で友達を作るしかなかった。
 しかし、里の期待を一身に背負わされたせいで選民意識が肥大した私に、友達など出来るはずもなかった。
 当然だ。最初から自分と自分の仲間以外のすべてを見下してかかっている人間と、誰が友達になってくれるというのだ。
 でも、ゴールドは、私をパートナーに選んでくれた。
 誰とも話せなくて、小さくなっていた私を。
 率先して選んでくれたわけではないけど、すでに悪印象を持たれていたであろうに、それでも、私を選んでくれたのだ。
 彼は同じ種族以外で、私を拒絶しないでくれた、初めての、唯一の人間だったのだ。
 始めは、ゴールドのことも、よく知りもしないのに見下していた。
 どうせ私の種族以外の人間なんて、皆価値のないものだと思っていた。
 でも、どうしてだろう。
 彼と話していると、それだけで気持ちが高ぶった。
 彼といると、それだけで心が安らいだ。
 いつからか、彼ともっと一緒にいたい、ずっと一緒にいたいと思うようになっていた。
 今まで生きてきて、感じたことの無い想い。
 私はこの想いを、そして何よりもゴールドを、決して失いたくは無い。

 でも、私は特別じゃなかった。その彼の優しさは、誰にでも向けられるものだった。
 旅に出てすぐに、悪夢が訪れた。
 ゴールドは彼を襲った忌々しいあの鳥をパートナーにした。
 あの卑しい追いはぎを。
 彼の荷物を奪おうとしたくせに。彼を傷つけようとしたくせに。
 それなのに一体どの面下げて彼の前に立てるのだ。どうして彼に触れることが出来るのだ。あの低脳極まりない鳥が。
 私のほうが強いのに、私のほうが賢いのに、私のほうが役に立っているのに。
 それでも、彼は私だけを見てくれない。いちいちあの鳥のことを気にかける。

 ふと、夢想したことがある。
 もしあの鳥と出会わなければ、今頃どうなっていたかを。
 ゴールドが私だけを見てくれる。私だけに話しかけてくれる。敵を倒せば、私だけを褒めてくれる。
 そう、きっとそこには、素晴らしい日々があったはずなのだ。
 だけど、現実は。
 私はついさっき会ったばかりの女性と一緒に、ゴールドの帰りを暗い森の中で待っている。
 彼はあの鳥にいちいち気を割く。いや、むしろあの鳥のほうを優先している節すらある。
 それを思うと、胸が締め付けられるように痛んだ。
 彼は、少し優しすぎるのだ。

 目の前の女を見る。
 止血の知識すらない、愚鈍な馬鹿だ。しかも、コイツもゴールドを傷つけようとした。
 確かに怪我については同情した。しかし、それがゴールドと共にいていい理由にはならない。
 なぜコイツがここにいる。なぜゴールドと共にいれる。
 そう考えて、気づいた。
 コイツはこのままゴールドに寄生しはしないだろうか。
 想像して、身震いがした。
 そんなことになったら、ゴールドと話せる時間が、ただでさえ皆無に等しいゴールドと二人っきりの時間がますますなくなってしまうのではないだろうか。
 この女を排除しないと。
 脅して逃げさせる?
 ダメ、もしこの女が戻ってきてゴールドに告げ口されたら……
 ゴールドがそれを知ってどうするかなんて考えたくも無い。
 口を完全に封じ、かつ、いなくさせるには――
 答えは単純だ。


329 :ぽけもん 黒 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] :2009/10/09(金) 22:28:23 ID:Fq4q3HCv
 私は、無音で両腕の蔦を伸ばす。
 ここはあまり人が立ち入らない深い森だ。モノの隠蔽は容易い。
 私は彼女の背後から、蔦を少しずつ、音も無くスルスルと忍び寄らせていく。
 あと少し。もう少しで彼女の首にかかる。彼女を――
 そのとき、手が突然震えた。
 ゴールドがタコ糸を引いたらしい。
 私は慌てて両手の蔦を引っ込めた。

 私は、一体何をしようとしていたの?
 正気に返った頭で、先ほどまでの自分の行為を恐ろしく思った。
 ゴールドが止めてくれなければ、私は今頃……
 狂いそうになる自分を抑えるように、両腕で自分を強く抱いた。


「お待たせ、道、見つかったよ」
 合図として糸を強く数回引いた数十分後。
 僕とポポはようやく香草さんとやどりさんが待つ場所に帰ってこれた。

 ポポが中々戻りたがらないせいで結構な時間を食ってしまったけど。
「ポポ……ゴールドと二人がいいです……」
 大きな瞳一杯に涙を溜めて、上目遣いでこれを言われたときには、危うく正気を奪われそうになった。
 しかしそうは言われても、戻らないわけには行かない。
 それに、早くしないと日が暮れる。
 ただでさえ暗い森が、本当の真っ暗闇になったら、行動するどころか、留まることさえ恐怖だ。
 ポポの悲しそうな顔を見るのは心が痛んだが、ポポの願いを聞き届けるわけには行かない。

「遅かったじゃない」
 香草さんは俯きながら言った。普段なら怒っているのかと身構えるところだけど、なぜだろう、今の彼女はとても危うげで儚げに見えた。
「ごめん。地面がよくなくてさ。大目に見てよ」
 努めて軽い調子で返したが、返事は無い。
 困って頬を掻いていると、やどりさんが立ち上がってこちらに来た。
 体調を確認しようと思ってたけど、自発的に立って歩けるくらいなら心配はなさそうだ。
 やどりさんは止まらず、そのまま僕に寄り添うように抱きついた。
「な、何を……」
 僕の言葉は彼女の表情を見たところで止まった。
 幸福感に包まれた、穏やかな表情。
 彼女も、不安だったのだろうか。
 とはいえ、いつまでも抱きついているわけにもいかない。ほんの数秒抱きつかれただけで、ポポが「ポポも!」と飛びついてくることだろう。
「やどりさん、怪我は大丈夫?」
 僕は尻尾の様子を見ることを言い訳に彼女を引き剥がし、後ろを向かせた。
 包帯には血がにじんでもいない。念力を使っているのか分からないけど、血は完全に止まっているようだ。
「……問題……ない」
 そう言って再び向き直って僕に抱きつこうとするやどりさんをかわし、三人に向かって呼びかける。
「出口までいける目処が立った。出発しようか」

 ザクザクと苔を踏みつけながら森の中を行く。
 ポポがしきりに僕に話しかけてきているので会話は絶えず、雰囲気は明るい……はずなのだが。
 最後尾を俯き加減でついてくる香草さんに目を向ける。
 時々、香草さんはこのように表情が窺い知れないことがある。
 本当に彼女のことはよく分からない。しかし心配なのは心配だ。
 これも、彼女にとっては余計なお世話なのだろうか。

 僕はすぐに先ほど来た森の行き止まりに突き当たった。そこで進路を変える。
 やどりさんもまだ元気そうだし、このまま急いで森を抜けてしまおう。
 日が暮れると、こんなところには恐ろしくていられない。



330 :ぽけもん 黒 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] :2009/10/09(金) 22:28:56 ID:Fq4q3HCv
「あっ!」
 進路を変えてから数分もしないうちに、ポポが声を上げた。
「どうしたの?」
「建物が見えたです!」
 僕の目にはまだ何も見えないが、ポポは僕よりはるかに目がいい。
 少し歩を早めると、すぐに僕の目にも建物が映った。
 予想通り、そこは通行所だった。
 皆、靴や足が泥だらけだったけど、やどりさんの念力で綺麗に掃ってもらった。念力にこんな使い方も出来るなんて。まるで見えない手のようだ。そういえば、沼の中にいたにもかかわらずやどりさんがそんなに汚れていなかったのはこれのためか。
 通行所で簡単な手続きを終え、僕たちは古賀根市へ入った。
 と言っても、しばらくはただの小道。大都市の片鱗もない。
 しばらく歩くと、広い囲われた土地と、それに隣接した一軒の家が見えた。
「大きな家ですね」
 ポポが何の気なしに、感想を述べる。
 家……というより、構造的には学校のほうが近い。しかし僕が通ったような普通の学校とは似ても似つかない。ここのほうがはるかに豪華だ。
「確かアレは育て屋じゃなかったっけな」
「育て屋……です?」
 耳慣れない単語に、疑問の声を上げる。
「うん。珍しい施設でね、しばらく子供を預ければ、相応の代金と時間の変わりに、入所した子供を一流の紳士淑女に教育するって施設なんだ。方円地方にはこの一箇所しかないんだよ」
 僕の言葉を聞いて、ポポがピキッと固まった。
「その教育手腕には定評があるらしくてね。どんなことをやってるのか、トレーナーとしてはぜひ一度見てみたいなー……ん? ポポどうしたの? 顔色が真っ青だよ」
「……あ……うあ……」
「大丈夫? 体調でも悪いの? ちょっとここで休ませて貰おうか?」
「だ、だだだ大丈夫です! ポポ、元気です!」
「ホントに?」
「本当です!」
「ならいいけど、無理はしないでね」
「無理してないです!」
 ポポの様子が急変したことを疑問に思いながらも、僕たちは先に進む。

 古賀根市の中心部にある高層ビルが見える距離までくると、辺りに家々も増えてきた。
 ホケモンセンターは中心部にあるから、あそまで進まなければならない。
 歩くこと数時間、日が暮れる頃。ようやく僕たちは街の中心部に到達した。
「うわー! すごいです!」
 ポポがビルを見上げ、興奮した声を上げている。
 僕も初めてきたときにはかなり驚いたものだ。
 若葉町は四階建て以上の建物が珍しいような辺鄙な田舎町だ。
 だから初めてこんなビルを見たときには、それだけでどきどきしたものだった。
 やどりさんは相変わらずぼんやりとした表情でビルを眺めている。呆気にとられているのか、それともただぼーっとしているだけなのか。彼女の表情から思考を伺うことは難しい。
 一方香草さんは上を向くことすらせず、地面を見ていた。
 僕は見て見ぬ振りをした。

 ポケモンセンターにつくなり、やどりさんをつれてすぐに病院へと向かう。
 見た目は痛々しいが、やはりヤドンの尻尾は元々再生可能なもので、今回も再生は問題なく行われるだろう、との診断結果だった。
 やはり、見た目ほど重い怪我ではないらしい。
 森の中からここまで僕らのペースにあわせて歩いてこれたので、そうなのはうすうす分かってはいたのだけれど。
 倒れたのは一時的なショックだったらしい。
 処置も消毒して包帯を巻くだけという簡単なものだった。縫合等を行ってしまうとむしろ再生に支障をきたすのだそうだ。
 損失部位はかなり大きいのに、再生可能だというヤドンの神秘に感心しながら、僕は女医さんに礼をいい、診察室から出た。
 待合室にはポポと香草さんが待っていた。
 ポポは間違いなくやどりさんが心配だったのではなく、ただ僕を待っていただけだろう。
 待合室で騒がしくするのも迷惑だし、僕たちは速やかにあてがわれた部屋に移動した。
 自然と、というか色んな意思が働いて、僕が一人でベッドに腰掛け、香草さん、ポポ、やどりさんの三人が向かいのベッドに腰掛ける形になった。

「やどりさん、大事に至らなくてよかったね」
「……うん」
 まずは無難な第一声。本題を切り出す前の布石だ。


331 :ぽけもん 黒 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] :2009/10/09(金) 22:29:17 ID:Fq4q3HCv
 きっと香草さんやポポはパートナーでも無い人を、診察を終えても別れず、ここまでつれてきたことを疑問に思っていることだろう。
 僕は少し息を吸うと、一息にいった。
「それで、もしよかったら、やどりさんも一緒に旅をする仲間になって欲しいんだ」
 案の定、香草さんとポポの表情が驚きに変わった。一番驚くべきであるやどりさんは相変わらずの、どこか遠くを見ているような表情だ。
「な、何を言っているのよ!」
 正気? と言わんばかりに、香草さんは僕に食って掛かる。
 そのまま立ち上がり、僕ににじり寄ろうとした香草さんの動きを、ポポが翼で制した。
「契約解除する奴には関係ないことですよ。黙ってろです」
 驚いた。
 その冷たい視線ときつい言葉は、ほんの数十分前まで無邪気に微笑み、切れ間なく僕に話しかけ、笑いかけてきたポポと同一人物とは思えなかった。
 まさかポポのこんな態度を見ることになろうとは。
 この話を切り出すにあたって、様々なケースを予測したけども、これは予想の範疇外だった。
 また、恐怖と同時にまだ契約解除の話は反故にはなっていないことも思いださせられた。
 以前のポポに、こんな表情が出来ただろうか。これも成長の一つなんだろうか。それとも、最初からポポは……いや、これは今はおいておこう。
 それよりも今すべきことは、至急香草さんと話し合うことだ。
「ごめん、ちょっと香草さんと二人きりで話がしたい。ポポ、やどりさん、申し訳ないんだけど、しばらく席を外してくれないかな。……こんな話、外でするわけにもいかないし」
 不安だった。「アンタと話すことなんて何も無いわよ。さあ、役所に行きましょ。そして契約解除よ」と言われてしまえば、僕になす術はない。
 一瞬だけ目線を下げて、現在時刻を確認した。役所が閉まるまではまだ三十分以上あった。急げば書類を取ってくるくらいのことは十分に出来る時間だ。
 目線を正面に戻す。ポポの翼の影から出てきた香草さんの目は、ひたすらに無機質だった。まさに心ここにあらずといった様子だ。
 これもまた予想外だ。いや、思索を巡らしていると考えれば、この目の説明もつくか?
 一瞬の間の後、香草さんが口を開いた。
「いいわ。話し合いましょう。私達の……これからについて」
 そう言うと、彼女は神妙な面持ちで腰を下ろした。
 ポポはその様子を見、再び僕に向き直った。僕の真意を測るかのように。
 僕は、まっすぐポポを見つめ返す。
 ポポの目に、一瞬。落胆の色が混ざった。
 しかし、ポポはすごすごといった様子でおとなしく部屋から出た。やどりさんも、相変わらずぼんやりとした様子でポポの後に続く。

 そういえば、やどりさんからしてみれば、部外者の自分の目の前でいきなり意味の分からぬ険悪な光景が発生したという、ただただ唖然とするしかない状況なんだよなあ。すごく申し訳ない。
 ふと、思考の端でそんなことを思った。