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426 :そして転職へ  12 [sage] :2009/10/15(木) 00:31:05 ID:WXI0nz98
「マモノオオオオオオオオオオ!」

洞窟を抜けた先に広がる森、ダーマ神殿にあすにも到着であろうこの場所で
僕たちは魔物と戦っている。独特の雄たけびとともに鋭い爪の一撃を
ひらりとかわした僕、僕に気を取られている魔物のすきを突き
盗賊くんの不意打ちと僧侶ちゃんの幻影呪文が魔物の動きを鈍らせる。

「みんなグッジョブ!さてアタシの見せ場だね!上級雷撃呪文ライディン!」

魔法使いさんの呪文の詠唱とともに僕たちは魔物から距離を置く。次の瞬間には
巨大な稲妻が相手をミディアムに仕上げていた。

「む~調子よくないね。ほんとならウェルダンぐらいまで行ったのに…。」

十分じゃないですか?それと殺し方に美学を求めないでください。
大体、あの程度の魔物なら殺さずとも追い払えたのでは?
と、魔法使いさんに恐る恐る進言したところ

「うん。多分追い払えた。だけど駄目なんだよね~。大切な、大切な
勇者クンの体に傷をつけようとしたおバカちゃんには…フフフ。」

目が怖いよ!青というより紫に近い目が僕を見つめているので、よけいにこわ…あれ?
なんというのか…僕は少し魔法使いさんの目を観察する。
僕を見ているようで、見ていないような眼だ。焦点は僕に会っているのに
意識も僕を対象としているのに、なんだか変だ。
まるで僕を僕としてとらえていないような…。

「勇者さん。二人で何見つめ合っているのですか?」

予想はついていたが、このタイミングは僧侶ちゃんだ。
別に僕は厭らしい目的で魔法使いさんと見つめ合っていた訳ではないのに
そういう言い方をされると何だか傷つく。
だけど、今日ばかりは何かが違った。
魔法使いさんがものすごい怒ったような顔つきを僧侶ちゃんに向けたのだ。
僧侶ちゃんもその顔を見ると、何か失敗したような顔をする。
つかつかと魔法使いさんが僧侶ちゃんに近寄り、少しきつい口調で
何やら囁いた。
…いつもとは違う光景だ。これまで僧侶ちゃんは何かと魔法使いさんに
食ってかかっていったし、魔法使いさんはそれを受け流し続けていた。
ところが今はどうだろう。魔法使いさんが何事か囁くと僧侶ちゃんは神妙な
顔をする。
そういえば、ポルトガの町以降僧侶ちゃんは僕に『命令』をまったくしていない。
盗賊くんと同じく、なにやら僧侶ちゃんにも変化があったようだ。
おとなしくなったのはいいことなのかもしれないが、心の中にある
何かがざわめいているのを感じる。
―嵐の前の静けさ
そんな言葉がふっと僕の心をよぎった。
森の中を生暖かい風が吹き、ダーマ神殿の方角に走り去っていく…。



427 :そして転職へ  12 [sage] :2009/10/15(木) 00:32:06 ID:WXI0nz98
放置された小屋を見つけたのはまったくの偶然だった。蜘蛛の巣だらけの
室内に足を踏み入れると埃が舞う。けれども野宿を覚悟していた僕らには
天の施しにも等しいものだった。
この世界の森の中で野宿など自殺行為にも等しい。群れなすモンスターや
凶暴な亜人がわんさか押しかけてくるのは目に見えている。
火など焚こうものなら居場所が一発でばれてKO。応戦しても太陽が昇るまで
エンドレスバトルを繰り広げる羽目になる。
そのため、旅人は通常近くの宿屋に泊るか瞬間移動呪文で宿屋のある街に
移動するのが常だ。一日以上かかるであろうダンジョンの往来の際はキャンプを張る。
それも大がかりでしっかりとしたものだ。それにはキャラバン隊が不可欠で
専用の業者を雇うことに…。
つまり、僕たちの一行に森の野宿は不可能というわけだ。
そんな中現れた廃屋。不思議なことに野生の魔物はあまり民家を襲わない。
お約束というものらしい。
そんな訳で今日の寝床をゲットできた僕たち。中に放置されていたランプは
当然のことながら燃料が尽きていたので、自分たちのを使用した。
必要最小限の灯りの中、寝床を整える僕たち。明日にはダーマ神殿が僕らを
待っているのだ。いよいよ転職できるのだ。
呪われた運命ともおさらば。これで僕は普通の人間として人生を謳歌できる…。
僕…この旅が終わったら、普通の人生を送るんだ。

「勇者さん。」

僧侶ちゃんが声をかけてきた。

「もしよろしければ、近くに泉があるそうですので二人で出掛けませんか?」

泉…久しぶりだね。懐かしさにふと顔がゆるむ。

「うん。わかった。もうちょっとで書き終わるから待ってて。」

僕はそう言って手紙を書き終えると封を閉じて、便せんに記されている
転移呪文の印に触れる。手紙が目的の所まで転移したのを見届けると
僧侶ちゃんの方に歩んでいった。

「何のお手紙だったんですか?」

「ん?魔王討伐の秘密兵器さ。」

「もう…またはぐらかして…あ、そうでした。勇者さん、『命令』です。
私と手をつないで行ってください。」

僧侶ちゃんは僕の返事も待たず指を僕の指にからみつかせるように
手をつないだ後、寄りかかるようにして僕を促した。



428 :そして転職へ  12 [sage] :2009/10/15(木) 00:33:11 ID:WXI0nz98
「じゃあ、少し散歩に行ってきます。留守をよろしくお願いします。」

僕はそう言って魔法使いさんと、この頃様子がおかしい盗賊くんに声をかける。

「いってら~。勇者クン…物陰に押し込んで…ヤっちゃえ!」

魔法使いさんはいつも通りだが…。

「………………。」

盗賊くんは虚空を見つめてぼっとしている。魔法使いさんがそんな盗賊くんの
頭を小突くと、はっと我を取り戻したような盗賊くんは

「勇者…行ってらっしゃい。」

と、やはり昔とは違った様子。

「ほら、勇者さん。早く早く。」

どこか焦った様子の僧侶ちゃんに引っ張られながら、僕は少し心残りで
小屋を後にした。そして、その選択のツケをもうすぐ僕は支払うことになる…。


泉の水は実に住んでいた。これほどまでに明るかったのかというほど
月の光は水面を照らし、深い青を湛えた水面は幻想的に輝いている。
自然の光100パーセントの風景は、町で暮らしていたころには全く
お目にかかれなかった。
湖畔に腰をおろした僧侶ちゃんは僕を見上げると、自分の隣の地面を
ポンポンと叩く。
座ってください、という意味だろうか。
ゆっくり隣に腰掛け、二人でしばらく泉を眺め続ける。
暫くすると、空にかかった雲が月光を遮断して辺りが漆黒に染まる。
そして、雲が晴れ月光が再び僕らを照らし出した瞬間…。

僧侶ちゃんが僕を押し倒していた。

そのまま彼女の唇が僕の唇に重なる。月光にきめ細やかに映える白い
両手が、ゆっくり、そして力強く僕を抱きしめる。
そのまま僕にまたがる形となった僧侶ちゃんの眼には、銀の滴が
こぼれおちそうなくらいに輝いていた。

「愛してます。」

僕の唇から離れた彼女の唇が、言葉を紡ぐ。

「愛しています。昔から、これからもずっと愛しています。だからこれからもずっと
一緒にいてください。言葉だけじゃ足りません。抱きしめるだけでも
満たされません。私…勇者さんが欲しいんです。」

「一緒にいてください。離れないでください。私以外を見ないでください。
たまに不安になるんです。自分が自分でなくなるかのように怖いんです。
一緒にいる証をください。消えない証を私の体に刻み込んでください。
勇者さんの体に刻み込ませて下さい。…私を…私を抱いてください!」



429 :そして転職へ  12 [sage] :2009/10/15(木) 00:33:54 ID:WXI0nz98
「…何で…?何で何も言ってくれないんですか?私が軽い女に見えますか?
いいえ!私は勇者さん以外にそんなこと…そんな女じゃないんです!
何なんですかその眼…!なんでそんなに怒っているんですか!?
そんな目で見ないでください!見ないで!見ないでください!
おかしいですよ勇者さん!何で私の言うとおり私をめちゃくちゃにして
くれないんですか!?昔言いましたよね?私のことを好きにして構わないと!
…やめてください…。やめてください。やめてくださいやめてください
やめてくださいやめてやめてやめてやめろやめろやめろぉ!!
そんな目で見ないで!何で怒っているの!?意味が分からないよ!
好きな人に体を捧げて何が悪いの!?一生勇者さんのそばにいたいと
願うのは罪!?好きな人を独占したいと思うことの何がエゴなのよ!?
そんな目をしないで!やめて!勇者さんは黙って私を蹂躙して、愛して、
そばに居続けるの!なんでそれができないの!勇者さ…」

パアン!

僧侶ちゃんの身体が一瞬宙に浮き、地面に沈んだ。
彼女は何が起きたのか分からないといった様子で僕を見つめ、それから恐る恐る
自分の頬に手をあてる。
僕は僧侶ちゃんを殴った。そう、殴ったのだ。

「嘘…。」

僧侶ちゃんの顔がゆがんでいく。悔しさのあまり言葉が震えていく。

「うそ…だよね…?そんな…こんな…私たち、こんな終わり方じゃないはずですよね?
嘘…うそだよ…だってこんな…愛しているもん。だって愛しているんだもん。
なのになんで?どうして?ねえ分からないよ。助けて勇者さん。
助けてよ…たすけ…うわあああああああああああああああああああ!!!!!」



430 :そして転職へ  12 [sage] :2009/10/15(木) 00:35:17 ID:WXI0nz98
頭を抱え悲鳴を上げたのち、僧侶ちゃんはナイフを振りかざしそのまま
突っ込んできた。涙を湛えた眼は充血し大きく見開かれ、顔は苦悶の表情で
ゆがんでいる。ナイフを向けられているこっちが気の毒に思えるほど
彼女が苦しんでいるのが見とれる。

…でも駄目だ僧侶ちゃん。今はまだ耐えてくれ。

ナイフが僕の肩を掠めた。血が少し肩口を濡らす感触を感じつつ、僕は
彼女にあて身をくらわした。
倒れ込み、動かなくなる僧侶ちゃん。僕は駆け寄り無事を確認する。
どうやらうまく気絶してくれたようだ。
ほっとした矢先、背後に人の気配を感じ取り僕は振り向いた。
そして、そこにいたのは…。

「喰らえ、勇者。」

盗賊くんが月光にきらめくナイフを振り上げ、僕に向かって勢いよく
振り下ろす。
―冗談だろ?この距離とタイミングじゃ間合いをあけるなんて不可の…
月光が湖畔を照らすなか、また一人の姿が力なく地に崩れ落ちた…。



勇者一行がねぐらに決めた小屋の中は、見たこともない巨大な
魔法陣で埋め尽くされていた。
そこに佇む女性が一人、静かに目を閉じ何かを待っている。
やがて、小屋の外から誰かの足音が近づいてくると女性の顔に笑みが浮かんだ。
そのまま小屋の外に出て、女性は足音の主…盗賊くんの姿に話しかける。

「わたくしの望んだ通りに事を成し終えましたか?」

盗賊くんは何の感情も浮かんでいない顔でこくりと頷いた。

「いい子ですわ…本当に。これで、わたくしの下にあの方が再び来て下さる…。
勇者殿には気の毒な事を致しましたが、全てはわたくしたちの永久に変わらぬ
愛のために…。さあ、盗賊。最後の仕事です。勇者殿の肉体は
きちんと持ってきていただけたのでしょね?」



431 :そして転職へ  12 [sage] :2009/10/15(木) 00:37:54 ID:WXI0nz98
この時、始めてうっすらと笑みを浮かべた盗賊くんは左手を女性の方に翳すと…。
盗賊くんの手から紫の稲妻が飛び出すのと、異変に気づいた女性が呪文防御を
唱えるのはほぼ同時だった。
稲妻の直撃こそ免れたものの、完全に不意を突かれた女性は反動で
後ろに吹き飛ばされる。
体制を立て直す彼女。その頬にうっすら血がにじんだ。

「どういうこと…?何故盗賊風情が闇の呪文を…まさか!?でも、そんな…。」

「気づいたみたいだな。」

盗賊くんは女性をまっすぐ見据え、不敵に笑った。
そして盗賊くんは目を閉じて何やら唱える。白い煙が辺りを包み込み、
盗賊くんがさっきまでいた場所に立っていたのは…。

「勇者殿…どうして?」

「変身呪文モシャス。当然知っているよね?」

「馬鹿な。変身呪文は魔法使いなど一部の者しか使えぬ高度な呪文。
いくら勇者とはいえそうそう扱えるわけが…。」

勇者…つまり僕は懐をごそごそと弄り、一本の汚い棒を取り出した。

「僕の父オルデガが僕に渡した切り札…『変化の杖』だ。
これさえあれば、僕は変身呪文が使える。」

女性の顔に動揺の色が浮かぶ。僕は追及の手を緩めなかった。
こいつだけは許さない。僕の眼に鋭い光が浮かぶ。
知っている人がいたら多分こういっただろう。
本当に、父親そっくりの眼の光だと。

「長きにわたる茶番劇もどうやらここでおしまいのようですね。さあ、
僕や盗賊くん、そして僧侶ちゃんを陥れた罪の報いを受けろ!」

僕は左手をまっすぐ女性の方に翳しながら、きっぱりと言い放った。

「魔法使いさん…いや、竜王事件の新犯人…ローラ姫!!」



432 :そして転職へ  12 [sage] :2009/10/15(木) 00:38:50 ID:WXI0nz98

時が、再び流れ始めた。
無言の魔法使いさんは落ち着きを取り戻したらしく、笑みすら浮かべている。

「…否定はできないですよね。あなたは成長剤か何かで実際よりも
大人に変身し、周りの目を欺いて僕らの仲間に加わった。
そして、何かの目的のために今日狂った作戦を実行したんでしょう?
何かの呪文で僧侶ちゃんや盗賊くんを操って!その小屋の中…
おそらくそこにあなたの目的の鍵があるんじゃないですか?
例えば…禁術の魔法陣とか。」

「正解ですわ、勇者殿。」

今度は魔法使いさん…もといローラ姫が不敵に笑う番だった。

「わたくしの事はお聞きしていますでしょう?わたくしは三年前、
あなたのお父様によって大切な殿方を私の手から奪われました。
そして、あの方は逝ってしまわれた…わたくしを独り遺して…。」

「でも、私はあきらめませんでした。この世にもう一度あの方を呼び戻す…。
そこで目をつけたのは、どことなくあの方と似ているあなたの肉体そして、
魔界にひそかに潜入して見つけた禁術文章『ミチザネレポート』…
その中に記されていた『雷撃呪文の脳内連続刺激による記憶の完全移植』です。
あなたの肉体にあの方の全ての記憶を上書きし、さらにはわたくしのことを
愛してやまず離れられないように記憶を作り変える…素晴らしい
案だと思いませんこと?」

僕の背中を嫌な汗が流れおちる。
狂っている…。
僕の驚いた顔を見て饒舌になったのだろうか。ローラ姫はさらに話を続けた。

「この計画にはわたくしの思い通りに動く手足と、この術のモルモットとなって
頂く人材が必要でした。あの僧侶と盗賊は実に良い下僕であり、実験材料でしたわ。
あなたが旅立つため王宮に向かった時、私はひそかに僧侶をさらい、
呪文のテストを行いました。まだ術もそんなに完成しておらず、私の人格の
ほんの一部分…つまり、愛する人に対する執着心をコピーするだけで
当時は精一杯でした。その時の記憶も消したと思いましたが、深層心理の
どこかで私のことは覚えていたのでしょうね…。
ああ、あと酒場に火をつけたのは彼女の仕業ですよ。私の執着心がコピー
された直後の彼女の人格は不安定なものになりますから、勇者殿との
二人だけの旅を諦められなくて、仲間集めを放火により封じるといった
短絡的な行動に出たのでしょうね。」



433 :そして転職へ  12 [sage] :2009/10/15(木) 00:40:54 ID:WXI0nz98
体中が熱い。血液が逆流しそうだ。怒りでもはや言葉もない。
よくも僧侶ちゃんを…。
同時に、彼女のこの旅での変化の理由が分かった。二重人格といってもいいほどの
いつもの僧侶ちゃんと怒った時の僧侶ちゃん。こいつが元凶だったのか。

「その後、わたくしの術は次のステップ…術の対象者の意志に反する命令の
実行にまで行き着き、ポルトガ行きの船に乗る前の森であの盗賊を襲撃。
わたくしの命令を忠実に実行する人形になるように脳に刺激を与え続けました。
最初の方は抵抗が激しかったものの、時間がたつにつれすぐに忠実になり、
ポルトガにつくころには余計な事を考えぬ僕に…。」

なにがおもしろいのか、くすくすと笑う姫君。
高貴さが見え隠れするその一挙一動が忌々しいものに感じられる。

「ポルトガで勇者殿と別れたわたくしと盗賊はその後僧侶を抑え込み
術をかけることに成功いたしました。今晩には、私の魔法陣布陣までの
時間稼ぎをお願いしていたのですが…どうやら成功したみたいですね。
盗賊による襲撃は失敗したようですが…。」

あの時盗賊くんの攻撃を避けるには、彼女を攻撃するしかなかった。
以前僕には剣は必要ないとどこかで語ったが、それは闇の力に頼るだけではない。
僕は実は徒手空拳の使い手だ。素手の一撃にさえ殺傷力が籠っているほどに鍛えてある。
仮にもオルデガの息子だ。拳一つで魔物を葬れないようでは勇者は名乗れない。

「そして…今からあなたにかける術式が私の最大の禁術『完全記憶移植』です。
さあ、さようなら勇者殿。そして…わたくしの下に戻ってきてください、竜王!」

美しい顔に恍惚の表情を浮かべながら、魔力をみなぎらせるローラ姫。
数々の勇者を葬ってきた美しき呪文の使い手が僕の前に立ちふさがる。
そんな中、僕はさっきの僧侶ちゃんのことを思い出していた。
僕に見せた涙、交わした唇、愛しているという叫び…
何をとっても、どれをとっても嘘いつわりになんて見えなかった。
時間稼ぎが目的じゃない。あれは多分、彼女の心からの叫び。
だからこそ、許せない。
次の瞬間、僕の左手から今までにない規模の稲妻が放たれた。