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553 :少年 松田 悠里の場合② [sage] :2009/10/21(水) 14:16:58 ID:dRECwhM8
俺はあの日、奈緒輝を抱いた。
だって、仕方ないだろう? 奈緒輝のやつ、あの時のあいつと同じ笑顔を見せるんだ。抱かないと、奈緒輝がいなくなってしまいそうで、怖かったんだ。
最低だよ、俺は。

奈緒輝はベッドの上で悶えながら何かを言いたそうにしてる。俺は聞きたくないから、キスをして無理矢理口を塞いだ。
初めて触れる奈緒輝の唇の感触は…残念ながら憶えていない。

それ以来、俺は何度も奈緒輝と交じりあった。夏休みのほとんどは、奈緒輝との逢瀬によって費やされた。けど、ベッドの中で俺を支配していたのは、凄まじい
までの空虚さだった。
夏休みなんざあっという間に終わり、気付けば9月。若干肌寒い気候になっていた。そんなある日のことだ。俺が美弥子と再会したのは。

昼飯を済まし、自室でただぼうっとしていると、呼び鈴が鳴った。誰だろう?
奈緒輝なら、必ず来る前にメールをしてくるはず。…新聞の勧誘だろうか。
俺は窓からこっそりと訪問者の姿を見てみた。

馬鹿な。あれはまさか…美弥子!?

すぐさま玄関にかけ、扉を開けた。そこにいたのは、間違いなく美弥子だった。

「久しぶりね、悠里」
「美弥子…治ったのか!? 面会謝絶になるくらい酷い傷だったって…」
「面会謝絶? ああ、どうりであんた一回も見舞いに来なかったわけだ。大方、頼人にでも吹き込まれたんでしょ? 私はもう、ぴんぴんしてるわよ」

予期せぬ来客に、俺は驚きを隠せなかった。すると美弥子は、ふっと微笑んでこう提案した。

「久しぶりに、公園にでも行かない?」

そうして言われるままに、俺は近所の公園に来ていた。俺たち二人は、ベンチに座って話をする。

「懐かしいわね。昔はよく、あんたとこうしてくっだらない話をよくしたもんだわ」
「ああ。…お前とこうしてまた話せるなんて、俺は思ってなかった」


554 :少年 松田 悠里の場合② [sage] :2009/10/21(水) 14:18:32 ID:dRECwhM8
美弥子は一呼吸おいて、言った。

「…ごめんね。」
「―――え?」
「この3年間、悠里がどうしてるか心配だった。…頼人から聞いたわよ。あんた、女の子に告白されたんですって? でも、あんたはあの時のことを思い出して、告白を断った、って」
「頼人と…会ったのか?」
「ああ、知らなかったのね。私たち、付き合ってるの。一緒に暮らしてるのよ」
「――――えぇ!?」
「…だから、もうあんたが気にする必要はないのよ。私には頼人がいるし。それに…喧嘩別れしたままじゃ、お互い気分悪いでしょ?」
「俺を…許してくれるのか?」
「許すとか許さないとか…そういうことじゃないわよ。悠里は、ずっと私を守ってくれた。あの時私があんな真似したのは、私自身があんたのこと信じることができなかっただけ。
…弱かっただけなのよ。だからもういいのよ…ありがとう、悠里」

その言葉を聞いて、ようやく俺の心は枷がはずされたような気がした。…不覚にも、泣いてしまった。

「こっちこそ…ありがとな、美弥子」

それから俺たちは、他愛ない話をしながら俺の家に向かっていた。美弥子の話によると、頼人は株で儲けるだけに留まらず、高校卒業と同時に企業を立ち上げる気でいるらしい。
やっぱあいつ、俺らより10歳は年上なんじゃねぇの? と、二人して腹の底から笑った。こんな風に笑ったのは、本当に久し振りだよ。笑うのって、気持ちいいんだな。

その時、俺を呼ぶ声がした。


555 :少年 松田 悠里の場合② [sage] :2009/10/21(水) 14:20:39 ID:dRECwhM8
「―――悠里。その女の人、誰なの?」

奈緒輝だ。ああ、紹介するよ、こいつは…と言いかけたが、ためらった。
どう説明すればいいんだ? 俺と美弥子の関係を。けど奈緒輝は答えを待たずに、続けた。

「誰でもいいや。だってこうすればいいんだから」

刹那、下腹部に鈍い痛みが走った。―――奈緒輝が、俺をナイフで刺したのだ。

「私もすぐそばに行くから。ずっと一緒だよ、悠里。…愛してるわ」

言うと奈緒輝はナイフを引き抜いた。ぐちゅり、と生々しい音がした。血がどんどん溢れてくる。あまりの痛さに、意識が飛んでしまいそうだ。
奈緒輝は、笑っていた。瞳は輝きを失い、今にも壊れそうな笑顔だ。
俺は…奈緒輝をここまで追い詰めてしまっていたのか。済まない頼人、お前は忠告してくれてたのに…また同じことをしちまったみたいだ。

だから…伝えなきゃ。

「…俺も、奈緒輝のこと愛してるよ」

俺の意識は、そこで途切れた。


556 :少年 松田 悠里の場合② [sage] :2009/10/21(水) 14:22:21 ID:dRECwhM8
悠里が奈緒輝に刺されてからおよそ半日が経過した。
ナイフによる傷は幸いなことに急所をそれており、病院に搬送されてからの緊急手術で一命をとりとめた。
奈緒輝は、悠里を刺したことで…正確にはそのあと悠里が放った一言により半ば錯乱し、何度も自害を試みては、頼人たちに止められた。
医師に鎮静剤を投与され現在は眠りに就いているが、今もうわごとで悠里の名を呟いている。

奈緒輝は眠りから醒めてから、ずっと悠里に寄り添っては狂ったようにごめんなさいと呟いていた。
さしもの頼人もその姿には驚愕…というよりは狼狽したが、奈緒輝の視界にはもはや悠里しか映っておらず、悠里の心音、吐息、声以外聞こえていないようだった。
悠里の意識が戻ったのは事件から二日後。真っ先にそれに気付いたのは、もちろん奈緒輝だ。すぐさまナースコールを押すと悠里に抱きつき、許しを乞うた。

「ごめんなさい悠里…ごめんなさいごめんなさいごめんなさい――――」

悠里は突然の展開に混乱したが瞬時に記憶を呼び覚まし、状況を把握した。ここは病院。俺は奈緒輝に刺され、恐らく手術ののち入院―――

悠里はぽん、と奈緒輝の頭に手を置き、さらさらと撫でて言った。

「いいんだよ。元はといえば素直にならなかった俺が悪いんだし…それに、謝るのは俺の方だ。」
「………?」
「お前の気持ち、すごく嬉しかった。でも…怖かった。あいつみたく、お前のことも傷つけちまうんじゃないかって。結局、お前はこんなにも傷ついたってのに、馬鹿だよな、俺は。」

悠里は奈緒輝に、己の過ち全てを話した。
美弥子という、昔の友人を助けようとして、逆に自殺をさせるほど精神を追い詰めてしまったこと。命はとりとめたものの、ショックで人形のようになってしまったこと。
そして…その美弥子と先日、三年ぶりに再会したこと。奈緒輝が見た"知らない女"とは美弥子のことだったのだ。
悠里は美弥子との再会で心の枷を解くことができ、美弥子もまた悠里が息災でいて安堵を得ることができた。その矢先にこの有り様なのだが。

悠里は奈緒輝の両肩に手をおき、自分の方へ向き直らせ、言う。

「改めて…奈緒輝、お前が好きだ。今からでも間に合うかな?」

奈緒輝は目を丸くしたが、悠里の言葉の意味を咀嚼しきると涙腺が弛み、涙が溢れ出した。

「…うん。私、ずっと悠里のこと好きだよ。」

悠里は思った。これですべて解決したと。奈緒輝と幸せな日々を送ることができる、と。そしてそれは実際叶ったのだが。
永くは続かなかった。


557 :少年 松田 悠里の場合② [sage] :2009/10/21(水) 14:22:54 ID:dRECwhM8
二ヶ月後。とうに退院した俺は、平和な日常を過ごしていた。奈緒輝とは晴れて彼氏彼女の関係になり、それはもう周りが羨むくらいいちゃいちゃしてた…ってわけではなく。あくまで学校では慎み、いちゃいちゃは放課後から、というのが俺たちのルールだった。
そしてそんなある日のこと、とある事件が起きた。

「靴箱に手紙って…本当にあるんだな。」

そう。放課後、靴に履き替えようとしたら一通の小綺麗な手紙が入っていたのだ。大事なことだから二回言った。内容は、

【松田 悠里先輩へ

 どうしても伝えたいことがあります。放課後、屋上まで来ていただけませんか?

 藤代 樹】

樹…? なんて読むんだ?まさか"き"さんじゃあるまいし。

「あら、悠里それ…手紙ね。」

隣にいた奈緒輝が反応した。ちょうどいいので、奈緒輝に読み方を訊いてみることにした。奈緒輝は理系だが、妙に漢字に詳しいのだ。曰く、現文のテストは漢字さえできれば赤点はない、と。

「ああ。奈緒輝、これなんて読むんだ?」
「これはね…人名なら"いつき"って読むはずよ。」
「さんきゅ。」

なるほど。"いつき"さんねぇ…一体何の用なんだか。
「いいえ。ところで、何て書いてあったの。」

奈緒輝が尋ねてきた。心なしか、いつもより声のトーンが低い気がする。だが俺は特に意に介することもなく。

「さあ。ただ、放課後屋上に来てくれってだけ。」と答えた。

「……………そう。ねえ悠里?」
「どした奈緒輝。」


558 :少年 松田 悠里の場合② [sage] :2009/10/21(水) 14:24:01 ID:dRECwhM8
すると奈緒輝は人目も憚らず深く口づけをしてきた。舌を絡ませ、唾液を交換し、歯を舐める。なんか、いつもと違う。奈緒輝が"らしく"ない。

「………ぷは。」

満足したのか、奈緒輝が唇を離す。唾液が糸引いて、艶かしい。と、俺が奈緒輝に見とれていると。

「行ってきなよ。………信じてるから。」と言った。


奈緒輝は不安になったのだろうか。馬鹿な俺にも、あれがラブレターだってことくらい察しがつく。でも心配ないさ。俺には、奈緒輝がいればそれでいい。いつきさんには悪いが、丁重に断らせてもらう。そうして俺は屋上へのドアを開けた。
待っていたのは、きれいなロングの金髪をなびかせた少女だった。眼鏡と、真一文字に結ばれた唇は寡黙さを物語る。元気印の奈緒輝とは、対局の位置にいそう。それが俺の感想だ。

「君が、藤代 いつきさん?」
「……はい。」

いつきさんの声はか細く、しかし透き通るようだ。小さいが、何を言っているかは十分伝わる。

「あの…私、悠里先輩のこと…好き、です…」

やはり。予想はしていたが、愛の告白が待っていた。けれど、俺の答えは決まっている。

「ごめん。俺、彼女がいるんだ。だから――っ!?」俺の言葉は、強引に遮られた。遮ったのは、いつきさんの唇だ。ぎこちなく、ただ啄むようなキスで俺の口を塞ぐ。


559 :少年 松田 悠里の場合② [sage] :2009/10/21(水) 14:25:04 ID:dRECwhM8
「…っはぁ、なんのつもりだ!?」いつきさんをなんとか引き離し、問い詰める。対していつきさんは、信じられないことを口にした。

「先輩に彼女がいること知ってます。でも!一番じゃなくてもいいんです!私を…先輩のものにして下さい!」

ああ、またなのか。この娘も、こんなにも俺を思ってくれている。…けれど、当然イエスなどと言えるわけない。ましてこんな望み、聞けるわけない。

「ごめん。」そのひとことを聞くと、いつきさんの顔は青ざめた。けれど…

「…わかりました。」と言って引き下がった。

―――――――

いつきさんが立ち去るのとすれ違いに、今度は奈緒輝が屋上にやってきた。

「少し…寒いね。」

そう言って奈緒輝は俺に寄り添う。もうじき12月、コートが恋しくなる時期に制服だけでは確かに寒い。けれど、奈緒輝がいれば暖かい。それはお互い同じ思いだろう。

「…ねえ悠里。」奈緒輝は少し躊躇いがちに口を開く。
「さっきの娘…キス、してたよね。」

その言葉に俺は、背筋に冷たいものを覚える。

「…無理矢理、不意打ちだよ。安心しろ、俺には奈緒輝だけだから。」
「本当に? 私の傍からいなくならない?」
「…? ああ。」

奈緒輝はすがりつくように、或いは祈るようにキスを求めてくる。
思えば、このときの奈緒輝の様子はどこかおかしかった。けれど、この冬の寒空の中でも奈緒輝の体温が心地よかったので。
気付かないふりをしていた。そして俺は再び道を踏み外すことになる。


560 :少年 松田 悠里の場合② [sage] :2009/10/21(水) 14:25:35 ID:dRECwhM8
翌日、藤代 樹が事故に遭ったと頼人から聞かされた。

頼人は相も変わらず勘が鋭く、それだけでなく妙に情報通で、昨日の下駄箱の手紙の主まで把握していた。だから朝イチで藤代の事故のことを俺に伝えたのだ。
ちなみに情報を集めている理由は…俺たちに万一のことが起きないようにだそうだ。

「悠里、友人として忠告しておく。…奈緒輝くんに気を付けろ。」
「気を付けろ? 奈緒輝が俺に何かするのか?」
「…分からない。けれど、なるべく傍にいろ。」

頼人の言葉の真意は測りかねるが、とりあえず心にしまっておくことにした。

放課後。俺は藤代の見舞いに行くことにした。奈緒輝にも声をかけたが、

「あの娘は悠里のことが好きなんだから、私が行ったら気まずいでしょ?」と断られてしまった。
まあ、奈緒輝とは見舞いのあと病院近くのマックで待ち合わせる約束をしといた。

病室。ネームプレートには藤代の名前しか書かれていない。俺は三回ノック(たしか二回はトイレだったな)をして、中に入った。
藤代はベッドの上で上半身を起こした体勢で、俯いていた。包帯の巻かれた顔だけは、窓側を向いている。

「樹さん…具合、どうだ?」

俺は重苦しい空気の中、なんとか声を絞り出した。呼び方を、名字から名前に変えて。けれど、返事はない。

「怪我はどのくらいだったんだ?」
「いつ頃出てこれそうなんだ?」
「無事で良かった。」

いろいろ声をかけてみるが、やはり返事はない。…まるで、あの時の美弥子のようだ。
と、ふいに藤代が口を開いた。


561 :少年 松田 悠里の場合② [sage] :2009/10/21(水) 14:26:07 ID:dRECwhM8
「…顔に傷が残るって、言われたんです。」
「…え?」
「一生消えない、醜い傷が! 残るんです!」
「そんなもの、俺は―――」

気にしない、と言いかけて、やめた。
俺が気にしないからって、だからなんだ。俺はこの娘の気持ちに応えなかった。奈緒輝だけを選んだ。だから…

「もう…帰って下さい。」

俺は何も言えなかった。

病室を出て、スライド式ドアを閉める。中から、すすり泣くような声がする。俺は、逃げるようにその場を後にした。

奈緒輝を家まで送り届けた俺は、まっすぐ自宅へと戻った。何をするにも気分が優れず、とりあえずシャワーを浴びた後はベッドに身を投げ、ぼうっとしていた。
一時間くらい経ったころだろうか。玄関の呼び鈴が鳴ったのは。奈緒輝か? 俺は重い体を起こし、玄関に向かった。そこにいたのは…

「やっほー悠里、元気…そうじゃないわね。」

美弥子だった。


562 :少年 松田 悠里の場合② [sage] :2009/10/21(水) 14:26:38 ID:dRECwhM8
「どうしたんだ、いきなり?」
「や、ちょっとあんたの様子が気になってね。」
「そうか…まあ上がれよ。外寒いだろ? 今カップスープでも淹れてやっから。」
「さーんきゅ。じゃお邪魔しまーす。」

美弥子はリビングの椅子に腰掛け、足をぶらぶらさせている。俺は電子ポッドの湯で二人ぶんのカップスープを作り、片方を美弥子に差し出した。

「はぁ…やっぱ冬にはコレよねぇ。んで悠里。」
「うん?」
「頼人から聞いたわよ…昨日今日と、いろいろ大変ね。」
「ああ。結局俺は…三年前から何も変わっちゃいないのかな?」
「そうね。あんたは三年前から…優しいまんまよ。だから悠里。」

美弥子は空になったカップを置き、言った。

「あんまり自分を責めちゃだめよ。あんたは十分、頑張ってるんだから。」


それから他愛ない話をすること小一時間。さすがに空も暗くなってきたので美弥子を帰すことにした。家まで送ろうかと思ったが、

「ガキじゃないんだし、一人で帰れるわよ。あんたはおとなしく寝てなさい。」

と断られてしまった。けれど俺は後悔することになる。あの時、無理にでも送っていけば或いは、違う結末が待っていたかもしれない、と。


563 :少年 松田 悠里の場合② [sage] :2009/10/21(水) 14:27:48 ID:dRECwhM8
美弥子を見送った俺はカップを片付けるべく、再びリビングに戻る。と、机の上に小さな箱が置いてあるのを見つけた。美弥子の忘れ物か? 俺はそれを美弥子に届けてやることにした。

「う~…さぶっ。さっさと届けて帰ろ。」

美弥子の家の方角へ自転車を走らせる。この時期、手袋なしでは正直手が冷たくて仕方ない。しばらく自転車を飛ばしてると、人影が見えてきた。美弥子か? いや、違う。あれは…奈緒輝?

「よう奈緒輝。こんなとこで何…を…?」俺は奈緒輝の姿を見て絶句してしまった。

赤い。奈緒輝の服は"何か"で赤く染まっていた。嫌な思考が脳内をめぐる。寒いのに、冷や汗をかいてしまう。

「あ、悠里だぁ…」

奈緒輝は俺の姿を見るや、ぱあっと微笑みかけてきた。まるで、四つ葉のクローバーを見つけた子供のように。
しかしその手に握られていたのは断じてクローバーなどではなく…一本のナイフだった。恐らく、あの時俺を刺したのと同じ物だ。
そして"赤"の正体は…

「おい奈緒輝…一体何を?」
「ねえ、私ね…いいこと思いついたの!」

奈緒輝は嬉々として語り続ける。

「悠里に他の女の子が近づくたびに、私ね…すごく不安になるの。ほら、悠里って優しいじゃない? だから泣き落としとかされちゃったら断れないと思うんだよね?
 だからさ、そうなる前にこうしちゃえば安心だよね? あはははっ!」

赤の正体は、横たわる美弥子の血だった。


564 :少年 松田 悠里の場合② [sage] :2009/10/21(水) 14:28:20 ID:dRECwhM8
「大丈夫だよ悠里。私がちゃんと悠里のこと守ってあげるから。悠里に近づく邪魔者はみーんなこうしてあげる。」
「奈緒輝っ…お前、そこまで…」

…もう奈緒輝は正気じゃなかった。でも俺は気付いている。なんの前触れもなかったわけじゃない。あの日、俺を刺したときに奈緒輝の心はひびが入ってしまっていたのだ。
そしてそれは治ることはなく、俺はそれに気付かないふりをしていたんだ。

「…ぅ……ゅぅ…り…」

か細い声が俺の名を呼んだ。…美弥子だ。まだ息があるということか。しかし…

「奈緒輝…来い!」

俺は血塗られた奈緒輝の手をとり、駆け出した。否、逃げ出したんだ。


ひとまず、人目につかないように俺の家まで連れてきて、すぐに奈緒輝をシャワーへ入れた。血に汚れた衣服は全て物置部屋に隠し、代わりに俺の服を脱衣所に置いておく。
俺は貯金をありったけ用意した。その額20万円、預金口座の金も合わせれば軽く500万は行くだろう。当たり前だ。両親がとっといてくれた、俺の大学資金なんだから。
それと、最低限必要な荷物を鞄に詰め込んだ。
ふと、ポケットの中の小箱に気付いた。美弥子が忘れていったものだ。
恐る恐る箱の中を開けてみる。中身は、8ギガバイトのメモリースティックと、手紙だった。

【悠里へ。誕生日おめでとう。

 頼人から聞いたわよ。あんた、相変わらず昔からゲームか音楽聴いてるかのどっちかなんですってね。
 まあいいわ。8ギガもあるんだから好きに使いなさい。無くしたりしたら、承知しないんだからね!

 これからもよろしくね。美弥子】

忘れていた。今日は俺の、17歳の誕生日だったのだ。メモリースティックは、美弥子からのプレゼントだっだ。わざわざ頼人に、俺が何を欲しがっているかリサーチまでしたようだ。忘れ物なんかじゃ、なかったんだ。

「う…っ、あああっ…! 美弥子ぉ…!」


565 :少年 松田 悠里の場合② [sage] :2009/10/21(水) 14:29:15 ID:dRECwhM8
涙が止まらなくなった。美弥子を見殺しにした罪悪感。最期に美弥子が残してくれた優しさ。その二つが相まって、感情を爆発させた。

がちゃ、とドアが開く。奈緒輝がシャワーから上がったのだろう。俺が泣いているのに気付くと、後ろから優しくふわりと抱きついてきた。シャンプーの香りが、鼻孔をくすぐる。

「怖くないよ、私がいるじゃない。私、ずーっと悠里のそばにいるからね。」

その言葉は暖かく、純粋で、しかしどこまでも残酷だった。今の奈緒輝には罪の概念などない。ただ"俺のために"手を血に染めたのだ。
そして俺も、美弥子を見殺しにした。俺たち、人殺しカップルだな。…ったく、笑えねえよ。
俺は最初、二人でどこまでも逃げる気でいた。金と時間が許す限り精一杯逃げて、あわよくばどっかの田舎で落ち着こうと。けれど、そんな考えは綺麗に失せた。
永遠に傍にいよう。愛する人の傍に。

俺たちは、そのままベッドの上で交わりあった。避妊具なんて無粋なものはいらない。ただ純粋に、もしくは狂ったように互いを求めあった。
これが最後。口にしなくても、奈緒輝もわかっているみたいだった。


566 :少年 松田 悠里の場合② [sage] :2009/10/21(水) 14:30:23 ID:dRECwhM8
限界まで果てた奈緒輝は、俺の胸元に顔を埋めて深く眠った。そして俺は奈緒輝の細い首に両手を重ね、ゆっくりと締め上げる。

「ごめんな奈緒輝…俺のせいでいっぱいお前の事苦しめた。これで最後だから…すぐに俺も行くよ。…愛してるよ、奈緒輝。」

ぎりぎり、と音がする。奈緒輝の顔は青ざめている。苦しさに目を醒ました奈緒輝、けれど表情は穏やかだ。
奈緒輝の口が動く。酸素は断たれているから声は出ない。けれど何て言っているかはわかった気がした。

「ありがとう」と。そう言った気がした。
そして奈緒輝は、事切れた。

次は俺の番だ。…できれば奈緒輝の手にかかって死にたかったが、これ以上罪を重ねさせるわけには行かなかった。だから俺は先に奈緒輝を手にかけ、自らの手で幕を引くことにした。
奈緒輝のナイフを握る。先ほど、血の汚れをきれいに落としたが、結局血に濡れる羽目になっちまうな。…まあいい。あまり奈緒輝を待たせたくはないからな。

俺は深呼吸をし、それから一気に自らの首を掻き切った。
視界が赤に染まる。息ができず、ひゅうひゅうとショボい音がする。だんだんと血からが抜けてきて、寒気と激痛だけが俺の体を支配する。
薄れゆく意識の中で、奈緒輝の声が聞こえた気がした。いや、きっと気のせいなんかじゃあないさ。待ってろ奈緒輝、今行くから。

じゃあな、頼人。色々とありがとうな。

そして意識は、永遠に途切れた。