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676 :熱くなれよ! [sage] :2009/11/04(水) 21:30:50 ID:YsHUAIrl
 私は恋をしている。
 相手は私の所属するテニス部の先輩。
 長身で、ルックスが良くて、女の子なら誰もが憧れる男性。
 その先輩に一目惚れをして、テニス部に入ったのだ。

 私には凄く勇気が要ることだった。
 私は人見知りも激しいし、運動も苦手だ。しかも高校入学から既に大分経って、もう新規入部する者は一人もいない時期だった。
 それでも恋の炎に突き動かされて、勇気を出して入部し、可能な限り先輩に近づくための努力をした。
 それでやっと先輩と話せる程度の仲になり、遂に告白した。
 OKを貰い、最初のデートで肉体関係を持った。
 悲願を私は叶えたのだ。

 だが、幸せはほんの少ししか続かなかった。
 先輩は他のかわいくて有名な女の子とも肉体関係を持っていたのだ。
 私は何度もあの泥棒猫と別れるようにお願いをした。
 何度も電話を掛けた。後を尾けた。
 しかし先輩は聞く耳を持たず、しまいにはお前みたいな重い女と付き合うんじゃなかったとまで言われ、話もしてくれなくなった。
 残された方法はたった一つ。あの雌犬を殺すしかない。
 でも――――。
 それが出来なかった。
 何度やろうとしても体が動かなかった。それを繰り返す内、遂に結論に行き着いてしまった。
 
 諦めよう。
 そうだ。
 もう私には無理なんだ。
 私には。

 私は部員が既に帰ったテニスコートの中で一人体育座りをし、ひたすら泣いていた。
 そして全てを諦めようとしたその時だった。

『諦めんなよ』

 え?
 どこからか声が聞こえた。それも頭の中に直接語りかけられるような不思議な聞こえ方だ。
 私は顔を上げた。
『どうしてそこで止めるんだ、そこで! もう少し頑張ってみろよ。駄目駄目駄目駄目諦めたら!』
 そこにいたのは半透明の男だった。
 幽霊のように背景の景色がその男の体を透けて見えていた。
「…………」
 普通なら戦慄すべき状況だろう。が、私は恐怖をさほど感じなかった。
 驚かなかったわけではない。ただ恐怖をかき消す程、その男は何というかハイテンションで――やけに暑苦しいのだ。


677 :熱くなれよ! [sage] :2009/11/04(水) 21:31:37 ID:YsHUAIrl
 年は四十歳代くらいなのだろうか。よく見るとテニスプレイヤーなのか、テニスルック姿をしている。そして、異性交遊という不純な理由でテニスをしているような輩とは全く違う、体育会系スポーツ馬鹿のステレオタイプのような汗臭い空気を醸し出していた。
 私は聞いたことないが、もしかしてこのテニス部には無念の死を遂げた熱血コーチとかが居たのだろうか。

 私は恐る恐る幽霊に聞いた。
「あの。あなた、一体誰ですか?」
『俺かい!? 俺はね、テニスの神様だよ! テニスの一流プレイヤーにして、現在は指導者だ! 今日は悩んでいる君の事を応援するために来たんだ! だから君にだけは俺の姿が見えるんだ!』
 テニスの神様――――なるほど。
 何故か納得がいった。確かにまるでオリンピック選手のような貫禄を感じさせる所があり、どこかで見たことがある気がする。案外すごい人なのかもしれない。だが、しかし――――。
「あの、テニスの神様さん。」
『なんだい!?』
「私の悩みはテニスじゃなくて、恋愛なんですけど……。あなたじゃ役に立たないと……。」
 私は冷静な突っ込みを入れて、勝手に燃え上がる炎に冷や水をぶっかけた。しかし目の前の自称テニス神の炎はまったく衰えない。彼は暑苦しい笑顔で私に言った。
『大丈夫! どうにかなるって! Don't worry!』
「いや……どうにかなるって……」
『それよりさ、君。好きな先輩の事諦めようと思ってんの?
 泥棒猫をSATSUGAIするの、諦めようとしてんじゃないですか?』
 この男は全く私の言う事を聞く気がないらしく、勝手に話を進めていく。だが何の根拠も無いにも関わらず、理屈を丸ごと飲み込んでしまうような迫力があった。私はその勢いに呑まれ、つい返事をしてしまう。
「え……は、はい。」
 私が力無く答えた途端、自称テニス神の瞳が熱く燃え上がった。怒濤のマシンガントークが始まる。
『諦めんなよ! 諦めるなお前! どうしてやめるんだ! そこで! もう少し頑張ってみろよ! 駄目駄目駄目駄目諦めたら! 周りのこと思えよ! 応援してくれてる人達のこと思ってみろって! 俺だってこのマイナス10度の中シジミが取れるって頑張って――――』
 まったくデリカシーの無いスポ魂的発言の上、意味不明な事まで言っている。中々人に意見の言うことの出来ない私だが、これには思わず抗議した。
「こんなストーカー女を応援してくれる人なんてどこにいるんですかっ……!」
『そりゃ決まってるだろ! モニターの向こうからヤンデレスレのみんながお前にヤンデレになって欲しいって応援してんだよ!』

 ちょwwおまwwそれメタ発言ww
 ――まあそれはともかく。
 何はともあれ私の心の底からはこみ上げてくる何かがある。私は段々この自称テニス神の熱意に呑まれつつあった。
 今度は浪花節で、私に同情するように語りかけてくる。



678 :熱くなれよ! [sage] :2009/11/04(水) 21:32:39 ID:YsHUAIrl
『恋はさぁ、冷てぇよなぁ。惚れた男は君の思いを……感じてくれねぇんだよ。どんなに頑張ってもさぁ、なんでわかってくれねぇんだよって思う時あるのよね…………。俺だってそうよ。熱く気持ちを伝えようと思ったってさぁ、『お前熱すぎる』って言われるんだから。』
『でも大丈夫! ヤンデレの気持ちをわかってくれる人はいる!
 そう! 俺について来い!』
 ぴきーん。
 TV番組で使われるような効果音が聞こえた。催眠術師が両手を叩くとたちまち人が催眠に落ちるように、瞬時に私の中に熱いやる気が滾った。
 どこにこんな力があったのだろう。
 体が熱い。何でも出来そうな気がする。
『もっと熱くなれよ! 人間熱くなったときがホントの自分に出会えるんだ! 』
 何で迷っていたんだろう。
 そうだ、私は――――
「……諦めたくない。」
『そうだ!』
「私は先輩を絶対に渡したくない!」
 私は思い切り叫んだ。
『そうだ! お前、昔を思い出してみろよ!』
 テニスの神様は何かを指さす。その先に見えるのは富士山だ。この高校は富士山の麓にあり、その山肌の細かな模様まではっきりと見えるのだ。
『富士山のように、先輩の一番になるって誓ったんだろ!』
『今日からお前は! 富士山だ!』
「――はい!」



 それから数日後、私は暗い取調室の中に居た。
 殺人未遂で逮捕されてしまったのだ。
 殺して死体を埋める計画だったのに犯行をしくじってしまい、殺すことすら出来ないまま通報されてしまってこのざまだ。
「お前はとんでもないことをしでかしたんだ。親が泣いてるぞ!」
「そうだ! そんなことして好きな先輩が振り向くとでも思ったのか? ん、どうなんだ?」
 狭い取調室の中、強面の男に繰り返し罪を責め立てられ、どんどん心が追い詰められていく。正直今はもう先輩のことなどどうでもよく、ただ刑事達の尋問に泣くことと頷くことで答えるしか出来なくなった。
 そして今もまた、尋問された私はただ反省の言葉を述べる。
「私はなんて取り返しのつかないことを……」
『お前、何言ってんの?』
「…………」
『お前、失敗やだとか思ってんじゃねーのか? 失敗は自分をどんどん成長させてくんだぞ! 今日から失敗したら、ガッツポーズだ!』
 何がガッツポーズだ。
 何故かよりによってこいつはまだ、私にくっついたまま離れようとしない。私はもう先輩のことは諦めたってのに、諦めんなよ、諦めんなよと、私の耳元でひたすら四六時中囃し立ててくる。



679 :熱くなれよ! [sage] :2009/11/04(水) 21:33:42 ID:YsHUAIrl
『頑張れ頑張れ出来る絶対に出来る積極的にポジティブに頑張れ
 もっとやれるってやれる気持ちの問題だ頑張れ頑張れそこだ――――』

 しばらくすると刑事達は出前を取ったらしく、店屋物の丼を持って来て私に勧めた。
「ほらカツ丼だ。これでも食べなさい。」
 大きなカツと、その下には山盛りの白いご飯が詰まっている。
 だが食欲などあるはずもなく、私は首を横に振った。
「……いりません。」
 またも耳障りな声が頭に響く。
『お米食べろ!』