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191 :名探偵物語 3:2009/12/03(木) 18:39:23 ID:a+l4zIei
「本格的な治療が必要になる。」
雨の降る昼過ぎ、明智はひとり馴染みの医者の所に来ていた。
頭にだいぶ白い物の混ざった初老の男は、明智の様子をしばらく眺めた後
溜息をつきながら、手元のカルテをポンと診療台に無造作に投げる。
「…そんなに悪いのか?和杜尊(わとそん)先生。」
ああ。明智から視線をそらし、和杜尊医師はそっけなく答えた。
「お前さんのとこにいるお嬢さんは、多分単純なパニック障害だけじゃない。
パニック障害の発症とともに、ストレス性障害などが併発している恐れがある。
私が診てきた患者の中でも相当重症だよこりゃ。」
明智は何も答えられない。ただ黙って目の前の医師の話を待つしかない
自分に苛立ちながらも、明智は医師の次の言葉を待った。
「入院だね、こりゃ。」


「明智せんせ?」
いましがた和杜尊医師と話していた部屋と廊下を隔てたところにある部屋、
そこで小林は小さな子供たちと戯れていた。
入室した明智の所に、侵入者に気がついた小さな怪獣たちが襲いかかってくる。
「がおー!ぼくはウルトラマンだぞー!」
「きしゃー!ぼくもウルトラマンだぞー!
「フォッフォッフォッフォッ!ぼくらはウルトラマンだぞー!」
そしてその中で
「あけちせんせ…?」
今までにない明智の目線に動揺したのか、小林は遊びの手を止め
明智の前に頭を垂れていた。
「あああああ!僕らの小林ね~ちゃんを泣かせたぞこの卑劣漢!」
「小林ね~ちゃんが何をしたっていうんだ!この幼女趣味!」
「最低ね。しょせん男なんてみんなこうなんだわ。」
俺がいったい何をしたというのか?初対面の、それも年端もいかぬ少年少女達に
年齢にふさわしからぬ言葉のナイフで切りつけられた明智がそう思うのも
至極当然の結果だろう。
しかし…明智は素直に小林の隠された能力に感心していた。
ここは、国と民間が共同で運営している医療第三セクター。さまざまな
心に障害を持った患者を集め、治療と研究を両立させる専門機関…
それがここ『みんなの里』。
当然、今明智の目の前で騒いでいる子供たちも何らかの心に障害を持って
いるはずなのだ。その輪に小林は見事に溶け込み遊んでいる。
小林にはきっと何か鋭い感受性みたいなものが存在するのだろう。
言われたくないこと、一人にしてほしい時、誰かに黙って話を聞いてもらいたいとき。
彼女はそういった子供たちの心の声を敏感に察知して、適度なコミュニケーションを図る。
ふと、そこまで思考を働かせた明智は自分自身に問いただしてみる。
今小林を入院させるのは本当に正解だろうか?国の管理があるとはいえ、完全な
病院ではない『みんなの里』は強制入院措置が取られることはなく、基本
本人と家族の希望により行われる。
小林にこの話を持ちかけても、たぶん小林は明智に従うだろう。
それが本人の意思でないとしても。
正直な話、明智としては入院する方が良いと思っている。小林にストレス障害の
症状が現れ始めた以上、彼女は日常に何かフラストレーションを抱いていることは明白だ。
しかし、医者にも明智にもその理由が特定できずにいる。
ならば環境を少しでも変えられるなら、それで彼女が少しでも楽になるのなら…。
目の前にいる壊れそうな涙目の少女を前に、明智は少し切ない想いを感じている自分に
つい自嘲的な笑みを浮かべた。

192 :名探偵物語 3:2009/12/03(木) 18:40:37 ID:a+l4zIei
「入院…ですか?」
面談室を開けてもらい、明智は小林に打ち上げた。
「私は…。」
小林は表情を暗くしながらも、無理に笑顔を作ろうとする。
明智にはそれが痛々しく、辛い。
「私は…明智先生に従います。」
しばらくの沈黙の後、小林が選択した道はやはりそれだった。最初から決まっていたのだ。

事務所を滅茶苦茶にした後、小林は学校を休まなくなった。明智の言うことを
きちんと守るようになっていた。ただし、それは病的ともとれるくらいに。
放課後、真っ先に事務所にやってきて明智の下で仕事。以前はあれほど嫌がり、
真夜中を過ぎることもあった帰宅も八時前には帰るようになった。
変わったのは小林の生活だけではない。明智に対する態度も変わった。
年頃の少女らしい反発や今までのキャラクターはなりを潜め、もはや主従関係
ともとれるようなそれになりつつあったのだ。
「はい、明智先生。」
いつの間にか、それが彼女の口癖になっていた。
そんな彼女に明智も危機感を抱いている。明智が望んだのはこんな現状ではないのだ。
とはいえそれを注意してまたパニック障害で事務所を破壊されるにもいかず、
明智のとった策が今日の通院となったのだ。

「小林。これは結論を急ぐ話じゃない。過去の例でも自宅療法で症状が
改善したケースは少なからずあるんだ。」
明智は言葉を発するとともに、心にもないことを平然と口にする自分に
途方もない怒りを感じた。
小林が自分に逆らえないのは明白なのに、なぜあたかも選択肢があるかのような
発言を自分は言えるのか?自分は卑怯者だ…。
「せんせ。」
小林が口を開く。
「大丈夫ですよ。私は…小林は自分の意思で入院します。
だから私に気を使わないでください。私の為に苦しまないでください。
私は明智先生の助手。先生の為に存在する助手の小林ですから。」
そうだった。明智は目の前の少女を見て、彼女には相手の心を感じとれる
洞察眼があったことを改めて思い出した。
今の発言は、入院させたい明智の心情を察していたわったものなのだろう。
「先生は何も自分を責めることはありません。小林が自分で決めたことなのです。」
大きく息をついて、明智は小林をもう一度…それこそ今までにないくらい
まじまじと見つめた。
小林 兎凪…彼女は、俺にとってはあまりにも過ぎた助手なのかもしれない。

「もういいかね?そろそろ時間なのだが…。」
和杜尊医師が面談室のドアから顔を出し、明智達に声をかけた。
少しいらだっているような、何かそわそわしているような気がするが
それは明智の思い過ごしなのだろうか?
「ありがとう、和杜尊先生。それと…ウチの小林をしばらくお願いしてもいいですか?」
「ああ、喜んで。」
和杜尊医師は満面の笑みを浮かべて明智の要望に応じた。
「じゃあ、手続きを進めよう。おい君!」
呼び止められたナースに連れられ、明智達は面談室をあとにした。


193 :名探偵物語 3:2009/12/03(木) 18:42:22 ID:a+l4zIei
只でさえ外気は冷え込んでいるというのに、いつの間にか雨は本降りになっていた。
日も落ちた病院の門の隣のバス停に、ふたつの影がぽつりと浮かんでいる。
「小林。十日間で退院予定だからな。あせらず、ゆっくりと、お前らしく
あればいい。」
背の高い人影が、もう片方の人影の肩に手をのせる。もう片方の影は
うれしそうに乗せられた手を取ると、少し自分の頬にすりよせた。
「明智先生…私、また探偵事務所に戻ってきてもいいんですよね?
私の居場所…とっておいてくれますか…?」
二人の人影が眩しいバスライトで明らかになる。明智の表情に笑みが浮かんでいた。
「約束するよ。小林、お前は明智探偵事務所のたった一人の助手だ。」
ようやく、小林の顔にこの日初めての真実の笑みが浮かんだ。


薄暗い面談室の窓からは、外の風景が一望できた。
二人の人影の内一つがバスに乗り込み遠ざかっていくのを見て、それを眺める
和杜尊医師の顔には安堵と苛立ち、そして寂しそうな表情が浮かんでいる。
これは一体どういうことなのだろうか?
その問いに答えるかのように、和杜尊医師は白衣のポケットから鍵を取り出し
面談室の奥にある扉…『立ち入り禁止』の張り紙がしてある…の鍵穴にはめて
カチャリとドアを開けた。
ズルリ…ドアの開閉とほぼ同時に、何やら重量感のあるものがゆっくりと倒れこんできて
そのまま地面に崩れ落ちる。
白衣と白髪、初老といった表現に適合する地面に倒れこんでいるその物体…男は
まぎれもなく和杜尊医師その人だった。

「フ…フフフフフ。これで明智君の家から妙な小汚い猫を抓み出せたってわけだ。」
ああ、この光景をどう表現したらよいものだろうか?横たわる医師の傍らで
佇む和杜尊医師が不意に自分の顔に手を当てたかと思うと…なんと
自らの面の皮を思いっきり引きはがしたのだ。
ふわりと舞い上がる役目を終えた仮面が地に落ちる。
そこに立っていたのは、初老でもなければ男ですらない。
怪人二十面相…金田一 二十が氷の微笑を携え存在していたのだ。
「和杜尊…申し訳ないが、偽の診断であの小娘を明智君から隔離するためにあなたを
使わせてもらったよ。ああ、薬のせいで昨日から…そしてあと半日は寝ているのか。
本来なら口封じのためどこかに監禁でもしておくのがいいが…まあ、やめておこう。
あなたには兄さんも…家家(ほーむず)兄さんも世話になっていたからな。」
着替えるために二十面相は白衣とともに衣装を脱ぎ棄てて一糸まとわぬ姿になる。
抜群のプロポーション。なめらかなその素肌は、絹といってもいいくらいにきめ細かく
限られた光源の中でも輝いているそれは今や魔性の物とでも言わんばかりに
妖しく異性だろうが同性だろうが誘い込もうとしていた。
「君がいけないんだよ。」
生まれたままの姿の二十面相は、虚空に向かってぼんやりと呟く。
「君が兄さんの事件で淋しがっていた僕にあんなに親切にしなければ…
月一で僕のことを気遣って訪問してこなければ…
本気で僕に恋させなければ…
僕は君に手出しをしなかった。」
ぼんやりしていた眼に急にはっきりと、そして妖しい輝きを帯び始めた。
「さあ名探偵明智 乱歩君!
いよいよ二十一世紀最大にして最高の怪人、この二十面相との勝負だ!
そして二十面相最後にして最大の戦いの獲物は…明智君、君自身だ!
さあ、僕を食い止められるものなら食い止めてみたまえ!
たとえ君が如何なる策をめぐらそうとも!いかに助手風情を気にかけようとも!
最後に笑うのはこの僕だ!
フフフフフ…アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
妙な叫び声を聞きつけたナース達がその直後面談室に踏み込むと、
そこには眠り続ける和杜尊医師がいるだけだった…。


194 :名探偵物語 3:2009/12/03(木) 18:47:34 ID:a+l4zIei
事務所は暗く、当然のことながら誰もいない。
一人でいる事務所はやけに広いな。帰った明智はそう思った。
今日一日の出来事を振り返り、少し明智は考えてみる。
今日の明智の小林への対応は明らかに雇用者と助手のそれではない。
知らず知らずのうちに明智は小林を肉親同様にみなしていたのだ。
「まったく…小林に汚染されてきたのか?」
だけど不思議と悪い気持はしない。願わくば小林が元に戻り
またいつものような他愛ない毎日が過ごしたい。
あれほど忌み嫌っていた小林のキャラが、今では宝物のように思えてくる。
「まあ、和杜尊先生に任せれば大丈夫だろ。」
ふと風が吹く。
そのこの世のものとは思えないほどの寒さに身震いした明智は
はてと首をかしげることとなった。
窓もドアも完全に閉じられているこの状態で、いったい風など吹くのだろうか?
後ろのドアを振り返り…たぶんこれが明智の生涯で最も肝を冷やした状態だろう。
流れるような金髪、ブルーの目はサファイアの透明度。
窓からの街灯ぐらいしか灯りのない中ではっきりと見えるその全容。
青白く光り、宙に静止しているその姿は西洋人形にそっくりだった。
幽霊だー!
「聞く。ここは探偵事務所に相違ないか?」
姿を現すだけでは飽き足らず、こともあろうに幽霊は明智に話しかけてきた。
あまりことにさすがの明智も口をパクパクさせるだけしかできない。
「そこの者、無礼であるぞ。」
女の幽霊の後ろに、今度は小柄な男の霊が現れた。
「お嬢様の問いかけに無言を通すとは身の程知らずめ。この方は大英帝国の頃よりの
名門ゴッドドッグ家ゆかりの由緒あるお方ノノーミア様であるぞ。」
「よい、サルゾー。下がっておれ。」
女は男を数歩引かせて侍らせる。どうやら主従関係が完全になりたっているようだ。
しかし、この頃には明智にも若干の心の余裕ができている。
二三度深呼吸をして明智は女の幽霊に向き合った。
「仮にここが探偵事務所だとして…何の用だ?ノックもせずに。」
「仕事を依頼したいのじゃ。もの探しくらい探偵なればできるのであろう?」
ずいぶんと高圧的な態度をとる幽霊は、明智の不服そうな顔を見て少し口元を上げた。
「まあ、名ぐらいは聞かせてやろう。わらわはノノーミア・セイシ・タマヨ。
生前名門ゴッドドッグ家の財宝の鍵の番人としてここに控えるサルゾーとともに
勤めを果たしておった。」
「で?そんな偉い方がなぜここに?」
明智の口調のぞんざいさを咎めようとするサルゾーを制し、タマヨは言った。
「ゴッドドッグ家に伝わる三種の神器の内二つが消えた。探し出せ。」


195 :名探偵物語 3:2009/12/03(木) 18:49:36 ID:a+l4zIei

「ゴッドドッグ家に伝わる神器…『犬神剣(いぬがみけん)』『佐清面(すけきよめん)』
『水之逆足(みずのさかあし)』。いずれも国宝級の代物だ。」
タマヨは明智をまっすぐ見据え、言葉を紡いでいく。
「けれど少し前、遺産をめぐってお家騒動がおきたのじゃ。日本から来た家家(ほーむず)
という探偵の機転で、三種の神器を日本の博物館に騒動終焉まで一時保護してもらう手筈が整っていたのだが…
その探偵本人がゴッドドッグ家三姉妹の長女モリアーティ様に
よってスイスの某滝で無理心中させられてしまったのじゃ。」
男女の仲は理屈抜きなのか…?
かつてちょっとだけ事件に関わった明智は少しため息をついた。
「そして、手違いが重なり日本に運ばれた『佐清面』『水之逆足』が行方不明に
なってしまったのじゃ。わらわたちもお家騒動の火の粉が降りかかっての…
何者かの手にかかり、死した今こうして現世にとどまっているのじゃ。」
「…誰が殺したのかも分からないのか?」
「そのようなことは問題ではない。」
タマヨはきっぱりと打ち消した。
「生死も番人の運命のうちじゃ。今大事なことは二つの神器を見つけ出すこと。
あの神器にはとんでもない力が秘められているからのう…。」
「…とんでもない力?」
明智はいよいよ胡散臭くなってきたぞと心の中で舌打ちする。
かつての小林に付き合わされていなくては、こんな電波な話二分ともつまい。
「『佐清面』はなりたい人間の顔を完全に模倣する面。『水之逆足』は
音色を聴かせたものの自由を奪うハープ。どちらもこの辺りにいる
家家の親族あてに最初に送られたはずなのだが…。」
明智の脳内検索に該当者が一名。
「とにかく、悪用すれば危険な物じゃ。お主はそれを探し出せばよい。
下々の者ならわらわの靴を舐めても欲しがるほどの礼はしようぞ。」
「嫌だ。」
明智はきっぱりと断った。
同じ電波でも、小林のものとは比べ物にならないくらいの悪質性を感じる。
この話が事実にせよ冗談にせよ、かかわればろくなことにならないだろう。
「わらわの申し出を断るのなら…お主のその貧相な○○○に×××をたっぷりと
塗りたくり、あまつさえそれを△△△した■■■で☆☆☆するぞ?」
選択権は完全に失われた。
明智は選択権のない自分の状況に絶望しながらも、別のことも考えていた。
選択肢のない人生はこうもつらいものか。そしてその中で小林は今日俺に
気を使ってくれていたのか。
退院したら、どこか旅行にでも連れて行ってやろう。伊豆辺りがいいかな?


196 :名探偵物語 3:2009/12/03(木) 18:51:58 ID:a+l4zIei

「…分かった。引き受けよう。だから帰ってくれ。」
明智はどんよりと曇りがかかった顔で承諾した。
「うむ。サルゾー。本国へと帰り、家を見張るのじゃ。」
「御意。」
サルゾーの姿がさっと消える。
「…いや、お前も帰るんだよお嬢様。何で平然とここに居座っているんだ。」
「お主が仕事をさぼらぬか、わらわがこれから見張っておこうと思ってな。」
「ここに居座る気か冗談じゃない!幽霊と同居なんて言うのは
手塚治虫の時代から延々と繰り返されているマンネリ化の激しいネタだぞ!
この物語をこれ以上壊すな!」
「愚か者。厳しい批判と繰り返しあってこそ人は向上するものじゃ。」
「それこれからの物語を三流幽霊電波一色で染め抜くという意味なのか!?」
「ええい!煩わしいやつじゃのう!ならば、幽霊でなければよいのじゃろう!?」
タマヨは衣服のをはだけ、その胸元から少し短めの剣を取り出した。
「わらわが預かる神器のひとつ『犬神剣』。その効果は…。」
犬神剣から閃光が走り、明智の視界が完全に白く染まる。
だんだん視力が戻ってきた明智の眼に映ったものは…白い犬だった。
犬については素人程度の知識しか持たない明智だが…たぶんゴールデン・レトリバーだ。
真っ白な体毛はイギリス種でしか見られない。ふかふかした体毛と垂れ下がった耳、
アーモンド形の目がきょろきょろ動いている。
…まさか?
「なあ、犬。お前まさかとは思うが…さっきのタマヨって奴じゃないよな…?」
「…わん!」
そう。神器犬神剣は持ち主を犬に変えることができる剣。
持ち主が幽霊だろうが魑魅魍魎だろうが関係ないのだ。
「…普通の生活に戻りたい。」
明智は力なく倒れこむと…。
「小林!頼むから早く帰ってきてくれぇ!」
小林が帰るまで、あと十日…。