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130 :ぽけもん 黒  18話 ◆/JZvv6pDUV8b :2009/11/30(月) 20:21:50 ID:IaP3RpEy
「で、話って何?」
 香草さんが、淡々と切り出した。
 雰囲気からして、婉曲を使える場面ではないと判断した僕は、ずばり核心から告げる。
「契約解除を……取りやめてほしい」
 香草さんの目をじっと見つめる。
「いいわよ」
「そこをなんとか……って、え?」
「だから、いいわよ」
 なんというか、お約束みたいになってしまった。
 まさかこんなすんなり話が運ぶとは思わなかった。しかしあっさりしすぎている気もする。
 そうか、もしかしてこれは「(アンタとの旅はもう)いいわよ」という意味のいいわよかも知れない!
 一応確認してみよう。
「そ、それは契約解除を無かったことにっていう意味でのいいわよでいいんだよね?」
「そうよ、しつこいわね」
 どうやら間違いないようだ。
「よかった! ありがとう香草さん!」
「ただし、条件があるわ」
「条件? 条件って?」
 条件か。どうも嫌な予感が……
「簡単なことよ。あの鳥と契約を解除しなさい」
「契約解除って……え?」
 な……香草さんは一体何を言っているんだ?
「何? 一度聞いただけじゃ理解できないの? あの鳥と、契約を解除しなさいって言っているのよ」
 僕は彼女が言っていることが信じられず、無駄な確認を行う。
「あの鳥って……ポポのことだよね?」
 それに対する彼女の返答は、澱みのないものだった。
「そうよ。それと、今後新しいパートナーを迎えることも禁止よ」
「それって……やどりさんも?」
「当然じゃない!」
「そんな! 一体どうして?」
 僕の質問に、香草さんは目を伏せる。
「どうしてって……そんなの……ただ私が気に入らないからよ」
「そ、そんな理由で……」
「それ以上、理由が必要かしら」
 信じられなかった。たったそれだけの理由で、ここまでの横暴を行おうとするなんて。
「確かに仲はよくなかったかもしれないけど、でも、一緒に旅をしてきた仲間じゃないか!」
 彼女の眉がピクリと持ち上がった。
「仲間? 笑わせないでよ。勝手についてきただけでしょ」
 そう言われたら、僕も口調が荒くなる。
「香草さん、ポポに契約を申し込んだのは僕だ。勝手についてきたわけじゃない。それに、勝手に契約を持ちかけたのに、勝手に契約を解除するなんて、滅茶苦茶だ」
「申し込んだって、そもそもあなたを襲おうとしたのよ? どうしてそんなのとパートナーになれるのか、あなたの神経を疑うわ」
「それは……ポポだって自分で選んでそういう生き方をしていたわけじゃない。それしか選択肢が無かっただけだよ」
 自分でも、自分の言葉に自信がもてなかった。
 ずっと、僕はポポのことを無垢な子供だと決め付けていた。
 でも、それは、ただ僕がそう思い込みたかっただけなのかもしれないのだから。


131 :ぽけもん 黒  18話 ◆/JZvv6pDUV8b :2009/11/30(月) 20:22:15 ID:IaP3RpEy
 僕の弁明に、香草さんは呆れたように溜息を一つ漏らすと、僕を睨んで言った。
「何それ。性善説?」
 何もいえない僕を尻目に、彼女は続ける。
「いい? お人よしのあなたには分からないみたいだから私が言ってあげるわ」
「香草さん……」
「……アレは、悪よ」
「香草さん!」
 僕は耐え切れずに、部屋の中央のテーブルを叩いた。
「ご……ごめん」
 すぐに我を取り戻した僕は、先ほどの振る舞いを恥ずかしく思って彼女に謝った。
 ちょっと厳しい言葉を使われたからって、すぐに激昂しては、それが図星だったみたいじゃないか。
 僕を射抜く彼女の冷たい目は、僕の浅い考えを見透かすようだった。
「いいわよ、あなたが私を選んでくれるなら。すべて水に流してあげる」
 僕の背筋に悪寒が走った。彼女の口調は静かな、淡々としたもので、決して恐怖を覚えるようなものではないはずなのに。
「私を……選ぶ?」
「あなた、一体何を聞いていたの? 私が言ったのは、つまりそういうことよ」
 そういうこと。
 香草さんの提案した条件。
 契約解除はしない。ただしポポと契約を解除し、今後新たに契約はしない。
 つまり裏を返せば、そうしなければ契約を解除する、ということなのだろう、彼女の言葉からして。
 頭に、一つの言葉が浮かぶ。
「……脅迫?」
「そう思う?」
 彼女は相変わらず、こちらを測るような目をしている。
「ごめん、忘れて」
 愚問だった。彼女の態度が正しいとは言わないけど、彼女にはそれを言うだけの正当な権利がある。パートナーなのだから。
 パートナーが一方的な主張を行った場合、それを守る義務はない。しかし……
 僕は何を被害者面しているのだろうか。最悪だ。
 パーティーでの致命的な不和。これは契約を解除する理由としては十分だというのに。
 僕はそれに対して、気配りが足りなかったんだろうか。それとも、この不和の原因は僕の過失によるものなのだろうか。
 自らを責めても、現状の解決には繋がらない。
「そう。それで、答えは?」
 立場がまるで逆になっている。
 僕が彼女にお願いをする、つまり彼女に選択を求めるはずが、僕が選択を迫られている。
「どうしたの? まさか迷っているの? 迷うことなんて無いじゃない。そうでしょ?」
 彼女の口調にわずかな変化が見られた。相変わらず淡々としたものだが、先ほどまでとは少し調子が変わっている。
「最初に契約したのは私でしょ? 最初は、あなたと私の二人だけだったじゃない。元に戻るだけよ」


132 :ぽけもん 黒  18話 ◆/JZvv6pDUV8b :2009/11/30(月) 20:22:50 ID:IaP3RpEy
 元に戻る。その言葉を聞いて、調子を崩していく香草さんと対照的に、僕は少し調子を取り戻した。
「香草さん、時間は流れていくものなんだ。元に戻るなんてことは、無いんだよ」
 苦い過去の記憶を思い出す。どんなに悲しんでも悔やんでも、もう元には戻れない。
 前に進むというより、進まされている。それはどうすることもできない。
 僕の言葉は、単にそういうものであって、それ以上の意味はなかったんだけど、確かに、誤解を招きそうなものだったと思う。
 でも、それを考慮したとしても、彼女のリアクションは異常だった。
「ど、どういうことよ! まさか、私じゃなくてあいつらを選ぶつもりなの!? なんで! どうしてよ!」
 先ほどまでの冷静さが嘘のようだ。
 彼女は突然泣き出さんばかりの勢いで叫び始めた。
「か、香草さん!?」
「私があいつらより劣っているところなんて何一つ無いじゃない! おかしいわよ!」
「落ち着いて!」
「何で!? やっぱり私一人じゃ不安なの!? 私の強さ、まだ信じてないの!?」
 確かに強さは大事だけど、今の論点は強いとか弱いとか、そういうことじゃないはずだ。
 訳が分からない。一体何がここまで彼女の不興を買ったのだろうか。
 苛立ちが強く滲む声で彼女は言った。
「……だったらいいわよ、分からせてあげる。隠れてないで出てきなさい」
 香草さんはそう言ってドアのほうを見た。
 え、何? 忍者?
 僕は人の気配をさっぱり感じなかったのだが、ドアの向こうにはポポとやどりさんがいた。
「え、もしかして話聞いてたの? というか香草さん気づいてたならどうして何も言わなかったのさ」
「あえて聞かせて、身の程を弁えさせてやろうと思ったのよ。それなのにあなたときたら優柔不断で……」
 あれ? 今僕責められるべきシーンじゃなくない?
「ポポも盗み聞きなんて! やどりさんも人が悪いですよ! いたならいたと言って下さい」
「ごめんなさいです……」
「……ごめん……なさい」
「で、でも、これで分かったです? チコの本性が! ポポ、ずっといじめられていたですよ!」
「黙りなさい!」
「きゃあー。怖いですー。ゴールド助けてですー」
 ポポは黄色い悲鳴をあげ、羽をパタパタと動かしながら僕の後ろに隠れようとする。
 当然、香草さんの怒りに燃料を注ぐことにしかならない。
「今ここでぶち殺してあげましょうか」
「ちょ、落ち着いて!」
 全員の視線が僕を向く。とりあえず場を収めること以外に何も考えてなかった僕は、当然無言である。
 その沈黙は、香草さんの溜息によって破られた。
「そうね、畜生と言い争うなんて愚の骨頂だったわ。さっさと本題に入りましょう」
 畜生、という言葉はスルーして話を促す。
「本題って何さ」
「戦うのよ。それで勝てば文句ないでしょ?」
 いや、あります。
 そもそもどうしてそういう発想になるのかが分かりません。
 理解できないのは僕が馬鹿なせいでしょうか。違うと思います。
「見せてあげるわ、私の力を。二対一だろうが六対一だろうが、何の問題もないってことを」
 六対一は一先ず置いておいて、香草さんはどうやら自分の力を証明するためにポポとやどりさんの二人を相手取って戦うつもりらしい。
「望むところですよ。身の程を弁えるのはどっちかはっきりさせてやるです」
「二人とも! ……ってやどりさんまで! いいの!? こんなことに巻き込まれて!」
「話は……全部……聞いた……、そう……しなけれ……ば……パートナーに……なれない……ならば……私は……倒す」
 ああ、もうダメだ。


133 :ぽけもん 黒  18話 ◆/JZvv6pDUV8b :2009/11/30(月) 20:23:12 ID:IaP3RpEy
 何で皆さんそんなに好戦的なのですか。僕は胃が痛いです。
「こ、こんなところで争ったら旅を続けられなくなっちゃうよ!」
「分かっているわよ。この街にはバトルの練習場があったはずよ。そこでやりましょう」
 ああ、なんで貴女はそんなことを覚えているのですか。

 向かう道中、僕は必死に皆を説得した。だが、僕がどちらかを選ばない以上、他に選択の余地は無いようだ。
 三人の意思は固かった。無駄に。
 練習場のフィールドがすべて埋まっているように願ったが、待つ必要も無くすぐにフィールドに入れる状態だった。この世に神はいないらしい。
 少なくとも、僕の願いを聞き届けてくれる神は。
 標準的な土のフィールドを選び、僕たちは入場した。

 フィールドを挟んで、香草さんがポポとやどりさんに向き合っている。
 通常のバトルでは二対一なんて認められないが、練習とあれば話は別。誰にも咎められない。
 職員の人に事情を説明すれば戦いを止められないこともなかったが、そんなことをすれば皆になんらかの処分が下る。最悪、旅の参加資格を剥奪されてしまうなんてことにもなりかねない。
 僕一人の過失で処理できればいいけど、皆が嘘をついてくれない限り、むしろ僕は責任を問われず、三人だけが罰せられるということになりかねない。
 今の僕に出来ることはもはや、皆怪我も無く無事戦いが終わってくれることを願うだけだった。
「……じゃあルールを確認するよ。ルールは公式戦のルールに則るけど、ポポやどりさんチームは二人とも戦闘不能または気絶または場外にならない限り戦いは続行というルールを追加。……これでいいね?」
「いいわよ。そもそも、私はルールなんてどうだっていいもの」
 僕はどうだってよくありません。
「いいです!」
「……いい」
「……皆、止めるなら今だよ。こんなことしたって何の意味も無いんだから」
「ゴールド、これ以上あなたが寝ぼけたこというなら、合図なしで試合開始するわよ」
 はあ、と僕は溜息をついた。
 不意打ちで誰かが大怪我するくらいなら、僕が試合開始の合図をしたほうがまだマシだ。
「……分かりました。……試合、開始」
 僕が呟くと、弾かれたように香草さんは両腕を伸ばし、数十の蔦を繰り出した。
 傷ついているどころか、ここまでの本数は今まで見たことがない。
 彼女の回復力の高さと、能力の高さに驚かされる。
 数が多い分、速度は若干遅めに感じる。
 しかし素早いポポを相手にするうえに二対一であるこの状況、数で攻めるのは決して悪くない策だ。
 ただ、少し香草さんらしくないとは思った。
 普段の彼女なら、こんな小細工は弄さず、速度も力も乗った研ぎ澄まされた一撃で片方を不意打ち気味に沈め、その後残りの一人を相手にすると思う。
 結局、その判断は正解だったのだろう。ポポもやどりさんも、いくら先を突こうと、戦略性の無いただの一撃で沈められるような凡庸な人たちではなかった。そういうことだ。
 香草さんの行動は、二人の実力を正確に読みきっていた結果だったのだろうか。

 広げられた蔦に覆われるより早く、ポポは空中に飛翔した。
 しかし香草さんは迷うことなく、その蔦の群れをやどりさん目掛けて振り下ろす。
 蔦は地面を強く叩き、衝撃で床が揺れた。
 轟音と共に濛々と土埃が舞い上がり、フィールドに立ち込める。
 やどりさんは土埃のうちに一瞬で隠された。
 蔦の落下の直前、隙が生じることを予想したのだろう、ポポは香草さん目掛けて急降下を開始した。
 蔦が地面に打ちつけられたときには、香草さんはすでにポポの射程内に入っていた。
 翼で相手を打ち据えようと、ポポが体勢を整える。
 飾り気の無い、しかし強力な攻撃。
 そのとき、カウンターのように、香草さんから葉っぱカッターが放たれた。
 避けきれない!
 僕の目には、回避するにはポポは近付きすぎていたように見えた。
 しかし僕の予想に反してポポが不自然な軌道を描き、鋭利な葉っぱの群れを回避する。


134 :ぽけもん 黒  18話 ◆/JZvv6pDUV8b :2009/11/30(月) 20:23:52 ID:IaP3RpEy
 間を空けずに、立ち込める土埃を切り裂いて、土埃の中から水球がすさまじい勢いで香草さん目掛けて飛び出した。
 切り裂かれた土煙の向こうに見えたやどりさんは、蔦による攻撃などなかったかのように、右手を前方に突き出して直立していた。
 砲弾のようなそれが、香草さんに迫る。
 それを彼女は咄嗟に蔦を引き寄せることで防ごうとした。
 彼女の思惑通り、水球と蔦の一本が交差する。
 しかし水球の速度は殆ど減損されず、そのまま香草さんの右上腕部に直撃した。
 肩が後方に流され、香草さんは大きく体勢を崩した。
 その隙目掛けて、ポポが再び強襲する。
 しかし香草さんに迫るポポの目前に、突然、無色半透明の板が現れた。
 それを確認したポポは軌道を変え、再び高度を取る。
 その隙に、香草さんは両手の蔦を引き戻した。

 わずかの間にあまりにも多くのことが起こりすぎて、何が起こっているのかよく分からない。
 おそらく、やどりさんは蔦が打ち付けられる瞬間に念力によって蔦の軌道をそらして回避した。そして土埃にまぎれて、ポポの軌道を念力で変えることで葉っぱカッターを回避させ、さらに水鉄砲で香草さんを狙った。
 体勢を崩した香草さんに迫るポポの前に表れたのは香草さんが張ったリフレクター――物理攻撃の威力を半減させる障壁である――
で、それにより自身の攻撃の威力が減損し、そのせいで攻撃後、香草さんの蔓に捕らえられることを恐れたポポは強襲を中止した、と後になって考えることくらいしかできない。
 それは今まで目の前で見たことのないようなレベルの戦いだった。
 近接型のポポと遠距離型のやどりさんの相性がいいということも一因にあるのだろう。だけど、それだけじゃない。
 すべては、彼女達の卓越した能力にあった。
 皆、こんなに強かったのか。
 僕は彼女達は皆優秀だと評価していたつもりだったけど、その評価は随分と甘いものだったらしい。
 唖然と香草さんを見ていると、彼女もこちらに視線をよこした。
 わずか数瞬。僕と、香草さんの視線が絡み合う。
 その目は、先ほどまで相対する二人に向けていたものとは違うもののような気がした。

 再び激しい戦闘が再開される。
 やどりさんが、緩慢に、しかしどこか禍々しいものすら感じさせる確かさで、左腕を前方に突き出した。
 身構える香草さんを無機質に見つめ、その左腕を振り下ろした。
 瞬間、香草さんの体が下向きに沈んだ。彼女の周囲を舞っていた薄い砂埃が地面に吸い寄せられるように動き、彼女の周囲が鮮明に晴れた。
 香草さんの顔には怪訝そうな表情が浮かんでいる。
 上方向から押しつぶすように念力を働かせたようだ。
 やどりさんを止めようと香草さんは葉を飛ばすが、葉っぱはやどりさんをかわすように動き、あたらない。
 蔦を飛ばそうと手を伸ばすが、その動きは上空から急降下してくるポポによって妨害される。
 一先ずポポに向き直りリフレクターを張るとポポは急転換し、再び上空を位置取る。
 残った左手をやどりさんに向け、蔓を伸ばすが、その手は蔦ごと空中で停止した。
 困惑の色を浮かべる香草さん目掛けて、やどりさんの水鉄砲の連射が襲い掛かる。
 香草さんの左手の動きを止めたのはおそらくやどりさんの金縛りだろう。念力は未だ解かれていない。
 念力に金縛り、それに水鉄砲の連射まで。
 トリッキーな搦め手から直接的な打撃まで、やどりさんは自分の力を完全に使いこなしている。

 水鉄砲が迫り来る香草さんの前方に、今度は淡く輝く半透明のもやのようなものが発生した。多分これは香草さんの光の壁だ。
 今まで香草さんが防御系の技なんて遣うことが無かったから知らなかったけど、リフレクターによる物理防御に光の壁による特殊防御と、香草さんの防御手段はかなり充実している。これに蔦による防御も加えれば、鉄壁と言ってもいい。
 香草さんが二人同時に相手どることにしたのは、この防御力に対する自信からだろうか。


135 :ぽけもん 黒  18話 ◆/JZvv6pDUV8b :2009/11/30(月) 20:24:28 ID:IaP3RpEy

 光の壁で弱められるからと言って、水鉄砲が消滅するわけではない。
 水鉄砲は光の壁をすり抜け、容赦なく香草さんに降り注ぐ。
 しかし香草さんはやどりさんではなくポポを見据えた。
 香草さんは草タイプなので水タイプの攻撃に対しては耐性が高い。
 やどりさんも優れた力を持つとはいえ、さすがに三つもの力を同時に使うことの負荷は高いはずだ。事実、顔は苦しそうに歪んでいる。おそらく、力を使い続けたまま移動するのは不可能なのだろう。
 となると攻撃がくる位置が決まってしまうので、光の壁で威力を減損し続けられる。
 対するポポは空中を自在に飛び回り、攻撃方向を予測することは難しい。
 リフレクターがあっても、回り込まれてリフレクターの無いところを突かれれば危険だ。
 香草さんは嵩み続ける、毒のようではあるが微弱であるダメージを無視し、自分に大きなダメージを与えかねないポポに狙いを絞ったようだ。

 封じられていない右手を宙に掲げると、一斉に蔦を伸ばす。
 ポポは蔓を縫うように器用に避け、羽ばたきで複数の旋風を起こす。
 旋風が香草さんに到達する前に、動かぬ左手から伸びた蔦を引き摺りながら位置を変え、回避する。
 旋風を放つと同時に、ポポ自身も急降下を開始した。
 地面とぶつかった幾つもの旋風は再び風を起こし、フィールドに強風を起こした。
 土埃が舞い上がり、水鉄砲が揺れて崩れ、香草さんのスカートの裾が翻る。
 土埃のせいで対応が遅れたのだろう、香草さんはポポを回避しきれず、腹部を翼で強かに打ちつけられた。
 数メートル後退し、そのまま崩れ落ちる。
 リフレクターは発動していたが、正面からの攻撃を緩和するには至らなかったのだろう。
 香草さんは苦痛に顔を歪めている。
 そんな香草さんに容赦なく念力の重圧と水鉄砲が降り注ぐ。
 しかしやどりさんを迎え撃つことは出来ない。少しでも気をそられば、ポポの餌食だ。
 いよいよ追い詰められた。
 光の壁があるとはいえ、香草さんの体力はジリジリと削られ続けていく。
 一方のポポとやどりさんは後は香草さんの動きを抑制しているだけでいい。

 勝負あったか、と思われたそのとき。
 香草さんが叫びながら体を起こした。
 ガラスの窓がビリビリと揺れる。
 封じられていて動かないはずの左腕が持ち上がっていく。
 やどりさんが呻き声を漏らし、両手で頭を抱え、その場に蹲った。
 まさか、信じられない。
 力で、無理矢理念動力を破るなんて!
 力自慢の格闘タイプですら破ることは難しいのに。
 彼女の、プライド――執念の力なのか。

 金縛りを破り、やどりさんが反動で動けなくなったことで、香草さんは念力による押さえつけや水鉄砲からも解放された。
 彼女は両腕を上に伸ばすと、両腕から蔦を放った。
 それぞれの蔦が、まるで槍のように伸びていく。
 動きは直線的だが、早さと数で、回避するのは不可能に思われた。
 咄嗟に天井付近まで退いたポポに、数本の蔦が次々と突き当たる。
 即座に周囲の蔓も向きを変え、ポポを捕らえんと伸びた。
 ダメージを受けたポポは、それでも素晴らしい反応で翼により蔦を次々と切り払っていく。
 しかし数が数だ、すべてを打ち落とすことは不可能だった。
 ついに、蔦の一本がポポの左足を捕らえた。
 そしてポポが払うより早く、蔦はポポの足を強く握りつぶした。
 乾いた、嫌な音と、ポポの絶叫が場内に響き渡る。
 それでもポポはそのままポポを絡めとらんとする蔦を切り払い、急降下するときの速度を利用して蔓の囲いから脱け出した。
 ポポの左足の脛から先は制御を失い、地面に向かって垂れ下がっていた。
 香草さんは、蔓でポポの足を砕き折ったのだった。
 僕は、まるで喉に何かつまったかのような錯覚を覚えた。
 まさか、香草さんがここまでやるなんて。
 そんなことを考えている場合ではない。戦いを止めないと。
 ……いや、そんなことは不可能だ。
 医療の発達した現代、足の骨折程度では戦闘不能の要綱には認められない。
 となると戦闘を止めるには僕が止めるかポポが自分からリタイアしてくれるしかない。
 しかしこの場合、僕が戦闘を止めることは出来ないだろうし、ポポが自分からリタイアするなんて考えられない。
 それにもし万が一、僕が声をかけたことでポポの意識が反れ、それによって取り返しのつかない結果を招いてしまったら……
 僕は声を出すことすらも出来なかった。


136 :ぽけもん 黒  18話 ◆/JZvv6pDUV8b :2009/11/30(月) 20:24:51 ID:IaP3RpEy

 放たれた蔦はポポを追う様に折れ曲がり、低空飛行をするポポを上空から射抜くように次々と地面に突き刺さる。
 ポポはかろうじて回避できていたが、折れた足のせいで高度を下げ切れていない。高くも無く低くも無い、中途半端な位置をふらふらと飛んでいるポポは攻撃も防御も行えない。
 香草さんの格好の的だった。
 香草さんは使い終えた右腕の蔦を一旦引き戻すと、今度は右腕を地面に対してほぼ水平に構えた。
 左腕の上空から打ち下ろす蔦と右腕のまっすぐ射抜く蔦。
 この二つを回避しきるのは、おそらく、不可能だ。
 僕は何も出来ない自分のふがいなさに、両手を強く握り締めた。

 香草さんの動きに気づいたのだろう、ポポは香草さんに向けて向き直った。
 狙いは、正面突破だろうか。
 確かに、この状況で、残された手はそれしかないように思えた。
 しかしそれはあまりにも無謀な賭けだ。
 向き合った二人は、そのまま暫し静止した。
 お互いを見つめる二人の目には、一体何が見えているのだろう。
 僕に、それを知る術はない。

 静寂は、ポポによって破られた。
 激しく羽ばたき、幾つもの旋風を巻き起こした。
 香草さんを狙うには距離がありすぎる。タイミング的に蔦をかき乱すこともできない。
 案の定、それはただ地面へとぶつかった。
 しかしそのことにより、土煙が舞い起きフィールドの半ばが土埃で覆われた。
 元々狙いはこれか。
 この煙幕で、香草さんを撹乱しようというのか。
 しかし、それはあまりにも浅はかに思われた。
 そもそも、ポポの羽ばたきはそれだけで大きく風を起こす。いくら土埃が立ち込めていても、ポポの位置は筒抜けだ。
 すぐに、土埃の一部が大きく揺らぐ。
 香草さんはそこ目掛けて十本近い蔦を突き刺した。
 しかもまだ手元に数本の蔦を残してある。
 すべての蔦を使わないところが、計算高い香草さんらしいと思った。
 しかし蔦が物を打ち据える鈍い音も、蔦によって強打されたポポの悲鳴も聞こえてこない。
 僕が疑問に思う前に、香草さんは右腕の蔦を横薙ぎに振るった。
 聞こえるのは空気を切り裂くのみ。
 空振り?
 はずしようが無い。それに香草さんが容赦したわけでもない。それなのに、あたらないとは一体どういうことなのだろうか。
 そのとき突然、あらぬ方向で土埃が大きく揺らいだ。
 土埃を突き抜けて、ポポが香草さん目掛けて突進する。
 香草さんは咄嗟のことにもかかわらず、素早く残りの蔦を差し向けてポポを迎え撃つ。
 しかし蔦はポポにあたる直前で、軌道が反れていく。
 もちろん、香草さんが逸らしているわけでも、ポポが不思議な力に守られているわけでもない。
 やどりさんの念力だ。
 やどりさんはいつの間にか金縛りを破られた反動から復帰していたのだろう。
 そうか! ポポが砂埃を巻き上げたのもそのためか!
 砂埃を巻き上げたのは、最初から自分の身を隠すためではなく、やどりさんの動きを悟らせないようにするためだったんだ。ポポは何時の間にか、やどりさんが戦える状態になったのを気づいていたのだろう。やどりさんが念力か何かで合図したのかもしれない。
 土埃の最初の揺らぎは念力によって起こされた罠。本物のポポは念力の力によって羽ばたくことなく砂埃の中を運ばれていた。
 これなら、香草さんに気取られるほど大きく空気をかき混ぜなくても移動できる。
 すごい奇策だ。


137 :ぽけもん 黒  18話 ◆/JZvv6pDUV8b :2009/11/30(月) 20:25:36 ID:IaP3RpEy

 香草さんが次いで放った葉っぱカッターも念力でそらされ、ポポを浅く切り裂くのみだった。
 しかしいくら撹乱されたからと言って、軌道が直線的なのには代わりは無い。かわされる。
 香草さんも回避行動に入った。が、なぜか大きく体勢を崩す。
 驚いて地面を見れば、地面はすっかりぬかるんで泥上になっていた。
 そのせいで足を滑らせたらしい。
 地面は最初は乾燥していて、泥なんかとは程遠いものだったのに。
 僕は再び驚かされた。
 やどりさんの水鉄砲は香草さんを倒すというより、最初からその水分で地面をぬかるませることが目的だったのか!
 やどりさんも、自分の力では決定打が与えられないことが分かっていたのだろう。だから、ポポが決定打を与えられるような環境を整えた。
 信じられない。なんて先見性、そしてチームワークなんだ。今日会ったばかりで、碌に会話も交していないのに。すごい。言葉も出ない。

 香草さんが、リフレクターを使ってポポを受け止めることより、回避を選んだのが運のつきだった。
 いや、そもそも回避を選んだのだって今までのダメージの蓄積により、最初から受け止めるだけの体力が残っていなかったための、苦渋の選択だったのかもしれない。
 とにかく、香草さんはリフレクターを張る間もなく、突進してきたポポに跳ね飛ばされた。
 中空に浮き上がった、翼を持たない香草さんの体は、羽ばたくことなくそのまま地面に墜落した。
 一転、二転、三転。
 三回ほど転がり、ようやくそこで香草さんの体は停止した。
 立ち上がる気配は、無い。

 文句なしの決着だった。
 二人を雑魚と嘲った香草さんが、その二人に、敗北した瞬間だった。