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531 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第七話 ◆AW8HpW0FVA :2010/01/27(水) 21:03:46 ID:xOTG8Ul9
第七話『トラウマ』

シグナムは懐かしい場所にいた。
ファーヴニル城の中庭。
無駄に広かったことから、通称『ゼノンの中庭』と呼ばれていた場所だ。
そんな場所に、シグナムは立っていた。
「あぁ……、これは夢だな」
シグナムはすぐにそう断定した。
先程まで自分はニプルヘイムのアンブロシア山にいたはずである。
一瞬でそこからファーヴニル城に戻れるはずもない。
「確か、シグルドの性能を確かめた後、新技の研究をして、それから……」
なにかとんでもない目にあった様な気もするが、そこから先は思い出せなかった。
ふと、背後で硬いものが打ち合う音が聞こえたので、シグナムは振り返った。
そこにいたのは、二人の小さな少年と少女だった。
少年は色の薄い金髪に青い瞳をした、
どことなく自分の幼い頃にそっくりの子供だった。
もう一人の少女は、真っ白な長い髪をたなびかせた美少女だった。
傍から見れば、二人の子供が遊んでいるほのぼのとした光景だったが、実際は違った。
二人は模擬刀を構えており、少年の顔や服は血と砂で汚れていた。
先に動いたのは少年の方だった。
少年は速度を緩めることなく、少女に近付き、模擬刀で斬り付けた。
しかし、少年が模擬刀を振り切った時、そこに少女はいなかった。
少女は素早く少年の後ろに回り込み、なんの躊躇もなく模擬刀を振り下ろした。
模擬刀は少年の肩に直撃し、少年はその場に倒れた。
「まったく、直線攻撃は単調で躱し易いからしないでくださいと言ったのに、
まだ理解出来てなかったんですか?」
少女は呆れた様に言いながら、倒れている少年の脇腹を蹴りを入れた。
「うげっ……」
少年は呻き声を上げ、強かに嘔吐した。
しかし、そんなことに見向きもせず、少女は少年の髪を掴み上げた。
「この様では、誰と戦っても死にますよ。人間でも、動物でも、魔物でも……」
少女はそう言うと、少年の髪を掴んだまま、地面に叩き付けた。
「さぁ、鍛錬を続けましょう。時間はたっぷりとありますから……。
ねぇ……、シグナム殿下」
必死で起き上がろうとする少年を見ながら、少女は嘲りを含んだ笑みを浮かべ、
なんの躊躇もなく模擬刀を少年の脳天目掛けて振り下ろした。



532 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第七話 ◆AW8HpW0FVA :2010/01/27(水) 21:04:25 ID:xOTG8Ul9
目が覚めると、シグナムはベッドの上にいた。
夢のせいもあり、服は汗でぐっしょりと濡れている。
しばらく起き抜けでぼうっとしていたが、
ふと右腕を触ろうとして手応えがないこと知り、シグナムは目が覚めた。
「あぁ……、そうか、あの時……」
シグナムはアンブロシア山の出来事を思い出した。
イリスに気を取られた瞬間、殺し損ねた魔物に右腕を食い千切られたのだ。
その後はあまり憶えていない。
イリスを庇いながら、次から次へと出てくる魔物を切り伏せ、
山を下りた辺りで気を失ったのだ。
「それにしても……、イリスの奴、よくここまで俺を引っ張ってこれたな……。
山ほどではないにしても、魔物はいるはずなのに……」
どうでもいいことで感心していると、部屋にイリスが入ってきた。
「シグナム様!」
イリスは手に持っていたタオルを落として、
シグナムの元に走り寄り、シグナムに抱き着いた。
「ごめんなさい……、私がシグナム様の言い付けを守らなかったばっかりに……、
こんなことに……、こんな……ことに……」
よっぽど自分のやったことを悔いているのだろう、イリスの声は震えていた。
見ていてシグナムは、イリスがいとおしくなってきた。
シグナムはイリスの頭を撫でながら、
「過ぎたことは仕方がないさ。俺だって、気を抜いたのがいけなかったんだ。
お前だけの責任じゃないよ」
と、言いながらイリスを慰めた。
緊張が解けたのか、イリスはついにしゃくり上げてしまった。
完全に以前慰められた時とは立場が逆になったな、とシグナムは思った。
しばらくイリスは泣きっぱなしだったが、シグナムに慰められやっと落ち着いた。
話せる状態になったイリスは、聞かれるよりも先に、シグナムの気絶後の話をし始めた。
しかし、内容は大したものではなかった。
腕の手術のことは見れば分かるし、
身体中の傷は逃げている時に付けられたことも自覚している。
唯一驚いたことといえば、自分が三日も眠っていたということぐらいだった。
「まぁ、義手は付けられそうだな。幸い関節は無事みたいだし。
それと、左手を使えるように矯正しなければな……」
シグナムの当面の目標はそれで決まった。
「イリス、取り合えず医者を呼んでくれ。それと、なにか飲むものを」
「はっ……はいっ!」
シグナムの指示で、イリスが慌しく動き出した。
とにかく、シグナムは義手に様々なギミックを施すことを考えていた。
ただぶら下げているよりは、そちらの方がよっぽど有意義である。
イリスに渡された水を飲みながら、シグナムはそう思った。



533 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第七話 ◆AW8HpW0FVA :2010/01/27(水) 21:05:05 ID:xOTG8Ul9
腕の傷が塞がるまで、シグナムはベッドで横になりっぱなしだった。
その間、シグナムは左手の矯正に終始していた。
最初の内は手が悴んで物を落としたりしてしまったが、
呑み込みが早かったので、二月もするとかなり様になるようになった。
その頃辺りには傷は完治し、シグナムは左腕だけで武器を使う練習をした。
さすがに武器に関してはうまくいかず、
剣を振るとシグナムの身体がそっちに持っていかれた。
左腕だけでまともに剣が使えるようになったのは、それから三月も掛かり、
気付いてみれば既に年が明けていた。
シグナムは、雨でぐちゃぐちゃになっている外を暗い表情で見つめていた。
年を越してしまった理由である右腕には、
既に医者と鍛冶屋の技術の粋を集めて作った義手がはめられていた。
シグナムには、もうこの町にいる理由はなくなったのだが、
この雨の中を歩くというのは億劫であった。
「雨……、止みませんね……」
外を眺めるイリスの表情は暗い。
雨は人の気持ちを暗くさせる。
こういう日は、これ以上気持ちが暗くなる様なことは起きて欲しくないものである。
シグナムはそんなことを考えていた。
ノックの音が聞こえた。
振り返ってみると、宿の亭主が入ってきた。
「なんだ、宿代ならちゃんと払ったはずだが」
以前の宿で、宿代をすっぽかしたことのあるシグナムは、
真っ先にそんな言葉が口から出てきた。
しかし、どうやらそれは違うらしく、亭主は首を横に振った。
「いえ、そうではなく、あなた様に会いたいという方がやって来ましたので、
部屋にご案内しただけでございます。……さぁ、どうぞ」
亭主はそう言うと、一人の女を部屋の中に招き入れた。
シグナムは目を見開いた。
腰まで伸びる白い髪、それとは対照的に全身を覆う黒い鎧、
そして、全てを見透かすかの様な銀眼、間違いなかった。
「ブリュン……ヒルド……」
シグナムは、夢の中で自分を打ち据えていた少女の名前を口にした。



534 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第七話 ◆AW8HpW0FVA :2010/01/27(水) 21:05:53 ID:xOTG8Ul9
シグナムとブリュンヒルドの関係は、浅からぬものではなかった。
シグナムは今から十三年前、ちょうど五歳の頃、
ファーヴニルの東を治めるアーフリード家の長男、プレヴェザから稽古を受けた時、
プレヴェザがシグナムの稽古相手として連れてきたのが、末妹のブリュンヒルドだった。
シグナムより二歳年上のブリュンヒルドは、どういう訳か女らしいことをするのを嫌い、
毎日の様に武芸に励む奇妙な少女だった。
天性のものもあったらしく、家中でブリュンヒルドに敵う者は、
大人を入れても誰一人としていなかった。
王太子の武芸指南という大任を任されたプレヴェザは、
それに目を付け、ブリュンヒルドを連れて来たという訳である。
シグナムはプレヴェザの稽古を受け終わると、
強制的にブリュンヒルドの個人稽古を受けさせられる様になった。
稽古の内容は、夢で行われていたことだけでなく、
稽古以外の時にいきなり打ち据えられ、就寝中に腕を折られたこともあった。
酷い時は、拷問の苦しみも知っておくべきだなどと言って、鞭や棒で打ったり、
焼き鏝を突き付けたり、長針で身体を刺してきたこともあった。
子供ゆえに手加減を知らなかったのだろうが、それでも度を越していた。
さらに始末が悪いことに、このことは兄に話すな、とブリュンヒルドに脅され、
逆らえないシグナムは、プレヴェザに密告することも叶わず、この拷問にも似た稽古を、
十二歳で終了するまで続けることとなったのだ。
この経験のせいか、シグナムはブリュンヒルドに対し、異常に怯えるようになった。
シグナムはブリュンヒルドを見かけても出来るだけ話し掛けず、
あちらから話し掛けてきても、極力聞いていないかの様に素通りするようにした。
全てはブリュンヒルドを恐れての行為であった。しかし、
「御久し振りです、王太子殿下」
そのブリュンヒルドが、今目の前で跪いていた。
最早知らないふりをするのは不可能だった。
「久し振りだな。今は確か、王衛軍二番隊の隊長だったな。
忙しいはずなのに、なぜこの様な辺鄙な場所に?」
怯えてはいたが、その分ブリュンヒルドの情報は耳に入ってきた。
ブリュンヒルドはシグナムの稽古終了後、軍隊に入り、
僅か三年で王衛軍二番隊の五番手となった。
それ以降も累進を重ね、遂には二番隊の隊長になったのだ。
そんな軍の大物が、自分になんの用なのか。
伝言ならば、下々の者にやらせればよく、
わざわざ重責ある身分の者がやることではない。
もしや、自分を誅殺しに来たというものではないのかと思った。
ブリュンヒルドに対して悪感情を抱いているシグナムは、真っ先にそれが浮かび、
そしてそうに違いないと勝手に断定した。
シグナムは密かに剣を握り締め、誅殺の言葉が出たらすぐに斬り掛かれる様にした。
しかし、ブリュンヒルドから告げられたのは、誅殺ではなく、
シグナムの父、ファーヴニル王が崩御した、という訃報であった。



535 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第七話 ◆AW8HpW0FVA :2010/01/27(水) 21:06:36 ID:xOTG8Ul9
シグナムにとって、父の急死は考えられないものだった。
これまで重病を患ったこともなく、年もまだ五十代半ばの男盛りである。
死んだと信じる方がおかしかった。
「父上は、いつ崩御したのだ!?」
シグナムはブリュンヒルドに疑いの目を向けたが、目を伏せているため、
シグナムはブリュンヒルドの表情を伺うことは出来なかった。
「去年の六の月頃に風邪を患い、翌月に発作を起こし、そのまま……」
ただ、ブリュンヒルドは淡々とそう答えた。
ブリュンヒルドの説明に、怪しい所など一つもなかった。
次にシグナムは、今の王宮の状況について聞いた。
「現在は弟君のレギン殿下が即位し、玉座に着いております」
再びブリュンヒルドの感情のない答えが返ってきた。
しかし、シグナムはレギンの名前を聞き、
「馬鹿な、兄であるこの私を差し置いて即位だと!?
それに、レギンはまだ七歳だぞ!政治など出来るはずもない!」
と、思わず声を荒げてしまった。
シグナムの怒号を受けたというのに、ブリュンヒルドは相変わらず泰然としており、
「殿下が帰国するまでの、代わりの王にございます。
それに、陛下の傅役であるガロンヌ卿が摂政としてお傍に付いており、
文武百官が陛下を守り立てると誓詞を交わしましたゆえ、
政治に関してはご心配ないと思われます」
と、シグナムとは対照的に冷静な声で答えた。
シグナムは、頭に血が上っていることに気付き、一度大きく息を吐いた。
一度冷静になり、シグナムは改めて自分の立場を考えてみた。
火急のこととはいえ、レギンは王位に就いたということであり、
自分が任務を終え、レギンに王位を譲るように言っても聞き入れないであろう。
仮にレギンが王位を譲ると言っても、
摂政のガロンヌがそれを認めるはずがないからである。
シグナムはガロンヌの出自を知っている。
貧民街の出身で、ごみを漁って生活していたという、所謂最下層の出身である。
それがなんの因果か、ガロンヌは先代の王、つまりはシグナムの父に拾われ、厚遇された。
シグナムは一度、なぜガロンヌを厚遇するのかと聞いたことがあった。
王の答えは明瞭であった。
「ガロンヌは弁舌に優れ、無学ではあるが、まるで真綿が水を吸い込むかの様に、
あらゆる知識を貪欲に取り入れ自分のものにしている。これは賢人である」
と、いうのが王の答えだった。
その後、ガロンヌは傅役としてレギンに仕える様になり、その存在感を強めていった。
シグナムは、ガロンヌに嫌悪感を抱いていた。
所詮は最下層の出身であり、いかに美服で着飾ろうが、その素地は薄汚れている。
そんな奴が政権を握れば、どうなるか、子供でも分かる。
一族の者を高位に就かせ、それぞれを各地に封建し、殖財を行うのだ。
そこで行われるのは、重税という名の火付け強盗と同じ行為である。
その様なこと、シグナムは断固として許す訳にはいかなかった。
シグナムに、確固たる決意が出来た。
しかし、それは口にせず、心に留めておいた。



536 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第七話 ◆AW8HpW0FVA :2010/01/27(水) 21:07:15 ID:xOTG8Ul9
最後に、シグナムは最大の疑問を口にした。
それはブリュンヒルドをわざわざ伝令にした理由である。
父の崩御と、弟の即位だけを伝えるだけに来たとは思えない。
だから、真っ先に賜死の使者であるとシグナムは思ったのである。
ブリュンヒルドは伏せていた目を上げ、シグナムを見つめた。
「殿下の魔王討伐の手助けをせよとの、摂政閣下のご命令です」
そう言うと、ブリュンヒルドは再び目を伏せた。
「そうか」
シグナムはあっさりと答えたが、内心はガロンヌに対する怒りで煮え滾っていた。
よりにもよって、自分がもっとも苦手とする人物を送り付けてきたのだ。
これがもしも確信犯であれば、ガロンヌは処刑ものであるが、
シグナムは、幼少時代の出来事を周りに漏らすことなく生きてきたのだ。
途中参加のガロンヌが、その様なことを知るはずもない、と冷静に考え直すことにした。
だが、油断は出来なかった。
自分がガロンヌに対して嫌悪感を抱いているのと同じ様に、
ガロンヌも自分に対して嫌悪感を抱いている可能性がある。
援軍か刺客か、どちらにしてもブリュンヒルドに心を許す訳にはいかない。
むしろ、自らの意思で斬り掛かってくる可能性もあり、それの方が恐ろしかった。
「分かった。では、『ファーヴニル国のために』その身を使ってもらおう」
シグナムはあえて、ファーヴニル国のために、と強調して言った。
そこには、お前のことなど信用していない、という意味が隠されている。
「御意にございます」
ブリュンヒルドは相変わらず目を伏せたままで、声の波は平坦だった。