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第22話~選択~

*****

 朝食を食べ損なったことを思い出して立ち寄った自宅近くのファミレスは、遅めの朝食を食べる人で
若干の賑わいを見せていた。
 ファミレスの賑わいのおかげで、盗み聞きされたら頭のネジの締まりを心配されるような会話を
華にできるのだから一応は感謝すべきことなのかもしれない。
 俺たちの座っているテーブルには、相席している人間の姿はない。
 だというのに、華は俺の左隣に座っている。
 それはもちろん俺がそうしろと頼んだからではなく、華の方から隣に座ってきたからそうなったのだ。
 一言二言文句は言ったが、腕を組んで一度考えてみると、テーブル越しに話すよりはくっついて
話す方が周りに会話を聞き取られないで済むなと思い直し、結局は同じソファーで食事をとることにした。

 朝食のサンドイッチを食べながらここ最近で俺の身に起こったことを話した。
 前世のこと。華が屋敷から持ち出した本のこと。
 あらかたの説明を終えたという合図として、コーヒーを飲む。
 コーヒーカップをテーブルの上に置いたタイミングで、華が口を開いた。
「なんとも迷惑な話ですね」
「……」
 まさにその通り。何も言い返せない。
 最近はいろいろと起こり、俺自身その時々で色々なことを思ったものだが、一言で感想を述べるなら
今華が言った言葉が一番ふさわしかった。
「それで、おにいさんはどう思っているんですか?」
「どうって、何を」
「前世の話、信じているんですか?」
 華の声色には問いかけの成分しか含まれていなかった。
 興味本位で聞いているというふうで、俺がどんな返事をしても気にしそうに見えなかった。

「……前世なんてものはない。だから俺は前世なんて信じない」
 ここだけは譲れない考えだ。しかし今はおまけとして新たな考えがついている。
「ただ、もしかしたらという仮説だけど、俺に前世の記憶がないだけじゃないのかとも思えてきた。
 そういう可能性もあるんじゃないかってな」
「そう思う根拠は?」
 ――なんだろうな。自分でもはっきりとわかっていない。
 変なことが起こりすぎているから状況を理解できていないのか。
 もしくは、こんなことに巻き込まれた理由づけがなにか欲しかったからなのか。
 どちらにせよ、今はこうとしか答えられない。



117 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/11/04(日) 01:40:33 ID:eHyIlQrB
「なんとなくだ」
「なんとなく、ですか」
「ああ」
「あんまりよくありませんね、そういうの。なんとなく、で済ませようとしたら頭の中にあるかもしれない
 答えのしっぽすら逃してしまうかもしれませんよ。真剣になって思い出してください。
 なにか、そう思うきっかけみたいなものがあるんじゃないですか?」
「やけにつっこんで聞いてくるな、華」
「おにいさんに追求する姿勢がなさそうだから、私が代わりになっているんですよ」
「……そりゃどうも、ご苦労様。お礼にコーヒーでもおごるよ」
「じゃあ、お願いします」
 と言って、華はコーヒーカップを差し出してきた。
 もちろん華もドリンクバーを頼んでいるから、厳密にはおごりではない。
 ここの食事代も割り勘だし。

 ドリンクバーで、華のカップにはコーヒー、俺のものにはカプチーノを注ぐ。
 注ぎ終わるまでのしばらくの間を思考の時間として費やす。
 前世が武士なのかもしれないと考えたきっかけ、ね。
 さっきと同じく、なんとなくとしか言えないんだがな。嘘や下手なことを言うわけにはいかないし。
 昨晩、十本松と話していて気絶した時、なにか夢を見た気がするが、全然思い出せない。
 だって――目が覚めたら十本松が死んでいたのだから。
 あれは、あまりに衝撃が強すぎた。人が死んでいる現場を見たのはあの時が初めてだった。
 思い出せなくなっても当たり前だ。

 コーヒーサーバからでる液体が、カップを8割満たした。
 両手にカップを持ち、華の待つテーブルへ向かう。
 俺がテーブル席に腰を下ろしたとき、同じソファに座っている華は本を手にとって読みふけっていた。
 華が手に持っているのは、菊川屋敷から持ち出した本だ。
 武士と姫の生活と終焉を描いた、1冊の本。
 これを俺が図書館で借りたときは、この本は『無題』というタイトルで扱われていた。
 図書館の膨大な蔵書の中でこの1冊を借りようと思ったのは、この本の奇妙さにあった。
 まず、タイトルがない。『無題』など、本のタイトルとは呼べない。
 次に、中身は小説のくせに、古ぼけた歴史資料の本の棚に入っていた。
 たしかに見た目は古い本ではあるが、内容は歴史資料としては不適切だろう。
 以上のことから、この本に軽く興味をひかれて借りてしまったのだ。

 少し熱めのカプチーノを飲みつつファミレスの駐車場の景色を眺めていたら、華が話しかけてきた。
「この本なんだか変ですよ」
「ん……どこが?」
「おにいさんが前世で武士だったという前提をふまえたうえでの話ですけど。
 現代日本で武士と呼ばれる人々が存在した時代に、現代の小説本と同じ装丁がされている本が
 作られるはずありません。なにより、そんな昔の本がこんな状態で残っているなんておかしいです」
「ああ、そういえば……」



118 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/11/04(日) 01:41:25 ID:eHyIlQrB
 華に言われて初めて気づいた。ついでに言うと今まで気にも留めなかった。
 そうだ。二冊ともそこそこに古ぼけてはいるが、骨董品という程の古ぼけ具合ではない。
 商店街の古本屋にある一番古い本、と言えるぐらいの品質を保っているのだ。
 かなこさんが語る前世――おそらくかなり昔の時代――と、この本が作られた時代が同じだとした場合、
このタイトル不明の本には不可解な点がある。本が新しすぎるのだ。
 つまり。

「この本、誰かが作り直したんじゃないですか?」
「……そうかもしれん」
「だとしたら、この本は本物ではなくて偽物ってことになりますね。
 ……そもそも本物があるのかどうかすら怪しいものですけど」
 昔からあった本を製本し直したと考えれば、この二冊の本が持つ不可解は不可解でなくなる。
 その代わり、新たな謎が生まれる。誰が本を作り直したのか、という謎が。
「二冊目の本を十本松が作り直した、というふうに考えれば納得はいく」
「けど、こっちの――私が持っている方の本は説明がつきませんね。
 これ、図書館から借りてきたんでしょう? そして、菊川かなこはこれが図書館で貸し出しされている
 という事実を知らなかった」
 俺がかなこさんと会ったとき、かなこさんはこの本の居場所を探していた。
 で、たまたま声をかけた俺が本の居場所を知っていたから、ようやく本を見つけることができた。
 かなこさんが本を作り直したのだと仮定すれば、自分の足で本を探すはずがない。
 見つからなければ、もう一度作り直せばいいのだから。

「たぶん……かなこさん以外の誰かが作り直したんだろう。
 他にこんなことをやりそうな奴というと――十本松ぐらいしかいないけど」
「作り直したあとで、図書館に預けたのはどういう意図だったんでしょう?」
「俺に読ませるつもりだったんだろ」
「おにいさんが図書館でこの本を見つけるかどうかわからないのに?
 いちかばちかでそんなことをやりますかね?」
「けど、結果として俺はその本を見つけた。今では手元にきてる」
「それは結果しか見てませんよ。目的を果たすための方法としては、図書館に預けるなんて雑過ぎます」
「俺もそうは思うんだけどな。……かなこさんに初めて会った日に、言われたんだよ。
 『前世で無理矢理に引き裂かれた者同士は生まれ変わったら必ず出会ってしまうものだ』って」
「運命ですか。……くだらないですね。あの女の言いそうなことです」
「お前ならそう言うと思ったよ」
 俺だって同じ意見なんだけどな。
 真剣なかなこさんや、前世からの因縁を力強く語った十本松を見ていると、気になるんだよ。
 かなこさんの言っている運命とやらに俺は翻弄されているんじゃないかってな。



119 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/11/04(日) 01:42:18 ID:eHyIlQrB
「おにいさん、もう一つ気づいたことが」
「なんだ?」
「どうしておにいさんが、菊川かなこと天野香織に拒絶反応を示すのかがわかりました」
「は? ……本当か、それ」
 どうしてこの女はここまで頭が回るんだ。
 さっきから自分の行動の動機に対して頭を捻っていた俺が馬鹿みたいじゃないか。
「こんなことで嘘は言いませんよ。嘘みたいな与太話に嘘を吐いても意味がないじゃないですか。
 で、話を戻しますけど。さっきおにいさんの話の中で、役割っていうのがありましたよね。
 姫は刺客に殺された。刺客は武士に殺された。武士は刺客の娘に殺された。
 最後には、その刺客の娘も殺されてしまう。殺したのは武士の昔の恋人。
 『姫』、『武士』、『刺客』、『刺客の娘』、『武士の昔の恋人』。全部で五つの役があります。
 この役割が――私の考えでは――重要な要素になっているんですよ。
 おにいさんは、前世では武士の役でした。では、現代では?」
「十本松が言うには、物語の最後に武士を殺した刺客の娘……を殺す女、らしい」
「その刺客の娘役は誰だと、十本松あすかは言っていました?」
「香織とかなこさんだとか――って」
「気づきましたか。つまり、おにいさんがあの二人に対してあんな行動をとってしまうのは、役割を果たすためなんですよ。
 武士の仇をとるために、刺客の娘を殺す。その役割がおにいさんに与えられているんです」
「待て待て待て。俺は香織もかなこさんも恨んでなんかいないぞ?」
「そうでしょうね。けれど、おにいさんはあの二人を前にしたら意志と関係なく、体が勝手な行動をとってしまう。
 その理由は、あくまで私の推測ですけど、たぶん――操られているんじゃないかと」
「操られている? 俺が?」
「操るというか、暗示やすりこみみたいなものだと考えられます。
 おにいさんがあの二人を前にしたら、強制的に殺害行動をとらせる。それが暗示の内容です」
「俺は……暗示にかけられたことなんかないぞ」
 最近は言わずもがな、ずっと昔からそんな記憶はない。
「暗示をかけたこと自体を忘れさせたか、それ以外の何かか。
 どちらにせよ同じこと。おにいさんがそういった『何か』に操られているのは事実です」
「それは――」
「決めつけじゃありませんよ。おにいさん。このファミレスですれ違った人を殴りたいと一度でも考えましたか?」
 ――ない。
 ここから店内にいる客、店員、外を歩いている人たち、誰を見ても感情が揺らがないし体も動かない。華に対しても同じ。
 やっぱり、俺があの反応をとるのは香織とかなこさんだけだ。



120 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/11/04(日) 01:43:30 ID:eHyIlQrB
「誰が……」
「はい?」
「誰が、そんなふざけたことを……」
 どいつだ?十本松か?かなこさん?室田さん?
「また推測ですけど。言ってもいいですか?」
「……ああ」
「これです」
 華はさっきまで見ていた本を二冊とも差し出してきた。
 行動の意図がわからない。これ、ってこの本が俺を操っているとでも?
 そんな馬鹿な。たかが本ごときで。

「この本が台本だとしたら、おにいさんは役者です。役者は基本的に台本に従って行動します。
 もちろんアドリブだって演技には必要です。だけど、やらなければいけないシーンは絶対に演じなければいけない。
 そのやらなければいけないシーンの一つに、『武士の昔の恋人』が『刺客の娘』を殺す、というのがあるとは
 考えられませんか? この本の話ではそのシーンは最後の方に来ています。もしそのシーンを省いたら、
 武士と武士の元恋人はそれから幸せに暮らしましためでたしめでたし、で終わっちゃいます。
 おにいさんが脚本家だったら、ラストシーンを省きますか?」
「わかんねえよ。脚本家じゃねえんだから……」
 ちくしょうが。――省くわけがないだろ。話がまったくの別物になってしまう。
「私だったらシナリオは変更しませんね。
 『人を殺した人間は必ず報いを受ける』。たぶん、それがこの本の根本にあるテーマです。
 そこから言わせると最初に殺された姫は不幸だったとしか言えませんけど。
 この武士も姫の仇討ちをせずに故郷に帰っていれば、昔の恋人と何事もなく生きられたはず。
 それをわかっていたとしても、武士は仇を討てずにはいられなかった。
 最後には殺されてしまいますけど、私はこういう人間は好きですよ。心の弱いところが。
 愛する人間を殺されて、「復讐目的で人を殺してはいけない」と考える人間は現実的じゃありません。
 「何としてでも姫の仇はとる」という方が自然で、好感が持てます」
 そこは俺も同意だ。
 憎しみにかられて復讐に走れば、最後には破滅しか待っていない。
 だけど、『恋人は殺されてしまったのになぜあの男はのうのうと生きているんだ』と考えれば、
自分だけ幸せになろうなんて気持ちにはなれない。
 恋人の優しい笑顔や落ち着く声。そして恋人を前にしたときの暖かな気持ち。
 それら全てを奪った人間は、生きていてはいけない。
 もし俺がこの武士であったとしてもまったく同じ行動をなぞるだろう。



121 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/11/04(日) 01:44:48 ID:eHyIlQrB
「おにいさんは……どうですか?」
「どうって……ああ。俺も華と同じ考えだけど」
「そうじゃなくって。もし私が殺されたら、殺した人間に復讐しようと思いますか?」
 そっちか。……実際にそんなことにならないとわからないんだが。
「どうなんです? 思うんですか? 思わないんですか?」
 目尻を吊り上げながら涙目になるな。真剣になり過ぎだ。
 やれやれ。仕方ない。

「もちろん、泣き寝入――うそごめん。コーヒーカップを構えないでくれ」
 危なかった。とっさに華の手首を掴まなければ顔に熱い液体をぶちまけられるところだった。
「まじめに答えてください。こっちは真剣に聞いて居るんです」
「はいはい」
 そうだな。華がもし死んでしまったら。もし殺されてしまったら。

「――しばらくは、何もできなくなる」
「え?」
「華は俺とずっと昔からいたから、居なくなるなんて考えたこともなかった。
 だから、居なくなったら現実を理解できずにしばらく放心状態になるだろうな。
 実感が湧いてきてから、ようやく悲しくなる」
「悲しくなったら……泣きますか?」
「……たぶん」
 たぶんじゃないか。確実に泣くな。華が死んだと考えるだけで悲しいし。
 「お兄ちゃん」とか言ってなついてきた可愛いころの華の顔を浮かべると無性に悲しくなる。
 もちろん今の華でも同じだ。華が死んでしまったと聞かされても、事実を受け入れられない。認めたくない。
 十本松が死んだときの衝撃とは桁が違う。

「そうです、か……」
 華が背中を向けて顔を逸らした。もしかして華の奴。
「照れてるのか?」
「別に照れてなんかいませんよ! ――もう、ほっといてください!」
「へいへい」
 わかりやすい奴。こういうところは昔から少しも変らない。
 そういえば、華の反応を楽しむために、昔は華が赤面するようなことをたくさん言ってやったな。
 頭を撫でたり、髪型を褒めたり、「可愛い」とか言ったり。「料理上手だな」とは一度も言わなかったけど。



122 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/11/04(日) 01:47:17 ID:eHyIlQrB
 手元にある本を一冊手に取る。この本のシナリオに俺は操られている、ね。
 だとしたら、この本が全ての元凶だとでも言うのだろうか。
 シナリオに操られ、今までに十本松の父、香織の父、かなこさんの父、十本松あすかが死んだ。
 さらに俺が筋書き通りに動き、香織とかなこさんを殺してしまえば話は完結を迎える。
 だが、そんなのは御免だ。なんで俺が二人を殺さなきゃならない。
 まず動機がない。十本松はかなこさんに殺されたけど、その仇をとるつもりなんか俺にはない。
 香織にいたっては十本松になにかしたわけでもない。むしろ被害者の方だ。
 香織は、香織の父親が十本松の父親を殺したことで、シナリオに巻き込まれただけだ。
 そもそも、この台本自体が狂ってやがる。なんでこんなものが存在しているんだ?

 誰が、この本を作り直した?
 それが分かれば、この狂ったシナリオを途中で終わらせることができるかもしれない。
 青い表紙の本。こっちの持ち主は十本松だった。だが、あいつは死んでしまった。
 あいつが死んでから俺はおかしくなった。
 ということは、本の持ち主が死んだからといって話が終わるわけではないらしい。
 この本が作り直されたものだとすると、燃やしたところでどうにもならないだろう。
 もう一冊、図書館から借りてきた本。こっちの持ち主はかなこさんだ。
 だが、これはもともとかなこさんが持っていた物ではなかった。
 いつも俺が通っていた図書館で貸し出されたものだから、もとは図書館の持ち物だということになる。
 ――そうか。図書館だ。あそこに行けば何かがわかるはず。
 かなこさんと図書館で初めて会った日から、まだ二週間も経っていない。
 受付の人なら、何かを知っているはずだ。よし。

「華。いつまでもぶつぶつ言いながら照れてないでこっちを向け」
「照れてないですよ! ……何か話でもあるんですか?」
「今から図書館に行こう。この本を作り直したのが誰か、徹底的に調べてやる」
 華は照れた顔を一変、渋面を作った。そしてそのまま俺の目を見つめてくる。
 もしかして、手伝うのが嫌なんだろうか。
 一人より二人の方が助かるんだが、華が嫌だと言うなら、一人でやるしかない。
「調べるってことは、さらに深入りするつもりですか?
 今までも危ない目に遭ってきたのに、今度は自分から首を突っ込むと?」
「そうだ。そうしなきゃ、いつまでもこの状態が続くからな」
「――提案があります」
 華が右手を小さく挙げた。
「言ってみろ」
「今後、あの二人に関わる一切の行動を行わない、というのはどうですか」
「……却下」
「あのですね、おにいさん。私はただ嫉妬心や独占欲から言っているわけではないんですよ。
 考えてみてください。菊川かなこや十本松あすかに関わるようになってから今まで、
 どれだけ危険な目に遭ってきましたか?」
「えーと……」
 片手で指を折って数える。かなこさんに会った当日のチョークスリーパー、睡眠薬、逆レイプ、
絞殺されかける、爆発事件、十本松の発砲事件、回し蹴り――その他多数。
 いかん、何度指を折ったか忘れてしまった。数え切れないほどある。
「分かったでしょう? 自分がどれだけ災難に見舞われたか。全ては菊川かなこに関わったからです。
 事実として、あの女はおにいさんに害をもたらしています。
 それだけではなく、おにいさんの体に毒まで仕込みました」
「……二人に対する異常反応のことか」
「そうです。これ以上関わったら、それこそ命が危なくなります。
 だからもう……この町から離れませんか?」



123 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/11/04(日) 01:49:21 ID:eHyIlQrB
 離れる?高校卒業後に就職して、今まで過ごしてきたこの町を?
 そりゃ、今でもこの町に住んでいるのは、惰性に流されているからでもあるけど……。
「おにいさんの実家に、おじさんとおばさんが住んでいる家に帰りましょう。
 別に喧嘩別れとかしたわけじゃないんですから」
「あ、ああ……でも、この町には香織が住んでいるし」
 香織は元は俺の実家の近くに住んでいた。
 だけど、俺が会社を辞めたと聞いて、この町に引っ越してきた。
 そのことを聞いたのはコンビニのアルバイト店員として再会した後だ。
 あの時は偶然もあるもんだ、と思ったが今なら香織の考えがわかる。
 香織はきっと、俺の後を追ってこの町にやってきたんだ。
 俺に会うためだけに、人見知りな性格をしているくせに、たった一人で。

「それに、たぶん俺が引っ越したって聞いたら、また実家に帰ってくるはずだぞ。
 前に聞いたら、手入れはしていないけど家はまだ残ったままだって言っていたし」
「なら、どこに引っ越したか伝えなければいいんですよ。
 ついでに携帯電話も着信拒否にしてしまえば完璧です」
「あのな。香織と俺は……付き合ってるんだぞ。ちゃんと話したはずだ。
 着信拒否にするわけあるか。携帯はお前には渡さないぞ」
「ええ。お付き合いのことはもちろん知っていますよ。不愉快な事実ですけど。
 そこで、二つ目の提案です。これはかなり個人的な感情が入っているものになります」
 華の右手がピースサインをつくった。
「おにいさん。天野香織さんと別れてください」
 そして、メニューでも注文するような気軽な口調でそう言った。

 ……言うだろうな、とは思っていたさ。引っ越しの話を出してきた時点でな。
 俺自身も、しばらく会わないようにしよう、と香織に提案するか悩んでいたところだ。
 顔を合わせたら香織を無意識のうちに傷つけてしまうと分かっていて、香織に会うことはできない。
 その先に香織との関係が破局が待っているかもしれない、と不安混じりに思ってもいた。
 だけど俺は香織が好きだ。別れたくない。だから、華の提案を呑むことはできない。
 けれど、しばらく会えないことを伝えるだけなら。
 それだけなら香織もきっと受け入れてくれるはずだ。



124 :ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/11/04(日) 01:51:36 ID:eHyIlQrB
「私が言ったことはただの提案ですから。どうするかはおにいさんの勝手ですよ。
 実家に帰るか、香織さんと別れるか。どうします?」
 違う。図書館に行くか、実家に帰るか、香織にしばらく会えない旨を伝えるか、だ。

 図書館に行ったら、この体の異常を解決するヒントが得られるかもしれない。
 体が正常になったら、引っ越しもせず、香織とも別れずにいられる。

 実家に帰っても……なにも進展はないだろう。華はあの二人に会わせないつもりで提案したようだけど。
 香織とかなこさんにしばらく会えなくなるな。いや、今でも会わない方がいいんだったな。
 帰るとしたら、二人には一言も告げずに帰らないと。香織はおろか、かなこさんまで追って来かねない。

 香織に、しばらく会えないとメールするならいつでもできる。 
 だけど、こういうことは正面から話したい。
 俺と会うのは香織にとって危険だが、体に注意を払っていれば香織に手を出さずに会話を終わらせること
だってできるはずだ。図書館に行くのはそれからでも遅くない。
 
 考えろ。今から俺がどう動くべきかを。


 今の俺がとるべき最善の行動は、


 A:図書館に行って本を作り直した人物を明らかにすることだ。
 B:香織とかなこさんには黙ったまま実家に帰ることだ。
 C:香織にしばらく会えないと伝えることだ。