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151 :群青が染まる 01 ◆ci6GRnf0Mo [sage] :2010/03/13(土) 13:22:26 ID:b3sOhGwp

「伝説の竜を倒した英雄、始まり始まり!」
 今か今かと待ちわびる子供達から口々に上がった歓声を受けて手書きの絵本を
一枚捲る。
 ……こうして期待されていることが嬉しく、悲しかった。
 倒壊した建物、瓦礫が所狭しと並ぶ壊れた街並み、到る所から香る薬品の匂い、
木材と鉄の擦れる音、病室から溢れた怪我人達、そして今尚残る大きな傷跡。
 そんな以前は港街として栄えていた面影もなくなったこの街をなんとか復興さ
せようと、怪我を押してまで手伝う人達のために子供達のお守りをしている。
「昔々、あるところに竜がいました」
 よれよれの羊皮紙をもう一枚捲ると、現れたのは大きな身体と固い鱗に覆われ、
その翼を大きく羽ばたかせている竜。
 インクが滲んでいるその絵は決してうまいとは言えなかったが、子供達の目を
引くには十分だった。
 復興作業を後押しするかのように晴れた何でもない一日。ここ最近降ってない
雨に感謝しつつもまた一枚捲った。
「彼の竜の名を――」
 まだ向日葵は咲いてないというのに、まるで始まりのあの日のように暖かくな
った日に、忘れることの出来ない記憶が絵本と共に捲れていく。

 ………
 ……
 …

 突き抜けるほどに空が青く輝いている何気ない一日。
 その陽のせいか、外に出るとこらえれきれなくなった緑の匂いが風に運ばれて
漂ってきた。
 一歩陽の下に出た途端に、待ってましたとばかりにあでやかに照りつける光に
目を細める。
 明日の祭りの準備でいつもにまして活気付いた町は弾んだ声がいたるところか
ら聞こえた。中には気の早い祭囃子まで聞こえてきた。
 そんな町で考えるは、まだ見たことのない遠く遠く山の向こう側。
 ここブリードはあたり一面を山に囲まれた町でありながら、商人が多く訪れる
町でもある。
 なぜこんな山に囲まれた町にと思うかもしれない。
 それは、この山の何処かに竜が住んでいると言われているからだろう。いや、
誰も見た事はないのだから住んでいるとは言えないかもしれない。
 それでも、竜がいると広く信じられているため、多くの者が森から帰ってこな
いことは竜に会ったため帰れなかったと、老人達は口を揃えて言う。
 そして老人達は子供達に、結びにいつも森には絶対に入ってはいけないと持っ
てきた御伽噺として聞かせた。
 だからこの町では特に竜と言う存在は恐れられている。


152 :群青が染まる 01 ◆ci6GRnf0Mo [sage] :2010/03/13(土) 13:24:32 ID:b3sOhGwp

 おかげでここは名誉のために訪れる騎士、賞金のため訪れる傭兵等、様々な人
が多く訪れる。
 その人達を狙って商売が盛んに行われている。時には武器が、食料が、酒が、
様々な商品が行き交い、山の中なのにそれなりに人で溢れている。
 ……そんな賑わいの中で俺は独りだった。
 そのため、この町では他の町とは違い竜を商業発展の神として崇めている。い
つからそうなったかもわからないが、今でも脈々と崇められている。
 なぜ恐怖の対象をと思うかもしれない。それでも竜という存在は恐怖の対象で
あり、同時に富と繁栄をもたらす者でもあった。
 だから、この町だけでは畏怖と敬意を込めて竜を神として崇める。
 もしかすると、この町から出たことのない自分が知らないだけで、竜を神とし
て崇める町は他にもあるかもしれない。竜を殺すほどの特別な力を持った一族も
いるということも小耳に挟んだことがある。
 勿論、真意の程などさておき、というところだ。
 ただ自分が生きてきた間には竜に会ったことも、会えたということも聞いたこ
とがない。
 ましてや他の町にいるなどとは聞いたことがない、まだわずか二十一年だが。
 
 竜がいるのかどうかに疑問を持ったことはないが、こんなにも世界は広いのだ
から、どこかには存在するだろう。
 だから、遠く遠く山の向こう側の広い世界を知るために、そして姉さんとの一
つだけの約束を守るために旅に出たいと思っている、出来るのなら今すぐにでも。
 町の近くに捨てられていた自分に本当の家族はいないというのに、顔も名前も
思い出せない姉と呼べる人がいたことだけは確かに覚えている。
 そんな親の顔も知らない孤児である自分を拾ってくれたのは、ドウィヤという
この町一番の商人だった、息子としてではなく小間使いとしてだったが。
 その厳しい養父に幼い頃から必要最低限の旅の知識も、商売の知識も叩き込ま
れた。
 あれから随分と時が過ぎ、今では彼からつけられた“トモヤ”という名はもう
自分を形成する一つとなっている。
 そうやってこの町で歴史を刻んできた自分は皆と同じように当然にこの町で生
きてこの町で死ぬだろうと、あの日までは考えていた……。
 すっかり祭りの雰囲気となった、華やかに彩られていく町を尻目に仕事場へと
さらに足を速めた。
 
 仕事場は明日の祭りのためか忙しく動き回る人で溢れかえっていた。
 そんな人達と関わることなく、無造作に置いてある大きな届け荷を持って、ま
た外へと出る。
 仕事はこの荷物達を指定されたところまで届けるという単純な仕事だが、重い
荷物を持って何度も往復するのは大変だ、今日という日は特に。
 もうずっとやっている仕事をいつもと同じように、日々最低限の生活をすると
枯渇して娯楽も何もできないほどの給金で繰り返す。
 それについて、過去に一度だけ雇い主である養父に話したことがある。
「お前は拾ってやった恩を忘れたのか!」と顔真っ赤にして怒る彼に二度と言う
事はなかった。
 そんな彼を憎いとは思わなかった。命あるだけましだ……そう昔から割り切っ
てきたのだから。


153 :群青が染まる 01 ◆ci6GRnf0Mo [sage] :2010/03/13(土) 13:27:17 ID:b3sOhGwp

「おつかれさん」
「おう、おつかれ」
「明日の祭りに誰と行く?」
「勿論、あいつとだよ」
「相変わらず仲がいいねぇ…」
「へっへっへ。うらやましいだろ」
「ああ、俺も女欲しいな」
 明日の一年に一度の竜の祭典のためか、どこか気が抜けている人々を横目に黙
々と働き続ける。
 どうせ一緒に行く人もいない自分にとってはほとんど関係ないことだ。
 昔は姉さんと回っていたのだろうかと想像しても、曖昧な記憶から何も思い浮
かんで来ることはなかった。

「……ただいま」
 中から返事もなく、出たときと変わらない静かで殺風景な部屋。
 家に帰るとどうしても一人を意識してしまうから、辛い仕事でもたまに終わら
ないほうがいいと思う事もある。
 そんな家具が必要最低限にすら足りない部屋の寝床に腰をかけた。
「生きているだけ幸せ、か……」
 知らず知らずのうちに息が漏れていた。
 手が無意識のうちに受け取ったお金を取り出す。
 何度見ても増えもしないお金に一つだけ溜息をついて立ち上がり、戸棚の上に
ある瓶を揺すると、中のお金が跳ね返って音を立てる。
 少しだけ幸せな気分になれた。
 今度は弾け合う音と共にお金が瓶の中で跳ね返る。こうやってぎりぎりな生活
をさらに切り詰めてお金を貯めている。
 それは娯楽のためじゃなく、
 もう十分かな、拾ってもらった恩は返しただろう。
 ……町をでるためのお金。
 窓に映る月明りは後押しでもしているかのように、輝いていた。
 そうだ、祭りの日というのはいい区切りなんだと何度も自分を納得させるよう
に呟く。
 胸に秘めた決意とは裏腹に、布団はいつもと同じように固く冷たかった。

 ぼんやりと、丘の上で一人遠くを眺める悲しそうな子供がそこにはいた。
 ……すぐに気付いた、これは子供の頃の夢だと。
「おまえ、親にすてられたんだってな」
 そう思ったのも束の間、すぐに風景が切り替わる。
「すーてごすーてご」
 いつの間にか現れていた子供達が甲高い声で囃し立てる。その中心にその子供
達と同じぐらいの歳の自分がいた。
「おい、なんとか言えよ!」
「……」
「おい!」
 サンドバックを叩くかのように、容赦なく蹴りが飛んでくる。
 ……もう、うんざりだ。
 捨て子だから、苛められるのか? 弱いから苛められるのか?!
「そんな汚い格好で歩き回らないで欲しいものだ。私達の評判まで落ちる」
 見たくない夢がまた見たくない夢へと移り替わる。もう何度も見た夢なのだか
ら、自然と覚えている。
「全く、親の顔が見たいものだ」
「はは、いないのに可哀相ですよ」
 仕事場で待っているのは、笑いながら話す大人達の吐く嫌味だった。
 養父は便利な道具として拾っただけで愛情などないことを、子供心ながらわか
っていたから……いつかこの町を出ることを決めた。
 あの時のことは、涙で濡れた枕の冷たさは、今でも覚えている。


154 :群青が染まる 01 ◆ci6GRnf0Mo [sage] :2010/03/13(土) 13:29:42 ID:b3sOhGwp

 丸まった毛布が寝床の下に落ちているのをしばらく、自分が今どこにいるのか
気付けずただ眺めていた。
 まるで嫌な夢でも見たかのように重たい頭のもやを払うために、桶に貯めてあ
った水を頭からかぶる。
「……はぁっ」
 いつも耐えてきた。いつか姉さんが迎えに来てくれると……だけど、最後まで
いい思い出がなかったな。
 自分を必要としている人など本当はいないのではないか?
 頭の中を支配していく疑問を洗い流したくて、何度も冷たい水を顔にぶつける。
 例え思考が空っぽになったとしても、鏡に映る黒い髪で隠れた顔は沈んでいる
のだろう。
 そうわかっているからこそ、確認もせずにいつもは服で隠れている首筋にある
痣を一撫でし、今にも破けそうな布で顔を拭いた。

 外は昨日にもまして活気に満ち満ちていた。それとは対照的に足取りは重かっ
た。活気が憎らしくて、羨ましくて。余計に独りだと自覚してしまうから。
 そうだな……こんな日ばかりは、戦士達も戦いを忘れているのかもしれない。
いつも眉間に皺が寄っている顔とは違い、笑顔が零れている戦士達。隣には同じ
ようにように笑い合う仲間達。
 そんな祭りを祝う人波は小山まで、竜の祠がある小山まで列となって続いてい
る。その山道には出店が所狭しと、威勢のいい掛け声と共に立ち並んでいた。
 あの人達の行くつく先にある祠は小さいが、自分が生まれる以前から存在して
いる。
 彼等はあの竜の祠に竜を倒すために祈るのだろうか。

 それがひどく本末転倒で、少し笑えた。

 何気なく人波を見つつも、その波の流れに逆らって過去の記憶を手繰り寄せな
がら色んな場所を探索していく。
 何度も見た町並み……だけど、これで見納めかと思うと、どの景色も懐かしく
も新鮮に感じられた。
 確かに自分はここで育って来た。
 最後に人がいない小さな丘まで辿りつくと、腰を下ろした。
 ここは家屋もなく眺めがいい。それに、人もほとんど通らない。だから、子供
の頃は悲しいことがあるといつもここに来て泣いていた。
 丘から一望する竜を祭った小山に続く山道は、灯りが一つの生き物のように曲
線を描いていて綺麗だった。見える人影は、踏み潰せるのではないかと思えるほ
ど小さかった。
 そんな何よりも強い自分を想像しては消し、また浮かべては消していく。
 もう少しすれば、祭りは本番を向かえる時間となる……笑い溢れた祭りの中を
楽しんでいる誰かを思い浮かべ、同時に誰かと一緒に回っている自分も考えた。
 すぐに、慌ててかぶり振る。
 そんなことはこの町を出てから考えればいい、きっと色んなことがあるはずだ。

 真っ青だった空が痕跡すら残さないまま、一面朱に染まっているのに自然と息
が漏れた。


155 :群青が染まる 01 ◆ci6GRnf0Mo [sage] :2010/03/13(土) 13:32:02

 それは思わず目をつむりたくなるような、思わずこのまま自分がいなくなるよ
うな、とても綺麗な空だった。故郷にいながら望郷の念に駆られる。
 もし、このまま目を瞑れば……。
 と、強い風が、飛んでしまいそうなほど強い山風が吹き抜ていく。
 それは丘を山を撫でるように草花を巻き込んで吹き抜けた。草が花が風に気持
ち良さそうに凪いでいる。
 その風が合図となり、強く強く目を閉じた。
 強く、とても気持ちいい風を受けて考える……この風が吹き抜けたら町を出よ
うと、荷物を持って町を出ようと。

「いい眺めだ」
 確かにここには誰もいなかった、はずなのに突然聞こえた誰かに向けたとは思
えないその呟きに驚きと共に、振り返った。
 勢いが弱まっても尚、葉花を散らせながら舞う風の中に女は確かにそこにいた。
 過ぎ去った空の青を思い起こさせるはっきりとした瞳。その目と視線が合った
瞬間、体を何かが軋みながらうごめいた。
「い、いいいいいなが、がめ、だね」
 喉がひりつくほど乾いて上手く喋れない。
 そんな俺に興味を失くしたように女の視線が外れた、途端に今までかかってい
た重圧が軽くなる。
 女は遠くを眺めているただそれだけ、ただそれだけというのに自分の目は彼女
を捉えて離そうとしなかった。
 その横顔は人ではないのではないかと錯覚するほどに美しく、その髪は真っ赤
に、そしてまるで世界を覆い尽くさんばかりに風にたなびいて揺れていた。

 どれぐらい時間が過ぎただろう。数秒、それとも数分? 長くて短く、短くて
長い時間。
 不意に、女が赤い灯篭と人波が連なって走る山道を指し示した。
「き、今日は祭りなんだ」
 それは祭りのことを聞いているのではないかと直感して、まだ回らない舌を、
呼吸が通る度に痛む喉を必死に動かす。
「竜にかかか、感謝する日と言ったほうがいいのかな」
 それを知らないということはこの町の産まれではないのかもしれない。
 それどころか、人ではないのかもしれない、という現実離れした事ですら受け
入れられた。
「我を祭るとは、おかしなことだな」
「え……?」
 だけど、言われると理解が出来るものではなかった。
「そなたに案内を頼もう。報酬は命だ」
 その口から漏れた言葉の真意を聞こうと口を開く前に、女が言葉を発していた。
 命と、そう紡いでいく女の表情は一つたりとて変わってはいない。人形のよう
に美しい顔が、おかしいのは動いた口とさえ思えるほどに。


156 :群青が染まる 01 ◆ci6GRnf0Mo [sage] :2010/03/13(土) 13:34:38 ID:b3sOhGwp

 ……それは朱に染まっていたはずの空が夜の帳を迎えるわずかな時間。
「い、命?!」
 悲鳴にも似た声を上げながら、感じるのはこの女ならあっさりと実行するだろ
うという確信に近いもの。
「ど、どこに……?」
 そして、そんな彼女が怖かった……。
「我ではない我がいる場所までだ」
「……もし、見つからなかったら?」
 謎かけのような言葉だけが脳裏を我が物顔で巡っていく……何を言ってるのか
さえわからないそれが見つかるわけがないと。
「その時は手間賃として、そなたの命を助けようぞ」
 その言葉に、安堵の息が漏れた俺とは対照的に一喜一憂する俺のことなど見も
しない女。
「帰らせて貰えないか……」
 口をついて出た言葉はそんな彼女への些細な抵抗だったのかもしれない。

 すぐに“荷物を取りに”と付け加えた。